眠る狐亭の一室。
ローグハンター一党の拠点の一つとなっているその部屋では、ベッドに腰かける銀髪武闘家が不機嫌ですと言いたげに頬を膨らませていた。
彼女の視線の先にはいつもの格好のローグハンターがおり、申し訳なさそうにしながらも黙々と外出の準備を進めている。
槍使いの誘いに乗ったローグハンターは、これから飲みに行くのだ。
相談もなしで決められ、このまま放置される銀髪武闘家が不機嫌になるのも仕方のないことだろう。
ローグハンターはため息を吐くと、彼女に目を向ける。
「相談しなかったことは謝るが、そこまで不機嫌になる程なのか?」
「……ふん」
わざとらしく声を漏らしながらそっぽ向く銀髪武闘家。
ローグハンターは頭を掻き、彼女に歩み寄るとそっと頬に手を添えた。
そっぽ向いていた彼女の顔を優しく正面を向かせ、笑みを浮かべて見せる。
「まあ、なんだ。埋め合わせはする」
「!……それなら、良いけどさ」
露骨に嬉しそうな表情を浮かべる銀髪武闘家に苦笑し、軽く触れる程度に口付けをする。
基本受け身な彼から仕掛けてきたことに驚愕する彼女を他所に、顔を離したローグハンターは勢いよく踵を返して、その表情を隠すためにフードを被った。
黙りこんだまま部屋を後にして、勢いよく扉を閉める。
不器用な彼の背中を見送った銀髪武闘家は自分の唇に触れると、頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべてベッドに寝転ぶ。
寝るにしては早すぎる。隣の女子たちと合流しようかと迷い、お邪魔するのも悪いかなと更に迷う。
結局長めに寝ようという決断にたどり着き、頭までシーツを被る。
先程の余韻が残って全く寝付けないのは彼女らしいことだろう。
辺境の街には眠る狐亭をはじめとして、様々な酒場がある。
時には冒険者、時には旅行客に利用されるその場所は、一年を通して安定した収入が見込めるのだ。
槍使いに指定された『親しき友の斧亭』もまた、そんなありふれた酒場の一つだ。
ローグハンターは自由扉を押し開け、耳に響くほどの賑やかさに包まれた店内を見渡す。
見知った冒険者や疲れ顔の旅行客、果てには訓練場の建設に携わる職人までもが集まり、各々の友たちと杯を掲げている。
そんな彼らの様子を流し見て、ようやく目的の人物を見つけた。
酒場の隅に平服姿の槍使いと重戦士、いつも通りのゴブリンスレイヤーの姿があったのだ。
三人も彼に気づいたのか、槍使いが「おっせえぞ、この野郎!」と僅かに赤くなった顔で怒鳴る。
ローグハンターは足早と彼らの元に向かうと、空いている席に腰を降ろす。
「すまない。あいつの機嫌とりに時間をとった」
彼が申し訳なさそうに言うと、重戦士が苦笑を漏らす。
「おまえも苦労してんだな。俺は一党ってだけなのに四苦八苦してんのによ」
ローグハンターも彼の言葉に苦笑で返すと、通りすがりの女給━━若い
それに乗ってくれば、もはや真面目な話は終わりと言っても過言ではない。
女給がその豊満な胸を揺らしながら杯を置き、尻尾を揺らして去っていく。
彼女の逞しくも鍛えられた尻を眺め、重戦士が染々と呟く。
「……胸も良いが、尻が良いな」
「だからおまえ、あの騎士様が好みなわけ……」
「なんであいつが……いや、ギルドじゃねえんだし、こんな話も良いか」
「尻、か。むぅ……」
反応したのは意外にもローグハンターだ。
彼は真面目な顔で顎に手をやり、割りと本気で何やら考えている様子。
ゴブリンスレイヤーが彼に目を向け、小さく兜を傾げる。
「どうかしたのか」
「いや、好みは人それぞれだろう」
「そう言うおまえは、やっぱ胸か?」
槍使いが可笑しそうに笑いながら問うと、ローグハンターは小さく唸って首を捻る。
彼女と初めて会った時、自分は真っ先にどこに目を向けただろうか。
認識票だったか、あるいはあの透けるように美しい銀髪だったが、あの逞しくも柔らかい四肢だったか……。
「あいつと出会って、もう六年近くになるのか」
どこか懐かしむようでいて、嬉しさを滲ませる笑み。
仕事中やギルドではまず見せない彼の表情に、三人は面を食らったのか顔を見合わせた。
ここで止めなければ無意識なのろけ話が始まる可能性まである。
重戦士はそうなる前にとエールが注がれた杯を握りしめた。
「とりあえず乾杯だ」
「何にだ」
そう問いかけたのはゴブリンスレイヤーだ。
その手には余談なく杯が握られており、準備は万端と言って良い。
「まあ、面倒だし定番で良いだろ」
槍使いの提案に否は出ない。
一刻も早く飲みたいのだ、さっさと済ませてしまいたいのだろう。
ならばと槍使いが杯を掲げ、音頭を取る。
「我が街に!」
「神々のサイコロに!」
「我らが信条に」
「冒険者に」
━━━乾杯!
四人は声を揃えて杯をぶつけ合い、一気に飲み干す。
ぷへ~と息を吐いた槍使いは、ローグハンターを軽く睨みながら問いかける。
「なんだよ『我らが信条に』って。聞いたことねえぞ」
「良いだろう、別に。酒の味は変わらん」
僅かに赤くなった頬を気にする様子もなく、ローグハンターはそう返したついでのように、卓に並べられた料理に手を出し始める。
彼に続くように他の三人も料理に手を伸ばし、次々と酒と料理を平らげていく。
それでも一人あたりの量は銀髪武闘家に劣っているのだから、彼女がどれだけの大食漢なのかは想像も出来ないだろう。
酔い覚ましに少し歩こうと言ったのは、果たして誰だったか。
様々な人でごった返す街を、何とも慣れた様子で四人は抜け出すと、いつの間にかとある石橋にたどり着く。
酒と街の熱気で火照った体には、冷たい夜風が心地よい。
ローグハンターは橋の欄干に体を預けながら、酔っぱらったせいなのか上機嫌そうに鼻歌を漏らす。
聞いたこともない歌に三人は首を傾げるが、彼の出身が遠い異国であることを思い出して納得した。
その歌が終わった頃を見計らい、槍使いはローグハンターとゴブリンスレイヤーをじろりと睨む。
「んでよ、おまえらはどうすんだよ」
「どうするって、何をだ」
ローグハンターが問い返すと、槍使いは単刀直入に切り返す。
「おまえにはあの武闘家がいるだろ?ゴブリンスレイヤーはどうすんだって話だ」
「何がだ」
ゴブリンスレイヤーは淡々と返し、槍使いは盛大にため息を吐く。
「受付さんだよ受付さん。他にも森人だの牧場の子だの神官の子だの囲まれてぇ!」
嫉妬の情を隠そうともしない彼の様子に、ゴブリンスレイヤーとローグハンターは目を合わせて首を傾げ、重戦士はやれやれと天を仰ぐ。
ローグハンターはその蒼い瞳で二つの月を眺め、そっと目を細める。
槍使いが何を聞きたいのかは何となくわかる。
そして、稀にそれを考えることもある。
黙る彼に代わってか、ゴブリンスレイヤーは低く唸るような声で言った。
「ゴブリンがいなくなるまでは、無理だろう」
彼の返答に、三人は何とも言えない表情で目を合わせる。
銀等級になって尚、ゴブリンを狩り続ける男だ。過去に何があり、何を背負っているかなど、おおよそ察しがつく。
槍使いは肩を竦めると、重戦士が喉の奥で笑う。
けれど彼なりに何か思うことがあったのか、「わからんでもないぜ」と言い出した。
「ほう。その心は」
上機嫌なローグハンターがそう問いかけると、重戦士はそこにはない何かに向けて手を伸ばす。
「男なら、一国一城の主って思うだろ?」
「王か。良いじゃねぇか、剣闘士から王になった話とか、昔語りにあるしよ」
槍使いは笑いながらうんうんと頷いた。
その態度に馬鹿にした様子はなく、むしろ賛同の念が込められている。
「だが」と重戦士は言うと、自分の頭を叩く。
「俺には学がねぇんだよ」
「勉強すれば良い。金もあるだろう」
ゴブリンスレイヤーが言うと、今度は「ところが時間もないんだ」と返す。
ローグハンターは肩をすくめ、にんまりと笑いながら言う。
「上が馬鹿だと下が苦労するだけだ」
「だろう?なら勉強って思っても、今度は冒険に出られなくなる。そうなりゃ、一党に迷惑をかけちまう訳だ」
「……だな。何事も上手くはいかないさ」
ローグハンターは染々と、懐かしむかのようにそう漏らした。
だがすぐにまた笑みを浮かべると重戦士に問いかける。
「だが、今の生活というのも楽しいだろう?」
「そうだな。退屈はしない」
「俺もそうだ」
ローグハンターはそう言うと、近くにいない彼女を探すように周囲を見渡す。
今はいないが、いつも側に居てくれる。ただそれだけで、彼は支えられているのだ。
「……誰かが側にいるだけで、少なくとも『怪物』になり果てることはない筈だ」
「なんだ、身内に怪物になっちまった奴でもいんのか?」
どうせ昔語りだろうと考えての槍使いの発言だが、ローグハンターは僅かに眉を寄せた。
『━━━今のおまえは怪物だ、シェイ……』
とあるアサシンが、散り際にそう告げたことが脳裏に過ぎる。
ローグハンターは自分の師が怪物だと思うことはなく、むしろその背中に憧れたものだが……。
「……そう呼ばれた人なら知っている。強すぎて、同じ人間と思われなかったんだろう」
かつて兄弟姉妹と呼びあった者たちを、果てには心の内で惹かれていた女性を殺した彼の師は、確かに見る者によっては怪物として映るだろう。
だが、それでも……。
「俺を育ててくれた人が、怪物な訳がない」
僅かに怒気の込められた彼の言葉は、三人を狼狽えさせるには十分なものだ。
まさか話題の人物が彼の師であったとは、思いもよらなかったのは当然だ。
ローグハンターはそんな空気を察してか、三人に目を向けて苦笑した。
「尤も、何も告げずに飛び出してきた俺には本物の怪物さながらに怒るだろうがな」
彼なりに冗談を言ったことはわかるが、何も告げずに飛び出してきたというのは流石にないだろう。
重戦士は肩を竦め、彼に告げた。
「そこら辺は、うちのガキどもと変わらねぇんだな」
「いざ果てのない旅へ。男なら誰しもがそんな夢を見るものだろう?」
「夢、ね。それなら俺は最強になることだ」
話題を広げようと気を遣ってか、槍使いが切り出した。
「おまえまでガキどもみたいなことを……」
「いいじゃねぇか。最強になりゃ、女にモテて、感謝もされて、世のためにもなる。そんで俺も強くなれる。悪いことなしだ」
「……?モテているのか」
「モテんだよ!」
無遠慮に投げ掛けられたローグハンターの言葉に、槍使いが額に青筋を浮かべながら返した。
今まで静かにしていたゴブリンスレイヤーは「ふむ」と呟き、僅かに間を置いてから言う。
「……そうは見えん」
「おまえらな!」
同期一人と後輩一人に言われ、槍使いは不機嫌そうに欄干に身を預けた。
「で、ゴブリンスレイヤー。おまえの夢はなんだ」
「……そうだな」
ゴブリンスレイヤーは黙って川の水面を見下ろし、幼い頃を思い出す。
全てが失われ、二度と元には戻らないものだ。
そして、少しずつだが確実に色褪せていくものだ。
「……俺は、冒険者になりたかった」
「……それは、難しいな」
そう返したのはローグハンターだ。
冒険者とは、世間一般的に言えば未知の遺跡に挑み、宝を手にし、時には姫を、時には国を救うために命を懸ける者たちだ。
そこにいる二人は、果たしてそう呼べるのか。
片やゴブリンを殺し続ける者、片や
それはもはや冒険者ではなく、それ専門の『業者』と言っても良いだろう。
重戦士はいつも通りの格好の二人の背中を眺め、深々と息を吐く。
「やりたい事とやらなきゃならん事、出来る事は違うな」
「嫌になっちまうよな」
槍使いはそう言うと、夜空と二つの月を見上げる。
四人を撫でるように冷たい夜風が吹き抜け、草花を揺らす。
人にはそれぞれの夢があり、それぞれの物語がある。
この広い世界においても、「なりたかった」で終わる者のほうが遥かに多いだろう。
それでも、彼らは在野最高の銀等級の冒険者だ。そこにたどり着くまでに様々な修羅場を潜り抜けてきた。
巡りたかった物語とは違えど、巡ってきた物語は確かにあるものだ。そこに誇りもある。
「……とりあえず、なんだ」
ローグハンターは友人三人に目を向け、何ともなしに笑って見せた。
「目の前のことをやっていくしかないだろう」
男たちは頷きあい、今日はそれでお開きとなった。
言い出しっぺのローグハンターは、自分にとっての目の前のことはなんだと考えたのは、また別の話だ。
翌日の早朝。とある街角。
無造作に積まれた干し草の山を前にした銀髪武闘家は、額に手を当ててため息を吐いた。
耳をすませれば、誰かの寝息が干し草の山の中から聞こえるのだ。
彼女は気合いを入れるとそこに頭を突っ込み、再びため息を吐く。
そこにいるのは彼女の恋人であり、一党の頭目でもあるローグハンターだ。
彼には珍しく、何とも無防備な寝顔を晒している。
その顔を見て頬が綻んだことは気にも止めず、銀髪武闘家は腕も突っ込んで彼の肩を揺らす。
「おーい。こんなところで寝るなんて風邪引いちゃうよ~」
「……んぁ?」
彼にしては珍しい何とも間の抜けた声に、銀髪武闘家は軽く悶えながら続ける。
「よ、酔い潰れたのはわかるけど流石に危ないから、ほら、引っ張り出すよ」
「………」
薄く開けられたその目にはいつもの覇気は宿っておらず、もはや別人なのではと思えるほどだ。
だが、いつもと変わらない目の色と口元の傷が、正真正銘彼であることを教えてくれる。
返答のない彼を無視して、銀髪武闘家がさらにもう片方の腕を突っ込む直前、彼女の体は干し草の山に引きずり込まれる。
「!?~~」
流石の銀等級でも反応出来ない速度で引きずりこまれれば、何の抵抗も出来ない。
そして寝ぼけた彼の抱き枕にされた銀髪武闘家は無駄な抵抗を諦め、彼に体を寄せて本格的に身を預ける。
朝に弱い彼女が眠るのは当然のことで、寝息が一つから二つに増えるのはそれからすぐのこと。
結局二人は、一党の女魔術師と令嬢剣士、弟子である新米たちの一党に見つけられるまで寝続けたのだった。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。