SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory06 訓練場の昼下がり

 辺境の街近くの訓練場。正午頃。

 まだまだ建設中といった様子のその場所は、いまだに建物の骨組みが剥き出しであり、足場や昇降機もいくつか設置されている。

 

「遅いぞ、しっかりついてこい!」

 

「はい!」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 そんな訓練場予定地を、ローグハンターは駆け抜けていた。

 足場をよじ登り、組み立て中の屋根の上を駆け抜け、隣の建物に飛び移り、そのまま流れるように建物の窓を通って内側に入り込む。

 そこまでたどり着くとホッと息を吐き、だいぶ遅れて続いてくる女魔術師と令嬢剣士に目を向けた。

 女魔術師はともかくとして、令嬢剣士はまだ慣れていないようで、時々転びそうになり、時には屋根から落ちそうにもなる。

 女魔術師はそんな彼女に気を取られ、いつもよりさらにペースが遅い。

 だが、それを責められるのかと問われると答えは否だ。切磋琢磨する仲間を心配して何が悪い。

 女魔術師に励まされながら建物に飛び込んできた令嬢剣士は、額に流れる大量の汗を拭う。

 

「お、お二人は、慣れていますわね……」

 

「伊達に鍛えられていない。おまえよりも幼い頃からやっていたことだ」

 

「私も、最初はあなたより酷かったわよ」

 

 ローグハンターは何てことのないように言い、女魔術師は苦笑混じりに言う。

 腰に下げた水袋を取り出して一口あおると、令嬢剣士に差し出した。

 それを受け取った彼女は何口かあおると、再び大きく息を吐く。

 その様子を横目で確認したローグハンターは、次のルートをざっくりと確定させる。

 

「次行くぞ、ついてこい」

 

「いつでもどうぞ」

 

「わかりましたわ」

 

 ローグハンターの一党としての基本技能、『フリーラン』。それを体得して貰わないことには、まだ一党の新人という域を出ない。

 女魔術師は許容範囲に差し掛かり始めているが、まだまだ遅い。せめて時間差を三十秒以内に収めて貰わないと、合格とは言えないのだ。

 ローグハンターは息を整えると再び駆け出す。

 まだ作られていない床の隙間から一階に降り、そのまま未完成の壁の隙間を潜り抜ける。

 彼の足はそのまま近くの森へと向かい、倒木を利用して木の上に登ると、そのまま枝伝いに跳び跳ねる。

 

「せ、先生は只人ですわよね?!」

 

「そうよ!あれを見せられると森人みたいだけど!」

 

 彼に続くこうとした二人は思わず足を止め、ローグハンターが僅かに揺らすだけで折れることはない木の枝に目を向けた。

 自分たちよりも重い彼が大丈夫なら、きっと大丈夫だろう。

 二人は自分にそう言い聞かせ、彼の背中を追いかける。

 ローグハンターに比べればだいぶ遅く、恐る恐ると言った様子だが、確かに一歩ずつ前進していく。

 先頭を行く彼は一度足を止め、後続の二人に目を向ける。

 まず一歩を踏み出すことが大切だ。怯えて立ち止まるだけでは、何も始まらない。

 二人とも距離がある程度埋まった頃を見計らい、次の枝へと跳び移る。

 時には枝に手をかけて振り子の勢いでさらに距離を伸ばし、登り、跳び、曲がり、また跳ぶをランダムで繰り返す。

 彼に翻弄されながらも二人は森の中を突き進む。

 ローグハンターの背中を追いかけること数分。

 突然足を踏ん張ったかと思うと、彼は思い切り明々後日の方向に跳んだ。

 その先には枝はなく、むしろ森なのに木すらない。

 女魔術師が僅かに狼狽えながらもそちらに方向転換し、令嬢剣士もその後ろに続く。

 そして女魔術師は気づいた。

 ローグハンターは、森の中に突然現れた小さな湖に身を投げたのだ。

 その仮定を証明するように、彼はずぶ濡れになったまま岸で衣装の水分を絞っている。

 女魔術師は慌てて止まるが、前が止まったからと言って後ろも止まれるかという話になると、結果は変わってくるだろう。

 つまり、急停止した女魔術師の背中に令嬢剣士が全体重をもって体当たりし、その勢いに押された女魔術師が盛大な水飛沫と共に湖に沈んだのだ。

 令嬢剣士は慌てて枝を掴んで落下することだけは回避し、ローグハンターは彼女の反応速度に思わず感嘆の息を漏らす。

 

「いい反応だ。落ちたら死ぬような場面では、何がなんでもしがみつけ」

 

「わかりましたわ……」

 

 令嬢剣士は枝にぶら下がりながら返事をすると、歯を食い縛って力を入れると体を持ち上げ、再び枝の上へ。

 そこに腰かけて息を整えていると、女魔術師が水面から顔を出す。

 

「し、死ぬかと思ったわ……」

 

 ずぶ濡れになった彼女にローグハンターは苦笑を漏らすと、ふと異変に気づいて声をかける。

 

「おい、眼鏡はどうした。落としたのか」

 

「え……?」

 

 彼の指摘にハッとしたのか、彼女は自分の顔に触れて少しずつ焦りの表情を浮かべ始める。

 湖に落ちてから妙に視界がボヤけると思えば、眼鏡を落としてしまっていたようだ。

 酸欠かもと思って焦った自分が恥ずかしいとは思えど、決して口には出さない。

 女魔術師は一旦岸に上がると、学生時代から愛用している黒いマントを取り外し、杖を側に置くと再び湖に飛び込む。

 水飛沫を浴びたローグハンターは顔を拭い、彼の隣にたどり着いた令嬢剣士に声をかけた。

 

「俺も手伝うとするか。装備を見ていてくれ。まあ、盗む物好きもいないだろうが……」

 

「よろしいのですか?あの人を落としたのは……」

 

「おまえだ。あいつが上がってきたら交代してやれ」

 

「わかりましたわ」

 

 令嬢剣士の返事を聞きながら、ピストルとエアライフル、長短一対の剣を女魔術師の杖の横に置き、勢いよく湖に飛び込む。

 その水飛沫を浴びた令嬢剣士は顔を拭い、念のためと軽銀の突剣と短剣を鞘から抜いて身構える。

 所かわって水中では、女魔術師が息継ぎに上がるのと交代でローグハンターが湖底にたどり着いた。

 水中でタカの眼を発動し、女魔術師の眼鏡を探す。

 魚一匹程度ならいてもいいだろうに、それも見当たらないとなると、人工的な湖なのだろうか。

 

 ━━そうだとしても、近くに村はなかったが……。

 

 湖の中で首を傾げ、息継ぎのために思考を切り捨てつつ一旦浮上。

 彼とは入れ替わる形で令嬢剣士が潜っていった。

 その隙に岸で服の袖を絞っていた女魔術師に目を向ける。

 

「……ところで、おまえの眼鏡はあれだけなのか?」

 

「いえ、替えはあります」

 

「無理して探す理由は?」

 

「強いていうなら、彼女への罰ゲームですかね?」

 

「……上がっていいか」

 

「どうぞ」

 

 女魔術師の一言に、ローグハンターは立ち泳ぎしながらため息を吐き、一旦岸に上がる。

 その後の令嬢剣士は、ローグハンターの指示のもと何度も潜水を繰り返し、数十分かけて件の眼鏡を見つけて陸へと上がる。

 潜水と浮上を繰り返した彼女は疲労困憊といった様子で座り込み、僅かに顔色が悪い。

 女魔術師は流石に申し訳なく思ったのか、その眼鏡を丁寧に拭ってかけ直す。

 二人の様子にローグハンターは肩を竦め、無造作に令嬢剣士を抱き上げると訓練場を目指して歩き出した。

 女魔術師がその後ろに続き、いきなりの事態に令嬢剣士の思考は止まる。

 ローグハンターは「女性とはこういうものなのか?」と心中で思いつつも口には出さず、そのまま令嬢剣士を運んでいく。

 

 

 

 

 

 訓練場に戻ってきた彼ら三人の目に飛び込んできたのは、なぜかぼろぼろになった新米たちの姿だった。

 新米剣士に始まり新米戦士、新米武闘家と見習聖女、あとは重戦士一党の少年斥候も()されている。

 完全に意識を刈り取られているのか、誰一人として微動だにしない。

 そんな彼らを他所に円陣の中央に立つのは、凛とした表情を浮かべる銀髪武闘家と、模擬戦用の両手剣を振るい彼女と激闘を繰り広げる女騎士だ。

 銀髪武闘家は素手に適当な布を巻いてグローブ代わりとしているだけだが、それでも十分に凶器足り得る彼女の拳は、あの新米たちを一撃の元で倒したのだろう。

 そこに女騎士が参戦したのか、それとも銀髪武闘家が挑発したのか、なぜかはわからないが二人の戦いが始まったことは見ればわかる。

 中々の激闘なのか、銀髪武闘家の髪紐が切れてしまったのか長い髪を流れるように揺らしていた。

 ローグハンターは僅かに非難の色を込めた視線を重戦士に向るが、その視線を受けた重戦士は処置なしと首を横に振る。

 秩序にして善なる騎士を目指す者が、疲労の溜まった戦士に挑むのはどうなのだろうか。

 ローグハンターはため息を吐くと令嬢剣士を木陰に降ろし、伸された新米たちを救出する。

 運び終えたら水をぶっかけ、無理やり意識を戻されるとローグハンターは問いかけた。

 

「━━で、何があった」

 

「えっと、私たちの模擬戦が終わったら、あの騎士さんが『いざ勝負だ!』と一方的に宣言しまして……」

 

 比較的軽症だった見習聖女の説明に、ローグハンターは小さく唸りながら天を仰いだ。

 再び重戦士に目を向けるが、彼もローグハンターと同じように天を仰いでいる。

 本来想定されていないであろう銀等級二人の激闘は、誰かの腹の虫が鳴ったことを合図に終了となった。

 

 

 

 

 

「うへぇ~、痛いよ~」

 

「……別段怪我をしているようには見えないが」

 

 わざとらしく痛がりながら頬擦りしてくる銀髪武闘家にされるがままになりつつ、ローグハンターは彼女の体に目を向ける。

 籠手代わりの布はもはや襤褸布となっており、彼女がどれだけ真剣に向き合っていたかを教えてくれる。

 それでも怪我をしていないあたり、女騎士が上手いこと手加減してくれたのか、あるいは銀髪武闘家が捌き続けたのか……。

 彼女の髪を優しく撫でながら、ローグハンターは懐から取り出したリンゴをかじる。

 時間は昼過ぎ。訓練に参加していた面々は、各々が用意した昼食をとりつつ談笑していた。

 彼らの集合する木陰は、端から見れば大規模な旅の一団にも見えることだろう。

 シャリシャリとリンゴをかじりながら、ローグハンターは隣で女騎士に説教していた重戦士に目を向ける。

 

「あまり怒ってやるな。こいつだって怪我はない」

 

「そうだがな、いきなり仕掛けるのはどうなんだ?」

 

「いや、体が勝手に……」

 

「『いざ勝負!』って叫んでたじゃん」

 

 言い逃れようとした女騎士を銀髪武闘家が追撃し、それを受けた彼女は縮こまった。

 ローグハンターはため息を吐き、懐から髪紐を取り出す。

 髪が長かった頃の癖で入れていたものだが、まさかこんな形で助かるとは。

 

「ほら、あっち向け」

 

「あ、やってくれるの?ありがと~」

 

 警戒することなく背中を向けてくる銀髪武闘家に苦笑を漏らし、手慣れた様子で彼女の髪を括る。

 新米武闘家は新米剣士に弁当を差し出しつつ、ローグハンターに言った。

 

「慣れてますね」

 

「まあ、六年目だからな」

 

「ふふ、キミとも六年の付き合いなんだね」

 

 銀髪武闘家が嬉しそうに笑む後ろで、ローグハンターは何やら思うことがあったのかハッとする。

 

「俺ももうすぐ二十五か。時間の流れは早いな」

 

「ふーん、もう二十五なんだ。身を固めるつもりは?」

 

 銀髪武闘家が僅かにいたずらっぽく笑いながら問いかけ、それを聞いていた二人を除いたローグハンターの一党や重戦士の一党、新米たちが苦笑する。

 ローグハンターは数瞬だけ間を開けると、フッと小さく笑みを浮かべた。

 

「準備が出来れば固めるつもりだが」

 

「だよね~。駄目だよ……ね?」

 

 銀髪武闘家は勢いよく彼の方に向き直り、真剣な表情を浮かべるローグハンターに目を向けた。

 

「……えっと、ホント?」

 

「?聞き直すようなことなのか?」

 

 疑問符を浮かべながら首を傾げるローグハンターに、銀髪武闘家は顔を真っ赤にさせながら正面に向き直る。

 耳まで真っ赤なのだから意味はないのだが、今はローグハンターと目を合わせられないのだろう。

 そんなことお構いなしにローグハンターは言う。

 

「だが実際にそうなると、住居や家具類、()()()()()()()()を考えると、もっと稼がなければならなくなる」

 

「こ、こど!?」

 

「その事を考えれば、拠点をここから水の街に移したほうが安全だろう。だが、その為にも金がかかる」

 

「あぅ……」

 

 一人で淡々と言葉を続けるローグハンターと、いつの間にか考えられていた将来の計画を聞かされる銀髪武闘家。そしてそれを聞かされる重戦士の一党などの面々。

 その中でも一番冷静なのは重戦士だろう。彼は石となった女騎士を気にかけつつ、昨日酔っ払ったローグハンターが言ったことを思い出す。

 

 ━━とりあえず、目の前のことをやっていくしかないだろう。

 

 確かに彼はそう言ったし、自分たちも同意を示した。

 だがしかし、それが冒険に関することではなく、恋人との関係についてだったのは予想外だ。

 話についていけない周りの面々を置いていき、ローグハンターは背中を向ける銀髪武闘家に問いかける。

 

「おまえはどう思う。この街に思い入れがあるなら、ここに拠点を置くが」

 

「あの、えと、その話は部屋でお願いします……」

 

「むぅ……。わかった」

 

 何故か残念そうに息を吐くローグハンターと、顔を真っ赤にさせて蒸気を吹き出している銀髪武闘家。

 重戦士たちは処置なしと決めて目を合わせると、無理やりにでも話題を逸らしにかかる。

 話を切り出したのは見習聖女だ。

 

「と、ところで、あの地母神の神官さんはどこに?」

 

「ん?知らないな、おまえは?」

 

「その話も、部屋で……」

 

「……?」

 

 思考停止した銀髪武闘家を心配するような視線を向けると、肩を竦めて女魔術師に目を向ける。

 

「知っているか?」

 

「確か、蜥蜴僧侶さんと一緒に怪我人を診ている筈です。工事には怪我が付き物ですから」

 

「なるほどな。そろそろ冒険に関して話を纏めて貰いたかったが……」

 

 いつの間にか責任者にされていたローグハンターも、いざ始めればしっかりとやる辺り、事務仕事にも慣れているのだろう。

 重戦士は水袋に口をつけ、口元の水を拭うと笑みながら彼に言う。

 

「で、どうだ。新人どもの面倒を見るってのは」

 

「別に何かあるというわけでもない。先生のやり方の見よう見真似だ」

 

「む。おまえの先生とは何者だ」

 

 食いついたのは女騎士だ。石化が解けたのか、一周回って元気そうである。

 ローグハンターは肩を竦めると、懐かしむように言う。

 

「幼い頃に母を亡くして、何年かして父も病気で死んで。一人になった俺の面倒を見てくれた人の一人だ。色々なことを教えてもらった」

 

「例えば」

 

「人体の急所。隠密方法。戦闘技法。全てが荒削りだった俺を、見事に削り出してくれた」

 

 隠すことのない尊敬の念が込められた言葉に、それを聞いた面々の表情は自然と緩む。

 内容は明らかに殺伐としたものだが、それでも彼にとってはかけがえのない人物なのだろう。

 

「まあ、習うより慣れろと言った感じだったのは違いないが……」

 

 苦笑混じりにそう付け足し、くつくつと可笑しそうに笑う。

 彼もそんな風に笑うのかと、僅かな驚きが銀髪武闘家以外の面々の間に流れる。

 ローグハンターはまた何かを思い出したのか、懐を探って舌打ちを一つ。

 そして新米たちに目を向けながら言った。

 

「おまえらに使わせようと思っていた物を忘れた。明日で良いか?」

 

「わたくしはいつでも構いませんわ」

 

「俺も大丈夫です」

 

「うっす」

 

 令嬢剣士、新米剣士、新米戦士の順に返すと、ローグハンターは申し訳なさそうに「すまん」と呟く。

 

「代わりと言ってはなんだが、これからは俺もこちらに加わろう。なに、加減はするさ」

 

 彼はそう告げると立ち上がり、一足先に円陣の中に入り込む。

 ローグハンターの一党と重戦士の一党、新米たちは目を合わせ、弁当をしまうと彼に続いて円陣の中へ。

 訓練場の昼はこうして過ぎていき、また活気に溢れた声が響き始める。

 その合間に断末魔にも似た叫びと誰かの怒号が混ざるのは、もはや訓練場のご愛敬。

 それを聞いた工事関係者たちは、「もうそんな時間なのか」と顔を見合わせ笑みを浮かべる。

 訓練場の完成は、まだまだ先だ。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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