SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory08 攻勢

 夜の闇を進むローグハンターの一党と新米たちの一党は、あれから目立った戦闘もなく訓練場の事務所予定地にたどり着いた。

 見た目はまだ廃墟と言った所だが、もうしばらくすれば見事な建物となることだろう。

 ローグハンターはピストル片手に周囲を警戒しつつ仲間たちに中に入るように指示し、最後尾の銀髪武闘家が転がり込んだことを確認してその後ろに続く。

 彼らの視界に飛び込んできたのは、建物の一角で縮こまる新米冒険者たちの姿と、外を警戒する玄人(ベテラン)冒険者の姿だった。

 

「あ、ローグハンターさん!」

 

 怪我人を見ていたのだろう女神官が、パッと表情を明るくしながら言うと、つられるようにゴブリンスレイヤーも彼に目を向ける。

 

「無事だな」

 

「俺と、俺の受け持った新米はな。途中でいくつか死体を見つけたが……」

 

 ローグハンターはそう言うと事務所を見渡し、ざっと人数を確かめる。

 無事にここまでたどり着けたのは決して少なくはない。喜ぶべきことだろう。

 だが彼らの表情は一様に暗く、不安と恐怖に呑まれかけている。

 

「戦力としては申し分なし。頭数だけを見ればな」

 

 肩を竦めながら放たれた皮肉に、槍使いが盛大にため息を吐くと言う。

 

「あんまり言ってやるなよ。ほとんど帰っちまって、こんだけ居るだけでもまだ良いんだぜ?」

 

「もう……真っ暗、だから……ね?」

 

 槍使いに続いたのは、彼の一党に属する魔女だ。

 男なら誰しも見惚れる肉感的な容姿の彼女だが、ローグハンターはそんな様子もなく告げる。

 

「夜間戦闘も練習して貰いたいがな」

 

「おう、頭巾のは新人どもに手厳しいわい」

 

 彼の呟きに反応したのは鉱人道士だ。

 彼の横にはいつもの様子の蜥蜴僧侶がおり、奇妙な手つきで合掌している。

 

「時には突き放すこともまた愛の形ですぞ、術士殿」

 

「そうかい」

 

 鉱人道士は腕を組ながら鼻を鳴らし、触媒を確かめる。

 あからさまに不機嫌そうなのは、この騒ぎで夕食を取り損ねたからだろう。

 銀髪武闘家が首を揺らし、いつも騒がしい妖精弓手がいないことに気づく。

 

「あれ、あの()は?いつもなら真っ先に無事か確かめてきそうだけど」

 

「待機させている俺の受け持っていた連中に伝言を頼んだ。そのうち戻ってくるだろう」

 

 ゴブリンスレイヤーは闇の奥を睨みながらそう返し、何かの接近に気づいてか剣を握る手に力を込めた。

 彼の様子に気づいた玄人たちもまた構えるが、現れた人物に気づいて構えを解く。

 

「おう、おまえらも無事だったか」

 

 何人かの新人を連れた重戦士が、ひらりと片手を挙げて現れたのだ。

 鎧と得物である大剣(グレートソード)に血がついている所を見るに、一戦交えてきたのだろう。

 ローグハンターが僅かに眼を細めながら言う。

 

「おまえの相方はどうした」

 

「あいつだって女だ。おまえなら後は言わなくて良いだろ?」

 

「……だな」

 

 横目で銀髪武闘家に視線を向けながら、彼はため息混じりに頷いた。

 一人でも多く戦力が欲しかったが、そういうことなら仕方ない。

 彼らを事務所の中に招き入れた所で、槍使いが話を切り出す。

 

「こんだけ銀等級が集まれば、面白いことが出来そうだな」

 

 猟犬を思わせる笑みを浮かべながらの一言に、銀等級の面々が頷いて見せた。

 ローグハンターが事務所を見渡しながら言う。

 

「まず拠点はここで良いのか。ゴブリンが火を放ってくるかもしれんぞ」

 

 彼の意見にゴブリンスレイヤーは僅かに思慮し、首を横に振る。

 

「おそらく奴らは、炎を使った戦術を知らん。だが、断言は出来ん」

 

 彼らのやり取りに、新人たちの表情がさらに青ざめる。

 二人の容赦のない言葉の応酬に慣れた面々はため息を吐き、銀髪武闘家が話を断ち切る。

 

「で、これからどうする?とりあえず、ゴブスレ組を待つの?」

 

「そのゴブスレ組ってのはわからねぇが、頭数を揃えなきゃどうにもならんだろ」

 

「ぜんぶ、合流……しましょう、ね」

 

 重戦士、魔女が続き、蜥蜴僧侶がゴブリンスレイヤーに問いかける。

 

「して、彼奴(きゃつ)ばらの大将はなんと見る」

 

「恐らく、そちらもゴブリンだろう。主力にゴブリンを使うのは、ゴブリンだけだ」

 

「そうなると本拠地はどこだって話になるが……」

 

 槍使いが頭を掻きながら言うと、鉱人道士が髭を扱きながら言う。

 

「穴が四方にあって、それがどっかで繋がっとるな。近場の穴から潜りゃ、本拠につくじゃろ」

 

「ならば潜るだけだ」

 

「それは良いが、こっちはどうする」

 

 ゴブリンスレイヤーの決定に、ローグハンターが新人たちを見ながら問いかけた。

 銀等級がこれだけいるとしても、流石に全員で殴り込む訳にはいかないだろう。

 ならば誰かがこの場に残り、面倒を見なければならない。

 

「ゴブリンスレイヤーは決定として、後は━━」

 

 ローグハンターはそう言うと、何かに気づいたのか顎に手をやった。

 ゴブリンは卑怯で、臆病で、弱者には容赦のない最弱の魔物だ。

 こんな銀等級、つまり格上ばかりの場所に、玉砕覚悟で飛び込んでくるだろうか。

 はっきり言って、自分でも願い下げだ。油断している所を奇襲するのならともかく、正面から戦うのは━━いけるかもしれないがやりたくはない。

 

「……先に帰った新人どもが出たのはいつ頃だ」

 

「あ?どうしたんだよいきなり」

 

 ローグハンターの発言に、槍使いが疑問を口にした。

 これから攻勢に出ると言うのに、一見関係のない話を始めたのだから当然だろう。

 だが、ゴブリンスレイヤーと女神官は何か思うことがあったのか、ローグハンターに目を向けた。

 

「そうか。そちらを見落としていたな」

 

「そうですよね。私がゴブリンなら、ここだけは襲いたくないです」

 

 ゴブリン狩りに関してはトップクラスの知識を持つゴブリンスレイヤーと相棒たる二人は、顔を見合わせると周りの面々にも伝わるように言う。

 

「街に戻る最中の新人が狙われているかもしれん。そちらは俺の一党と、こいつらで対処する」

 

 自分の一党である三人と、弟子たちに目を向けながら言うと、女神官が恐る恐る彼に進言する。

 

「あの、私も加えては貰えませんか?」

 

 彼女の進言にローグハンターは僅かに眉を寄せるが、すぐに仲間たちに目を向けた。

 これから救出に出る冒険者の中に、回復の奇跡が扱える者が誰一人としていない。

 もし、向こうで水薬(ポーション)の類いが意味をなさないほどの重症人がいたら、どうしようもないだろう。

 それに、もはや迷っている時間もない。

 ローグハンターは頭目であるゴブリンスレイヤーに目を向け、無言の確認を取る。

 ゴブリンスレイヤーは数瞬考え、そして確かに一度頷いた。

 彼はそのまま女神官に問いかける。

 

「やれるか?」

 

「や……」

 

 ゴブリンスレイヤーにしては珍しい、たった一言の質問。

 女神官は思わず言葉を詰まらせるが、唇を噛み締めて叫ぶように答える。

 

「……り、ますっ」

 

 ゴブリンスレイヤーは彼女の返答にゆっくりと頷くと、立ち上がる。

 

「なら、決まりだ」

 

 

 

 

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 闇夜に包まれた森の中を、ローグハンターの一党と女神官を加えた新米たちの一党が駆けていた。

 彼らの目的はとても単純で、やるべきことも明確だ。

 

 ━━一人でも多くの新人を助け、一匹でも多くのゴブリンを殺す。

 

 その為にも、まずは先に帰った新人たちに追い付かなくてはならない。

 訓練場の利用が始まり、さらに足の速くなった女魔術師と令嬢剣士の背中を追いかける新米たちの表情は、文字通り真剣なもの。

 銀等級斥候のローグハンターがいるとはいえ、彼でも見落とす時は見落とすのだ。常に不意打ちに警戒しなければならない。

 時折闇の奥から聞こえる断末魔の叫びを頼りに、彼らは駆ける。

 目印が一つあがる度に、誰かの人生が終わっているのだ。減速するなんてもっての他だろう。

 だが、ローグハンターは大きく舌打ちをすると銀髪武闘家に目を向けた。

 

「正面に一。見えるか」

 

「うん。あれって、もしかしなくても……」

 

 銀等級二人の視線の先にいるのは、ゴブリンにしては巨大すぎる影だった。

 ホブにしても大きすぎるゴブリンなぞ、あの個体しかいないだろう。

 銀髪武闘家が駆けながら籠手の具合を確かめる横で、ローグハンターが新米たちに指示を出す。

 

「俺とあいつで正面のあいつを殺る。おまえらは新人どもを助けに行け」

 

「ローグハンターさん!?」

 

 頭目から発せられたいきなりの指示に困惑する新米武闘家を他所に、彼は腰に下げた長短一対の剣を抜き放つ。

 同時にその巨体がローグハンターたちに目を向けた。

 その瞳に宿るのはゴブリンと同じ輝きながら、戦闘に関するものだけは洗練されている。

 

「━━英雄(チャンピオン)狩りだ」

 

「GOORGGOBRRRR!!!!」

 

 小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)は大木の如き棍棒を掲げながら天に向かって吼える。

 瞬間、放たれた矢のように突貫した銀髪武闘家が、その勢いのまま胸部に拳を叩き込む。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音が森に響き渡り、チャンピオンの巨体を数歩後退させた。

 だが、彼女の拳をもってしてもそこまでだ。致命傷(クリティカル)には程遠い。

 チャンピオンの正面で深く息を吐く彼女を他所に、ローグハンターは森人もかくやと言う速度で木をよじ登り、すぐさま身を投げる。

 長短一対の武器を逆手に持ち替え、落下の勢いのままチャンピオンの頭蓋を貫きに行くが、

 

「GOBRGOBR!!」

 

 それを察したチャンピオンが空中の彼に向けて棍棒を振るう。

 直撃すれば間違いなく死ぬ。

 冷静にその事実を確かめた彼は、迫る棍棒に合わせて空中で身を捻り、紙一重で避けて見せる。

 

「GR━━!!?」

 

 チャンピオンが驚愕を口にする前に、バスタードソードでその右目を切り裂いた。

 本人は首を狙ったのだが、回避の勢いで思いの外ずれてしまったのだろう。

 彼は銀髪武闘家の前に降り立つと、バスタードソードに血振れをくれてその切っ先をチャンピオンに向ける。

 

「GOORGGOBRRRRGRBGOBR!!!!」

 

 右目を押さえながら狂ったように棍棒を振り回し、意味不明の咆哮をあげるチャンピオンを尻目に、銀髪武闘家が新米たちに目を向ける。

 

「今のうちに行って!ここは私たちでどうにかするから!」

 

 切羽詰まった彼女の声に新米たちは頷くと、すぐさま戦場から遠ざかっていく。

 銀髪武闘家は頼もしい後輩たちの背中を見送り、ローグハンターの隣に出る。

 彼女は嬉しそうに笑みながら、彼の顔を覗きこんだ。

 

「ふふ、久しぶりに二人っきりの仕事だね」

 

「そうだな。なに、いつも通りだ」

 

 ローグハンターは不敵に笑み、バスタードソードを降ろしてゆっくりと脱力していった。

 構えないことが構えと言える彼が準備を終えると共に、銀髪武闘家も深く息を吐いて身構えた。

 それを挑発と受け取ったのか、チャンピオンが唾液を撒き散らしながら叫ぶ。

 銀等級二人とチャンピオンの戦いは、誰にも知られることなく始まったのだ。

 

 

 

 

 

 森のとある場所。

 必死になって逃げ回っていた新人冒険者たちは、ゴブリンたちの猛攻でその場所に追い詰められ、その表情は絶望に染まっていた。

 十五人ほどいた彼らも、既に五人しかいない。

 そんな彼らを取り囲んだゴブリンたちは、下卑た嗤い声を挙げて各々の武器を構えている。

 男ばかりだが、見れば女が二人。さっさと済ませて威張り散らすあいつが来る前に悦しんでしまおう。

 ゴブリンたちはぎゃいぎゃいとそんなやり取りを終えると、我先にと新人たちに躍りかかる。

 槍で貫き、棍棒で叩き、剣で斬れば、それで終わりだ。

 とても単純で簡単な仕事に、ゴブリンたちは上機嫌だった。

 そして、うち二匹がその感情を抱いたまま死んだ。

 飛びかかった瞬間に何かが爆ぜる音が森に響き渡り、二匹の仲間が武器を取りこぼして崩れ落ちたのだ。

 ゴブリンたちはその音の主に目を向け、不機嫌そうに目を細める。

 彼らの視線の先にいるのは二人の冒険者だ。

 新米剣士と新米戦士の二人が、咄嗟にピストルを発砲してゴブリンたちを阻止しようとしたのだろう。

 結果は見事な即死攻撃(ヘッドショット)。付け焼き刃の技術だったが、どうにかなったようだ。

 二人は荒れた息を整えながら、ピストルをしまって各々の剣を抜き放つ。

 ゴブリンたちは悦しみを邪魔してきた怨敵を滅ぼさんがため、一挙に二人に殺到していくが、その前に一人の少女が立ちはだかる。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》!」

 

 女神官が祈りを口にした途端、奇跡が起こった。

 天に輝く太陽の如き光が、圧力を伴ってゴブリンたちに襲い掛かったのだ。

 汚い悲鳴をあげて悶えるゴブリンたちの只中に、前衛たちが飛び込んでいく。

 

「うっだらぁあああ!」

 

「こんの、よくも!」

 

 新米戦士が剣を振り回してゴブリンの腹を裂いていき、新米剣士が脳天をカチ割り体を両断。

 

「お二人とも、少し落ち着いてくださいな!」

 

「イイィヤッ!」

 

 令嬢剣士が愚痴を溢しながら軽銀の突剣でゴブリンを凪ぎ払い、新米武闘家が蹴りをもって頭蓋を砕く。

 

「逃げるわよ!早くこっちに来なさい!」

 

 女魔術師が愕然としていた新人たちに檄を飛ばし、彼女の周りに生存者が集まっていく。

 見習聖女が天秤剣片手に周囲を警戒し、伏兵に備えて身構える。

 女神官は『聖光(ホーリーライト)』の奇跡の維持に集中しながら、指示を出す。

 

「このまま広野に抜けます!狭い場所ではゴブリンが有利です!」

 

 彼女の指示に皆が頷き、移動を開始する。

 

「こんのっ!」

 

 殿(しんがり)を勤める新米戦士が血脂で切れ味の落ちた剣に舌打ちをすると、ローグハンターがしてくれたことを思い出す。

 

「GRB!!」

 

 飛びかかってきたゴブリンを盾で殴りつけ、取りこぼした棍棒を奪い取る。

 右手に握った剣を鞘に押しこみ、左手で持っていた棍棒を利き手に持ち直す。

 奪い返そうと襲い掛かってきたゴブリンの頭蓋を叩き潰し、残りのゴブリンを睨み付けた。

 

「ばっち来い!」

 

「ばっち来いじゃなくて逃げるんだよ!」

 

 新米剣士の言葉に思わずずっこけ、彼も急いで後退を開始。

 女魔術師は生存者に気をかけつつ、一党の皆にも気を配る。

 殿も追い付いてきたし、遅れている人物もいない。今のところは順調だ。

 

「……?」

 

 その時、彼女の耳に微かにだが誰かの叫び声が聞こえた。

 怒りに任せて発せられたその咆哮は、おそらく只人のもの。

 不意に、彼女の胸のうちに不安が過った。

 頭目である彼と、その相棒たる彼女を信頼していないわけではないが、もし、万が一にもどちらかが倒れたら━━。

 彼女は泥沼に填まりかけた思考を切り上げ、目の前のことに集中する。

 とりあえず生き残らなければ、彼らとも再会出来ない。

 街はもうすぐ。明日ももうすぐだ。

 

 

 

 

 

 ━━何を間違えたのだろう。

 

 彼はそう自問した。

 彼の短剣には伏兵たるゴブリンが突き刺さり、既に死亡していることは明白だ。

 だが、今の彼はそんな事はどうでも良かった。

 ほんの一瞬だ。伏兵に襲われた自分にほんの一瞬気を向けた彼女が、チャンピオンの一撃を諸にくらった。

 彼女の体が宙を舞い、木に激突して地面に落ちる。

 同時に自分も全身の力が抜けて、両膝をつく。

 

 ━━何を間違えた……?

 

 彼女と共にここに残ったことか。

 新米たち全員を向かわせてしまったことか。

 

 ━━違う。違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!

 

 自分が弱いからだ。自分が未熟だからだ。自分が……。

 不意に彼の耳に、チャンピオンが嘲笑う声と、サイコロが転がる音が届いた。

 次いで聞こえたのは、そのサイコロが叩き壊される音。そして、誰かが驚き、狼狽える声。

 次いで感じたのは、常に懐に入れていた『謎の三角形』が熱を持ったこと。

 そして、次いで聞こえたのは誰かの声だった。

 

『━━ロ、ロロロ━━━ディディディ━━ンググググ』

 

 雑音混じりに聞こえた物が、次の瞬間には僅かばかり鮮明になる。

 

『━━ロロローディン━━グ……』

 

 言葉の意味を考えることはない。今は、今だけは━━。

 

『━━ローディング。流入(シンクロ)開始』

 

 その声に感謝させて貰おう……。

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

「GRB!?」

 

 突如として立ち上がったローグハンターの姿に、チャンピオンはほんの僅かに狼狽えた。

 仲間を殺られて心が折れたのかと思ったら、いきなり叫んで立ち上がったのだから、驚きもするだろう。

 チャンピオンは数度瞬きすると、その表情に余裕の笑みを張り付けた。

 

 ━━どうせ弱い奴が自棄を起こしただけだ。オレが負ける筈が……。

 

 瞬間、チャンピオンの体が宙を舞った。

 強烈な力で足払いを受けたかのように、背中と地面が平行になっている。

 

「GOBR……?」

 

 訳もわからないチャンピオンは、その表情を驚愕に染める。

 自分の両足の膝から下が、綺麗さっぱりなくなっているのだ。

 視線を下に向ければ、大きく重心を落として長短一対の剣を振り抜いた格好のローグハンターの姿。

 

「GRB!?」

 

 表情が驚愕から恐怖に染まったのはその直後。

 ローグハンターが跳躍し、両手の得物を逆手に持ちかえる。

 チャンピオンの巨体が地面に落ちた瞬間、縫い付けるようにその体に得物を叩きつける。

 同時に二つの得物が砕け散り、その破片がチャンピオンの内側に潜り込む。

 

「GR━━━!」

 

 人間なら間違いなく即死。そうでなくても、再起不能は免れない。

 卓越した技量の元で放たれた一撃は、まさに『英雄の一撃』。

 チャンピオンはどす黒い血を吐きながら、渾身の力を込めた拳を振るってローグハンターを弾き飛ばす。

 それに直撃した彼は吹き飛ばされ、背中から木に激突するが、まるで効いていないかのように地に足をつけた。

 口の端から血が垂れているから、間違いなく効いている。だが、なぜか()()()()()()()()()()

 チャンピオンはその時になって、ようやく気づいたのだ。

 自分が手を出してはいけない相手に手を出してしまったことを。

 やってはいけないことを、してしまったことを。

 怯えから身を縮こまらせるチャンピオンを、ローグハンターは()()()()()鷹の眼光で睨みながら拳を握って近づいて行く。

 逃げようにも足を無くし、体が言うことを聞かない。

 チャンピオンは歯を鳴らしながら命乞いをするかのように彼にひれ伏した。

 反撃も奇襲も考えられない。ただ死にたくないという一心だ。

 ローグハンターがチャンピオンの目の前で足を止め、ただ静かに告げた。

 

「顔を上げろ」

 

「GR━━━!!????!」

 

 言われた通りに顔を上げた瞬間、チャンピオンの顎がローグハンターの拳によって砕かれた。

 それは事実上の処刑宣告だ。

 チャンピオンはもはや泣き叫ぶことも許されず、目の前に迫る死を受け入れるしかない。

 

「狙う場所と、相手を、間違えたな……!」

 

 再び握った拳に構え、渾身の力を込めて殴り抜く(オーバーパワー・アタック)

 チャンピオンの汚い悲鳴が骨の砕ける音に変わろうと、肉の潰れる音に変わろうと、ひたすらに殴る。殴る。殴る。殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 自分の手からも骨が砕ける音がしても止まらない。チャンピオンが死んだとしても止まらない。

 内から込み上げる激情が、怒りが抑えきれない。

 打撃音が湿った音に変わっても、彼の暴走は止まらない。

 まはや原型を留めていないチャンピオンの頭部をひたすらに殴り続け、倒れたなら掴み上げてでも殴る。

 返り血と飛び散った頭蓋骨と脳の欠片で顔を汚しつつも、彼の表情はなぜか嬉々としていた。

 

「んぅ………」

 

「!」

 

 不意に聞こえた誰かの声に、ローグハンターは手を止める。

 拳を振り上げたまま体を固め、視線だけでその声の主に目を向ける。

 倒れる銀髪武闘家の胸が、僅かにだが上下している。

 その事に気づいた瞬間、彼はもはや考える間もなく駆け出していた。

 

『エラー発生……』

 

 彼女の隣に滑り込み、脈を調べ、次いで息をしているかを確認する。

 どちらも正常。つまり彼女はまだ……。

 

『エラー……エラー……』

 

 ローグハンターは震える手を雑嚢に突っ込み、水薬(ポーション)を取り出す。

 震える手でどうにか蓋を外し、中身を口に含むと口移しで彼女に飲ませる。

 

『致命的なエラーが発生。流入(シンクロ)解除』

 

 急に痛みだした体を無視して、彼は彼女の両頬に手を添えて顔を持ち上げる。

 

「ん、んん……」

 

 小さく唸りながら、彼女の目がほんの僅かに開く。

 僅かばかり落ち着いた彼は、雑嚢から強壮の水薬(スタミナポーション)を取り出して再びの口移し。

 

「ん……むぅ!!?!?!?」

 

 口に流し込まれる液体を飲みつつ、彼女の口から確かな驚愕の声が漏れた。

 明らかに飲み終えているのに、彼が一向に離れてくれないのだ。むしろ率先して舌を絡めてきている。

 数分して顔を離されたが、驚愕と酸欠で視界が点滅する銀髪武闘家は、その視界の中で確かに見た。

 

 ━━安堵からか涙を流す彼の姿。

 

 銀髪武闘家は痛む体を動かして彼を抱擁すると、彼の耳元でそっと告げる。

 

「……私は大丈夫だよ」

 

「ああ。ああ……」

 

 ローグハンターは声を震わせながら彼女を抱き締め返し、涙を噛み殺す。

 二人は熱い抱擁を交わし、互いの無事を確かめる。

 ゴブリンスレイヤーに率いられた討伐組がゴブリンの巣穴を潰し、生き残りの冒険者の救出、ゴブリンの殲滅を終えたのはその直後。

 彼らは生き残り、訓練場を守り抜いたのだ。

 とある冒険者が、祈らぬ者(ノンプレイヤー)へとなったことも知るよしもなく………。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。

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