SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory09 変化

 訓練場攻防戦から幾日か。

 建設はその後も順調に進み、ようやく完成となった。

 訓練場の事務所となった建物の屋根の上に、珍しく一人きりのローグハンターは座り込んでいた。

 訓練の様子を一瞥し、彼は『金色の三角』を見つめて重苦しく息を吐く。

 小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)を撃破したことはわかる。だが、肝心のどうやって撃破したのかがわからない。

 そこを思い出そうとする度に、霧がかかったかのように霞んでしまう。

 死体の様子を見たが、頭がぐしゃぐしゃになるまで潰した覚えはないし、自分にそんな膂力はない筈だ。

 だが、ぼろぼろになった自分の拳が、それが自分の仕業であることを教えてくれる。

 彼はここ数日、そんな疑問を考えては切り上げ、また考えるを繰り返していた。

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

 堂々巡りとなっている彼に声をかけたのは、慣れた様子で壁を登ってきた銀髪武闘家だ。

 彼女はひょこりと顔を出すと、いつもの笑顔を浮かべて屋根の上によじ登る。

 ローグハンターはちらりと彼女を一瞥すると、件の三角を懐にしまう。

 そんな彼の様子に小さくため息を吐くと、彼の隣に腰かけた。

 

「神官ちゃんと魔術師ちゃん。二人とも昇格が決まったってさ」

 

「そうか」

 

「お祝い、行かないの?」

 

「そうだな……」

 

 無愛想に返してくる彼に再びため息を吐き、銀髪武闘家は彼の肩に寄りかかる。

 あの戦いからというのも、彼は一人で考え込む時間が増えているように思える。

 それに、と彼女は問いかけた。

 

「最近大丈夫?眠れてる?」

 

「どうだろうな」

 

 ローグハンターはそう言うと、隈の残る目元を指先で撫でる。

 銀髪武闘家は、最近彼が寝ている間にうなされ、時には知らない人物の名を呟くこともあるのを知っているのだ。

 彼女にその原因はわからないが、あの戦いが一因であることは確かだ。そして、彼が常に懐に入れている謎のアイテムも、その原因の一つだろう。

 彼女は小さく息を吐くとそっと正面に回り込み、彼の蒼い瞳を覗き込む。

 そこに宿る鋭さはいつも通りだが、ほんの僅かに曇っているように見える。

 彼女は優しく彼を抱擁すると、耳元で囁く。

 

「キミはさ、一人で背負いこみ過ぎだよ」

 

 ローグハンターは言葉で答えることはないが、小さく唸る。

 

「もう少し、私に頼っても良いんだよ?」

 

 銀髪武闘家は構うことなく言葉を続け、そっと彼の体から離れる。

 彼の真面目で小さく笑顔を浮かべ、言い聞かせるように言う。

 

「悩み事があれば相談すること。一党組んでから、そうするって決めたじゃん」

 

 彼女の言葉に彼はほんの僅かに驚いたのか目を見開き、そして自嘲するように笑んだ。

 何を一人で悩んでいたのだ。自分はまだまだ未熟で、一人で出来ることなんて限られているではないか。

 

「そう、だったな……」

 

 彼はぼそりと漏らすと、苦笑を浮かべながら銀髪武闘家に向けて言う。

 

「どうにも、最近夢見が悪くてな」

 

「ほうほう。どんな夢かは覚えてる?」

 

 彼女が真剣な表情で問うと、ローグハンターは目を解しながら思慮を深め、僅かな悲哀の念を込めて言う。

 

「誰かが家族を失い、仲間を失い、それでも必死になって戦う夢だ。まるで、何もかもが自分のことのように思えた」

 

「でも、キミじゃないでしょ?」

 

「ああ、そうだ。……その筈だ」

 

 ローグハンターが何故か自信なさげに言うと、銀髪武闘家は困り顔でため息を吐いて身を乗り出した。

 

「筈じゃなくて違うの!」

 

「むぅ……」

 

 勢いよく身を乗り出しながらの一言に、ローグハンターは座ったまま後退る。

 そんな彼に詰め寄りながら、銀髪武闘家は更に続けた。

 

「で、夢の原因はその懐に隠してるやつでしょ?」

 

「知らん。だが、そうかもな……」

 

「なら、捨てちゃえば?」

 

「そうはいかない」

 

 ローグハンターが軽く肩をすくめながら言うと、服の上からそれをそっと撫でる。

 ここまで言われても取り出さないのは、下手に彼女にも触れさせて、不調が出ることを恐れてだろう。

 彼は瞑目し、微笑しながら言う。

 

「それでも、これはおそらく大切な物だ。無くすわけにはいかない」

 

「むぅ。キミがそう言うなら無理強いはしないけどさ」

 

 そう言って彼女は諦めたのか、不満げにため息を吐いて体を離す。

 ローグハンターは僅かに残念そうな表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情を張り付ける。

 

「もっと心を強く持たなければ駄目なんだろうな。下手をすれば潰される」

 

「なら、私も手伝ってあげましょう」

 

 銀髪武闘家は上機嫌そうに言うと立ち上がり、座る彼に向けて手を差し出す。

 ローグハンターは僅かに面をくらったのか驚いていたが、フッと小さく苦笑すると彼女の手をとった。

 彼女の手を借りて立ち上がりながら問いかける。

 

「不器用なおまえが何をしてくれるんだ?」

 

「ん~。添い寝程度なら?」

 

 銀髪武闘家がウィンクをしながら言うと、ローグハンターは困り顔でため息を吐く。

 何かを考えてくれていても、最も大切な部分が欠けている。つまり、詰めが甘い。

 まあ、こんな彼女だからこそ、こうして六年も付き添えているのだが……。

 ローグハンターは彼女の手を離すと、屋根の(ふち)ギリギリまで足を進める。

 

「過去と向き合うべきなのかもな……」

 

「ん、何か言った?」

 

 吹き抜ける風よりも弱く発せられた言葉は、誰にも届くことはない。

 銀髪武闘家の問いかけを無視して一度下を確認すると、ローグハンターは背中越しに彼女に目を向ける。

 

「これからもよろしく頼む」

 

「うん、まっかせて!」

 

 銀髪武闘家がサムズアップで答えると、彼は不敵な笑みを返して彼女に告げる。

 

「それじゃあ、下で待ってるぞ」

 

「え?」

 

 彼女の口から漏れた間の抜けた声を無視して、ローグハンターはいつものように身を投げた(イーグルダイブ)

 流石に慣れたのか、銀髪武闘家は狼狽えることなく屋根の縁から地面を見下ろす。

 そこにあったのは荷車一杯になるまで積まれた干し草だ。

 ローグハンターその山から飛び出すと、思い切り体を伸ばして屋根の上の彼女に目を向ける。

 銀髪武闘家は数瞬迷い、そして自分の両頬を叩いて気合いを入れる。

 その時、ローグハンターはハッとして声を張り上げる。

 

「おまえ、何する気だ!?普通に降りてこい!」

 

「とうっ!」

 

 彼の言葉はもはや届かず、銀髪武闘家も彼を見真似てその身を投げた(イーグルダイブ)

 ローグハンターはその目を見開いて驚きつつも瞬時に落下地点を予測。そして僅かに安堵の息を漏らす。

 その直後、重力に引かれた彼女は干し草の山に叩きつけられ、ローグハンターの時とは違う木材の軋む音が荷車から発せられた。

 そこから彼女は転がり出てくると、勢いよく彼に飛び付く。

 彼の胸に顔を埋めて一旦落ち着くと、涙を溜めたままの顔を上げる。

 

「こ゛、こ゛わ゛か゛った゛よ゛~」

 

「俺だって最初はそんなものだったぞ」

 

 彼はそう言いながら所謂お姫様抱っこで彼女を抱き上げ、ため息混じりに言う。

 

「あと、これは見た目の割りに技術が必要なものだ。二度とやるな」

 

「うぅ……もうやりません……」

 

「なら良い」

 

 彼は満足げに頷くと、彼女を抱き抱えたまま歩き出す。

 すれ違う訓練場の関係者や冒険者たちが二人の姿に驚くが、「ああ、あの二人か」とすぐに納得してそれぞれの持ち場に戻っていった。

 流石の銀髪武闘家も恥ずかしいのか、赤面しながら彼に上目遣いで言う。

 

「あの、流石に……恥ずかしい、かな?」

 

「気にするな」

 

「気にするよ!」

 

 じたばたと抵抗を開始する銀髪武闘家だが、ローグハンターは怯んだ様子もなく彼女を抱えたまま歩き続ける。

 アサシンが物を落とすというのは滅多にないのだ。

 ……第三者に殴られなければ、という話だが。

 

 

 

 

 

 辺境の街、冒険者ギルド。

 いつも通り騒がしいその場所の一角に、ゴブリンスレイヤーをはじめとしたいつもの面々と、新米一党の四人が集っていた。

 彼らの中心にいるのは女神官と女魔術師の二人であり、彼女らの下げる認識票は黒曜から鋼鉄へと変わり、ようやく駆け出し卒業と言ったところ。

 二人は嬉しさを隠す様子もなく表情を緩めており、回りの仲間たちもそれにつられて笑みを浮かべる。

 妖精弓手が上機嫌そうに長耳をひくつかせながら言う。

 

「訓練場が襲われた時はどうなるかと思ったけど、こうしてみればあれも冒険ね」

 

 彼女の言葉に女魔術師が苦笑混じりに答える。

 

「何がどう冒険なのかはわからないけれど、まあ、良い経験にはなったわね」

 

 彼女はそう言うと鋼鉄の認識票と、左手首のリストブレードに手を触れた。

 どちらとも、頭目である彼がいなければ手に入らなかったものだろう。なぜかはわからないが、そう思える。

 令嬢剣士がぐぬぬと悔しそうに歯ぎしりすると、声高らかに鋼鉄等級の二人に告げた。

 

「わたくしもすぐに追い付いてみせますわ!それまで待っていてくださいな!」

 

「待たないわよ、まったく」

 

「あはは……」

 

 肩を竦めながら冷たく返す女魔術師と、思わず苦笑する女神官。

 二人の反応が意外だったのか、令嬢剣士は狼狽える。

 

「そ、そこは嘘でも応援してくださいまし!」

 

「はいはい、頑張りなさい」

 

「露骨過ぎますわ!」

 

 女魔術師と令嬢剣士とのやり取りは下手な芸人よりも息ぴったりであり、女神官も思わず笑う。

 新米剣士もどうにか笑いを噛み殺すと、改まって二人に告げた。

 

「俺たちも、二人に追い付く━━いや、追い越せるように頑張るよ」

 

「そうだね。でも、無理はしないでコツコツと」

 

 新米武闘家がそう釘を刺すと、「わかってるよ!」と新米剣士は返す。

 ゴブリンから奪った棍棒をそのまま愛用武器とした新米戦士も、彼らに続いて頷く。

 

「同期が鋼鉄なのに、俺たちだけいつまでも白磁じゃ格好つかないしな」

 

「それに、昇級しないとお金の工面も大変なのよ……」

 

 見習聖女が算盤(そろばん)を弾くような仕草と共にそう言うと、先程までの和気あいあいとしていた笑みが乾いたものへと変わる。

 ゴブリンスレイヤーはそんな彼女の姿に駆け出し時代のローグハンターの姿を重ね、やれやれと首を振る。

 自分もそうだが、金の工面というのは慣れないうちは本当に難しいのだ。

 まだ、ゴブリンの巣に挑むほうが、気が楽に思える。

 

『ね、ねぇ!いい加減降ろしてくれないかな!?』

 

『足を怪我していたらどうする。あと少しなんだから我慢しろ』

 

『あと少しだから降ろして欲しいんだけど!?』

 

 ふと、ギルドの外から何やら話し声が聞こえた。

 喧嘩でもしているようだが、おそらく恐ろしく下らないことで喧嘩をしているのだろう。

 彼らがそんな予想をしたと同時に、問題の二人がギルドの自由扉を潜る。

 ギルドにたむろっていた冒険者たちの視線が一斉に彼らに向かい、そして「またあいつらか」とすぐに外される。

 銀髪武闘家をお姫様抱っこするローグハンターは、ゴブリンスレイヤーたちの姿を見つけてそちらに歩み寄る。

 そっと銀髪武闘家を空席に降ろし、集まっていた彼らに笑みを向けた。

 

「すまない。色々と考え込んでいた」

 

 笑みこそはいつも通りだが、彼の蒼い瞳に宿る鋭さはいつにも増して鋭くなっている。

 新米を除いた彼らは「何か良いことでもあったんだろう」程度に認識し、銀髪武闘家に目を向けた。

 顔を真っ赤にして机に突っ伏しているが、こちらにも何かあったのだろう。

 まあ、何があったのかは先程の登場を見ればすぐにわかる。

 妖精弓手はやれやれと首を振り、鋼鉄等級となった二人を手で示した。

 

「それで、この子たちに何か言うことはないのかしら?」

 

「む。ああ、そうだな」

 

 ローグハンターは銀髪武闘家への心配を一旦切り上げ、二人の冒険者に目を向ける。

 一年経ち、ようやく駆け出し卒業だ。

 

「昇級おめでとう。これからもよろしく頼む」

 

 遠回しに伝えるなんてことはせず、単刀直入に賛辞を述べた。

 それを受けた二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑むと、二人同時に「はい」と返す。

 ローグハンターは二人の返事に頷き返すと、新米四人に目を向けた。

 

「訓練場も出来たことだから、暇な時間があれば声をかけてくれ。俺も暇なら相手をする」

 

「あ、私もね~」

 

 銀髪武闘家が机に突っ伏したまま続くと、新米四人は面をくらいながらも顔を見合わせた。

 この申し出とは、つまり━━━。

 

「彼らも弟子ということですか?」

 

 令嬢剣士の確認し、ローグハンターは即答する。

 

「そのつもりだ。まあ、こいつらが嫌と言うなら━━」

 

「「「「よろしくお願いします!!!」」」」

 

「━━決まりだな」

 

 言葉を被せてきた四人を気にする様子もなく、ローグハンターは新米剣士と新米戦士に向けて言う。

 

「おまえら、銃は持っているな」

 

「はい」

 

「これですよね?」

 

 二人はそれぞれホルスターに手を添えながら頷くと、ローグハンターは真剣な表情で告げる。

 

「それはおまえらにやる。黒曜等級に上がるまでに使いこなせるようになれ」

 

「「ッ!」」

 

「貴重なものだ、絶対に無くすな」

 

「「はい!」」

 

 彼らへの話はそれで終わりだと言うように、ローグハンターはその場に集った仲間たちと弟子たちを見渡す。

 この六年で、周囲に集う人数が飛躍的に多くなった。

 だが、それでも、やることは変わらない。やるべきことも変わらない。

 

「━━さて、昇級一発目の仕事に行くか」

 

 ゴブリンスレイヤーたちはゴブリン狩りへ。

 ローグハンターたちはならず者(ローグ)狩りへ。

 新米たちは下水道へ。

 難易度、危険度の違いはあれど、彼らが『冒険』に向かうことに変わりはない。

 例えその先で死ぬことになっても、彼らは冒険者。出会い、別れて、また出会う定めにある者たちだ。

 ギルドを出た彼らは、青空の下でそれぞれの依頼へと向かう。

 天上にいる神々は、彼らの行く末を懸けてサイコロを振る。

 

「それでは皆さん、ご武運を」

 

 女神官が別れる仲間たちに目を向け、両手で錫杖を握りながらそう告げた。

 仲間たちを想っての言葉でも、彼が何と返すかは皆が知っている。

 

「まったく、何度言わせるんだ?」

 

 ローグハンターはわざとらしく不敵に笑み、女神官に言う。

 この世界の神々に喧嘩を売る一言を。

 この世界の神々に恐怖を植え付け始めている一言を。

 

「━━運は自分で掴むものだ」

 

 

 

 

 

 四方世界のとある場所。

 神々からも忘れ去られたその場所に、ぽつんと一つだけ椅子が置かれていた。

 そこにコツコツと足音をたてながら近づいた人物は、躊躇うことなく腰かけ、腰に下げていた()()()()を立て掛ける。

 鳥類の嘴を模した飾りのついたフードを被り、纏うローブは染み一つない純白。腰には血を思わせる赤い布。

 左手には三枚の板金が取り付けられた籠手をつけ、何故か()()()()()

 負傷で欠けたというよりは、何かの事情で切り落としたかのように根元から無くなっている。

 その人物は何かに気づいたのか顔を上げ、くすんだ金色の瞳を虚空に向けた。

 そして安堵にも似た息を漏らし、椅子に立て掛けられた愛剣をそっと撫でる。

 

「ようやく、見つかったか」

 

 その低い声は男性だろうか。まだ若いが、感情が致命的に欠けている。

 

「さあ、早く来い」

 

 彼の背後に立つのは、薄く透けながらも金色に輝く何者か。

 その何者かは不気味に笑むと、椅子に腰かける男性の肩に手を置いた。

 

『私はここで待っているぞ』

 

 声からして女性。その声は透き通るほどに美しく、聞いたものを狂わせる妖艶さに満ちている。

 男性と女性は同じく虚空を見つめ、そして同時に口を開く。

 

「『━━━継承者よ』」

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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