SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory03 届け物

 西の辺境、水の街。

 辺境でも指折りの安全地帯であるその場所は、ゴブリンによる殺人事件が多発した場所とは思えない(のどか)さが流れていた。

 そこに降り立ったローグハンターは、フードを目深く被りながら馬車に目を向けた。

 自分の一党の三人とゴブリンスレイヤーの一党が全員いることを確認し、受付嬢もいることを確認。そして、

 

「どう、牛飼さん。ここが水の街だよ」

 

「す、すごいねぇ……」

 

 銀髪武闘家に手を引かれて馬車から降りた牛飼娘を確認した。

 彼女もまた妖精弓手の友人として招かれ、件の結婚式を見に行くことになったのだ。

 欠員無しで全員到着。

 たったの三日、されど三日。慣れない女性二人を連れているのだ、いつだって油断は出来ない。

 彼は一度息を吐くと馬車の後ろに回って荷台に取り付く。移動するにしても、荷物を降ろさなければならない。

 真っ先に厳重に密閉された木箱を降ろし、また次と続けていく。

 ついでに仲間たちの分の荷物も降ろし、それぞれを持ち主に手渡し、肩を回して首を鳴らす。

 

「ありがとうございます」

 

「気にするな。仕事と、そのついでだ」

 

 受付嬢のお礼に淡々と返すと、ぽつんと放置された木箱に目を向けた。

 森人の里に行くには船が必要で、その船に乗るには水の街に行かなければならない。

 ならばと駄賃目当てに配達依頼をいくつか受け、こうして荷物を整理したのだが、

 

「これは神殿まで運ばなければならないのか」

 

 肩を竦めて誰に言うわけでもなく愚痴をこぼした。

 彼の横では女性陣が何やら談笑しており、男性陣はゴブリンスレイヤーを中心に去年の戦いを振り替える。

 完全に話に乗り損ねた彼はため息を漏らし、受付嬢に目を向けた。

 彼の視線を受けた受付嬢は朗らかな笑みを浮かべると、回りの友人たちに言う。

 

「では、私はこちらのギルドの方にご挨拶と、依頼達成の報告をしてきますね」

 

 こうして段取りをしてくれる辺りが、役人としての気遣いというものなのだろう。

 今回はただ目的地に行き、対象を倒すだけではないのだから、尚更だ。

 

「後は荷運び、宿、船の手配、それとお土産ですね」

 

「お土産と言っても、新婦さんの好みがわかりませんね」

 

 女魔術師が言うと、妖精弓手が「それは任せといて!」といつも以上のテンションで返す。

 久々の里帰り、彼女もはしゃいでいるのだろう。

 ローグハンターはそう判断すると、木箱を持ち上げて小さめの荷車に乗せ始める。

 

「それじゃあ、こいつを神殿に運ぶとするか」

 

「あ、私も━━」

 

「いや、俺一人で十分だ」

 

 手伝おうと手を挙げた銀髪武闘家を一言で制すると、女性陣に目を向けると微笑を漏らす。

 

「久々に大きい街に来たんだ。買い物ぐらいしてこい」

 

「で、でもさぁ……」

 

 買い物をしたいという気持ちはあったのか、彼女は困り顔でもじもじと身を捩る。

 彼女の姿にローグハンターは苦笑を漏らし、受付嬢に目を向けた。

 

「しばらく頼めるか。ただし、酒だけは飲ませるな」

 

 真剣な表情で言う彼に、受付嬢は困り顔で頷く。

 蜥蜴僧侶はちろりと鼻先を舐めると、荷車の横棒を掴んだローグハンターに言う。

 

「では、拙僧らで諸々の手続きを進めておくとしよう。術士殿、小鬼殺し殿、宜しいか」

 

「わしゃぁ、構わんが、かみきり丸はどうじゃい?」

 

「ふむ……」

 

 問われたゴブリンスレイヤーは牛飼娘とローグハンターの姿を交互に追い、悩んでいるのか小さく兜を傾げて見せた。

 ゴブリンがいるかもしれないと考えると、女性陣の護衛をしたいという気持ちがある。

 しかし、ゴブリンが狙った寺院に納められた粘土板を、またゴブリンが狙っている可能性もある。

 くよくよ悩まずに行動せよと習ったが、いざこうなると中々に難しいものだ。

 そんな彼の姿にローグハンターは横棒を支えながら肩を竦める。

 

「俺のことは気にするな。ゴブリンに遅れはとらん」

 

「そうか。ならば俺も手続きを手伝おう」

 

「なんだ、女性陣の荷物持ち(ごえい)はしないのか?」

 

 ローグハンターのからかい半分の言葉に、ゴブリンスレイヤーは彼女らに目を向け、小さく唸る。

 冒険者は銀髪武闘家と令嬢剣士、女魔術師、女神官の四人。

 

「前衛二、後衛二。問題ないだろう」

 

「そうか……」

 

 どこに行っても仕事のことばかり考える友人の姿勢に困りつつ、彼は蜥蜴僧侶に目を向けた。

 

「それじゃあ、諸々決まったら神殿に誰か寄越してくれ」

 

「承知していますとも。では、各々参りましょうや」

 

 彼の号令一つで男性陣は諸々の仕事へ、女性陣は買い物へと向かう。

 一人歩き出したローグハンターの背中に、僅かな不安を孕んだ視線を向ける銀髪武闘家を差し置いて。

 

 

 

 

 

 運河を流れる水の音、人の営みの音を聞きながら、ローグハンターはひたすら荷車を引いていく。

 時折向けられる視線を無視して、彼は記憶を頼りに道を進み、視線の先に見え始めた法の神殿に目を向けた。

 昨年に訪れた時と何一つとして変わらない、白亜の円柱で構成された壮麗な神殿。

 正面玄関からは、神官らが何かの書類を抱えて忙しなく出入りしている。

 それに混ざる深刻そうな顔をした人々は、神殿で執り行われる裁判の関係者だろう。

 この世界における法、正義、秩序、光を尊ぶ、至高神の大神殿。

 西の辺境随一の安全地帯は、去年の今ごろはゴブリンと邪教徒の仕業で多くの血が流れた場所だ。

 ローグハンターは荷車を押して待合室に入り込むと、瞬き一つでタカの眼を発動。

 赤い影が写らないことを確認すると、ちょうど良くサンダル履きの若い神官が駆け寄ってくる。

 口の中で何やら言っていたが、『看破(センス・ライ)』の奇跡でも使ったのだろうと判断してローグハンターは切り出した。

 

「依頼の品を運んできた。ローグハンターと言えばわかると思うが」

 

「かしこまりました、少々お待ち下さい」

 

 若い神官は一礼すると奥へと消えていき、図らずも一人残されたローグハンターは困り顔で頬をかく。

 回りから向けられる視線は奇異の色が強く、警戒していることは明らかだ。

 何かしてきたところで即殺するだけなのだが、こんな場所で殺人事件を起こす訳にはいかない。

 彼はため息を漏らし、横棒を置いて荷台に寄りかかった。

 リンゴがあればかじるのだが、こういう時に限ってないのだから困るものだ。

 待つこと数分。先程の若い神官に連れられて、年かさの女性が現れた。

 念のためとローグハンターは彼女にも事情を話す。

 

「依頼の品を届けに来た。粘土板を何枚だったか……」

 

(うけたまわ)っておりますとも。大司教(アークビショップ)がお待ちです」

 

「わかった」

 

 彼は荷車の横棒を持ち直して歩き出す。

「お待たせしました」と頭を下げてくる若い神官に「気にしないでくれ」と返して横を通り過ぎる。

 年かさの女性━━侍祭(アコライト)は腰をくねらせ、歩く度に下品にならない程度に尻が揺れる。

 裁判での印象操作のために行われた鍛錬の賜物だろうと思えば、まったく気にならない。

 それ以前に、想い人がいるローグハンターが目移りするわけもないのだが……。

 

「それにしても、裏口に回ってくださればお待ちもしませんでしたのに」

 

「入ってもいいのなら、次からはそうさせて貰おう。機会があればの話だが」

 

 彼が苦笑混じりに返すと、侍祭はニコニコと笑い顔で言う。

 

「来てくだされば、きっと大司教様もお喜びになりますよ」

 

「そうか」

 

 それで話は終わりだと言うように、ローグハンターは口をつぐむ。

 侍祭は彼のいきなりの切り替えに困り顔で苦笑するが、ローグハンターは気にしない。

 審判の行われる法廷、書庫の並ぶ廊下を過ぎて更に奥。

 昨年と変わらない道順でたどり着いた場所は、やはり昨年と同じ場所。

 幾つもの円柱が立ち並び、隙間から注がれる陽光は祝福が如く。

 最奥には至高神の像を掲げる祭壇が一つ。

 そしてその祭壇に向けて祈りを捧げる女性が一人。

 彼女はふと顔をあげ、顔に柔らかい笑みを浮かべながら振り向いた。

 見えざるその瞳にも、はっきりと見える蒼い瞳。

 抑えきれぬ悦びを滲ませて、彼女は声を漏らす。

 

「来て、くださったのですね……?」

 

 僅かな布擦れの音を伴い、薄布一枚に包まれた豊満な胸が揺れる。

 見るものが見たならば、赤面しながら生唾を飲み込むことは間違いないだろう。

 しかし、ローグハンターは一切動じた様子もなく、フードを取り払って微笑を浮かべた。

 

「良く眠れているようだな、顔色が良い」

 

「はい……おかげ様で」

 

 大司教━━剣の乙女は赤くなった頬を隠すことも忘れ、あどけない娘のように微笑む。

 二人の様子を見ていた侍祭は問題なさそうなことを確認すると、頭を下げて音もなく退出していく。

 横目で彼女の姿を追ったローグハンターへ、剣の乙女は熱っぽい表情を向ける。

 

「あれからも、お変わりない様子で嬉しいです」

 

「色々とあったが俺は俺なのでな。あなたはあれからどうだ。眠れているのはわかったが……」

 

 彼は彼女が首から下げる鷹の風切羽に気付き、僅かに目を細めた。

 彼の視線に気付いてか、彼女は風切羽を細指でそっと撫でる。

 

「細やかな、お守りですわ。あなた様が去ったと同時に、わたくしの頬を撫でてくれたのです」

 

「そうか」

 

 ローグハンターは淡々と返すと、横棒を降ろして荷車を固定する。

 

「話は通っているだろうが、古文書と思われるものを運んできた」

 

「ええ、伺っておりますわ」

 

 自分のことをよく観察してくれたことが嬉しいのか、彼女の声音が僅かに良くなる。

 するすると危なげなく荷車の傍にやってくると、荷台に詰まれた木箱を撫でた。

 

「開けてくださるかしら?」

 

「ああ」

 

 ローグハンターは左手のアサシンブレードを抜刀すると、切っ先を隙間に差し込み、こじ開けた。

 物を断つには余りにも細い刃のどこに、それほどまでの耐久力が秘められているのか、それはローグハンターにもわからない。

 バキバキと悲鳴をあげてこじ開けられた木箱の中には、おが屑に埋まった粘土板。

 ローグハンターはそれを引っ張り出すと、そっと剣の乙女に差し出した。

 それを受け取った剣の乙女は、刻まれた楔文字を指で撫でて解読を試みる。

 

「……とても古い文字ですわね。魔術にまつわる言葉……かしら」

 

 見えざる瞳でも的確に言う辺り、鑑定にまつわる奇跡を使っているのだろう。

 奇跡とは便利なものだなと息を吐いたローグハンターは、ふとした疑問を剣の乙女に問いかけた。

 

「何か情報が書いてあれば知りたいんだが」

 

「情報、と言いますと……」

 

「俺のご先祖がこちらの方に来ていたことがわかってな。どういった経緯でこの地にたどり着き、帰っていったのかが気になったんだが……」

 

「それは、何とも言えませんわ。もっと詳しく、読んでみないことには……」

 

「そうか」

 

 ローグハンターは残念と言った風に頷くと、剣の乙女に言う。

 

「なら、しばらくしたらまた来る」

 

「……!わかりましたわ、確かにお預かりします」

 

 彼女は粘土板をその豊満な胸に抱きながら、露骨に嬉しそうに頬が緩んだことを気にもせずに告げる。

 

「あとで書庫の方へ運んでおきますわね」

 

「……自分でか?」

 

「言いましたでしょう?お預かりしますと」

 

 ローグハンターが「確かにそうだな」と返すと、舞踏のような滑らかな動きで、彼の間際まで身を擦り寄せる。

 微かに感じた甘い匂いに、ローグハンターは僅かに眉を寄せた。

 

 ━━女性とは、こうも良い匂いがするものなのか?

 

 ふとした疑問を口には出さずに飲み込むと、代わって剣の乙女が問いかける。

 

「またすぐに戻られるのですか?」

 

「いや、これから船旅だ」

 

「……そう、でしたか」

 

 彼女はぎゅっと天秤剣を握りして、僅かに唇を尖らせる。

 

「今回はどういったご用件で?」

 

「仲間に誘われた。どうにも、俺のご先祖がそいつの故郷に訪れたことがあるらしくてな」

 

「ご先祖様が行かなければ、自分も行かないと言う風に聞こえますわね」

 

「実際に行く気はなかった」

 

 相変わらずに淡々と、事実だけを口にする。

 肩を竦めながら発せられた彼の言葉に、剣の乙女はくつりと鈴が転がるように笑うと、そっと彼の口元の傷痕を撫でた。

 確かに刻まれたその傷が、どうやって刻まれたものかは定かではない。

 だが、ここまでの傷が残ったいうことは、重症であったことには変わりあるまい。

 誰が彼を助け、癒したのかはわからないけれど……。

 傷痕を撫でながら思慮を深める剣の乙女は、ローグハンターが僅かに顔を背けたことを合図にハッとして指を離す。

 

「も、申し訳ありません。痛みますか……?」

 

「いや」

 

 彼は短くそう返すと、一度咳払いして身なりを整えた。

 

「では、そろそろ失礼させて貰おう」

 

「はい。船旅をするというのなら、お気をつけて」

 

「なんだ、誰かが交易神を怒らせたか」

 

 彼の口から放たれた突然の冗談に彼女は微笑むと、「違います」と首を横に振る。

 

「しかし、船が沈んだという(しら)せがいくつか入っております」

 

「そうか。では、失礼する」

 

 彼はそう言うと踵を返して振り替えることなく歩き始める。

 少しずつ小さくなっていく彼の背に向け、剣の乙女は指先で聖印を切って微かな声で告げた。

 

 ━━どうか、ご武運を。

 

 その声は彼に届いたのかは定かではない。

 だが、彼ならきっと、苦笑混じりにこう返すだろう。

 

 ━━運は自分で掴むものだ。

 

 出来るのなら、面と向かってそう返して欲しい。

 出来るのなら、自分の手を取って欲しい。

 出来るのなら、また会いに来て欲しい。

 剣の乙女は思慮を切り上げ、彼から託された粘土板をかき抱く。

 粘土板に潰された豊満な胸は形を歪め、彼女の心を押さえつける。

 出来るのなら、彼と共に━━━━。

 

 

 

 

 

 ローグハンターが法の神殿を出ると、陽は既に傾き、空は怪しげな青紫色に染まり始めていた。

 思いの外滞在していたことに驚きはするものの、たいした事ではないと割りきる。

 得てして、時間とはあっさりと過ぎていくものだ。それを長いと感じるか短いと感じるかは、個人次第。

 

「あ、いたいた!」

 

 空を見上げていた彼に向け、いつも通りに声をかける者がいた。

 その声で相手を断定したローグハンターは笑みを浮かべ、彼女に目を向けて問いかける。

 

「待たせてしまったか?」

 

「ううん。今来たところ」

 

「ベストタイミングでしょ」とどや顔で胸を張った銀髪武闘家の姿に苦笑を漏らし、ローグハンターは彼女の手を取った。

 

「ん……。どうかした?」

 

 突然の行動に首を傾げる銀髪武闘家に、ローグハンターはいきなりフードを被ると顔を背けながら言う。

 

「その、なんだ。買い物に付き合ってくれ」

 

「……!うん、うん!行こっ!」

 

 彼の言葉を理解した瞬間、銀髪武闘家は逆に彼の手を引いて走り出す。

 いきなり彼がフードを被ったのは、照れ臭かったからだろう。

 そして、ゴブリンスレイヤーの同行を許さなかったのは、使いに出されるのは自分だと分かっていたから。

 彼女はどうにか二人きりになろうとする不器用な彼に向けて苦笑を漏らすが、それをすぐに満面の笑みへと変える。

 

「『デートしよう』って言ってくれれば、いつでも良いのに」

 

「………」

 

 銀髪武闘家が隠すことなく言うと、ローグハンターはたまらず目を背ける。

 この五年で在野最高の銀等級に登り詰めた彼でも、デートの誘いはまだまだ白磁等級(しろうと)と言ったところ。

 

 ━━ま、そこが彼らしいところなんだけどね。

 

 上機嫌そうに笑って頭目をリードする銀髪武闘家と、フードを被って懸命に表情を隠すローグハンター。

 普段では見られない二人の姿は、人に溢れる水の街に消えていったのだった。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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