昇りかけた日に照らされ、地平の彼方から白い光が漏れ始めた頃。
見張りに立っていたゴブリンスレイヤーと、眠れずに起きてきたローグハンターは、別段何かを話すこともなく、鬱蒼と茂る森を睨んでいた。
背後の簡易寝所からは、鉱人道士の物と思われるいびきが聞こえてくる。
蜥蜴僧侶の方はそろそろ起きてくるだろうが、鉱人道士はまだ出てこないだろう。朝食の準備が終わる頃には起きるだろうが……。
女性陣は、女神官は朝の祈りのために起きているとして、他はどうだろうか。
少なくとも、銀髪武闘家と妖精弓手が起きてくることはない筈だ。二人は極端なまでに朝に弱い。
ローグハンターは小さくため息を吐き、ちらりとゴブリンスレイヤーに目を向けた。
昨日のゴブリンとの遭遇戦のことを考慮しているのだろうが、その答えにたどり着いた様子はない。
再び正面に向き直った瞬間、ローグハンターはその表情を引き締めた。
何かから見られている。相手はわからないが、確実にそう言える。
彼は瞬き一つでタカの眼を発動し、周囲に目を配る。
木に隠れる赤い影が一つ。体躯からして、ゴブリンではない。
気付かれないようにこちらの様子を伺っているようだが、仕掛けてはこない。
ローグハンターは対応を思慮し、そちらの方に体ごと振り向いた。
瞬間、ローグハンターは反射的にその場を飛び退く。
一拍開けて、彼の立っていた場所に、凄まじい速度で放たれた矢が突き立った。
彼は冷や汗を流して近くの木の影に滑り込もうとした瞬間、彼らの野営地を風が吹き抜けた。
同時にローグハンターはアサシンブレードを抜き放ち、眼前に迫ってきた黒曜石の刃を受け流し、甲高い金属音を響かせながら転がって退避。
その勢いで被っていたフードが取り払われたが、今回ばかりは無視をして、敵対者を鷹の如き眼光で睨み付ける。
若く美しい森人の戦士の手には、黒曜石で作られた大刀が握られており、背中に回されているのは大弓だろうか。
革の鎧を身に纏い、額を守る兜は
輝ける兜の森人は、心底驚いた表情をしてローグハンターに目を向けていた。
対する彼はバスタードソードを右手に構え、左手のアサシンブレードを抜刀したまま固定する。
ゴブリンスレイヤーも油断なく身構え、ローグハンターの背後を守る。
輝ける兜の森人は、そんなゴブリンスレイヤーには一瞥もくれずにローグハンターにのみ意識を向けていた。
「その武器、その瞳の輝き。貴様、何者だ……!」
「俺は━━」
「何事、敵襲か!」
「なんじゃい、なんじゃい。朝っぱらから騒がしくて堪らんわ」
ローグハンターが名乗ろうとした瞬間、高床式の簡易寝所から蜥蜴僧侶が飛び出し、鉱人道士が欠伸を噛み殺しながら歩み出る。
彼らの出現に、輝ける兜の森人は面をくらいながらも凛として言った。
「蛮族の戦士に、鉱人、蜥蜴人。冒険者の類いか」
「……む。そこに俺は入っているのか?」
あからさまに無視されたローグハンターが肩を竦めて言うが、輝ける兜の森人はそれすらも無視する形で咳払いして彼らに告げる。
「ここは我らの領域ぞ。貴様ら、何の用でここに来た」
「何の用と訊かれてもな。肝心の相手がそこで寝ているんだが……」
ローグハンターが女性陣の簡易寝所を指差すと、輝ける兜の森人は跳躍してその場所へ。
何の躊躇いもなく虫除けの布を剥がそうと手を伸ばした瞬間、
「イィィヤアアアアッ!」
それよりも速く放たれた剛拳を持って弾き飛ばされた。
空中で体を翻し、優雅に着地。森人とは得てして着地が上手いのか。
ローグハンターは僅かに感心し、しかし侮蔑の色を込めた視線を送る。
咄嗟に
それを確認すれば後はどうでも良いと、ローグハンターは女性陣の虫除けの布の前に足を進めた。
「……怪我は?」
一言で行われた確認は、誰かの呻き声と女神官の『
彼は仕方ないと肩を竦め、寝ているであろう妖精弓手を起こすように誰かに頼む。
輝ける兜の森人も流石に脳が揺れたのか、着地を決めたとしても視線が定まっていない。
着替えを済ませた妖精弓手が出てくるのと、輝ける兜の森人の意識の混濁が消えたのはほぼ同時。
「なぁによぅ。まだ朝になったばっかじゃないの……」
寝起きの猫のように欠伸を噛み殺し、くしくしと両目を擦る。
そして輝ける兜の森人に目を向け、パッと表情を明るくした。
「あに様!なんだ、迎えに来てくれたんだ」
「……護衛か?」
相変わらずローグハンターには目もくれずに言うと、妖精弓手がそれを否定する。
「私の仲間よ、あに様。それと、爺様が探してた人を連れてきたの」
輝ける兜の森人は優雅にため息を漏らして肩を竦めた。
下らない動作にも気品を感じるのは、相手が上の森人だからゆえか。
ローグハンターはタイミングを見て女性陣の簡易寝所に入り込み、
外で談笑する妖精弓手と輝ける兜の森人の言葉を聞き流しつつ、ローグハンターは再びため息を吐く。
ここまで来て負傷するとは、旅とは本当によく分からない場所に危険が潜んでいるようだ。
「昨日のゴブリンと戦っていたのは、貴様らだったのだな」
「ああ。そのゴブリンは、その後どうなった」
「我々で仕留めたが、問題あるまい」
「むぅ……」
昨日のゴブリンの事に関して確認していたゴブリンスレイヤーは、輝ける兜の森人の言葉に低く唸った。
緩めた
だが、ゴブリンが死んだのなら良しとしようと息を吐く。
「あ、話終わった?それでさ、あに様。ねえ様元気にしてた?」
「ああ。旅立ってたかが数年だろう?その程度で変わらんさ」
「そうよねぇ」
嬉しそうに笑んだ妖精弓手を横目に、輝ける兜の森人はローグハンターに目を向けた。
目深く被ったフードの奥に隠された蒼い瞳、そこに宿る金色の輝きは、色こそ違えど数百年前に見たものと似ている。
村の長老が探す人物が彼だとしたら、星風の娘━━妖精弓手の呼び名だ━━が森を出たのも良いことであったのだろう。
当のローグハンターは隣を歩く銀髪武闘家に気をかけつつ、タカの眼で森を見渡す。
物陰に潜む獣たちも、森人がいるからか襲ってはこない。
襲ってきたら迎撃して肉は夕食に、毛皮は防寒着代わりになることだろう。
ローグハンターが周囲の様子を探っている事を横目に、蜥蜴僧侶が鼻先を舐める。
「拙僧の故郷もなかなかでありましたが、森人の住まいもまた凄まじいですな」
「
「アルタイルは一人で入り、誰にも知られず出ていったのだろう?」
輝ける兜の森人が得意気に言った側から、ローグハンターの横槍が飛んだ。
「それはそうだが……」と僅かに語感を弱めた彼の背中に苦笑を送り、天然の迷路を見渡す。
横槍を入れたとはいえ、輝ける兜の森人が言ったように気を抜けば一瞬で方角と来た道を見失い、永遠に出ることはできないだろう。
アルタイルはどこから入り、どうやって出ていったのか。
ゴブリンスレイヤーと輝ける兜の森人が話している様子を眺めつつ思慮を深め、気分転換に後ろを確認。
女魔術師と令嬢剣士の二人は、日頃の成果か悪路には慣れている。
問題は受付嬢と牛飼娘、他の種族に比べると手足の短い鉱人道士の三人だ。
彼らは他の面々よりも息を切らしており、足の進みも僅かに遅い。
森人二人は歩きやすい道を選んでくれてはいるのだろうが、それでも森の中というのは舐めてかかれば死ぬほどに険しい道だ。
ローグハンターが小さく肩を竦めると、不意に服の袖を引かれた。
引いたのは銀髪武闘家だ。
彼は苦笑混じりに彼女に声をかける。
「どうかしたか」
「何か、久しぶりに冒険してるね」
彼女は楽しげに笑みながらそう漏らし、ローグハンターも同意を示して頷いた。
「たまには、こういうのも良いかもな……」
「ふふ。でも毎日じゃ飽きちゃうよね」
「ああ。たまにだから楽しいんだろう」
「だよねぇ」
二人で楽しそうに談笑する背中を見つめ、女魔術師と令嬢剣士は苦笑して顔を見合わせた。
こうしている姿を見れば、二人はただの恋人だ。
しかし、二人は在野最高の銀等級冒険者。
ローグハンターの一閃は人の命を容易く奪い、銀髪武闘家の拳は人の命を容易く砕く。
ある意味で、西の辺境で最も怒らせてはいけない人物は彼ら二人だろう。
不意に輝ける兜の森人が、後ろを歩くローグハンターに目を向けた。
腰のバスタードソードと二挺のピストル、背中のエアライフル、両手首の仕込み刀と、彼の装備を一通り確認し、ふむと息を吐く。
「アルタイルに比べると、随分と重装備なのだな」
「ご先祖に比べて、やることが増えたからな」
フードの奥で不機嫌そうに目を細めながら、ローグハンターは肩を竦めた。
輝ける兜の森人は再び息を吐き、五本の指が揃った左手に目を向ける。
「それに、奴には左手薬指がなかった。邪魔だからと落とされたそうだが……」
「ああ……」
ローグハンターは合点がいったかのように息を吐くと、左手のアサシンブレードを抜刀して見せる。
「何百年も前の話になるが、ご先祖たちはこの武器を十分に扱うために左手薬指を落としていたそうだ」
「……え」
彼の言葉に思わず反応したのは果たして誰だろうか。
声からして女性なことを理解しつつ、ローグハンターは更に続けた。
「生涯を戦いに捧げる誓いという意味でもあったらしいがな」
「斥候殿の父祖らは、中々に物騒なのですな」
蜥蜴僧侶が何故か楽しげに笑みながら言うと、ローグハンターは表情をしかめた。
「自分は敵だと相手に教えるだけだが」
「おや、手厳しい」
蜥蜴僧侶はぐるりと目を回し、上機嫌に笑みを浮かべる。
対するローグハンターは瞳に僅かな殺気を宿らせていたが、ため息を吐いてそれを緩めた。
「今では巡り巡って、左手薬指に焼印を入れるそうだがな」
「左手薬指……」
銀髪武闘家はその位置に火傷がある人物の顔が一瞬過ったが、気のせいだろうと思考を切り上げる。
「━━でもさ、キミにはないよね?」
そのついでに黒いグローブに包まれた彼の手に目を向けながら言うと、ローグハンターは頷いてアサシンブレードを納刀して左手を撫でた。
「俺は一人前として認められなかったからな」
━━━そもそも、その儀式を行う教団に属していない。
その言葉は飲み込んで、何故か驚愕している仲間たちに目を向けた。
彼は小さく首を傾げながら問いかける。
「何か変なことを言ったか?」
「キミが一人前じゃないって、えぇ……」
「六年も前の話だぞ?それに、先生に比べればまだまだ半人前だ」
銀髪武闘家の引き気味の声にローグハンターはそう返すと、令嬢剣士が問いかけた。
「もしかして故郷から逃げてきたのですか……?」
「いや、逃げてはいない。修行の旅に出たと言ったほうが正確だ」
「……なら良いのですけれど」
━━言い方が違うだけでは?
そんな疑問を飲み込んだ令嬢剣士の肩に、女魔術師の手が置かれた。
彼女の表情には安堵が浮かんでおり、何故か手が震えている。
「どうかしましたの?」
「いえ、その、昔のものじゃなくて良かったわ……」
「ああ……」
耳元で囁かれた言葉に令嬢剣士は僅かに同情が込められた声で返し、前を歩くローグハンターの背中を追いかける。
輝ける兜の森人は彼の「先生」に興味を示したのか、顎に手をやりながら言う。
「貴様の師と言うのは、父親か?それとも母親か?」
「眼の使い方は父からだが、戦闘技術は先生からだ」
「ふむ、やはりそんなものか」
納得したように言う輝ける兜の森人の様子に、妖精弓手はやれやれと首を横に振る。
「どうせよくわかってないんでしょ?素直に聞けば良いのに」
「話は爺様から聞いている。十分にわかっているとも」
「ホントかしら……」
妖精弓手はため息を吐き、知ったかぶる輝ける兜の森人をじと目で睨む。
二人の様子を眺めていたローグハンターは肩を竦め、自分の左手に目を向けた。
父の左手薬指には、件の火傷があったことは覚えている。
それはつまり彼の父がアサシンであった証拠だ。上手い具合に指輪で隠していたが、見ようと思えば見えてしまうのが難点だろう。
彼が小さくため息を吐いた時だ。
不意に彼らの頬を優しい夏の風が撫でた。
木々の間を駆け抜ける風の源は、地下から天へと広がる大空洞。
否、街の形をした森だ。彼らの眼下には、まさしくそれが広がっていた。
何一つとして金属が使われていない、木がそのまま家屋となったものが、蔦や枝葉が絡まった空中通路で繋がっている。
冒険者たち、受付嬢、牛飼娘の口からは、もはや声が出ない。
この世のものとは思えない光景が、確かに目の前にあるのだ。
どうにか復活した鉱人道士は、髭をしごきながら問う。
「なかなかやりおる。手を加えてはおらんのだろう?」
「無論、精霊があつらえてくれるのだよ」
「かぁーっ、ずっこいなぁ。手前でやらんか」
彼に続く形で客人たちが思い思いの感想を漏らしていくなかで、ローグハンターだけはふと空を見上げた。
天高く舞う鷹が彼らの頭上で円を描くと、森人の里の一角となる大木へ向けて飛び去っていく。
鷹の影を目で追いかける彼に、銀髪武闘家が興奮を隠すことなく言う。
「すごいよ、すごいよ!本当に来ちゃったよ!」
「……ああ、すごいな」
遅れて感嘆の息を漏らした彼は、改めて森人の里に目を向けた。
先程あげた家屋の外には、洗練された衣装を纏った森人たちや、いまだ幼い━━それでも彼よりは年上だろう━━森人たちが、友人たちと弓の腕前を競って騒いでいる。
かつてアルタイルが見た風景。
かつてアルタイルが訪れた場所。
ひたすらにその光景に魅入る彼にも言うように、妖精弓手がその薄い胸を張りながら歌うように言葉を紡ぐ。
「良き昼と長き夜、一つの陽と双つの月にかけて、星風の娘より我が
両手を広げてくるりと回る。括った髪が箒星のように尾を引いた。
「ようこそ、私の故郷へ!」
咲き誇るような笑顔を浮かべて彼女が言うと、どこからか鷹の甲高い鳴き声が森に響き渡るのだった。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。