SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory09 森を往け

 酒宴の翌日、森人の里より更に上流。

 朝露に呑まれた川を、寝ぼけ(まなこ)のゴブリンが武器を片手に警戒していた。

 他の奴が寝ているのに、なぜ自分が見張りなんぞをしなければならないのだ。

 ゴブリンは欠伸を噛み殺し、その不満も酸素と共に飲み込む。

 不満を漏らしてあいつに知られようものなら、殺されるに決まっている。そんな下らない理由で死にたくはないし、威張り散らしているあいつにだけは殺されたくない。

 ゴブリンは何も来ない川を睨みつつ、この際寝てもばれはしないかと思慮した時だ。

 僅かに聞こえた風切音と共に何かが首に突き刺さり、強烈な力を以て後ろに引きずられた。

 首に突き刺さった何かのせいで喉を潰され、声を出すことが出来ない。

 どうにか助かろうと武器を捨てて手足をじたばたと振り回すが、次の瞬間には真上に引き上げされ、近くの木の枝に首を吊るされる。

 必死になって酸素を吸おうとぱくぱくと口を開閉させるが、それが結果に結び付く事はない。

 

「……一つ」

 

 淡々と告げられた言葉は、ゴブリンの意識を暗闇へと引きずりこみ、浮上させることはない。

 ゴブリンを吊るしたロープダートをそのままに、ローグハンターは茂みから茂みへとゆっくりと進んでいく。

 茂みの中でタカの眼を発動し、川からは死角となる場所で眠りほうけるゴブリンたちと、その配下たる狼たちに目を向けた。

 彼らの色は全て赤、いつもの事ながら敵しかいない。

 音を出さないようにそっとエアライフルを構え、その照準を比較的大柄な狼に向けた。

 小さく息を吐き、吸い、止め、引き金を引く。

 音もなく放たれたバーサークダートが狼の腹部に突き刺さり、狼は一瞬体を強張らせると、猿轡(さるぐつわ)によって封じられた唸り声をあげながら、愚かにも眠るゴブリンたちに襲いかかった。

 鋭い爪がゴブリンの喉を切り裂き、腹を裂く。

 二匹殺された頃には流石のゴブリンたちも騒ぎに気付き、暴れる狼を抑えようと武器を取る。

 流石に一匹では()が悪いかともう一匹追加で暴れさせた。

 茂みに身を潜めて事が終わる頃を待ち、ゴブリンと狼が動かなくなった事を確認。念のためとタカの眼で死亡したかも確かめる。

 それも済んだらホッと一息吐き、茂みから飛び出した。

 

「ゴブリン、狼、合わせて二十。これが斥候の類いなら、相手は相当な大規模、か」

 

 確かめるように情報を言葉にし、ゴブリンの死体を担いで川の音のする方へ足を進める。

 その間にタカの眼で索敵をすることも忘れない。取りこぼしがいて、本隊に報告されたらことだ。

 ゴブリンの死体を川に落とし、狼は皮を剥ぎ、骨と血肉はそのまま土に還る事を祈ってその場を去る。

 改めて川の見える岸にまで出てくると、周囲の安全を確かめて口笛を一吹き。

 風に乗った音色が、川の向こうで待つ仲間たちに届く。……少なくとも、妖精弓手には届くことだろう。

 しばらくして、ぎぃ、ぎぃ、と木が軋む(かい)の音と共に、朝露の奥から筏が現れた。

 即席の矢盾をとりつけた不格好なそれには、ローグハンターを除いた冒険者たちが身を潜めている。

 櫂を操る蜥蜴僧侶に手を振って合図を送り、先導するように川岸を歩き始める。

 敵陣であるというのに迷いも躊躇いもなく進んでいく彼の背中を見つめ、銀髪武闘家はため息を吐く。

 

「一人で大丈夫かな……」

 

「先生が負ける姿を想像出来ませんわ」

 

「けどさ、万が一って言葉もあるじゃん」

 

「誰か援護につきますか?」

 

 女魔術師が問うと、ゴブリンスレイヤーがふむと唸って顎に手をやる。

 

「女が近づけばゴブリンに気づかれる危険が高まる。だが、ふむ……」

 

 問題は誰が援護につくのかということだ。

 操船が出来るのはローグハンターと蜥蜴僧侶のみなのだから、彼は無理だ。

 鉱人道士では彼の動きについていけない。女性陣ではゴブリンに気づかれる可能性が高まる。

 残るは自分だけだが、自分でも彼の動きに追従しきれない。ゴブリンを殺す分には問題ないが。

 合流するかと用意する彼を他所に、ローグハンターは迷いなく川岸を進んでいく。

 タカの眼をもってすれば、不意討ちをされる危険性はほぼないと言っていいだろう。

 ローグハンターの先導である程度進んだ頃、彼は筏を手で制して先行し始めた。

 鼻につく花のような甘気に、彼は忌々しげに舌打ちを一つ。

 滅多な事で嗅ぐことはないが、一度嗅いでしまえば一生脳裏にこびりつく臭い。

 彼は音もなく駆け出し、その臭いの元を目指す。

 そして、それらはすぐに見つかった。

 

「ッ!……(くず)どもが」

 

 眼を見開いて驚きを露にさると、その憎しみを隠すことなく毒を吐き、息を吐きながら首を振る。

 彼の視線の先にあるのは、一言で言えば人の死体だ。

 彼のよく知る凶器(ロープダート)で首を吊られたものから、木を削っただけの粗雑な槍で足の間から貫かれ、穂先が口から飛び出したもの。

 どれもこれも腐り、汁を噴き、腹に溜まったガスで腹部が盛り上がったものや、既に破裂してしまっているものまで。

 体内のアンモニアが染み出したからか、体は陽に照らされて不気味にテカっている。

 元の種族が何であったのかすらわからないほど、腐敗が進んでいた。

 

「生きたままか、あるいは死んでからか……」

 

 どちらにしても、まともではないだろう。

 ロープダートによる首吊りに関してはとやかく言うつもりはないが、串刺しに関しては、もはや悪意によるものでしかない。

 理由なぞ考えるまでもなく、ここは自分たちの領土であると宣言するためと、相手に恐怖を植え付け、混乱に誘うための戦利品(トロフィー)

 流石に全てを降ろしている時間はないし、長居は精神衛生的にもよろしくはないだろう。

 ローグハンターは小さくため息を漏らし、瞑目した。

 

「汝らの魂に安らぎあらんことを……」

 

 そう呟くとゆっくりと目を開き、踵を返して待たせている筏の元へと戻る。

 表情を険しくさせながら戻ってきたローグハンターに、銀髪武闘家が問いかけた。

 

「何か見つけたの?」

 

「……進む前に、覚悟を決めておいてくれ」

 

 目を細めながら告げられた言葉に、冒険者たちは目を合わせて頷きあう。

 そして、数分もしないうちに彼らの視界にも件の死体たちが映った。

 女神官はぎゅっと錫杖を握りしめ、何とか堪えようとしたが、耐えきれずに今朝の食事を吐き出した。

 彼女につられる形で令嬢剣士も胃の内容物を吐き出し、僅かばかり川を汚す。

 だが、それを誰が責められよう。

 冒険者として人の死に慣れていたとしても、それを実際に目の当たりにして耐えきれるかは別問題。

 ローグハンターとゴブリンスレイヤーだけは、いつも通りに淡々と与えられた仕事をこなしていた。

 静かに燃える怒りの炎を抑えるように。

 

 

 

 

 

 さらに川を進むことしばらく。

 ローグハンターは一切集中力を落とすことなく警戒を続け、ゴブリンスレイヤーたちの消耗は最低限で済んでいた。

 元よりその為の布陣なのだが、休みなくぶっ通すとは誰が思っただろう。

 そして、その彼の視界の先にあるのは、白亜の時代に築かれたと思われる神殿か、寺院か。

 

「……川を堰き止めるものって、そういうことか」

 

 それを視認した妖精弓手が、ひどくぼんやりとした声で呟いた。

 川を堰き止めるもの━━それはつまり、古い時代の要塞であり、堤防であった。

 時の流れに襲われ、もはや本来の姿は失われている。

 壮麗な彫刻は無惨に削り取られ、代わりに苔が一面を彩り、蔦が這い回っているが……。

 

「ゴブリンの城塞にしては、贅沢なものだな」

 

 ローグハンターが肩を竦めながら言うと、ゴブリンスレイヤーは頷いて兜を巡らせて周囲を探る。

 

「船を止めろ。霧が晴れるぞ」

 

「承知、承知」

 

 蜥蜴僧侶は頷くと、長竿を操り筏を川岸へと寄せる。

 岸で待機しているローグハンターに縄を投げ渡し、受け取った彼はそれを引いて根がしっかりと張っている木に縛り付けた。

 ゴブリンスレイヤーたちは久々に思える大地の感覚を足の裏全体で感じながら、各々の装備を確認していく。

 ローグハンターは彼らの無事を確かめると、視界の端で膝をついて顔色の悪い令嬢剣士に声をかける。

 

「大丈夫か」

 

「何とか、大丈夫ですわ……」

 

 彼女は気丈に振る舞って見せ、立ち上がった。

 気合いだけと断ずるのは簡単なことだが、本人が行けると言うのなら行って貰わねば。

 ローグハンターは小さくため息を漏らし、無言で女魔術師に目を向けた。

 彼の視線に気づいた女魔術師は小さく一度だけ頷くと、杖を握り直して令嬢剣士の脇についた。

 

「いつも通り無理はしないで。フォローはしてあげるから」

 

「申し訳ありませんわ……」

 

 銀髪武闘家は二人をやり取りを見終えると、ゴブリンスレイヤーに視線を送る。

 

「それで、もうすぐ夜になりそうだけど、どうするの?」

 

 霧のせいで感覚がおかしくなっていたが、時間帯は既に夕暮れだ。

 空は赤を通り越して既に青紫へと変わり始め、気の早い星が空に輝き始めていた。

 ゴブリンスレイヤーはふむと小さく唸ると、女神官に目を向けた。

 

「……行くぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーの返答はいつも通り淡々としたもの。

 女神官は錫杖を握りしめていつも通りに頷いた。

 どんな状況であれ、いつも通りに振る舞うこと。それが何よりも大切な事なのだ。

 

 

 

 

 

 念のための小休止を挟み、天の頂きに二つの月が登り詰めた頃。

 ローグハンターとゴブリンスレイヤーの一党は、闇に包まれた森の中を進んでいた。

 下生えを踏み越え、枝葉を掻い潜り、影と同化してゆっくりと、しかして急いで突き進む。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、(あまね)くものを受け入れられる、静謐(せいひつ)をお与えください……》」

 

 僅かに漏らされた女神官の囁きを最後に、葉を踏みしめ、枝を折る音さえも消えていった。

 走りながら祈りを捧げる女神官は額に汗を滲ませ、懸命に錫杖を掲げてひた走る。

 目前まで迫ってきた堤防を築き上げたのは、鉱人の技だろう。

 木々を利用して更に強固にしたのは森人の技。

 戦に備えた佇まいは、蜥蜴人と只人の知恵だろう。

 かつては優美な装飾が施されていたであろうが、それらは永い年月によって風化し、ゴブリンによってとどめを刺されていた。

 ローグハンターは短く息を吐き、タカの眼で茂みの向こうの様子を伺い、敵がいなければまた進む。

 敵に気づかれる事なく、察知される事もなく進んでいった冒険者たちが、城塞に乗り込まんとした時、ローグハンターの合図で一斉に足を止めた。

 タカの眼に映るのは赤い影。入り口と思われる通用口には、見張りと思われるゴブリンが三匹と狼が一匹。

 ローグハンターが妖精弓手に目を向けると、彼女は大弓を構えて狼に狙いを定める。

 彼女の曲射ちとて、木々が茂る森の中では生かしきれないだろう。

 狼を仕留めるとしても、残りのゴブリン三匹はどうするか。

 ローグハンターは仲間たちにその場で待つように手振りで伝えると、近場の木の幹にしがみついてよじ登る。

 その後ろに続くように銀髪武闘家もよじ登り、樹上にて待機。

 女神官が嘆願し続ける『沈黙(サイレント)』の奇跡によって、その動作が音になることはない。

 そもそも音が出るのかという話だが、どちらにしろ出ないに越した事はないだろう。

 二人は音もなく枝の間を飛び回り、位置についた。

 優れる視力によってそれを認めた妖精弓手が弦を弾き、木芽の鏃によって狼の眼窩を撃ち抜いた。

 突然の事態に狼狽えたゴブリンたちの頭上から、ローグハンターと銀髪武闘家が襲いかかる。

 ローグハンターは両手のアサシンブレードを抜刀し、慌てふためくゴブリン二匹を同時に暗殺(エアダブルアサシン)

 残る一匹は銀髪武闘家に引き倒されるとその拳をもって喉を潰され、声をあげることも出来ずに頭を叩き潰された。

 二人は目を合わせて頷きあうと、戸口を叩いてすばやく脇に身を潜める。

 

「GBR……?」

 

 穂先の錆びた槍を構えたゴブリンが、不満顔で顔を出した。

 ローグハンターはタカの眼で他に伏兵がいないことを確かめ、仲間の死体に気づいて体を強張らせたゴブリンを壁から奇襲(カバーアサシン)し、アサシンブレードで眼窩を貫いて影の中に引きずり込む。

 全ての見張りを無力化したことを確認すると、銀髪武闘家が大きく手を振って仲間たちに合図を送る。

 合流する僅かな間に狼を解体し、骨と毛皮を確保する。

 本日二十一枚目の毛皮。そろそろ服の一着や二着作れるだろう。

 どこに入っているのかは、聞いてはいけない。考えてもいけない。

 合流と共に『沈黙(サイレント)』の奇跡の効果が終わったのか、彼らの周囲に音が戻る。

 令嬢剣士とゴブリンスレイヤーに連き添われた女神官が二人に駆け寄った。

 

「お二人とも、どこかお怪我は?」

 

「問題ない」

 

「大丈夫よ」

 

 女神官は二人の返答に安堵の息を吐き、薄い胸を撫で下ろした。

 殿を務めた蜥蜴僧侶と鉱人道士、妖精弓手と女魔術師が合流する。

 最後尾にいた妖精弓手が、ローグハンターに向けて言う。

 

「今の、斥候(スカウト)ってよか暗殺者(アサシン)よね」

 

「……褒め言葉として受け取っておこう」

 

 明らかに不機嫌な声音でローグハンターが返すと、妖精弓手は「なんで怒るのよ?」と首を傾げた。

 彼女をよそに、女魔術師がゴブリンスレイヤーに問いかける。

 

「それで、この後はどうするの?」

 

「気に喰わんが、正面から乗り込む」

 

 ローグハンターと銀髪武闘家が殺したゴブリンから使えそうな鉈を拝借し、予備として腰帯に吊るす。

 

「行けるか」

 

 それを済ませると、ローグハンター、銀髪武闘家、女神官に問いかけた。

 三人からの返答は同じく是。問題ないのだろう。

 蜥蜴僧侶は鼻先を舐めると、念のためと術的資源(リソース)を確認。

 

「巫女殿以外は(みな)消耗なし。重畳(ちょうじょう)ですな」

 

「その為に俺が働いたからな」

 

 ローグハンターが肩を竦めながら言うと、鉱人道士が髭をしごく。

 

「ま、こっからはわしらも働くかんの。頭巾のはちと休んどれ」

 

「遺跡に潜るというのに斥候に休めというのか?」

 

「あー、もういいわい」

 

 フッと鼻で笑われた鉱人道士は不満げに鼻を鳴らし、ひらひらと手を振った。

 突入直前でも空気が軽いのは、彼らがそうなるように努めているからだろう。

 ゴブリンスレイヤーはふむと小さく頷くと、短剣を逆手に握ってゴブリンの死体の脇に片膝をつく。

 彼の行動に銀髪武闘家を除いた女性陣はハッとし、わずかに後退り。

 だがしかし、悲しきかな。これから潜るのはゴブリンの素穴となった要塞だ。

 腹を裁き、湯気が出るほど温かな臓物を布に包む。

 涙目で逃げ出そうとした妖精弓手を銀髪武闘家が捕まえ、令嬢剣士は女魔術師に捕らえられる。

 女神官は既に諦めたのか、光を失った瞳で虚空を見つめていた。

 ゴブリンスレイヤーを除いた男性陣は一様に肩を竦める。

 

「諦めが肝心じゃな」

 

「肝だけに、という奴ですな」

 

「この大量の毛皮はどうしたものか……」

 

 他人事だからと適当に言う鉱人道士と蜥蜴僧侶。もはや別の事を考えて始めるローグハンター。

 

「この際被せるのはその毛皮にしてよ!」

 

 妖精弓手が妙案を思い付いたと言うように、毛皮を広げる彼を指差しながらそう告げた。

 ローグハンターは視線を彼女に向け、また血が乾ききっていない毛皮を見せた。

 

「獣の血を被った挙げ句に『やはりゴブリンのものもだ』と言われるのと、ゴブリンの血だけを被るの、どちらが良い」

 

「……そ、それは……!」

 

 何とか食い下がろうとした妖精弓手だが、彼女以外の女性陣は既に血を被っている。

 残された彼女だけが被らないのは、それこそ不公平というやつだろう。

 結局ゴブリンの血を塗りたくる事となった妖精弓手だが、悲鳴を漏らさなかったのは流石の一言だろう。

 それこそ、慣れただけかもしれないが………。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。

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