SLAYER'S CREED   作:EGO

7 / 150
Memory06 廃坑

「GOB━━━!」

 

 首を折られたそのゴブリンは、短い断末魔と共に、白目を剥きながら地面に倒れ伏す。

 死んだふりの可能性の考慮から軽く蹴り、死んだことを確認する。

 

「五つか……」

 

 暗い洞窟━━正確には廃坑━━の中で、フードの彼は息を吐いた。

 斥候(スカウト)としての役割を果たすため、一党(パーティー)より先行していた彼は、タカの眼で見つけ出した岩影に身を潜めるゴブリンに奇襲をかけ、仕留めたところだった。

 この廃坑に潜って何度目の遭遇かはわからないが、この程度なら問題ない。

 四六時中刺客からの襲撃を警戒することに比べれば、大概のことは楽に思えるだろう。

 敵がいないことを確認し、行く手に広がる二つに分かれた道を睨み、来た道を一旦戻る。

 足音もなく戻った彼を迎え入れたのは、ゴブリンスレイヤーではなく、松明を囲む四人の仲間だ。

 

「あ、お帰りなさい」

 

 女武闘家が、その銀色の髪を揺らして笑みを浮かべた。

 釣られるようにフードの彼も笑みを浮かべて応えると、顔を真剣なものに戻して話を切り出す。

 

「この先で道が二つに分かれていた。『地図の作成』が依頼なら、どちらを取る。両方に行くのは無理があるだろう」

 

「ふむ。右か左か、ですか?」

 

 彼に答えたのは、狼の獣人(パットフット)の魔術師だ。

 人間換算では高齢もいいところなのだが、獣人を基準にすればまだまだ若いとは本人の弁だ。

 今回の報酬が『作った地図』による歩合制なのだから、言ってしまえば書けば書くほど稼げる。

 もちろん、大雑把でも道の長さや数が正確ということが前提なので、嘘ででっち上げたら後でどうなるか、わかったものではない。

 地図役(マッパー)の彼が「無理」もしくは「危険」と判断すれば、今回はここまでと戻るだけだ。

 ここに来るまでに作った地図を眺め、森人(エルフ)の司祭━━地母神への信仰に目覚めたそうだ━━は顎に手をやって「ふむ」と唸る。

 

「どちらかに進んで行き止まりだった、なんてことになったら、赤字間違いなしだ」

 

「━━だが、無理は禁物。進む道は片方だとして、そこで道が続いているか終わっているかは、サイコロの出目次第だろ」

 

 森人司祭にこう返したのは、出発直前に一党入りした、黒曜級の男戦士━━種族は人間、只人(ヒューム)呼びが一般的な呼び方らしい━━だ。

『サイコロの出目』とは、神々がその都度振るサイコロの結果を言う。つまりは『運』次第と言ったところだ。

 少し前にそれを知ったフードの彼は、苦笑混じりに男戦士にこう告げた。

 

「何を言う。運は自分で掴むものだ」

 

「運は自分で掴むもの……」

 

 女武闘家が小さな声で反芻すると、フードの彼は頷く。

 

「先生によく言われたことだ」

 

「へ~」

 

 本当に聞いているのか不安になるような返し方だが、フードの彼は気にせずに立ち上がる。

 

「とにかく、前進でいいか。どちらに進むのかは、その時━━」

 

 ━━決めればいい。と言いかけた時だった。

 フードの彼の耳に、『下卑た笑い声』が響いたのだ。

 あの村での戦いで聞いてからというもの、ゴブリン狩りに行く度に聞くことになる脳に響く笑い声。

 つまり、これは警告なのだ。

 

「?斥候(スカウト)さん?」

 

「……静かにしろ」

 

 心配する女武闘家をよそに、フードの彼は進行方向に広がる闇を睨みながら、腰のベルトに引っかけられた錆びの目立つ剣を抜く。

 森人司祭と獣人魔術師も立ち上がり、各々の杖をとった。

 

「数はそこまで多くはない。やれるか」

 

「私の魔術の見せ所、ですな」

 

 勝手に話を進める三人をよそに、女武闘家と男戦士が遅れて立ち上がり、各々の武器を構えた。

 フードの彼は闇の奥をタカの眼光を放ちながら睨み、四人に告げる。

 

「━━数は通常が五、ホブが一の全部で六。獣人、魔術でホブを。武闘家はそれまで獣人の護衛。森人、合図で光を頼む。戦士と俺で通常を殺す」

 

 早口ながらも端的な指示にそれぞれが頷き、隊列を組む。

 本来なら黒曜級である男戦士がするところなのだろうが、闇の中ではフードの彼のほうが状況を理解できている以上、一党に指示を飛ばすのは、自然のうちに彼の役目となっていた。

 タカの眼に映る赤い影は少しずつ大きくなっていき、こちらに迫って来ていることを教えてくれた。

 光を発生させるための「詠唱」の時間を考慮し、少し早めに森人に合図を出した。

 

「光」

 

「よし。《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたくしどもに、聖なる光をお恵みください》!」

 

 上品な詩を詠むように紡がれたその言葉が、優しき神々に届かぬ道理はなく、それはすぐに起こった。

 前に出たフードの彼と男戦士の後ろから、強烈な光が発生したのだ。

聖光(ホーリーライト)』と呼ばれるその奇跡は、闇に包まれていた廃坑を照らし、前衛二人に活路を見せてくれた。

 

「仕掛ける。ホブは任せた」

 

「わかっていますとも!」

 

「守りは任せてください!」

 

 獣人魔術師と女武闘家の返事を聞きながら、フードの彼と男戦士は飛び出していった。

 突如として生まれた太陽の輝きは、夜目が利くゴブリンには強すぎる。

 現に、ゴブリンたちは自分の目を押さえてのたうち回っていた。

 ゴブリンに慈悲を持ち合わせていない彼らは、次々とゴブリンを屠っていく。

 取り巻きのゴブリン五匹が死んだと同時に光が止み、視界が回復した生き残ったホブが吠える。

 睨まれた女武闘家から「ひっ!」と怯えた声が聞こえたのは、おそらく空耳ではない。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》!」

 

 そんな彼女を励ますように紡がれた獣人魔術師の言葉は、彼の持つ柘榴石(ざくろいし)の杖に超自然の炎を生み出し、『火矢(ファイヤボルト)』として放たれた。

 火矢はそれることなくホブの頭に突き刺さり、肉の焦げる嫌な音と臭いを一党にもたらした。

 ホブが重い音と共に倒れ付したのは、その一瞬後。

 ホブが自分が死んだことに気づけたかどうかは、彼らにはわからない。

 ただ、女武闘家を睨み、その醜悪な顔を悦びに歪めていたことだけは確かだ。

 頭が吹き飛んだホブは、確認するまでもなく死んでいる。

 通常種のゴブリンは軽く蹴ってまわり、死んでいるかを確かめた。

 それを終えたフードの彼は、同じく前に出ていた男戦士に訊く。

 

「怪我は」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 額の汗を拭い、血に濡れた自分の得物を一瞥する男戦士は、自分が殺したゴブリンに目を向けた。

 雑多な棍棒を握っているが、それでも殴られれば死ぬことがある。どんな相手にも油断は出来ないのだ。

 手を出す間もなく戦闘が終わった女武闘家は、とことことフードの彼に近寄り、水袋を取り出した。

 

「飲みますか?」

 

「……貰おう」

 

 フードの彼が一口あおり、一党を確認する。

 戦闘後のひと休みと、獣人魔術師が取り出した水袋が一党内に回されていくなか、フードの彼はホブの懐━━と言っても、腰に巻かれたぼろ布だが━━を探り、それを見つけた。

 

「━━手紙、か」

 

 ゴブリンが文通なんて洒落たことが出来るとは思えない。なら、なぜ手紙を持っているのか。

 誰かの指示を受け取ったのか、或いは戦利品として持ち歩いていたものか……。

 こちらの文字を把握しているとはいえ、その手紙に何が書いてあるのかはわからない。

 

「どうかしましたか?」

 

 そんな彼の後ろから、女武闘家が手紙を覗きこむ。

 必死に考えているのか、ただ眺めているだけなのか。

 女武闘家は頭から煙を吹いて後ろに下がる。

 どうやら、無理に読もうとして熱を出したようだ。

 それに気づいた獣人魔術師が、後方警戒を森人司祭に頼んで手紙を覗く。

 フードの彼は獣人魔術師に見易いように手紙を差し出す。

 

「……わかるか」

 

「文字というよりは絵文字ですね。『指示を待て』というニュアンスなのは、何となくわかります」

 

「つまり、このゴブリンには上がいるということか」

 

「ゴブリンを兵として扱うのは、『混沌』の勢力に他ならないでしょう。この様式、書いたのは妖術師(ワーロック)か……?」

 

 ぶつぶつと考えふける二人の背中を、男戦士はため息混じりに眺め、切り出した。

 

「そろそろ出発するか。一歩も進まずに連戦は、無駄に消耗するだけだろ」

 

 男戦士の尤もな意見にフードの彼と獣人魔術師は頷いた。

 手にした手紙は獣人魔術師に渡し、「こっちだ」と先導を開始する。

 問題の分かれ道にたどり着いたのはすぐだった。

 一本道を進むだけなら子供でも出来るのだから、当然のことだろう。

 二つに分かれた道を睨み、そして足元に目を向ける。

 何もないその場所をタカの眼越しに睨んでみれば、小さな足跡がはっきりと浮かんで見える。

 フードの彼は足跡の先にある左の通路に目を向け、息を吐く。

 

「ゴブリンは左の通路を通ってきたようだ」

 

「となると、左が奴等の巣ということか?」

 

 森人司祭の質問に、フードの彼は首を傾げて見せた。

 

「わからん。ゴブリンが『戦力を分散させて攻撃』なんて作戦を取るとは思えないが……」

 

「ここはただの通り道だったと?」

 

「山を登って降りることに比べれば、だいぶ楽だからな。その可能性もある」

 

 ゴブリンが巣穴から巣穴、もしくは狙いの村に移動するために使い、ひと休みに使っていたかもしれない。

 この廃坑は、人の手から離れてだいぶ経つのだろう。壁もある程度だがしっかりしており、暗くても問題のないゴブリンたちが利用するには打ってつけだ。

 女武闘家は松明で左の通路を照らしながらその奥を見ようとするが「見えないや」と諦めた。

 

「……気になるか?」

 

「え?まあ、気になるけど……」

 

 フードの彼は考える。

 左はおそらくゴブリンの巣。

 右は詳細不明。何が出るかもわからない。

 依頼を完遂させるなら、ゴブリンの有無の確認のため、左を調べて見るべきか。

 だが、その何があるかわからない右の通路を考え始めると、調べたいと思ってしまう。

 騎士団の仕事の傍ら、各島々に残された洞窟画や先住民の柱を調べていた父の血故か。

 

「むぅ、どうしたものか」

 

「どちらにしろ、進まなければどうにもなりませんね」

 

 獣人魔術師は顎に手をやりながら鼻を動かし、風の臭いを探ろうと試みた。

 だが、感じるのは強烈な土埃の臭いのみ。

 もう少し清潔な場所であったなら、彼の鼻はフードの彼の眼よりも役に立つだろう。

 

「司祭殿、風を読むことは出来ますかな?」

 

「少し待て……」

 

 獣人魔術師の頼みに森人司祭は頷いた。

 瞳を閉じて集中し、僅かな風の流れを読もうとする。

 待つこと数秒のことだが、森人司祭は片眉を上げた。

 

「ほんの僅かだが、風を感じるぞ。右からだ」

 

「ならば、右は出口なのか?」

 

「おそらくとしか言えないが」

 

 フードの彼の確認に、森人司祭は重く頷く。

 森人は本来、その名の通り森に生きる種族だ。風を読むことは森人たちの基本中の基本なのだ。

 それでも、洞窟の中では何とも言えない。本来なら、土の中は『鉱人(ドワーフ)』の領域なのだから。

 

「出口を目指すか、奥を目指すか……」

 

 呪文の回数(リソース)は、魔術師と司祭がそれぞれ一回ずつの合わせて二回。

 フードの彼は確認を取るかのように、獣人魔術師と森人司祭に目を向けた。

 二人は自信ありげに頷き、左の通路に目を向ける。

 女武闘家と男戦士は、周辺を警戒しながら決定を待っている。

 フードの彼はため息を吐き、苦笑した。

 

「左の様子を伺い、危険と判断したら即脱出だ。いいか」

 

 フードの彼の確認に、各々が頷く。

 斥候(スカウト)である彼が先導しようと歩き出すが、左の通路を警戒していた女武闘家が僅かに先に進んでしまう。

 フードの彼が急いで追いかけようとした時だ、彼は気づいてしまった。

 彼女の頭上の天井が、まさに崩れようとしている。

 それに気づいた様子なのは彼だけだった。

 考えるよりも早く体が動く。突然駆け出したフードの彼に、男三人が驚いたのも束の間、女武闘家の頭の上の天井が崩れた。

 

「え……」

 

 その真下にいた彼女が気づいた時にはもう遅い。

 彼女の体重の何十倍とある土の塊は、彼女の体に降り注ぐ━━。

 

「ッラァ!」

 

「━━斥候さん!?」

 

 直前に、フードの彼に手を引かれ、男戦士のほうに投げられた。

 投げた本人は土砂の中に消えていき、瞬きする頃にはその姿は確認出来なくなった。

 

「これはまずい!」

 

「おい、こちらの声が聞こえるか!いや、そもそも無事なのか?!」

 

 塞がれた左の通路の入り口に駆け寄り、獣人魔術師と森人司祭は声を張り上げる。

 返答はない。土がほとんどとはいえ、大きな岩も混ざっている。この量の土砂に潰された人間の体がどうなるか、想像は難しくない。

 男戦士に抱き止められた女武闘家は、放心したまま彼の手を離れ、塞がれた通路のほうに手を伸ばす。

 彼があの下にいる。助けなきゃ。でもどうやって?

 自分のせいだ。自分が先に行こうとしなければ、進む前に崩落に気づいてくれたかもしれない。

 

 ━━違う、気づいていたんだ。だから、彼は私を……。

 

 それに気づいてしまえば、後は早いものだった。

 どうにか掘り返そうとする獣人魔術師と森人司祭。

 泣き崩れ、もはや動くことも出来ない女武闘家。

 そんな三人を見ながら、男戦士も膝をついた。

 

「……俺は、疫病神か何かなのかよ……!」

 

 誰に聞こえるわけでもなく、小さな言葉が漏れた。

 彼が初めて組んだ一党も、こんな洞窟での依頼に向かい、一人が死に、一人は片腕を失ってしまった。

 無事だったのは、自分と僧侶の二人だけだ。

 仲間を殺した岩喰怪虫(ロックイーター)の討伐に参加し、それをきっかけに割り切り、また一からやっていこうとした矢先にこれでは、呪われていると考えてしまっても仕方ないだろう。

 

「へぇ?何かすげぇ音が聞こえたと思えば、とんだ収穫だぜ」

 

 そんな時、聞いたことのない声が廃坑に響いた。

 いまだに泣き崩れる女武闘家を除いた三人が、その声の主に目を向ける。

 

「獣人、森人がそれぞれ一人に、只人が二人。しかも一人は随分な別嬪(べっぴん)さんじゃあねぇか」

 

 殺した熊か何かの毛皮を被り、大剣(グレートソード)を肩に担いだその大男は、女武闘家を眺めて舌なめずりをすると、後ろに控える二十人近い部下たちに指示を出す。

 

「野郎ども、待ちに待った獲物だ!だが、女を汚すな。初物かそうじゃあねぇかじゃ、価値が二倍も三倍も変わっちまうからな!!!」

 

 その言葉に、返事の代わりに下卑た笑い声が返る。

 構える冒険者たちに向け、大男は両手を広げて宣戦布告をする。

 

「てめぇらは、俺たち『百目団』の獲物だ!暴れてくれても良いが、死んでくれるなよ!死体は金にならねぇからな!」

 

 首から下げた複数の認識票は、殺した冒険者たちのものだろう。白磁に始まり黒曜、果てには紅玉まで含まれている。

 それは見せしめであり、力の誇示に他ならない。

 

 ━━人間とゴブリン。その身に秘められた残虐性に、大きな違いはないのだろう。

 

『冒険者殺し』と名高いその盗賊団が、たった四人の冒険者━━実際戦えるのは三人だが━━に苦戦する道理はなかった。

 男戦士は奮闘したものの、ゴブリン並の数の暴力に晒されれば、誰であろうとただでは済まない。

 盗賊団は捕らえた冒険者を連れて、縄張りである廃坑を後にする。

 

 ━━最も残してはいけない人物の存在に、気づくこともなく………。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。