SLAYER'S CREED   作:EGO

70 / 150
Memory13 語らい

 ゴブリンたちとの激闘の翌日。森人の里。冒険者一同が宿泊している洞の中。

 里に帰還した直後に気絶したローグハンターと、彼の看病をしている銀髪武闘家を除いた冒険者たちと牛飼娘、受付嬢は一室に集い、とある森人と対面していた。

 皆が若い姿の森人にしては珍しい、(しわ)と髭をこさえた老年の森人。

 それらを隠すように目深くフードを被る姿は、何となく仕事中のローグハンターを思わせる。

 荷物らしい荷物は、彼の隣の席に置かれた大きめの袋だけだ。

 老年の上森人は茶をあおると、渋い顔をして妖精弓手に目を向けた。

 

「星風の娘よ、もう少し丁寧な味には出来んのか?」

 

「爺様はいつもそう言うわよね。割りと丁寧に淹れたつもりなんだけど」

 

 その茶を淹れた妖精弓手は、ふんと鼻を鳴らして不機嫌そうに長耳を上下させる。

 老年の上森人はため息を吐き、やれやれと首を左右に振った。

 

「お主の母上の淹れた茶は、それはもう━━━」

 

「はいはい、その話はいいから。それで、何をしに来たの?」

 

 何やら言いかけた老年の上森人を遮り、妖精弓手が話を切り出した。

 いきなり現れて「彼と話をさせてはくれまいか」と言ってきたのだから、その質問は当然だ。

 老年の上森人は僅かにうざったそうに髭をしごくと、その目を細めた。

 

「先ほど言った通り、彼と話をしに来ただけじゃよ」

 

「話って、アルタイルの事?」

 

「まあ、無関係ではないの」

 

 老年の上森人が再び茶をあおると、牛飼娘が首を傾げてゴブリンスレイヤーに耳打ちする。

 

「ねえ、アルタイルって、誰?」

 

「あいつの先祖だそうだ。本人も半信半疑だったがな」

 

「ほお、アルタイルの血統は無事に続いておったか。一安心じゃな」

 

 老年の上森人が嬉しそうに笑みながら言うと、その場にいる面々を見渡す。

 

「あやつは中々の堅物じゃったの。初めのうちはまともに話もしてくれなんだ」

 

「その辺どうなのだ、野伏殿」

 

 蜥蜴僧侶が問いかけると、妖精弓手は顎に指を当てて小さく唸る。

 

「抜き身のナイフって言うのかしら。でも、何だかんだで打ち解けてたわよね?」

 

「儂が根気よく話したからの。お陰さまで千年分老けたわい」

 

 そう言うと老年の上森人は「ほっほっほっ」と笑い、静まり返る客人たちを見て咳払い。緩んだ表情を引き締めた。

 

「それで、彼はどうじゃ」

 

「無理ね。まだ目を覚ましていないわ」

 

 鷹を思わせる眼光に一切怯むことなく、女魔術師は言いきった。

 老年の上森人は困り顔で髭をしごき、女神官に目を向ける。

 

「容態はどんなもんじゃ?」

 

「え、えと、怪我はどうにか治りました。森人の皆さんがくれたお薬のお陰です」

 

 いきなり話を振られた女神官は、僅かに狼狽えつつもしっかりと答えた。

 受付嬢は深刻な面持ちの老年の上森人に目を向け、真剣な表情で問いかける。

 

「あの、ローグハンターさんに何かご用なのですか?」

 

「むぅ、これは言ってしまって良いものか……」

 

「せっかくここまで連れてきたのよ?理由ぐらい教えてくれたって良いじゃない」

 

 妖精弓手が言うと老年の上森人は小さく息を吐き、そしてどこか遠い場所を見つめながら、懐かしむように言う。

 

「そうじゃな。アルタイルからの伝言があっての」

 

「伝言?」

 

「そう、伝言じゃ」

 

 老年の上森人は噛み締めるようにそう言うと、ローグハンターのいる部屋の方に目を向けた。

 

「『次に来る者が赤い十字を持つ騎士ならば、気を付けてくれ』。アルタイルの故郷においての、敵だったそうじゃ」

 

「騎士。そういや、あのローブの小鬼がそんな事言っとったの」

 

「彼は、やはり騎士か……」

 

 老年の上森人の声音に、ほんの僅かに殺気が宿ったのはその時だ。

 それをいち早く察知した冒険者たちは、そっと自身の得物に手を伸ばす。

 老年の上森人は声音を変えることなく、冒険者たちに一瞥くれるとそっと告げた。

 

「お主らと戦うつもりはない。じゃが、彼を見定めなければならん。これはこの里の、否、この世界の行く末に関わることじゃ」

 

 彼の言葉に冒険者たちは警戒しつつも顔を見合せ、視線だけでどうするかと話し合う。

 そんな事関係なしと、老年の上森人は冒険者たちと牛飼娘、受付嬢を見渡した。

 

「誰でも良い、彼がどんな人物なのか教えてはくれまいか」

 

 頼むと頭を下げる老年の上森人の姿に、冒険者たちは目配せして一旦得物から手を離す。

 だが、どうしたものか。話すといっても、この中でローグハンターと一番付き合いが長いのは━━━。

 老年の上森人を除いた部屋にいる面々は、ほぼ同時にゴブリンスレイヤーに目を向けた。

 

「……む」

 

 当の彼は思わぬ事態だったのか、僅かばかりに兜を揺らす。

 そう、この中でローグハンターと一番の付き合いがあるのはゴブリンスレイヤーだ。

 冒険者ギルドまで彼と同行し、その後しばらく一党として行動していたのだから、当然だろう。

 ゴブリンスレイヤーは押し黙ると、兜越しに老年の上森人に視線を向ける。

 

「俺の主観になるが、構わないか」

 

「構わんさ。彼がどういった人物なのか知りたいだけじゃからの」

 

「じゃあさ、その代わりにそっちはアルタイルの事を話してよ。私だってあんまり一緒にいた訳じゃないし」

 

 妖精弓手が身を乗り出しながら言うと、老年の上森人は困り顔でため息を漏らした。

 

「……ああ、仕方あるまい。思い出話程度ならの」

 

「よし!さ、オルクボルグ、始めて始めて!」

 

 勝手に進行役となった彼女の姿に皆が一様にため息を吐くと、ゴブリンスレイヤーはぽつぽつと話し始める。

 彼とローグハンターの出会いの物語を。

 

 

 

 

 

「うぅ………!」

 

 ローグハンターは苦しげに唸りながら目を覚ます。

 背中に感じるのは柔らかなベッドの感覚。鼻に流れてくるのは、気持ちの良い木々の香り。

 それらを感じながら見慣れぬ天井を睨み、一拍開けて森人の里に来ていたことを思い出す。

 同時にあの戦いの後、すぐに気絶したことも思い出した。

 首だけを横に向け、自分の装備━━尤も、残っているのはピストル二挺と右手のアサシンブレードだけだが━━が机に置かれていることを確認し、重々しく息を吐いた。

 あの状況は、しくじったとしか言いようがない。自分の未熟さが招いたことだ。

 いまだに痛む体を気にしつつ、包帯に包まれた左手を掲げ、ゆっくりと開閉させる。

 動かす度に走る鈍い痛みは、まだ傷が治りきっていない証拠だ。

 ついでに、視界が妙に狭い。左半分が黒く塗り潰されている。

 ゴブリンの攻撃で目が潰されたのか、あるいは包帯にでも包まれているのだろう。

 ローグハンターは目を細めて息を吐くと、最後の最後に寝転ぶ自らの体の上に乗っている何者かに目を向けた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 もはや言うまでもなく、銀髪武闘家だ。眠っているのか、規則正しい寝息を立てている。

 理由は不明だが、何故か裸。シーツに包まれているとはいえ、ローグハンターに対しては無防備にその肢体を晒している。

 彼は何度か瞬きを繰り返し、視線を外すと自分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。

 添い寝するにしても、いつもは寝間着を着ている。今回は何故裸なのか……。

 直に感じる彼女の温もりと、筋肉質でありながら、力を抜いている時特有の柔らかさをしばし堪能すると、そっとベッドから這い出ようと体を動かす。

 寝ている彼女を起こさないように気遣い、何かしら反応を示したらすぐに止まる。

 普段なら数秒で終わる行程に何十分もかけ、彼はようやくベッドから這い出た。

 苦しげに肩で息をしながら、部屋の姿身に視線を向ける。

 ズボンは履いているが上半身は裸。服の代わりと言わんばかりに厳重に包帯が巻かれているが、所々に血によるものか、赤黒い染みが出来ていた。

 新たに出来た傷をそっと撫でると、ようやく気づく。

 左眼が開いていないのだ。力を入れてみても、指で無理やり開こうとしても、鍵のかけられた扉のようにびくともしない。

 ここでも数分を費やしてから諦めると、彼はため息を吐いた。

 服がない以上、このままでいるしかない。ゴブリンスレイヤーたちは洞の中にいるだろうか。

 瞬き一つでタカの眼を発動し、彼は眉を寄せた。

 壁を無視して青い影が見えるのはいつもの事だが、その影が一つ多い。しかも、青に混ざって赤い輝きを放っている。

 

 ━━客人、いや、刺客か……?

 

 彼は部屋を見渡して着替えを探すが、装備はあるのに服が見つからない。

 仕方ないかとため息を吐いてタカの眼を解除。調子を見るために軽く肩を回し、駆け抜けた激痛に表情をしかめる。

 そっと肩に手を触れ、荒れた息を整えると右手用のアサシンブレードだけをぶんどるように机から取り上げると、同時に何かが机の上から転げ落ちた。

 いつも持ち歩いていた『謎の三角』だ。だが、いつの間に増えたのやら、同じものが二つ。小鬼暗殺者が持っていたのだろう。

 ローグハンターはため息を吐き、痛む体に鞭を打ちながらそれらを拾い上げる。

 角度を変え、窓から差し込む光に透かし、ズボンのポケットに押し込む。

 一仕事終えたと言わんばかりに額の汗を拭うと、壁に左手をつきながら歩き出す。

 痛みに耐えながら一歩一歩を踏みしめ、出来る限り音を出さないように、慎重に。

 数分ほど歩いて、彼は仲間たちが集まる部屋へと続く曲がり角に身を潜めた。

 耳を澄ませ、問題の客人が何を言っているのかに注意を払う。

 

「そうさな。アルタイルが言うには、破ってはならぬという掟があったそうじゃ」

 

「掟?なんだっけ、『教団』とかいうやつの?」

 

「そうじゃ。まあ、一つだけなら言っても良いかの」

 

 年老いた男性の声に妖精弓手の声が続く。

 相手はおそらく森人だろう。それも『教団』に関してはある程度の知識を有している。

 

「絶対にして第一。汝、己が刃を━━━」

 

「━━━罪なき者に振るうな」

 

 ローグハンターは、無意識の内にその続きを暗唱していた。

 言葉を発した本人さえも驚くなか、老年の上森人は彼の潜む曲がり角に目を向けた。

 

「さて、若き騎士よ。出てきてはくれまいか」

 

 ローグハンターは一度瞑目し、ゆっくりと息を吐きながら目を開くと曲がり角から身を出した。

 

「先生!お怪我は大丈夫なのですか!?それよりもその眼は!?」

 

 真っ先に令嬢剣士が動きだし、彼に肩を貸そうとしたが、

 

「どっちも大丈夫だ。それよりも、俺に用がありそうだな」

 

 彼は片手で制し、老年の上森人を僅かな殺気を宿らせた右眼で睨み付ける。

 隙を探すが、今の状態では満足に動けない。見つけたところで、どうにもならないだろう。

 ローグハンターは深く息を吐きながら壁に寄りかかり、老年の上森人に言う。

 

「━━で、俺を殺しに来たのか?」

 

「随分といきなりじゃの。そんな殺気立っているのはそちらだけじゃ」

 

「どうだかな。暗殺者(アサシン)風情が」

 

 確かな嫌悪の感情の込められた言葉に、老年の上森人だけでなく、彼をよく知る友人たちさえも表情を強張らせた。

 彼がここまで相手を嫌悪するなど、今までにないことだろう。

 老年の上森人は髭をしごき、不敵に笑んだ。

 

「騎士に言われたくはないの。それに、儂はアサシンではない」

 

 彼の言葉に、ローグハンターはそっと目を細めるだけだ。

 相手を見定めようとしているのか、或いは言動全てを疑ってかかっているのか。

 老年の上森人は髭をしごき、冒険者たちを見渡しながらローグハンターに言う。

 

「お主のことは彼らから聞いた」

 

「……あまり他人に教えてほしくはなかったがな」

 

 非難の色のこもった視線を仲間たちに向けながら言うと、頭を掻いて老年の上森人に問いかける。

 

「で、どうする。殺ると言うのなら、刺し違えてでも殺すが」

 

「血の気の多い騎士だの、まったく。殺し合うつもりはないと言うたじゃろうに……」

 

 そう言うと茶をあおり、ホッと息を吐く。

 だが、ローグハンターはその蒼い瞳から殺気を消すことはなく、むしろ警戒を強めている。

 全くと言って良いほど、彼は老年の上森人を信じていない。

 どう見ても話が進むことがない二人に嫌気が差したのか、妖精弓手が咳払いと共に睨み合う二人の間に割って入った。

 

「二人とも、落ち着いて。爺様から話があるんでしょ?」

 

「そうなんじゃがな、星風の娘。とりあえず、若いの、話を聞いてはくれまいか」

 

 老年の上森人から視線を外すことなく、ローグハンターはとても嫌そうに、とても小さく一度頷いた。

 老年の上森人は冒険者たちに目を向けると、申し訳なさそうに言う。

 

「すまぬが、彼と二人きりにしてはくれないだろうか」

 

「悪いがそれなら話をするつもりはない。負傷した状態で一対一になれるか」

 

「頑固者だの……。では、お主の一党は残ってくれて構わんよ。話が進まん」

 

 ローグハンターは女魔術師と令嬢剣士に視線だけで確認を取り、二人が頷いた事を確認。

 女魔術師が彼の部屋の方に目を向け、確認を取る。

 

「あの人はどうしますか?」

 

「……寝かせておけ。疲れてるんだろ」

 

 ため息混じりにそう返すと、ゴブリンスレイヤーと受付嬢に目を向ける。

 

「すまないが、しばらく良いか」

 

「俺は構わん」

 

「私も、大丈夫ですけど……」

 

 不安げに言う受付嬢が心配しているのは、ローグハンターの容態を気にしているのだろう。

 ゴブリンスレイヤーは息を吐き、ローグハンターたちに向けて言う。

 

「だが、何かあったら呼べ」

 

「助かる」

 

 ローグハンターは素直に心配してくれた友人に手短に言うと、老年の上森人を睨み付けた。

 

「それじゃあ、話すとするか」

 

「そうじゃの。やれやれ、ここまで苦労するとは思わなんだ」

 

 

 

 

 

 老年の上森人とローグハンターが机を挟んで対面するように座り、頭目たる彼の後ろに女魔術師と令嬢剣士が起立している。

 ローグハンターは不機嫌さを一切隠すことなく頬杖をつき、老年の上森人に問いかけた。

 

「……で、どこまで話した」

 

「『教団』と『騎士団』に関してを、ほんの僅かにじゃが」

 

 老年の上森人が悪びれた様子もなく言うと、ローグハンターは額を押さえてため息を吐いた。

 瞳に宿った殺気を抑えながら、一党である二人に目を向ける。

 

「どんな感じの話だ」

 

「簡単に言いますと、アルタイルという人物が『教団』の人物であることと、『騎士団』とは敵対していたこと」

 

「どちらも()()()()()()()()()と思っているのは同じだと話も聞きましたわ」

 

 令嬢剣士の付け足しに、ローグハンターは眉を寄せた。

 世を良くしたい?あんな野郎どもが?

 彼が放つ殺気が再び鋭くなり、老年の上森人を睨み付けた。

 

「こいつらに何を教えた」

 

「儂が思う『教団』と『騎士団』の目的と違いをじゃが?」

 

「世を良くしたい、ね……」

 

 ローグハンターが嘲笑うかのような声音で言うと、老年の上森人は眉を寄せた。

 

「何かおかしな事を言ったかの?」

 

「いや、守るべき人々から略奪するような奴らが、世を良くしたいと思っていたとはな」

 

「騎士とて同じ事じゃろうが」

 

 今にも口論が始まりそうな雰囲気を察してか、女魔術師が咳払い。

 ローグハンターは肩を竦め、老年の上森人に言う。

 

「手短にいこう。アルタイルはなぜこの里に来た」

 

「敵に友の事を売るほど、儂は老いてはおらんぞ?」

 

 再び睨みあいを始める両者だが、老年の上森人は不敵に笑んだ。

 

「じゃが、今回ばかりは仕方ない。アルタイルがこの里に来た理由じゃったの」

 

「ああ」

 

 額に青筋を浮かべながら頷くと、老年の上森人は苦笑した。

 

「いきなり森の中から現れたのじゃ。本人も『ここはどこだ』と言っておったし、儂らも驚いたわい」

 

「あの森を、たったの一人で踏破したのか」

 

「おそらくの」

 

 老年の上森人は髭をしごき、その目を細めてローグハンターに向けた。

 

「他に聞きたいことがあるのではないか?」

 

 試すような声音の質問に、ローグハンターは小さく苦笑を漏らした。

 

「アルタイルが何を持ち、何を為したのかは知っている。だが、とうの昔に死んだ、もういない人物だ。どうやって故郷に帰ったのかも、ある程度察しはつく」

 

 アルタイルの名は、様々な形で知ることが出来た。

 父から聞かされたお伽噺。テンプル騎士団の所有していた書物。アサシンから奪った歴史書。

 それらが総じて教えてくれたことは、アルタイルは『リンゴ』を手に入れ、現在のアサシンたちの根底を築いたと言っても過言ではないことだ。

 いまだ謎の多い『リンゴ』の力を利用し、戻ることが出来たのだろう。

 だが、自分の手元には『リンゴ』をはじめとした『欠片』はない。その可能性があるものもあるが、使い方は不明だ。

 否、それ以前に━━━。

 

「俺は故郷に帰るつもりはない。騎士としてでもなく、一人の男としてやるべき事がある」

 

「ほう、それは?」

 

 老年の上森人が試すように問うと、ローグハンターはタカの眼を通し、そっと自分の部屋で眠る銀髪武闘家に視線を向けた。

 

「彼女を、俺の生涯を懸けて守る」

 

 金色の輝きを放つタカの眼光を見た老年の上森人は、その瞳を見つめる。

 ローグハンターは包帯に包まれた自分の手のひらを見つめ、握りしめながら言う。

 

「こちらには『教団』も『騎士団』もいない。だからと言って、俺は騎士である事を捨てるつもりはない」

 

「お主が騎士団を立ち上げるつもりか?」

 

「いや」

 

 老年の上森人の問いかけにローグハンターは即答し、背後に控える一党の二人に目を向けた。

 志を同じくする騎士たちとはまた違う、志こそ違えども、信頼出来る仲間たち。

 二人と視線が交差するとローグハンターは苦笑を漏らし、老年の上森人に面と向かって言う。

 

「今の俺は『冒険者』だ。世界をどうこうする力はない。それこそ、辺境の治安維持だけで、名も知らぬ誰かを何人か助けるだけで精一杯だ」

 

 嘘偽りなく放たれた言葉に、老年の上森人はほんの僅かに笑みを浮かべて見せた。

 世界の平和を目指す騎士とも、アサシンとも違う。目の前の人を救いたいと願う、只の冒険者らしい発言だ。

 アルタイルが言っていた、いつか来る同胞(はらから)とは、やはり彼の事だったのだろう。

 まあ、例え違ったところで、誰に責められる訳でもない。

 老年の上森人は髭をしごき、ローグハンターに言う。

 

「アルタイルはこの里にあるもの(・・・・)を残し、この世界を見て回るために旅に出た。見送ったのは数人だけじゃ」

 

「その途中で残した本なら見つけた。この様子だと、他にも何冊かありそうだな……」

 

「あるじゃろうなぁ」

 

 わざとらしく臭わせた発言に一切反応を示さず、ローグハンターは額を押さえて「面倒だな」とため息を吐く。

 老年の上森人は苦笑を漏らし、ローグハンターに言う。

 

「して、気にならんのか?」

 

「……? 何がだ」

 

 小首を傾げる彼の姿に、老年の上森人だけでなく、女魔術師と令嬢剣士の二人も揃って小さく息を吐いた。

 この頭目は仕事と恋人に関しては熱心だが、それ以外となるとどこか適当な所がある。

 老年の上森人は髭をしごき、眼を細めながら言う。

 

「アルタイルがこの里に残した物じゃよ。お主にとっても意味のある物だと思うが」

 

「ああ、それか。まあ、気になりはするが」

 

 ローグハンターは肩をすくめ、「騎士である俺のための物ではないだろう」とため息混じりに付け加えた。

 騎士であるのなら力ずくでも奪うとでも言うと思っていたが、この男にそんな気はないようだ。

 

 ━━テンプル騎士にしては何とも無欲な、アサシンにしては人間臭すぎる男。

 

 老年の上森人は彼の事をそう判断し、気が抜けたかのように大きくため息を吐いた。

 

「アルタイルからは、『自分と同じ眼を持つものに託してくれ』と言われておる」

 

「まあ、貰えるのなら貰うが……」

 

 余り乗り気でないローグハンターの姿に、老年の上森人はその眼を細めながら言う。

 

「もしかしたら、お主がこの世界(こちら)に来た理由がわかるかもしれんぞ」

 

 老年の上森人の突然の発言に、ローグハンターは僅かに目を見開き、すぐさま表情を引き締めた。

 本当の事を言うわけにはいかない。いらない面倒に飛び込むこともないだろう。

 

「旅に出たのは自発的なものなんだが……」

 

 咄嗟に当たり障りのない発言をすると、老年の上森人は首を左右に振る。

 

「もし、誰かに(・・・)そう思い込まされている(・・・・・・・・・)としたら、どうじゃ?」

 

「なに……?」

 

 意味深な笑みを浮かべた老年の上森人の言葉に、ローグハンターは眉を寄せた。

 老年の上森人は「ようやく食い付いたの」と満足げに笑い、窓の外に見える里の中で一番の大樹に目を向けた。

 

「アルタイルが言っておった。闇の中にいる何者かが、自分をここに呼んだのだと。もしお主もそうだとしたら?」

 

「何者かに、呼ばれた……」

 

 ローグハンターは瞑目し、僅かに物思いに更ける。

 その隙を見てか、女魔術師がそっと手を挙げた。

 

「あの、一つよろしいですか?」

 

「なんじゃ?一つと言わず、訊きたいことがあるのならいくらでも訊いとくれ。むしろ座らんのか?」

 

 僅かに辛そうな表情になっている令嬢剣士を見ながら言うが、女魔術師は「大丈夫です」と返し、ローグハンターに一瞬だけ視線を向けて言う。

 

「そのアルタイルという人物は、どうやってそれを知ったのですか?里から出て、また戻った来たというわけではないのですよね」

 

「余り詳しくは言えんが。……あやつにだけ操れる『聖なる遺物(リンゴ)』が、それを教えてくれたそうじゃ」

 

「あまりその話は聞かないことをお薦めする」

 

 ローグハンターが横槍を入れ、無理矢理に話題を終わらせた。

 

「その遺物に関わると録なことにならん」

 

「そうじゃな、儂も危うかったわい。もしかしたら、こんなに老け込んだのも、あれに触れたせいかもしれんの」

 

 ローグハンターが表情を厳しくしながら言うと、老年の上森人は痛みを堪えるかのように、自身の頬を撫でながら続いた。

 その遺物に触れた時に、殴られでもしたのだろう。

 老年の上森人はハッとしたかのように眼を見開くと、慌てて窓の外を眺め、陽の傾き加減で時間を確認する。

 

「いかん、そろそろ挙式の準備をせねば……」

 

「なら、続きは挙式が終わってからで良いだろう。どうせそれまでは滞在する事になっている」

 

「そうしてくれるとありがたいわい。まったく、最近の連中は人使いが荒くてのぉ」

 

 老年の上森人はそう言うと、眺めていた窓を開け放ち、そこから出ていこうとするが、何かを思い出したのか、座席に放置されていた袋を指差した。

 

「忘れる所じゃった。それを渡しておこうと思っての」

 

「……これか?」

 

 ローグハンターが立ち上がり、手早くそれを回収すると、老年の上森人は意味深な笑みを浮かべた。

 

「なに、只の着替えじゃよ。それでは、またの」

 

 言うや否や、老年の上森人は窓から飛び降りた(イーグルダイブ)

 一拍開けて聞こえた草木に受け止められた優しい音からして、怪我をしたわけではないだろう。

 袋を持ったまま固まるローグハンターを他所に、令嬢剣士は限界と言わんばかりに盛大なため息を吐き、空いた席に腰かけた。

 

「妙に疲れましたわ。これなら、まだ依頼をこなしている方が楽です」

 

「そうね。何だか気疲れしちゃったわ」

 

 令嬢剣士の隣に女魔術師が腰かけると、ローグハンターは申し訳なさそうに二人に言う。

 

「すまん、無意識に殺気立っていたのかもしれん」

 

「気にしないでくださいな、先生。わたくしは貴重なお話を聞けただけで満足ですわ」

 

「私は、素直に嬉しいです」

 

 女魔術師が微笑しながら言うと、ローグハンターは首を傾げた。

 何か喜ばれるような事を言っただろうか?

 彼の胸中に浮かんだ疑問が音になる前に、女魔術師は答える。

 

「やっとあなたの強さの秘密がわかりましたから。ええ、未知のものが解明されるというのは、私からすればとても嬉しいことですよ」

 

 何かを隠すかのように笑い、何かを抑えるかのように早口で彼女はそう言った。

 

「まあ、もっと早く教えて欲しかったというのが本音ですけどね」

 

「それは、すまんな」

 

 ローグハンターはわざとらしく視線を外すと、部屋で寝ているであろう恋人の姿を想った。

 そう、この話はこの場にいる誰よりも彼女にしなければならないではないか。

 彼は困り顔でため息を吐き、袋を脇に抱えて立ち上がる。

 

「それじゃあ、俺は部屋に戻る。あの森人━━あいつらで言う星風の娘が訊いてきたら、話してくれて構わない」

 

「良いんですか?」

 

 女魔術師の確認に、「そこまで重要な話もなかったからな」とだけ返して部屋を後に。

 気が抜けたからか、全身に張り付く倦怠感に不快そうに眉を寄せつつ、自室を目指して歩き出す。

 タカの眼を発動し、彼女が寝ている事を確認。起こさないようにそっと扉を開き、体を滑り込ませる。

 いまだに規則正しい寝息を立てる彼女の寝顔を堪能すると、袋を机の上に置いてベッドに腰を降ろした。

 アサシンの関係者を前にして、随分と落ち着いていられたものだと自分の変化を確認し、フッと小さく笑う。

 変われたのも、側で寝ている彼女のお陰だ。

 感謝の意味を込めてそっと彼女の銀色の髪を撫でると、彼女の口から「んぅ……」と小さな唸り声が漏れる。

 ハッとした所でもう遅い。銀髪武闘家の眼がゆっくりと開き、視線が交差した。

 

「すまん、起こしたか……?」

 

「ん~?だいじょうぶぅ?」

 

 彼女は体を起こし、寝ぼけ眼のまま彼の背に抱きついた。

 彼が抵抗しないことを良いことに、彼の頭をくしゃくしゃと撫で回す。

 背中に感じる柔らかさを努めて意識から外し、ローグハンターは言った。

 

「なあ、少しだけ話を聞いてくれるか」

 

「真剣な話?」

 

「ああ」

 

 彼が頷くと、銀髪武闘家は一旦彼の体から離れて自分の服に体を通す。

 最後に解いていた髪をいつも通りに一纏めにすると、彼の隣に腰かけた。

 

「よし!で、話って?」

 

「━━━俺の故郷と、素性についての話だ」

 

 面と向かって放たれた言葉に、銀髪武闘家は「わかった」と呟いて一度頷く。

 ローグハンターは自身の胸に手を当て、一度深呼吸。

 

「さて、どこから話したものかな」

 

 こうして始まったローグハンターの一人語りは、夜遅くまで続くこととなる。

 だが、銀髪武闘家は一切集中を切らす事なく話を聞き終えると、そっとぼろぼろの彼の体を抱き寄せた。

 物心ついた頃から訓練に明け暮れ、成人するころ━━この世界の基準でだ━━には今と同じ、否、今よりも凄惨な戦いに身を投じてきた。

 彼は冒険者になっても、騎士であった頃と変わらずに戦っている。

 

「キミは、凄いね」

 

「凄くはない。自分一人じゃ何も出来ない。誰かに支えられてばかりだ」

 

「それでもさ、キミは戦っていたんでしょ?」

 

「何のために戦っていたのかなんて、どうでも良くなる程度にな」

 

 ローグハンターは自嘲するように言うと、「だが、今は違う」と呟き、そっと彼女の体から離れると肩に手を置いた。

 至近距離で真っ直ぐに見つめてくる蒼い瞳は、心の奥底さえも見透してしまいそうだ。

 

「お前を守りたい。俺の戦う理由は、いつの間にかそうなっていた」

 

 自分の瞳を真っ直ぐに見つめ返してくれる銀髪武闘家に向けて、彼は告げる。

 

「出来ることなら、生涯共に居て欲しい」

 

 これを愛の告白と言わずに何と言う。

 突然の告白に思わず赤面した銀髪武闘家は、そっと彼の視線から逃げるように目を逸らした。

 ローグハンターも自分の発言の意味に気づいたのか、頬を赤く染めながらも無理を通す。

 色恋沙汰に関してはほとんど教えてくれなかった先生が、珍しく教えてくれたこと。

 

 ━━勢いのままに押せ、だったか……。

 

 再び大きく深呼吸し、銀髪武闘家に向かって言う。

 

「俺と━━━」

 

 その先を言おうとした時、口を塞がれた。

 塞いだのは誰でもない、銀髪武闘家だ。鼻先が触れ合う程の距離で、唇に感じるのは彼女の唇の柔らかさと温度。

 銀髪武闘家はそっと顔を離し、赤面した顔を俯かせる。

 

「今は、これで我慢して。それで、今度、私の故郷に行こ。キミと二人きりで、ね?」

 

「あ、ああ……」

 

 そう、ここは森人の里で、主役は新郎新婦だ。彼らは只の客人でしかない。

 そういう話は街に戻ってから、ゆっくりとすれば良いではないか。

 ローグハンターは何故か積極的だった自分に苦笑を漏らすと、銀髪武闘家の頬を撫でた。

 彼女の熱を感じながら、彼は優しく笑う。

 夢で見た男たちは、愛する人を、仲間を、家族を失い続けていた。

 俺は家族を失った。俺は大佐(おんじん)を失った。だから、俺は、何がなんでも━━━。

 

「お前を守る。俺の生涯をかけて」

 

 愛する人に向けて、彼は頑としてそう告げた。

 その愛する人は、短時間に二度も告白されたからか、幸せそうな顔で気絶したのは余談である。

 

 

 

 

 

 深淵の闇に閉ざされた地底世界。

 地獄と呼んで相違ないその場所を、稲妻が駆け抜けた。

 稲妻に貫かれた悪魔(デーモン)たちは塵へと還り、魂さえも消失させる。

 暗黒に包まれた大地に立ち、大地を埋め尽くさんと立ちはだかる赤黒い悪魔たちと相対するは、鳥類の嘴を模したフード付きのローブを身に纏った一人の男。

 金色の稲妻を纏う剣の切っ先を悪魔たちに向け、男はそっと背後に気を向ける。

 先日訪れた勇者たちが地上へと通ずる門を閉じたはいいが、門とは閉じても再び開くものだ。

 だからこそ彼はそこに出向き、そして━━━。

 

「フンッ!」

 

 一閃と共に稲妻を迸らせ、その門を()()()()

 悪魔たちは地上に続く唯一の出入り口が崩れ、無くなっていくことを見つめながら、前に出ることはない。

 彼らの前に立ちはだかる男には勝てないと、本能が告げているのだ。

 剣を腰帯に戻した男は、薬指の欠けた左手を振り、悪魔たちに向けて言う。

 

「さらばだ、混沌の者たちよ。願わくば、汝らの咆哮が、二度と地上へと届かんことを」

 

 言うや否や、ローブの男は崩れかけた門へと飛び込み、出口であった森に飛び出すと、門が完全に塞がる瞬間を見届ける。

 悪魔たちの怨嗟の咆哮が聞こえなくなると男はホッと息を吐き、目を閉じた。

 そして開くと、そこは森の中ではなく神殿の中だった。

 石造りのその場所には、金色に輝く幾何学的な紋様が駆け回っている。

 男は広い空間にポツンと置かれた椅子に腰かけると、疲れを吐き出すかのように息を吐いた。

 そんな彼を労うように、金色に輝く人影が、彼の肩に手を置いた。

 男はその手に自分の手を重ね、言う。

 

「また一つ、この世界の神々の影響(シナリオ)を崩して参りました。ですが、あなたの目的を果たすには、まだ足りない」

 

『ええ、けれど、必ず私は成し遂げてみせる』

 

「我が刃、我が命はあなたの悲願のために使います」

 

 ローブの男が言うと、金色の人影は嬉しそうに笑んだ。

 

『そう、全ては私の、いえ、私たちの悲願』

 

『「━━━エデン再興のために」』

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。