SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory15 タカの道

 輝ける兜の森人と花冠の森姫の婚約から四日後。

 森人の里、天を貫かんと伸びる大樹の根元。

 里そのものを支えていると言っても過言ではないその大樹の根は、一つ一つが太く、堅い。

 ローグハンターはその一つに手を添えながら、周囲を見渡した。

 老年の上森人の指定した約束の時間には、遅れていない筈だ。

 だが、肝心の老人がいない。木の周辺をぐるりと一周したが、それでも見つける事は出来なかった。

 雲一つない空から降り注ぐ陽光に、ローグハンターは額の汗を拭うと目深くフードを被った。

 陽が天頂に至る頃と言っていたのだから、早すぎたという訳ではないだろう。宴会で飲み過ぎて潰れた、という可能性もあるか。

 腕を組んで小さく唸ると、ふと視線を感じてタカの眼を発動し、周囲を見渡す。

 そして、すぐに見つけた。

 成長し過ぎたが故に、地面から剥き出しになった大樹の根の影に隠れる小さな青い影。

 敵ではないようだが、こちらの事を警戒はしているようだ。

 彼は小さく肩を竦めると、タカの眼を解除して青い影に近づき、そして、

 

「俺に何か用か」

 

「ひゃ!?」

 

 何の躊躇いもなく声をかけた。

 声をかけられた側は変な声を出しながら尻餅をつき、驚いた表情でローグハンターを見上げている。

 そこにいたのは子供森人だった。ワンピースを思わせる服と顔立ちからおそらく女の子。

 加えて普通の森人よりも耳が長い所を見るに、上森人であるようだ。

 新芽を思わせる優しい緑色の髪と同色の瞳が、何とも美しい。

 上森人の少女は立ち上がる様子もなく、目に涙を溜めて少々怯えている様子だ。

 考えてみて欲しい。気づかれていないと思っていたのにいきなり声をかけられ、その男の顔は傷だらけ。

 しかもそれが彼女が初めて見る異種族だとしたら、むしろ怯えるなと言う方が無理だろう。

 ローグハンターはとりあえず安心させようと出来るだけ優しい笑みを浮かべ、少女に訊く。

 

「驚かせて申し訳ない。その、上森人の爺さんを知らないか?」

 

「じーさん?じーさまの事?」

 

「多分な。どこにいるか━━━」

 

 知らないかと続けようとした時だ。

 不意に「キィーッ!」と何かが鳴いた。

 同時にローグハンターの頭の上に何かが乗り、フード越しに頭を啄んでくる。

 地味に痛いそれをどうにかしようと頭を振ると、頭の上の何かがばさりと羽ばたいて地面へと降りた。

 そこにいたのは一羽の鷲だった。

 上森人の少女も突然の登場に興味を持ったのか、意識は完全にそちらを向いている。

 

「すまぬ、待たせたの」

 

 次いで聞こえたのは老人の声。

 木の根の上にいたようで、声は上から聞こえてきた。

 ローグハンターは僅かに不機嫌そうに息を吐くと、鷲と戯れる少女から視線を外し、根の上を見上げた。

 

「若者よ、その子が迷惑をかけたようじゃな」

 

 根の上に立つ老年の上森人はそう言うと飛び降り、ローグハンターの前へと立った。

 

「いや、そこまで迷惑でもなかったさ。それよりもどこにいた」

 

 上森人の少女に一瞥くれてから言うと、老年の上森人は髭をしごきながら言う。

 

「色々と準備と確認をな。さて、行くとしようか」

 

 老年の上森人が言いながら腕を挙げると、少女と戯れていた鷲がその腕にとまる。

 

「随分と、なつかれているんだな」

 

「なに、こやつとは長い付き合いでの。この木の上に巣があるんじゃよ」

 

 ローグハンターが余り興味なさそうに「ほぉ……」と息を吐くと、老年の上森人は「よくいなくなるがの」と付け加えて果実を一つ差し出す。

 鷲がそれを一呑みにする様を眺めつつ、老年の上森人は髭をしごいた。

 

「元より自然の中にいるものじゃ。儂の意志は関係ないのじゃろうて」

 

「そんなものか」

 

「それに、少し前に子供が産まれての」

 

「森人の少しは、何年前だ」

 

「はて、何年前かのぉ……?」

 

 最後の最後で首を傾げた老年の上森人の姿にローグハンターがため息を吐くと、二人の話を聞いていた上森人の少女がローグハンターのローブの裾を引いた。

 

「ん、どうかしたのか?」

 

「これからどこいくの?」

 

「俺にもわからん」

 

 ローグハンターが肩を竦めると、老年の上森人が優しく上森人の少女の髪を撫でながら笑う。

 

「ほっほっほっ!なに、ちょっとした儀式をしに行くだけじゃよ」

 

「みにいっていい?」

 

「駄目じゃ。そこに行くまでが危険での」

 

「そっか……」

 

 しゅんとする上森人の少女の姿に、ローグハンターはふと既視感を感じた。

 まだ幼かった勇者(いもうと)も、院長に釘を刺される度にこんな顔をしていたような気がする。

 ローグハンターは困り顔で頭を掻くと、片膝をついて少女と視線を合わせた。

 そしてニコッと優しげに笑うと、そっと髪を撫でる。

 

「おまえが大きくなったら、その場所を見に行けば良い。知らない場所に行くのも、良いものだ」

 

「……うん」

 

 少々照れた様子で頷く上森人の少女に頷き返すと、ローグハンターは立ち上がった。

 

「よし。で、どこに行くんだ?」

 

 老年の上森人に問いかけると鷲が飛び立っていき、「こっちじゃ」とだけ告げて歩き出した。

 ローグハンターはその背に続いて歩き出そうとするが、一旦止まって少女の方へと振り向く。

 

「それじゃあ、またな」

 

「……うん」

 

 上森人の少女が頷き、どこかへ駆けていくのを見送ると、老年の上森人の背を追いかけて走り出す。

 尤もゆっくりと歩いてくれていたようで、そこまで距離は離されていない。

 すぐさま追い付くと、老年の上森人は髭をしごきつつ言った。

 

「今いる上森人の子供はあの子だけでな。周りのと少しばかりの距離があるのじゃよ」

 

「まあ、かなり人見知りしていそうではあったが……」

 

 女の子の姿を思いだしながら言うと、老年の上森人は根と根の間に隠された洞へと潜って行った。

 ローグハンターもその後に続き、洞へと体を潜り込ませる。

 そして一歩目を踏み出した瞬間、足を滑らせた。

 

「ッ!?」

 

 声をあげる暇もなく闇の中へと引きずりこまれると、滑り台に乗った子供のように斜面を滑り落ちていく。

 途中で体が宙に放り出されたかと思うと、次いで感じたのは重力に引きずり込まれる感覚。

 しばしの浮遊感を感じると、今度は慣れ親しんだ干し草とは似て非なる感覚に受け止められた。

 何重にも絡んだ蔦の山。今回はそれが体を受け止めてくれたようだ。

 はるか頭上に見える陽の光を眺めつつ放心していると、先に到着していた老年の上森人が咳払いをした。

 その声にハッとして、蔦の山から這い出る。

 

「せめて一言説明が欲しかったが、どこだ」

 

「洞の底の、また底じゃ」

 

 老年の上森人が言うように、そこは岩肌が剥き出しの洞窟だった。

 光る苔や茸が生えている為か、中は思いの外明るい。

 

「では、付いて参れ」

 

 老年の上森人はそう言うと、返事を待たずに走り出した。

 ローグハンターは小さく肩を竦めると走り出し、慣れた様子で洞窟内を進んでいく老年の上森人を追いかける。

 途中にある穴を飛び越え、足場代わりに剥き出しとなった木の根の上を疾走する。

 完全にフリーランが出来る前提で作られた道は、人為的なものだろう。天然ではここまで見事なものにはならない筈だ。

 剥き出しの根に手をかけて反動をつけて飛び、大きめの穴を飛び越える。

 この程度なら慣れたものだ。何の問題もない。

 そんなフリーランを続けること数分か、あるいは数十分か、老年の上森人が目指している先に、一条の光が見て取れた。

 

「あそこか」

 

「そうじゃ。ほれ、ちゃんと付いて参れよ」

 

 老年の上森人はそう言うと、更に速度を上げて駆けていく。

 負けじとローグハンターも速度をあげ、食らいつく。

 森人と只人の身体能力には、埋められない程の差があるのだが………。

 

「到着じゃ」

 

「……ふぅ」

 

 ローグハンターは一切遅れることなく、老年の上森人の後ろにつき続けた。

 僅かな疲労を吐き出すように深呼吸すると、突如として広がった広めの空間を見渡す。

 岩の洞からいつの間にか木の洞の中になっていたようで、彼らがいるのは大樹の中のようだ。

 その割には明るく、陽光に晒されているかのように蒸し暑いが。

 ローグハンターは額に浮かぶ汗を拭い、同じく汗を拭っていた老年の上森人に声をかけた。

 

「それで、次は何だ」

 

「あれじゃ」

 

 老年の上森人はそう言うと、空間の一角を指差した。

 壁の一部がへこみ、そこには何やら凝った装飾の杯━━おそらく真の銀(ミスリル)製だろう━━が鎮座している。

 へこみの天板から伸びる根から一滴ずつ垂れる水滴を受け止め、中にはかなりの量が溜まっているようだ。

 ローグハンターは(いぶか)しながらも杯に近づき、そっと中身を覗きこんだ。

 溜まった水分はかなりの透明度なのか、水面を走る波紋以外は何も見えない。

 

「……これは?」

 

「分かりやすく言えば、霊薬かの」

 

「霊薬と言われてもな……」

 

 ローグハンターが警戒しながら肩を竦めると、老年の上森人はため息を吐き、「ふんぬ!」と気合い一閃と共に杯を持ち上げた。

 落とさぬように両手で杯を支えつつ、詩を唄うように言う。

 

「汝が血に刻まれた使命を知りたくば、この試練を受けよ」

 

「汝が光から闇へと堕つる覚悟があるならば、この試練を越えよ」

 

「汝が正義をなさんとするのなら、己が正義を示せ」

 

 その三節を口にすると老年の上森人は杯を差し出す。

 古強者の気迫と共に放たれた詩に、ローグハンターは思わず後退る。

 試練とは何か、そもそもその霊薬とは何だと聞きたいことは山ほどあるが、その疑問はすぐに失せた。

 霊薬を飲めば全てがわかる。彼の第六感が、そう告げているのだ。

 ローグハンターは自分の胸に手を当て深呼吸すると、杯を手に取った。

 僅かに揺れる水面から、一息で飲み干せる量であると判断する。

 そもそも全て飲む必要があるのかもわからない。

 だが、彼はその中身を、一息で全てをあおって見せた。

 最後の一滴に至るまで飲み干した瞬間、彼は目を見開きながら喉を押さえ、膝から崩れ落ちた。

 視界が霞み、全身に力が入らず、意識もはっきりとしない。

 

「汝が運命を己が決めると言うのなら━━━」

 

 自分の心音さえも霞んで聞こえる中で、老年の上森人の声だけが妙に澄んで聞こえる。

 どうにか体を転がして仰向けになると、神妙な面持ちの老年の上森人と目があった。

 そして、最後の言葉を口にする。

 

「━━━タカの道を行くと良い」

 

 その言葉を最後に、ローグハンターの意識は暗闇へと落ちていった━━━………。

 

 

 

 

 

 空を飛ぶとは、こんな感覚を言うのだろうか。

 ローグハンターは自分が鷹になったかのような錯覚を覚えつつ、風を切り裂き飛ぶ感覚を堪能していた。

 夢を見ているだけなのだろうが、たまにはこんな夢もいい。最近は嫌な夢ばかりを見る。

 眼下に広がる森を川を見下ろし、好奇心のまま雲の中に飛び込ぶ。

 

『……━━━ごめんな』

 

 ふと、とても懐かしい声が聞こえた。

 瞬間景色が変わり、どこかの家の一室となる。

 強盗にでも襲われたのか家具が散乱し、血の気の失せた女性が倒れている。

 そして蒼い瞳の幼い子供を抱き寄せて、男が涙を流していた。

 

 ━━━この時から、全てが始まったのだ。

 

 再び景色が変わり、どこかの島。

 

『あー、大佐?この少年は?』

 

『そうか、マスターコーマックには紹介していなかったな。少年、挨拶してくれ』

 

 自分にとっての恩人の二人が、見るからに無愛想な少年に目を向けていた。

 結局少年は『よろしく』程度の挨拶しかせず、大佐と呼ばれた男性とマスターコーマックを困らせる。

 再び景色が変わり、氷によって作られた大地の上。

 

『二人とも、待ってくれ!』

 

 男性と少年がとあるアサシンにとどめを刺そうとした時、待ったがかかった。

 二人は刃が喉を裂くギリギリで寸止めすると、マスターコーマックが慌てて駆け寄り、二人に言う。

 

『何の慈悲もなく、一体どんな世界がつくれると言うんだ!もうこいつに従う者はいない、それに、遺跡の事を知る人物を残しておかないと、また同じことが繰り返される!』

 

『……一理ある。おまえも剣を下げろ』

 

『……わかった』

 

 マスターコーマックの言葉に男性と剣を納め、少年は悔しがるように歯を食い縛りながら刃を下げる。

 

 ━━━俺の戦い(復讐)は、ここで終わっても良かった筈なのに。

 

 また場面が切り替わり、桟橋の上。

 

『お別れだな、少年』

 

『そう、だな』

 

 マスターコーマックと少年が向き合い、何かを話していた。

 僅かに俯く少年の頭を乱暴に撫で、マスターコーマックは『じゃあな』と一言告げて船に乗り込む。

 少年は撫でられた頭に自分の手を置くと、想いをぶつけるようにマスターコーマックに言う。

 

『先生!また会えるかな!』

 

 初めて先生と呼ばれたからか、珍しく少年が声を張り上げたからか、マスターコーマックは一瞬驚きながらも笑みを浮かべた。

 

『! ああ、お互いに運が掴めれば』

 

『そうか。そうだな……』

 

 再び俯いた少年に、先生は言う。

 

『忘れるな、少年。運は自分で掴むものだ』

 

『ああ、忘れない。必ず』

 

『なら良い。出航だ!』

 

『『『『ヤッター!!!!』』』』

 

 先生の号令に、愉快な船員たちが応えた。

 

 ━━━果たせる訳もない、約束をしていた。

 

 場面が切り替わる。

 嵐に襲われた船の上で切り結ぶ二つの影。

 忘れるわけがない。自分がこちらに来る前の最後の戦いだ。

 

『真実はなく、許されぬこともない』

 

 場面が切り替わる。

 どこかの礼拝堂に集ったアサシンたちが、彼らの信条(クリード)を口にし、団結を強める場面だ。

 

 ━━━正義の反対は悪とは限らないのかもしれない。

 

 場面が切り替わる。

 

『真実が存在しないのなら、なぜ何かを信じる。全てが許されるなら、なぜ欲望のままに生きない』

 

 夢ばかりを追いかけていたならず者(ローグ)が、信念を身に纏い、一人の男として、アサシンとして戦う場面だ。

 

 ━━終わりなどない、未完全な信条なのだろう。

 

 場面が切り替わる。

 フードを被った男が、たった一人で戦う場面だ。

 悪を斬り弱きを助け、また悪を斬り、斬って、斬る。

 助けた人々からも恐れられ、仲間からも恐れられ、自ら進んで孤独となっていく男に、一人の女性が寄り添った。

 透けるように美しい銀色の髪。希望と想いのこもった銀色の瞳。

 彼女は太陽のような優しい笑みを浮かべ、血に塗れた男の手を取った。

 男は不器用に笑みを返して見せると彼女の手を離れ、再びどこかへと歩き出す。

 

 ━━━いつの間にか、俺の帰る場所になっていた。これから先も、そのままだろう……。

 

 場面が変わる。

 石とも大理石とも違う珍妙な材質に囲まれた一室に、あるのはたった一つの玉座だけ。

 玉座に腰かけるのは白いローブに身を包んだ一人のアサシン。

 その背後にいるのは金色に輝く人影。

 

 ━━━ああ、おまえが……。

 

 二人とローグハンターの視線が、本来交わる筈もない視線が、ほんの一瞬だけ、確かに交わった━━………。

 

 

 

 

 

「━━……ッ!?」

 

「おお、戻ってきたの」

 

 ローグハンターは目を覚まし、老年の上森人を睨もうと顔をあげるが、その瞬間に身を固めた。

 なぜ自分が自分を見ている。そもそも、なぜ爺さんの肩に乗っている。

 混乱するローグハンターを他所に、老年の上森人は言う。

 

「落ち着いて、深呼吸じゃ。気をしっかり持て」

 

「あ、ああ……」

 

 掠れた声を漏らしつつ、目を閉じて深呼吸。

 ゆっくりと目を開き、瞬きを繰り返して視界が元に戻った事を確認。

 ホッと胸を撫で下ろし、笑う膝を叩いて気合いを入れ、軽く唸りながら立ち上がる。

 

「い、一体、何が……」

 

 震える自分の手を見つめ、それを抑えるようにぎゅっと握り締める。

 老年の上森人は髭をしごき、「何を見た」と問いかけた。

 

「俺が戦い始めた動機。先生との出会いと戦いの終わり。先生との別れ、あいつへの想い」

 

 血が滲むほど拳を握り締め、殺気を込めた瞳をどこかへと向けた。

 

「俺を呼んだ奴の姿が、ぼんやりと」

 

「そうか」

 

 老年の上森人が言うと彼の肩に乗った鷲が騒ぎ始め、ローグハンターはハッとして彼に言う。

 

「ああ、すまん。怖がらせたか」

 

「いや、それが聞きたかった。やはり、アルタイルが言っておったのはお主だったか」

 

 僅かな悲哀の色が込められた言葉に、ローグハンターは首を傾げる。

 

「何を考えている。まあ、どうでも良いが」

 

 そう言うと肩を竦め、「これで終わりか?」と問いかけた。

 

「いや、まだじゃ」

 

「むぅ。早くあいつの所に戻りたいんだが……」

 

「すぐに終わるとも。こっちじゃ」

 

 老年の上森人はそう言うと洞の壁を這う蔦を登り始めた。

 その姿を目で追ったローグハンターは、そう言えば視界が広いなと左瞼を撫でる。

 頑なに開かなかった目が、今は普通に開くようになっている。先程の霊薬は、強力な水薬(ポーション)でもあったのだろうか。

 老年の上森人が行ってしまった為か、ローグハンターの肩に乗った鷲が急かすように耳元で鳴く。

 

「キィッ!」

 

「ああ、すまん。すぐに登る」

 

 慣れた動作で蔦を伝って壁をよじ登り、老年の上森人に追い付くのには余り時間はかからなかった。

 壁をよじ登って足場にたどり着くと、それ(・・)はあった。

 それを目にしたローグハンターは言葉を失い、そっと手を伸ばす。

 

「アルタイルが残した『鎧と剣と弓』じゃ。あやつのリンゴの力を込めた結果なのか、黒く変色した真の銀(ミスリル)を使ったもの。鎧の方は冗談だと思えるほどに硬く、軽い。剣の方は柔らかく、鋭い。弓のほうも同じくじゃ。弓だけでものが切れるほどじゃぞ?手伝った儂ですら、本当によく分からない代物じゃよ」

 

 そこに鎮座していたのは、鈍く光を反射する鎧と鷲の頭を模した柄頭の黒い剣。

 そして獲物に向け襲いかかる鷹を思わせる形の弓と、何も入っていない革製の矢筒。

 ローグハンターは鎧に手を触れ、金属特有の冷たさを感じとる。

 

「アルタイルからの贈り物。受け取るか否かは、お主が決めると良い」

 

 老年の上森人はそう言うと、壁伝いに下へと降りていった。

 洞の奥へと消えていった彼の背中を見送ると、ローグハンターは改めて鎧を見た。

 部位は胴鎧と籠手━━指が露出するものだ━━と脚甲だけ。見る限り防げない部分も多いが、動きを阻害しないようへの工夫だろう。

 全てが黒で統一され、縁には暗い赤色の線が刻まれている。よく見れば、何やら複雑な紋様が刻まれているようだ。

 だが、何かが足りない。何か大事なものが欠けて……。

 

「ああ、そういうことか」

 

 ローグハンターは苦笑を漏らし、自身が纏うローブに目を向けた。

 色合いから大きさまで、この鎧はこのローブの上から付けることを前提としているのだろう。

 服だけ貰い、鎧を持っていかないというのは、遺してくれたアルタイルにも失礼だ。

 

 ━━━なら、貰うとしよう。

 

 そう判断するが早いか、ローグハンターは初めての筈なのに淀みなく鎧を纏っていく。

 ローブ越しでも妙に体にフィットするそれは、彼のために用意された錯覚を覚えさせるが、どうせ偶然だろうと思考を切り上げる。

 ローブごと手を覆うように取り付けた籠手の具合を確かめ、右手のアサシンブレードの抜刀に支障がないかを確認。

 そして、左手の籠手を━━刻まれたアサシンの紋様は気にしないで━━着けるとハッとした。

 それを確かめるように小指を動かすと、籠手から音もなく刃が飛び出す。

 しばらく『四方世界で造られた最初の刃(アサシンブレード)』眺めると、今度は刃の根本に目を向ける。

 雪山の小鬼暗殺者が使っていたものと同じように、とても小さな筒がついているのだ。

 それを確かめるのは後だと意識を切り替えるとアサシンブレードを納刀し、ローブの下に胴鎧をつけ、肩を回して具合を確かめる。

 最後に脚甲を履き、とんとんと爪先で床を叩いて微調整。

 鎧を着込んでも動きを妨げる事はなく、ローブの裾がマントのようにどこからか入り込んだ風で揺れる。

 アルタイルはそれを狙って設計したのだろうか。

 最後に壁に立て掛けられた黒き真の銀(ミスリル)の剣を手に取り、軽く素振り。

 黒くなっているとはいえ、真の銀(ミスリル)であることに違いはない。とても軽い筈なのに、不思議な事に手に馴染む。

 満足げに頷くと腰帯に吊るし、弓の弦を調子を確かめて矢筒と共に背に回す。

 準備完了、いざ来た道を戻ろうと下を覗き込むと━━………。

 

「む……?」

 

 出入口が見当たらず、ローグハンターは小さく唸った。

 ローグハンターは困り顔で頬を掻き、タカの眼を発動させた。

 誰かの幻影が壁をよじ登り、はるか上に見える穴へと消えていく。

 あそこからなら出られるだろう。

 ローグハンターは肩を竦め、壁を這い回る蔦へと手を伸ばした。

 いつも通りに上へ上へと登り、時には左右に体を揺らす。

 幻影に追い付き穴へと潜ると、突き刺さる陽光に目をやられる。

 目を腕で庇いつつ一歩ずつ進み、そして彼は見たのだ。

 こちらに振り向き、不敵な笑みを浮かべるアルタイルの姿を。

 彼に導かれるように、ローグハンターはアルタイルの背を追いかけた。

 

 

 

 

 

 森人の里の大広間。

 昨日まで宴の会場となっていたその場所に、里中の森人と出立の準備を整えた冒険者たちが集っていた。

 いまだ婚礼の余韻に浸る輝く兜の森人は、上機嫌そうに冒険者たちに言う。

 

「またいつでも来ると良い。我々はいつでも歓迎する」

 

「もう、あに様ったら。格好つけちゃってさ」

 

 妖精弓手が茶化すが、輝く兜の森人はどこ吹く風と気にした様子はない。

 他の冒険者たちが彼の変化に苦笑を漏らすなか、銀髪武闘家が周囲を見渡して訊く。

 

「ねえ、彼知らない?起きたらどこにもいなかったんだよね」

 

「彼?ああ、あのタカの眼を━━━」

 

「彼ならすぐに戻って来るじゃろうよ」

 

 輝く兜の森人の言葉を遮り、老年の上森人がそう告げた。

 噂をすればなんとやら、一際大きい鷲の鳴き声が大広間に響く。

 風と共に舞い込んだ一羽の鷲が、彼の腕にとまる。

 

「おっと、予想以上に早いの……」

 

 老年の上森人はそう言うと、大樹のはるか上を見上げた。

 他の面々もつられるように見上げると、その多くは目を見開いて驚きを露にする。

 

「ちょ!何であんなところにいるの!?」

 

 銀髪武闘家が、大きく取り乱しながら老年の上森人に詰め寄った。

 彼らの視線の先。大樹の頂に程近い枝の上に、彼の姿があったのだ。

 もはや黒い点にしか見えまいが、それが彼である事はなぜかわかる。

 細い枝の上に仁王立ち、両手を広げて全身で風を受けている。

 彼を見守るように鷲が大樹の回りを飛び、再び鳴く。

 その声を合図として、老年の上森人が声を張り上げた。

 

「汝が運命は己が決めよ!汝が何を成すかは己が決めよ!」

 

 彼の声にあわせてざわり、ざわりと森が騒ぎ始め、大きく木々が揺れる。

 老年の上森人は空気を吸い込み、更に声を張り上げた。

 

「皆のもの、刮目せよ!若き鷹の巣立ちの時だ!」

 

 彼の姿を見る全ての者が、森が、森人が、冒険者が、そして天上の神々が、息を呑んだ。

 老年の上森人は不敵に笑むと、高らかに宣言する。

 

「行け、若き鷹よ!この世に真実などなく、許されぬことなどないのだから!」

 

 その声は、ローグハンターにも届いただろう。

 大樹に立つ彼は答礼をするように、両手を広げて(イーグル)身を投げた(ダイブ)

 彼と共に飛ぶアルタイルの姿を幻視し、老年の上森人は微笑みを浮かべ、何も知らぬ誰かの口からは声にならない悲鳴があがる。

 その時、不思議な事が起こった。

 大広間の天上となっている枝たちが独りでに動き、彼を受け止めんとしているのだ。

 枝により彼の姿を見ることは叶わないが、「バサッ!」と何かが落ちてきた音だけが彼らの耳に届く。

 枝たちが役目を終えたとばかりに元の位置に戻って行くなかで、彼は大広間の中央に降り立った。

 爪先から膝までを覆う脚甲。

 手首と手の甲を重点的に守る籠手。

 心臓と臓器を守る胴鎧。

 獲物を狙う鷹を思わせる形状の弓を担ぎ、極めつけは柄頭に鷲の頭を模した装飾の施された『黒き鷲(アルタイル)の剣』。

 その全てが黒き真の銀(ミスリル)により鍛えられ、上森人の鍛冶師により様々な加護の施された、この世界に二つとない希少な武具。

 それらを身につけた彼は目深くフードを被っているが、右の瞳は蒼の、左の瞳は金の輝きを放っている。

 不意に挙げた右腕に天高く飛んでいた鷲がとまり、一声鳴いた。

 ローグハンターはフードを脱ぎ、仲間たちに言う。

 

「すまん、遅れた」

 

 いつものように悪びれた様子もなく言うと、冒険者たちは目を合わせてぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 受付嬢と牛飼娘に関しては、完全に放心していた。

 銀髪武闘家だけがふらりと歩き出し、ニコニコと笑うローグハンターに抱き付いた。

 空気を読んでか、鷲は飼い主たる老年の上森人の元へ飛ぶ。

 銀髪武闘家は彼を離さないようにぎゅっと力を入れ、耳元で囁いた。

 

「流石に、今のはヒヤッとしたよ……?」

 

「すまん」

 

 そっと彼女の肩を抱くと僅かばかり体を離し、老年の上森人に目を向けた。

 

「色々と世話になった」

 

「おうともさ。いつでも戻って参れ」

 

「それはどうだろうな」

 

 彼の本当の居場所である銀髪武闘家の顔を横目で見ながら言うと、仲間たちにも目を向ける。

 

「それじゃあ、帰るか」

 

「うん!」

 

 こうして、冒険者たちは森人たちの大歓声を受けながら里を去っていった。

 小さくなっていく彼らの背中を眺めつつ、老年の上森人は自分の腕にとまる鷲に目を向けた。

 

「お主も行くのか?」

 

「キィ!」

 

 鷲は一鳴きで答えると、彼らを追って飛び立った。

 ローグハンターの頭に止まった鷲の姿に苦笑を漏らすと、彼に誰かが話しかける。

 

「じーさま、じーさま」

 

「ん?どうした、幼き娘よ」

 

「あの頭巾の人、何て言うの?」

 

 好奇心に駆られたのだろう。上森人の少女が老年の上森人にそう問いかけた。

 老年の上森人はしばし迷い、そして少女の髪を撫でながら言う。

 

「なに、あの若者は冒険者(・・・)。ちょいと特別な、どこにでもいる冒険者の一人じゃよ」

 

「ぼーけんしゃ……」

 

 上森人の少女はその言葉を噛み締め、彼の背中を目に焼き付ける。

 

「私も、なれるかな?」

 

「なれるとも。言ったじゃろう?この世に許されぬことなどないと」

 

 少女の問いかけにわざとらしく笑いながら答え、老年の上森人は疲れ顔でため息を吐く。

 

「━━友よ。約束は、ここに果たしたぞ」

 

 もうこの世界にはいない。きっとこの世にもいない友人への、たった一言の報告。

 彼を労うように、森が優しく笑い、ローグハンターの頭の上に乗った鷲が天へと飛び上がった。

 まるで、アルタイルが里を去っていった時のように。

 何百年経っても変わることのない優しい風が、冒険者たちの背を押した。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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