輝ける兜の森人と花冠の森姫の婚約から四日後。
森人の里、天を貫かんと伸びる大樹の根元。
里そのものを支えていると言っても過言ではないその大樹の根は、一つ一つが太く、堅い。
ローグハンターはその一つに手を添えながら、周囲を見渡した。
老年の上森人の指定した約束の時間には、遅れていない筈だ。
だが、肝心の老人がいない。木の周辺をぐるりと一周したが、それでも見つける事は出来なかった。
雲一つない空から降り注ぐ陽光に、ローグハンターは額の汗を拭うと目深くフードを被った。
陽が天頂に至る頃と言っていたのだから、早すぎたという訳ではないだろう。宴会で飲み過ぎて潰れた、という可能性もあるか。
腕を組んで小さく唸ると、ふと視線を感じてタカの眼を発動し、周囲を見渡す。
そして、すぐに見つけた。
成長し過ぎたが故に、地面から剥き出しになった大樹の根の影に隠れる小さな青い影。
敵ではないようだが、こちらの事を警戒はしているようだ。
彼は小さく肩を竦めると、タカの眼を解除して青い影に近づき、そして、
「俺に何か用か」
「ひゃ!?」
何の躊躇いもなく声をかけた。
声をかけられた側は変な声を出しながら尻餅をつき、驚いた表情でローグハンターを見上げている。
そこにいたのは子供森人だった。ワンピースを思わせる服と顔立ちからおそらく女の子。
加えて普通の森人よりも耳が長い所を見るに、上森人であるようだ。
新芽を思わせる優しい緑色の髪と同色の瞳が、何とも美しい。
上森人の少女は立ち上がる様子もなく、目に涙を溜めて少々怯えている様子だ。
考えてみて欲しい。気づかれていないと思っていたのにいきなり声をかけられ、その男の顔は傷だらけ。
しかもそれが彼女が初めて見る異種族だとしたら、むしろ怯えるなと言う方が無理だろう。
ローグハンターはとりあえず安心させようと出来るだけ優しい笑みを浮かべ、少女に訊く。
「驚かせて申し訳ない。その、上森人の爺さんを知らないか?」
「じーさん?じーさまの事?」
「多分な。どこにいるか━━━」
知らないかと続けようとした時だ。
不意に「キィーッ!」と何かが鳴いた。
同時にローグハンターの頭の上に何かが乗り、フード越しに頭を啄んでくる。
地味に痛いそれをどうにかしようと頭を振ると、頭の上の何かがばさりと羽ばたいて地面へと降りた。
そこにいたのは一羽の鷲だった。
上森人の少女も突然の登場に興味を持ったのか、意識は完全にそちらを向いている。
「すまぬ、待たせたの」
次いで聞こえたのは老人の声。
木の根の上にいたようで、声は上から聞こえてきた。
ローグハンターは僅かに不機嫌そうに息を吐くと、鷲と戯れる少女から視線を外し、根の上を見上げた。
「若者よ、その子が迷惑をかけたようじゃな」
根の上に立つ老年の上森人はそう言うと飛び降り、ローグハンターの前へと立った。
「いや、そこまで迷惑でもなかったさ。それよりもどこにいた」
上森人の少女に一瞥くれてから言うと、老年の上森人は髭をしごきながら言う。
「色々と準備と確認をな。さて、行くとしようか」
老年の上森人が言いながら腕を挙げると、少女と戯れていた鷲がその腕にとまる。
「随分と、なつかれているんだな」
「なに、こやつとは長い付き合いでの。この木の上に巣があるんじゃよ」
ローグハンターが余り興味なさそうに「ほぉ……」と息を吐くと、老年の上森人は「よくいなくなるがの」と付け加えて果実を一つ差し出す。
鷲がそれを一呑みにする様を眺めつつ、老年の上森人は髭をしごいた。
「元より自然の中にいるものじゃ。儂の意志は関係ないのじゃろうて」
「そんなものか」
「それに、少し前に子供が産まれての」
「森人の少しは、何年前だ」
「はて、何年前かのぉ……?」
最後の最後で首を傾げた老年の上森人の姿にローグハンターがため息を吐くと、二人の話を聞いていた上森人の少女がローグハンターのローブの裾を引いた。
「ん、どうかしたのか?」
「これからどこいくの?」
「俺にもわからん」
ローグハンターが肩を竦めると、老年の上森人が優しく上森人の少女の髪を撫でながら笑う。
「ほっほっほっ!なに、ちょっとした儀式をしに行くだけじゃよ」
「みにいっていい?」
「駄目じゃ。そこに行くまでが危険での」
「そっか……」
しゅんとする上森人の少女の姿に、ローグハンターはふと既視感を感じた。
まだ幼かった
ローグハンターは困り顔で頭を掻くと、片膝をついて少女と視線を合わせた。
そしてニコッと優しげに笑うと、そっと髪を撫でる。
「おまえが大きくなったら、その場所を見に行けば良い。知らない場所に行くのも、良いものだ」
「……うん」
少々照れた様子で頷く上森人の少女に頷き返すと、ローグハンターは立ち上がった。
「よし。で、どこに行くんだ?」
老年の上森人に問いかけると鷲が飛び立っていき、「こっちじゃ」とだけ告げて歩き出した。
ローグハンターはその背に続いて歩き出そうとするが、一旦止まって少女の方へと振り向く。
「それじゃあ、またな」
「……うん」
上森人の少女が頷き、どこかへ駆けていくのを見送ると、老年の上森人の背を追いかけて走り出す。
尤もゆっくりと歩いてくれていたようで、そこまで距離は離されていない。
すぐさま追い付くと、老年の上森人は髭をしごきつつ言った。
「今いる上森人の子供はあの子だけでな。周りのと少しばかりの距離があるのじゃよ」
「まあ、かなり人見知りしていそうではあったが……」
女の子の姿を思いだしながら言うと、老年の上森人は根と根の間に隠された洞へと潜って行った。
ローグハンターもその後に続き、洞へと体を潜り込ませる。
そして一歩目を踏み出した瞬間、足を滑らせた。
「ッ!?」
声をあげる暇もなく闇の中へと引きずりこまれると、滑り台に乗った子供のように斜面を滑り落ちていく。
途中で体が宙に放り出されたかと思うと、次いで感じたのは重力に引きずり込まれる感覚。
しばしの浮遊感を感じると、今度は慣れ親しんだ干し草とは似て非なる感覚に受け止められた。
何重にも絡んだ蔦の山。今回はそれが体を受け止めてくれたようだ。
はるか頭上に見える陽の光を眺めつつ放心していると、先に到着していた老年の上森人が咳払いをした。
その声にハッとして、蔦の山から這い出る。
「せめて一言説明が欲しかったが、どこだ」
「洞の底の、また底じゃ」
老年の上森人が言うように、そこは岩肌が剥き出しの洞窟だった。
光る苔や茸が生えている為か、中は思いの外明るい。
「では、付いて参れ」
老年の上森人はそう言うと、返事を待たずに走り出した。
ローグハンターは小さく肩を竦めると走り出し、慣れた様子で洞窟内を進んでいく老年の上森人を追いかける。
途中にある穴を飛び越え、足場代わりに剥き出しとなった木の根の上を疾走する。
完全にフリーランが出来る前提で作られた道は、人為的なものだろう。天然ではここまで見事なものにはならない筈だ。
剥き出しの根に手をかけて反動をつけて飛び、大きめの穴を飛び越える。
この程度なら慣れたものだ。何の問題もない。
そんなフリーランを続けること数分か、あるいは数十分か、老年の上森人が目指している先に、一条の光が見て取れた。
「あそこか」
「そうじゃ。ほれ、ちゃんと付いて参れよ」
老年の上森人はそう言うと、更に速度を上げて駆けていく。
負けじとローグハンターも速度をあげ、食らいつく。
森人と只人の身体能力には、埋められない程の差があるのだが………。
「到着じゃ」
「……ふぅ」
ローグハンターは一切遅れることなく、老年の上森人の後ろにつき続けた。
僅かな疲労を吐き出すように深呼吸すると、突如として広がった広めの空間を見渡す。
岩の洞からいつの間にか木の洞の中になっていたようで、彼らがいるのは大樹の中のようだ。
その割には明るく、陽光に晒されているかのように蒸し暑いが。
ローグハンターは額に浮かぶ汗を拭い、同じく汗を拭っていた老年の上森人に声をかけた。
「それで、次は何だ」
「あれじゃ」
老年の上森人はそう言うと、空間の一角を指差した。
壁の一部がへこみ、そこには何やら凝った装飾の杯━━おそらく
へこみの天板から伸びる根から一滴ずつ垂れる水滴を受け止め、中にはかなりの量が溜まっているようだ。
ローグハンターは
溜まった水分はかなりの透明度なのか、水面を走る波紋以外は何も見えない。
「……これは?」
「分かりやすく言えば、霊薬かの」
「霊薬と言われてもな……」
ローグハンターが警戒しながら肩を竦めると、老年の上森人はため息を吐き、「ふんぬ!」と気合い一閃と共に杯を持ち上げた。
落とさぬように両手で杯を支えつつ、詩を唄うように言う。
「汝が血に刻まれた使命を知りたくば、この試練を受けよ」
「汝が光から闇へと堕つる覚悟があるならば、この試練を越えよ」
「汝が正義をなさんとするのなら、己が正義を示せ」
その三節を口にすると老年の上森人は杯を差し出す。
古強者の気迫と共に放たれた詩に、ローグハンターは思わず後退る。
試練とは何か、そもそもその霊薬とは何だと聞きたいことは山ほどあるが、その疑問はすぐに失せた。
霊薬を飲めば全てがわかる。彼の第六感が、そう告げているのだ。
ローグハンターは自分の胸に手を当て深呼吸すると、杯を手に取った。
僅かに揺れる水面から、一息で飲み干せる量であると判断する。
そもそも全て飲む必要があるのかもわからない。
だが、彼はその中身を、一息で全てをあおって見せた。
最後の一滴に至るまで飲み干した瞬間、彼は目を見開きながら喉を押さえ、膝から崩れ落ちた。
視界が霞み、全身に力が入らず、意識もはっきりとしない。
「汝が運命を己が決めると言うのなら━━━」
自分の心音さえも霞んで聞こえる中で、老年の上森人の声だけが妙に澄んで聞こえる。
どうにか体を転がして仰向けになると、神妙な面持ちの老年の上森人と目があった。
そして、最後の言葉を口にする。
「━━━タカの道を行くと良い」
その言葉を最後に、ローグハンターの意識は暗闇へと落ちていった━━━………。
空を飛ぶとは、こんな感覚を言うのだろうか。
ローグハンターは自分が鷹になったかのような錯覚を覚えつつ、風を切り裂き飛ぶ感覚を堪能していた。
夢を見ているだけなのだろうが、たまにはこんな夢もいい。最近は嫌な夢ばかりを見る。
眼下に広がる森を川を見下ろし、好奇心のまま雲の中に飛び込ぶ。
『……━━━ごめんな』
ふと、とても懐かしい声が聞こえた。
瞬間景色が変わり、どこかの家の一室となる。
強盗にでも襲われたのか家具が散乱し、血の気の失せた女性が倒れている。
そして蒼い瞳の幼い子供を抱き寄せて、男が涙を流していた。
━━━この時から、全てが始まったのだ。
再び景色が変わり、どこかの島。
『あー、大佐?この少年は?』
『そうか、マスターコーマックには紹介していなかったな。少年、挨拶してくれ』
自分にとっての恩人の二人が、見るからに無愛想な少年に目を向けていた。
結局少年は『よろしく』程度の挨拶しかせず、大佐と呼ばれた男性とマスターコーマックを困らせる。
再び景色が変わり、氷によって作られた大地の上。
『二人とも、待ってくれ!』
男性と少年がとあるアサシンにとどめを刺そうとした時、待ったがかかった。
二人は刃が喉を裂くギリギリで寸止めすると、マスターコーマックが慌てて駆け寄り、二人に言う。
『何の慈悲もなく、一体どんな世界がつくれると言うんだ!もうこいつに従う者はいない、それに、遺跡の事を知る人物を残しておかないと、また同じことが繰り返される!』
『……一理ある。おまえも剣を下げろ』
『……わかった』
マスターコーマックの言葉に男性と剣を納め、少年は悔しがるように歯を食い縛りながら刃を下げる。
━━━俺の
また場面が切り替わり、桟橋の上。
『お別れだな、少年』
『そう、だな』
マスターコーマックと少年が向き合い、何かを話していた。
僅かに俯く少年の頭を乱暴に撫で、マスターコーマックは『じゃあな』と一言告げて船に乗り込む。
少年は撫でられた頭に自分の手を置くと、想いをぶつけるようにマスターコーマックに言う。
『先生!また会えるかな!』
初めて先生と呼ばれたからか、珍しく少年が声を張り上げたからか、マスターコーマックは一瞬驚きながらも笑みを浮かべた。
『! ああ、お互いに運が掴めれば』
『そうか。そうだな……』
再び俯いた少年に、先生は言う。
『忘れるな、少年。運は自分で掴むものだ』
『ああ、忘れない。必ず』
『なら良い。出航だ!』
『『『『ヤッター!!!!』』』』
先生の号令に、愉快な船員たちが応えた。
━━━果たせる訳もない、約束をしていた。
場面が切り替わる。
嵐に襲われた船の上で切り結ぶ二つの影。
忘れるわけがない。自分がこちらに来る前の最後の戦いだ。
『真実はなく、許されぬこともない』
場面が切り替わる。
どこかの礼拝堂に集ったアサシンたちが、彼らの
━━━正義の反対は悪とは限らないのかもしれない。
場面が切り替わる。
『真実が存在しないのなら、なぜ何かを信じる。全てが許されるなら、なぜ欲望のままに生きない』
夢ばかりを追いかけていた
━━終わりなどない、未完全な信条なのだろう。
場面が切り替わる。
フードを被った男が、たった一人で戦う場面だ。
悪を斬り弱きを助け、また悪を斬り、斬って、斬る。
助けた人々からも恐れられ、仲間からも恐れられ、自ら進んで孤独となっていく男に、一人の女性が寄り添った。
透けるように美しい銀色の髪。希望と想いのこもった銀色の瞳。
彼女は太陽のような優しい笑みを浮かべ、血に塗れた男の手を取った。
男は不器用に笑みを返して見せると彼女の手を離れ、再びどこかへと歩き出す。
━━━いつの間にか、俺の帰る場所になっていた。これから先も、そのままだろう……。
場面が変わる。
石とも大理石とも違う珍妙な材質に囲まれた一室に、あるのはたった一つの玉座だけ。
玉座に腰かけるのは白いローブに身を包んだ一人のアサシン。
その背後にいるのは金色に輝く人影。
━━━ああ、おまえが……。
二人とローグハンターの視線が、本来交わる筈もない視線が、ほんの一瞬だけ、確かに交わった━━………。
「━━……ッ!?」
「おお、戻ってきたの」
ローグハンターは目を覚まし、老年の上森人を睨もうと顔をあげるが、その瞬間に身を固めた。
なぜ自分が自分を見ている。そもそも、なぜ爺さんの肩に乗っている。
混乱するローグハンターを他所に、老年の上森人は言う。
「落ち着いて、深呼吸じゃ。気をしっかり持て」
「あ、ああ……」
掠れた声を漏らしつつ、目を閉じて深呼吸。
ゆっくりと目を開き、瞬きを繰り返して視界が元に戻った事を確認。
ホッと胸を撫で下ろし、笑う膝を叩いて気合いを入れ、軽く唸りながら立ち上がる。
「い、一体、何が……」
震える自分の手を見つめ、それを抑えるようにぎゅっと握り締める。
老年の上森人は髭をしごき、「何を見た」と問いかけた。
「俺が戦い始めた動機。先生との出会いと戦いの終わり。先生との別れ、あいつへの想い」
血が滲むほど拳を握り締め、殺気を込めた瞳をどこかへと向けた。
「俺を呼んだ奴の姿が、ぼんやりと」
「そうか」
老年の上森人が言うと彼の肩に乗った鷲が騒ぎ始め、ローグハンターはハッとして彼に言う。
「ああ、すまん。怖がらせたか」
「いや、それが聞きたかった。やはり、アルタイルが言っておったのはお主だったか」
僅かな悲哀の色が込められた言葉に、ローグハンターは首を傾げる。
「何を考えている。まあ、どうでも良いが」
そう言うと肩を竦め、「これで終わりか?」と問いかけた。
「いや、まだじゃ」
「むぅ。早くあいつの所に戻りたいんだが……」
「すぐに終わるとも。こっちじゃ」
老年の上森人はそう言うと洞の壁を這う蔦を登り始めた。
その姿を目で追ったローグハンターは、そう言えば視界が広いなと左瞼を撫でる。
頑なに開かなかった目が、今は普通に開くようになっている。先程の霊薬は、強力な
老年の上森人が行ってしまった為か、ローグハンターの肩に乗った鷲が急かすように耳元で鳴く。
「キィッ!」
「ああ、すまん。すぐに登る」
慣れた動作で蔦を伝って壁をよじ登り、老年の上森人に追い付くのには余り時間はかからなかった。
壁をよじ登って足場にたどり着くと、
それを目にしたローグハンターは言葉を失い、そっと手を伸ばす。
「アルタイルが残した『鎧と剣と弓』じゃ。あやつのリンゴの力を込めた結果なのか、黒く変色した
そこに鎮座していたのは、鈍く光を反射する鎧と鷲の頭を模した柄頭の黒い剣。
そして獲物に向け襲いかかる鷹を思わせる形の弓と、何も入っていない革製の矢筒。
ローグハンターは鎧に手を触れ、金属特有の冷たさを感じとる。
「アルタイルからの贈り物。受け取るか否かは、お主が決めると良い」
老年の上森人はそう言うと、壁伝いに下へと降りていった。
洞の奥へと消えていった彼の背中を見送ると、ローグハンターは改めて鎧を見た。
部位は胴鎧と籠手━━指が露出するものだ━━と脚甲だけ。見る限り防げない部分も多いが、動きを阻害しないようへの工夫だろう。
全てが黒で統一され、縁には暗い赤色の線が刻まれている。よく見れば、何やら複雑な紋様が刻まれているようだ。
だが、何かが足りない。何か大事なものが欠けて……。
「ああ、そういうことか」
ローグハンターは苦笑を漏らし、自身が纏うローブに目を向けた。
色合いから大きさまで、この鎧はこのローブの上から付けることを前提としているのだろう。
服だけ貰い、鎧を持っていかないというのは、遺してくれたアルタイルにも失礼だ。
━━━なら、貰うとしよう。
そう判断するが早いか、ローグハンターは初めての筈なのに淀みなく鎧を纏っていく。
ローブ越しでも妙に体にフィットするそれは、彼のために用意された錯覚を覚えさせるが、どうせ偶然だろうと思考を切り上げる。
ローブごと手を覆うように取り付けた籠手の具合を確かめ、右手のアサシンブレードの抜刀に支障がないかを確認。
そして、左手の籠手を━━刻まれたアサシンの紋様は気にしないで━━着けるとハッとした。
それを確かめるように小指を動かすと、籠手から音もなく刃が飛び出す。
しばらく『四方世界で造られた
雪山の小鬼暗殺者が使っていたものと同じように、とても小さな筒がついているのだ。
それを確かめるのは後だと意識を切り替えるとアサシンブレードを納刀し、ローブの下に胴鎧をつけ、肩を回して具合を確かめる。
最後に脚甲を履き、とんとんと爪先で床を叩いて微調整。
鎧を着込んでも動きを妨げる事はなく、ローブの裾がマントのようにどこからか入り込んだ風で揺れる。
アルタイルはそれを狙って設計したのだろうか。
最後に壁に立て掛けられた黒き
黒くなっているとはいえ、
満足げに頷くと腰帯に吊るし、弓の弦を調子を確かめて矢筒と共に背に回す。
準備完了、いざ来た道を戻ろうと下を覗き込むと━━………。
「む……?」
出入口が見当たらず、ローグハンターは小さく唸った。
ローグハンターは困り顔で頬を掻き、タカの眼を発動させた。
誰かの幻影が壁をよじ登り、はるか上に見える穴へと消えていく。
あそこからなら出られるだろう。
ローグハンターは肩を竦め、壁を這い回る蔦へと手を伸ばした。
いつも通りに上へ上へと登り、時には左右に体を揺らす。
幻影に追い付き穴へと潜ると、突き刺さる陽光に目をやられる。
目を腕で庇いつつ一歩ずつ進み、そして彼は見たのだ。
こちらに振り向き、不敵な笑みを浮かべるアルタイルの姿を。
彼に導かれるように、ローグハンターはアルタイルの背を追いかけた。
森人の里の大広間。
昨日まで宴の会場となっていたその場所に、里中の森人と出立の準備を整えた冒険者たちが集っていた。
いまだ婚礼の余韻に浸る輝く兜の森人は、上機嫌そうに冒険者たちに言う。
「またいつでも来ると良い。我々はいつでも歓迎する」
「もう、あに様ったら。格好つけちゃってさ」
妖精弓手が茶化すが、輝く兜の森人はどこ吹く風と気にした様子はない。
他の冒険者たちが彼の変化に苦笑を漏らすなか、銀髪武闘家が周囲を見渡して訊く。
「ねえ、彼知らない?起きたらどこにもいなかったんだよね」
「彼?ああ、あのタカの眼を━━━」
「彼ならすぐに戻って来るじゃろうよ」
輝く兜の森人の言葉を遮り、老年の上森人がそう告げた。
噂をすればなんとやら、一際大きい鷲の鳴き声が大広間に響く。
風と共に舞い込んだ一羽の鷲が、彼の腕にとまる。
「おっと、予想以上に早いの……」
老年の上森人はそう言うと、大樹のはるか上を見上げた。
他の面々もつられるように見上げると、その多くは目を見開いて驚きを露にする。
「ちょ!何であんなところにいるの!?」
銀髪武闘家が、大きく取り乱しながら老年の上森人に詰め寄った。
彼らの視線の先。大樹の頂に程近い枝の上に、彼の姿があったのだ。
もはや黒い点にしか見えまいが、それが彼である事はなぜかわかる。
細い枝の上に仁王立ち、両手を広げて全身で風を受けている。
彼を見守るように鷲が大樹の回りを飛び、再び鳴く。
その声を合図として、老年の上森人が声を張り上げた。
「汝が運命は己が決めよ!汝が何を成すかは己が決めよ!」
彼の声にあわせてざわり、ざわりと森が騒ぎ始め、大きく木々が揺れる。
老年の上森人は空気を吸い込み、更に声を張り上げた。
「皆のもの、刮目せよ!若き鷹の巣立ちの時だ!」
彼の姿を見る全ての者が、森が、森人が、冒険者が、そして天上の神々が、息を呑んだ。
老年の上森人は不敵に笑むと、高らかに宣言する。
「行け、若き鷹よ!この世に真実などなく、許されぬことなどないのだから!」
その声は、ローグハンターにも届いただろう。
大樹に立つ彼は答礼をするように、
彼と共に飛ぶアルタイルの姿を幻視し、老年の上森人は微笑みを浮かべ、何も知らぬ誰かの口からは声にならない悲鳴があがる。
その時、不思議な事が起こった。
大広間の天上となっている枝たちが独りでに動き、彼を受け止めんとしているのだ。
枝により彼の姿を見ることは叶わないが、「バサッ!」と何かが落ちてきた音だけが彼らの耳に届く。
枝たちが役目を終えたとばかりに元の位置に戻って行くなかで、彼は大広間の中央に降り立った。
爪先から膝までを覆う脚甲。
手首と手の甲を重点的に守る籠手。
心臓と臓器を守る胴鎧。
獲物を狙う鷹を思わせる形状の弓を担ぎ、極めつけは柄頭に鷲の頭を模した装飾の施された『
その全てが黒き
それらを身につけた彼は目深くフードを被っているが、右の瞳は蒼の、左の瞳は金の輝きを放っている。
不意に挙げた右腕に天高く飛んでいた鷲がとまり、一声鳴いた。
ローグハンターはフードを脱ぎ、仲間たちに言う。
「すまん、遅れた」
いつものように悪びれた様子もなく言うと、冒険者たちは目を合わせてぱちぱちと瞬きを繰り返す。
受付嬢と牛飼娘に関しては、完全に放心していた。
銀髪武闘家だけがふらりと歩き出し、ニコニコと笑うローグハンターに抱き付いた。
空気を読んでか、鷲は飼い主たる老年の上森人の元へ飛ぶ。
銀髪武闘家は彼を離さないようにぎゅっと力を入れ、耳元で囁いた。
「流石に、今のはヒヤッとしたよ……?」
「すまん」
そっと彼女の肩を抱くと僅かばかり体を離し、老年の上森人に目を向けた。
「色々と世話になった」
「おうともさ。いつでも戻って参れ」
「それはどうだろうな」
彼の本当の居場所である銀髪武闘家の顔を横目で見ながら言うと、仲間たちにも目を向ける。
「それじゃあ、帰るか」
「うん!」
こうして、冒険者たちは森人たちの大歓声を受けながら里を去っていった。
小さくなっていく彼らの背中を眺めつつ、老年の上森人は自分の腕にとまる鷲に目を向けた。
「お主も行くのか?」
「キィ!」
鷲は一鳴きで答えると、彼らを追って飛び立った。
ローグハンターの頭に止まった鷲の姿に苦笑を漏らすと、彼に誰かが話しかける。
「じーさま、じーさま」
「ん?どうした、幼き娘よ」
「あの頭巾の人、何て言うの?」
好奇心に駆られたのだろう。上森人の少女が老年の上森人にそう問いかけた。
老年の上森人はしばし迷い、そして少女の髪を撫でながら言う。
「なに、あの若者は
「ぼーけんしゃ……」
上森人の少女はその言葉を噛み締め、彼の背中を目に焼き付ける。
「私も、なれるかな?」
「なれるとも。言ったじゃろう?この世に許されぬことなどないと」
少女の問いかけにわざとらしく笑いながら答え、老年の上森人は疲れ顔でため息を吐く。
「━━友よ。約束は、ここに果たしたぞ」
もうこの世界にはいない。きっとこの世にもいない友人への、たった一言の報告。
彼を労うように、森が優しく笑い、ローグハンターの頭の上に乗った鷲が天へと飛び上がった。
まるで、アルタイルが里を去っていった時のように。
何百年経っても変わることのない優しい風が、冒険者たちの背を押した。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
-
見たい!
-
別にいいです……。