SLAYER'S CREED   作:EGO

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sequence09 シティ・アド
Memory01 ローグハンター、海へ


 辺境の街、眠る狐亭の一室。

 がさごそと布の擦れる音と共に、彼は目を覚ました。

 蒼い右目と金色の左目が開き、すぐさま焦点を合わせるとタカの眼を発動し、部屋を見渡す。

 誰かが入ってきた様子も、誰かが出ていった様子もない。

 まあ、寝ている最中でもどちらかが起きればすぐさま目を覚ます自信はあるが、念のためだ。

 小さくホッと息を吐き、自分の胸に顔を埋める想い人に目を向けた。

 

「んぅ……んっ、んぁ……」

 

 妙に艶っぽい声を漏らす銀髪武闘家の髪をそっと撫で、起こさないように気をかけながらベッドから滑り出る。

 二度目の小鬼暗殺者(ゴブリンアサシン)との戦いで増えた傷を隠すことなく晒すその姿は、歴戦の戦士のそれだ。

 拳を開閉させて具合を確かめ、昨晩の疲労が残っていない事を確認。

 老年の上森人から受け取った服の袖を通し、ほつれが無いことを確かめ、丁寧に畳んだローブを手に取った。

 遥か昔の先祖から託された大事な品だ。雑に扱うのは許されないだろう。

 音もなくローブを身に纏い具合を確かめ、その上から鎧を着込んでいく。

 胴鎧を纏うと肩を回し、籠手を着けてアサシンブレードの抜刀に支障がないかを確かめ、脚甲の履き心地を確認する。

 剣の刃に歪みや欠けが無いことを確かめると腰帯に吊し、弓の弦の張り直し、矢筒の中身を確認すると二つ纏めて背に回す。

 それらを終えるとホッと息を吐き、いまだに眠る恋人に目を向けた。

 抱き枕の自分がいなかなったからか、その代わりに枕を抱き締めて無防備な寝顔を浮かべている。

 相変わらずな彼女の姿に思わず苦笑を漏らし、額に口付けすると音もなく部屋を後にした。

 いつものように一階まで降り、いつものようにカウンター席につく。

「よう」と挨拶してきた店主に向け、ローグハンターは小さく笑みながら挨拶を返した。

 

「おはよう、狐。調子はどうだ」

 

「だから、店主と呼べ店主と!」

 

「ああ、すまん。最近どうにもこの呼び方がしっくり来てな」

 

 店主の鋭い眼光と共に放たれた訂正に、ローグハンターは申し訳なさそうに返す。

 ここ最近になって、妙に言い間違えが増えた。

 店主を『狐』と呼び、受付嬢を『シニョーリーナ』と呼んで引かれるのはしょっちゅうである。

 受付嬢に関しては、あのイーグルダイブを見てから当たりがキツいのだから、余計に気を使わなければならないのだか……。

 ローグハンターは顎に手をやりながらため息を漏らし、「いつものを頼む」とだけ告げて水をあおった。

 目を閉じて冷たい水が喉を通る感覚を堪能すると、いつものパンとスープだけの質素な朝食が出される。

 それを一口ずつ味わいながら、ローグハンターは店主に問いかけた。

 

「それで、きつ━━店主。最近はどうだ」

 

「ああ。常連が呼び間違える以外は、いつも通りだ」

 

「むぅ……」

 

 店主の皮肉にローグハンターは拗ねたように唸ると、最後のパンの一欠片を口に放り込んだ。

 

「それじゃあ、あいつらが降りてきたらギルドにいると伝えてくれるか」

 

「了解だ。今日も頑張れよ」

 

「おう」

 

 ローグハンターは一言でそう返すと、足早と眠る狐亭を後にした。

 彼の背を見送った店主は額に浮かんだ汗を拭い、小さくため息を吐く。

 最近どうにも彼の様子が可笑しい。

 いつ自分の呼び名を知ったのだ。

 自分がアサシン側であることは知っているのか。

 もし自分がアサシン側だと知られたら、彼はどうするのだろうか。

 様々な疑問が浮かんでは消えを繰り返す中で、狐はやれやれと首を左右に振った。

 

「……久しぶりにあいつに会いに行くか」

 

 ぼそりと呟かれた狐の声は誰に届くこともなく、朝から騒がしい賭博場の声に消えていった。

 

 

 

 

 

 辺境の街、冒険者ギルド。

 いつもの賑わいに包まれるその場所の一角に、彼はいた。

 黒いローブの上に漆黒の胴鎧を纏い、両手には鎧と同色の籠手。脚を守る脚甲は膝までを覆い隠し、それだけでも凶器足り得る代物だ。

 腰帯に下げる鷲頭の装飾の施された剣は影を思わせる黒さだが、黒曜石とは違う独特の輝きを放つ。

 背中に回された同色の弓は、獲物に狙い降下する鷹を思わせる形状をしている。

 下手な聖騎士よりも聖騎士然としたその風格は、彼を見慣れた者でも声をかけることに僅かに躊躇う高潔さを滲ませる。

 その彼が、書類を片手に険しい表情をしていれば尚更というもの。

 更にその頭の上に鷲が止まっていれば、余計に無理というもの。

 だがしかし、そんな彼に声をかけられる人物は何人かはいる。少なくとも、彼の隣に腰かける彼女がその一人だ。

 その彼女は朝食を平らげ、彼が穴が開きそうな程睨む書類を覗きこんだ。

 

「それで、依頼?」

 

「……ああ。そのようだ」

 

 銀髪武闘家の問いかけに、ローグハンターは険しい表情で頷いた。

 国からの依頼証拠である印が押された依頼書には、中々に面倒な事が書かれている。

 

「随分と考え込んでいますわね、先生」

 

 彼の左斜め前の席に座る令嬢剣士が蜂蜜色の髪を揺らしながら首を傾げると、ローグハンターは小さく唸る。

 彼女の隣に座る女魔術師は、サンドイッチの一欠片を呑み込むと問いかけた。

 

「どんな依頼なんですか?」

 

 彼女の質問を合図に、彼女らの視線が頭目であるローグハンターに集まる。

 彼は自身に向けられた視線一つ一つをしっかりと確めると、鷲に餌を与えて不敵に笑み、彼女らに告げた。

 

「良し、海行くぞ」

 

 

 

 

 

 辺境の街から幾日か。

 ローグハンターの一党は海に面した街にいた。

 水の街とは似て非なる活気に満ち溢れたこの街は、諸外国との交易の中心となっている街だ。

 多くの交易船が港を行き交い、人と物資が行き交い、出会いを喜び、別れを惜しむ人々の姿も見てとれる。

 そんな彼らの間をすり抜けながら進むローグハンターを追いかけながら、女魔術師は依頼書を確認しながら言う。

 

「最近この街の近くの海域に海賊が出没している。討伐の為に冒険者と共に船を出したが帰らず、海賊行為はいまだに続いている。そこで船と船員を提供するから、噂に名高いローグハンターに討伐をお願いしたい。━━━と言った所でしょうか」

 

「そんな所だ。まったく、面倒な依頼だな……」

 

 依頼の内容を確認した女魔術師に、ローグハンターは割りと大きめにため息を吐いた。

 彼らの遥か頭上を飛ぶ鷲は、人混みなど知らんと言うように悠々と飛んでいる。

 そんな鷲の姿を憎々しげに睨むと、照っている陽から隠れるように目深くフードを被った。

 銀髪武闘家は露店で購入した軽食を口にしつつ、ローグハンターに問いかける。

 

「それで、その船の人とはどこで集合なの?」

 

「五番港だそうだ。そこに停泊しているらしいが……」

 

 そう言いながらローグハンターは右目を閉じ、金色に輝く左目だけに意識を傾けた。

 瞬間、視界が空高くから街を見下ろすものに切り替わる。

 天を舞う鷲と視界共有し、対象を追う。

 森人の里で飲んだ霊薬がもたらしたその力を、ローグハンターはある程度だがものにしていた。

 鷲の視界を通し港街を俯瞰し、件の船と乗組員と思われる一団を発見した。

 同時に船の船長と思われる男性と話し込む、だんびらを担いだ冒険者と━━見た目は━━聖騎士に連れられた一党の姿も視認する。

 右目を開いて視界の共有を切ると、ローグハンターは瞬きを繰り返して首を傾げる。

 

「……なんであいつらが」

 

「あいつ?」

 

 銀髪武闘家の問いかけに「行けばわかる」と答え、足早に目的の船を目指して歩き出した。

 人混みを掻き分け後ろの三人の通り道を作りながら、初めて進む道なのに迷うことなく、ものの数分で船の元にたどり着いた。

 

「だから、船に乗せて欲しいと頼んでいるんだ!」

 

「だから、出せねぇって言ってるだろうが!」

 

「なぜだ!?」

 

「さっき説明しただろうが!」

 

 船長と思われる無精髭の男性と、女騎士が何やら口論を繰り広げていた。

 銀髪武闘家は「あらら……」と力なく呟く。

 ローグハンターはため息を漏らし、二人の口論を諦め顔で傍観する重戦士とその一党に目を向けた。

 不意に頭目同士の視線が交差し、互いに軽く手を挙げて挨拶を済ませる。

 

「それで、何があった」

 

 手頃な樽に寄りかかりながら重戦士に問うと、彼は小さく肩を竦めながら返す。

 

「おまえらが街を空けている内に、俺らも山賊退治の依頼を受けたんだがよ」

 

 重戦士はため息混じりに口論中の女騎士と船長に目を向けた。

 

「そいつらが船で逃げやがってな。どうにも、只の山賊って訳じゃなさそうだし、依頼も中途半端だしで、どうにか船を借りようと思ったんだが━━━」

 

「私たちも依頼を済まさなければならないんだ!そこはわかるだろう?」

 

「わかりはするが、船は出せねぇって。俺たちにも理由が━━━」

 

「━━━あの通りだ」

 

 重戦士は困り顔で首を左右に振ってため息を吐き、そこらで買ったのであろう軽食を口に放り込んだ。

 彼の一党である半森人の軽戦士もまた何かを口に含み、少年斥候と圃人の少女巫術師の二人は、いつの間にか到着していた鷲に構っている。

 誰か仲介してやれとも思うが、あの間に割り込むのは中々に勇気がいるものだろう。

 口論する二人の熱は少しずつ上がっていき、いまだに平行線。いつ終わるかはまったく検討もつかない。

 

「……止めないのか?」

 

「止めはしたが、あいつが妙に熱くなっちまってな」

 

「なぜだ」

 

 念のため確認すると、重戦士は半目になりながらローグハンターと銀髪武闘家に視線を配る。

 

「どっかの二人組が、休みとって両親に会いに行ったからじゃねぇか?」

 

 彼とて別に批判するつもりはないが、日が照りつける中で長いこと待たされているからか、言葉には妙に棘がある。

 銀髪武闘家は頬を赤くしながら気まずそうに視線を逸らし、ローグハンターは疑問符を浮かべながら首を傾げる。

 確かに彼女の故郷に行き、両親に会った事は事実だ。

 彼女の父親から何度かぶん殴られたが、最終的には認めてくれたのなら安いものだろうと思う。

 

「それで、なぜあそこまで熱くなる」

 

「ホント、おまえって奴は……」

 

 重戦士は恋人と一党以外の女性には興味が薄いローグハンターの姿に思わずため息を漏らし、額を押さえながら天を仰いだ。

 横目で彼の行動を見守りつつ、ローグハンターは懐から取り出したリンゴを一かじり。

 程よい酸味と甘さが口の中を駆け抜け、思わず頬が緩む。

 今回買ったリンゴは当たりだったようだ。前回のは、言い方が悪いが不味かった。

 しゃりしゃりと無言でリンゴをかじる頭目を他所に、女魔術師は鷲に餌を与えながら問いかける。

 

「それで、いつまで待ちます?むしろ横槍を入れる方が良いのでは?」

 

「それはそうなんだが、ふむ……」

 

 顎に手をやって僅かに思慮すると、女騎士が勢い良くこちらに振り向いた。

 

「くそ!おまえも何か━━━」

 

 そしてローグハンターと銀髪武闘家の姿を視界に納め、石化の魔術でも食らったかのように固まった。

 今まで元気だった彼女が動かなくなったからか、船長が一口酒をあおると彼女の視線を追った。

 先程までいなかった冒険者が四人増えている。一人を除いて全員が女性。見る限り頭目は唯一の男性だろう。

 船長は目を僅かに目を見開き、頭目と思われる男性を凝視した。

 自分にとって、とても馴染みのある男と似た雰囲気を放つ冒険者。

 目深くフードを被ったその姿は鎧を着込んでこそいるが、多くの交流があったアサシンを思わせる。

 船長は石化している女騎士を退かすと、ローグハンターの元へと歩み寄った。

 船長の接近に気づいたローグハンターはフードを取り払い、ローブや鎧の埃を叩いて姿勢を正した。

 

「依頼があってきた。ローグハンターと、その一党だ」

 

 そう言いながら銀色の認識票を取り出し、彼にならう形で仲間たちも認識票を取り出して船長に差し出す。

 それらを受け取った船長は認識票を一つ一つ丁寧に確認すると、それをローグハンター越しに返す。

 

「良し、確認した。だが、一つ問題がある」

 

「何だ」

 

 一党に認識票を配り終えた頃を見計らい、船長はため息混じりに船を指差した。

 

「操舵手がいねぇ」

 

「……致命的だな」

 

「何だと!?それを早く言ってくれれば……」

 

「言っただろうが!ああ、もう、突っかかってくんじゃねぇ!」

 

 復活した女騎士の言葉を適当に受け流し、船長はローグハンターに説明を始める。

 

「最近この回りじゃ海賊だけじゃなく山賊もいてな。山賊はそこの冒険者があらかた片付けたらしいが、何人が生き残りが居やがってよ」

 

「殺されたのか?」

 

「ああ。酒飲んで街をふらついていたら、背中をぶすりだ。金目のもん全部取られて、ボートもいくつか盗まれちまった」

 

「船があるだけましだろう」

 

「そうだがな、動かせねぇんじゃ意味がねぇ」

 

 船長はそう言いながら酒をあおり、酒臭い息を吐き出す。

 ローグハンターは眉を寄せながら咳き込み、僅かに涙目になりながら船長に言う。

 

「フリーの船乗りぐらいならいるだろう。ここは港街だ」

 

「この船はそんじょそこらの奴じゃ操れねぇ。足は速いがな」

 

「やれやれ、また面倒な船を寄越してくれたものだ」

 

 ローグハンターが腕を組んで肩を竦めると、船長は「聞こえてるぞ」と軽く彼を睨み付ける。

 そして、腕を組んだからこそそれが見えた。

 左手の籠手に刻まれた、アルファベットの『A』を思わせるアサシンのシンボル。

 船長は僅かに目を見開き、ついでローグハンターの顔を確認した。

 多くの傷が目立つものの顔は整っており、その瞳は鷹を思わせる鋭い輝きを放っている。

 自分の顔が見られている事に気づいてか、ローグハンターは自分の頬に手を触れた。

 

「何かついているか?」

 

「いや、何でもねぇ」

 

「……?」

 

 船長の言葉にローグハンターは首を傾げるが、まあどうでも良いだろうと思考を止める。

 

「それでどうする。受けたからには何かしなければならない、だが船を動かせる者がいない」

 

「そこでなんだが、おまえさん」

 

 船長はニヤリと笑い、ローグハンターの肩に手を置いた。

 

「船を動かした事はあるか?」

 

 

 

 

 

 四方世界、海上。

 空も海も青一色の世界を、鷲を模した船首像を拵えた一隻の船が白い帆を張り、白い波を立てながら突き進む。

 

「はっはっはっ!やるじゃねぇか船長!」

 

 船長、否、航海士である男が、舵を取る船長(ローグハンター)の姿を見ながらそう評した。

 ローグハンターは右手を舵を握りつつ、速度を上げていく船と過ぎていく景色を見渡した。

 

「……随分と速いな」

 

「この国一番の俊足だぞ?このくらい当たり前だ。それに、まだまだこれからよ」

 

「そうか。ならば全ての帆を張れ、全部だ!」

 

「聞いたなおまえら!フルセイルだ!」

 

 風が出始めた頃を見計らい、畳んでいた帆の全てを張る。

 船は更に速度を上げ、さながら風のようだ。

 慣れた様子で舵を握るローグハンターの背中を見つめながら、銀髪武闘家は自身の腕に止まる鷲を構いつつも感嘆の息を漏らす。

 

「……彼って、逆に何が出来ないんだろ」

 

「料理とかはしませんよね?」

 

 彼女の言葉に女魔術師が続き、便乗させてもらった重戦士も首を捻る。

 少年斥候と圃人巫術師が揃ってキラキラと輝く海面を眺め、半森人戦士が二人が落ちないかを気にかけるのを他所に、女騎士と令嬢剣士は強烈な船酔いと戦っていた。

 彼らの様子を横目で確認し、小さくため息を漏らす。

 

「吐くなら外にしてくれ。掃除係の手を煩わせるな」

 

「……うぅ」

 

「わ、わかっている……!」

 

 令嬢剣士の口から呻き声が漏れ、女騎士は無理やりにでも凛として答える。

「本当に大丈夫か……」と困り顔で漏らすと、航海士はやれやれと首を横に振る。

 

「あんなに乗らせろ乗らせろうるさかったのに、乗ってみりゃあれか」

 

「出港出来ただけましだろう」

 

 ローグハンターはそう返し、舵を両手で握り直す。

 

「警戒を緩めるな!海賊がいつ来てもおかしくはない!」

 

 彼の言葉に乗組員たちは一斉に答え、各々の持ち場についていく。

 だが海はとても静かなもので、呑気にカモメが鳴いている程だ。

 沈黙に耐えかねてか、あるいは気を紛らわす為か、女騎士が銀髪武闘家に問いかける。

 

「それで、おまえの両親の元に行ったのだろう」

 

「それでって、まあ、うん」

 

 銀髪武闘家が髪を指で弄りながら頷くと、女騎士は悔しそうに歯を食い縛りながら唸り声をあげた。

 

「で、どうだったんだ」

 

「まあ、何とかって感じかな。入っていきなり『こいつは俺が貰う』って言ったのは驚いたけど……」

 

「悪かったな。初めての事で何を言うべきかわからなかったんだ」

 

 舵を操りながらローグハンターが補足すると、銀髪武闘家は額に手をやってため息を漏らす。

 

「まさか、それでごり押すとは思わなかったけどね」

 

「俺は通った事に驚いたけどな」

 

 正面を向いたままローグハンターが言うと、銀髪武闘家は困り顔で、しかし嬉しそうな声音で言った。

 

「何はともあれもう公認だからね!」

 

「そうだなぁ」

 

 テンション高めの銀髪武闘家とは対象的に、ローグハンターはどこか気の抜けた返事をした。

 しかしその視線は鋭く研ぎ澄まされ、ある一点を睨んでいる。

 航海士は単眼鏡を取り出し、それを見つけた。

 

「いたぞ、海賊船だ!」

 

「総員戦闘配置!酔い潰れている奴がいたら口にホース突っ込んででも叩き起こせ!」

 

 ローグハンターの号令に乗組員たちは大砲や旋回砲につき、最終点検を行う。

 その姿を眺めつつ、後ろの冒険者たちに言う。

 

「おまえらはどうする。下の方が安全だが」

 

「冗談よしてくれよ。俺たちは戦いに来たんだぜ?」

 

 重戦士が鮫のような獰猛な笑みを浮かべると、冒険者たちは彼に続くように各々の武器に手を添える。

 ローグハンターは「良し、それでこそだ」と答え、航海士に問う。

 

「敵は何隻だ」

 

「一隻だけだな。待て、どっかの商船を襲っていやがる!」

 

 航海士の報告にローグハンターは隠すことなく舌打ちをすると、少女巫術師に目を向けた。

 

「『追風(テイルウインド)』は使えるか」

 

「は、はい!あまり得意ではないですけど」

 

「頼む」

 

「《風の乙女(シルフ)や乙女、接おくれ。我らの船に幸ある為に》……」

 

 返答代わりの少女巫術師の祈祷。

 彼女の言葉に答えるように、風の精たちが舞い踊る。

 風の精たちが帆を押した瞬間、船は更に加速して海賊船へと迫っていく。

 

「これなら間に合うか」

 

「わからん!だが、あんまり時間はなさそうだぞ!」

 

 海賊に攻撃される商船を視認、距離を推し測り始めた時だ。

 商船を一方的に砲撃していた海賊船が旋回し、こちらに向かい始めた。

 

「気づいたな。来るぞ!」

 

「よぉし、おまえら!久しぶりの実戦だ!この船が最高の船だって事を教えてやれ!」

 

 航海士の号令に、乗組員たちは怒号にも似た返事を返す。

 士気は十分。装備も十分。人手も十分。

 

 ━━━なら、やれる!

 

「帆を畳め、減速しろ!」

 

「砲手は弾を込めろ!通常弾で構わん!」

 

「命令撤回!連鎖弾装填!どこの海賊か聞き出す!」

 

「了解だ、船長」

 

 ぐんと勢い良く速度を緩め、砲手たちは鎖により繋がれた二つの鉄球を砲口に押し込む。

 

「冒険者どもは乱戦に備えておいてくれ。乗り込むからな!」

 

 航海士が楽しそうに笑みながら言うと、冒険者たちは一斉に頷く。

 乗り込めさえすれば後はいつも通り、切った張ったをするだけだ。

 お互いの船首に飾られたシンボルが睨み合うなか、ローグハンターは思い切り舵をきった。

 左舷側を海賊船に晒すように操舵し、射線を確保。そして━━、

 

「片舷斉射!」

 

「撃てぇ!」

 

 ローグハンターと航海士の号令を元に、砲声が響き渡った。

 鎖の擦れる音と共に砲弾が弧を描きながら放たれ、海賊船に突き刺さる。

 この程度では止まらない。お返しと言わんばかりに、船首に取り付けられた大砲が火を噴いた。

 

「衝撃に備えろ!」

 

「総員伏せろ!」

 

 乗組員たち、冒険者たちが指示の元一斉にしゃがみ、ローグハンターはそれを見届けると舵を手に取りながら姿勢を低くする。

 彼らの頭の上を砲弾が通りすぎていき、海面に水柱を上げながら着弾した。

 

「被害を報告しろ!」

 

「掠めた程度です!問題ありません!」

 

 航海士の確認に砲手の一人が答えると、ローグハンターは舵を操りながら言う。

 

「次弾装填、次が来る前に足を止めろ!」

 

「急げおまえら!」

 

 お互いの左舷を晒すように平行に並ぶ直前、ローグハンターは叫ぶ。

 

「ってぇ!」

 

 生物というのは、指示に反応するのに僅かながら時間差が生じる。

 それ込みで考えられた砲撃のタイミングは、まさに完璧(クリティカル)だった。

 放たれた連鎖弾は見事な弧を描き、海賊船のマストに絡み付き、半ばからへし折っていく。

 マストの折れた船など、もはや浮かぶことしか出来ない木の塊と同義だ。

 ローグハンターは大きく息を吐き出し、舵を操って船首を海賊船の左舷に垂直に突き刺さるように向ける。

 

「突っ込むぞ!フルセイル!」

 

「衝撃に備えろ!」

 

 風の精の加護はまだ消えていないのか、思いの外勢いがついていく。

 白い波しぶきを上げながら海賊船の横っ腹に、船の衝角が突き刺さった。

 突撃の勢いのまま船は弾かれ、再び平行の横並びとなった。先程と違うのは、船の距離が触れ合うほど近いということだ。

 

「良し!おまえら、ロープを使え!捕まえたなら離すな!気張っていけ!」

 

「旋回砲は援護だ!切り込むぞ!」

 

 航海士の号令の元、乗組員たちが鉤爪付きのロープを海賊船へと投じ、固定していく。

 手持ち無沙汰の者は武器を手に取り、旋回砲はここぞとばかりに火を噴いた。

 ローグハンターは舵を航海士に任せ、腰に下げた黒鷲の剣を抜き放った。

 陽の輝きに照らされながらもその輝きは鈍く、影を思わせる。

 だがしかし、鈍く輝くその剣は並大抵の鎧を切り裂く業物だ。はるか過去から彼に渡された贈り物。

 

「行くぞ!」

 

「おう!」

 

「よぉし!」

 

 彼の号令に重戦士と銀髪武闘家が答え、三人は同時に海賊船のデッキに跳び移る。

 

「フッ!」

 

 黒鷲の剣が振るわれれば、海賊の上半身と下半身が泣き別れ、突けば二人をまとめて穿つ。

 隙を見て振るわれたカトラスを左手のアサシンブレードで受け流し、体勢が前に崩れたところに黒鷲の一閃が放たれる。

 海賊の首が宙を舞い、海へと落ちて沈んでいった。

 

「イイイィヤッ!」

 

 怪鳥音と共に放たれた蹴りが海賊の首を断ち、正拳突きが頭蓋を砕く。

 

「うぉらっ!」

 

 重戦士の体の重心ごと叩きつける一撃が、甲板を砕きながら海賊の体を叩き潰す。

 

「さあ、聖騎士様のお通りだっ!」

 

 ようやく復活した女騎士の盾殴り(シールドバッシュ)が海賊を叩き潰し、両手剣の一閃が腹を裂く。

 銀等級四人による一方的な蹂躙に、他の冒険者たちは瞬きするのみでやることがない。

 

「シッ!」

 

 ローグハンターが一際派手な格好をした海賊の首をはねると、海賊たちは一斉に武器を捨てて両手を挙げた。

 ようやく降伏する気になったのだろう。

 すでに二十人近くの屍がデッキに転がっているが、海賊にしては随分と大所帯だったようだ。

 ローグハンターは黒鷲の剣とアサシンブレードに血払いくれると、目に留まった海賊に問いかける。

 

「で、おまえらは何者だ」

 

「た、只の海賊だよ!頼む、殺さないでくれ!」

 

「素直に答えたら考えてやる。で、何者だ」

 

 アサシンブレードの刃を喉に突き付けながら問うと、海賊は怯えた声を漏らしながら答えた。

 

「お、俺たちは元軍人だ!お、おまえらとは違う国のな!」

 

「本当に、()軍人なのか?」

 

 突き付けるアサシンブレードに力を込めながら問うと、「そう言っただろうが、この野郎」と上擦った声が漏れた。

 

「………」

 

 ローグハンターは冷酷なまでの瞳で海賊を睨むと、何の予備動作もなくアサシンブレードを納刀する。

 

「俺が聞いても仕方ないか。後は国の尋問官に任せる」

 

 彼はそう告げると、次々と縛られていく海賊たちを睨み付けた。

 元軍人にしては動きがお粗末。一人一人の技量も低く、玉砕する覚悟もない。

 雇われの傭兵か、私掠船か、海賊が苦し紛れに吐いた嘘か。

 これにやられたという冒険者と船というのは、随分と失敗(ファンブル)をしてしまったのだろう。

 考えても仕方ないとため息を漏らし、海賊たちの装備を没収して船倉へと放り込んでいく。

 奪われた物資を回収し、襲われていた商船の生存者を乗せると港を目指して出発。

 警戒をしていた行きに比べれば、帰りは精神的にも余裕が出来る。

 港に帰りつく頃にはだいぶ暗くなっていたが、それでも全員無事に帰ってこられたのは上出来だろう。

 行きと同じ港街に停泊し、冒険者たちは船から降りる。

 久しぶりに思える陸地の感覚は、慣れている筈なのに気持ちが悪い。

 

「そんじゃ、船長。捕まえた馬鹿どもの事は任せておいてくれ。俺たちが責任をもって軍に引き渡す」

 

「頼んだ。あと、船長呼ぶな」

 

 今日の宿を探しに行った仲間たちを見送ったローグハンターは、航海士と一対一で話していた。

 宿を見つけたなら、また銀髪武闘家が呼びに来てくれるだろう。

 航海士は豪快に笑い、ローグハンターの肩を叩いた。

 

「いや、おまえは船長だよ。こいつを乗りこなせる冒険者は、世界広しと言えどおまえさんぐらいだろうからな」

 

 折れぬ航海士の姿に、ローグハンターは額を押さえてため息を吐く。

 

「もう好きにしてくれ……」

 

「おう、そうするぜ。また何かあったら呼ぶからよ」

 

「報酬が貰えるのならな」

 

「それと、何かあったら俺と、この船を頼ってくれ」

 

「ああ。まあ、頼る機会もあまりないだろうが……」

 

 ローグハンターが肩を竦めながら言うと、「おーい!」と背後から銀髪武闘家が近寄って来ていた。

 首だけで彼女の方に振り向くと、ローグハンターは軽く手を挙げて答える。

 

「では、また縁があればな」

 

「おうよ、またな」

 

 ローグハンターと航海士はそのやり取りを最後に背を向けあい、各々の場所に戻っていく。

 

「何を話してたの?」

 

「どうやら、気に入られたようだ。また仕事をしようとさ」

 

「そっか」

 

 銀髪武闘家の問いかけに、ローグハンターは苦笑混じりに返した。

 

「まあ、あの人ならまた一緒でも良いかな」

 

「確かに、そこまで悪い奴ではないだろう」

 

 銀髪武闘家が笑み混じりに言うと、ローグハンターは軽く船の方に振り向きながら頷いた。

 だが、人混みの中で彼女と共に歩く事に気を傾けていたからか、彼は気付く事はなかった。

 船尾に刻まれた船の名が『アキーラ』であることに。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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