SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory02 朝日と共に

 辺境の街、冒険者ギルド脇の見張り塔。

 街を一望できるその場所に、ローグハンターはいた。

 朝一ということで左手の籠手以外に鎧は着ていないが、黒いローブを纏い目深くフードを被る姿は、立ち込める朝露も相まって亡霊のようだ。

 その朝露のおかげで極端に視界は悪いが、彼のタカの眼を持ってすれば何の障害にもならない。

 屋根の上の設置された風見鶏の上に仁王立ち、白くなり始めた山の輪郭を何ともなしに眺めた。

 修理に出したフリントロックピストルは今日にも返却されるとしても、アサシンブレードの方はきっと無理だろう。

 あれは設計図もなしに弄れるほど、単純な作りではない。

 流石の工房長でも、あれを直すのは無理だ。刃の歪みを直してくれたとしても、完全に砕かれた抜刀納刀の機構はどうにもならない筈だ。

 ローグハンターはため息混じりに天を仰ぎ、気分転換をするように指笛を吹いた。

 数秒して彼の頭上を鷲が舞い、宙に円を描き始める。

 そっと目を細めてその軌跡を追うと、右目を閉じて左目に意識を傾ける。

 広がる景色が見張り塔よりも更に上のものへと変わり、朝露を切り裂いて天を行く。

 街を見下ろしながら空を進み、外れにある牧場の元まで飛んだ。

 相変わらず牧場近くで訓練を行っているゴブリンスレイヤーの姿を確認し、思わずため息を漏らす。

 鷲の視界を借りてまで友人の訓練を覗くなど、誰かが知れば間違いなく変態呼ばわりされるだろう。

 だが、何事にも練習が大事なのもまた事実。ゴブリンスレイヤーに言えば許してくれるだろう。多分……。

 苦笑混じりに流石に見続けるのは失礼かとその場を離れ、街道の方を目指す。

 念のため道中の森に飛び込んで何か潜んでいないかを確認していく。

 高速で木々の隙間をすり抜け、夜行性の動物たちが巣穴に戻ろうと急ぐ中、鷲は枝葉の隙間を突っ切り空へと身を投げる。

 

「む……」

 

 視界が広がり、街道を見渡せる位置まで飛び上がると、何やら馬車が街に入ろうとしている場面に出くわした。

 更に意識を研ぎ澄ませ、馬車を注視する。

 扉にあたる部分に剣と天秤の意匠が施されている所を見るに、至高神の神殿の遣いのようだが……。

 

「……行ってみるか」

 

 直に見るに限ると判断したローグハンターは一旦視界の共有を切り、見張り塔の下を覗き込む。

 何故かある荷車一杯の干し草の山を確認し、いつものように身を投げた(イーグルダイブ)

 一瞬の浮遊感の後に強烈な重力に引かれ、勢いのままに干し草の山に背中から叩きつけられた。

 すぐさま干し草の山から飛び出すとローブについた干し草を叩き落とし、なに食わぬ顔で音もなく歩き出す。

 朝日も拝めぬ時間帯に出歩く物好きが居るわけもなく、いつも活気ある街並みも人っ子一人いなければ不気味なものだ。

 ローグハンターはその雰囲気に呑まれる様子もなく、街の入り口を目指す。

 途中ですれ違うのは、朝から仕事がある各ギルドの職員だろう。

 それなりに顔と格好の知れている彼を見た通行人は、驚きこそすれど声をかけることはない。

 せめてフードを脱いでくれと思うのは共通意見だろう。

 そんな彼らの視線を気にする様子もなく、影のように街を進む事数分。

 件の馬車が停留所に止まるのとほぼ同時に、ローグハンターはそこにたどり着いた。

 立ち止まったからか肩に止まってきた鷲を右腕に移すと、御者台に乗る女性は手綱を降ろし、慣れた様子で馬車の脇に回る。

 時間が時間だからか、音を出さないように扉を開き、中に乗っていた誰かに一言声をかけた。

 そのまま二三やり取りをすると、その何者かに手を貸してそっと降ろす。

 ローグハンターは無駄な心配だったかと頬をかき、鷲を放って踵を返し、軽く一眠りしようと宿に戻ろうとした時だ。

 

「もし……」

 

 その背中に声をかけられた。

 聞き覚えのある、今にも溶けてしまいそうなほどに熱のこもった、蕩けるような声。

 前に聞いたのはつい昨日の事のように思えるし、ずっと昔の事のようにも思える。

 ローグハンターは小さく息を吐くと振り返り、声の主の方へと向き直った。

 同時に陽が山から顔を出し、街を照らし出す。

 朝日を背に立つ彼女の姿は、地母神もかくやという雰囲気を醸し出す。

 外套に包まれているとはいえ、その豊かな体の線は隠せるものではなく、隙間から覗く白い薄衣は前に会った時と変わらない。

 外套のフードの中に隠された顔は一切日に焼けておらず、白を通り越してもはや透けてさえ見える。

 逆光で見ずらいが、ほんのりと頬が赤く染まっているのは朝日によるものだろうか。

 手に握られた剣と天秤を組み合わせた天秤剣は、この世界の正義と公正の象徴だ。

 それにすがるようにして体をしならせる彼女は、どこか不安そうな表情で黒い布に包まれた見えざる瞳で彼を見つめる。

 

「ローグハンター様でございますか……?」

 

「ああ。久しぶりだな、大司教」

 

 彼が笑みながら言うと、法の神殿の大司教、この国に生きる者なら誰しもが知る英雄たる剣の乙女は、ようやく柔らかな笑みを浮かべた。

 彼女の後ろに控える年かさの女官は、何となく驚いて見えるのは気のせいではないだろう。

 ローグハンターは僅かに目を細めて周囲を警戒すると、剣の乙女に言う。

 

「立ち話もなんだ。とりあえず、ギルドまで送ろう」

 

「は、はい……!ありがとうございます」

 

 ぱぁっと嬉しそうな笑みを浮かべる大司教に思わず苦笑を漏らし、足音を一切立てることなく彼女の前へと歩み寄る。

 

「では、お手を。シニョリーナ」

 

「あ……」

 

 ローグハンターは優しく笑みながらそう言うと、そっと剣の乙女の手を取った。

 英雄と呼ばれてはいるものの、女性的な柔らかさを持つ彼女の手を、ローグハンターの武骨な手が包む込む。

 いきなりの事態に剣の乙女は耳まで真っ赤にしながら僅かに俯き、年かさの女官は全く反応出来なかった自分の未熟さに眉を寄せた。

 二人の反応に小首を傾げると、ローグハンターはハッとして慌てながら剣の乙女から手を離した。

 

「す、すまん。どうにも最近おかしくてな……」

 

 自分の額に手をやってため息を吐き出し、名残惜しそうにローグハンターの繋がれていた手を胸に抱く剣の乙女に目を向ける。

 

「とりあえず、ギルドまでは送る。……ギルドまでで良いのか?」

 

「は、はい……」

 

 ローグハンターが確認が取ると、先程とは打って変わって弱気な声を漏らす。

 やってしまったと後悔するにはもう遅い。既に事は起きてしまっている。

 ローグハンターが小さく肩を竦め、剣の乙女と年かさの女官に向けて言う。

 

「とりあえず、ついてきてくれ。なに、すぐに着くさ」

 

 さっと二人に背を向けて歩き出そうとした時、不意に背後から声をかけられる。

 

「あの」

 

 声からして呼び止めたとは剣の乙女だ。

 ローグハンターが体ごと振り向くと、彼女は迷子の子供のように不安そうな表情で、僅かに震える手を宙でさ迷わせていた。

 先程言ったことが尾を引いているのは明白だった。

 

「………」

 

 ローグハンターは数瞬迷うと、躊躇いがちにその手を取った。

 先程と同じ柔らかい指は、今度は離さないと言わんばかりにぎゅっと握り締めてくる。

 

 ━━俺の無責任な一言で、こいつをここまで不安にさせてしまった。

 

 僅かな自責の念を孕みつつ、そっと彼女の手を引く。

「あ……」と僅かに剣の乙女の口から熱っぽい声が漏れるが、ローグハンターは気にすることなく彼女の脇につくと、

 

「失礼する」

 

「━━!!!」

 

 そっと彼女の腕を取り、自分の腕と絡ませた。

 盲目の女性をエスコートするのだ。手を引くだけでは転倒する可能性があるから、ここまでしなければ安心出来ないだろう。

 ローグハンターからしてみればその程度だ。だが、密かに彼を想っている━━少なくとも本人はそう思っている━━剣の乙女はどうだろうか。

 彼の気遣いだということがわかりつつも、今の自分は彼とかなり密着し、服越しとはいえ彼の体温を僅かに感じ取れる。

 彼の息遣いが耳元で発せられ、組まれた腕は籠手をつけているからか妙に固いが、それは腕を組んだのが年かさの女官でないことの証拠だ。

 その事実を自覚する度に彼女の顔は赤くなっていき、僅かに足から力が抜ける。

 それをいち早く察知したローグハンターは、彼女の腰に手を添えて体を支えてやると、安堵にも似た息を吐いて顔色を伺った。

 

「……大丈夫か?」

 

「は、はぃ……」

 

 ローグハンターの確認に、剣の乙女は気の抜けた声を漏らして足に力を入れて立ち上がる。

 年かさの女官はもはや諦めたのか、ため息混じりに剣の乙女を挟むようにローグハンターの逆についた。

 剣の乙女に気をかけつつ、念のためとタカの眼を発動して周囲を確認する。

 時間が時間だからか、赤い影も青い影も映ることはない。

 いまだに家内で眠っている街民の白い影はいくつか見られるが、脅威になることはないだろう。

 だが、念には念を入れて警戒を強める。

 今のところ敵影はないが、いつ物影から刺客が飛び出してくるかはわからないし、ゴブリンが潜んでいないとも限らない。

 そこまで思慮を深めると、ローグハンターは思わず苦笑した。

 その僅かな笑い声が聞こえたのか、剣の乙女が問いかける。

 

「どうかされましたか?」

 

「いや。我ながら友人の影響を受けたなと思ってな」

 

「友人と言いますと、ゴブリンスレイヤー様ですか?」

 

「ああ。まあ、六年も付き合いがあるんだ、似ても来るさ」

 

 ローグハンターが言うと、剣の乙女は返答を「そうですか……」と小さく呟くだけに(とど)めた。

 その表情がほんの僅かに不機嫌そうに見えた年かさの女官は、やれやれと言うように首を左右に振る。

 彼女が知らないことを知っている人物が多くいるというのが、酷く嫌なのだろうとあたりをつける。

 そんな事露知らず、ローグハンターは「行くぞ」と告げて歩調を合わせて歩き出す。

 男性と女性とでは歩幅には大きな差が出来る。それを無意識の内に修正し、最善の歩幅で一歩を踏み出す彼の姿は、それこそ護衛の騎士のようだ。

 いつも以上にゆっくりとしたペースで、もう慣れた石畳道を進む。

 慣れぬ剣の乙女に気をかけながら、年かさの女官との距離感を保ちつつ一歩を踏み出す。

 街の入口からギルドに行くまで、ここまで時間をかけた事はないだろう。

 彼に付き添われる剣の乙女は頬を朱色に染めながら、見えざる瞳でローグハンターの表情を伺った。

 朧気に揺れる影に浮かび上がる蒼い輝きは、彼の瞳の色だそうだ。

 ただ、片方だけ色が違って見えるのはなぜだろうか。

 剣の乙女の視線に気づいてか、ローグハンターは自分の左目を瞼越しに撫でながら言う。

 

「色々あってな。片目だけ色が変わった」

 

「そう、なのですか?」

 

 聞きはしたものの、それを確かめる術を彼女は持たない。

 苦し紛れにそっと彼の目の辺りに細指を当てると、ローグハンターは小さく肩を竦めた。

 

「詳しい話は聞くな。俺としても、あまり思い出したくはない」

 

「では、そうします」

 

 剣の乙女はそう言うと、彼に触れていた指を名残惜しそうにそっと離す。

 ローグハンターは彼女の姿に小首を傾げると、絡めていた自分の腕を離した。

 

「着いたぞ」

 

「あ……」

 

 小さく溢れた彼女の声を知ってか知らずか無視すると、ローグハンターは年かさの女官に目を向けた。

 

「後は頼む」

 

「ああ、待ってください」

 

 欠伸(あくび)を噛み殺しながら背を向けた彼を、年かさの女官が呼び止める。

 

「どうかしたのか?いや、大司教自ら出てきたという事は、何か依頼か」

 

 振り向きながら一人で納得したローグハンターが言うと、年かさの女官は「その通りです」と頷き、剣の乙女は彼に向けて優雅に一礼した。

 

「辺境勇士、ローグハンター様。わたくしから貴方(あなた)に、とても重要な依頼があって参りました」

 

 山から顔を出した陽を背に紡がれた剣の乙女の言葉は、今度こそは確かにローグハンターへと届いたのだった。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルド二階、応接室。

 ローグハンターと剣の乙女が机を挟んで対面する形で席につき、彼女の背後には年かさの女官が控える。

 ローグハンターはちらりと時計を一瞥して時刻を確認すると、剣の乙女に問いかけた。

 

「それで、依頼というのは何だ。また街に何か入り込んだのか」

 

「いいえ。あれからというもの、水の街は平和そのものですわ」

 

 彼の問いかけを剣の乙女はどこか嬉しそうに笑みながら否定すると、年かさの女官が咳払いをして話を急かす。

 それを受けた剣の乙女はわざとらしくそっぽを向きつつ、「地図を持ってきてくださる?」とだけ告げた。

 年かさの女官は小さくため息を漏らしながらも「はいはい、こちらになります」と丸めた地図を優しく手渡す。

 机の上に地図を広げつつ、剣の乙女は話を切り出した。

 

「わたくしは、これから都で行われる会議に出席するのですが……」

 

 愛する人の頬を撫でるように、そっと地図に描かれた街道をなぞる。

 水の街から都への伸びる街道を、寸分の狂いなく指先で示すと、ある一点で手を止めた。

 

「道中に、野盗やゴブリンが出没しているとの事ですの」

 

「野盗とゴブリン、か。なら、俺と、俺の一党だけでは手が足りんな」

 

 ローグハンターの一党は彼を含めて四人のみ。一党の基準となる六人にはまだ足りないのだ。

 尤も、四人でも野盗やゴブリンに遅れを取ることもないだろうが、念には念を入れておきたいのだろう。

 

「確認する。野盗とゴブリンは別々なのか、それとも裏で手を引いている奴がけしかけているのか」

 

「それはわかりません。ですが、野盗もゴブリンも、奇妙な入れ墨をしているそうですわ」

 

「入れ墨……」

 

 剣の乙女の言葉におうむ返しすると、ローグハンターは目を瞑って机に頬杖をついた手を組んだ。

 野盗とゴブリンが手を組んでいるとしたら、裏には何かしら━━おそらく邪教徒あたりだろう━━がいる筈だ。

 二つが偶然同じ場所を縄張りにしているとしたら、確実に戦闘になり、どちらかが全滅している筈。

 思慮を深める彼の様子を流し見つつ、剣の乙女が問いかけた。

 

「依頼というのは、私的な護衛をお願いしたいのです。野盗だけならまだしも、ゴブリンが出る街道を行くのは━━」

 

 ━━恐ろしくて、とても通れません。

 

 と、剣の乙女は消え入りそうな声で呟いた。

 その一言を合図に目を開けたローグハンターは、僅かに肩を震わせる彼女を一瞥くれると立ち上がる。

 

「出発はいつだ。諸々準備を整える必要がある」

 

「出来るだけ早い時間に出たいのですが、そちらの準備が整い次第ですわ。何事にも、万全を期しませんと」

 

「その通りだ、大司教。そこまでしないと運は掴めないからな」

 

 ローグハンターが肩を竦めながら言うと、大司教は満足そうに笑んだ。

 前に会った時と変わらない彼の姿勢に安堵したのだろう。

 

「では、一時間後で良いか」

 

「はい。ここでお待ちしております」

 

 立ち去ろうとした彼の背中に投げられた声は、まるで囚われの姫がどこかにいる救い主に向けて言う言葉のように、親愛の色が滲んでいる。

 ローグハンターはその声に軽く右手を挙げる事で答え、応接室を後にした。

 残された剣の乙女はほっと息を吐き、朱色に染まった自分の頬に手を当てた。

 年かさの女官はやれやれと首を左右に振ると、彼女に向けて言う。

 

「水の街の冒険者でもよろしかったでしょうに、仕方ない人ですね」

 

「だって、彼が一番信頼できる御方ですもの」

 

 剣の乙女が拗ねたように言うと、バン!と音をたてながら勢いよく扉が開かれた。

 中の二人は同時に体を跳ねさせるのを無視し、何の合図もなく戻ってきたローグハンターは剣の乙女に問う。

 

「すまん、報酬を聞きそびれた」

 

「あぁ、はぃ……。報酬、ですね……」

 

 剣の乙女は激しくなった鼓動を気にかけつつ、小さく頷いた。

 

 

 

 

 

「報酬は前金に金貨一袋。成功報酬でもう一袋。相手は野盗とゴブリンのそれぞれか、あるいは両方。受けるか」

 

 冒険者ギルド端の卓。

 ローグハンターとゴブリンスレイヤーたちの指定席となって久しいその場所に、それぞれの一党が揃っていた。

 ローグハンターの早口での確認に、彼の一党は迷いなく頷き、ゴブリンスレイヤーはしばし考えると頷いた。

 

「……ゴブリンが出るというのなら、俺も行こう」

 

「なら、私も行きます」

 

 彼に女神官も続くと、他三人もまた頷いた。

 

「金貨二袋か。そんだけありゃ、好きなだけ食えるし飲めんの」

 

「それは重畳ですな。チーズを腹一杯に食えまする」

 

「二人は食べることばっかりねぇ」

 

 食い意地を見せる鉱人道士と蜥蜴僧侶に、妖精弓手は呆れた様子で首を振った。

 まだ出発もしていないのにその後の話をするとは少々気が早い気もするが、ゴブリンスレイヤーもローグハンターもそれを嗜める様子はない。

 

「金貨二袋と今まで貯めた額を合わせれば、()()()住む程度の家くらいなら買えるか?」

 

 ローグハンターが銀髪武闘家を見つつ首を傾げると、関係のなかった冒険者たちも巻き込み、周囲の空気が固まった。

 突拍子もなく、彼は将来計画について話したのだ。

 彼の発言の真意を理解した銀髪武闘家は、真っ赤になった自分の顔を両手で覆った。

 三人で。彼は三人でと言った。つまり、そういう事だろう。

 卓の下で回りに気付かれないようにそっと自分の下腹部を撫でながら、銀髪武闘家は言う。

 

「わ、私の貯金もあるから、大丈夫じゃない?」

 

「むぅ。まあ、足りなければ稼げば良い話か」

 

「そうだよ。うん、この話は終わり!ね?」

 

 気恥かしさに負けてか、途中から語気が強くなってしまったが、ローグハンターは気にした様子もなく「そうだな」と呟いた。

 女魔術師は眼鏡の位置を直しつつ、ローグハンターに問いかけた。

 

「それで、出発はいつですか?」

 

「一時間後。俺は装備を取りに戻らないとならないし、工房長からも呼ばれているから、おまえらは━━」

 

「━━朝食を済ませて、食料や諸々の備品を用意しておきますわ」

 

 慣れた様子で令嬢剣士が言われる前に言うと、ローグハンターは僅かに嬉しそうに笑みながら「頼む」とだけ告げて席を立つ。

 立ち上がった自分を見上げてくる仲間たちを見渡すと、一度だけ小さく頷いた。

 

「では、一時間後に再集合だ」

 

 彼の確認に仲間たちが各々返事を返すと、ローグハンターは足早と冒険者ギルドを後にした。

 道に出るや否や、慣れた様子で人混みを掻き分けながら走り出す。

 人と人の間をすり抜け、迷うことなく宿を目指す。

 一時間と言えば長いようにも思えるが、何かしているとあっという間に終わる時間だ。

 出来る限り急ぎ、時間に余裕を作らなければならない。

 流れるように宿へと滑り込み、そのまま自室を目指して階段を上がろうとして何かに気づく。

 妙な違和感を感じたのだ。そう、いつもそこにあるべきものがない時に感じる、胸に引っ掛かる気持ち悪さ。

 そして、すぐに気づいた。

 ローグハンターは近場の店員━━只人の男性だ━━を呼び止め、単刀直入に問いかける。

 

「狐……じゃなくて、店主はどうした。昨日まではいただろう」

 

「店長なら友人に会いに都に行きましたよ。昨日の夜遅く、だったかな……」

 

「そうか……。すまん、時間を取らせたな」

 

「お気になさらず」

 

 男性店員はそう返すと、また別の客に呼び止められてそちらへと駆けていった。

 その背中を見送り、ローグハンターは駆け足で自室を目指した。

 到着したならいつも通りに鎧を纏うと弓の弦を張り直し、矢筒に矢を押し込んで纏めて背に回す。

 壁にかけた黒鷲の剣を腰帯に吊し、忘れたものがないかを改めて確認。

 装備は良し。道具は仲間たちが用意してくれている事だろう。

 用意を終えた事を二度に渡って確認すると退室し、しっかりと鍵を締める。盗まれるようなものは置いていないが、念のためだ。

 尤も、万が一盗みが入った場合には考えがある。タカの眼から逃れられる者など、誰一人としていないのだ。

 

 

 

 

 

 時間は流れ、工房。

 武器防具一式を纏ったローグハンターは、家に入るように気軽な気持ちで自由扉を潜った。

 

「工房長、いるか」

 

「おう、ローグハンター。遅かったな」

 

 朝一までの作業を終えたからか、カウンターに座していた工房長はニヤリと笑いながら彼を出迎えた。

 その姿に嫌な予感を覚えつつも、ローグハンターはカウンター前へと足を進める。

 

「頼んだものはどうだ」

 

「半々、だな。あの筒はどうにかなったが、仕込み刀は無理だった。せめて設計図がありゃあなぁ……」

 

「設計図は、ないな。探してはみるが」

 

 ローグハンターが腕を組んで天を仰ぐと、工房長は「とりあえずこっちは渡しとくぞ」と二挺のフリントロックピストルを取り出した。

 ゴブリンの猛攻で歪んだ銃身は元の形へと戻され、砕かれた火打石も新品へと変えられている。

 

「あぁ、工房長。感謝する」

 

 ローグハンターが感嘆の息を漏らし、包み隠さず礼を言うと、工房長は照れ臭そうに頬をかいた。

 

「まあ、こっちとしても良い経験になったってもんよ。それでよ、ローグハンター」

 

「んぅ?」

 

 フリントロックを様々な角度から確認し、少しばかりヤバい目になっていたローグハンターは、気の抜けた返事をして工房長に目を向けた。

 工房長はカウンター下から長筒を取り出し、それをカウンターへと置いた。

 そこらの直剣ほどの長さの筒は、ひと目見ただけで銃だとわかる代物だ。

 ローグハンターは目を見開き、工房長に問いかけた。

 

「これは、何だ……?」

 

「そいつを弄ってるうちに創作意欲が湧いてきちまってよ。で、作った」

 

「天才と何とかは紙一重とは言うが……」

 

 苦笑混じりにそう呟き、長筒を手に取った。

 エアライフルに近いものを感じるそれは、妙に手に馴染む。

 引き金の上のボルトを開き、弾を込める位置を確かめた。

 よく知る銃口から押し込むのではなく、そこに弾丸と火の秘薬を直接押し込むタイプのようだ。

 

「何か弾を入れにくいって聞いたからよ、その方が弾を入れやすいだろ?」

 

「ああ。革新的だ」

 

 ボルトを元の位置に戻し、また開くを繰り返す。

 その動きを体に染み込ませる彼に向けて、工房長は髭をしごきながら言う。

 

「それに、その短いやつよりは飛距離は出るだろうよ」

 

「工房長、あんたって人は……」

 

 前のめりになり、今にも抱きついてきそうなローグハンターを手で制し、工房長は算盤(そろばん)を弾く。

 

「ほれ、金額だ」

 

「思いの外安いな」

 

「修理しただけってのと、試作品だからな」

 

「ふぅむ」

 

 表情だけで「本当に良いのか?」と語りかけつつ、ローグハンターは金貨を差し出した。

 工房長がそれらを一枚ずつ数え、カウンター下へ落とし込んだ事を合図にフリントロック二挺をホルスターに押し込み、ライフルをどうするかと視線をさ迷わせた。

 背には弓があるどう吊るしたものか。

 

「気にするまでもないか」

 

 弓と矢筒の隙間を縫うようにライフルを背に回し、具合を確かめる。

 まあ、問題ないだろう。

 

「この礼は、この仕事が終わったら改めてさせて貰う」

 

「気にすんな。これが仕事だ」

 

 工房長はひらひらと手を振り、ローグハンターは「ではな」と呟いて踵を返して歩き出した。

 工房長はその背を見送り、小さく鼻を鳴らす。

 ここまで特別扱いした冒険者は、誰一人としていないだろう。

 だが、彼にはそうしたいと思える何かがある。

 工房長はその何かとは何なのかを自問しつつ、ローグハンターと入れ替わりで入ってきた冒険者の相手を始めた。

 

 

 

 

 

 

 一時間後。辺境の街の門前。

 剣の乙女と年かさの女官が乗る馬車を冒険者たちが囲み、隊列を組んでいた。

 斥候たるローグハンターを先頭に、蜥蜴僧侶が御者台に乗る。

 ローグハンターの隣に立った銀髪武闘家が、一時間で様変わりした彼の装備に困惑しながらも問いかける。

 

「キミが操縦するのかと思ったけど、良いの?」

 

「ああ。俺が馬車を動かすと、録な事にならない気がしてな」

 

「具体的に言うと?」

 

「街灯を蹴散らしながら街を走ったり、ハヴォック神の怒りを買ったり、かな」

 

「ハヴォ?なにそれ?」

 

「さあな、忘れてくれ」

 

 聞かれたローグハンターは首を傾げながら肩を竦め、そっと馬車の窓を覗き込んだ。

 

「では、出発するぞ。良いか」

 

「ええ。お願いしますわ」

 

 窓越しに剣の乙女が返答すると、ローグハンターは頷いて蜥蜴僧侶に目を向けた。

 

「それじゃあ、頼んだ」

 

「承知承知。では、参りますぞ」

 

 蜥蜴僧侶はそう言うと、手綱を握って声を張り上げた。

 それに合わせて馬が歩き出し、馬車を引く。

 冒険者たちもそれに合わせて談笑混じりに歩き出し、街を出る頃には仕事モードとなっていた。

 だがしかし、何も起きずに時間は過ぎていき、張り詰めていた彼らの間にも、僅かな余裕が生まれ始める。

 そんな中でも、ローグハンターとゴブリンスレイヤーだけは神経を研ぎ澄ませ、来るべき敵の影を探す。

 それは天高く飛ぶ鷲とて同じ事。悠々と飛んでいるように見えても、その瞳は鋭い眼光を放ちつつ、獲物を探している。

 漏れでた欠伸を噛み殺し、女神官は隣を歩く女魔術師と令嬢剣士に声をかけた。

 

「お二人は、都に行くのは久しぶりですよね?」

 

「そうね。学院は都にあったから、私的には久々に戻る感じかしら」

 

「か、考えてみれば、わたくしは飛び出した家に帰るということなのでは!?」

 

「今気づいたの?」

 

 慌て始める令嬢剣士と、彼女の姿に苦笑を漏らす女魔術師。

 鉱人道士は(かしま)しい彼女らの姿に一瞥くれると、火酒をあおって妖精弓手に問いかけた。

 

「で、耳長の。これはおまえさんの言う冒険に含まれんのか?」

 

「うーん、どうかしらね」

 

 口に指を当てて考え込むと、彼女は誰しもが見惚れる笑みを浮かべて言う。

 

「ま、ゴブリンと野盗が出てこなければ満点かしら」

 

 彼女はそう言うが悲しいかな、ゴブリンスレイヤーとローグハンターが関わる以上、それは絶対にあり得ないのだ。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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