SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory03 夜襲

 辺境の街から都に行くには、それなりの日数がかかる。

 そうなると必然的に夜営を取る機会も増え、敵から襲撃を受けるリスクも増える。

 そこに備えない冒険者がいるわけもなく、現にローグハンターはライフルの整備をしつつ、時折タカの眼を通して闇を奥を監視していた。

 ぱちん、ぱちんと、手拍子を思わせる音と共に火花が弾け、闇に包まれた静かな森を照らし出す。

 休んでいる仲間たちの青い影を認め、赤い影がないことを確認するとタカの眼を解除して手元に視線を戻す。

 銃口に歪みがないかを確認し、引き金の動作を確認、ボルトを開いて弾と火の秘薬を込めてそっとボルトを閉じる。

 構造上仕方ないとはいえ小さな金属音が鳴るわけだが、他の冒険者が目を覚ます気配はない。

 

「んぅ……」

 

 彼の隣で毛布にくるまっていた銀髪武闘家が小さく唸り、起こしてしまったかと身を強張らせた。

 だが彼女は軽く寝返りを打つだけで、目を覚ました様子はない。

 ローグハンターは表情を和らげると、そっと彼女を髪を撫でた。

「ふへへ~」と笑いながらだらしない表情で涎を垂らす彼女の寝顔に苦笑を漏らし、ライフルを脇に置くと小さく振り向く。

 

「眠れないのか?」

 

「え、いえ、ええと……」

 

 不意に目を覚まし、ローグハンターの背を見つめていた剣の乙女は、見えざる瞳を泳がせると躊躇い気味に彼の下へと歩み寄った。

 不意に伸ばされた彼の手を取り、隣に腰掛ける。

 僅かに距離を開けて座ったのは、とても耐えられないからだ。

 侍女に聞いた限りだと、上等なコートを纏い、珍妙な武器を扱っているとの事だが……。

 それを確かめる術のない剣の乙女は、この上なく残念そうに息を吐く。

 だが、それを考えても仕方がない。この目になってもう十年になるのだ、そこに関しては諦めがついている。

 アサシンブレードの具合を確めつつ、ローグハンターは剣の乙女を見やる。

 

「……寝ないのか?」

 

「ええと……」

 

 武器の整備音混じりに問われた質問に、剣の乙女は頬を赤く染めながら困り顔となった。

 豊かな胸の内で跳ねる心臓の音が耳に響き、それは彼にも聞こえてしまっている錯覚を覚える。

 胸に手を当ててそれを必死に抑えつつ、何を言おうかと考え、思い付いた次の瞬間には忘れてしまう。

 書き損じた手紙を捨てるようだと思いつつ、口元に指を当てて僅かに考え、当たり障りのない事を口にした。

 

「……改めて、お礼を言わせてくださいな。あれからというもの、良く眠れるようになりました」

 

「ああ。前も聞いたな」

 

 そう言いながらピストルを軽く整備し、ジャグリングよろしく一回転させる。

 同時にその目を細め、夜営地の上空を円を描きながら飛ぶ鷲に目を向けた。

 いつもはあっさりと寝るのだが、今日に限って寝付く様子はない。

 

 ━━何か起こる前触れか……?

 

 体に張り付く気持ち悪さに眉を寄せると、彼の表情を知ることの出来ない剣の乙女はそっと息を吐いた。

 

「ゴブリンも、野盗も、出てきませんでしたわね……」

 

「襲撃するなら闇に紛れてだろう。それが基本だ」

 

 彼女の言葉を断ずると、黒鷲の剣を焚き火に透かした。

 黒い刀身が橙色の光を反射し、不気味でありながら鋭い輝きを纏う。

 何人斬ろうとも切れ味が落ちることはなく、折れることもないその剣は、果たして自分の手に納まるまでに何百年の歳月を待たされたのだろうか。

 待たされた年月の分使ってやらねば、この剣にも失礼にあたるというもの。今までポイポイ投げていたが、今さらになって罪悪感が芽生える。

 その想いと共に黒鷲の剣を腰帯に押し込み、今度こそ真っ直ぐに剣の乙女に目を向けた。

 

「さっさと寝ろ。明日も一日移動だ」

 

 苦笑しつつ漏らされた声に、剣の乙女は自分を落ち着けるように息を吐いた。

 

「ずいぶんと、簡単に仰るのね」

 

「寝ること自体は簡単だ」

 

 小さく肩を竦めると、ローグハンターは至極真面目な調子で続ける。

 

「目を閉じ、何かを想い、頃合いを見て開けば朝だ」

 

「何か、ですか?」

 

「そこは人によって違うだろう」

 

 少々いたずらっぽく問われた質問に、ローグハンターは焚き火をかき混ぜながらそう返した。

 噴き出した火花が宙を舞い、星空へと消えていく。

 剣の乙女は火花を見送るローグハンターの横顔を眺め、不意に問いかけた。

 

「貴方は、何を想って眠るのですか?」

 

 その質問に、ローグハンターは即答することが出来なかった。

 僅かに唸りながら思慮を深め、横で眠る銀髪武闘家に目を向ける。

 

「……こいつが何を想って寝ているか、だな」

 

 絞り出すように紡がれた言葉には、愛する人を見守る優しさが満ち溢れていた。

 聞いたこともない彼の声音に、剣の乙女は目隠しの黒布の下で大きく目を見開く。

 どうにか声を出すことは抑えたが、不意打ちで頭を殴り付けられたような━━本人としては思い出したくもない━━感覚に襲われた。

 

「え、えと、それは、どういう……」

 

「毎日寝顔を拝んでいるんだ。どんな夢を見ているかを考えても仕方ないだろう」

 

 油断しきっている銀髪武闘家の寝顔を眺めつつ告げられた言葉に、剣の乙女は驚愕を通り越してついに固まった。

 毎日寝顔を拝んでいる。つまり、彼と彼女は同じ部屋で寝ているということなのか。

 他人の私生活(プライベート)に踏み込むのは良いことではないが、剣の(恋する)乙女にそんな事を思う余裕はない。

 特に、その想い人が目の前にいるのだから余計にだ。

 

「し、失礼を承知でお聞きしても?」

 

 上擦った声で問われた質問に、ローグハンターは首を傾げつつも「構わんが」と返す。

 剣の乙女はローグハンターに背を向け、一度大きく深呼吸をすると、再び向き直って問いかける。

 

「その、武闘家様とは、どういうご関係なのですか……?」

 

 本能は聞くなと告げていた。本能は馬車に戻れと告げていた。

 それでも、彼女は問いかけてしまった。自分の考えすぎという僅かな希望に、懸けてしまったのだ。

 ローグハンターはその質問の意図を良く察せぬまま、さも当然のように告げた。

 

「世間一般でいう恋人(・・)と言ったところだな。ああ、恋人か。こうして口に出してみると、存外照れ臭いな……」

 

 苦笑混じりに頬をかく彼を他所に、剣の乙女の体は石となった。

 その柔らかそうな肉感をそのままに、一切の動きを止めたのだ。

 呼吸はしているようで肩が僅かに揺れてはいるが、しばらく戻ってくる事はないだろう。

 

「大司教?どうかしたのか」

 

 そっとローグハンターが肩を揺らすと、剣の乙女はハッとして体ごと顔を背けた。

 何か悪いことを言ってしまったのかと疑問符を浮かべるローグハンターには見えぬように、お守りである鷹の風切羽を握り締める。

 

 ━━彼は、何と罪深い男なのだろうか。

 

 身も心も汚された自分に、何の躊躇いもなく優しさを向けてくれた。

 身も心も汚された自分を、傷つくこともいとわずに救ってくれた。

 身も心も汚された自分に、年頃の乙女と同じ希望(恋心)を思い出させれくれた。

 

 ━━なのに、なのに、なのに……!

 

『世間一般でいう恋人(・・)と言ったところだな』

 

 ━━あんな嬉しそうな声で、わたくしの想いを!

 

「ふふ……」

 

「大司教?」

 

 肩を揺らしながら不気味に笑い始めた剣の乙女に、ローグハンターは遠慮がちに話しかける。

 

「ふふふ……」

 

「だ、大司教?」

 

 返答代わりに返ってきた笑い声に、流石のローグハンターも僅かに不安を覚えた。

 バーサークダートを撃ち込んだとしても、こんな反応は示さないだろう。

 少々危険な雰囲気を察したローグハンターは、音を立てないようにじりじりと下がり始めるが、

 

「ふへぇ……」

 

 すぐ隣で寝ていた銀髪武闘家が伸ばした腕を腰に巻かれ、後退を阻止された。

 いつもなら苦笑混じりに喜ぶ状況に今回ばかりは舌打ちを漏らし、絡まった腕をほどこうと軽く俯いた時、剣の乙女が彼の方へと向き直った。

 

「ふふ、ローグハンター様ぁ……」

 

 神聖さとはほど遠い、娼婦もかくやという妖艶な笑み。

 見ただけで様々な期待を胸に生唾を飲み込む笑みに、ローグハンターは思わず恐怖を抱いた。

 背を駆け抜けた寒気に、全身に鳥肌が立つ。

 殺気とはまた違う、自分に何かしら害を与えそうな雰囲気。

 逃げようにも腰を捕まっているし、そもそも依頼人から逃げるとはどうなのだと自問する。

 妖しい笑みを浮かべながら四つん這いになり、体が汚れることも厭わずにローグハンターへと近づいていく。

 薄布に包まれた豊満な胸が、体の揺れに合わせて左右に揺れる。

 ローグハンターはその動きを気にする素振りを一切見せず、彼女の見えざる瞳を覗こうと必死になっていた。

 だがしかし、悲しいかな。彼女の瞳は黒布に隠され、タカの眼をもってしても、青い影を残して見ることは叶わない。

 青というのとは敵意はないのかと僅かに安心するが、解除した途端にタカの眼がおかしくなったのかと疑問が湧いた。

 

「ふふ、ふふふ……」

 

 妖艶な笑みを薄める事なく、唇を不気味な三日月の形へと歪ませながら、恐怖心を煽るようにするりするりと一歩ずつ、彼へと近寄る。

 

「だ、大司教、落ち着いてくれ。何か悪いことを言ったのなら謝る」

 

「ふふ、謝る必要はありませんわ。むしろ、感謝しております」

 

 妖しい笑みをそのままに、剣の乙女はローグハンターの言葉をそう断じた。

 

 ━━感謝。なぜ感謝しているのだ。感謝しているならこっちに来ないでくれ。

 

 ローグハンターは胸の内の本音を飲み込み、腰に絡まった腕を解こうと手を伸ばす。

 慌てる彼の姿を眺めつつ、剣の乙女は不機嫌そうに、しかし嬉しそうな笑みを浮かべた。

 銀髪武闘家に捕まっているのは少々、いや、かなり気にくわないが、今は好都合だ。

 

「わたくしに、発破をかけてくださりました。わたくしを、一人の女に戻してくださりました。この際、一番でなくても構いません……」

 

 座り込んだまま逃げようとしていたローグハンターの腰の上に乗り、彼の頭を押さえ込んで正面を向かせる。

 闇を照らす炎のように揺れる蒼い輝きを正面から見据え、恍惚の表情を浮かべて熱のこもった息を吐き出す。

 鼻先をくすぐった熱い息と彼女の表情に、ローグハンターは僅かな既視感を感じる。

 

 ━━俺に襲い掛かった武闘家(あいつ)も、こんな表情になっていたような……。

 

 僅かに思慮した隙に剣の乙女はそっと頬を寄せ、触れあわせた。

 頬で互いの体温を共有し、彼女は嬉しそうに甘い熱のこもった声を漏らして身震いする。

 耳元で囁かれる甘い声に、ローグハンターは気まずそうに視線を泳がせた。

 今この姿を誰かに見られたなら、何と言われるだろうか。

 退()かす事は簡単だ。体格差にものを言わせ、思い切り押してしまえば良い。

 だが、身も心も傷だらけの彼女にそれが出来る程、ローグハンターは冷たい男ではなかった。否、六年前なら出来ただろうが、出来なくなったのだ。

 それは六年間銀髪武闘家が寄り添った結果なのだが、それがこうした形で出てしまったにすぎない。

 ただそれだけなのだが、半ば暴走している剣の乙女は「彼に否定されていない」という結果だけを直視し、嬉しそうに笑んだ。

 

「わたくしは、貴方を━━━」

 

 そっと彼の肩を押し、自分の体を寄り掛からせて押し倒す。

 互いの鼻先が触れ合い、吐いた息が混ざって消える程の距離。

 困惑の表情を浮かべるローグハンターに向け、剣の乙女はただただ嬉しそうに、妖艶な笑みを浮かべながら告げた。

 

「━━愛しております」

 

「!?!?!!」

 

 彼女の言葉にローグハンターは目を見開き、ひたすらに困惑を深めていく。

 ここまで直球に想いを告げられたのは、人生で二度目。

 一度目は言わずもがな銀髪武闘家からだが、まさかそれを違う女性からも受ける事になるとは、想いもしなかったのだろう。

 

「ふふ、答えは今すぐにはいただきませんわ。貴方の想い人は、彼女なのでしょう……?」

 

「ふふふ……」と妖しく笑いながら上体を起こし、そっと彼の頬を撫でた。

 僅かに湿り気を感じたから、汗を流しているのだろうと判断する。

 

「ですから、二番でも構いません。いえ、本当は嫌なのですよ?出来ればわたくしだけを、見ていただきたいのですが、無理を言ったら、貴方はわたくしを嫌うでしょう?」

 

 剣の乙女はそう問いかけ、ローグハンターの顔に手を這わせる。

 輪郭を、鼻の位置を、高さを、口の幅を、目と目の間隔を、彼の熱を。

 目が見えない代わりに、その手の感触でもって堪能し、その全てを脳裏に刻み込んでいく。

 

「貴方に嫌われてしまったら、わたくしは、またあの頃のように……」

 

 彼の顔を撫で回していた手を離すと、そっと自分の胸に抱き、怯える子供のように肩を震わせる。

 ローグハンターは先程の言葉を受け止めつつ、小さく息を吐いてそっと彼女の頬を撫でた。

 英雄と呼ばれてこそいるが、その柔らかな頬はただの女性と変わりない。

 そんなただの女性が、周りから英雄と呼ばれているだけなのだ。

 

「大司教、俺は━━」

 

 彼女に返答しようとした時だ。

 げらげらとこちらを嘲笑する声と、静かな囁き声が同時に響き渡った。

 

「ッ!」

 

 弛んでいた意識を一気に研ぎ澄ますと、同時に剣の乙女を押し飛ばし自分の背に隠す。

 ロープダートを飛ばして置いていたライフルを手元に手繰り寄せ、それを構えながらタカの眼を発動。

 視界に映った赤い影に照準を合わせ、息を止めて手振れを抑えると共に引き金を引く。

 大砲もかくやという銃声が夜の森を駆け抜けていき、凄まじい反動に弾かれて銃身が跳ね上がる。

 弾けとんだ赤い影に一瞥くれて、反動を腕の力をもって受け流し、ボルトを開いて次弾を装填する。

 先程の銃声を合図に目を覚ました冒険者たちが、各々の武器を手に立ち上がった。

 

「ゴブリンと野盗。数は━━」

 

 言いながら左目に意識を傾け、鷲と視界を共有する。

 鷲の視力を持ってすれば、夜間に獲物を見つけるのは容易い。そこにタカの眼を併用すれば、なおのことだ。

 天高くから見下ろす鷲の目と、獲物を浮かび上がらせるタカの眼を同時に使い、すぐさま敵の頭数を数える。

 

「ゴブリンが二十、野盗が十五の合わせて三十五」

 

 言いながら視覚の共有を切り、再びライフルの引き金を引く。

 放たれた弾丸は野盗の頭を撃ち抜き、即死させた。

 

「まず一つ」

 

 彼はいつも通りの声音でそう告げると、次弾を装填して背に回す。

 

「援護だ」

 

「わかりましたわ!」

 

「うん!」

 

 ローグハンターの言葉に答えたのは令嬢剣士と銀髪武闘家だ。

 すぐさま眠気を振り払った令嬢剣士は軽銀の突剣を引き抜き、銀髪武闘家は籠手の具合を確めて確かに頷く。

 彼は小さく頷くと、ホルスターから一挺だけピストルを引き抜き、空いた片手で剣の乙女の腕を掴んだ。

 

「馬車まで走る。行けるか」

 

「は、はぃ……!」

 

 先程と違った凛とした声に、剣の乙女は僅かな悦びの色のこもった声で返した。

 ローグハンターは調子が崩れたように眉を寄せたが、構う事なく彼女の手を引いて駆け出す。

 先回りした令嬢剣士が馬車の扉を開き、銀髪武闘家が周囲を警戒する。

 ローグハンターは一言「すまん」と呟いて馬車の中に剣の乙女を放り込み、荒っぽく扉を閉めた。

 

「すぐに終わらせる。鍵を締めて、待っていろ」

 

 扉越しにそう告げると、窓から剣の乙女が顔を覗かせる。

 

「……はい。お待ちしております」

 

 意味深な笑みと共に告げられた言葉に、ローグハンターは困り顔でため息を漏らすと、乱暴に鎧戸を閉めた。

 

「ねぇ」

 

 その肩に銀髪武闘家の手が置かれ、びくりと体が跳ねる。

 ローグハンターは勢い良く振り向くと、そこには心配そうな表情をする彼女がいた。

 

「……大丈夫?」

 

「ああ、問題ない」

 

 彼女の手に自身の手を重ね、いつものように頷いた。

「なら、良いけど」と彼女は手をどかし、グッと拳を握り締めた。

 

「そろそろ来るわ!」

 

 妖精弓手が長耳を揺らしながら言うと、それと同時に矢を放った。

 闇の奥からゴブリンの断末魔が響き、それに複数の足音が続く。

 ピストルをホルスターに押し込み、背に回した弓を手に取る。

 乱暴に矢筒に手を突っ込み、三本を纏めてひっ掴む。

 タカの眼を発動し、敵が左右に別れた事を確認。

 

「左右に別れた、挟撃来るぞ!」

 

 言いながら三本纏めて矢を番え、纏めて放つ。

 他の対処は仲間たちに託し、自分は目の前の相手に集中するのだ。

 放たれた矢は野盗三人の胴を穿ち、転倒させた。

 それでもまだ数は多い。何人かは矢を番え、今にも放たんとしている。

 

「『矢避(ディフレクト・ミサイル)』だ、急げ!」

 

「《サジタ()……サイヌス(湾曲)……オッフェーロ(付与)》!!!」

 

 打てば響くような返事(詠唱)

 女魔術師が掲げた杖から広がる力場が冒険者たちを包み込んだ。

 瞬間、放たれた矢が独りでに彼らを避け、地面に突き刺さった。

 

「来ますぞ!」

 

 蜥蜴僧侶の警告は、すぐに現実のものとなった。

 茂みを掻き分け、複数匹のゴブリンが飛び出したのである。

 

「GOORG!!」

 

「イィヤッ!」

 

 飛び出したゴブリンが銀髪武闘家の蹴りにより宙を舞い、頭から地面に激突する。

 ゴキャリと滑稽なまでの音を立て、一匹を絶命させた。

 

「ぬんっ!」

 

「ッ!こんの!」

 

 大上段から降り下ろされた両手斧を軽銀の突剣で受け流し、その柄に這わせるように刃を走らせ、勢いのままに首を断ち切る。

 返り血をそのままに、背後から忍び寄っていたゴブリンに短刀を差し出して首を貫く。

 

「魔術師さん、援護は?」

 

「大、丈夫よっ!」

 

 杖を槍のように振りながら野盗とゴブリンを捌き、仕込み刃でゴブリンの胴を刺し穿つ。

 突き刺した杖をそのままに手を離すと、左手のリストブレードを抜刀、手頃なゴブリンの眼窩に刃を滑り込ませた。

 引き抜くと同時に体を半回転させ、その勢いを乗せてリストブレードを振り抜きゴブリンの喉を切り裂き、血に溺れさせる。

 

「あれじゃあ、誰が後衛かわからんの!」

 

 手斧片手に野盗と戦闘していた鉱人道士が叫ぶと、彼と競り合っていた野盗の喉に矢が生えた。

「うおっ!」と驚きながらも死体を退かし、援護してくれた妖精弓手に軽く手を挙げて感謝を示す。

「ふふん」と得意気に笑った妖精弓手は、軽やかに馬車の上に飛び乗ると、矢を番えて一息に放つ。

 理解不能な軌跡を描いたそれは、野盗二人の首を纏めて貫いた。

 

「どうよ。あんたには出来ないでしょ」

 

「そうだな」

 

 弓を片手に野盗の攻撃を全て避け、隙を見つけて蹴りを放って間合いを開くと、弓を乱暴に上へと放る。

 同時に黒鷲の剣を抜き放ち、同時に野盗の首を跳ねる。

 首と共に落ちてきた弓を回収し、弦を切らないように気をかけつつ背に回す。

 

「まあ、元より勝負する気もない」

 

「もう、そこは『教えてくれ』とかじゃないの!?」

 

「最低限使えればそれで良いだろう」

 

 言いながら斬りかかってきた野盗に足払いを放ち、倒れた所に剣を突き立てて脊髄を砕く。

 引き抜きながら一度ステップを踏んで間合いを詰め、野盗の首を断ち切る。

 反転ついでにピストルを引き抜き、遠距離から矢を放とうとしていたゴブリンの頭を吹き飛ばす。

 流れるように無駄のない動作(キルストリーク)は、彼が培ってきた技だ。

 そこに夢で見た戦士たちの技を反映(シンクロ)させる事で、さらに無駄を省いて敵を葬る。

 

「フンッ!」

 

 ゴブリンスレイヤーが円盾でゴブリンの頭蓋を叩き割り、剣を逆手に握って投げ放つ。

 矢の如く放たれた剣は、野盗の心臓(小鬼の頭の高さ)を貫いた。

 倒したゴブリンから槍を拝借し、躍りかかったゴブリンを石突きで叩き落とし、眼窩に穂先を叩き込む。

 

「むぅ……」

 

 僅かに唸るといつかのローグハンターのように槍の柄を半ばからへし折り、石突き側を戦鎚(メイス)として振り回す。

 乱戦になってはいるが、無意識の内に互いの背中を守りあい、誰一人として最悪の事態にはなっていない。

 

「大丈夫か」

 

「は、はい……!」

 

 錫杖を両手で握り締める女神官は、僅かに不安そうな面持ちで戦況を見つめた。

 ローグハンターたちの一党は、もはや阿吽(あうん)の呼吸と言って良い。

 

「大いなる我が父祖よ!我が戦働きをご照覧あれ!!」

 

 蜥蜴僧侶が躍りかかり、爪、爪、牙、尾の四撃で、その回数分敵を葬る。

 

「しかし、数が多いですな!斥候殿、小鬼殺し殿、何か手は!」

 

「あー、ゴブリンスレイヤー!」

 

 野盗五人を纏めて相手取るローグハンターが一人の胴を切り裂き、はらわたをぶちまけさせながら友の異名を呼んだ。

 呼ばれた友は、女神官に目を向けて一言告げた。

 

「追い込む。『聖壁(プロテクション)』を頼めるか」

 

「わかりました!」

 

 女神官は確かに一言答え、錫杖を掲げて祈りを口にする。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!」

 

 優しき地母神は祈りに答え、『聖壁』の奇跡を彼らのために成してくれた。

 不可視の壁が野盗とゴブリンたちの背後に現れ、逃げ道を塞ぐ。

 彼らが異変に気付いた頃にはもう遅い。

 退路を塞がれ、退くことを許されず、前には野盗殺しのプロたるローグハンターとその一党が待ち構えている。

 ローグハンターは逃げ道を失った野盗を睨むと、もはや冷酷なまでに仲間たちに指示を出した。

 

「剣士と武闘家が右から、蜥蜴人とゴブリンスレイヤーは左から、俺は正面。後衛組は援護と馬車を守りを頼む……!」

 

 彼の指示に各々が答え、同時に駆け出す。

 すれ違い様に黒鷲の剣が振るわれればその度に誰かの首が飛び、眼前に迫り来る死神から逃れようと左右に行ったところで、

 

「イイィヤッ!」

 

「イイイイイイイイイイイイヤッ!」

 

 重なる怪鳥音が発せられる度に、誰かの体が潰れ、千切られ、

 

「はっ!」

 

「フンッ!」

 

 突剣の連撃で体を切り刻まれ、棍棒と思われる棒切れで殴り殺される。

 運良く切り抜けた所で、上森人の狙撃で倒される。それを避けられた所で、二人の術師の術が来るとなると、もうどうにもならない。

 野盗もゴブリンも、完全なる詰みであった。

 

「ラァッ!」

 

 気合いと共に振り下ろされた黒鷲の剣が、ゴブリンの体を一刀の元に両断し、返す刃で振り上げればまた誰かの腕が飛ぶ。

 返り血でどろどろになりながらも、ローグハンターは止まらない。

 切り込んだ野盗の体をばつ字に切り裂き、とどめにアサシンブレードで喉を貫く。

 そのまま喉を掴んでぶん投げると勢いのまま懐に手を突っ込み、腕を振り抜く要領でロープダートを放つ。

 ゴブリンの眼窩に滑り込んだフックを巻き取らず、そのまま思い切り張って駆け出す。

 ピンと張られたロープに巻き込まれ、ゴブリンも野党も次々と転倒していき、そこに冒険者たちの追撃が襲いかかる。

 

「……なんか、同情するわ」

 

 油断なく矢を番えた妖精弓手が呟くと、後衛組は気まずそうに頷いた。

 夜の襲撃者が全滅したのは、夜が明けるよりも前の事だ。

 

 

 

 

 

 血の海とは、まさにこの事を言うのだろう。

 ゴブリンと野盗たちの亡骸が無造作に転がされた草原を、朝焼けの赤い光が照らし出す。

 (ひざまず)いて聖印を切る女神官の姿を認めつつ、ローグハンターは倒れる野盗とゴブリンの姿を睨み付ける。

 野盗もゴブリンも共通して、手を思わせる独特な紋様の刻まれたローブを纏い、見てみれば同じ紋様の入れ墨が彫られている。

 

「……やはり邪教徒の類いか」

 

「斥候殿もそう見ますかな」

 

 しゅーと鋭い息を吐きながら蜥蜴僧侶が問うと、ローグハンターは腕を組みながら頷く。

 覚知神の象徴は瞳であるから、これはまた別の象徴。もはや邪悪な神ではなく悪魔崇拝者の可能性もあるが……。

 ローグハンターは考えても仕方ないと頭をがしがしと掻き、膝をついて目についた野盗の懐を探り始めた。

 隣にいた蜥蜴僧侶が周囲を警戒し、彼の目の代わりとなる。

 

「……む」

 

 そして、それを見つけた。

 雑に丸められていたからか(しわ)だらけで、書かれた文字は暗号なのか、内容は全くもってわからない。

 

「………」

 

 目を細め、小さく唸りながら立ち上がる。

 見てわからないものを見続けても仕方がない。さっさと切り替えて次に行かねば駄目だろう。

 現に、昨晩は襲撃されたのだ。早く移動するに越した事はない。

 ローグハンターが野盗の死体を改めているのと同時に、ゴブリンスレイヤーはゴブリンの死体を改めていた。

 

「むぅ」

 

 兜のせいで表情はわからないが、あちらもあちらで考えているのだろう。

 ローグハンターは手に入れた紙片を丸めて懐に入れると、ゴブリンスレイヤーに声をかけた。

 

「何か問題か」

 

「ああ。これを見ろ」

 

 ゴブリンスレイヤーは言いながら手を出すと、そこにはいくつかの認識票が乗せられていた。

 ローグハンターは眉を寄せて認識票の一つをつまみ上げると、小さく肩を竦めた、

 

「この冒険者を仕留めたとして、その体と装備はどこだ」

 

 包み隠さず告げられた言葉に、ゴブリンスレイヤーは「それが問題だ」と頷いた。

 

「奴らは、盗賊と手を組んでいた。裏に何かいるのは間違いないだろう」

 

「この襲撃も、相手の計画の内か」

 

 懐に忍ばせた紙片に触れ、ローグハンターはちらりと馬車に目を向けた。

 剣の乙女を狙い、野盗だけでなくゴブリンも放ってきたのは偶然か、あるいは彼女の過去を知っての事か。

 知っていて放ったとしたら、彼女の命が狙われているのは間違いない。

 その襲撃者たちは、何やら不気味な手の紋様の入れ墨をしている。

 相手の手には冒険者の認識票が複数。彼らから剥ぎ取った装備を持っていた様子もなく、それらが近くにある様子もない。

 つまり━━━。

 

「まだいるな、これは」

 

「ああ」

 

 ローグハンターとゴブリンスレイヤーはお互いの意見を一致させると、手早くその場を離れる準備を進めていく。

 今回の依頼はゴブリン、野盗退治が仕事ではない。あくまで護衛。

 冒険者は信頼が第一。まずは目の前の依頼をこなすのが最優先だ。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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