SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory04 都

 ゴブリンと野盗との戦いから更に幾日か。

 周囲に何もなかった街道の脇に、田畑が増え始め、また街道を通る人も増えた頃だ。

 目深くフードを被り、いつものように鷲との視界共有をしていたローグハンターは、その姿を認めて感嘆の息を吐いた。

 まだ小さいが、確かに見ることの出来る立派な城壁。

 白亜の大理石を積み重ね、魔術にも奇跡にも頼らずに築かれたそれは、次々と人を呑むこみ、混沌の勢力から守る盾となる。

 馬車の上でじっと目を凝らした妖精弓手が、ぱぁっと表情を輝かせた。

 

「見えてきたわ!」

 

「ああ、わかっているさ」

 

 はしゃぐ彼女とは対照的に落ち着き払ってはいるものの、その声音には僅かな喜色が混ざっている。

 それに気付いたのは銀髪武闘家だけなのは、もはや言うまでもない。

 彼女はニコニコと笑みながら、彼らに続くように感嘆の息を漏らす。

 都。都だ。生まれ育ったこの国の中心地。まさか、生きている内にここを訪れる日が来ようとは……。

 感傷に浸っている暇もなく、都を目指す人は更に増え、冒険者たちを呑み込んでいく。

 人混みに紛れて進むなか、御者台の上で手綱を握る蜥蜴僧侶が鋭く息を吐いた。

 

「いやはや、ここまで人が多いと、馬を操るのも一苦労ですな」

 

「確かに、すごい人ですね」

 

 皆からはぐれないように気をかけながら、女神官は周囲を見回してそう漏らした。

 その瞳が僅かに輝いているあたり、彼女なりに興奮しているのだろう。

 小さかった城壁が巨大な壁になった頃、ローグハンターは鷲との視界の共有を切り、自分の眼でもって城壁を見上げた。

 何百、何千という年月を雨風と戦火に晒されながらも、決して崩れ去ることなく国を守り続ける盾は、その存在感も相応のもの。

 それを初めて目にする冒険者たちが黙ってそれを見上げるなか、ローグハンターは顎に手をやって首を傾げた。

 目を細め、壁に向けて手を伸ばす姿は、明らかに目測しているそれだ。

 銀髪武闘家は彼の姿にため息を漏らし、悪戯心のままにフードを剥ぎ取った。

 彼の口から小さく声が漏れると、銀髪武闘家はしてやったりと笑う。

 

「今、登ること考えてたでしょ?」

 

「ああ……。無意識だったんだが、癖なのかもな」

 

「もう、しっかりして」

 

「すまん」

 

 恋人からのお叱りに、僅かに俯くローグハンター。

 子供のような彼の姿に、銀髪武闘家は口に手を当てて可笑しそうに笑うが、

 

「ん……?」

 

 何やら視線を感じて周囲に目を向けた。

 回りにあるのは人、人、人であり、見知らぬ誰かから見られていたのかと考え視線を彼の元へ。

 

「どうかしたか」

 

「ううん、何でもない」

 

 心配げに見つめてきたローグハンターに笑って答え、気分転換ついでに鼻を引くつかせると、鼻孔を刺激する様々な臭いに涎を垂らした。

 

「流石都だねぇ~。いろんな臭いがするよ」

 

「だからって飛び出して行くな。はぐれると困る」

 

 今にもどこかに行ってしまいそうな彼女の手を取り、半ば強引に引き戻す。

「買いに行かせて~」と両手を振り回して愚図る彼女の姿にため息を漏らし、何とも静かな女魔術師と令嬢剣士に目を向けた。

 二人としては久々の帰郷だ。少しはテンションが上がるように思えるのだが……。

 

「も、もし父様と鉢合わせにでもなったら……」

 

 令嬢剣士はお化けに怯える子供のように震えながら、外套のフードを目深く被って周囲を見渡していた。

 家族の反対を押し切って飛び出してきたのだ。出来るだけ再会はしたくないのだろう。

 

「……元気にしてると良いけど」

 

 女魔術師は誰かを思って表情を和らげていた。

 恋人がいるという話は聞いていないから、家族の事を心配しているのだろう。

 片や家族に怯え、片や家族を想っている。

 何とも対照的な二人の姿に、ローグハンターは懐かしむように苦笑した。

 

「……家族、か」

 

「どうかされまして」

 

 不意に呟いた彼に返したのは、馬車の窓から顔を覗かせた剣の乙女だ。

 相変わらずの妖艶な笑みを浮かべながら、その見えざる瞳でローグハンターを射抜いている。

 それを受け流しつつ、ローグハンターは周囲に視線を配った。

 もはや進むのも困難な程の人混みだ。どこから刺客が接近してしても可笑しくはない。

 優しく揺れていた蒼い炎が鋭い鷹の眼光へと変わった途端、剣の乙女は熱っぽい息を漏らす。

 ローグハンターは悩ましげに唸ると、それを隠すようにフードを被った。

 いきなり彼がフードを被った事に残念そうな息を漏らす横で、馬車内の女官は彼女の表情の変化に皆目検討もつかないと首を傾げる。

 ここ数日、剣の乙女がおかしい。何の比喩表現でもなく、直喩としておかしいのだ。

 ローグハンターの姿を常に視線で追いかけ、女性と話そうものなら歯を食い縛って唸り声をあげる。

 まあ、昔の塞ぎこんでいた頃に比べればまだ良いかもしれない。

 

「見えない、見えない。ああ、風でも吹いてくれないかしら……」

 

 ──―良いのだろうか?

 

 馬車の中で女官が首を傾げ、外のローグハンターは額に手をやってため息を吐く。

 彼は馬車から感じる──少々危険な──視線から逃れるように銀髪武闘家の手を引いて歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「何か買いにいくぞ。どうせ列は動かん」

 

 彼の言うとおり、先程から列は全く動いていない。

 門下の衛兵たちが一人一人身分を確認していたのだが、その作業が止まってしまっているのだ。

 何か重要な物が届くのか、作業が進まない割には動きが騒がしい。

 何かあれば良いがと門の前の露店を覗き、すれ違う商人が売り歩く品物を確認する。

 

「それにしても、お祭りでもやってるのかな?」

 

 いつの間に買ったのか、肉を挟んだサンドイッチを頬張りながら問うと、ローグハンターは小さく肩を竦めた。

 

「大都市なら、毎日こんなものだろう。っと、一つくれ」

 

 すれ違いに売り歩いていた商人からリンゴを買い、ローブの裾で軽く拭うと一口頬張る。

 シャリシャリと瑞々しい音をたてながら噛み砕き、溢れ出る果汁に舌鼓を打つ。

 

「あ、一口頂戴」

 

 馬車に戻ろうと踵を返すと、銀髪武闘家が一度彼の手を引いて言った。

「ん」と小さく漏れでた声と共にリンゴを差し出され、銀髪武闘家は大口開けてかじりつく。

 彼女が噛んだ痕を沿うようにリンゴをかじり、馬車に戻る頃には芯のみとなった。

 同じく買い出しに行っていたのか、鉱人道士があれやこれやと一党の仲間たちに配っている。

 銀髪武闘家は目を輝かせると、ローグハンターを引っ張る形で彼の下へと駆け寄った。

 

「私にも頂戴!」

 

「おう、銀髪の。おまえさんらも何か買ったんと違うんか」

 

 言いながら抱えた籠を探るが、「食いもんはねぇな」と小声で告げられた。

 銀髪武闘家は露骨に残念がって項垂れるが、ローグハンターは構わずに言う。

 

「この際中に入ってからの方が確実だな。さっき食べていたサンドイッチも、売れ残りだろう?」

 

「まあ、そうなんだけどさ」

 

 いまだに覇気のない彼女の声に、ローグハンターは小さく息を漏らす。

 

「件の会議が終わるまでは滞在するだろうから、色々と食べ回ればいい。何件だろうが付き合うさ」

 

「ッ!そ、それなら我慢しようかな……!」

 

 遠回しなデートの誘いに銀髪武闘家は露骨に喜び、その場で踊り出しそうな程に舞い上がる。

 鉱人道士は何とも手慣れているローグハンターと、あっさり話に乗っけられた銀髪武闘家にため息を漏らす。

 どこだろうがイチャイチャするのは、この二人の芯の強さによるものか、或いは回りは眼中にないのか。

 

「おまえさんらは、ぶれないの」

 

「「……?」」

 

 二人は同時に首を傾げ、互いの顔を見合わせる。

 処置なしと左右に首を振ると、三人は何やら視線を感じて馬車の方に目を向けた。

 窓から剣の乙女の笑顔が覗いている以外は、別に変わった様子はない。

 ローグハンターだけは気まずそうに視線を逸らしたが、剣の乙女の笑顔が崩れる事はない。

 視線を逸らした先にいたゴブリンスレイヤーは、ゴブリンから剥がした皮を睨んで唸っている。

 入れ墨の事を調べるためと剥いだわけだが、ここで見るものではないだろうとため息を漏らす。

 と、その時である。天高く飛んでいた筈の鷲が彼の頭の上に止まり、どこかを見つめて一声鳴いた。

 ローグハンターがそれにつられるように目を向けるのと、妖精弓手がひくりと耳を揺らしたのはほぼ同時。

 鷲が再び空へと舞い上がると、ローグハンターは左目に意識を傾けて視界を共有する。

 天高くから見下ろしてみると、よくわかる。何やら馬車が近づいて来ているのだ。

 それに気付いた兵士たちが門に群がっていた群衆を掻き分け、道を開いた。

 そこを通るのは、豪奢な二頭立ての馬車である。

 箱には金の彫刻が施され、掲げられた獅子の紋章は王家の証。

 それを引く馬も、厳選に厳選を重ねた名馬だろう。

 その馬車を囲む騎士たちは上質な金属鎧に身を包み、帯びる剣や槍もまた上等なもの。

 物語の中で語られる騎士の姿をそのまま反映したその姿は、子供でなくとも誰しもが見惚れるものだ。

 

「騎士、ね……」

 

 鷲との視界共有を切ったローグハンターが、誰に言うわけでもなくぼそりと呟いた言葉に、銀髪武闘家は苦笑を漏らす。

 彼も故郷では騎士だったらしいし、あの騎士たちの姿に何か思うことがあるのだろう。

 ローグハンターは目を細め、何ともなしにタカの眼を発動する。

 見惚れる騎士たちが青い影へと転じ、引かれる馬車は魔力を示す緑の影へと変わる。

 

「魔術的な防御に、周囲を囲む騎士。あれは名の売れた盗賊団でも狙わないな」

 

 腕を組ながらそう断ずるが、その目は明らかに獲物を狙う鷹のそれだ。

 銀髪武闘家は最近物騒な恋人の姿を眺めて困り顔になりつつ、「もうそんな時期なんだ」と声を漏らした。

 

「時期?何のだ」

 

「王様が直接税を取りに行くことがあるんだって。たぶん、それかな」

 

「ほぅ……」

 

 銀髪武闘家にしては珍しい知的な物言いに、ローグハンターは意外そうに息を漏らした。

 彼女から何かを教わることなど、この六年であまりなかったように思える。

 しかし、最も大事な事を教えてくれたのが彼女である事は間違いない。その事に関しては感謝してもしきれない程だ。

 そんな二人を馬車の上から見下ろしながら、妖精弓手は不機嫌そうに頬杖をついた。

 

「それにしても、豪華な馬車だったわね。それに兵隊まで」

 

「王様が安物を使っていたら、それこそ笑いものにされますわ」

 

 令嬢剣士が周囲を伺いつつ言うと、妖精弓手は「なんで?」と至極真面目な面持ちで問いかけた。

 女魔術師はやれやれと首を左右に振ると、妖精弓手にもわかりやすいように言う。

 

「もしあなたの故郷の族長が、枯れ木の洞に住んでいて、襤褸布同然の服を着ていたら嫌でしょ?」

 

「それは、そうね……」

 

「そして、あなたたちが苦労して狩りや収穫が終えて帰って来た所にふらふらと現れて『税金寄越せ』とか言われたら?」

 

「はっ倒すわ」

 

「そう言うこと。権威を示すという意味で、見た目は大事ってことよ」

 

「なるほどねー」

 

 本当にわかっているのさはさておき、妖精弓手は門の向こうに消えていく王家の馬車を見送る。

 

「王様めんどくさいわ」

 

「森人の姫がなんか言うとるぞ」

 

「いいじゃない。ここは里の外なんだから」

 

 妖精弓手と鉱人道士のいつものやり取りに、仲間たちは顔を見合せて笑みを溢した。

 愉快そうに笑いながら、蜥蜴僧侶がぐるりと目を回す。

 

「しかし、我ら冒険者の組合も税で営まれておりますでな」

 

 愉快そうな笑みこそ浮かべているものの、その言葉には説教をする司祭と同様の重みがある。

 ローグハンターは腕を組むと、懐かしむように噛み締めながら言う。

 

「組織がなければ、俺たちは無頼漢だからな。裏で金を回してくれるのはありがたい事だ」

 

「ほお、斥候殿も何か覚えがあるのですかな?」

 

「まあ、税金とは違うが、色々あったな」

 

 街を復興するために走り回り、いざ復興したら売り上げの一部を献上してもらい、また次の復興へと回す。

 ある意味での税金は、騎士団に──先生個人にかもしれないが──払われていた。

 その資金で船を強化したり、武器を揃えたりもしていたから、あの頃は大変助かったものだが……。

 

「……本当、色々あったな」

 

「ま、その話は後でね」

 

 苦笑混じりに漏らされた声に銀髪武闘家が返すと、ゴブリンスレイヤーも「門につくぞ」と一言で注意を促す。

 ゴブリンスレイヤーがゴブリン以外の事で注意を促すという珍しい事態に、ローグハンター、銀髪武闘家、女神官が小さく驚きを露にする。

 そして彼が言った通りに、先程以上の速度で門下の人々が捌かれ始め、冒険者たちの順番もすぐに来そうになっていた。

 鎖で吊るされた橋を渡って外堀を越え、前の人々が次々と都へと入っていくのを眺めていると、

 

「止まれ!身分証を提示しろ」

 

 そこに番兵の声がかかった。

 蜥蜴僧侶が手綱を操って馬を止めると、その巨体を御者台から降ろす。

 丁寧に整備され、磨き上げられた装備を身に纏う兵士が、彼等の行く手を阻んでいた。

 上等な装備ではあるが、果たしてそれを扱う者の技量はどうか。

 ローグハンターがじっと兵士を睨みながら認識票を取り出し、そしてハッとした。

 認識票には出身──彼の場合は実在するが行ったこともない異国の名が刻まれている──や年齢の他、身体的特徴が示されているわけだが、それが問題だった。

 身体的特徴の中には『瞳の色』という項目があり、そこには『両目とも蒼』と刻まれているのだが、今の彼は左目が『金』なのだ。

 ここで下手な問題が起こり、一党に迷惑をかけるわけにはいかない。

 ローグハンターはしばし迷うとフードを取り去り、女神官や蜥蜴僧侶らが番兵とやり取りをしている隙を見て馬車の窓を叩いた。

 

「どうかされましたか!」

 

 その瞬間に剣の乙女が顔を出し、この上ない笑みを浮かべている。

 ローグハンターは躊躇いがちに、彼女に頼んだ。

 

「一つ、頼まれてくれないか。眼帯の換えがあれば借りたいのだが」

 

「ええ、一つと言わずにいくらでも。えと、取ってくださる?」

 

「はいはい、かしこまりましたよ」

 

 年かさの女官がため息混じりに返すと、それから数秒して剣の乙女の手に乗った黒い布が差し出された。

 彼女の細指に絡まるそれを、ローグハンターはそっと手に取る。

 触り心地も良く、それだけで良い品だということがわかる。

 

「今度新しいのを渡す」

 

「いえ、そのまま返してくださいな」

 

「いや、流石に俺の使ったものは──―」

 

「構いません。あなたが使ったものなら」

 

「そうか……」

 

 なぜか頬を赤らめ、恍惚の表情を浮かべる剣の乙女から逃れるように、ローグハンターは自身の左目を黒布で覆い隠す。

 それと同時に「次!」と番兵の声が飛ぶ。

 ローグハンターは片目になった事による距離感の誤差を持ち前の勘で補い、番兵の前へと出る。

 認識票を差し出し、名簿に名前を書いていく。

 番兵は認識票の情報とローグハンターの容姿を比較し、左目を隠す黒布に目を向けた。

 

「その布はなんだ」

 

「前回の依頼で負傷した。これはその傷を隠すためだ」

 

「負傷か。どの程度のものだ」

 

「隠す必要がある程度には」

 

 ローグハンターがそう告げると、番兵は兜の下で怪訝な表情を浮かべた。

 このまま行けば「その下を見せろ」と言われる事になるだろう。

 最悪目を閉じ続ければいいが、何かの拍子に開いてしまったら、自分は都に入れない。最悪牢屋に放り込まれる事になる可能性もある。

 

 ──まあ、逃げ切る自信はあるが……。

 

 珍しく悪評を広めそうな事を考え、番兵に気付かれない程度に重心をずらし、いつでも駆け出せる体勢を整える。

 フォローに入ろうとしたのか、銀髪武闘家が足を踏み出して口を開きかけた時、

 

「至高神の御名にかけて」

 

 背後から、濡れるように艶っぽい──しかし、どこか怒気を孕んだ──声が入り込んだ。

 声の源は馬車の窓からで、そちらに目を向けた番兵たちは、一様に目を見開いている。

 

「彼は正真正銘、銀等級の冒険者ですわ」

 

「こ、これは大司教様……ッ!」

 

 窓枠にしだれかかるように身を寄せているためか、その美体が柔らかく歪んでいる。

 番兵たちは唾を飲み、僅かにたるんでいた背筋を正す。

 彼女に出会った者なら、誰しもがそうなる筈なのだ。

 例外はこの場にいる二人、ローグハンターとゴブリンスレイヤーぐらいだろう。

 当のローグハンターは剣の乙女の姿を一瞥すると、気付かれないように小さくため息を漏らす。

 権威とは力だ。あればあるだけ、多少の無茶を利かせる事が出来る。あれば便利だろうし、誰しもが欲するものだ。

 だが、しかしだ。冒険者一人を都にいれる為だけにそれを振りかざすのは、いかがなものか。

 

『──わたくしは貴方を、愛しております』

 

 いつかの夜に言われたら言葉が脳裏をよぎり、再びため息を漏らす。

 そんな彼のことなぞ露知らず、剣の乙女は番兵たちに言う。

 

「手早く済ませてしまいしょう。後がつかえていますから」

 

「は、はい、只今!──ほら、早く書け……!」

 

 急に覇気の失せた番兵たちの姿にやれやれと首を左右に振ると、差し出された台帳に手早く──けれど達筆に──必要事項を書き記す。

 

「ほら」

 

「っ!う、うむ……!」

 

 冒険者にしてはあまりに達筆な文字に番兵は思わず驚いたが、気にするまでもないことだと思考を切り替える。

 台帳を返された番兵は、慌てた足取りで馬車の窓枠に近寄ると、恐る恐るといった様子で剣の乙女に台帳を差し出した。

 それを受け取った剣の乙女は、どこかおぼつかない様子でページを繰り、それを女官が補助をする。

 ふとローグハンターは空を見上げ、いつもそこにいる鷲がいなくなっている事に気付いた。

 目を細めて小さく首を傾げるが、元よりあの鷲は自由だ。その自由な時間をこちらの都合で拝借しているのだから、いなくなっても責めることはない。

 だが、心配しないのかと問われれば答えは否。

 

 ──―かの鷲は、かけがえのない仲間なのだから。

 

 

 

 

 

「わ!?」

 

 都のとある城内で、その少女は間の抜けた声を漏らした。

 退屈潰しに窓から見える都の風景を眺めていたら、いきなり目の前に鷲が現れたのだ。

 窓の手すりにとまり無防備に羽をむしっているが、その瞳に油断の色は一切ない。

 見るからに逞しいその鷲は、果たしてどこから飛んできたのだろうか。

 少女がそっと窓を開け放つと、鷲は吹き込んだ風に乗って室内に入り込んだ。

 手頃なテーブルの上にとまり、「キィッ!」と鋭い鳴き声を漏らす。

 少女は風に吹かれる金色の髪を押さえ、僅かに苦戦しながらも窓を閉める。

 鍵を締めるとホッと胸を撫で下ろし、鷲がいるテーブル脇の椅子に腰掛けた。

 

「ねえねえ、鷲さん、聞いてくれる?」

 

 彼女以外に人のいない室内で呟くと、呼び掛けられた鷲は言葉がわかっているかのように首を傾げた。

 これ幸いと、少女は鷲の羽を撫でながら言う。

 

「お兄様ったら酷いのよ?自分はあちこち飛び回っているのに、私には外に出るなって言うの」

 

「キィッ!」

 

「そうよね、酷いわよね」

 

 この場にはいないが、彼女の個人的な友人でもある使用人に言うように、少女は鷲へと愚痴を漏らす。

 

「お兄様、昔は冒険者だったのに、私が冒険者になるって言ったら大反対でさぁ」

 

 机に突っ伏しながら、遥か下に見える都の景色を眺めた。

 様々な土地から、様々な人が、様々な目的で訪れ、()()()()()()自由を楽しんでいる。

 ぼぉっと窓を外を眺めていると、鷲が(くちばし)で少女の髪を撫でた。

 鷲に励ませるなんて考えるが、鷲は鷲だ。たぶん髪についた汚れでも見つけたのだろう。

 

「──この際、壁でも蹴り破ろうかしら」

 

「キィッ!?」

 

「冗談、冗談。そんな事出来ないわ」

 

「キィ……」

 

「……本当に、私の言葉わかってるのね」

 

 色々とリアクションを返してくれる鷲の姿に苦笑を漏らし、荒唐無稽な計画をいくつか絞り出す。

 どうせ失敗に終わるだろうが、骰子(サイコロ)は振ってみなければわからないのは誰しもが知る事だ。

 しかし、今の自分にはそれを振ることすら許されていない。それには、納得がいかない。

 自分の立場というものも理解しているが、一度でいいから家出(ぼうけん)がしてみたい。

 少女は知っている。西の辺境には、世のため人のため、悪名高い盗賊を倒して回っている英雄がいることを。

 少女は知っている。西の辺境には、ゴブリンばかりを倒して回っているなんか変なの(えいゆう)がいることを。

 だが、少女は知らない。その英雄たちの顔を。

 見たことがないものを見てみたいと思うのは、誰しもが持つ権利だ。

 権利ならば、それを振りかざして何が悪いと言うのだ。

 

「うん。……そうよね」

 

 ──―なら、見に行けば良いじゃない。

 

 少女の口から漏れた言葉に、鷲は何の事だと首を傾げた。

 少女は希望に満ちた瞳で鷲を見ると、椅子を倒しながら立ち上がる。

 

「私、家出(ぼうけん)するわ!」

 

 金色の髪を揺らし、瞳を希望に輝かせる姿に、鷲は居心地悪そうに自分の羽を弄る。

 高らかに宣言した少女の顔は、あまりにも──―。

 

 

 

 

 

「……似ているな」

 

「え?」

 

 不意に漏らされたローグハンターの呟きに、見つめられていた女神官は首を傾げた。

 都に入って数分。鷲との視界共有を切ったローグハンターが開口一番に漏らした言葉には、流石の銀髪武闘家も困惑を隠しきれない。

 だが何か聞き出そうにも、彼は顎に手をやって何やら考えている様子だ。

 

 ──今は話しかけない方が良いかな。

 

 その真剣な表情に、銀髪武闘家は遠慮して声をかけることを避けた。

 

「やあお嬢さん。道案内はどうですかな?」

 

「え、あ、わた──!?」

 

 不意に声をかけられ、そちらに目を向けた銀髪武闘家は目を見開いた。

 彼女に声をかけたのは、背中を曲げた老爺(ろうや)だ。

 だが、その老爺は右腕の肘から先がなく、神殿に行く金すらないのか、見るからに不浄な包帯が適当に巻かれている。

 ぎょろりと剥かれた瞳の片方も、硝子のように曇っている。何者かに焼かれたのだろう。

 痛々しい姿の物乞いに、銀髪武闘家は音を出さないように金貨を取り出し、そっと老爺に握らせた。

 考え事中のローグハンターも、すれ違った後輩と談笑する女魔術師も、父親に見つからないように馬車の影にいる令嬢剣士にも気付かれた様子はない。

 

「道案内は必要ありません。その、行きますね」

 

「ありがとうございます……!ありがとうございます……!」

 

 神でも崇めるように跪いた老爺の姿に、銀髪武闘家はあわあわと慌て始める。

 

「……む。どうかしたのか」

 

「う、ううん!何でもない」

 

 不意にかけられた声に、彼女は声を上擦らせながら答えると、そそくさとその場を後にした。

 取り残された老爺が醜悪なまでの笑みを浮かべ、受け取った金貨を弄んでいた事にも気付かずに。

 

 

 

 

 

 そんな出来事から更に数分して、冒険者たちはようやく至高神の神殿へとたどり着いた。

 水の街では大きな社であったが、ここにあるのはそこらの神殿と変わらない。

 尤も、辺境の神殿に比べれば大きいのは言わずもがなである。

 馬車の神殿の前へ止め、剣の乙女が女官の手を借りて降りたと同時に、彼女の到着を聞き付けた侍祭たちが神殿でから飛び出してきた。

 英雄を見る子供のように目を輝かせる侍祭たちに、剣の乙女は母親を思わせる微笑を浮かべて受け入れた。

 ローグハンターは門の前とは別人のような彼女の姿に苦笑を漏らし、単刀直入に問いかける。

 

「それで、宿はどうすればいい。前回のように神殿に泊めてくれるのか?」

 

 ローグハンターが問うと、剣の乙女は侍祭たちに向けるものとは違う笑みを浮かべながら答えた。

 

「はい。空いている部屋をお使いくださいまし」

 

「わかった。ついでに訊くが、近場に書庫か知識神の寺院はないか」

 

「でしたら、この神殿に書庫がありますわ。調べ物ですか?」

 

「そんなところだ」

 

 ローグハンターが頷くと「でしたら案内いたしますわ」と剣の乙女が申し出たが、そこに待ったをかけられた。

 誰でもない、銀髪武闘家によってだ。

 尤も、彼女が何か言ったわけではない。単純に、彼女の腹の虫が鳴っただけの事だ。

 腹を押さえて赤面する銀髪武闘家に目を向け、ローグハンターは苦笑を漏らす。

 

「その前に食事だな。おまえらは」

 

 彼の確認に真っ先に答えたのは女魔術師だ。

 彼女は眼鏡の位置を直すと、照れ臭そうに笑みながら言った。

 

「私は一旦学院に顔を出します」

 

「わ、わたくしは魔術師さんについていきますわ」

 

「私もです」

 

 そこに令嬢剣士、女神官が続くと、妖精弓手が「私も私も!」と身を乗り出した。

 鉱人道士は髭をしごくと、酒臭い息を吐きながら言う。

 

「そじゃま、儂と鱗の、かみきり丸も何か食い行くか」

 

「……む、俺たちと──」

 

「お二人で繰り出して参れ。拙僧らは男衆だけで済ませるゆえ」

 

「そうか。なら、そうするが……」

 

 仲間たちの心使いを受けたローグハンターは、遠慮がちにゴブリンスレイヤーに目を向けるが、「反対する理由もない」と告げられるだけに終わる。

 銀髪武闘家は心なしか嬉しそうに笑うと、ローグハンターの腕を掴んでどこか道の向こうを指差す。

 

「それじゃあ、早速行く──」

 

「前にやることがある」

 

 彼女の声を遮り、ローグハンターは神殿の屋根の上を見上げた。

 まさかと仲間たちが目を合わせるのを無視し、ローグハンターは神殿の壁を登り始める。

 侍祭や女官がいきなりの事態に思わず固まる中、剣の乙女が僅かに声を震わせながら問いかける。

 

「……あの、彼は何を?」

 

「えーと、彼の一族に伝わる儀式みたいなものらしいです」

 

 銀髪武闘家が目を逸らしながら言うが、その彼は既に神殿の屋根の上だ。

 街を一望までとはいかなくとも、近場の地形を見るには十分な高さ。

 ローグハンターは正義と秩序の象徴である天秤と剣の紋様を上に仁王立つと、周囲の地形を瞬時に叩き込んだ。

 そして神殿の中庭に放置されていた干し草の山を見つけ、そこに向かって身を投げた(イーグルダイブ)

 服や鎧についた干し草を払いながら、なに食わぬ顔で戻ってきたローグハンターに、銀髪武闘家の鉄拳制裁が下されたのはもはや言うまでもないことだ。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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