SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory05 散策

 都には、冒険者ギルド結成よりも長い歴史を持つ店が多い。

 喫茶(パール)に始まり酒場(タヴェルナ)大衆食堂(ガーネナ)料理店(ケーナティオ)と、店と一口に言っても多くの種類があるのだ。

 通りを埋める人々の隙間を縫うように進むローグハンタ──眼帯は外している──と銀髪武闘家は、様々な飲食店を観察しつつため息を漏らした。

 

「いやー、出てきたは良いけどお店だらけだねぇ」

 

「まあ、都だからな」

 

 銀髪武闘家が困り顔で笑うと、ローグハンターは小さく肩を竦めた。

 自分の故郷にも様々な店があったが、果たしてどちらが多いだろうか。

 ローグハンターは顎に手をやり、ふと目についた店の看板を睨んだ。

 

「ふぅむ……」

 

「どうかし──って、ああ」

 

 小さく唸ったローグハンターにつられ、銀髪武闘家もその看板に目を向けた。

 そして合点がいったように頷くと、口元に手をやって可笑しそうに笑んだ。

 彼らの視線の先にある看板は、丸くなって眠る狐を模した紋様が刻まれている。

 彼らからしてみれば慣れ親しんだ、ある意味頼れる看板だ。

 

「俺たちの拠点は支店だったようだな」

 

「そうみたいだね。そんなわけで入ってみよ~!」

 

 銀髪武闘家はそう言うと、彼の手を引いて店の自由扉を潜る。

 途端に聞こえるのは、外の雑踏とは違う猥雑な喧騒だった。

 冒険者と思われる一団から、長旅を疲れを癒しに立ち寄った旅行客と、様々な人が思い思いに食っては飲み、時には賭け事に興じている。

 静寂とはほど遠いが、ここにあるのは確かな平和だ。喧嘩沙汰がなければ、人が思い気のままに過ごせるのはなんと素晴らしい事か。

 ローグハンターと銀髪武闘家は顔を見合わせると、人混みを掻き分けて店のカウンター席を目指した。

 いつものようにカウンター端の席につき、銀髪武闘家がその隣に腰掛ける。

 そんな二人に声をかけたのは──、

 

「いらっしゃいって、なんだ、おまえらか……」

 

 小洒落た衣装に身を包み、目深くフードを被った男性だ。

 男性は額に手をやり、露骨に困った顔をしてため息を漏らした。

 ローグハンターは苦笑を漏らし、その男に言う。

 

「久しぶりだな、狐」

 

「だから、店主と呼べ店主と!」

 

 狐と呼ばれた男性──店主──は、いつものようにローグハンターを注意すると、再びため息を漏らした。

 

「まったく、おまえらまで出てくるとは思わなかったぜ」

 

「俺もだ。店主がいないと聞いたときは驚いたが……」

 

 ローグハンターはそう言うと店内を見渡し、小さく肩を竦めて微笑を漏らした。

 

「昇進でもしたのか?」

 

「こっちが俺の店だよ。向こうのは軌道に乗るまで面倒見てただけさ」

 

「ほぇ~」

 

 心底興味なさそうに声を漏らした銀髪武闘家に、店主は「おまえらしい反応だな」と腕を組んだ。

 

「それにしても、仕事か?観光じゃあないだろう」

 

「そうだ。余り深くは聞くな」

 

「わかってるさ。冒険者は信頼が第一、だろ?」

 

 店主が片眉をあげながら言うと、ローグハンターは無言で頷くに止めた。

 銀髪武闘家はメニュー表を拝借すると、じっと目を細めて料理名と値段を吟味する。

 何も彼女は、目についたものを適当に食べているわけではない。しっかりと財布と相談しているのだ。

「ぐぬぬぬ」と小さく唸る彼女を他所に、ローグハンターは店主から受け取ったメニュー表を一瞥するとカウンター上へと置く。

 そして口を開こうとすると、それを店主が手で制する。

 

「いつものはなしだ。もう昼だ、ちゃんとしたものを腹に入れろ」

 

「むぅ。まあ、それはそうだが……」

 

 そう言うと再びメニュー表を手に取り、穴が空くのでは思えるほどに睨み始めた。

 横の銀髪武闘家はある程度決まったのか、ローグハンターの決定を待っているようだ。

 手持ち無沙汰なのか、彼のメニュー表を覗きこんであれやこれやともの申している。

 彼女の意見を取り入れたら最後、ローグハンターには食べきれない量が出てくるわけだが、それは彼が最も承知している事だ。

 二人で肩を寄せあい、一つのメニュー表を見つめるその姿は、端から見ても恋人同士そのもの。

 周囲から僅かに羨むような視線が集まるが、当の二人はそんなもの気にした様子もなく、その姿勢を崩す様子はない。

 店主は頬を掻くと、「で、何を頼む」と二人を急かす。

 ローグハンターは「そうだな」と呟き、銀髪武闘家に目を向けた。

 

「お前に任せる。どうせ食うのはお前だ」

 

「その言葉を待ってたよ!よーし、じゃあねぇ」

 

 通りすがりの只人女給を呼び止め、メニュー表片手に指差し確認をしながら注文していく。

 彼女の姿を横目で見つつ、ローグハンターは店主に問いかけた。

 

「友人に会いに行ったと聞いたが、無事に会えたか」

 

「ああ、問題なくな。変わりなく元気だったよ」

 

 店主は微笑みながらそう言うと、ほんの僅かではあるが不機嫌そうに目を細めた。

 

「……何かあったのか」

 

「まあ、少しばかり、意見の食い違いがあった程度だ。仕事の幅を広げようにも、人手が足りなくてな」

 

 カウンターに肘をつき、両手を顔の前で組ながら言うと、ローグハンターは僅かに眉を寄せて問いかける。

 

「そいつの職業は、やはり宿の主人か?」

 

「いや、劇場の支配人だ。自分で本を書いたり、読み書きを教えていたりもする」

 

「器用な奴だな」

 

「ああ。とんでもなく器用な奴だ」

 

 店主がそう締め括ると、銀髪武闘家も注文が終わったのか、二人の方に向き直る。

 何やら真剣な顔をしている二人に交互に目を向け、小さく首を傾げる。

 

「何の話をしてたの?」

 

「店主の知人についてだ。劇場の支配人だそうだ」

 

「ほぇ~、劇場ねぇ」

 

 ローグハンターが言うと、銀髪武闘家はカウンターに突っ伏しながら体を伸ばした。

 カウンター板と体に挟まれ、彼女の豊満な胸が潰れて形を歪めると、周囲──特に男性──からの視線が集まる。

 その男性たちは友人女性や恋人家族から折檻を受けるが、銀髪武闘家は気にした様子もなく鼻唄を歌っている。

 何とも無防備な彼女の姿にため息を吐くと、ローグハンターは出された水を一口あおる。

 喉を降りていった冷たい感覚を堪能すると、フッと鼻を鳴らして彼女に告げた。

 

「興味なさそうだな」

 

「ふぇ?」

 

 単刀直入な彼の言葉に、銀髪武闘家は何とも間の抜けた声を漏らす。

 机に突っ伏す彼女の髪を優しく撫でながら、ローグハンターは微笑を浮かべた。

 

「まあ、俺としてもそれどころじゃないのが本音だが」

 

「え、あー、もしかして、あの話?」

 

「ああ。関わりはある」

 

 銀髪武闘家が赤面しながら問うと、ローグハンターは至極真面目な顔で頷いた。

 あの話というのは、十中八九住む家をどうするかという話だろう。

 銀髪武闘家は真っ赤に染まった両頬を手で隠し、ローグハンターに背を向けて視線から逃れた。

 銀髪の髪から覗く真っ赤な耳が、今の彼女の心境を物語る。

 店主は肩を竦めながらため息を吐くと、ローグハンターに向けて言った。

 

「お前は、こいつが関わると回りが見えなくなるな」

 

「……?見ているつもりだが」

 

 首を傾げて疑問符を浮かべる彼に、きっと悪気はないのだろう。

 純粋に彼女の事を想い、彼女との未来を想っているだけだ。

 それを止めるつもりはない。愛する人との未来を思って何が悪い。

 だが、その話をするのはここではない事は確かだ。

 

「その話は宿でやれ。ここには飯を食いに来たんだろ?」

 

「それもそうなんだが、ふむ……」

 

 店主の尤もな意見に頷きつつ、ローグハンターは顎に手をやり天井を仰ぎ見た。

 何かを聞きたい様子だが、店主に聞くべきかを悩んでいるのだろう。

 銀髪武闘家がほんの僅かな不安を孕ませる中、さっさと終わらせたい店長が話を切り出す。

 

「悩み事なら聞くぞ?人生経験なら俺の方が上だ」

 

「そう、だな。なら、一つ聞いても良いか」

 

「ああ。今は部屋を提供出来ないからな、そっち方面で頼ってくれ」

 

「助かる」

 

 ローグハンターは一言礼を挟むと、姿勢を正した。

 銀髪武闘家の両親に挨拶した時と同様か、あるいはそれ以上に真剣な面持ちである。

 その横顔に見惚れて頬を朱色に染める彼女を他所に、ローグハンターは一切躊躇せずに問題を告げた。

 

「大司教に言い寄られてな。下手に断ると、あいつが壊れそうで怖い」

 

「──―え!?」

 

 突然の告白に、理解するための僅かな間を開けて銀髪武闘家が変な声を出すと、店主は顎を擦りながら人差し指を立てた。

 

「まず、お前が惚れているのは誰だ?」

 

「こいつだ」

 

「はぅ……っ!」

 

 ローグハンターは銀髪武闘家を見つめながら即答した。

 彼がどう回答するかをわかっていたものの、面と向かって言われた彼女は顔を両手で隠しながら俯く。

 店主はその答えに満足そうに頷くと、人差し指に続いて中指を立て、さらに問いかけた。

 

「次に、その大司教が放っておけない」

 

「……ああ。あいつは、下手に突き放したら冗談抜きに壊れるかもしれん」

 

 ──もう壊れているかもしれないが……。

 

 ローグハンターは口には出さないがそう続け、差し出された水を一口あおる。

 店主は悩ましげに息を吐くと、銀髪武闘家に失礼を承知で言った。

 

「俺の知り合いならこうしただろう、でも良いか」

 

「構わない。何でも良いさ」

 

 ローグハンターが言うと、店主は清々しいまでの笑みを浮かべて両腕を広げた。

 

「どっちもものにすれば良い」

 

「……俺にはない感性の持ち主だな、あんたの知り合いは」

 

 額に手を当てて項垂れる彼と、軽く放心する銀髪武闘家。

 店主が「参考になったか?」と問うと、彼の口から「どうだかな」と消え入りそうな声が返された。

 一人の女性の事を想い、どこまでも真剣な目を出来るのは良いことだ。

 店主がよく知る人物も、このくらい一途なら無駄なトラブルもなかっただろうに……。

 

 ──まあ、今考えた所でどうにもならないがな。

 

 店主は早々に思慮を切り上げると、ローグハンターに言った。

 

「お前は真面目過ぎるんだよ。もう少し馬鹿になったらどうだ?」

 

「馬鹿になれ、か」

 

 ローグハンターがぼそりと漏らすと、銀髪武闘家が彼の手を取った。

 彼女の表情はかなり不安げなものであり、瞳には覇気がない。

 ローグハンターは優しく彼女の手を握り返すと、彼女の瞳を覗き込みながら言った。

 

「だが、お前に向ける気持ちは変わらない。変えるつもりもない」

 

「でも、大司教様の事も気になるんでしょ?」

 

「気になると言っても、そういった感情はないぞ」

 

「それは良いんだけど、その、ねぇ?」

 

 銀髪武闘家が助けを求めるように店主に目を向けると、彼はやれやれと首を左右に振る。

 

「かつて世界を救った英雄の恋人が既婚者だったら、回りが黙っていないぞ?」

 

「英雄?それ以前にあいつは女だろうに」

 

「「………」」

 

 至極真面目な顔で返され、銀髪武闘家と店主は顔を見合わせてため息を漏らした。

 

 ──―誰にも分け隔てなく接し、助けを求められれば躊躇いなく手を差し伸べる。

 

 それが銀髪武闘家が惚れた彼の長所であるが、それは逆に『他人の問題まで背負い込む』という短所でもある。

 ようやく出てきた料理の数々に、銀髪武闘家はかじりついた。

 乱れた自分の心を落ち着かせるように。

 ほんの僅かな怒りを叩きつけるように。

 

 

 

 

 

 都にあるのは、何も酒場だけではない。

 この国の中心たるその場所には、数多の魔術師を輩出してきた学院がある。

 

「うわぁ……」

 

 学院の正門を前にした女神官が、それを見上げながら感嘆の息を漏らす。

 教会ともまた違う意匠により建てられた学院は、何ともお堅い印象を受ける。

 大理石を積み重ね作られたそれは、城壁ほどではないがかなりの歴史があるものだろう。

 敷地の中央に聳える尖塔は、天を貫かんばかりに高い。

 どこぞの銀等級冒険者が見れば、間違いなく登る。きっと、止まる間もなく飛び付くだろう。

 彼女の隣で同じく門を見上げていた妖精弓手は、その瞳をキラキラと輝かせ、まだかまだかと身震いしていた。

 この学院の卒業生たる女魔術師は一人で中に入り、諸々と手続きをしてくれているのだ。

 魔術師とは知識の探求者、おいそれと部外者を敷地に入れるほど気安くはない。

 まあ、そんな彼らも一歩外に出れば丸くなるのは周知の事実だ。

 令嬢剣士が外套を被ったまま、二人に言った。

 

「わたくしも一度入った事がありますけれど、中々に興味深いものばかりでしたわ。一日二日では全てを見切れませんほどに」

 

「え、あんたも入ったことあるの?」

 

 妖精弓手が目を丸くしながら問いかけると、令嬢剣士は「ええ」と小さく頷いた。

 

「わたくしも術を扱うのをお忘れですか?」

 

「そういえば……」

 

 女神官が唇に指先を当てながら言うと、妖精弓手も「使ってたわね」とぼそりと漏らす。

 ローグハンターと一緒に仕事をしていると、いつの間にか後衛も前衛もなくなるというのが何とも不思議なもので、令嬢剣士とて例外ではない。

 本来後衛である女魔術師も、初めて出会った頃とは体捌きに雲泥の差があるだろう。

 その彼女が書類片手に小走りで戻ってくると、令嬢剣士が問いかけた。

 

「魔術師さん、首尾はいかがですか?」

 

「問題ないわ。話は先生の所に行ってからね」

 

 女魔術師はそう言うと、「こっちよ」と友人たちを先導していく。

 途中すれ違う後輩たちの挨拶に笑顔で答えつつ、校舎と思われる建物の中へ。

 土足で入ることを躊躇うほどに清潔に保たれたその場所、女魔術師は慣れた様子で突き進む。

 長い廊下を右に左に曲がり、ようやくたどり着いた扉の前で立ち止まる。

 女神官らには理解できない、何とも複雑な紋様が刻まれたその扉は、何かしらの術がかけられているのだろう。

 女魔術師が扉を叩くと、内側から「どうぞ」と女性の声が返ってくる。

 僅かに首を傾げてから、一度咳払いをして「失礼します」と告げて扉を開く。

 彼女に先導され、女神官たちは部屋へと雪崩れ込む。

 部屋へと入った女神官は、思わず息を吐いた。

 壁には神話の風景を切り取った絵画が飾られた、その上には歴代の校長のものと思われる肖像画がいくつか並んでいる。

 部屋の中央には長机を挟むようにソファーが並び、上にはいくつかのティーセットが用意されていた。

 そして、彼女の正面。窓を背にした事務机につく女性が、ゆらりと立ち上がった。

 女魔術師がかつて着ていたものとよく似たローブを身に纏い、頭には三角帽子。

 机に立て掛けていた杖を手に取ると、腰にまで届くほどの長い髪をマントのように翻した。

 窓から差し込む光に照らされ、黒い髪が美しく輝く。

 三角帽子の影から見えるのは、艶のある黒い髪と同じ黒い瞳だ。だが、その瞳孔はわずかに蒼い。

 その胸は豊満で、くびれた腰から肉感的な尻へのラインは、もはや芸術的と言っても良い。

 その女性はかつかつとヒールの音を響かせながら前に出ると、三角帽子の鍔を人差し指で撫で、くいっと持ち上げてその顔を覗かせた。

 

「やっ!久しぶりだね、優等生くん!」

 

 ニカッと笑いながら女魔術師に挨拶すると、それを受けた彼女は三角帽子で顔を隠しながらため息を吐いた。

 まるで会いたくもない相手に会ったような反応だが、おそらくそうなのだろう。

 いくら待っても挨拶を返さないからか、女性教諭は下から彼女の顔を覗きこむ。

 

「どうした、風邪か?病気か?何なら私特製の薬を出すか?」

 

「結構です、先生。いつの間に校長の椅子に座るようになったんですか?」

 

 女魔術師がどこか冷たい声音で言うと、女性教諭は「おー、怖い怖い」と手をひらひらと振りながら一旦下がった。

 そして一度咳払いをすると、行儀悪く事務机に腰掛け、指の間で火の消えた煙管(きせる)を弄びながら言った。

 

「叔父だった前校長が病気で倒れてね、暇していた私に白羽の矢がたったわけさ。冒険者にでもなろうとしていたのに」

 

「……貴方が校長だなんて、世も末ですね」

 

「相変わらず冷たいねぇ!」

 

 女魔術師の反応に豪快に笑って受け流すと、客人である女神官らに目を向けた。

 

「友人にはそんな態度じゃあないだろう?キミは友人には優しい奴だからな。おお、まるで猫のようだ!」

 

 女性教諭は早口でそう言うと、僅かに赤面する女魔術師に一瞥くれると、どこか嬉しそうな笑みを溢した。

 

「まあ、友人が多いのは良いことだ。ここの学生たちは、一度別れたらもう一度会うことは難しい」

 

「冒険者になったり、学者になったり、どこかを目指して旅に出たり、ですよね」

 

「そうそう。何をするかを決めるのは自分だからねぇ。私たち教師は、単純に道を示すだけさ」

 

 女魔術師の言葉に、女性教諭は煙管をくわえながらそう言った。

 

「それで友人たち。見学かい?」

 

「え、あ、はい」

 

 突然の問いかけに女神官が答えると、不意に女性教諭が立ち上がり、彼女へと歩み寄った。

 身を屈めて視線を合わせ、鼻が触れあいそうなほどの距離にまで顔を近づける。

 ほんのり香る臭いは、何かの薬品のものなのか、とても独特なものだ。

 

「あ、あの……」

 

「……」

 

 困惑する女神官を他所に、女性教諭はじっと彼女の瞳を覗きこんだ。

 黒い瞳の奥に輝く蒼い輝きに、心の奥底まで見透かされたような錯覚を覚える。

 人によっては、既視感を覚えることだろう。その眼光は、まるで鷹のようだ(・・・・・)

 女神官が気まずそうに僅かに目を逸らすと、女性教諭は楽しそうに笑みながら彼女の顎先を人差し指で撫でた。

 

「可愛いなぁ、食べてしまい──―」

 

「ストップ!」

 

 何やら危険な事を口走った女性教諭の頭に女魔術師の杖が振り下ろされ、何かが砕けるような鈍い音が部屋に響いた。

 殴られた頭を擦りながら、女性教諭は言う。

 

「いったいなぁ。脳が割れたらどうするんだい」

 

「知らないんですか、脳は二つに別れてます」

 

「ん?あー、そうだっけか」

 

 女性教諭はそう言いながら「《インフラマエ(点火)》」と真に力ある言葉を紡いで煙管に火をつけた。

 ほっと円形の煙を吐き出し、小さく笑みを漏らした。

 

「知ってるかい?真に力ある言葉も、一つだけならそこまで魔力を使わないんだ」

 

「……先輩の冒険者から教わりました」

 

 女魔術師がいつかに魔女に教わった事を思い出しながら返すと、女性教諭は興味深そうに笑んだ。

 

「ほぅ。その冒険者、中々に勤勉なようだ」

 

 再び煙を吐き出すと、「よし」と頷いて灰皿に灰を落とす。

 

「では、案内しようじゃあないか」

 

「書類はどうするんですか」

 

「気にするな。すぐに終わる量だ」

 

 そう言いながら彼女が目を向けたのは、山になっている書類の束だ。

 令嬢剣士が「終わる量ではないですよね……」と漏らすと、女性教諭は「終わるさ。明日になる頃にはね」と返して歩き出す。

 女魔術師は額を押さえてため息を吐くと、ぽかんと間の抜けた顔をしている友人たちに「行きましょう」と声をかける。

 女神官たちは慌てて彼女の後を追いかけ、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 赤いカーペットの敷かれた長い廊下を進みながら、女性教諭は上機嫌そうに鼻唄を歌っている。

 後ろに続く彼女らが知らない歌だが、女魔術師だけはどうせ自作したものだろうと目星をつけた。

 

「ここが講義室だ。今は──誰も使ってないな、お邪魔しまーす」

 

 女性教諭が説明混じりに扉を開き、そのまま中へと入り込む。

 女魔術師らもその後に続いて中に入り、久々の場所に女魔術師は小さく息を漏らした。

 壁と一体となる黒板と、講師が立つと思われる教壇が置かれ、そこを中心に扇状に長机が立ち並ぶ。

 

「ここでは魔術の基本理論や、真に力ある言葉とその意味を教える。まあ、今は空っぽだがね」

 

「難しそうねぇ」

 

 妖精弓手が教室を見渡しながら言うと、女性教諭は「簡単なら学院は必要ないよ」と笑い混じりに告げた。

 

「ふむ、この時間なら実習だろうな。見に行くかい?魔術師の卵たちを」

 

 意味深な笑みと共にそう言うと、彼女らの答えを聞くまえに歩き出した。

 彼女に案内されている以上追いかける他なく、女魔術師がため息を吐いた。

 

「昔からあんな感じなのよ。変わっているのも、駄目な方向に」

 

 後ろの友人たちにだけ聞こえるように言ったのだろうが、女性教諭にも聞こえていたのか、ふわりと黒い髪を揺らしながら振り向く。

 

「そうとも、私は変わり者さ。なのに校長させられているんだぜ?嫌になるよ」

 

 それが彼女の本心なのだろう。心底嫌そうな面持ちでそう言った。

 妖精弓手は肩を竦めると、「ホント、退屈しないわ」と苦笑を漏らす。

 世界は広く、そんな世界に生きる者に、同じ人物は一人とていないのだ。

 

 

 

 

 

 学院の演習場。

 学生の頃の女魔術師が毎日のように通ったその場所には、多くの学生たちが集っていた。

 各々が得意な魔術を行使し、ある時は魔術書片手に新たな術に挑戦する。

 

「は、謀ったわね!?」

 

 そんな彼らの姿を見ていた女魔術師が女性教諭に掴みかからん勢いで詰め寄るが、当の彼女は「何の事かな~」とどこ吹く風だ。

 女魔術師の視線の先にいるのは、彼女同様の赤い髪に眼鏡をかけた少年だ。

 必死に杖を振り、『火玉(ファイアボール)』を放って的を焦がしている。

 少年はその結果に嬉しそうにガッツポーズをすると、視線を感じたのか女魔術師と女性教諭の方へと目を向けた。

 そしてそこにいる人物を視界に納め、誰なのかを認識した途端に、顔を真っ赤にさせて女魔術師を指差した。

 

「な、なんでこんなところにいるんだよ!?」

 

「も、戻ってきちゃ悪い?元だけど、私だって学生なのよ?」

 

 深呼吸をして無理やり自分を落ち着かせると、その少年の言葉に努めて冷静に返す。

 女神官は二人の顔を交互に見つめ、「似てますね」とぼそりと呟いた。

 妖精弓手と令嬢剣士が同意を示して頷くと、「そりゃ、弟だからねぇ」と女性教諭が煙管を弄びながら他人事のように漏らした。

 

「「「え………」」」

 

 その呟きに事情を知らぬ三人がほぼ同時に声を漏らし、件の二人に目を向ける。

 女魔術師は赤面しながら顔を背け、少年魔術師は「な、なんだよ……!」と照れながら語気を強める。

 間の抜けた表情の冒険者三人と、赤面する姉弟二人に、女性教諭は悪戯っぽく笑んだ。

 

「いやー、若いっていいねぇ」

 

 その呟きは誰にも聞こえず、演習場の喧騒に消えていった。

 

 

 

 

 

 学院、校長室。

 

「さて、楽しんで貰えたかい?」

 

 女性教諭が満足そうに笑んで両腕を広げながら言うと、女魔術師は疲労困憊と言った様子でソファーに腰かけていた。

 あれからというもの、久々に会った姉弟が話している間に女性教諭が女神官らを連れ回し、意図的に彼女を孤立させたり、偶然を装って見つけた彼女の論文を音読したりなど、徹底した精神攻撃を行ったのだ。

 女神官は「大丈夫ですか?」と純粋な心配からか、丸くなった彼女の背を撫でている。

 妖精弓手は「何だかんだで楽しかったわね!」と上機嫌そうに長耳をひくひくと揺らし、令嬢剣士は「たまには良いですわね」と笑んだ。

 そんな彼女らの様子を伺いつつ、女性教諭は女魔術師の左手首に目を向けた。

 

「それにしても、キミが金物を身につけるなんてね」

 

「ああ、これですか……?」

 

 そう言いながら顔を上げ、リストブレードを抜刀して見せると、女性教諭が僅かに目を見開いた。

 そして興味深そうにその刀身に手を触れると、「ほぉ……」と息を吐く。

 

「これはどこで?」

 

「ゴブリンに占拠された砦です。武器庫に転がってました」

 

「ふぅん」

 

 女性教諭が顎に手をやって息を吐くと、真剣な面持ちで問いかけた。

 

「知り合いに、それと同じものを持っている人はいるかい」

 

「……?どうして聞くんですか」

 

 女魔術師が問い返すと、女性教諭は「いや、気にするな」と手短に返す。

 令嬢剣士も僅かに疑問符を浮かべたが、すぐに切り替えて女魔術師らに言う。

 

「それでは、そろそろ行きましょうか。見たい場所があるのでしょう?」

 

「そうね。温泉だっけ?そこに行きたいわ」

 

「ふふ、前に入ってから、ずっと言っていますよね」

 

 妖精弓手の進言に、女神官は苦笑混じりに頷いた。

 女魔術師が「とりあえず、疲れを取りたいわ……」と続けば、次に行く場所は決まったようなもの。

 女性教諭は微笑ましいものを見たという風に四人を見ると、手をひらひらと振りながら言う。

 

「では、私は仕事を片付けなければならないのでね。さあ、行った行った」

 

「言われなくても行きますよ……」

 

 女魔術師はそう返すと、杖をその用途通りに使いながら「よっこらしょ」と声を漏らして立ち上がる。

 女性教諭が「年寄りみたいだなぁ」と漏らしたがそれを無視し、「失礼しました」と一礼して部屋を後にする。

 妖精弓手と令嬢剣士もその後ろに続き、最後尾の女神官が退室した時だ。

 

「……アサシンブレードをゴブリンが扱おうとした?ふぅむ、興味深い」

 

 女性教諭は不気味に笑みながらそう漏らし、机に仕舞われた本を取り出した。

 表紙には何も描かれておらず、ページをめくっても何かが書かれているわけでもない。

 そう、ただ見ただけではそう見えるのだ。

 彼女は目を閉じ、何言か呪文を唱えると、数分かけて神経を研ぎ澄ませ、呼吸を止めて目を開く。

 視界が暗くなり、生徒たちの声がより遠くに聞こえるようになると、ページに光る文字が浮かび上がった。

 額に脂汗を浮かべながら読み進めるが、途中で読むのを止めて本を閉じる。

 異常に痛む頭を押さえ、額に浮かぶ脂汗をローブの袖で乱暴に拭う。

 

「──全ての感覚を研ぎ澄まし、音を見て、形を聞く。言葉にすれば簡単なんだけどね」

 

 何年も前に彼女が出会った人物から聞いた、人間だけが持つ力(タカの眼)を扱う方法。

 外の世界の力という本来なら扱えない筈のものを、呪文を使って五感を強化して無理やり使っているわけなのだが──。

 

「これは、無理かな。負担が馬鹿にならない……」

 

 数年かけても、実用化には至らない。

 強化するということは、集中を切らせばその反動が一気に押し寄せてくるということだ。

 もし、この力を手足のように扱える人物に出会えたなら。

 

「コツでも聞いてみたいものだよ……」

 

 女性教諭はそう漏らし、書類の山と格闘し始めた。

 それを捌く速度はもはや異常の一言だ。

 書類を捌く彼女の手には、何やら指輪が填められていた。

 どこにでもありそうなシンプルなデザインではあるが、そこに異様なものがあった。

 指輪の台座に置かれた宝石に、アルファベットの『A』を思わせる紋様が刻まれているのだ。

 この世界に根付き始めた彼ら(教団)には、肝心のものが欠けている。

 

 闇に生き、光に奉仕する者が。

 

 人々の自由と平穏を守る、何者にも負けない強き戦士(アサシン)たちが。

 

 まだ、足りないのだ──。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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