SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory07 神殿での一悶着

 二つの月に照らされた都。至高神の神殿の一室。

 神殿の中でも一二を争う程広い部屋にいるのは、二人の男女。

 一人は黒いローブと漆黒の鎧を身に纏った男性。口元の傷痕と右瞳が蒼、左瞳が金のオッドアイが特徴といえば特徴の冒険者──ローグハンター。

 もう一人は黒布で目元を覆い隠した女性。透ける程に白い肌の上に白い薄布を纏い、傍らに天秤剣を立て掛けた冒険者──剣の乙女。

 片や多くのならず者(ローグ)を屠り、西の辺境で名を轟かせている銀等級冒険者。

 片や魔神王を撃ち取り、世界に名を轟かせた英雄たる金等級冒険者。

 一見しただけでは繋がりがないように思える二人だが、その考えは剣の乙女の表情を見れば瞬時に変わる事だろう。

 窓から差し込む月明かりに照らされた彼女の頬は赤く染まり、口元は恥じらうように薄く笑んでいる。

 それはまさに、恋する乙女が浮かべる表情だ。

 男なら誰しもが見惚れる彼女の表情を真っ直ぐに見つめるローグハンターは、俯き加減に言う。

 

「本当に申し訳ない。よくわからない奴を連れ込んでしまった」

 

「いいえ。貴方に頼られるのは、とても良い気分です」

 

 ──こうして二人っきりきなれましたから。

 

 恍惚の表情を浮かべたまま小声で漏らされた彼女の言葉に、ローグハンターは困り顔で頬をかいた。

 別段二人は恋人という関係ではない。むしろ、彼としては彼女の想いを断る旨を伝えなければならないのだ。

 

 ──だが、それは今ではない。

 

 剣の乙女は会議に向かわなければならない。それが終わった時、自分は彼女と共に水の街まで戻らなければならない。

 もしこのタイミングで話を切り出せば、確実にその二つに支障をきたす。

 

 ──話すとすれば水の街にたどり着いてから。

 

 それがローグハンターと、彼の恋人たる銀髪武闘家が出した結論だった。

 彼は脳内でそれを反芻すると、剣の乙女に話を切り出した。

 

「とりあえず、あいつの目が覚めたら事情を聞く。番兵に引き渡すか、家まで届けるかはそれから決める」

 

「そうですか。わたくしは明日から会議になりますから、余り力にはなれないと思いますが……」

 

「お前は会議に集中してくれ。これは俺が持ち込んだ問題だからな、こっちでどうにかする」

 

 ローグハンターはそう言うと、不意に思い出したかのように問いかけた。

 

「ところで、あいつは貴族か何かなのか?」

 

「と、言われますと?」

 

 剣の乙女が首を傾げながら問い返すと、ローグハンターは「ああ、説明がまだだったか」と苦笑を漏らす。

 

「荷物を調べたんだが、金がない割には宝石類が多くてな。神官の使っていた籠の中にも、防具一式が買える量の宝石があったらしい。出所はともかく、ただの市民が持ち歩く量ではないのは確かだ」

 

「その、少女の特徴は教えて下さいませんか」

 

「ああ。年は十五か十六。髪は金。瞳は青。ここまで背負って来たが軽かった。筋肉の付き方からして冒険者ではないから、家出をした貴族令嬢だろう」

 

 早口で説明したローグハンターは、そっと剣の乙女に目を向けた。

 ついてこられているか、不安に感じたのだろう。

 当の剣の乙女は艶っぽい唇に指を当て、僅かに顔を上げて何やら思慮している様子。

 

「……何でしょう、どこかで聞いたような気がしますわ」

 

「まあ、見た目の情報だけでは無理があるか……」

 

 彼女の眼帯を見ながら遠慮なしに言うローグハンターだが、剣の乙女は気にした様子もなく小さく唸って考え込んでいた。

 

「前の会議に出向いた時に聞いたのかしら。それとも別の場所で……?」

 

「考え過ぎてもあれだ。何かあったら教えてくれ」

 

「そうですわね。……ふふ」

 

 ローグハンターの言葉に頷くと、剣の乙女は妖艶な笑みを浮かべてするりと立ち上がった。

 下品にならない程度に腰をくねらせ、足音をたてることなく彼の下を目指す。

 ローグハンターは隣に座る気だろうと判断し、気を遣ってか椅子を後ろに引く。

 それに気づいた剣の乙女は「ありがとうございます」と一言礼を言うが、その空いている椅子を通りすぎて腰をかけたのは──―、

 

「失礼しますわね」

 

 ローグハンターの膝の上だった。

 向かい合わせになるように、硬い彼の膝の上に肉感的な自分の尻を押し付け、娼婦も裸足で逃げ出すような色気を全身から放っている。

 

「……」

 

 ローグハンターは言葉こそ発しないが、僅かな非難の色を瞳に乗せた。

 だいたいの人であれば、まず怖じ気づく眼光を放っているが、それを見ることの出来ない剣の乙女はそれを無視して愛撫するように彼の頬を撫でた。

 

「ふふ。明日からしばらく会えないと思いますので、少しだけ甘えさせて下さいな」

 

「……」

 

 媚びるような甘ったるい声音に、ローグハンターは困り顔で視線を逸らす。

 馬鹿になるとは言ったが、根が真面目すぎるのだ。本来断るべき所で断れない。今まで積み上げてきた彼の精神が、たったの数時間で変わるわけがない。

 彼の長所という名の弱点を無意識ながらに突いた剣の乙女は、これ幸いと言わんばかりに妖しい笑みを浮かべた。

 

「失礼します」

 

 僅かな遠慮からかそれだけ言うと、そっと彼の頬にすり寄った。

 自分よりも僅かに高い彼の体温を感じ、「んぅ……」と熱を帯びた声を漏らす。

 肌が触れ合う度に耳元で漏れる喘ぎ声に、ローグハンターは悩ましげに息を吐くと、出来るだけ優しく彼女を引き離そうと決める。

 そして口を開こうとした時だ──、

 

「あむ……」

 

「ッ!?!!?」

 

 彼の首筋に、剣の乙女が噛み付いた。

 もちろん甘噛みではあるが、ローグハンターの思考を停止させるには十分な攻撃だ。

 そしてローグハンターの思考停止とは即ち、武力行使(はんげき)である。

 

「あ゛ぁ゛ッ!」

 

 首筋に噛みつく剣の乙女を肩を掴むと、獣のような唸り声を上げて相手の事など一切考えずにぶん投げた。

 思わぬ反撃に剣の乙女は反応できず、隣の椅子を倒しながら床に尻餅をつく。

 ローグハンターは肩で息をしながら噛まれた自身の首筋に手を当て、出血がないかを確かめ、僅かな間を開けるとハッとしながら剣の乙女に目を向けた。

 小さく肩を震わせ、悪夢に怯える子供のように縮こまっている。

 彼女の姿を見たローグハンターは音もなく舌打ちをすると、片膝をついて剣の乙女の両肩に手を置く。

 

「すまん。どこか怪我はしてないか……」

 

 そう聞くと剣の乙女は顔を上げ、返事の代わりに彼へと抱きついた。

 彼女の豊満な胸がローグハンターの胴鎧に潰され、その整った形を歪める。

 そんな事お構い無しと、剣の乙女は彼を抱く腕に力を入れた。

 金等級冒険者といっても彼女は後衛職である神官だ。その膂力は多少強い程度で、痛みを感じるまでではない。

 しっかりと彼女の体を受け止めたローグハンターは、子供をなだめるように彼女の金色の髪を撫でた。

 

「ローグハンター様、わ、わたくしは……」

 

 先程とは売ってかわって弱々しい声は、涙を堪えているのか震えている。

 ローグハンターは「大丈夫だ」と彼女の耳元で漏らすと、困り顔になりながら言う。

 

「ただ、あまり驚かせないでくれ。その、なんだ。驚くと、自分でも何をするのかわからないんだ」

 

「は、はぃ……」

 

 涙で黒布を濡らしながら頷くと、剣の乙女は消え入りそうな声音で告げた。

 

「わたくしを、見捨てないで下さい。貴方に捨てられてしまえば、わたくしは、また、あの頃のように……!」

 

 彼を離さまいとする意志の現れなのか、彼の背に回した腕に力を入れてキツく抱き寄せた。

 

「ああっ……!」

 

 ローグハンターは本心を堪えるように歯を食い縛り、絞り出すように返事を返す。

 そして彼女に手を貸して立ち上がらせると、「部屋まで送る」とだけ告げた。

 剣の乙女の腰を抱き寄せ、倒れないように、離れないように気をかけつつ、彼女と寄り添って部屋を目指す。

 その間二人の間に会話はなかったが、剣の乙女はそれでも十分だった。

 彼と二人きりで歩けているのだ。今はそれだけで十分だ。

 暗い廊下を彼女に寄り添いながら進んでいき、目的の部屋の前までたどり着くと、ローグハンターはそっと手を離した。

 

「それじゃあ、また明日会おう」

 

「……はい。おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

 剣の乙女の挨拶に返すと、彼女は自分で開けた扉の奥へと消えていった。

 ローグハンターは小さくため息を漏らすと、念のためとタカの眼を発動した。

 おそらくベッドまで直行して、そのまま寝るものと考えたのだろう。

 だが、剣の乙女は彼の予想を裏切り、扉に背中をついて何やら(うずくま)っていた。

 それを見てしまった彼は放っておく事も出来ず、扉越しに剣の乙女に声をかけた。

 

「何なら眠るまでここにいるが?」

 

『っ!?い、いいえ、大丈夫ですわ!』

 

 ローグハンターの声に慌てながら返すと、そのまま駆け足でベッドへと飛び込んだ。

 彼女と思われる青い影を見届けたローグハンターは、乱暴に頭を掻いて踵を返した。

 暗い廊下を一人で歩き、自室の扉にかけた鍵を開け、音を出さないようにそっと扉を押し開け──、

 

「あ、おかえり~」

 

 勢いよく閉めた。

 瞼越しに目をほぐし、幻覚が見えるまでに疲れきった自分の目を休ませる。

 扉を開けた瞬間に視界に飛び込んできたのは、ベッドに腰かけた寝巻き姿の銀髪の美女だった。恋人に似ていたが、彼女の部屋は別だ。

 数十秒ほど目をほぐすと、再び扉を開け、

 

「ちょっと、いきなり閉めることないじゃん!」

 

 真夜中だというのに元気そうな女性が、勢いよく指差してきた。

 ローグハンターは数度瞬きすると、部屋に入って後ろ手で扉を閉める。

 ベッドに腰かける女性はとりあえず放置して、両手の籠手を外して机の上に置き、両足の脚甲を外して机の下へと滑り込ませる。

 次いで鎧とローブを脱ぐと木製のマネキンに羽織らせ、シワが残らないようにローブの裾を軽く伸ばす。

 最後に右手首のアサシンブレードを取り外し、すぐにつけられるように枕元へと放る。

 纏うのは森人手製の衣服のみとなり、彼が最も無防備な格好となった。

 ローグハンターはホッと息を吐くと、放置されて拗ねたのか、ベッドの上で丸くなっている女性に目を向けた。

 

「……それで、どこから入った」

 

「ふふん。窓の鍵が開いてたよ?」

 

「そうか……」

 

 構ってくれたからか、急にご機嫌になった女性──銀髪武闘家に、ローグハンターは苦笑を漏らして袋から寝巻きを取り出す。

 手早くそれに着替えながら、銀髪武闘家に目を向けた。

 いつも纏めている髪を降ろし、足をぷらぷらと振りながら上機嫌に鼻唄を歌う彼女の姿は、彼しか見たことがないものだろう。

 ここで寝るつもりであろう彼女に、ローグハンターは問いかける。

 

「それで、その格好で来たのか?」

 

「そんなわけないじゃん。着替えはそこ」

 

 銀髪武闘家は部屋の端を指差すと、そこには乱暴に放置された彼女の装備一式があった。

 着替えを終えたローグハンターは肩を竦め、彼女の隣に腰かけ、勢いのまま寝転ぶ。

 銀髪武闘家は彼の上にうつ伏せになるように倒れ、嬉しそうに頬擦りした。

 

「やっぱり、キミと寝ないと落ち着かないわけよ」

 

「そうか……」

 

 ローグハンターがだるそうに返すと、銀髪武闘家は「大丈夫?」と彼の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫じゃない。大司教がな……」

 

「もしかして、もう話しちゃったの?」

 

「いいや。むしろ話せない雰囲気だ」

 

 ローグハンターはそう言うと自分の額に手を当て、盛大にため息を吐いた。

 あそこまで弱々しい姿を見せられると、伝えるべき事も伝えられない。

 悩み続ける恋人を労うように、銀髪武闘家は彼の髪を撫でる。

 

「まあ、話すときは私も行くから」

 

「頼む。俺一人だと、多分断れん」

 

 ローグハンターが寝転んだまま頷くと、銀髪武闘家は「ん?」と何かに気付いたのか首を傾げた。

 

「ねぇ、何かに噛まれた?」

 

「ん?どこだ」

 

「ここ」

 

 彼女はそう言いながら彼の首筋に手を当て、「何の歯形かな?」と疑問を口にしている。

 そこまで言われて合点がいったのか、ローグハンターは「ああ……」と声を漏らした。

 

「大司教にな。痕が残ったか?」

 

「ふぅーん……」

 

 何て事のないように言うと、銀髪武闘家は一度ゆっくり頷き、意味深な笑みを浮かべた。

 

「どうかし──」

 

「あむッ!」

 

「ッ!!!?」

 

 ローグハンターの問いかけを遮るように、銀髪武闘家が噛み付いた。

 しかも甘噛みではなく、結構力の入ったものである。

 鋭い痛みを堪えるローグハンターに構うことなく、銀髪武闘家は噛み付いたまま舌を這わせ、彼の味を楽しむ。

 数秒か、数十秒か、彼をたっぷりと堪能した銀髪武闘家は、それでも名残惜しそうに彼の首筋から離れた。

 荒く息をして鋭く睨んでくるローグハンターに、銀髪武闘家は熱っぽい息を吐き、悪びれた様子もなく笑ってみせた。

 

「ふふ、キミはもう少し抵抗しても良いんじゃない?」

 

 くっきりと刻まれた歯形を指先で撫でながら言うと、ローグハンターは露骨にそっぽを向いて彼女の視線から逃れる。

 そんな彼の様子に苦笑を漏らし、再び彼の体へと身を寄せた。

 

「馬鹿になるって言ったんだから、もっと自分本位になっても良いじゃん」

 

「……ああ」

 

 不機嫌そうに言葉を返すローグハンターに、銀髪武闘家は「やり過ぎちゃったかな?」と小声で漏らすと、そっと彼から離れた。

 部屋の端に置かれた荷物袋をあさり、包帯を取り出して再び彼の下へと戻る。

 

「はい。隠してあげるから首上げて」

 

「ん」

 

 噛みつかれたというのに黙って指示を聞くあたり、彼女への信頼を伺わせる。

 少々おぼつかずに包帯を巻き、「きつくない?」と確認する。

 ローグハンターは首を左右に振り、軽く捻って調子を確かめると「問題ない」とだけ返した。

 

「なら、寝よう。明日は忙しそうだからね」

 

 銀髪武闘家が言うと、ローグハンターは意外そうな面持ちで彼女を見た。

 ここまで忍び込んだのだから、また襲われる──実際襲われたが──と思っていたのだろう。

 目は口ほどにものを言うという言葉の通り、ローグハンターの心中を察した銀髪武闘家は、不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「私だって自重できます~、我慢します~」

 

「そうなのか?」

 

「ちょっと、酷くない……?」

 

 心底意外そうに言うローグハンターに、銀髪武闘家は露骨にショックを受けたように俯いた。

 ローグハンターは肩を竦め、そっと彼女の体を抱き寄せる。

 彼女の豊満な胸が彼の胸板に潰され、マシュマロもかくやという弾力で形を歪ませた。

 剣の乙女と違って手足は筋肉質ではあるが、今は力を抜いているからか、その体は程よく柔らかい。

 突然抱き寄せられた銀髪武闘家は赤面しつつも、嬉しそうに笑って彼に言った。

 

「おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 互いの目を合わせて言うと、どちからからと言うわけでもなく口付けを交わす。

 二人を見守る二つの月は、今までと変わらず優しげな輝きを放っていた──―。

 

 

 

 

 

「ん、んんぅ……」

 

 窓から差し込む優しげな陽光に当てられ、少女は愚図るように唸りながら寝返りをうった。

 柔らかなベッドの感覚と、触り心地のよいシーツの感覚に、覚醒しかけた意識は再び眠りに誘われていくが、

 

「……ん?」

 

 ふと違和感を感じ、シーツを捲って自分の体を直視した。

 

 ──真っ白なシーツに包まれた自身の(・・・)裸体(・・)が、そこにはあった。

 

 自慢ではないが、年の割に大きめの胸。

 自慢ではないが、染み一つない透けるように白い肌。

 自慢ではないが、それなりに肉付きのよい四肢。

 その全てが純白のシーツに包まれ、それ以外のものを何一つとして身に付けていない。

 

「──……!!!」

 

 顔を真っ赤にさせて頭までシーツを被ると、頭を抱えて昨晩の事を思い出そうと記憶を絞り出す。

 

 ──一つずつ、一つずつで良いから順番に。

 

 慌てる自分にそう言い聞かせ、ぎゅっと目を瞑る。

 

 ──家出をする準備として、捨てられていた兵士の鎧を拝借した。

 

 ──染み付いた汗と錆びの臭いと、それらとは別の鉄臭さを堪えてどうにか鎧を着て、地下道へと滑り込んだ。

 

 ──そこも臭いがとんでもなくキツく、その臭いと何かもよくわからない汚れが大量にへばりついた。

 

 ──それを落とすために温泉に行き、そこで自分そっくりと冒険者とその仲間に出会った。

 

 ──自分そっくりの冒険者の服を買って(・・・)、それを着て温泉を出た。

 

 ──そして………。

 

「……えぇとぉ……?」

 

 少女は首を捻り、そこから先を思い出そうと脳を働かせる。

 

 ──通りに出て、どこかに行っていた鷲も戻ってきて、上機嫌に宿を目指して歩き出して、それで、それで……。

 

 そこから先が、どうにも思い出せない。

 宿に行った記憶もないから、誰かに見つかって連れ戻されたのか。

 少女はシーツから顔を出し、部屋を見渡した。

 自分の部屋に比べてだいぶ質素な部屋は、間違いなく自室ではないし、城の部屋(・・・・)というわけでもない。

 

 ──じゃあ、どこ……?

 

 少女は小さく首を傾げると、それに気づいた。

 テーブルの上に置かれた、丁寧に折り畳まれた服。

 シーツを手繰り寄せて即席の服として、そっとベッドを降りる。

 裸足だからこそ感じるカーペットの柔らかさと、若干のくすぐったさに身動ぎしつつ、服を取ろうと足を進めた。

 一目でそこらの服屋で買ってきた事がわかる雑多なものではあるが、ほつれや汚れはない。

 服を着るために一旦シーツを脱ぎ、その裸体を晒した時だ。

 扉のノブが回され、声を出す間もなく開け放たれた。

 

「あ……」

 

「ん?」

 

 扉を開けたのは一人の男性だった。

 黒い髪を頭の後ろで纏め、蒼と金のオッドアイという特徴的な瞳。

 纏う鎧は見たこともないものだが、素人目でも良いものであることはわかる。

 首に巻いた包帯は、負傷したにしては汚れていない。傷痕でも隠しているのだろうか。

 そんな事を思慮する少女とばっちり目があった男性は、不意に視線を下に下げた。

 つられるように少女も視線を下に下げ、そして──、

 

「いいいぃやああぁあああぁぁぁあああっ!!!!」

 

 絶叫しながら手に持ったものを男性に向けてぶん投げた。

 偶然手に取った本から、朝食代わりに置かれていた果物まで、何でもだ。

 男性は素早く壁の影に入り込むと、やってしまったとため息を吐いた。

 少女は狙いすませたつもりで投げているが、それのどれもが的外れであり、既に隠れている男性は別に何かすることはない。

 途中で飛んできたリンゴを掴み取り、ローブの袖で軽く拭って口に入れる。

 しゃりしゃりと音を立てながら、少女が力尽きるを待つ。

 数分してリンゴが芯だけになった頃、ようやく少女は攻撃を止めた。

 そっと影から顔を出してみると、少女はシーツにくるまり踞っていた。

 聞き耳を立てれば、「もうお嫁に行けない……」と涙ながらに漏らしている。

 困り顔の男性──ローグハンターがどうするかと顎に手をやると、騒ぎを聞き付けた妖精弓手が駆けつける。

 廊下に投げ出された本や果実と、室内には涙を流す少女。

 それらを眺めてしばらく思慮すると、ローグハンターを睨み付けた。

 

「あんた、何したのよ!?」

 

「何もしていない。ただ扉を開けただけだ」

 

 ローグハンターが淡々と告げると、妖精弓手は再び室内に目を向けた。

 泣いていた少女は服を手にして物影に隠れてしまったが、森人特有の優れた聴覚にはがさごそと布の擦れる音が聞こえる。

 

「先生、ご無事ですか!?」

 

 かなり遅れて令嬢剣士が駆けつけ、廊下の惨状を目の当たりにして小さく目を見開いた。

 

「あの、先生?」

 

「俺は扉を開けただけだ」

 

 相変わらず端的に告げるローグハンターに、妖精弓手は眉間を指で押さえながら言った。

 

「あんた、絶対着替え中に開けたでしょ?」

 

「ああ、そういえば裸だったな」

 

 彼女の非難に何て事のないように返すと、妖精弓手と令嬢剣士は揃ってため息を吐いた。

 彼は「女性には優しくしろと教わった」と言うが、彼が優しくするべき女性と判断するのは身内だけなのだろう。

 妖精弓手は困ったように息を吐くと、ローグハンターに指を突きつけながら告げる。

 

「とにかく、あんたは部屋にいなさい。私たちで話すから」

 

「だがな。どうせ会うことなるし、話すことになるんだろ?」

 

「まあ、そうですけれど……」

 

 令嬢剣士が気まずそうに視線を部屋の中へと移し、部屋の隅で丸くなっている少女に目を向けた。

 怯えているからか何なのか、よく見ると小刻みに震えている。

 

「とりあえず、わたくしたちで連れ出すので、先生は部屋に行っていて下さいな」

 

「……わかった。気を付けろよ」

 

 ローグハンターは僅かに不満げに漏らすと、踵を返して廊下の先へと消えていった。

 取り残された妖精弓手と令嬢剣士は顔を見合わせて頷きあうと、そっと部屋へと入り込んだ。

 部屋の隅で丸くなっていた少女に近づき、両膝をついて視線を合わせる。

 

「ごめんなさいね、あいつどっかずれてるのよ」

 

「わたくしからも謝らせてください。その、申し訳ありませんわ」

 

 子供をあやすように優しく言うと、少女が僅かに反応を示し、一度だけ小さく頷いた。

 二人がホッと息を吐いた瞬間、視界が白一色に転じる。

 

「きゃっ!?」

 

「わっ!」

 

 突然の事態に二人が小さく悲鳴を漏らすと、少女は「ごめんなさい!」と告げながらどこかへと駆け出した。

 部屋を飛び出して廊下を突き進み、突き当たりを右へ。

 二人は少女に被せられたシーツをどうにかどかし、額に小さく青筋を浮かべながら走り出した。

 妖精弓手の聴覚を駆使して少女の後ろを追いかけ、廊下を駆け抜けて突き当たりを右に曲がる。

 そして──、

 

「ふにゅ~」

 

「………」

 

 伸された少女と、彼女を冷たく見下ろすローグハンターを発見した。

 幸運(クリティカル)なのか不幸(ファンブル)なのか、少女は同じ人物に同じように投げ飛ばされ、同じように気を失ったのだ。

 ローグハンターは追いかけてきた二人に視線を向けるとため息を漏らし、懐からロープダートを取り出した。

 令嬢剣士は慌てて彼へと駆け寄り、ロープダートを握る手を掴む。

 

「せ、先生!何をするおつもりですか!?」

 

「縛る」

 

「そんな荒い縄では痕が残りますわ。えっと、シーツか何かを紐代わりにしましょう」

 

「むぅ……。嫁入り前の娘に傷を作るのはあれか」

 

「嫁入り前の娘の裸を見たことは気にしないのね……」

 

 やはりどこかずれているローグハンターに、妖精弓手は額に手をやってため息を吐いた。

 少し話を聞いて、どうするかを決めるだけでここまで疲れる事などないだろう。

 令嬢剣士が持ってきた布を縄代わりに少女の手を後ろ手に縛ると、軽々と肩に担ぐ。

 

「面倒だ。このまま連れていくぞ」

 

「もう、それでいいです。何か疲れました……」

 

「大丈夫か?昼まで休んでいてもいいが」

 

 ため息を吐いた令嬢剣士に気を遣うローグハンターに、妖精弓手は乱暴に頭を掻いた。

 

「だから、その気遣いをこの()にもしなさいって!」

 

「なぜだ。少なくとも、盗人(ローグ)にくれてやる情は持ち合わせていない。それに、こいつに対して怒っていたのはお前だろうに」

 

「ああ、もう!良いから連れていきましょ!」

 

「ふん!」と鼻を鳴らして大股で歩き出した妖精弓手に、ローグハンターは小さく首を傾げて肩を竦めた。

 何でもない筈だった一日は、こうして非日常へと変わっていく。

 この少女がもたらす結末など、もはや天上の神々にすらわからない。

 

 ──ここから先の物語(シナリオ)は、神々すら用意していないのだから。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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