SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory08 説教

 国の中央たる都の中心部。

 どの建築物よりもなお高いその城は、この国の代表たる王が住まう場所だ。

 王は未だ若く、ローグハンターと同じか、いくらか上程度だろう。

 昨夜帰ったばかりだというのに御前会議に出席し、疲労困憊な様子を悟らせる事なく、自身の前王より更に前から使われている玉座に腰かける。

 石造りの大広間は城が建てられた頃と何一つ変わらぬ織物(タペストリ)で彩られ、差し込む朝日は優しいものだ。

 いつからか使われるようになった円卓は、魔王との戦いに集った各種族の長が「上座も下座もないだろう」と鉱人に依頼して作らせたもの。

 作った鉱人もノリが良かったのか、世界広しと言えど、この卓を上回るものはそうないだろう。

 その円卓を囲むのは、若き王の他に老いた大臣や赤毛の枢機卿をはじめとした十数名ほど。

 名門貴族の出のものや、金等級の冒険者から商人まで、その内約は様々だ。

 若き王は円卓に座する面々を見渡すと、溜まった疲労を感じさせぬ第一声を放った。

 

「さて、では霊峰に落ちたという天の火石についての報告はあるか?」

 

 放たれた言葉には、彼を王足らしめる気配と言えるものが込められている。

 彼の言葉を受けた巨漢の宮廷魔術師の言葉を皮切りに、天の火石なるものへの対応が話されていく。

 

「軍を送り込むか?」

 

「いや、それでは税と兵の命を無駄にする」

 

「霊峰というのが厄介だ」

 

「あれを登るのはちょいと厳しいな」

 

 一つの正解に向けて猪突猛進するのでは、それは会議とは呼べない。

 一つの案を否定しつつ新たな案を出し、またそれを否定する。

 それを複数回と繰り返し──正解かはともかくとして──ようやく答えにたどり着くのだ。

 結局の所、たどり着くのは彼女(・・)の出番だという結論。

 自分の妹と対して変わらない歳の娘を、命の危険が潜んでいる戦地に向かわせるなど、知らぬ者が聞けば何と思うか。

 向かう事になる彼女自身が何と思うか。

 

 ──しかし、万物には与えられた役割(ロール)がある。

 

 自分の役割が国を纏める王たることであるならば、彼女は人々を、世界を救うことが役割なのだ。

 

 ──屁理屈を()ねて放り出す軟弱者にはなりたくはない。

 

「何か支援を要求されたら、可能な限り応じるよう良きに計らえ」

 

「承知、承知」

 

 年老いた大臣がうやうやしくも上体を曲げて応じる。

 細かな事は彼に任せれば良い。王は即判断を下す事が大事なのだ。

 まあ、そうやっていたらいつの間にか傀儡となっていた。なんて笑い話にはなりたくない。

 王は小さく咳払いすると、次の問題へと舵を切る。

 

「我らの目の届かぬ範囲はどうか──?」

 

「今のところ、秩序が乱れている様子はありませんわ」

 

 王の問いかけに答えたのは、至高神に仕える大司教──剣の乙女だ。

 彼女は今までとは違う、どこか色気──そう、色気だ──を感じさせる笑みを浮かべ、更に続ける。

 

「先の戦いで多くの難民、孤児、無宿人は増えましたが、人手はいくらあっても足りませんもの」

 

 そうやって詩を唄うような声音で発せられた言葉に、王は何ともなしに彼女に視線を向けた。

 彼女と旧友と言ってもいい仲の王は、最近の彼女が何とも別人に思えて仕方がないのだ。

 かつては今にも落ちてしまいそうな花のようであったが、今は可憐に咲き誇る花のそれだ。何か良いことがあったのなら、喜ぶべき事だろう。

 

「王よ、一つよろしいですか?」

 

 剣の乙女に視線を向けていた王に、不意に声がかけられた。

 王は内心で驚きつつも、その声の主に目を向ける。

 そこに座していたのは一人の男性──役職としては外交官──だ。纏う衣服は赤を基調としながら、その上から黒いローブを羽織りそれを隠している。

 丁寧に丸刈りに刈られた黒い髪は、彼の真面目な性格を表しているのだろう。

 数年前、王たちの前に現れた彼は、独特の価値観と雰囲気、そしてその手腕を買われ、こうして円卓に座しているわけだが──。

 

「貴方の目が届かぬ範囲も気にするべきですが、現在都の南には覚知神の門徒たちが蔓延っています」

 

「ああ、聞いている。どうにか手を打たねば──」

 

「一つ、提案があります」

 

 王に対しても対等だと言わんばかりの姿勢で言った外交官は、一枚の書類を王へと手渡した。

 誰かの似顔絵と特徴が細かに書かれたそれは、おそらく冒険者の人相書きだ。

 

 ──瞳の色、蒼。

 

 ──髪の色、黒。

 

 ──等級、銀。

 

 出身は異国のようだが、一攫千金を求めて海を渡って来る手合いは数多い。彼もその一人なのだろう。

 

「……これは?」

 

「その冒険者に、討伐を依頼してみてはどうでしょう。腕は私と、私の友人が保証します」

 

 外交官は得意気な笑みを浮かべ、歌でも唄うように軽やかにその冒険者の異名を口にした。

 

「西の辺境にて活躍する銀等級冒険者。ならず者殺し(ローグハンター)です」

 

「ッ!」

 

「ああ、噂には聞いている」

 

 視界の端で体を跳ねさせた剣の乙女には気を止めず、王は再び人相書きに視線を落とす。

 噂には聞いている。何年か前から突然名を聞くようになった冒険者だ。

 

 曰く、都の衛兵たちすら蹴散らした盗賊団を、白磁の頃に単独で(・・・)壊滅させた。

 

 曰く、見たこともない武器を使い、手が刃へと転じる謎の術が使える。

 

 曰く、既に恋人がいる(・・・・・)ため、愛娘に手を出される心配がない。

 

 貴族たちが集うパーティーの席で、貴族令嬢たちが後に許嫁になるかもしれない男どもを放っておいて、姦しくその冒険者について話していたような記憶がある。

 妹もその話に食い付いていた記憶もあるが、それはどうでも良いことだ。

 会議に出席していた貴族の一部から安堵の息と、外交官の意見を後押しする意見が出され、また一部からは露骨なため息と、彼の召喚を反対する意見がぶつけられた。

 

「一介の銀等級冒険者に、都の行く末を預けるのは如何なものか」

 

「だが腕も確かだ。銀等級ということは信用も出来る」

 

「破格の報酬を要求されたらどうするのだ」

 

「時にはゴブリン退治すら受ける輩だぞ?金には困ってはいまい」

 

 彼に対する貴族たちの評価と言って過言ではないものが飛び交い、時には私怨混じりの怒号が飛ぶ。

 許嫁が顔も知らぬ冒険者にうつつを抜かしていたら、どんな紳士でも怒りを覚えるのは当然だろう。

 下手をすれば先の天の火石以上の盛り上がりを見せているが、王は僅かに眉を寄せる程度。

 たった一人のためにここまで熱くなれるなど、そうあるものではない。

 旧友の一人たる鎖帷子を纏う神官は、何とも言えぬ表情でどちらに付くか思慮している様子。

 まあ、彼の心境も察せなくはない。神官の所の娘が飛び出し、話題の男の下にいるという話も聞いている。

 彼を呼ぶということな娘も来るという事。実の娘がよくわからん男と共に、都に蔓延るよくわからん奴らと戦うなど、心配なのだろう。

 貴族らの弁戦がより一層熱くなるなか、不意に剣の乙女が手を叩いた。

 パン!と乾いた音が大広間を響き渡り、貴族らの口が一斉に閉じる。

 音の主である剣の乙女に視線が集まり、それを受けた彼女は動じる事なく艶っぽい唇を動かした。

 

「そのローグハンター様なら、既に都におりますわ」

 

「なんと。大司教、それは本当なのですか」

 

 外交官が問うと、剣の乙女は「はい」と小さく頷いた。

 

「急な会議で旅団が用意出来ませんでしたので、都までの護衛をお願いしたのが彼なのです。今は至高神の神殿に滞在しておりますわ」

 

「なるほど、それは好都合です」

 

 外交官はそう言うと円卓に置かれた書類を整え始め、王へ確認を取った。

 

「書類を纏め次第、私は彼に会いに行こうと思います。私の劇場と、友人の様子を見てきますので戻るのは遅くなると思いますが、よろしいですか?」

 

「あ、ああ。構わんよ……」

 

 下手な書記官よりも手早く書類を纏める手際の良さに目を丸くしつつ、王は思わず寄ってしまった眉を揉みほぐした。

 剣の乙女の一声は、まさに鶴の一声だ。

 世界を救った英雄が、仕方がない状況であったにしろ、その銀等級冒険者を頼ったのだ(・・・・・)

 彼女に向けられる信頼は、他の冒険者の比ではない。そんな彼女が「彼は信用にたる人物だ」と言ったとほぼ同義。

 反対派の貴族たちはどこか悔しそうに表情をしかめ、肯定派の貴族たちはホッと胸を撫で降ろす。

 緊張していた雰囲気が和らぎ、ようやく次の議題へと進めると王が口を開こうとした時だ。

 どたどたと会議室の外から慌ただしい足音と、その足音の主を止めんとする制止の声が響き、勢いよく扉が開け放たれた。

 

「どうした、何事だ!」

 

 とある貴族が立ち上がりながら腰に帯びた剣を抜かんと手をかけると、王は慌てる事なく手で制した。

 扉を開け放った人物に、王は見覚えがあった。

 妹付きの女官だ。妹からも気に入られ、少しばかり歳の離れた姉妹のように仲も良かった筈。

 その彼女が顔面蒼白になりながら駆け込んでくるなど、異常事態が起きたに違いない。

 女官は荒れた息をどうにか整えつつ、王に向けてただ一言告げた。

 

「た、大変です!妹様が、部屋からいなくなりました!」

 

 今まで堂々と玉座に座していた若き王は、その表情を王たるものから兄としてのものへと変え、玉座を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

 妹を思わぬ兄などいない。話題のローグハンターとて、世界を救わんと戦い続けている妹を思っているのだから。

 

 

 

 

 

 都、至高神の神殿の一室。

 

「ほ゛ん゛と゛う゛に゛、す゛み゛ま゛せ゛ん゛て゛し゛た゛ァ゛!」

 

 一人の少女が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、女神官に向かって土下座していた。

 対する女神官はおろおろと周囲に助けを求めるが、同席しているローグハンターは一切手を貸すつもりはないと視線を逸らす。

 この事態になったのは、数分前の出来事が原因だ。

 

 

 

 

 

「ん、んぅ~?」

 

 窓から差し込む光に照らされ、少女は目を覚ました。

 あれから寝た記憶はないのだが、意識がなかったという事は寝ていたのだろう。

 その割には椅子に腰掛けているから、ベッドに戻ったというわけでもない。

 目を焼く日の光に目を細めながら、妙な鈍痛が残る頭を押さえようと手を伸ばそうとして、ぼけていた意識が一気に覚醒した。

 手が動かないのだ。手首に何か巻き付けられているのか、がっちりと固定されている。

 

「え。え?え!?」

 

 困惑するしかない少女は動かせる首を回して部屋を見渡すが、先程の部屋ではないし、見知った城の部屋ではない。

 

 ──全く見たことがない部屋に、両手を縛られて拘束されている。

 

 どうにかその答えにたどり着く事は出来たが、それでどうにかなる状況ではない。

 落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、どうにか手首の拘束を外そうと身動ぎをするが、その程度でほどけるほど甘くはないようだ。

 少女は目尻に涙を溜めながら「このっ!外れろ!」と僅かに上擦った声を出すが、言葉にした所でどうにもならない。

 それこそ、真に力ある言葉でもなければ、だが。

 何度か力を入れて引き剥がそうとするが、どうにもならないとわかると肩を揺らしながら俯いた。

 

 ──どうしてこうなっちゃったのかな……?

 

 どこが駄目だったのかなんて、考えた所で仕方がない。

 神様が骰子を振って、きっと外れ(ファンブル)を出してしまったのだ。

 ちょっとの自由を求めて行動したのに、結果が誘拐とは、もう少しどうにかならなかったのかと神様に抗議する。

 したところで、彼女の声が神様に届くことはないだろう。

 信仰心が足りない以前に、彼女が原因で神様たちは忙しいのだ。

 何度目かのため息を漏らし、涙が引っ込んだ頃に改めて部屋を見渡す。

 別に何かあるという訳でもない。暖を取る為なのか壁には暖炉が設置されており、壁際には燭台がいくつか置かれている。これは光源としてだろう。

 いくつか絵画が立て掛けられているが、どれも聖典や神話の一部を描いたものだ。

 自分の正面には向き合うように椅子が置かれ、他に何かある訳ではない。

 窓から差し込む光からして、多分昼前。……多分。

 少女はそこまで考えると疲れと共に息を吐き出すと、何かの足音に気付く。

 コツコツと音をたてながら、何者かがこの部屋に近づいて来ているのだ。

 隠れようとはしてみるものの、縛られている以上どうにもならない。

 少女が額に汗を浮かべて混乱していると、足音が扉の前で止まった。

 鍵を開けようとしているのかガチャガチャと音をたて、十秒もしないうちにガチャリと音をたてて鍵があいた。

 僅かに扉が開き、そこから顔を覗いたのは、

 

 ──輝くほど研がれた短剣を持つ、蒼い瞳の悪魔だった。

 

 少女の思考は一瞬にして停止し、真っ白になった思考は恐怖の一色に染まる。

 フードを目深く被っているため顔は見えないが、その闇の奥に見える瞳は蒼い事だけはわかった。

 蒼い瞳の悪魔はわざとらしく、焦らすように足音をたてなが、ゆっくりと彼女に近づき、口元を歪に歪ませる。

 恐怖に身を震わせる少女に向け、蒼い瞳の悪魔は告げる。

 

「お前は罪を犯した。人から物を盗み、捕らえた場所から逃亡を謀った。それはわかるな?」

 

 どこか感情が欠けているようで、妹を叱りつける兄のような優しさのある不気味な声音。おそらく男性のもの。

 一体どんな人生を送ればそんな声が出せるのかなぞ、少女には知る術はない。知るためには、致命的なまでに経験が足りないのだ。

 悪魔の問いかけに少女は涙を堪えながら小さく頷き、じっとその悪魔の容姿を観察した。

 黒いローブの上から漆黒の鎧を身に纏い、両腕には籠手、両足には脚甲を填めている。

 一見すればただの冒険者だが、纏う雰囲気は不気味なものだ。

 そこにいる筈なのにそこにいないような、見えているのに見えていないような、奇妙な感覚があるのだ。

 少女は目を凝らし、蒼い瞳の悪魔、否、冒険者の様子を探ろうとするが、当の彼が死角に回った為にそれは叶わなかった。

 再び視界に入ってきた蒼い瞳の冒険者は手元で短剣を弄びながら、少女に告げた。

 

「で、なぜあんな事をした」

 

 瞬間、少女の視界から冒険者の姿が消えた。

 探そうと首を巡らせようとしたが、顎に置かれた手で無理やり上を向かされ、無防備に晒された首には包丁の刃が添えられる。

 

 ──もう少し刃が押し込まれ、勢いよく引かれた瞬間、自分は死ぬ。

 

 少女は自他共に認める素人ではあるが、それだけは理解できた。

 この状況でも慌てないのは、一周回って冷静になってしまったからだろうか。

 よくある話だ。首を切られて生きているなど、それこそ不死身の怪物ぐらいのもの。

 必然的に冒険者を見上げる形となった少女は、今後こそ真っ直ぐに彼と視線を合わせた。

 片目が閉じられているのか蒼い瞳は一つしかなく、一切ぶれる事なくこちらを見据えている。

 冒険者は少女の青い瞳を覗きながら、淡々と告げた。

 

「回答によっては、このまま首をかっ切る」

 

「ッ!」

 

 無慈悲なまでに端的に告げられた言葉には、本当にやる凄みがある。

 言い訳したところでどうにもならず、正直に話したところで殺されるかもしれない。

 

 ──嘘をついてまで自由を求めたのだから、最後ぐらい正直になっても良いよね?

 

 少女は心なしか笑みを浮かべると、ぽつぽつと真実を語り始めた。

 自分が何のために家出をしたのか。

 自分が何のために盗みを働いたのか。

 自分は何のために──―。

 

「……あれ?」

 

 そこまで語っていると、不意に首に突きつけられていた短剣が退かされ、腕の拘束がとけた。

 後ろに回っていた冒険者は再び視界に納まると、どかりと正面の椅子に腰掛ける。

 不機嫌そうに息を吐くとフードを取り払い、その素顔を露にした。

 整った顔立ちだが、口元や額を中心に大小様々な傷痕が残されている。冒険をした結果つけられた傷なのは、考えなくともわかるものだ。

 瞳の色が左右で違うという一目見ればすぐに覚えられる特徴があり、実際にどこかで見た覚えがある。

 じっと見つめてくる少女を睨み返した冒険者は、手元の短剣を無造作に放り投げた。

 明々後日の方向に飛んだそれは、勢いのまま壁に突き刺さる。

 壁に刺しちゃって良いの?と目を丸くしてそれを眺めていた少女に、冒険者が言う。

 

「……まず、お前は馬鹿か」

 

「な、なんですって!?」

 

 いきなりの罵倒に少女は声を荒げて立ち上がるが、冒険者は一切動じた様子もなく告げる。

 

「事実だろう。やることなすこと全てが自分の為で、周りの事を一切考えていない」

 

「そ、そんな事ないわ!」

 

 考えもなしに声を張り上げた少女を冒険者は冷たく睨みながら、追撃をくわえる。

 人差し指を立て、少女に確認を取った。

 

「まず、部屋を抜け出して来たのだろう?」

 

「それが何よ……」

 

 悪びれた様子もない少女に、冒険者はわざとらしくため息を吐いた。

 

「その時点で、お前の世話係に迷惑をかけている。下手をすればそいつは首になり、家族諸とも路頭に迷う事になるかもしれない」

 

「……っ!」

 

 少女が実の姉のような信頼を寄せる人が、自分のせいで何もかもを失ってしまうかもしれない。

 とある神官から服を盗んだ事ばかりを気にしていたが、それ以前に自分はとんでもない事をしてしまっている。

 少女はようやくそう思ったのだ。

 少女が脱力しながら椅子に腰掛ける様子を眺めつつ、冒険者は人差し指に続いて中指を立て、更に続ける。

 

「次に、お前は盗みを働いたな。俺の友人の一人から、大切な装備一式を」

 

 少女が申し訳なさそうに小さく頷くと、冒険者は容赦なく傷を抉りにかかった。

 

「代金代わりに宝石を置いていったそうだが、ふざけるのも大概にしろ」

 

 獲物を狙う鷹の眼光を放つ瞳に射抜かれ、少女は全身を強張らせた。

 蒼と金の眼光には、少女にはわからない冷たいものが宿っている。

 殺気すらも認識出来ない少女を睨んだまま、冒険者は苛立たし気に告げた。

 

「あいつが冒険者になって一年近く。あの装備はその間ずっと着ていたものだ。あいつの努力と流した血、汗、()()()()()()()()()()()()()が染む込んだあれが、あの程度の価値なわけないだろう」

 

「……ん?」

 

「なんだ」

 

「い、いえ……」

 

 明らかに不自然なものが混ざっていた気がした少女が首を傾げるが、冒険者は瞳に殺気を宿らせたまま睨まれてすぐに視線を逸らした。

 冒険者は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、足を組み、次いで腕を組んだ。

 明らかに見下している様子の冒険者だが、少女はそれにとやかく言うことはない。

 そもそも自分は反論が許される立場にいないのだ。したところで、問答無用で潰されるに違いない。

 

「どうであれ、あいつがこの一年で培ってきたものを、お前は宝石数個程度と判断した。どういう了見だ」

 

「わ、私は、外の世界を見てみたかっただけよ!」

 

「それはどうでもいい。なぜあいつから盗んだかを聞いている。あれだけ宝石があれば、そこらで装備一式を買えば良かっただろうが」

 

「……むぅ」

 

「お前は楽して偽の身分を手に入れて、さっさと外に出ようとした臆病者だ」

 

 

「お、臆病者……」

 

「自分は傷つきたくない。自分が良ければそれで良い。他の連中はどうだっていい」

 

 ──まるでゴブリンみたいだな。

 

 冒険者は小さく、しかし少女の耳に届くように、静かに告げた。

 その言葉は確かに少女の胸に響き、僅かに俯いて冒険者の視線から逃れた。

 

 ──ゴブリンみたいだな。

 

 冒険者の言葉を胸の内で反芻し、ぎゅっと服の胸元を握り締めた。

 ゴブリンに関しては、話を聞くだけで直に見たことはない。

 村人が苦労して育てた作物を盗み、未来を思う村娘を拐い、人の尊厳の何もかもを蹂躙する。

 そんな話を、よく聞くだけだ。ゴブリンが本当にそんな生き物なのか、直に見たいから家を飛び出した。

 なのに──。

 

 ──私がゴブリンみたい、か……。

 

 見知らぬ誰かが築き上げてきた物を盗み、未来の可能性を潰そうとして、あの()の誇りも何もかもを奪おうとした。

 

 ──ああ、確かに、そう言われても仕方ないな……。

 

 少女は目尻が熱くなる事を感じ、溢れ出そうなものを必死に抑え込む。

 自分は加害者側だ。泣いてどうする。

 

「──……い」

 

「ん?」

 

 涙の代わりに漏らされた少女の呟きに、冒険者は僅かに表情を和らげた。

 尤も、俯いている少女がそれを知る術はない。

 少女は思い切り頭を下げ、冒険者に向けて告げた。

 

「……ごめんなさい」

 

 涙を堪えているからか、声が揺るえている。それでも、彼女は謝ったのだ。

 ゴブリンには出来ない、祈る者(プレイヤー)故に出来ること。

 冒険者は小さく肩を竦めると、音を出さぬように気をかけながら立ち上がった。

 そっと少女に歩み寄り、肩に優しく手を置いた。

 服越しに感じる冒険者の無骨な手の感覚に、少女は僅かに体を跳ねさせる。

 単純に驚いたのだろう。冒険者はその姿に小さく苦笑を漏らすが、しかし真剣な声音で少女に告げた。

 

「謝れたのは誉めるが、それを言うのは俺に向けてじゃないだろう」

 

 冒険者の言葉に少女は小さく頷き、そっと顔を上げた。

 必死に涙を堪えている為か、口の端が引きつり、僅かに嗚咽が漏れている。

 その少女の頭に手を置き、彼女の髪を撫でる。

 

「落ち着いたらで良い。何なら俺もついていく」

 

 やることもあるだろうに、自分と向き合ってくれる冒険者の気遣いを痛感しつつ、少女は頷いた。

 静かな部屋の中に少女の嗚咽の声だけが響き、冒険者は律儀にも少女が落ち着くのを待った。

 数分か、十数分か、ある程度の時間はかかったものの、少女が泣き止んだ頃を見計い、彼の友人たる神官を部屋に呼んだ。

 涙を堪える加害者(少女)と、僅かに不機嫌そうにする被害者(神官)

 年は大して変わらない変わらないが、その体躯の差で少女の方が年上に見えて仕方がない。

 後は二人に任せようと冒険者は部屋を後にしようとするが、

 

「ほ゛ん゛と゛う゛に゛、す゛み゛ま゛せ゛ん゛て゛し゛た゛ァ゛!」

 

 その背後から聞こえた濁音混じりの声に、たまらずため息を吐いた。

 後ろ髪を掻きながら振り返り、土下座する少女とぽかんとしている友人──女神官の姿を視認する。

 突然の事態に困惑する女神官が助けを求めるように見つめてくるが、冒険者──ローグハンターは無視を決め込み視線を逸らした。

 

「ゆ゛る゛し゛て゛く゛た゛さ゛い゛!こ゛の゛と゛う゛り゛て゛す゛ぅ゛ぅ゛っ!!」

 

「いや、あの、落ち着いて下さい!そんな頭下げなくても良いですから!」

 

「あ゛や゛ま゛り゛ま゛す゛か゛ら゛ぁ゛!」

 

「こ、この人に何をしたんですか!?」

 

 一切落ち着く様子のない少女の姿に、女神官は僅かに非難するような視線をローグハンターに向ける。

 対するローグハンターは「説教しただけだ」と端的に答え、再び少女に視線を送った。

 落ち着いたように見えて、当事者を前にしたら感情が爆発するのはよくある事だ。

 落ち着いたと判断した自分の甘さを恨みつつ、ローグハンターは再び少女を落ち着かせようと近づいていく。

 少女の叫び声を聞き付けた友人たちが集結し、ローグハンターが妖精弓手に尋問紛いの事をされ、少女と女神官が和解するのを邪魔している。

 あれやこれやと騒ぐローグハンターと妖精弓手を眺めつつ、銀髪武闘家はため息を吐き出した。

 

「馬鹿になる、か」

 

 彼が自分に向けて言った言葉を思い出し、僅かに頬を赤くする。

 ただ、自分以外の女性と長いこと二人きりでいたというのは、流石に説明を願わなければならない事だ。

 妖精弓手の尋問に参戦し、更にローグハンターを追い詰める。

 結局、本題である少女と女神官の和解が済んだのは、一時間程経ってからの事だった。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしいお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。

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