SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory09 物語は書き換わる

 都、至高神の神殿の一室。

 剣の乙女の厚意に預り滞在する冒険者が一堂に会し、どうしたものかと視線を泳がせていた。

 泣き止んだ少女と女神官が和解を果たし、それを見届けたローグハンターは、冒険者を代表して次なる問題へと話を進めた。

 

「盗まれた物は返ってきた。本人も反省している。まあ、衛兵に引き渡すのは勘弁してやる」

 

「ありがとうございます……」

 

 明らかに上から物を申してくるローグハンターを睨みながら、少女は小言で礼を言った。

 睨むと言っても、喧嘩もしたことがない彼女のものだ。ローグハンターからしてみれば一切気にするものではない。

 彼の意見を聞いた銀髪武闘家は首を傾げ、問いかける。

 

「でも、これからどうするの?」

 

 彼女の質問は尤もだ。

 衛兵に引き渡すだけなら、詰所あたりに引きずって行けば良いし、それが最も手っ取り早い。

 だが、それは頭目たるローグハンターが「しない」と決めた以上、他の場所に連れていくなりするのだろう。

 彼女の質問にローグハンターは頷くと、自分の一党と女神官、ゴブリンスレイヤーに目を向けた。

 

「とにかく、こいつを家に連れ帰る。まあ、見たところ貴族だろうから、多少の賠償金(ほうしゅう)を貰おう」

 

 何てことのないように告げるローグハンターに、思わず令嬢剣士が声をあげる。

 

「せ、先生がそんな事をおっしゃるなんて!?」

 

「今回の件は、少しばかり苛ついたからな。それに、金は多くて困る事もないだろう」

 

「それは、そうですけれど……」

 

 軽く腕を組ながら告げられた言葉に、令嬢剣士は僅かに遠慮がちに同意を示した。

 彼女とて今回の盗み、何も思わぬ訳がない。

 自分の手の届く範囲で、自分の友人から物が盗まれたのだ。思う事があって当然だ。

 彼女の反応を見つつ、ローグハンターは話を戻す。

 

「──で、こいつを家に送り届ける訳だが、念のため一党を組んで行くぞ。俺と一党は決まりだとして、回復職として女神官か蜥蜴人、出来れば二人ついて貰いたいんだが、良いか?」

 

 彼が確認を取ったのは、誰でもないゴブリンスレイヤーだ。

 いつも通りの両角の折れた兜に隠された表情は読めないが、彼は「問題ない」とだけ告げた。

 呼ばれなかった鉱人道士は面倒を避けれたからか、ご機嫌そうに酒瓶をあおる。

 げぷっと酒臭い息を吐き出し、それを食らった妖精弓手は咳き込みながら鼻を押さえ、目に涙を浮かべながら言う。

 

「けほっけほっ!前衛三と後衛三。まあ、丁度良いんじゃない?あんまり大所帯じゃ、その子も落ち着かないだろうし」

 

「そんな事言って、勝手にくっついて行くんじゃろ?」

 

「べ、別にそんなつもりないけど~?」

 

「ほんまかの……」

 

 念のためと鉱人道士が確認し、妖精弓手はわざとらしく顔を背けた。

 その結果に鉱人道士は酒臭いため息を漏らし、再び妖精弓手が咳き込む。

 蜥蜴僧侶が愉快そうに目を細めると、ローグハンターに問いかけた。

 

「しかし斥候殿、なぜ拙僧もなのだ?回復なら、巫女殿のみでも十分だと思いまするが」

 

「ああ、それもそうなんだが」

 

 彼の問いかけにローグハンターは頷くと、神妙な面持ちで告げる。

 

「どうにも嫌な予感がしてな。遠くから見られているような、監視されているような気がする」

 

「ふぅむ。拙僧は万が一の戦力、及び相手への威圧も込めて、という事ですな」

 

 目玉をぎょろりと回した蜥蜴僧侶に、ローグハンターは「頼めるか」と最終確認を取った。

 

「承知。街の影を走る(シャドウラン)とまではいくまいが、功徳を積めるやもしれぬ」

 

 彼が奇妙な手つきで合掌しながら言うと、「なら決まりだ」とローグハンターが頷いた。

 銀等級三人というだけでも過剰戦力かもしれないが、念には念だ。

 蜥蜴僧侶、女魔術師、令嬢剣士、女神官へと視線を配り、最後に銀髪武闘家に目を向けた。

 

「そういう事だが、異論はあるか」

 

 文字通りの最終確認。

 決定権があるのは頭目たるローグハンターだが、彼は決まって一党の全員に確認を取る。

 やる気のない者を連れていけば、下手しなくとも危険な事態に陥る。街を練り歩くだけだが、万が一の事態には備えねばならない。

 

「わたくしは異論なしですわ」

 

 令嬢剣士がやる気十分と言った様子で鞘越しに愛剣を撫でた。

 

「私も異論なしです。この人が逃げ出さないか心配ですし」

 

 女魔術師が冷たく少女を睨みながら言うと、睨まれた少女は肩を震わせて縮こまった。

 ただですらローグハンターの説教で疲弊しているのだ、更なる追撃は少々酷だろう。

 

「私も大丈夫です。少し、お話ししたかったですし」

 

 怯える少女を気遣いつつ、女神官が柔和な笑みを浮かべて頷いた。

 ちらちらとゴブリンスレイヤーの事も気にしているが、彼の事だから武具の具合を確認し、何かあれば補充の為に繰り出す事だろう。

 

「うん、護衛って事で良いのかな?まあ、気楽に行こ」

 

 最後に銀髪武闘家が優しげな笑みを浮かべて同意すれば、それは会議の終わりを意味している。

 ならば、後は肝心の護衛対象に確認を取るまでの事。

 ローグハンターは僅かにだが睨むように少女に目を向け、手短に問いかけた。

 

「それで、お前の家はどこだ」

 

 たった一言の問いは、彼らの今後の行動に大きく影響を与えるものだ。

 相当な街外れの屋敷なら、かなり歩く事になる。

 出来れば近場が良いんだがと、表情には出すことなくローグハンターは思案した。

 少女は手の胸の前でもじもじと指を弄ると、窓の外を指差してとても小さな声で一言告げた。

 

「あの城……」

 

『え……?』

 

 彼女の囁きに、女性陣の口から間の抜けた声が漏れた。

 少女が指差した先には、都一の高さと荘厳さを纏う巨大な城がある。

 あの城。確かに少女はそう言った。

 この都の中にある城なぞ、限られているどころかあの一つしかないだろう。

 ローグハンターは眉を寄せながら腕を組むと、再び少女に問いかけた。

 

「……おまえ、結構良い身分だったのか?」

 

「まあ、それなりに?」

 

 問いに返ってきたのは随分と曖昧な返事。

 小首を傾げて顔を背け、必死にローグハンターの視線から逃れるが、その先にいたみすぼらしい冒険者と視線が合って慌てて逸らす。

 ローグハンターは軽く天を仰いでため息を漏らすと、同行する冒険者たちに目を向ける。

 

「思いの外、大金が貰えるかもな」

 

 そう漏らしたローグハンターの顔には、獰猛な鮫を思わせる笑みが張り付いている。

 彼がそんな笑みを浮かべるのは、戦闘中に気分が高ぶった時ぐらいなものだ。

 六年共にいる銀髪武闘家としては馴染み深いが、そこまで長くはない──それでも一年近い──女魔術師らが珍しいと思うほどに、彼のその表情は貴重なものである。

 

 

 

 

 

 人混みに消えていく友人らと護衛対象を見送った妖精弓手が、長耳を揺らしながらにやりと怪しげに笑った。

 鉱人道士が巻き込まれる前に逃げようとするが、あっさりと首根っこを掴まれて阻止される。

 

「ねえ、オルクボルグ」

 

「なんだ」

 

 二人に構わず神殿に戻ろうとしていたゴブリンスレイヤーに声をかけ、彼は足を止めて振り返った。

 妖精弓手は変わらずの笑みを浮かべたまま、友人らが消えていった人混みの方を指差す。

 

「どうせ暇だし、追いかけましょ」

 

「おいおい、追いかけないとか言っとったろうが」

 

「えー、そんな事言ったかしらー」

 

 鉱人道士の指摘を適当に受け流すと、ゴブリンスレイヤーが神殿の影に目を向けて小さく唸った。

 ずかずかと無造作な足取りでそこに歩み寄り、腰帯に吊るした剣をいつでも抜けるようにしながらも片膝をつく。

 籠手越しに石畳を撫で、そこに付着したしらみを睨み付け、悩ましげに唸る。

 虫がどこにいようと気にするものではないと思うが、自然発生にしては多すぎる。

 それに加え、しらみの他に落ちているものが一つ。

 一言で言ってしまえば煙草の燃え殻だが、僅かに燃えているのか仄かに赤く、熱を持っている。

 

「かみきり丸、どうかしたんか」

 

「……追うぞ」

 

 鉱人道士の問いに、籠手にへばりつくしらみを振り落とし、煙草を踏み消しながら答えた。

 驚く鉱人道士を他所に、妖精弓手は「やた!」とぴょんぴょんと跳ねながらガッツポーズをする。

 ゴブリン退治でもないのに乗り気なゴブリンスレイヤーの姿に、鉱人道士は首を傾げて更に問う。

 

「なんじゃい、妙なもんでも見つたんかいな」

 

「そうだ。武器と触媒を用意してくれ」

 

 有無も言わさぬ態度だが、これでも平常運航だ。むしろ求めることを端的に告げてくれるから、聞く側はありがたいというもの。

 それを知っている鉱人道士はとやかく言い返す事はなく、「ほいきた!」と自室へと駆けていった。

 

「それじゃ、私も取ってくるね」

 

「急げ」

 

「はいはいっと」

 

 妖精弓手も気軽な返事を返すと走り出し、早くも鉱人道士に追い付いたのか、何やら声が聞こえてくる。

 いつもの事だと割りきり、その場で手早く装備を検める。

 左腕に括りつけた円盾も問題なく、雑嚢の中も問題ない。

 腰に下げる卍型の投げナイフの位置を確かめ、中途半端な剣の刃に歪みがないかを確認。

 緩めていた防具の留め具を締め直し、拳を開閉させて具合を確かめた。

 ここ数日歩き続けていたわけだが、疲労が溜まっている訳でもない。大丈夫だろう。

 間違っても大丈夫とは言い切らない。どんなに対策を打ったとしても、あるのは勝算で勝利ではないからだ。

 

 ──敵が来るとすれば何だ。

 

 ゴブリンか、ならず者(ローグ)、あるいは何者かに雇われた暗殺者(アサシン)

 

 ──来るとすればいつだ。

 

 護衛が油断した時か、不意にはぐれた時だろう。人混みに紛れて近づいてくる可能性もある。

 

 ──数は。

 

 わからない。が、こちらより多く、技量(スキル)力量(レベル)も上と見るべきだ。

 

 ──味方は。

 

 自分含めて九人。銀等級六、鋼鉄二、白磁一。全員の腕と装備、奇跡及び魔術の回数は把握済み。

 ゴブリンスレイヤーはそこまで思慮すると、深く息を吐いて天頂に至らんとする陽に目を向けた。

 この時間ならゴブリンは出ないかもしれないが、地下から突然這い上がって来る可能性も捨てられない。

 あちらにはローグハンターがいるとはいえ、彼でも両の手でも数えきれない人混みの中で、正確に敵の姿を見つけられるかは微妙な所だろう。

 彼が小さく唸った所で、装備を整えた鉱人道士と妖精弓手が戻ってくる。

 

「ほんで、頭巾のたちはどうやって追いかけるんじゃ?」

 

 鉱人道士の尤もな意見に、妖精弓手は目を閉じて耳を澄ませた。

 しかしその表情は険しいもので、上手く音が拾えていないことはわかる。

 

「難しいわね。音が多すぎるわ」

 

「そんなんで良く追いかけようとか言ったの」

 

「う、うるさいわね……!」

 

 鉱人道士のつっこみに、僅かに赤面しつつ返す妖精弓手。

 戦う以前にどう合流するかを考えなければならないことに気付き、ゴブリンスレイヤーは舌打ちを漏らした。

 そこに気づけなかった情けなさは今は置いておくとして、さてどうしたものかと再び思慮を深める。

 

 ──街の者に聞いて回る。

 

 確かにそれも良いだろう。だが、それをしたら時間がかかってしまう。

 だが、他に何がある。地道に一歩ずつ、これが基本だし、何より確実だ。

 

 ──ならば、後は実行あるのみ。

 

 早速行動しようとした時だ、ここ最近になって聞き馴染んだ声が耳に届いた。

 声の主は彼らの遥か上、天高く舞う一羽の鷲だ。

 ゴブリンスレイヤーらの上空を円を描きながら飛び、「キィキィ」と鳴いている。

 何かを感じ取ったのか、妖精弓手が鷲に向けて手を振ると腕を差し出した。

 鷲がそこに降り立つと、彼女は「良い子ね」と笑みを浮かべながら頭を掻いてやる。

 

「それじゃあ、あんたの飼い主──じゃなくて相棒たちの所に連れていって!」

 

「キィッ!!」

 

 妖精弓手が言いながら腕を凪ぐと、それに乗った勢いのままに再び天へと舞い上がった。

 どこかへと向けて飛んでいく鷲を眺めつつ、妖精弓手が男性二人に目を向けた。

 

「それじゃ、追いかけるわよ」

 

「ああ」

 

「よしきた」

 

 彼女の指示に二人は間を開けずに答え、彼女の背を追う形で駆け出した。

 

 

 

 

 

 街を練り歩く冒険者六人と、護衛対象たる少女が一人。

 目が回りそうな程の人混みも、蜥蜴僧侶の巨体に圧されてか僅かだが道を開けてくれる。

 ある意味求めていた効果をもたらしてくれた彼に感謝しつつ、ローグハンターはフードの下で目を細めた。

 

 ──見られているな……。

 

 神殿を出てからというもの、どこからか視線を感じるのだ。

 気配と言われるものは、実際は生物が残した僅かな痕跡を、様々な感覚をもって違和感として感じるだけのものだ。

 だが、ローグハンターはその例外にある。幼少期に積んだタカの眼を開眼するための訓練は、まさにその気配を感じとれと言ったもの。

 ただの違和感ではなく、気配を探りとれる。広いこの世界において、索敵に関して言えばローグハンターはトップクラスだろう。

 その不穏な気配の正体を探るべく、瞬き一つでタカの眼を発動し、周囲を見渡す。

 関係のない通行人が黒く塗りつぶされ、仲間たちが青、護衛対象たる少女が金色の影へと変わる。

 そして、それらを見つけた。

 建物の影からこちらを伺う赤い影と、それを守るように隣に立つ赤い影が見えるのだ。それも一つや二つではなく、視界に納まる限りでも十人近い。

 ある程度見張るとタカの眼の範囲外に逃げていく辺り、もしかしたら自分の眼について何か知っているのかもしれない。

 

 ──尤も、術や奇跡としてだろうが。

 

 ローグハンターはそのままタカの眼を維持し、周囲への警戒を深める。

 心なしか彼の表情が険しくなった事を察知してか、隣を歩く銀髪武闘家がちらりと後方の仲間たちへ目を向けた。

 すぐさま意図を察した女魔術師は杖を握る手に力を入れ、令嬢剣士は外套のマントの下で突剣の柄に指を置いた。

 蜥蜴僧侶も察しはしたものの、ただですら目立つ彼が何かしらアクションを起こせば嫌でも目立ってしまう。

 返事の代わりに一度ゆっくりと瞬きするに止め、ぎょろりと女神官と少女に目を向けた。

 

「本当、ごめんなさい……」

 

「謝らないでください。先ほど許したばかりですよ?」

 

「そうだけどさ、こんな良い子から盗んだとか、私の良心が責められるのよ……」

 

「あはは……」

 

 元気になる様子のない少女と、大して歳も変わらない少女から言外に幼いと言われ、困り顔で笑った女神官に、蜥蜴僧侶は「また友人が増えましたな」と笑み混じりに告げた。

 突如として言われた一言に女神官は「そうですかね?」と首を傾げ、少女は「友達。友達かぁ……」と染々と噛み締めていた。

 本当にあの城に住んでいるとしたら、彼女の世界はとても狭いものだったのだろう。

 彼女はそこから逃げ出そうとして、女神官に盗みを働いた。

 ローグハンターは僅かに思慮すると、首だけで振り向いて少女に問いかけた。

 

「いきなりで変に思うかもしれないが、どこか行きたい場所でもあったのか」

 

「本当にいきなりね。まあ、行きたい場所というよりもとりあえず外に出てみたかったのよ」

 

 声音を弱くしつつ答えた少女に、ローグハンターは半目になりながら「傍迷惑な奴だな」とだけ返した。

 

「な!?そっちから聞いてきたんでしょ!」

 

「とりあえずで盗みを働くな」

 

「あぅ!」

 

「ロ、ローグハンターさん!あんまり虐めないであげてください!」

 

 再び説教口調になりかけたローグハンターと、胸を押さえて仰け反る少女。

 女神官はたまらず少女を庇うように割って入り、ローグハンターに苦言を漏らす。

 当の彼は軽く肩をすくめる程度で気にした様子はなく、回りの仲間たちは笑うのを必死に堪えている。

 無駄に強まっていた緊張感を僅かに緩めた時だ、裏路地からぞろぞろとみすぼらしい男たちが現れた。

 前方からだけでなく後方からも現れ、偶然居合わせた通行人諸とも包囲される。

 ローグハンターは黒鷲の剣に手をかけながら、タカの眼を解除して周囲の状況を探る。

 色の戻った視界には、いきなり道を塞がれた通行人たちから怒号が飛んでいるが、みすぼらしい男たちは気にした様子もない。

 何人かが彼らの隙間を無理矢理通ろうとした時だ。

 何条もの鋭い銀光が走ったかと思うと、通行人たちの体に幾重もの切り傷が刻まれた。

 

「ッ!」

 

 傷口を押さえ、絶叫しながら崩れ落ちる人々を認めたローグハンターは、黒鷲の剣を抜き放った。

 同時に誰かの悲鳴が通りに響き渡り、その切られた誰かに駆け寄る。

 夫婦か、あるいは兄妹か、ともかく親しい人であるのは確かだろう。

 その駆け寄った何者かに向けて刃が降り下ろされそうになった時だ、ローグハンターの左手が閃いた。

 最低限の呼び動作で放たれた投げナイフは、寸分の狂いなくみすぼらしい男の喉仏を貫く。

 振り上げた刃を取りこぼし、自らの血に溺れながら崩れ落ちる。

 ローグハンターは黒鷲の剣を引き抜きつつピストルを取り出すと、天へと向けて発砲した。

 見ず知らずの誰かの悲鳴、断末魔。そして聞いた事もない炸裂音。その中心にいるのは、剣と見たこともない武器を掲げた謎の男。

 危険に慣れた冒険者だけなら、また違っただろう。だが、ここにいるのは冒険とは無縁の一般人だ。

 一瞬の静寂の後、恐怖が伝播した先に巻き起こるのはただ一つ。

 

 

 

 

 ──パニックである。

 

 

 

 

 恐怖に負けた誰かが走り出せば、後は雪崩のように人が動き出す。

 ある者は自分の子供を抱き上げ、ある者は荷物を捨て、ある者は人を退かして我先にと逃げ出す。

 みすぼらしい男たちは人の雪崩に巻き込まれる事を恐れてか、再び裏路地へと転がり込んだ。

 

「行くぞ!」

 

 タカの眼でそれを確認したローグハンターが指示を飛ばすと、銀髪武闘家、女魔術師、令嬢剣士が頷き、蜥蜴僧侶は女神官と少女を肩に担ぎ上げて「参りますぞ!」と勇ましく返す。

 雪崩のように流れる人混みに身を任せ、彼らもまた走り出す。

 人混みを掻き分ける事はなく、互いにはぐれないように気をかけつつ、流れに身を任せて同化する。

 みすぼらしい男たちが彼らを見失う事はないが、接近する事は叶わずに舌打ちを漏らした。

 足を止めることなく、ローグハンターは告げる。

 

「ここで戦闘は無理だな。もう少し人が少ない──」

 

 そう言いかけた彼の耳に、怪しげな囁き声が響いた。

 すぐさまタカの眼を発動し、正面から迫る刺客の姿を視認する。

 足を止めるわけにはいかない。止まれば人の波に呑まれ、そのまま押し潰される事だろう。

 

 ──足を止めずに殺るしかない……!

 

 刺客との距離がみるみる縮んでいくなか、彼は冷静に左手のアサシンブレードを抜刀した。

 遥か過去の伝説から贈られたその刃は、それを覆い隠す籠手と同じく黒き真の銀(ミスリル)により鍛えられたものだ。

 だが、重さも刃の長さも全てが同じ。怖いほどに手に馴染む。

 刺客の方はローグハンターが臨戦態勢に入った事に気づいていないのか、懐から短刀を取り出した。

 刺客は不気味にほくそ笑みながら、無防備な──少なくとも彼はそう思っている──ローグハンターに向け、短刀を突き出す。

 瞬間、ローグハンターが動いた。

 短刀の刺突を体を捻って避けると、回転の勢いのままにアサシンブレードを振り抜く。

 簡単な鎧だろうと貫く刃の一閃は、刺客の喉を紙のように切り裂いた。

 動脈をかっ切られた刺客の首からは、噴水のように血が吹き出し、冒険者たちと周囲の一般人の顔と服を赤黒く汚す。

 それを皮切りにパニックは更に広がり、人々は前だけでなく後ろは左右にも逃げ始めた。

 蜘蛛の子を散らすように逃げた一般人に取り残される形で、ローグハンターたちは通りの中央にいた。

 駆けていた誰一人として息を切らすことはなく、蜥蜴僧侶に担がれていた少女は目を回したのかぐったりしている。

 額についた返り血を拭いながら、ローグハンターはタカの眼を発動しつつ肩を竦めた。

 

「ここでやるしかない。逃げるにしても、もう遅いようだ」

 

 通りの至るところからみすぼらしい男たちが這い出し、各々の得物を片手に不気味な笑みを浮かべている。

 彼らの視線の先にいるのは、蜥蜴僧侶の肩に乗る少女だ。狙いは彼女であることは間違いない。

 みすぼらしい男たちを睨みつつ、銀髪武闘家はほんの僅かに狼狽えた。

 彼女の視線の先にいるのは、一人の老爺だ。右腕は肘から先がなく、ぎょろりと剥かれた瞳の片方はガラス玉のように濁っている。

 そう、都に入った時に出会った物乞いだ。彼が、背格好とは不釣り合いな剣を片手に、こちらを睨んできている。

 老爺のほうも彼女に気づいたのか、獲物を見つけた肉食獣のように舌舐めずりをした。

 ローグハンターはその老爺を鷹の眼光をもって黙らせつつ、みすぼらしい男たちに問いかけた。

 

「貴様ら、誰を相手にするかわかっているのか?」

 

 感情の失せた、どこまでも冷たい声音。

 敵を前にした彼が発する声と殺気に、みすぼらしい男たちは僅かに後退った。

 その隙に、ローグハンターは指示を出す。

 

「俺と武闘家、剣士の三人で相手する。蜥蜴人と魔術師、神官でそいつを守れ」

 

「わかった!」

 

「かしこまりましたわ!」

 

「承知!」

 

「任せてください!」

 

「わかりました!」

 

 打てば響くような返事とは、この事だろう。

 ローグハンターは一度深呼吸すると、黒鷲の剣を抜き放ち、影のように暗い刃を太陽に透かす。

 光を反射している筈なのになお暗い不気味な刃の切っ先をみすぼらしい男たちに向け、告げる。

 

「──ならず者殺し(ローグハンター)として、貴様らを討伐(スレイ)する」

 

 この国において最も安全である筈の都で、冒険者とならず者たちが激突した。

 

 

 

 

 

『幻想』と『真実』の神様は、まったく予定していない出来事(シナリオ)に慌てふためいていました。

 捕まってしまったのなら仕方ないと、次の物語(シナリオ)を考えようとした矢先の出来事です。

 二人の様子に気づいた他の神様たちも都に目を向け、驚いた顔をします。

 もはや異変と言って良い出来事の中心にいるのは、またもフードの彼です。

 彼に向けて骰子(サイコロ)を振っても、結果を無視することは当たり前で、最近はそもそも振れない何てこともざらにあります。

 神様たちはどうにかしようとしていましたが、解決する間もなくこれです。何がどうなっているのでしょう。

 神様たちの視線が卓に集まっている事を良いことに、怪しげな金色の人影が何やら駒の用意をしていました。

 その人影は気付かれていない事を確認すると、自分の手元に目を向けます。

 そこにあるのはいくつもの駒でした。牛頭の巨人や一つ目の巨人、髪が蛇のようになった女性など、見るからに怪しいものばかりです。

 人影は口の端を不気味に歪めると、並べられた駒の最後の一つをつまみ上げます。

 目深くフードを被った、右手に剣、左手に仕込み刀(アサシンブレード)を構えた只人の駒。

 そう、話題のフードの彼とまったく同じ駒です。

 人影はそれを手のひらの上で弄ぶと、誰にも聞こえないように呟きました。

 

 ──この(せかい)は、私が貰う。

 

 そして弄んでいた駒を自身の卓の上に置き、その頭を指で小突きます。

 

 ──その為にもまずは、彼を返して貰わないとね。

 

 その表情には狂気を感じますが、そこには何故か母親を思わせる優しさが滲んでいます。

 人影は駒を小突くのを止めると、愛撫するように駒の頭を指で撫でました。

 

 ──何よりも愛しい、愚かな我が息子よ……。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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