SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory10 そして通りは赤く染まった

「シッ!」

 

 鋭く吐き出された吐息の音と共に、みすぼらしい男の首が飛んだ。

 噴き出した血を一身に浴びながら、正面から振り下ろされた手斧の柄を半ばから切り裂いて無力化。

 驚き体を強張らせた隙を狙い澄まし、アサシンブレードを眼窩に滑り込ませる。

 もう慣れてしまった肉を貫く感覚を振り払い、みすぼらしい男が白眼を剥いた。

 ローグハンターは一切気にした様子もなく、アサシンブレードを引き抜く。

 支えを失ったみすぼらしい男は膝から崩れ落ち、眼窩からこぼれた血が通りの石畳を伝って広がっていった。

 投げナイフを投じて裏路地の入り口から飛び出してきた新手を足止めする。

 投げナイフが喉に突き刺さり、何の出番もなく絶命した先頭が倒れ、後続はその死体に足を取られて転倒し、それがさらに次の後続たちをも巻き込んでいく。

 黒鷲の剣とアサシンブレードに血払いくれて、前衛を務める二人に目を向けた。

 

「ハッ!」

 

 銀髪武闘家の気合いと共に放たれた拳が、みすぼらしい男の頭蓋を砕く。

 腕を引く勢いに任せて反転し、背後に回っていた相手の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 周囲にも響く程の、ぐしゃりと何かが潰れる音が男の体から漏れ出た。

 みすぼらしい男は自身の胸を押さえ、血涙を流しながら前のめりに倒れ込む。

 彼女はその体を乱暴に受け止めると、両足を踏ん張って体を捻り、思い切り投げ飛ばした。

 投げられたみすぼらしい男の死体に巻き込まれ、後衛に近づこうとしていた敵が転倒する。

 一気に間合いを詰めながら跳躍し、落下の勢いのままに転倒した男の顔面を踏み砕いた。

 砕けた頭蓋からその中身がぶちまけられ、僅かに跳ねたそれが彼女の頬に張り付く。

 彼女はそれを拭い、予備動作なしで裏拳を放つ。

 パン!と快音が鳴り響き、鳩尾を砕かれたみすぼらしい男が、その生涯を終えた。

 透ける程美しい銀色の髪を返り血で赤く濡らし、優しげな陽光を受ける姿は、一枚の絵画のようだ。

 だが、そう思うのは彼女と敵対していない者に限っての話だ。彼女の敵たる者たちは、そんな彼女の姿に畏怖を感じたことだろう。

 そして、そんな彼らの敵は彼女だけではない。

 彼女に気を向けていたみすぼらしい男に令嬢剣士は軽銀の突剣を振り下ろし、左の肩口から胸を一気に切り裂く。

 更にもう一度力を入れ膝をつかせると、膝蹴りでもって顎を砕く。

 倒れるみすぼらしい男には一瞥もくれず、舞踏会で踊るダンスを思わせる優雅なステップで間合いを詰め、喉に軽銀の突剣を突き立てる。

 それを引き抜くと同時に長槍を振り回すみすぼらしい男の喉に向けて軽銀の短剣を投げ放ち、僅かに逸れて肩へと突き刺さった。

 まだまだ練習不足だと自分に言い聞かせながら一気に間合いを詰め、突き刺さった短剣を手に取ると一気に振り上げる。

 突剣と同じ素材で造られたそれは異常な切れ味を持ち、人の筋肉程度なら容易く切り裂く。

 肩の筋肉を切り裂かれ、だらりと腕を下げたみすぼらしい男の脇を通りすぎ、背後の壁を蹴って反転。突剣を両手で握って脳天から頭を貫く。

 その勢いのまま地面に叩きつけ、突剣を引き抜く。

 軽く深呼吸をして意識を研ぎ澄まし、周囲の状況を探る。

 

「フッ!」

 

 ローグハンターが黒鷲の剣を一閃し、相手の腹を裂くとアサシンブレードをこめかみに突き刺してとどめを刺す。

 引き抜いた勢いのままピストルを引き抜き、発砲。屋根の上で弓を構えていたみすぼらしい男の足を吹き飛ばし、落下させる。

 不運にも頭から落下した彼から、もはや滑稽に思えるほど見事な骨の砕ける音が響いた。おそらく即死だ。

 

「頭の上にも気を付けろ。矢が降ってくるぞ」

 

 言い終えると共に忍び寄ったみすぼらしい男の体を袈裟懸けに切り裂き、悲鳴と共に膝をついた瞬間にその顔面を蹴り砕く。

 黒鷲の剣と同質の素材で造られた脚甲は、それだけで凶器足り得るものだ。彼はそれを、全力でもって振り抜いた。

 下手をしなくとも即死だ。死ぬ直前まで切られた痛みがあったのは、その男の最後の不運だろう。

 前衛三人が下の相手をしている隙に、屋根の上を陣取るみすぼらしい男の一人が矢を放った。

 それはまっすぐに後衛陣に向かっていくが──、

 

「《サジタ()……サイヌス(湾曲)……オッフェーロ(付与)》!」

 

 女魔術師の唱えた『矢避(ディフレクト・ミサイル)』が不可視の力場を生み出し、超自然の守りを施した。

 矢は大きく的を外れ、民家の壁に弾かれて通りに落ちる。

 ローグハンターは屋根の上を睨むと、蜥蜴僧侶に声をかける。

 

「交代だ。俺は上をやる」

 

「承知!ちょうど我慢出来なくなった所ですぞ!!!」

 

 目玉をぎょろりと回し、怪鳥音と共にみすぼらしい男へと飛びかかる。

 爪、爪、牙、尾。

 蜥蜴人特有の四連撃が猛威を振るい、一人、また一人の屍を増やしていった。

 その姿に一瞥くれると、ローグハンターは黒鷲の剣を腰帯に戻して弓を手に取る。

 弦の張りはもはや確認する必要はなく、矢筒から三本の矢を纏めて引っ張り出し、タカの眼を発動しつつ弓につがえる。

 壁越しだろうと相手の位置を把握出来る強みを生かしつつ、目を細めて的を絞る。

 目と矢、そして獲物を一直線に並べ、後は放つのみ。

 彼の動きを察知した屋上のみすぼらしい男たちは頭を引っ込めるが、ローグハンターは構わずに矢を引き絞り、一呼吸の間を開け、隠れた敵に向けてではなく天へと向けて撃ち放った。

 空気を切り裂く鋭い音と共に、矢は陽光へ向けて飛んでいく。

 みすぼらしい男たちはその矢を見上げ、げらげらと下品な嘲笑をあげた。

「下手くそ!」だの「素人が!」だのと、どれもこれも彼の事を馬鹿にした内容だ。

 そして、そうやって馬鹿にした男たちの脳天に矢が生えた。

 彼らは最後まで気付く事はなかった。ローグハンターが天へと向けて放った矢が、高高度に達した後、重力に従って戻ってきたのだ。

 天高くから獲物を狙う鷹の如く、相手の急所を貫き、一瞬で命を刈り取った。

 だがまだ三人を倒しただけだ。弓兵はまだ何人もいる。

 尤も、今の神業とも言える射撃術を見せつけられた弓兵たちは、恐れ(おのの)き、頭を出してくる様子はない。

 その程度で、ローグハンターから逃れられる訳がないのだが──。

 彼は人数を把握しつつも、一本だけ矢を取り出した。

 (やじり)は妙にごつく、一目見ただけで殺傷能力はなさそうである。

 ローグハンターは先ほど以上の力を持って弦を引き絞り、再び天上へと向けて矢を放つ。

 みすぼらしい男たちは驚き慌ててその場を退避し、ホッと胸を撫で下ろした。

 

 ──瞬間、落下してきた矢が()ぜた。

 

 みすぼらしい男たちは爆発の衝撃で屋根の上から弾き飛ばされ、まともに受け身を取る暇も与えられずに地面に叩きつけられる。

 頭から落ちれば即死だろうが、腹から落ちた者は全身の骨が砕けてもまだ息があり、背中から落ちた者はまだ健在なのか立ち上がろうともがいている。

 そこに銀髪武闘家か蜥蜴僧侶が躍りかかる訳だから、どちらにしろ彼らは詰みである。

 ローグハンターは自作した『炸裂矢(グレネードアロー)』の効果を確かめ、得意気な笑みを浮かべた。

 グレネードランチャーを弓で代用できないか試行錯誤をしたものだが、結果は上々だ。

 前衛を蜥蜴僧侶に任せた、ローグハンターは自分の背後で縮こまっている少女に目を向けた。

 

「何か恨まれる事でもやったのか」

 

「知らない、知らないわよ……」

 

 耳を両手で塞ぎながら、首を左右に振って答えた。

 少女は知らない世界を見たくて家を飛び出した。

 

 ──けど、見たかったのはこんなんじゃない。こんな、殺し合いを見たくて出てきたんじゃない。

 

 何も知らない少女の目の前で、凄惨な殺し合いが繰り広げられているのだ。

 首を無くして倒れる死体に、手足のいずれかが欠けた死体、頭の潰れた死体。

 どこに目を向けようにも、そこには必ず死体がある。

 少女にとっての非日常が、いきなり飛び込んできたのだ。混乱しても仕方がない。

 女神官は彼女を落ち着かせようと優しく背を撫で、「大丈夫です。きっと守ります」と声をかける。

 ローグハンターは少女の面倒を女神官に任せ、前衛の援護を始める。

 彼らの背後を取ろうする者を射抜き、路地から飛び出そうとした者を射抜き、屋上に陣取る者を牽制する事も忘れない。

 妖精弓手ならもっと上手くやるのだろうが、森人と只人が弓術で競うなど片腹痛い。彼女ら森人は、生まれた時から生粋の弓手だろうに。

 そんな下らない事を思案を一瞬で振り払い、前衛を務める令嬢剣士の動きが僅かに鈍ってきている事に気付く。

 彼女が討ったみすぼらしい男の数は、既に二桁に突入している。疲労が溜まっても仕方がない事だ。

 ローグハンターは彼女への援護に意識を傾けつつ、女魔術師に問いかける。

 

「『矢避』はいつまで持つ」

 

「そろそろ張り直します。援護を」

 

「任せろ」

 

 彼の返事を合図にしてか、不可視の力場が揺らぎ、彼らを守っていた超自然の盾が消失する。

 屋上のみすぼらしい男たちはこれ幸いと身を乗り出すが、そこに次々と矢が突き刺さっていく。

 ローグハンターが矢継ぎ早に放った矢は、その全てが相手の急所を捉えた。

 これでも弓を使い始めて一年経っていないのだが、何故か彼は熟練の冒険者以上に使いこなしていた。

 本人に聞けば「夢の中で覚えた」と真面目な面持ちで返してくるだろうが、今この話は良いだろう。

 ローグハンターが時間を稼いた隙に、女魔術師は再び『矢避』の詠唱を済ませた。

 本日二度目の魔術使用ではあるが、彼女は一切慌てた様子も疲弊した様子もない。

 見る限り、もう一二度なら問題なく使えそうな程である。

 ローグハンターがほんの僅かに彼女に視線を向けると、女魔術師は得意気に頷いた。

 

「まだ行けます。あと二度程度なら唱えてみせますよ」

 

「それはありがたい」

 

 言いながら矢を放ち、また一人討ち取る。

 冒険者らが殺害した人数は、既に三十を越えた。ただ静かで平穏な空気が流れていた通りは、死体から垂れ流される血によって赤く染まり、鉄臭さが周辺に留まっている。

 難攻不落の遺跡もかくやという空気の重さは、冒険者だけでなくみすぼらしい男たちすら呑み込み始めた。

 ここまで仲間を殺されても攻撃を止めないとは、相手の背後にいるのは部下を駒としか見られない愚か者か、あるいはこの程度の損害ならすぐに補填出来ると根拠のない自信に満ちた愚か者か。

 とにもかくにも、現状を打破しなければどうにもならない。

 相手の物量がいつ底をつくかはわからないが、先ほどに比べて新手の数は減っている。おそらく、相手の限界は近い。

 ローグハンターはそう判断し、援護を続ける。

 相変わらずのペースでみすぼらしい男を屠り続ける銀等級二人の背中に頼もしさを感じつつ、令嬢剣士に目を向ける。

 既に肩が大きく上下するほどに息が荒い。そろそろ彼女も限界だろう。

 そして、その予想はすぐさま的中した。

 一人のみすぼらしい男が令嬢剣士の脇を抜け、女神官に庇われた少女目掛けて駆け抜けたのだ。

 何やら薬物でもやったのか、血走った目で少女を見つめ、だらしなく開かれた口からは涎が垂れている。

 ナイフ片手に直線的に駆け抜けたその男は、少女にたどり着く前に上半身と下半身が泣き別れとなった。

 何の事はない。ローグハンターの黒鷲の剣が一閃されただけだ。

 彼も、彼の仲間たちもそれに何か感じた様子はない。

 しかし、たった一人だけ、大きく心を揺らされた人物がいた。

 血走り、見開かれた目は少女に向けられ、少女の無垢な瞳はその男を見つめ返した。否、見つめ返してしまった。

 ローグハンターは知るよしもない事だが、彼は大きなミスを犯していた。

 たった一つ。普段の冒険なら一切気にもならない、とても些細な事だ。

 

 ──蜥蜴僧侶との前衛の交代。

 

 いつもの冒険でもよく行われる、冒険者なら誰も気にもとめない一手。

 だが、今回はそんないつもの冒険ではない。彼らには、守るべき少女がいた。

 蜥蜴僧侶の巨体は、少女の目の前で起きている惨状を隠す壁代わりとなっていた。

 その壁は一瞬で取り払われ、戦場の全てが少女に襲いかかった。

 誰かの悲鳴が、一部が欠損した死体が、誰かの人生が終わる瞬間が、何も知らない少女に襲いかかったのだ。

 今まではどうにか抑えられていた。だが、彼女は男の死体を直視してしまった。

 血走った目から生気が失せ、垂れ流される涎は止まることなく、血が石畳を伝って少女の足元まで流れ込む。

 今までの人生で感じた事のない血の臭いが、死の気配が、ついに──。

 

「もう、いやぁぁああああああっ!」

 

 ──少女の体を突き動かした。

 咄嗟に押さえようとした女神官を突き飛ばし、少女はどこかへ向けて走り出してしまう。

 ローグハンターをはじめとした冒険者たちは少女の行動に面を食らいつつも、目の前の敵への対処を止める訳にはいかない。止めたら、それは自分の死を意味するからだ。

 みすぼらしい男の首を蹴りでもって切断した銀髪武闘家が、ローグハンターに向けて叫ぶ。

 

「キミはあの()を追いかけて!ここは私たちで何とかするから!」

 

 言いながら切りかかってきたみすぼらしい男の一撃を避け、その首を絞めて勢いよく体を捻る。

 ゴキッ!と骨の折れる音を響かせると、躊躇いを見せるローグハンターに向けて更に言う。

 

「大丈夫、私たちを信じて!すぐに追い付くから!」

 

「そうですぞ、斥候殿!ここはお任せあれ!」

 

 彼女に蜥蜴僧侶が続くと、ローグハンターは歯を食い縛って両拳を握り締めながら「頼む……!」とだけ漏らし、少女の背を追って駆け出した。

 彼の背中を見送った蜥蜴僧侶は一旦その場を飛び退き、懐から骨の欠片を取り出した。

 

「こうなれば、もはや余力を残してはいられますまい!《禽竜(イワナ)の祖たる角にして爪よ。四足、二足、地に立ち駆けよ》!」

 

 詠唱と共に欠片を放り、二体の『竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)』を出現させた。

 

「剣士殿は一旦下がられよ!」

 

「申し訳ありません!」

 

「気になさらず!」

 

 一旦下がった令嬢剣士の受け持ちを、『竜牙兵』二体でもって支える。

 また一人のみすぼらしい男を蹴り倒した銀髪武闘家は、僅かに不安そうな表情でローグハンターが消えていった通りの角に目を向ける。

 彼が一人で行動すると、大概碌なことにならない。必ず彼を含めた誰かが死にかけるのだ。

 

 ──どうか、無事でいてね。

 

 ほんの一瞬瞑目して祈りを捧げると、僅かな不安を掻き消すようにフッと息を吐いた。

 通りに殺到するみすぼらしい男の群れは、いまだに終わる気配はない。

 それでも、彼らは退くことなく挑む。

 

 ──あの少女が鍵なのだ。彼女を守らねば、確実に何かが起こる。

 

 多少の認識の違いはあれど、冒険者たちの考えは一致していた。

 ならば、追いかける頭目を信じて耐えるのみ。

 彼ならばきっと、この状況を変えてくれると信じるのみだ。

 

 

 

 

 

 ローグハンターは一人、通りを走っていた。

 騒ぎは既に広まっているのか、人通りは一切ない。酷く不気味なものだが、今はとてもありがたい。

 タカの眼で少女の残した足跡を追い、通りを右に左へと曲がり、更に加速。

 一刻も早く戻らなければならないという焦りからか、普段は余裕で走れる速度でも妙に息が切れる。

 それでも歯を食い縛り、一切速度を緩めることはない。

 騒ぎから遠のいたからか、少しずつ通りを歩く人が増え始めた。

 血塗れの彼へと怪訝な視線が集まるが、当の本人は一切気にする様子もなく、人混みを掻き分けて突き進む。

 痕跡を追って大通りを曲がろうとした時だ、二頭の馬に引かれた馬車が飛び出してきた。

 都に入る直前に見た王家の物とは比べるのもおこがましい、ぼろぼろで傷だらけの年期の入った馬車。

 

「ッ!」

 

 しかし、ぼろであろうとなかろつと、馬車に轢かれて無事でいられるかは別問題だ。

 ローグハンターは慌ててその場を飛び退き、馬車に()かれる事だけは回避した。

 集中が切れたからかタカの眼が解除され、視界には色と活気が戻ってくる。

 通りを歩く人たちも上手いこと避けたのか、見た限り怪我をした者はいない。

 下手をすれば大事故になっていただろうに、馬車の御者台の男は気にする素振りも見せずに手綱を握っている。

 ローグハンターが舌打ちをして立ち上がると、再びタカの眼を発動した。

 足跡を探すが見つからずに再び舌打ちを漏らすが、不意に馬車へと目を向け、そして目を見開いた。

 馬車が金色の輝きを放っているのだ。車両の残した軌跡までもが金色に染まり、彼を誘っている。

 少女の痕跡が消え、代わりに馬車の痕跡が残る。

 それはつまり、

 

「屑どもが……ッ!」

 

 ──少女はあの馬車に乗っている。

 その結論にたどり着いたローグハンターは、隠す気もなく毒を吐き、ちょうど通りかかった馬車へと飛び乗った。

 

「おや、何事です?」

 

 御者台に乗っていた黒いローブの男性は突然の乗客に大して驚いた様子もなく、小さく首を傾げる。

 

「降りてくれ。後で金は払う」

 

「急用ですか?ローグハンター」

 

 自分の異名を言われたローグハンターは僅かに目を見開くが、助けた貴族令嬢の関係者だろうとあたりをつけた。

 

「連れが誘拐されてな。あの馬車を追いかけたい」

 

 無理やり通りを曲がった馬車を眺め、御者は目を細めた。

 ローグハンターが奪おうとした手綱を逆にしっかりと保持すると、彼に向けて言う。

 

「操縦は私が。しっかり掴まっていてください!」

 

 そう言うと同時に、御者は「はっ!」と声を張り上げると共に手綱を操る。

 馬たちは弾かれた手綱に驚いたのか、大きく鳴き声をあげるが、勢いのままに加速していく。

 いきなりの事態に驚く間もなく、ローグハンターはロープダートで体と馬車を結びつけ、固定した。

 

「曲がりますよ!」

 

「おう」

 

 御者の掛け声に合わせて体重移動し、少しでも曲がり易いようにする。

 カーブの勢いで馬車は大きく傾くが、片輪のままどうにか走り、ローグハンターが側面に張り付いて勢いをつけ、半ば無理やり元に戻す。

 

「気付かれたようです。(クロスボウ)持ちが出てきました」

 

 御者の警告を受けて前を走る馬車に目を向けると、馬車の屋根が開き、そこから殺意剥き出しの男が体を出していた。

 

「少しでも安定させてくれ、狙い撃つ」

 

 御者台へと戻ったローグハンターは、背に回していたライフルを手に取り、装填されていることを確かめる。

 御者台に腰かけたままライフルを構え、手の力だけで安定させる。

 息を吐き、吸って、止め、照準を合わせ、そして引き金を引く。

 大砲さながらの銃声が響き渡り、弩を構えていた男の胸が撃ち抜かれ、馬車から転がり落ちた。

 ボルトを開いて火の秘薬と弾丸を込め、ボルトを閉じる。

 

「良い腕ですね。これなら依頼をしても問題ないようだ」

 

「その話は後にしてくれ。仕事中だ」

 

 再び顔を出してきた弩持ちを再び撃ち抜き、装填。

 御者は彼の手際の良さに舌を巻きつつ、手綱を握る手に力を込めた。

 

「もうすぐ幅の広い橋に出る筈です。そこで並べますので、飛び移ってください」

 

「無茶だが、それしかなさそうだな」

 

 ライフルを背に戻したローグハンターは頷き、固定に使ったロープダートを取り外す。

 ふと、ローグハンターは御者に目を向け、問いかけた。

 

「それにしても、どこかで会ったか?見覚えがあるんだが……」

 

「いえ、会った事はありませんよ。世界には似た顔の人物が何人かいると言いますし、人違いでは?」

 

 御者は捲し立てるように言うが、ローグハンターは余計に首を傾げるだけだ。

 

「いや、どこかで会った筈だ。ヴェネチアか、ローマか……」

 

「っ!」

 

 ローグハンターが出した地名に驚きつつ、御者は手綱を操り続ける。

 御者の友人たる狐からも聞いていた事だが、横の冒険者は、本当に彼の記憶を持っているのかもしれない。

 そんな思考が脳裏をよぎるが、今は状況が状況だ。

 

「とにかく、すぐに追い付くので準備を」

 

「任せておけ」

 

 御者台の上で中腰となり、念のためにピストルを構えるローグハンター。

 前を走る馬車とある程度差が縮まり、射程圏内に捉えた時だ。 左右を塞いでいた建物が無くなった。

 橋に到達した事で、視界を塞ぐ建物が切れたのだ。

 建物の間を吹き抜ける強烈な風で僅かに馬車が軋み、馬たちも狼狽えたのか唸り声をあげる。

 風に押されて揺れる車上でも、ローグハンターは気にした様子もなく前の馬車を睨んでいた。

 橋を歩く人々は突っ込んでくる二台の馬車の道を開けるため、蜘蛛の子を散らすように左右へと逃げていく。

 あと二馬身まで差を縮め、ローグハンターがピストルをしまい飛び移る準備を整えた時だ。

 

『《アラーネア(蜘蛛)……ファキオ(生成)……リガートゥル(束縛)》』

 

 地の底から響くような低い声が、ローグハンターの耳に届いた。

 瞬間、何かに足を取られたのか馬が前へとつんのめり、その勢いのまま馬車が空中へと放り出された。

 いち早く異常を察したローグハンターは、御者を脇に抱えると思い切り飛び、橋の上へと戻る。

 御者を抱えたまま転がるように勢いを殺し、欄干に背中からぶつかることで完全に止まった。

 追いかけていた馬車は曲がり角の向こうへと消えていき、状況を理解できない人々は驚いてはいたものの、すぐにいつもの日常へと戻っていった。

 彼は憎々しげに息を吐くと立ち上がり、倒れる御者に手を伸ばした。

 

「どこか怪我はないか」

 

「大丈夫です。そこまで(やわ)ではありませんよ」

 

 ぽんぽんとローブの汚れを叩き落としながら、御者は立ち上がる。

 そのまま倒れた馬の元へと歩み寄り、その足に絡み付く糸を手に取った。

 強い粘性を持つそれは、『粘糸(スパイダーウェブ)』の術によるものだろう。

 

 ──どうやら、相手には魔術師がいるようですね。

 

 御者は顎に手をやって思慮すると、川に沈んでいく馬車を眺めていたローグハンターに声をかけた。

 

「賠償はいりませんよ。ええ、次の仕事を相場より安く受けてくれれば良いです」

 

「それは、断るに断れないな」

 

 ローグハンターは肩を竦め、追跡を続けようとタカの眼を発動した時、異変が起こった。

 視点が天高く見下ろす俯瞰的なものへと変わったのだ。

 使おうとも思っていない能力(スキル)が暴発したのかと(いぶか)しむが、すぐに結論に至った。

 今回は鷲の方から接触してきたのだ。何か伝えたいことがあるのか、単なる偶然かはわからないが。

 すぐに視線共有を切ろうとした時だ、それに気づいた。

 鷲の視線の先で、誰かが倒れているのだ。

 地に倒れ、自分の血によって出来た血溜まりに沈む何者か。そこに友人と思われる人々が駆け寄っていく。

 よく目を凝らせば、その人物は透けるほど美しい銀色の髪の持ち主で──。

 瞬間、視界共有を切ったローグハンターは走り出した。

 もはや彼の脳内に誘拐された少女の姿はなく、彼女への想いで一杯になっていた。

 

 ──彼が彼女以上に想う人など、誰一人としていないのだから。

 

 

 

 

 

「こんのっ……!」

 

 先ほどと変わらぬキレで放たれた蹴りが、三日月の軌跡を残してみすぼらしい男の体を寸断する。

 ローグハンターと別れて十分以上、冒険者たちの限界は確実に近づいていた。

 余裕があるのは、後衛たる女魔術師と女神官の二人だけだろう。前衛を務める三人には、もはや余裕はない。

 返り血で体を真っ赤に染めながら、荒れた息を無理やり整えて迎撃していく。

 そして、彼らが待ち望んだ敵の限界がきた。

 

「そこですわ!」

 

 令嬢剣士が一際大柄な男を斬り倒した時だ、残されたみすぼらしい男たちが一斉に武器を捨てて両手を挙げた。

 

「ま、まってくれ!降参する!」

 

「ッ!?」

 

 みすぼらしい男の言葉に、銀髪武闘家は慌ててその拳を止めた。

 顔面に突き刺さる直前で拳が寸止めされ、当たることはなかった。銀等級だからこそ出来た、ある意味神業だろう。

 彼女は小さくホッと息を吐くと、砕けかけた籠手に気を向ける。

 修理するよりも、新しく買った方が安上がりだろうかと思慮して、また出費がかさむとため息を漏らした。

 そして、最後に殴ろうとした男に目を向けた。

 右腕は肘から先がなく、ぎょろりと剥かれた瞳の片方はガラス玉のように濁っている。

 都に入ってすぐに出会った物乞いは、幸運な事に命を失わずに済んでいたのだ。

 この事に喜ぶべきなのか悩んでしまうあたり、冒険者になりたての頃に比べてだいぶ変わったのだろう。

 老爺は慈悲を求めているのか、体を丸めてへこへこと頭を下げ続けている。

 銀髪武闘家はため息を漏らすと、周囲に目を向けた。

 蜥蜴僧侶と『竜牙兵』がみすぼらしい男たちを一ヶ所に集め、女魔術師と令嬢剣士が縄をかけている。

 女神官は晒されたままの亡骸の前で両膝をつき、地母神へ向けて鎮魂の祈りを捧げていた。

 自分もこの老爺を運んで、一休みしようと意識を切り替える。

 彼女が運ぼうと老爺に手を伸ばした時だ。遠くから、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。

 

「あ、あなたたち、一体何があったのよ!?」

 

 まだだいぶ遠いと言うのに、声の主が誰かはすぐにわかる。

 銀髪武闘家は苦笑を漏らし、その声の主たる妖精弓手へと目を向けた。

 こちらに駆け寄ってくる彼女の背後には、鉱人道士とゴブリンスレイヤーがいた。

 思わぬ増援の到着に銀髪武闘家の頬が僅かに綻んだ。

 それを誰が責められる。勝負は決し、全快状態の仲間も到着した。後はみすぼらしい男たちを衛兵に引き渡し、頭目と合流するだけだ。

 そして、こうやって油断した時こそ、最悪の事態(ファンブル)は起きてしまうのだ。

 

 どす……っ。

 

 あまり聞いた事もない、とても小さな音が腹からなった。

 

「……へ?」

 

 どうしてそんな音が鳴ったのかと自分の腹部に目を向けると──。

 

「ゆるしてくれ、ゆるしてくれ、ゆるしてくれ。ゆるしてくれ、ゆるしてくれ!!!」

 

 老爺が目に涙を浮かべながら、隠し持っていた短剣を彼女の腹に突き刺していた。

 それを自覚した瞬間、強烈な痛みが彼女に襲いかかった。

 体内を直接焼かれるような、もはや形容しがたい痛み。

 

「かはっ……」

 

 彼女の口から血が吐き出されると、周囲の仲間たちも異変に気付く。

 だが老爺は短剣を引き抜くと、何の躊躇いもなくもう一度突き刺した。

 

「ゆるしてくれ、ゆるしてくれ、ゆるして、くれ……」

 

 老爺は狂ったように謝り続けると、彼女の腹に短剣を引き抜き、血を拭うことなく裏路地へと消えていった。

 冒険者たちは追撃しようとするが、銀髪武闘家が崩れ落ちた事でそれを中断する。

 

「武闘家さん!しっかりしてください!」

 

 女神官が彼女の脇に腰を降ろすと、右手に錫杖を握り、左手を銀髪武闘家の腹部に添えた。

 この間にも腹部からの出血は続いており、石畳を赤黒く汚していく。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください》!!」

 

 目元に涙を浮かべながらの、切羽詰まった祈り。

 それでも優しき地母神は彼女に答え、『小癒(ヒール)』の奇跡を彼女の手に宿した。

 神の御業たる優しき光が銀髪武闘家を包み込み、みるみるうちに傷を塞いでいく。

 傷も塞がり出血は止まったが顔色は悪い。むしろ、段々と悪くなっているようにさえ見える。

 奇跡が届いていないのかと慌てる女神官を無理やり退かし、ゴブリンスレイヤーは雑曩に手を突っ込んで毒消し(アンチドーテ)とラベルの貼られた瓶を取り出した。

 長年の経験から、あの短剣に毒が塗られていると察知したのだろう。

 ぽん!と状況に不釣り合いな音と共に栓を抜くと銀髪武闘家の頭を持ち上げ、無理やり中の薬品を口へと流し込む。

 飲む力も残っていないのか、そのほとんどが口からは溢れてしまっているが、僅かに喉が上下しているから飲んではいるようだ。

 瓶が空になった事を確認したゴブリンスレイヤーは、隠す気もなく舌打ちを漏らして空瓶を投げ捨てた。

 

「手持ちの毒消し(アンチドーテ)は全て出せ。この調子ではいくらか飲ませなければ効かん」

 

 言いながら予備の毒消しを取り出し、それも銀髪武闘家へと飲ませる。

 途中で強壮の水薬(スタミナポーション)も含ませ、自力でものを飲み込む体力を回復させようとも努める。

 

「お願い目を開けて!しっかりしてよ!」

 

 女魔術師が彼女の手を取り、力一杯握り締める。

 普段なら痛いほど力で握り返してくれるのに、今は握り返してくれない。

 

「武闘家様、気を確かに持ってください!すぐに先生が戻ってくる筈です!」

 

 涙を流しながら発せられた令嬢剣士の声にも答えない。普段なら「どうしたの?」と笑顔で返してくれるのに。

 冒険者たちの思いが伝わったかのように、突然土砂降りの雨が降り始めた。

 雨が通りを赤く染めた血を洗い流し、赤く染まった風景を、いつもの平和な風景へと変えていく。

 不意に、誰かが駆けつけたのか、冒険者らの背後でばしゃ!と音が鳴った。

 ゴブリンスレイヤーがそちらに目を向けると、そこにはローグハンターがいた。

 今までにないほど息を絶え絶えにして、手が震えている。

 彼は覚束ない足取りで倒れる彼女の元へ歩み寄ると、冒険者たちは無言で道を開ける。

 ローグハンターは彼女の元にたどり着くと服が汚れる事もいとわずに両膝をつき、彼女の頭を抱き上げた。

 とても弱いが呼吸はある。だが目を開けず、ぐったりと眠ったまま。

 壊れかけの物を持つように優しく彼女の体を抱き寄せ、愛しそうに頬を撫でる。

 それでも目を開けない。いつものように手を重ねて欲しいのに、いつものように笑って欲しいのに。

 

「──……!────────!!!!」

 

 声にならない悲鳴が、雨の音にも負けてしまうほどの小さな慟哭(どうこく)が、彼の口から漏れた。

 この日、彼は思い出したのだ。

 愛する人を失う悲しみという感情を。

 彼自身の人生を狂わせた、憎しみという感情を──。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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