SLAYER'S CREED   作:EGO

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Sequence10 真実はなく……
Memory01 誰でもない(ノーマン)


 都、至高神の神殿の一室。

 二つの月の光に照らされるその部屋は、他の部屋に比べ広く間取りされている。

 そして、その広い部屋には二人の人物がいた。

 一人はベッドに眠る銀髪武闘家だ。

 豊満な胸が僅かに上下しているから、呼吸はしているようだが、その肌は生気を感じさせぬほどに白い。

 ゴブリンスレイヤーらが手早く対処したものの、意識が飛んでいた時間が長かった為か、あるいは特別な毒が使われていたからか、いまだに彼女は目を覚まさない。

 いつ目を覚ますかも、わからない。

 ベッド脇の椅子に腰掛け、眠る彼女の手を握るローグハンターは、いつになく弱々しい面持ちとなっていた。

 先程まで泣き腫らしたのか目元が赤くなっているが、本人は一切気にした様子もなく、光の消えた虚ろな視線を彼女だけに目を向けていた。

 握る手に感じる僅かな熱が、壊れかけた彼を支えているのは事実。

 もう少しゴブリンスレイヤーらの対処が遅ければ、もう一度刺されていれば、もう少し傷がずれていれば。

 どれか一つでも噛み合わなければ、彼女は間違いなく──。

 

「ッ……!」

 

 自分から始めた予想だというのに、最悪(彼女)()結果()を想像してしまい、彼女を握る手に力が入った。

 彼女から手を離す事なく、空いている手で頭を抱える。

 

 ──何を間違えた。

 

 結果的に振り切られたのだから、少女をそのまま放っておけば良かったのだろうか。

 少女を家まで送ろうとした事か。

 メンバーを絞り、六人で行動した事か。

 

 ──あの少女(盗人)を初遭遇時に斬れば良かったのだ。

 

 この依頼を受けて、地の利もない都まで来たことか。

 あの場で交戦せず、あのまま逃げ続けるべきだったのか。

 彼女を連れてこず、自分とゴブリンスレイヤーらだけで依頼を受けるべきだったのか。

 

 ──彼女と一線を越えた事自体が間違いだったのではないか。

 

 ──自分が彼女の人生を狂わせたのではないか。

 

「………くそ」

 

 考えれば考えるだけ、嫌な事ばかり考え付いてしまう。

 父は、こんな思いの中で行動を起こしたのだ。どれだけの覚悟で自分の体を突き動かしたのか、もはや想像も出来ない。

 そもそも自分は父ではないのだから、まったく同じ事が出来る筈がない。

 

 ──どうする。どうする。どうする。どうする……!

 

『──悩み事があるなら火薬を使え』

 

 悩み続ける彼の脳裏に過ったのは、恩師の一人にかけられた言葉。

 その言葉を皮切りに、かつての自分が掘り出していく。

 

『騎士団の指針と、それを支持するあらゆるものを守ろう』

 

『秘密を明かさない。任務の意図を明かしてもならない。その死に到るまで、代償を払おうとも』

 

 自身の奥底に刻まれた、絶対の信条(クリード)

 この世界に守るべき騎士団は存在しないが、目指した秩序と平穏なら、少なくとも存在する。

 そして、その秩序を無きものにしようとしている者たちがおり、今回の件の裏側にはそいつらが潜んでいる。

 何年経っても自分の役割(ロール)は変わらず、何年経っても奥底に秘められた騎士団の誓いは消えない。

 それでも、自分に愛を教えてくれた人がいた。自分を、愛してくれる人がいた。

 何もなかった自分が、愛したいと想った人がいた。

 自分をここまで変えてくれたのは、目の前で眠る彼女だ。

 自分を戦うための武器から、真っ当な人間に戻してくれたのは、目の前で眠る彼女だ。

 彼女への想いを捨てるつもりはない。彼女を置いて、どこかに行くつもりもない。

 だが、それでも、今回だけは──、

 

「お前を置いていく。許してくれ……」

 

 彼女の頬を撫で、額に口付けを落とす。

 離れ際に自分の首に下げた認識票を外し、ベッド脇の机の上に置く。

 今から起こす行動は、冒険者としてのものではない。それに加えて、騎士団への裏切りにも等しいものだろう。

 

「俺は、俺の信条(クリード)に従う」

 

 彼女も救うためなら、手段を選ぶつもりはない。

 

 ──見えぬ敵を探しだし、追い詰め、殺す。

 

 やることは変わらないが、誰からも許可を求める事なく行うそれは、騎士団よりも暗殺者(アサシン)の領分だ。

 だが、構わない。この世界に騎士団はなく、相対する教団もないのだから。

 ローグハンターは紙切れに伝言だけ書くと目深くフードを被り、誰にも告げずに部屋を後にした。

 数分後、女神官が様子見に訪れるまで、神殿にいる誰もが彼がいなくなった事に、気付かなかった。

 

 

 

 

 

 法の神殿における会議室。既に多くの人が眠る時間帯となってはいるが、冒険者らはそこに集っていた。

 会議から戻った剣の乙女が、神妙な面持ちで書類の束を指先で撫でる。

 紙とインクの質感の違いで文字を読み、昼間に起きた騒ぎの顛末を確認した。

 みずぼらしい男たちはその大半が逮捕となり、負傷した民間人たちの治療も進んでいる。

 みずぼらしい男たちの襲撃と冒険者らによる迎撃、そして──。

 

「何たる事です!まさか、彼が追いかけていたのが彼女だったなんて!みすみす誘拐を許すとは!」

 

 とある少女の誘拐事件。

 剣の乙女の隣に腰掛ける御者──会議にも参加していた外交官だ──が、眉を寄せて額に手をやった。

 蜥蜴僧侶は瞑目し、首を左右に振って鋭く息を吐いた。

 

「奴らの狙っていた少女が、只人の王の妹だったとは……」

 

 彼の発言に令嬢剣士が頷く。

 

「社交会で会ったことがある筈なのに、気が付けなかった。不甲斐ないですわ」

 

 膝に置かれた手を握り締め、歯を食い縛って悔しさを露にする。

 女魔術師は彼女の肩に手を置き、「起きたことは仕方ないわ」とだけ告げた。

 だが、その声には確かな後悔の色が込められており、今の発言は自分に対しても向けていることを感じさせる。

 銀髪武闘家はいつ目覚めるかもわからない昏睡状態。

 ローグハンターは彼女から離れようともせず、誰かと口を利こうともしない。

 辺境に名を轟かせるローグハンターの一党が、たった二度の攻撃で行動不能とは、事情も知れぬ誰かに知られたら、まず間違いなく嗤われることだろう。

 妖精弓手は拳を握り締め、外交官と剣の乙女に聞いた。

 

「二人は犯人に心当たりとかないの?会議にも参加してるんでしょ?」

 

「わたくしは何とも言えません」

 

 ローグハンターの惨状を気にしてか、剣の乙女は悲痛な表情で首を左右に振る。

 彼女の拠点は水の街だ。そこで起きた事件と黒幕を推理するならまだしも、たまに来る程度の都の勢力図など、把握しきれてはいないだろう。

 残された外交官は、顎に手をやると言う。

 

「おそらく、邪教徒の類いでしょう。最近勢力を広げて来てきますから」

 

 外交官は犯人を断定したように言うが、ゴブリンスレイヤーは腕を組んで小さく唸った。

 

「その割には、奴らの装備に統一性はなかった。その邪教徒とかいうのに雇われたならず者(ローグ)の可能性もあるだろう」

 

「私もそう思っていますが、何か他の意見があるのなら聞きますが」

 

 机に両肘をつき、顔の前で両手を組ながら外交官が問うと、ゴブリンスレイヤーは「あくまで憶測だが」と断りを入れてから続ける。

 

「奴ら全員を雇ったというのなら、相手の規模はかなりのものだ。邪教徒の裏にも何かいるだろう」

 

「邪教徒を支援している何者かがいると?」

 

「ああ」

 

 外交官の確認に、ゴブリンスレイヤーは頷く。

 彼がゴブリン以外の事で饒舌(しょうぜつ)な事に驚きつつ、鉱人道士が額を押さえながら言う。

 

「かぁー、頭が痛くなるわい。みずぼらしい男どもに邪教徒ときて、さらにその後ろにも何者(なにもん)か。どこから相手すりゃいいんじゃい」

 

「とりあえず、みずぼらしい男たちを片っ端から捕まえて」

 

「いや、都に何人いると思っているのよ……」

 

 令嬢剣士の提案に女魔術師が嘆息混じりに返し、すぐさま真剣な表情となった。

 

「それに、下手には動けないわ。私たちは人質を取られているようなものだから」

 

「敵を滅しつつ、あの少女も救わねばならぬとは、難儀ですな」

 

 彼女の言葉に蜥蜴僧侶が唸ると、剣の乙女が唇に指を当てて何やら思案し始めた。

 軍には頼れない。それこそ王妹に危険が及んでしまう。

 冒険者に頼ろうにも、それを察知されたら終わりだ。

 挑むのなら短期決戦。それも王妹の救助だけを目的とした場合だ。

 

 ──ならば、誰が適任か。

 

 相手にこちらが動いていることを勘づかれず、かつ確実に頼ることの出来る相手。

 

 ──影の内に生きるならず者(ローグ)たち。

 

 確かに有りだ。金さえ積めば、仕事は確実にこなしてくれるだろう。

 だが、国がならず者の集まり(ローグ・ギルド)を頼った場合、後がどうなるかわかったものではない。

 最悪それを盾に無茶な要求をしてくる可能性だってあるのだ。

 

 ──信用出来る旅人。

 

 それも有りかもしれないが、そんな人物がいるとは思えない。そこらの無頼漢と変わらない者を、おいそれと雇えるか。

 

 ──国に所属する密偵。

 

 一番確実かもしれないが、彼らが動くのには時間と税金がかかる。

 それに彼らは情報集めの専門家であり、個人差はあれど戦闘には向かないだろう。これでは短期決戦の前提が崩れる。

 こうしてみると、取れる選択肢はどれと一長一短だ。成功するかも不明だし、何よりこちらよりも多い報酬を出されて裏切ってくる可能性もある。

 どうすれば良い。何か確実な手はないか。

 彼女の思案が周囲にも届いたのか、会議室には重い空気が漂い始める。

 城の会議も終わったばかりだと言うのに、再び熱くなることだろう。

 その前にここの会議をどうにかしなければならないのだが、まともな案は出ない。

 ここの冒険者たちを頼ろうにも、相手に顔が割れてしまっている。下手に動けば、相手を刺激してしまうだろう。

 すると、会議室の外から慌ただしい足音が近づいてきた。

 走っている人物は小柄なのか、そこまで大きな音ではないが、かなり急いでいることだけはわかる。

 そして、その何者かは会議室の前で止まると、ノックをすることなく扉を開いた。

 

「み、皆さん!大変です!」

 

 慌てて入ってきた女神官が、何かを大事そうに抱えたまま叫んだ。

 令嬢剣士が弾かれるように立ち上がり、最悪の事態の予想してしまったのか一気に顔色が悪くなる。

 

「まさか、武闘家様が……?」

 

 彼女の消え入りそうな問いかけに、女神官は首を横に振った。

 

「あの人は大丈夫です。まだ、目を覚ましませんが……。今はこれです!」

 

 女神官は半ば放り投げるように抱えていたものを机の上に置き、その場に集った全員に見えるようにする。

 彼女が差し出したのは、銀色の認識票と一枚の書き置きだ。

 ゴブリンスレイヤーは認識票を手に取り、ローグハンターの本名が刻まれていることを確認した。

 

「あいつのものだ。どこにあった」

 

「部屋の机の上です。窓の鍵は閉まっていましたから、多分玄関から出ていったんだと思います」

 

 彼女の言葉にゴブリンスレイヤーは小さく唸ると、書き置きの方を手に取った。

 彼の性格が表れた丁寧な筆運びで、字の読める相手なら、誰が見ても読むことが出来る文字だ。

 そして、そんな丁寧な文字で書かれているのはたったの一言。

 

『彼女の事を頼む』

 

 彼が信頼を寄せる者へと向けた、たった一つの頼み事。

 ゴブリンスレイヤーはその紙を仲間たちへと回すと、それを見た者は一様に目を細めた。

 女魔術師はため息を吐いて頭を掻くと、悔しそうな面持ちで言う。

 

「もっと、私たちを頼ってくださいよ……!」

 

 隣に座る令嬢剣士も頷き、ぎゅっと拳を握り締めた。

 字面と状況だけ見れば、彼は一人で何かをするつもりなのは明白だ。そして、一番弟子たる彼女らには、遠回しに『来るな』と告げている。

 確かに彼に比べれば、自分たちはまだまだ素人の域を出ないだろう。それでも、この一年、彼の指導の下で腕を磨いてきたのだ。

 なのに、当の彼から戦力外通告など、どうすれば良いのだ。

 女神官は二人に何と言うべきか悩んでいると、剣の乙女が告げた。

 

「きっと、彼なりに皆さんを頼ったのだと思いますよ?」

 

 詩を唄うように滑らかに、母が子を宥めるように柔らかく、彼女の一言は乱れていた彼女らの心に染み込んでいった。

 剣の乙女は微笑みを浮かべ、さらに続ける。

 

「何も隣に立ち、背中を任せるだけが信頼ではありません。彼は『彼女を頼む』と言ったのですよ?あなたたちになら、彼女を任せられると信頼を寄せているのです」

 

 彼女の言葉を受け止めた女魔術師は深呼吸をすると、小さく頭を下げた。

 

「そうですね。すいません、取り乱しました」

 

「わたくしもです。お見苦しい所をお見せしてしまいました」

 

 令嬢剣士も握った拳の力を抜きながら頷くと、自身の胸に手を当てて一度深呼吸をした。

 蜥蜴僧侶がぎょろりと目玉を回すと、ふむと一息吐く。

 

「斥候殿がどこに向かったのはかわからぬが、おおよその予測はつきますな」

 

「まあ、間違いなく敵討ちよね」

 

 妖精弓手がため息混じりに続くと、「敵討ちって、あの人は死んでないわ」と女魔術師からの横槍が飛んだ。

 そんな事お構い無しに、妖精弓手は得意気に笑身を浮かべて書き置きを机に叩きつけた。

 

「あいつからの依頼なんだし、受けない選択肢はないわ。報酬として、冒険に付き合って貰うんだから」

 

 ──もちろん、あの武闘家にもね!

 

 彼女がウィンクしながら言うと、鉱人道士が頭を掻きながら言い辛そうに告げる。

 

「頭巾のは、『これ以上危険に晒せるか!』とか言うて反対しそうだかの」

 

 彼の指摘に、冒険者らはその姿を想像しながら頷いた。

 間違いなくそう言うだろう。そのまま「看病する」とか何とか理由を付けて、冒険そのものにも出ない可能性がある。

 妖精弓手もその姿を想像してか、悩ましげに息を吐く。

 

「まあ、その時はその時よ……」

 

 手をひらひらと振りながら言うと、女神官は思わず苦笑を漏らす。

 女魔術師は令嬢剣士と目配せすると、「私たちも付いていきますよ」と言った。

 妖精弓手は「当然!」と再びテンションを上げながら答え、再び書き置きに目を向ける。

 

「でも、その前にあいつからの依頼をこなさないとね。こういう時ってどうすれば良いのかしら?」

 

 やる気はあれど何をするべきかがわからない。

 根本的な問題にぶち当たった訳だが、ここには彼の弟子二人がいる。

 令嬢剣士が一度咳払いをすると、どこか教鞭を取る教師のような口調で言う。

 

「良いですか、森人さん。とりあえずは護衛です。彼女が生きていると知られたら、追撃が来ないとも限りません」

 

「後は容態を確認して、水薬(ポーション)を飲ませたり、筋肉が固まらないように(ほぐ)したり、かしら」

 

 女魔術師が続き、それを聞いた妖精弓手は「以外と大変ね」と、声から覇気が薄れた。

 

「買い出しは男連中がやるとして、容態見たり体解したりは、娘っ子どもに任せるかの」

 

「任せてください!」

 

「承知」

 

 鉱人道士が言うと、代表して女神官と蜥蜴僧侶が答える。

 やることは決まった。後は彼の帰還を信じて待つのみだ。

 冒険者らがそうして話し合いを進めると、不意に剣の乙女が口を開いた。

 

「でしたら、そのままあの部屋をお使いください。冒険者は自己責任と言いますが、都に連れてきたのはわたくしですから」

 

「ありがとうございます」

 

 不在の頭目に変わって女魔術師が礼を言うと、剣の乙女は左右に小さく首を振った。

 

「気にしないでくださいな。わたくしも冒険者、仲間が負傷した時の苦労は、身に染みて理解しておりますわ」

 

 彼女の懐かしむような声音に、女魔術師は改まって「だからこそです」と続く。

 ゴブリンスレイヤーだけは、彼女の言葉に何か裏があるような気がしたが、害はないだろうからと切り捨てる。

 あれやこれやと話を進める冒険者らを横目に、外交官は顎に手をやって思慮を深めていた。

 図らずも、ローグハンターへと出そうとした依頼が、彼の独断で行われようとしているのだ。報酬を払わなくて済んだのは良いことだろう。

 その過程が最悪なものと言っても過言ではないが、結果的には狐の言った通りかもしれない。

 

 ──あいつは、俺たちの知る騎士団の連中とは違うようだ。

 

 何かあれば殺そうとまで話したが、結局は彼の賭けが勝った。

 貴族に付け入る隙があったのにそれをせず、冒険者の女性と添い遂げんとしている。

 自分の知る騎士なら、真っ先に貴族に取り入る筈だ。なのに、彼はそれをしなかった。

 そこまで考え、外交官は狐が得意気に言った事を思い出す。

 

 ──あいつなら、俺たち教団の味方になってくれるかもしれないぜ。

 

 冒険者たちに気付かれないようにため息を漏らし、外交官は無意識の内に寄っていた眉を指で解した。

 狐の言った通り、彼の姿を一目見た時、よく知る人物の姿が重なった。

 家族の敵を討つ為に戦い、当時の騎士団に大打撃を与えた一人のアサシンの姿。

 口元の傷以外、顔も体格も違うというのに、なぜ重なって見えたのかはわからない。

 外交官はグローブで隠された、火傷の痕がある左手薬指を撫で、そっと瞑目した。

 彼は自分たちが知る騎士たちとは違うものがある。彼なら、もしかしたから、我々の信条を理解してくれるかもしれない。

 外交官は僅かな希望を見出だし、小さく笑んだ。

 教団も騎士団も、目指すものはどちらも同じだ。知らずの内に迷いこんだこの世界にはどちらもないのなら、同じ目的の為に手を取り合っても良いではないか。

 かつての自分なら、まず間違いなく考える事のなかった事だ。

 この世界に来て変わったのは、何もローグハンターだけではない。

 尤も、一番の変化があったのがローグハンターであることは、まず間違いないないだろう。

 

 

 

 

 

 深夜の大通り。

 ほとんどの住民が寝静まったであろう時間に、フル装備のローグハンターは歩いていた。

 光の消えた瞳には確かな殺気を宿らせ、道の端で眠る飲んだくれどもを警戒する。

 そう、敵がいつどこから来るかわからないのだ。彼の精神は、かつてのニューヨークを歩いていた時のそれよりも研ぎ澄まされていた。

 いつどこから刺客が来るかもわからないのだから、そうなって当然だ。来たところでなんであろうが返り討ちにするのだろうが、今は無駄な騒ぎを起こしたくない。

 彼は闇に溶け込むように気配を殺し、いまだに賑わっている眠る亭への滑り込んだ。

 辺境の街にあるもの以上の喧騒を前にしても、ローグハンターは気にもとめない。

 慣れた様子で人混みを掻き分け、空いているカウンター席へと腰を降ろす。

 机の上に両肘をつき、顔の前で手を組ながら僅かに殺気を漏らしつつ、目の前の男──店主へと問いかける。

 

「昼の騒ぎは聞いているか」

 

「ああ、勿論だ」

 

 いつになく真剣な面持ちの店主は、ひどく落ち着いた様子で頷いた。

 あれだけの騒ぎが起こったのだから、各酒場では酒のつまみ代わりにあれこれ話されている事だろう。多少の誇張を含めて、だ。

 店主はローグハンターに水を差し出すが、彼は口をつける事なく水面に映る自分の顔を覗きこむ。

 自分の顔ではあるが、酷いものだ。目元を赤く腫らしているにも関わらず、その瞳には殺気が宿っている。

 こんな顔では、彼女に顔向け出来ないなと心の中で自嘲しながらも、それを表情に出すことはない。

 視線を店主へと戻し、彼の左手薬指に目を向けた。

 

「……あんた、アサシン(そっち)側で良いんだな」

 

 ──下手なことを口走れば殺しに来る。

 

 それをすぐさま察した店主は、一度肩を竦めて頷いた。

 

「そうだ。で、どうする、殺るか?」

 

 そう言いながら、腰に下げた短剣に手をかける。

 尤も彼は実戦を離れて久しい。その道のプロで、肉体的にも全盛期なローグハンターに勝てるかと訊かれれば、答えは否だ。

 だが、ただで死ぬつもりはない。

 

「──この狐を侮るなよ」

 

 放たれるのは静かな殺気。

 賭博場の騒ぎに掻き消される程の、とても繊細な殺気だ。

 だが、ローグハンターは一切怯んだ様子もなく瞑目し、首を左右に振った。

 

「お前を殺すつもりなら、ここに入った瞬間に行動(アクション)を起こしている。それに、殺るなら初めて出会ったあの時に殺っているさ」

 

 ほんの僅かに懐かしむような声音で、ローグハンターはそう続けた。

 

「あの時はあいつがいたし、何よりあんたは俺の知るアサシンとは違った。何となくだが、そんな気がしてな」

 

 ──現に、その勘は合っていた。

 

 ローグハンターはそう告げると、カウンター上に放置していた水を一息に飲み込んだ。

 昼から何も飲んでいなかったから、もはや痛いほどの水の冷たさが身に染みる。

 一度深呼吸をして店主に目を向け、端的に話を切り出した。

 

「手を貸して欲しい。あんたなら、裏とも繋がりがあるだろう」

 

ならず者殺し(ローグハンター)に教えられると思うか?現にお前さん、辺境の街のローグギルド潰すとか言っていただろうに」

 

「今の俺は、ローグハンターじゃない」

 

 店主のおちょくるような発言に、ローグハンターは静かに告げた。

 首を傾げた店主に向け、ローグハンターは言う。

 

「認識票は、部屋に置いてきた。今の俺は誰でもない男(ノーマン)だ」

 

誰でもない(ノーマン)ね。あとで『実はローグハンターだ』とか言い出すなよ?」

 

「約束は守る。ここのローグギルドには手を出さん」

 

「絶対の秩序を目指す騎士とは思えない発言だな。お前さんらが嫌う、秩序を乱すならず者(ローグ)を見逃すのか?」

 

 店主の煽るような問いかけに、誰でもない(ノーマン)は静かに頷いた。

 

「まず、秩序は既に敷かれている。こちらの事情でそれを荒らし、無駄な混沌の種を蒔きたくはない。次に、今回は裏からの方が動きやすい。そういうのはそっちの方が得意だろう」

 

「まあ、確かにな……」

 

 彼の言葉に店主は頬を掻き、自分の為に用意した杯──中身は水だ──を一あおりする。

 そんな店主を眺めつつ、誰でもない(ノーマン)は呟く。

 

「何より、俺が求めるのは平穏だ。あいつや友人たちが、ただ年老いて死んでいければそれで良い」

 

 今回の会話で、初めて彼の表情が変わった。

 心の底から浮かべたであろう微笑は、実年齢以上に幼く見える。

 

「尤も、冒険者をやっている時点で何とも言えないがな」

 

「それもそうだ」

 

 誰でもない(ノーマン)が漏らした言葉に、店主は苦笑混じりに答えた。

 年老いて死んでいければ良いと言うが、彼らはいつ死ぬかもわからない冒険者。

 何とも奇妙な矛盾を抱えつつ、それでも誰でもない(ノーマン)はそうでありたいと願うのだろう。

 店主はどこか父性を感じる笑みを浮かべ、参ったというように小さく手を挙げて肩を竦めた。

 

「まあ良い。多少予定が狂ったが、良い機会だ」

 

「……?まあ、話を通してくれるのならそれで良い」

 

 何やら怪しげな言葉を発していたが、誰でもない(ノーマン)は深く言及することは避けた。

 ようやく話が進んだのだから、ここで良い流れを断ち切るのは悪手だろう。

 

「とりあえず、賭博場を閉めるまで待ってくれ。営業中だからな」

 

「わかった。ここに居れば良いのか?」

 

「店の内でも外でも、好きにしていてくれ」

 

 店主はそれだけ言うと、カウンターから賭博場の方へと向かっていった。

 誰でもない(ノーマン)は小首を傾げ、店内を見渡した。

 

「……久々にやるか」

 

 どうせやることもないのだ、時間を浪費せずに、賭博場の客から何か聞き出せるかもしれない。最悪、情報屋への賄賂(わいろ)として使えるだろう。

 彼はそう思案し、懐から金貨を一枚だけ取り出しすと、足音を立てずに賭博場へと足を向けた。

 三十分もしないうちに一枚の金貨が五十枚以上に膨れ上がったのは、賭博師も店主も、当の誰でもない(ノーマン)でさえも予測出来なかった。

 運は自分で掴むものと言うけれど、これは単に運が良かっただけだろう。

 彼は自分にそう言い聞かせ、多少金貨を崩すために次なるゲームへと挑んだ。

 その日、賭博荒らしの異名を取ることになったのは、きっと偶然だ。

 彼は自分にそう言い聞かせたが、何人かの店員に捕まり、眠る狐亭から退場させられたのだった。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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