SLAYER'S CREED   作:EGO

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ガンガンONLINEの『ゴブスレ・イヤーワン』に女武闘家(この作品の銀髪武闘家)が出て来て「ウェイ!!」となったり、文庫版『ダイ・カタナ(上)』を読んで「おぉう……」となったり、『ゴブスレ11巻』を読んで「おお!?」となったり、ログハンと銀髪武闘家のCVを(参考程度に)考えるべきかを悩んでいる作者です。

はい、どうでも良いですね。では、どうぞ。


Memory04 戦いに備えて

 都の片隅に居を構えるならず者の集まり(ローグギルド)、その最奥に置かれた部屋には、五人の人物が集っていた。

 その部屋の主たる灰被りの女王は、今まさにアサシンとなった男に言う。

 

「さて、堅苦しいものも終わった事だ。本題に入ろう」

 

 アサシンは頷くと、確かめるように今現在の情報を簡単に整理した。

 

「まず、昼間に襲撃してきたみずぼらしい男どもについてだが、所属は不明。あの技量(スキル)からして、プロではないのは確かだ」

 

 もはや何人殺害したのかは覚えていないが、一人一人の強さはそこまででもない。むしろ弱いと断言しても良いだろう。

 だが、その脅威は数にある。言っていることがもはやゴブリン相手と大差ないが、 実際はそうだ。

 数の暴力は何に対しても有効で、細かな戦略を考える必要もないから、相手の頭目はそれを使ってきた。

 まったく忌々しい事だが、実際彼女らはそれで消耗を強いられ、あの結果だ。

 外交官は顎に手をやると、表情を険しくしながら言う。

 

「そして、彼らに拐われた少女は、とても重要な人物です。必ず救出しなければなりません」

 

「少女がゴブリンと同程度の輩に拐われた。きっと録な事になっていないだろうねぇ」

 

 女性教諭は自身の黒髪を指先でくるくると弄りながらどこか気の抜けた、しかし神妙な面持ちをしてそう付け加えた。

 ゴブリンの同程度、というのはあくまで例えだ。人間というのは、なろうと思えば──もしくは無意識なままに──ゴブリン以上の悪意を持って人を傷つける。

 ぶつけられる悪意の全てを、女王の小さな体で受け止めきれるかどうかは、もはや聞くまでもあるまい。

 彼女の言葉に狐は数瞬思慮を深め、上での出来事を思い出しながら言う。

 

「そいつらの一員らしい奴らと遭遇したが、妙な事を言っていたな。たしか、『王』『女には手を出すな』『懐が暖まった』だったか。奴らが王と呼んだ人物が、裏で糸を引いているのは確かだろう」

 

 狐の発言に、灰被りの女王は紫煙を吐き出しながら言う。

 

「そいつらの言葉を信じるなら、その少女は無事だろうさ。ついでに、その『王』という輩にも覚えがある」

 

「それは本当ですか、女王よ」

 

 外交官が問うと、灰被りの女王は心底嫌そうな表情を浮かべ、煙管の灰を灰皿へと落とした。

 そして肺に溜まっていた最後の紫煙を吐き出すと、どこかにいる何者かを睨むように目を細めた。

 

「何年前からかは覚えていないが、この一帯とは別の貧民窟を根城にし始めた男がいてな。本人曰く貴族らしいが、品の欠片もない奴だ」

 

 忌々しそうに言う彼女は、その男の顔を思い出したからか、苛つきを隠す気もなく指で円卓を叩いている。

 アサシンは付き合いの短かすぎる彼女の事を把握しきれていないが、少なくともその男に悪印象を持っていることだけは理解出来た。

 彼女は誰かが聞く前に、忌々しそうに言う。

 

「あの男は自分の事を『物乞いの王』と自称して、この私に求婚してきたんだぞ?あんな不細工にくれてやる体はない!」

 

 ダン!と拳を円卓に叩きつけた彼女は、興奮した面持ちで息を荒くしていた。憤怒にまみれて尚その美貌は損なわれないのは、彼女が闇人だからこそか。

 

「まあ、お陰で時折嫌がらせをしてくるんだがな。狐が出会ったという奴らも、下端も良いところだろう」

 

「実際何も知らなかったからな」

 

 アサシンは不機嫌そうに腕を組みながら言うと、灰被りの女王は面食らった表情をして問い返した。

 

「なぜそう言いきれる。いや、その言い方だとまるで──」

 

「いくつか質問しただけだ」

 

「拷問したんだろう?なあ、そうなんだろう?」

 

「質問しただけだ」

 

「された奴はどんな表情になった。許しをこいながら無様に逝ったか?どうでも良さそうなものでも良いから、何か情報は吐いたか?」

 

 先ほどまでの不機嫌さは何処へ行ったのか、生き生きとした表情をしながら彼の方へと体を乗り出した。

 円卓の対角線にいるアサシンへは手を伸ばしても届くことはないが、先ほどのことがあったからか、彼は妙に警戒を強めている。

 一人盛り上がる灰被りの女王の姿に外交官はため息を吐き、狐へと少々批判的な目を向けた。

 

「まさか、この状況で問題を起こしたのですか?先ほどは遭遇したと言っていましたが」

 

「遭遇したさ。そして、こいつが問答無用で斬りかかった」

 

 狐はアサシンを指差し、責任を彼に擦り付ける事を選んだ。

 アサシンは狐の言動に驚きはするものの、特に罪悪感を感じた様子もなく言う。

 

「煽ってきたのは向こうだ。俺の前で、あいつを拐えば良かったなどと……」

 

 表情こそ冷静ではあるものの、その時を思い出したからか、言葉からは確かな殺意が滲み出ている。

 狐は肩を竦め、念のためと情報を追加する。

 

「まあ、全員殺害したことだし、荷物も辺りの物乞いに根こそぎ持っていかれて、死体は下水に捨てられているだろう。大きな問題はない筈だ」

 

 狐はそう言うが、外交官は額に手をやってため息を吐きながら項垂れた。

 

「もし、行方をくらました部下を探しに人を出されたらどうするのです?我々の行動が気付かれれば、間違いなく少女に危険が及びます」

 

「その少女はそこまで重要なのか?俺は只の家出少女程度にしか思えないんだが」

 

 状況を俯瞰し、神妙な面持ちとなった外交官とは対照的に、アサシンの表情にはどこか適当な所があった。

 彼はまったく知らぬ所だが、その家出少女はこの国の王の妹という、極めて重要な人物だ。至高神の神殿で行われた会議に出ていない事が、ここに来て影響が出始めていた。

 外交官は小さくため息を漏らし、件の少女に関して告げる。

 

「重要人物どころか、最重要人物です。この国の王はご存知ですか?」

 

「見たことはないが、年齢は俺と大差ないと聞いた事はある。隣国との外交、混沌の勢力が起こした事件始め、諸々の問題を抱えて苦労しているんだろう?」

 

「なぜそこまで知っているのかは聞きませんが、あの少女は王の妹なのです」

 

 外交官の言葉にアサシンは僅かに驚愕を露にするが、顎に手をやって神妙な面持ちとなった。

 

「やはり番兵に渡しておくべきだったか……」

 

「それはそれで後が怖いがね」

 

 灰被りの女王が他人事のように言うと、女性教諭が瞑目して宙に何かを描きながら呟く。

 

「狙いは王妹、なら目的はなんだ?物乞いの王なる人物が花嫁を探している訳ではないだろうし、何より嫁に貰ってもデメリットしかない。姫を傷物にして現王家に痛手を与える?それでは物乞いの王にリターンがなさすぎる」

 

 額に手をやって唸りながら思慮を深める彼女に、アサシンは端的に告げる。

 

「理由が何であれ助け出す事に変わりはない。考えるのは後で良いだろう」

 

「そうだとしてもだ、物事には必ず順序がある。事件が起きたからには、必ずその動機があるわけだ。気にならないのかい?」

 

「ああ」

 

 女性教諭の問いかけに、アサシンはさも当然のように即答した。

 彼はこれから起こる惨劇を止めるのが役目(ロール)だ。相手の都合に関しては一切興味がないのだろう。

「これだから前衛職という奴は……」と呆れた様子の女性教諭は、自身と同じく考える側の外交官に目を向けた。

 

「それで、そっちはどう考える?」

 

「まずは実行犯を押さえ、そこから黒幕とその動機に近づきましょう。一刻も早く妹様を助けなければなりません」

 

「だが、相手の根城はどこだ。縄張りの貧民窟に探りを入れるにしても、範囲は広いだろう」

 

 行動を急ぐ外交官に、アサシンはあくまで冷静に告げる。

 狙うべき相手はわかってきたが、どこにいるかもわからない相手に喧嘩を売るわけにはいかない。

 故郷では偉大なる探検家(クック船長)の力を借りたが、この場に彼はいないし、そもそも彼の情報は海の上での出来事に関するものだ。

 

「ああ、その事についてだが」

 

 次の一手を悩む彼に見えるよう、灰被りの女王が火の消えた煙管を弄びながら口を開いた。

 室内の視線が一気に集まるが、彼女は女王としての威厳を放ちながら、凛とした表情で言う。

 

「私からの依頼として、何人かの仕掛け人(ランナー)を偵察に出してある。そのうち結果が出ると思うが」

 

「いつ結果が出るかはわからない、か……」

 

 地下であるため今現在の時刻を正確には把握できないが、狐と店を出た時間から計算すれば、山の輪郭が白く染まり始めた頃といった所だろうか。

 既に密偵が出ているにしても、それが帰還するまでは時間がかかる筈だ。

 ざっと現時刻を割り出したアサシンは、部屋に集う同士たちに問う。

 

「その仕掛け人が戻り次第、行動開始か」

 

「まあ、明日か明後日か、いつ結果が出るかもわからないが、そこは彼らを信じるしかないな」

 

 灰被りの女王が言うと、アサシンは「構わん」とだけ返した。

 元より今回がこのメンバーによる初仕事だ。全ての行程が噛み合うとは思ってはいない。

 外交官は脳内で策を纏めあげたのか、この場にいる全員に言う。

 

「では、その仕掛け人(ランナー)が戻り次第集まりましょう。それまでに各々、特にアサシンは準備を整えてください」

 

「わかった」

 

 アサシンは頷くと、他の同士たちに目を向ける。

 今のところ信頼を寄せているのは狐のみだが、彼が信じているのなら、自分も信じる価値はあるだろう。

 

「それで、その仕掛け人(ランナー)が戻ってきたかはどう確認する。一時間おきに顔を出すのか?」

 

 アサシンは、至極当然の疑問を投げた。

 これから別行動を取るのだ。いつ来るかもわからない報告を待ち、確認の為だけに再集合するのは手間だ。

 だが、彼の心配はすぐに杞憂となった。円卓の上に、虚空から小さな獣が現れたのだ。

 灰色の毛に覆われたそれは、続けて二匹目三匹目と姿を現し、最終的に現れたのは全五匹。

 見た目は猫のような犬のような、何とも形容しがたいが、額には宝石が埋め込まれおり、それは進化の過程で手に入れた天然のものだろう。

 可愛いらしい顔立ちだが、額の宝石のお陰か神聖さがあり、ペットか何かとして連れていても違和感はない。

 灰被りの女王は微笑を浮かべながら、その獣の顎を指で撫で、女性教諭に言う。

 

「使い魔という奴か。この数を使役するとは、流石は賢者の学院の校長だ」

 

「そんな褒めないでくれ、照れるじゃあないか」

 

 両手を赤くなった頬にやって体をくねらせる彼女だが、不意に動きを止めて、慣れぬ獣を露骨に警戒している男性陣に言う。

 

「別に火を吐くことはないぞ?」

 

「吐かれても困るがな……」

 

 女性教諭の言葉に、アサシンは眉を寄せて返した。

 獣の頭をそっと撫でて触り心地を確かめ、再び女性教諭に目を向けた。

 

「で、こいつでどうやって連絡を取る」

 

「一度宝石に触れ、そこに声をかければいい。そうすれば、宝石を通して相手に声が届く」

 

「……世界は、広いな」

 

 女性教諭の説明に、アサシンは初めて冒険者ギルドに足を踏み入れた時と同じように呟いた。

 既知が増えれば新たな未知が見つかるとはいうのは、まさにこの事を言うのだろう。六年間この世界にいたが、こんな生物は見たことも聞いたこともない。

 

 ──まこと、世界とは広いものである。

 

 新たな未知を直面したアサシンは、困り顔で獣の背を撫でる。

 撫でられた獣はご機嫌そうに一鳴きすると寝転がり、無防備にも腹を見せた。

 ご所望通りにその腹を撫で回しながら、アサシンは問う。

 

「それで、その念話能力に有効範囲はあるのか?」

 

「あるにはあるが、この都の端から端までは余裕だ。天上の神々は何を思ってこいつを産み出したのかねぇ?」

 

 言いながら自身の獣に餌──干し肉だろうか──を与え、小さな牙で固い肉にかじりつく様子を眺め始めた。

 

「まあ、こうして助かっているのですから良いでしょう。神の意志は神にしかわかりません」

 

 外交官はそう言うと、いの一番に立ち上がった。

 外交官という立場がある以上、ここにいる他の面々に比べ、彼が自由にいられる時間はかなり限られてくる。現に、少なくとも今日は会議が入ることは確定している。

 

「私は王に今回の件を報告します。対策を打ってあることも含め、説明するつもりです」

 

「良いのか?俺たちの行動を王に伝えたとして、後で何を言われるか知らんぞ」

 

 アサシンが僅かに批判的な声音で言うと、外交官は「確かにそうでしょう」と頷いた。

 そして狐に目を向けると、ほとほと困り果てたように言う。

 

「あの王は、時折こちらの予想を越えてくるのです。ただですらストレスが溜まっていると言うのに……」

 

「本当に迷惑な奴だ。王の打つ一手が、俺たちの計画を根こそぎ壊しかねん……」

 

 二人して神妙な面持ちとなり、重苦しいため息を吐いた。

 二人の悩みの原因は知るよしもないが、それに王が一枚噛んでいることは確実。

 

「まあ、警戒はしておく」

 

「頼みます。では、私はこれで」

 

 外交官はそれだけ言うと、獣をローブの内側に潜り込ませて部屋を後にした。

 その背を見送ると、女性教諭は三角帽子差し出し、獣をそこに潜り込ませた。

 

「隠す場所は各々で考えてくれ。まあ、そこまで大きい訳でもないから気にならんだろう」

 

 どこか投げやりに言うと、「ではまたな~」と手を振って部屋を出ていった。

 尾のように揺れていた黒髪が扉の向こうへと消えていくと、灰被りの女王が獣の宝石を覗きながら言う。

 

「私は留守番だな。まあ、酒場でのんびりしているだけだが……」

 

 彼女はそう言うと、獣を眺めながらどう隠そうかを悩むアサシンへと目を向けた。

 艶っぽく輝く口を三日月状に歪めながら、色気のこもった視線を彼へ投げる。

 

「なあ、暇なら相手して──」

 

「とにかく腹に何か入れるか、アサシン」

 

「それもそうだが、店に行っても良いのか?」

 

「構わんさ。賭博は禁止だが」

 

「むぅ……」

 

「おい、アサシン?聞いてるか?」

 

 男二人が予定を組んでいく中で、取り残された灰被りの女王は不貞腐れたように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 

「どうせ私は闇人さ、秩序勢力からの嫌われ者だとも」

 

 灰被りの女王は腕を組んでそう言うと、勢いよくアサシンに人差し指を突きつけた。

 

「まあ私の事はともかく、少年は十分に体を休めておんだぞ。万全中の万全と言えるまで整えろ」

 

「それは……善処する」

 

 アサシンは小さく苦笑を漏らすとフードを目深く被り、獣の方に手を伸ばした。

 獣は跳ねるように彼の腕に昇っていくとフードの内側へと潜り込み、彼に頬擦りして一鳴きした。

 狐も彼に真似るようにフードの内側に獣を隠すと、灰被りの女王に視線を向ける。

 

「それじゃ、報告を待っているからな」

 

「ああ。期待して待っていてくれ」

 

 狐の言葉に灰被りの女王は不敵な笑みで答えると、自身に割り当てられた獣の顎を撫であげる。

 

私たちなりのやり方(ローグライク)を見せてやるとも、ならず者殺し(ローグハンター)

 

 彼女の言葉にアサシンはピクリと体を揺らして反応を示したが、すぐに平静を装い、彼女に告げる。

 

「悪いが、人違いだ」

 

「ああ、そうだろうな。アサシン」

 

 アサシンの端的な言葉に、灰被りの女王は意味深な笑みを浮かべた。

 全てを見透かす暗い色の瞳に、どこか喜色が含まれていると感じたのは、気のせいではない筈だ。

 狐は「いちいち探りを入れるな」と小さくため息を漏らし、手早く装備を回収していたアサシンを連れて部屋を後にする。

 彼らの背を見送り、一人部屋に残された灰被りの女王は、獣を構いながらも熱のこもった息を漏らす。

 朱色に染まった頬に手をやり、瞑目してアサシンの姿を思い出す。

 彼と同じタカの眼(ひとみ)、彼と同じ仕込み刀(アサシンブレード)、彼の挙動一つを思い出すだけで、下腹部が熱くなる。

 潤む暗い色の瞳に何やら危険な色を込めた彼女だが、不意に自分の米神に指を当てて、ぐりぐりと解し始めた。

 

「ああ、我慢だ、我慢しろ。今は仕事に集中するんだ……」

 

 自分にそう言い聞かせ、再び熱っぽい息を吐いた。

 ある程度落ち着いたのか、頬は元の褐色に戻り、瞳の潤みも引いていく。

 危険を感じ取った獣は円卓の下で身を縮こませているが、灰被りの女王は聖母のように優しげな笑みを浮かべ、その背を撫でてやる。

 我慢すれば跳ね返りが強くなるのは周知の事実。彼女はそれを理解しているし、欲望を抑え込む術も心得ている。

 まあ、跳ね返る先にあるのは断崖絶壁の崖かもしれないが、それはそれとして彼女は受け入れるのだろう。

 

 ──この世界に、許されぬことなどないのだから。

 

 その言葉を信じるからこそ、彼女は混沌の勢力を裏切り、秩序の勢力に与する者としてここにいるのだ。

 

 

 

 

 

 都、眠る狐亭。

 昨夜の賭博場の騒ぎはどこに行ったのか、朝一番の店内は静寂に包まれていた。

 いつものようにカウンター席に腰掛けたアサシンは、いつものようにパンと薄味のスープを朝食に頼んだ。

 それを受けた狐は、いつものように準備を整え、いつものようにそれを差し出す。

 出された朝食を黙々と食していくアサシンに、狐は問いかける。

 

「それで、それを食い終わったらどうするつもりだ」

 

 彼の問いかけに、アサシンは僅かに苦しそうにパンを飲み込む。飲み込むには少し大きすぎたのだろう。

 

「──。とにかく、昨日の戦闘で使った消耗品を補充しなければならない。この辺りに武器屋はあるか」

 

 そう言い終えるとパンを小さめに千切り、取り払ったフードの中で丸まっていた獣に差し出す。

 器用に前足でそれを受け取った獣は、余程腹が減っていたのか、必死になってパンを食し始めた。

 その様子を見ることは出来ないが、首の後ろから聞こえてくる咀嚼音を聞き流し、スープを啜る。

 ほんの僅かに感じる味は、辺境の街のそれとはまた違う美味さがある。同じ料理でも街によって味が違うのはよくあることだ。

 狐はカウンター下から地図を取り出し、それを広げて見せた。

 見た限り、大通りに大きめの店が一つ、路地裏にもいくつかあるようだ。

 大通りの店の方が信頼出来るだろうが、下手に痕跡を残さないようにするのなら、路地裏の方に頼るのが吉か。

 アサシンが武器屋の印を指で撫でていると、狐は僅かに悲哀を込めた視線を向け、小さくため息を漏らした。

 

「武器屋に行って、その後はどうする。いつ来るかもわからない報告を、まさかここで待ち続けるのか?」

 

「いや」

 

 アサシンはそう言うと狐に目を向け、空になった皿を眺めながら神妙な面持ちで告げる。

 

「他にも入り用な物がある。用意は万全に──」

 

「あいつの所に、顔を出さないのか?」

 

 彼の声を遮り、狐はそう問いかけた。

 これから戦いに赴くのだから、残していく者への顔向けは必要だ。その相手が恋人なのだから、余計にだろう。

 アサシンは卓上に肘をつき、顔の前で手を組ながら瞑目すると、小さく首を横に振った。

 

「万が一尾行されていた場合、あいつに危険が及ぶ」

 

 彼は重々しく息を吐くと、ただそれだけを呟いた。

 これから挑む戦いの重要性と、そこに潜む危険性は十分に把握している。

 だからこそ、周りに──特に彼女に──危険が及ぶ可能性は僅かでも下げておきたい。

 最悪の結果(ファンブル)をもたらす(さい)(ころ)を、神々に振らせないように立ち回らなければならないのだ。

 彼のそうした意図を察しはしたものの、渋い顔をした狐は皿を厨房に下げる。

 

「だが、お前が尾行されるなんてあり得るのか?」

 

「現に襲撃を受けた」

 

 その一言には、口外に「話は終わりだ」という意志が込められていた。

 彼は会計だけ済ませると立ち上がり、フードを目深く被り直して歩き始めた。

 朝食を中途半端な形で止められた獣は、フードの中で責めるように鳴き始めるが、アサシンはそれを無視して店を後にした。

 彼の背を見送った狐は、自身に宛がわれた獣をフードから出してやると、懐からいくつか果実を取り出した。

 それを朝食変わりに与えてやり、ご機嫌をとる。

 この小さな獣も今や同士だ。機嫌を取っておいて損はないだろう。

 彼はそれを欠かせてしまったようだが──、

 

「まあ、大丈夫か」

 

 何だかんだ言いつつ、彼は根っこから真面目な男だ。後で何かしらのフォローを入れるだろう。

 狐はそう言って、上階から続々と降りてくる観光客や冒険者に目を向けた。

 

 ──仕事まではいつも通りに、平静を装う。

 

 相手の目がどこにあるか不明なのだから、それは当然の事。

 

 ──風景に溶け込むのは基本中の基本なのだから。

 

 

 

 

 

 同時刻、賢者の学院。

 会議を終え、自室に戻った女性教諭は、書類が山積みとなった机に突っ伏していた。瞳には、僅かな後悔の色が込められている。

 慣れぬ会議に参加したからか、否。

 使い魔数匹を纏めて召喚したからか、否。

 

「何で肝心な事を聞き忘れるかねぇ……?」

 

 念願のタカの眼を持つ者に出会えたというのに、使い方、応用法、その起源を聞きそびれるとは、探求者の端くれを自称する者として恥ずかしい事この上ない。

 

「せめて、血の一滴でも貰うべきだったなぁ。まあ、お楽しみは次の機会として」

 

 彼女はパン!と手を鳴らすと、山となった書類に目を向けた。

 これらは昨晩こなす筈だったものだが、まあ、この程度ならどうとでもなる。

 

「──今は表の仕事をこなすとしよう。裏の仕事には、後腐れなぬ挑まなければな!」

 

 半ば叫ぶように宣言すると、彼女は高速で書類の山を片付け始める。いくつもあった山は一つ、また一つと数を減らしていく。

 誰よりも自由を好む彼女が、書類に囲まれた狭苦しい一室に押し込まれているのには意味がある。

 

 ──真実はないと言ったが、その言葉が真実であるかなど、誰にもわからない。だからこそ。

 

「いやぁ、探求ってのは止められないねぇ!」

 

 隠された真実を探し続ける。それが彼女の在り方(ロール)であり、それこそが彼女の選んだ道だからだ。

 

 

 

 

 

 都の中央にそびえ立つ、王の住まう城。

 天の火石の会議を終えたばかりだと言うのに、会議に使われる一室は、再びの喧騒に包まれていた。

 話題は言うまでもなく、王の妹が誘拐された事件への対応を話し合う為だ。

 なのだが、その会議は全くと言って良いほど進捗がなかった。誘拐された相手が相手だ、下手に騒ぎを大きくすれば、現王家へと風当たりが強くなる。

 冒険者から王となった青年に、不満を持つ貴族は多い。自分の方が身分が上だと宣言し、王を失脚させんとする輩も多いのだ。そんな彼らに、致命的な隙を晒すわけにはいかない。

 信頼のある貴族や金等級の冒険者たち──剣の乙女は訳あって欠席している──が様々意見を出すが、どれも現実味に欠けるか、あるいは妹が死ぬ前提に思える強引な策ばかり。

 王は思わず寄ってしまった眉間を指で解し、周囲に気づかれぬように小さく息を漏らす。

 妹に困らされる事は多々あれど、肉親のいない自分に取って、最後に残された妹だ。自分の命を懸けてでも、助け出したい。

 王はちらりと脇に控える銀色の髪をした侍女に目を向け、周囲に気付かれぬように小さく頷いて見せた。

 侍女が答えることはないが、こちらを見ていた瞳が僅かに揺れる。肯定と受け取って良いだろう。

 彼女が影と同化して部屋から消えようとした時だ、何者かが慌てて部屋へと駆け込んできた。

 勢い良く扉が開け放たれ、額に汗を浮かべた外交官が会釈する。

 

「王よ、遅れて申し訳ない」

 

「珍しいな、お前が遅れてくるとは」

 

 静まりかえった会議場に、二人の声が嫌に響く。

 これ幸いと外交官は王と、その背後に控えていた侍女に目を向け、端的に告げる。

 

「今回の誘拐の一件、私に任せてはくださいませんか」

 

 突然の物言いに、会議に参加していた者たちから様々な不平不満が漏れる。

 外交官は王からの信頼は厚いが、会議そのものに参加している回数はこの中では少ない部類に入る、まだまだ新人と言っても良い。

 そんな人物が、いきなり「私に任せてくれ」などと言えば、責められ当然だ。

 自身に向けられた罵詈雑言を受け流しつつ、外交官は一切表情を崩すことなく言う。

 

「既に行動は始まっています。私が考えうる最高の手を打たせていただきました」

 

 暗に「会議だけしているのでは愚かだ」と告げながら、外交官は更に捲し立てる。

 

「全ての責任は私が負います。多少後ろ暗い物であっても、王には何の関係もないことです」

 

 彼は言い終えると共に、自分に宛がわれた座席へと足を進める。

 こうして円卓からまた別の円卓に梯子するなど、滅多にあることではない。ある意味良い経験だろう。

 

「王よ、どうしますか?私としては、()()()()()()()()()()()考えておりますが」

 

 外交官はいつもと変わらぬ声音で淡々と告げるが、王はその言葉にどこか恐ろしいものを感じた。

 かつて冒険者であった頃、嫌というほどに感じた死の気配、外交官からはとても弱くではあるが、それを感じるのだ。

 王が王たる証たる衣装の下で冷や汗を流す中で、外交官は面と向かい、彼へと告げる。

 

「私は何者にも(・・・・)邪魔をして欲しくないだけです。邪魔が入らなければ、必ず成功させます」

 

 彼の後ろに立つ侍女にも告げるように力強く、しかしてどこか冷たい印象を持たせる言葉。

 王は思わず息を呑み、僅かに自分の手が震えている事に気付く。

 彼を強者と知ったが故の武者震いか、あるいは怯えているのかは自分でもわからない。だが、彼の言葉は信用にたると、心のどこかで納得している自分がいるのだ。

 王は「負けた」と告げるように息を吐き、「お前に任せる」と伝えた。

 外交官は「感謝します」とだけ返し、座席に腰掛けた。

 会議場が嫌な沈黙に支配され、誰もが口を紡いだ時だ。

 

「陛下ぁーっ!きったよぉーっ!」

 

 ばぁん!と勢い良く扉が開け放たれ、疾風が室内を駆け抜けた。

 外交官は額に手をやり、最近扱いが雑な扉の心配をしつつ、入ってきた人物に目を向ける。

 年は十代半ば、長くなびく黒髪、穢れを知らぬ純粋無垢な瞳。

 一目見た限りでは、駆け出しの冒険者と大差はない。しかし纏う防具は様々な術が施された特注品(オーダーメイド)、腰に下げる二振りの剣の一本は、太陽の輝きを宿した伝説に名を残す聖剣だ。もう一本は、謎の錆びた剣。

 見た目には不釣り合いな武具が似合うのは、彼女が成し得た偉業の為だ。

 

「……あれっ?ちょっと、まずかった?」

 

 室内の空気を察し、何やら疑問符を浮かべる少女こそ、名実共に世界を救った勇者。この場にいる誰しもが知るよしもない、ローグハンター(アサシン)の妹たる少女なのだ。

 少女は続いて入室した剣聖と賢者に叱咤くされつつ、悪びれた様子もなく太陽を思わせる笑みを浮かべた。

 その笑みに当てられ、室内を満たしていた重苦しい空気が、霧散していった。

 

 ──彼女のような光があるからこそ、我々の戦いにも意味があるのでしょうね……。

 

 外交官は不思議とそんな事を思いつつ、思わず苦笑を漏らした。

 

 

 

 

 都の片隅に鎮座する、至高神を奉る神殿。

 その一室に、静かに寝息をたてる女性がいた。

 透けるように美しい銀色の髪が窓から差し込む光を反射し、幻想的な輝きを放っている。

 ベッドのサイドテーブルには手拭いが浸けられた水桶が置かれ、他には見舞いの品と思われるリンゴがいくつか籠に納められていた。

 そんな室内を眺めているのは一羽の鷲。窓の外側に取り付けられた手すりに止まり、中の様子をまじまじと観察している。

 数分かけて彼女を観察し、その眠りが安らかであることを確認する。

 そして部屋の扉が開き、赤毛の女魔術師と小柄な女神官が入室してきた事を合図に飛び立った。

 優しげな陽に照らされ、活気に満ち溢れる通りを俯瞰し、鷲は都の一角に鎮座する尖塔の頂き──そこに立つアサシンが差し出した腕へと止まった。

「キィッ!」と一鳴きした事を合図に視界の共有を切り、朝食代わりの干し肉を与える。

 鷲はそれを細かく咀嚼して飲み込むと、再び上空へと舞い上がった。

 太陽と重なり影さえ見えなくなった鷲を眺め、アサシンは眩しさをこらえるようにフードの下で目を細めた。

 

 ──何をしているんだ、俺は……。

 

 この戦いが終わるまで、彼女と関わるつもりはなかったのに。

 この戦いが終わるまで、彼女の顔を見ることはないと決めたのに。

 

 ──覚悟が、足りていないな……。

 

 アサシンは一度深呼吸すると、尖塔の下へと目を向けた。

 理由は不明だが、大量の藁が作り上げた山が、視線の先に鎮座している。

 アサシンは顔を上げ、遠目に見える至高神の神殿に目を向ける。

 まだ、あの場所に戻る事は出来ない。友人や弟子たちに会うことも、彼女に会うことも出来ない。

 だが、それが自分の選んだ道。自分が進むと決めた道だ。

 なら、何を迷う必要がある。何を躊躇う必要がある。

 胸の内に巣食う迷いを、恐れを振り払うように、彼は告げる。

 

「天上の神々よ、我が覚悟を見るが良い……!」

 

 今の言葉を戯れ言と嗤うのは簡単だろう。

 だが、その後に続くことを嗤うことが出来るのは何人いる?

 傍観する神々に問いかけるように、アサシンは尖塔の頂より身を投げた(イーグルダイブ)──。

 僅かな浮遊感の後に強烈な重力に引きずられ、背中から地面へと落ちていく。

 アサシンは口元に僅かな笑みを浮かべた。

 騎士として何度も行ってきたそれも、今となっては意味が違う。

 まだ一人前には遠いだろう。まだ正式に名乗るのも早いだろう。

 だが、これこそが、全てのアサシンが通った道。タカの道だ。

 藁の山に体が沈んだ瞬間、僅かに心が軽くなった。

 この儀式には、一度死に、また甦るという意味があるのかもしれない。

 

 ──ならきっと、意味はある筈だ。

 

 アサシンは藁の山から飛び出すと、ローブに刺さった藁を払い、なに食わぬ顔でその場を後にした。

 その足取りはどこか軽く、なにかを吹っ切ったように思える。

 ならば、きっと大丈夫だろう。アサシンとは、何も冷酷な殺人鬼ではない。彼がそうなる事も、おそらくないだろう。

 今の彼の胸にあるのは、次なる任務と、三つの信条のみ。

 何より彼の心に刻まれているのは、絶対にして第一たるもの。

 

 ──汝、その刃を罪なき者に振るうことなかれ。

 

 故郷の怨敵たちが軽んじた、アサシンを無慈悲な殺人鬼へと転じさせない絶対の掟。

 彼がそれを軽んじる事はないだろう。

 この信条を初めに教えたのは、彼が敬愛する実父なのだから──―。

 

 

 

 

 




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期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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