SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory05 任務開始

 二日後、灰被りの女王を頭目とするならず者の(ローグ)集まり(ギルド)の一室。

 天井に吊るされた簡素なシャンデリアから漏れる光に照らされ、円卓を囲む五つの影が浮かび上がる。

 その一つたる灰被りの女王は、仕掛け人(ランナー)が命懸けで持ち帰った情報を同士たちに告げる。

 

「さて、結論から言おう。奴の城は見つからなかったが、件のお姫様はまだ捕まっているようだ」

 

 彼女はそう言うと、都全体を見下ろすように描かれた地図を取り出し、円卓の上にそれを広げる。

 

「奴らの拠点の一つに探りを入れたそうだ。そこにあった書類を調べた限り、取引は明日の予定だそうだ」

 

 円卓に広げた都の地図に、その拠点と思われる場所を示すように印をつける。

 彼女は眉を寄せ、「だが──」と語気を強めた。

 

「本拠地がありそうな場所に目星はつけたが、発見には至らず。探索中に見つかり、攻撃を受けた」

 

 眉を寄せて神妙な面持ちとなりながら、帰らなかった仕掛け人(ランナー)の事を想うが、すぐに無駄な感情を振り払い、本拠地の思しき都の片隅を円で囲む。

 

「それで取引が早まったとしても、今なら間に合う筈だ。だが、敵の総数は百はくだらん。いや、それでも少ないか……。この街に住む全ての物乞いが、奴の配下と言っても過言ではない」

 

「仮にも王を名乗るだけはあるようだな」

 

 彼女の報告を聞き終え、影の一つである狐が腕を組みながら言葉を漏らした。

 相手の数に比べ、こちらの出せる手札の数はかなり限られている。元より短期決戦が前提だが、既にこちらの動きは察知されてしまった。これでは地雷源に飛び込むようなものだ。

 

「しかし、全ての物乞いがこの区間にあるわけではないでしょう。ならば、数はそれなりに限られる筈です」

 

 影の一つ、外交官が常と変わらず冷静に言うと、灰被りの女王が頷く。

 

「うちの仕掛け人(ランナー)たちが気付かれたとなると、かなりの手練れがいるな。それに加え、警備が増えているだろうし、取引が早まったとなると、敵には取引相手とその護衛も含まれる筈だ」

 

 彼女はそう言うと、胸元から煙管を取り出し、「《インフラマエ(点火)》」と火をつける。

 一瞬生じた超自然の火種に照らされ、影の一つである女性教諭のニヤリと笑った顔が、闇の中に浮かび上がった。

 

「いやぁ、手が足りないねぇ。ここにいる面子に不満があるわけではないけど、実働要員(アサシン)がもっと欲しい所さ」

 

「そうですね。しかし、下手に人員を増やすわけにはいきません。敵に付け入る隙を増やすことになりますから。そもそも、今からでは探す時間はありません」

 

「だろうな。ともかく今は物乞いの王だ。そうさな、とにかく奴はプライドが無駄に高い。相手より下になる事を許しはしないだろう」

 

 女性教諭の言葉に外交官、灰被りの女王が続き、逸れ始めた話題を戻す。

 

「そして、プライドに任せて雇い主と雇われという上下関係を無視すれば、揉め始める」

 

 灰被りの女王は紫煙を吐き出しながら、どこか経験があるかのように言葉を漏らした。

 彼女とて、今の地位を手に入れるまでに様々あったのだ。忌み嫌う物乞いの王と、似たような事をした筈だ。

 思い出したくもない過去を思い出したからか、不機嫌そうに目を細める灰被りの女王を他所に、狐が淡々と告げる。

 

「相手が揉めているかは別として、今回が最初で最後の機会(チャンス)だ。時間をかけることは出来ないが、失敗は許されない」

 

 そうして彼が目を向けたのは、この場にいる誰よりも気配の薄い男。

 この数日である程度吹っ切れたのか、張り詰めていた雰囲気には、何処か余裕を感じるようになった。

 最後の影たるアサシンは顔の前で手を組みながら、瞑目していた目をゆっくりと開く。

 蒼い右瞳と金色の左瞳が揺れ、灰被りの女王が印をつけた区間へと向いた。

 

「とにかく、相手の本拠地を見つけなければ話にならないな。幹部を見つけられれば楽だが、お前の部下が忍び込んだ拠点は空だろう」

 

「そうさな。幹部かはわからんが、知っていそうな人物はいるそうだ」

 

 灰被りの女王は頭に叩き込んだ報告書のページをめくり、言うまでもない事だろうと脇に置いておいた情報を引っ張り出す。

 頬杖をつきながら本拠地と思われる場所を囲んだ円の片隅に印をつけ、指で白墨を弄びながら言う。

 

「この付近に、最近になって力を持ち始めた男がいるそうだ。訪ねてみたらどうだ?」

 

「幹部候補と言った所か。なら、訪ねる価値はある」

 

 アサシンは頷き、地図越しに地形を頭に叩き込んでいく。細かな道は実際に見なければならないが、大まかな地形を知っていれば、危険度は大きく下がる。

 地図で大まかな地形が把握出来たら、実際に地形を一望できる場所(ビューポイント)を探し、地形を頭に叩き込み(シンクロ)し、行動を起こす。

 まずは、その幹部候補なる人物の家に向かうのが良いだろうか。

 アサシンが手早く算段を纏めていく中、外交官が言う。

 

「一応ですが、王には釘を刺しておきました。邪魔は入らないと思います」

 

「本当に大丈夫なのか?あの王様は、時々だが行動が読めん」

 

「大丈夫です。そうでなければ困る」

 

 外交官と狐が手短にやり取りし、聞き耳を立てていたアサシンは眉を寄せて「不確定要素が一つだな」と小さく漏らす。

 彼は顎に手をやると円卓をとんとんと指で叩き、目を細めた。

 

「王が横槍を入れてきたとしたら、どう対処する」

 

 万が一に備えるのは、何よりも大切な事だ。神々が振る『宿命』と『偶然』と骰子(さいころ)が何をしでかすのか、それは神々だとしてもわからない。

 アサシンの確認に、狐と外交官は視線を合わせて困り顔となった。

 明らかに迷っている様子で、狐が問いかける。

 

「逃げるのが手っ取り早いが、逃がしてくれるのか?」

 

「アサシンなら問題ないでしょう。逃げるのには慣れていると思いますし」

 

「慣れては、いるが……」

 

 狐、外交官のどこか諦めにも似た声音で言うと、アサシンは複雑な表情を浮かべた。

 逃げる前提なのは癪だが、この国の王と事を構える訳にはいかない。混沌に与する暴君ならまだしも、彼は秩序の下に国を纏める君主(ロード)だ。

 紫煙を吐き出した灰被りの女王が、笑みを浮かべながら言う。

 

「そもそも逃げもせずに戦闘するアサシンとは何だ?本来なら一撃離脱が前提だろうに」

 

「そうなのか?」

 

 彼女の言葉に意外そうな声を漏らすと、女性教諭は笑いをこらえながら獣に夜食を与える。

 

「まあ、私たちの定規で計れる暗殺者と、彼のようなアサシンは別物だろう。アルタイルを見たことがあるのなら、キミが一番理解していると思ったんだが?」

 

「むぅ。それもそうなんだが……」

 

 彼女の指摘を受けた灰被りの女王は頬をかき、アサシンへと目を向けた。

 期待と愛情の入り交じった、どこか母性を感じさせる瞳に映るのは、彼女の憧れた英雄に似た青年の姿。

 彼が英雄の領域にたどり着けるか否か。彼女の胸中にあるのは大きな期待だ。

 彼がその期待に答えた場合は、余り考えてはいない。考えてしまったら、我慢が出来なくなるからだ。

 

「とにかく、無茶はしないでくれ」

 

 灰被りの女王が絞り出すように呟くと、アサシンは「当たり前だ」と至極当然に頷いた。

 

「あいつの所に帰るまでは、死んでも死にきれん」

 

「まったく、お熱い事だな。お前らしいが」

 

 真顔で告げられたアサシンの言葉に、狐は小さく笑みを浮かべた。

 ようやくこいつらしくなってきたなと、心のどこかで安心しているのだ。

 外交官は不意に視線を泳がせると、咳払いを一つ。張り詰めすぎる事も悪いと言うが、今の雰囲気を弛みすぎだと判断したのだろう。

 

「行くべき場所、やるべき事は決まりました。後はあなたに託します」

 

「ああ、任せろ」

 

 アサシンは頷くと再び地図に目を向け、第一目標と最終目標を確認する。

 幹部候補のいる場所に潜入し情報を聞き出し、物乞いの王を暗殺、王妹を救出する。見つかれば、取引相手を暗殺、あるいは取引の証拠を手に入れる。

 やることは多いが、やれなくはない。いつもと変わらない、簡単──でもない仕事だ。

 彼は立ち上がると、何も告げずに彼らに背を向けて歩き出した。

 既に「任せろ」と伝えた。なら、他に何を言うことがある。

 闇の中へと足を進める彼に、灰被りの女王が微笑を浮かべながら言う。

 

「アサシン、武運を祈る」

 

 その言葉に、アサシンは足を止めた。

 ほんの僅かに迷いを見せるが、そんなものはすぐに振り払う。

 別の道を進むと決めたとはいえ、先生から教えられた事を忘れるつもりはない。罰当たりかもしれないが、あの経験を無駄にするのはあまりにも惜しい。

 そして背中越しに手を挙げると、新たな同志たちに告げる。

 信条とは別に、彼の心の奥底にある言葉。

 

「──運は自分で掴むものだ」

 

 その言葉を最後に、アサシンは部屋を後にした。

 置いていかれた獣がその背中を小走りで追いかけていき、他の獣たちが一鳴きして見送る。

 残された同志たちは目を合わせると、狐が言う。

 

「さて、俺たちは次に備えておくか」

 

 彼の発言に灰被りの女王は頷き、何とも意味深な笑みを浮かべた。

 

「そうだな。少年が物乞いの王を討ち取ることが出来れば、そこは空席になる」

 

「統率の取れない物乞い程、面倒なものはないねぇ」

 

 彼女の言葉に女性教諭が続くと、外交官は順に三人に視線を向けると、「では、手筈通りに」と呟いた。

 それを合図に灰被りの女王と狐が立ち上がり、部屋を後にせんと歩き出した。

 王を討った後に残るのは、その配下による暴走か、あるいは都全体を巻き込む混沌(ケイオス)だ。

 誰にも知られる事なくそれを防ぎ、多少時間をかけてでも物乞いの王の影響を取り払う。

 アサシンの成功を信じ、同時に事を進めなければ駄目だ。彼が帰って来てからでは遅すぎる。

 二人を見送った女性教諭が、なにやら悪戯っぽい笑みを浮かべて外交官に問いかける。

 

「しかし、この事は彼に伝えなくて良かったのかい?」

 

「アサシンが成功する事が前提の仕事です。彼に余計な心配をかけるわけにはいきません」

 

 外交官はあくまでアサシンの為と言うが、女性教諭は彼を見透かすように目を細めながら、真剣な声音で言う。

 

「……まだ、信じきれてはいないんだろう」

 

「それは、どうでしょう?」

 

 外交官は彼女の指摘をはぐらかすと、深く息を吐く。

 狐から散々言われたが、かの青年が騎士であった事に変わりはない。自分たちの知る騎士とはだいぶ違うが、根本にあるものは同じかもしれない。

 それを知る術もなく、それを教えてくれるほど親しくもない。

 だからではないが、今回の作戦は所謂(いわゆる)試金石だ。彼がどれ程の腕なのかを確かめ、その後こちらの動きを知って何を言うか。

 狐が言うような男なら、対して気には止めない筈。騎士としての彼が残っているのなら、こちらに刃を向ける事もある筈だ。

 外交官は様々な結果を思慮しつつ、女性教諭に目を向けた。

 

「少なくとも、今回の一件を託せる程度には信じていますとも。彼の冒険者としての(・・・・・・・)名声は聞いていますから」

 

「……本当の意味でアサシンの称号を背負えるかどうかは、今回の結果次第か」

 

 女性教諭が神妙な面持ちで言うと、外交官は小さく頷いた。

 騎士だから信じないという訳ではない。信じるのに、多少なりとも時間がかかるだけの話。

 だが、何故かはわからないが、彼なら大丈夫だと断言出来る。

 かつて狐が語ったように、あの青年の背中にはどこか既視感のようなものを感じるのだ。

 顔立ちはまったく似ていないし、色恋沙汰に対して真剣に悩むほどにお堅い。似ている要素などあまりない筈なのに。

 

「……今はどうでも良いことですね」

 

 そう呟いて無理やり思考を切り上げると、狐と灰被りの女王が部屋に戻ってくる。

 

「上の連中に声をかけてきたぞ。引っ越しの準備を頼むってな」

 

「準備を終え次第出るぞ。さて、何を持ち出すべきか……」

 

 灰被りの女王は言いながら部屋を漁り始め、その背中を眺める狐は小さくため息を漏らす。

 

「この部屋に、そこまで重要なものがあるようには見えないがな」

 

 誰に言うわけもなく呟くと、それを聞き取った女性教諭が苦笑した。

 

「物の価値とは、持ち主にしかわからないものだろう?」

 

 

 

 

 

「てめぇ、モノの価値がわからねぇ奴だなぁ……」

 

「こんながらくたに金払えだぁ?いつにお前の目ん玉腐っちまったのか!?」

 

 双子の月に照らされる都の片隅。中央にはまだ活気の火が灯っているというのに、その周辺だけは切り取られたかのように、真っ暗な闇に包まれていた。

 無計画に建てられた建物群に月の光は遮られ、その一つ一つには生活の火が灯っていないのだ。

 まともな者ならまず近づこうとすらしない貧民窟に、二人の男の声が響き渡る。

 纏っている衣服はどちらも襤褸布同然だが、怒鳴り声をあげた男の方がまだ服と言える代物だ。

 道の片隅に腰掛ける男が、自分を物理的に見下ろしてくる男に向けて、何やら物品を差し出す。

 闇に紛れているとはいえ、僅かな光を見事に跳ね返すそれが短剣であることはわかる。

 問題は、錆が目立つという事だ。貧民窟には守るべき法はない。彼らの王が敷いた最低限の規則はあるが、あくまで謀反を防ぐために敷いたようなもの。

 つまる所、自分の身は自分で守らなければならない。

 しかし、腰に剣をぶら下げようものなら、それを狙って襲われるに決まっている。

 だからこそ、ここに住む者たちは懐に忍ばせられる短剣を好む。業物とまでは言わないが、軍からのおこぼれ品なんかがあれば上等だ。

 最近仲間がたむろしていた場所が襲われたと聞くし、自衛のためなら多少の出費は構わない。

 だが、そうだとしても、だ。

 

「錆びた短剣じゃ、どうにもならんなぁ……」

 

 買い手の男がほとほと困り果てた様子で言うと、売り手の男が錆びた短剣を差し出しながら言う。

 

「錆びてるだけだぁ。削れぇ、削れぇ」

 

「そんな技量(スキル)がありゃ、町外れの工房にでも売り込むよ」

 

「頼むよぉ、金が必要なんだぁ」

 

 なかなか買ってくれない相手に苛立ちを覚えつつ、売り手の男は弱ったような風に言う。

 

「俺はあれ(・・)がなきゃ、生きていけねぇんだよぉ」

 

「お前、廃人にでもなりてぇのか?」

 

「壊れていようがいまいが、ただ息してるだけな事に変わりはねぇだろぉ」

 

 言いながら足にしがみついてくる売り手の男を鬱陶しく思いつつ、買い手の男は腕を組んで思慮を深めた。

 この男とは、彼らの王がそう名乗り始める以前からの付き合いだ。

 何年か前から出回り始めたあれ(・・)は、確かに良いものではある。一時の快楽と、その後の喪失感の差が激しい事を除けば、だが。

 

 ―まあ、使ったことはねぇんだが……。

 

 男は腕を組んで唸りながら迷い、再び友人へと目を向けた。

 出会った頃に比べ、だいぶ虚ろになった瞳。おそらく、手遅れになるほどに依存しているのだろう。

 

 ──下手に断って後ろから刺されんのは嫌だしな……。

 

 買い手の男はため息を吐くと、懐からいくらか錆びの目立つ硬貨を取り出した。

 

「無いよりはましか。一本くれ」

 

「ありがてぇ、ありがてぇ……」

 

 買い手の男の差し出した硬貨を受け取った売り手の男は、丁寧に一枚ずつ枚数を数えると、口元を歪なまでに歪ませた。

 

「出所は聞かないでくれよぉ、面倒だからなぁ」

 

「わかってる、わかってる。じゃあな」

 

 錆びた短剣を買った男は適当に別れを告げると、足早にその場を後にした。

 自衛のためもあるが、王直々の命令で、王の住まいたる本拠の守りを固めるように言われたのだ。

 そのための武器を求めていたのだが、その結果が錆びた短剣とは……。

 

「まあ、無いよりはましか……」

 

 男は自分にそう言い聞かせ、路地裏の闇へと消えていった。

 男が消えた事を合図にして、()は物影から姿を現す。

 黒いローブの上から漆黒の鎧を身に纏い、背にはライフルと弓と矢筒。腰には鷲の意匠の施された剣と数打ちの短剣を提げ、ピストル二挺がホルスターに納められている。

 見方によっては、目についた装備を片っ端から担いだ、格好つけたいだけのような印象を持たれそうなものだが、彼は違う。

 身につけた装備一つ一つが体に馴染み、何より使い込まれている。

 この重装備が彼──アサシンの正装、彼の象徴だ。

 彼は夜の静けさに紛れながら音もなく歩を進め、錆びた硬貨に夢中になっている男の前を通りすぎる。

 

「んぅ……?」

 

 視界の端に映った影に気を向け、硬貨から意識を外す男。

 通りを見渡すように首を左右に振って見渡すが、自分以外に外に出ている者はいない。

 

「気のせいかぁ」

 

 だらしなく間延びした声を漏らし、懐に硬貨を仕舞うととぼとぼと歩き出した。

 酒に酔っている訳でもないのに足取りはおぼつかず、目の焦点がどこかずれている。

 アサシンは立ち並ぶ家屋の屋根の上からその姿を認めると、顎に手をやり僅かに思慮する。

 

 ──あの動きからして、まずまともではない。

 

 どこを目指すのかは気になる所ではあるが、あの様子では検討違いの場所にたどり着くのが落ちだろう。

 

 ──ならば、予定通りに幹部候補の下を目指す。

 

 最短距離でその答えにたどり着いた彼は、双子の月の光を浴びながら屋根の上を駆け始めた。

 煙突と思われるものを避け、時々ある段差は一息で乗り越え、穴や隙間は飛び越える。

 着地の瞬間には重装備にも関わらず音が出ることはなく、僅かに屋根板が軋む程度。

 一つ一つの動作には一切の無駄がない、アサシンからしてみれば模範解答のような移動法(フリーラン)

 誰にも気付かれることなく貧民窟を駆け抜けるアサシンは、視界の先に崩れかけの塔を発見した。

 火事か、あるいは略奪にでもあったのか、かつては立派な尖塔であったのだろうが、今は見る影もない。

 尖塔の象徴たる屋根は一部を残して崩れ、壁のほとんどは柱を残して倒壊している。残されている壁も、軽く押せば崩れてしまいそうな程だ。

 遠目からでもそう判断出来る塔だが、その頂上こそ、貧民窟を一望できる場所(ビューポイント)に違いない。

 その証拠に、塔の上空には、鷲が円を描きながら飛んでいる。

 アサシンは口元に僅かな笑みを浮かべると、フリーランの勢いのままに塔に飛び付いた。

 比較的しっかりしている柱をよじ登り、崩れかけの壁は、レンガが抜けて穴が開いている事を良いことに、手をかけ、足をかけ、崩さぬように慎重に、かつ素早くよじ登る。

 途中で塔の内側に潜り込むと、タカの眼と鷲との視覚共有を並行使用し、辺りに見張りがいないかを確かめる。

 今までの高さならどうにかなったが、これ以上の高さから落ちれば間違いなく即死する。弓兵に撃たれて墜落など、それこそ先生に笑われてしまう。

 アサシンは周囲に敵を示す赤い影がないことを数回に渡って確かめると、再び塔の外壁を登り始めた。

 柱に刻まれた傷に指をひっかけ、足は無理やり踏ん張りを効かせて更に上へ。

 数分かけて崩れかけた尖塔の頂きにたどり着いたアサシンは、ホッと息を吐き、思わず胸を撫で下ろした。

 敵陣ど真ん中の高所(ビューポイント)に登ったのは、かなり久しぶりだ。もしかすれば、故郷での戦いを含めて一度もなかった可能性もある。

 アサシンは僅かに過去を思い返すが、すぐさま思慮を切り上げた。過去の事を思い出すのは後だ。今は任務を優先しなければならない。

 彼は自分にそう言い聞かせると目を閉じ、ゆっくりと開けた。

 視覚が一瞬揺らぐと共にタカの眼が発動し、周囲にいる敵や重要物が浮かび上がる。

 敵の配置、何かはわからない重要物の位置、何よりも周囲の地形を頭に叩き込むと、タカの眼を解除する。

 とにかく、今は幹部候補だ。その屋敷なのか、あるいは小屋なのかを探索しなければならない。

 アサシンは目を凝らし、視線の先にある明かりのついた家屋に目を向けた。

 周りの家屋に比べて小綺麗で、何より屋根の上には弓を手に持つみすぼらしい男たちがいる。

 加えてその周囲には、その他武装したみすぼらしい男たちがたむろしている。

 

「あそこか……」

 

 第一目的地を断定したアサシンは、誰に言う訳でもなくそう漏らすと、塔の足元へと目を向けた。

 ベッド代わりに使うためなのか、暖をとるために集められたのか、大量の干し草が山になっている。

 ならばいつものようにと構えた時だ。

 聞き馴染みのない鳴き声と共に、不意に耳たぶを甘噛みされた。

 思わず体を強張らせるアサシンだが、フードの中に手を突っ込んで犯人を鷲掴む。

 

「──!──!」

 

 形容しがたい鳴き声をあげる獣は、短い手足を振り回し、アサシンの手から逃れようと必死になって暴れていた。

 連絡手段としてなのか、なつかれたのかはわからないが、勝手についてきた獣。

 そういえば、神殿の様子を探った後の飛び降り(イーグルダイブ)に巻き込まれたこいつは、目を回して気絶していたなと思い出す。

 だが、しかしだ。自分に付き合う限りは、毎度のように巻き込まれることだろう。

 つまり、獣にかけるべき言葉は一つ。

 

「──慣れろ」

 

「──!?!??」

 

 アサシンの冷淡な一言に、獣は思わず体を強張らせた。

 本能では逃げなければとわかっているのに、肝心の体が動いてくれないのだ。

 アサシンは好都合と割り切ると獣をフードの中に仕舞いこみ、双子の月を眺めて再び集中力を高める。

 

「──!──!」

 

 耳元で聞こえる批判的な鳴き声を無視したアサシンは、いつものように両手を広げて身を投げた(イーグルダイブ)

 同時に耳元で聞こえていた鳴き声が止まり、代わりに強烈な重力に引かれる感覚が全身を支配する。

 万人が恐怖を抱くそれも、アサシンからしてみれば日常の一部。むしろ安心すら覚える程だ。

 万人が知るよしもない、干し草による抱擁の優しさを知っているからだ。

 アサシンの着地と共に、バサッ!と装備重量にしては軽い音が、干し草の山から漏れた。

 優しい抱擁を堪能したい所だが、今は任務があると自分に言い聞かせ、数秒もしないうちに飛び出す。

 ローブについた干し草を払い落とし、何食わぬ顔でその場を後にする。

 闇の中へと消えていった彼を見送り、誰にも知られることなく指命を終えた干し草の山は、いつもと変わらぬ様子で、優しげな月明かりに照らされていた。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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