SLAYER'S CREED   作:EGO

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コードヴェイン楽しぃ(灰の山を築きながら)……。





Memory07 突入

 路地裏に身を隠し、燃える屋敷を眺めながら、アサシンは小さく息を吐く。

 目的地はわかった。後はそこを目指して移動するだけだが、その前にやることがある。

 タカの眼を発動しつつ天高く舞う鷲と視界を共有し、先程出会った物乞いたちが追いかけているかを確かめるのだ。

 屋敷が燃えている事に気付いてか、複数の赤い影が近付いて来ているが、それとは別に少数の青い影が接近してきているのだ。

 

 ──これは鉢合わせになる……。

 

 いかんせん、この貧民窟は蟻の巣のように入り組んでいるし、数日の内に道が変わっているなんて事もよくある事だろう。

 ここに住む人たちですら、全体を把握しているかは疑問だ。否、把握など出来る訳がない。

 せっかく協力者が合流してくれそうなのに、始める前に無駄な犠牲を出されるのは癪だ。

 アサシンは再びため息を吐くと、音をたてずに走り出した。

 道を進む物乞いたちですら把握していない道を、アサシンだけは完全に把握している。

 闇が駆け抜け、道端に詰まれた角材を階段代わりに屋根へと駆け上がり、ひたすら走る。

 近場の弓兵は処理済み。何も恐れる事なく走る事が出来る。

 月明かりに照らされる屋上をひた走り、素人が組み上げたが故に出来る段差、隙間を一跳びで飛び越え着地で重心が落ちた事を幸いに、足に踏ん張りを利かせて更に加速。

 ただですら薄い天井の板を踏み抜かないのは、彼の培ってきた技量(スキル)によるものだ。他の誰かがやろうとすれば、いくつかの建物に吹き抜けが出来ていた事だろう。

 走りながらタカの眼を発動し、相手と味方の位置を確かめ、ついでに数も確かめる。

 味方は十人もいないが敵も少数だ、やれなくもない。

 両者が鉢合わせるになるまで、少なくともあと二分。それまでに片付ける。

 アサシンは胸中でそれを決めると両手のアサシンブレードを抜刀し、一思いに身を投げた。

 下を走っていた物乞いの王の兵士たちは、自分達に覆い被さった影に気付き、一斉に顔を上げた。

 落下の衝撃を和らげる為の緩衝材(クッション)代わりに一人を押し倒し、その両脇にいた兵士二人の首にアサシンブレードで掻き斬り、立ち上がり際に押し倒した兵士の顔面を踏み砕く。

 前代未聞の三人同時暗殺(トリプルアサシン)を決め、左右それぞれの手にナイフベルトから投げナイフを取り出し、一息に放る。

 放たれた投げナイフは空気を切り裂きながら二人の兵士の眼窩に滑り込み、僅かながらに脳を傷付け、昏倒させた。

 たったの数秒で五人を片付け、残るは視界の端に映る三人。

 アサシンは黒鷲の剣に右手を置きながら体の軸を合わせ、足に力を込め、瞬時に爆発させる。

 間合いを詰めながら抜刀し、居合い抜きの要領ですれ違い様に首を飛ばす。

 すぐさま足に踏ん張り利かせて止まると、上半身を捻りと共に剣を振り下ろす。

 兵士は咄嗟に錆びだらけの剣を盾代わりに差し出したが、黒きまことの銀(ミスリル)により鍛えられた黒鷲の剣はそんなもの無いもののように振り抜かれた。

 錆びだらけの剣は半ばから切られ、その持ち主たる男の体は袈裟懸けに斬られ、地面に叩きつけられるようにして崩れ落ちる。

 残された一人は、剣を振り抜き態勢を崩したアサシンに斬りかかるが、その喉に左手が差し出された。

 瞬間、喉に熱が集まり、口から血が溢れ出す。

 がぼがぼと血泡を噴きながら膝をつくと、その顔面に膝が突き刺さった。

 鼻をひしゃげさせながら両腕を放り出すように体が倒れ、苦悶の表情のまま息絶える。

 周囲の死体から流れ出た血が一ヶ所に集まり、大きめの血溜まりを作り出す。

 アサシンはそれを一瞥すると、それぞれの得物に血払いくれて、剣を腰帯に、アサシンブレードを鞘の中へと戻す。

 同時にどたどたと騒がしい足音が、闇の中からこちらに近付いてきた。

 彼は視線だけをそちらに向け、口元に笑みを浮かべた。

 老爺を追いかける前に出会った物乞いたちは、彼と、彼の足元に転がる死体を見て目を見開く。

 遠くに見える黒煙に、転がる死体。目の前の男は、心のどこかにあった「どうせ口だけ」という予想を裏切り、本当に王に喧嘩を売るつもりなのだと理解したのだ。

 物乞いのリーダー格の男が、アサシンに問いかける。

 

「お前、一体何者だ……?」

 

 男の尤もな問いかけに、アサシンは肩を竦める程度で答える事はしない。

 素性を教えられる程、彼らとの信頼関係を築いているわけではないからだ。

 それを理解したのか、あるいは一向に口を開かない彼の姿勢に諦めたのか、「まあいい」と首を横に振った。

 

「それで、何か分かったのか?」

 

「近場の墓地に、王の拠点への入り口があるそうだ。本当かは知らないが、行く価値はある」

 

「墓地?ああ、あそこか……」

 

 アサシンの言葉に男は合点がいったのか、腕を組ながら目を細める。

 彼の様子を探りつつ、アサシンは彼の部下──あるいは仲間──に視線を向けた。

 纏っているのは襤褸布同然の衣服のみで、鎧を纏っている者は誰一人としていない。

 持っている武器も、錆や破損の目立つ物ばかりで、人を殺せるのかは疑問だ。

 つまる所、戦力として数えていいのかすら疑問である。

 だが、彼らとて何かを思って武器を取ったのだ。彼らの覚悟を無為にしてしまうのも酷だ。

 

 ──まず武装せよとは、誰が言った言葉だったろうか。

 

 僅かな思慮はすぐさま捨て去り、協力者たちに告げる。

 

「時間を無駄には出来ん。作戦は移動しながら伝える」

 

 アサシンはそう言うと、彼らの返事を待たずに歩き出す。

 リーダー格の男は「おい!」と彼に呼び掛け、更に「場所はわかるのか!?」と続ける。

 その問いかけにアサシンは足を止めて振り返ると、フッと小さく笑みを浮かべた。

 

「この一帯の地形は把握済みだ。心配するな」

 

「置いていくぞ」と付け足すと、アサシンは歩きから小走りに切り替えて先を急ぐ。

 協力者たちは顔を見合せ困惑するが、リーダー格の男が彼の背を追いかけ始めると同時に走り出す。

 加減して走っていた彼に追い付くのは比較的簡単で、全員が追い付いた頃を見計らい、アサシンは言う。

 

「おそらく、墓場にも見張りがいるだろう。お前らには陽動を頼みたい」

 

「俺たちを囮にするって事か?」

 

 単刀直入の指示に、リーダー格の男は怒気を込めた声音で聞き返す。

 ほぼ初対面の男の為に命を捨てるなど、出来ることならしたくはない。

 彼の心情を知ってか知らずか、アサシンはただ小さく頷き、「ああ」と返事をするのみ。

 録な説明もないままに納得出来る訳がなく、協力者たちの表情には疑いの色が見え隠れし始めた。

 そこにはリーダー格の男も含まれており、額には僅かな青筋が浮かんでいる。

 

「それで、そんな指示に、俺たちが『はい、わかりました』とでも言うと思うのか?」

 

「思わん」

 

 リーダー格の男の問いかけに、アサシンはたった一言で返した。

 彼の友人たる男なら、まず間違いなくここで話は終わるのだろうが、そこはアサシン、更に付け加える。

 

「逃げたい時に逃げてくれて構わん。敵陣に飛び込んで包囲されるのも、取り残されて孤立するのも、俺一人で十分だ」

 

 小走りで駆けながら、アサシンは息切れ一つせずにそう言いきった。

 協力者たちは反論しようとするが、彼の発言には自分達に何かしらのデメリットを見出だせないのだ。

 自分達が逃げれば危険に晒されるのは彼だ。そして、その彼は「逃げていい」と断言した。

 言い淀む彼らに向け、アサシンはどこか突き放すように言いきる。

 

「死にたくないのなら来るな。勇敢と無謀は違うぞ」

 

 透き通るような金色の左瞳に射抜かれ、協力者たちは戦慄(わなな)いた。

 その瞳に込められているのは、確かな殺意だ。触れなければわからない程静かで、そして触れれば身を切ってしまう程冷たい、絶対零度の殺意。

 王を討ち取るという目的が一致したが為にこうして並走している訳だが、協力者たちの中には僅かな躊躇いが生まれ始める。

 自分達では到底たどり着けないような境地に至った男が、真剣な眼差しで「死ぬぞ」と忠告してきているのだ。

 だが、リーダー格の男は「それがどうした」と鼻を鳴らす。

 

「このまま王が上に立ったままじゃ、遅かれ早かれ皆死ぬ」

 

「そうだ!このまま死ぬんならせめて、あの野郎に一泡吹かせてやる!」

 

 リーダーの男に続いて部下の誰かが言うと、その同胞たちが「そうだ!」と口々に続く。

 アサシンは彼らの示した覚悟に、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた。

 ここで話し合われていたら、問答無用で振り切って勝手にするつもりだったが──。

 

「作戦を伝える。一度しか言わない、良いか」

 

 

 

 

 

 貧民窟の端に鎮座する墓地。

 都には正式な墓地があり、遺体はそこに納められる事が常だ。

 だが、この墓地は貧民窟に住む者たちにとっては何よりも大切な場所だ。

 弔ってくれる家族もおらず、祈りを捧げてくれる神官すらいない彼らにとって、ここのみが魂の安らぎが約束される聖域と言って良い。

 祈る神官もいないのに黄泉帰り(ゾンビ)が出現しないため、誰が呼び始めたのかは定かではないが、『奇跡の墓地』と呼ばれている。

 その墓地の入り口は一つしかなく、そこを警備する王直属の兵士の装備は、そこらの物乞いたちとは一線をかくす。

 汚れの目立つ槍や鎧は、その全てが軍からの横流し品。扱う者の練度もそれなりに高く、喧嘩を売ろうとする者は皆無だ。

 故に、警備の兵士たちの間に流れる空気はどこか弛緩していた。

 墓地の入り口たる門を守る二人の兵士は何やら談笑し、時折隠す気もなく欠伸を漏らす。

 それに対して相方は何か言うわけもなく話を続け、再び笑いを誘うと繰り返す。

 いつも通りの相方、いつも通りの仕事、いつも通りの夜。

 何やら貧民窟の一角が騒がしいそうだが、ここを襲うもの好きはいないだろうと割りきっていた。

 素人目からしてみても油断している二人に向けて、建物の影から現れた何者かが近づいていく。

 目深く被ったフードで顔は見えない。纏うローブも鎧も、腰に下げる剣でさえも漆黒一色であり、目の前にいる筈なのに、気を抜いたら見失ってしまいしそうな不気味な感覚。

 本能的に何かを感じ取った二人は表情を引き締め、帯を通して肩に担いだ槍に手をやり、顔を見合せて頷き一つ。

 

「おい、あんた!墓参りなら明日にしろ!」

 

 まず声をかける。反応なし。

 

「耳が聞こえないのか?──止まれ!」

 

 槍を両手で構え、穂先を問題の何者かに向ける。反応なし。

 兵士の二人は再び目を合わせると、槍を持つ手に力を込めた。

 

「てめぇ、いい加減に──っ!?」

 

 兵士の片割れが声を張り上げた時、彼の視界が黒に塗りつぶされた。

 突然暗転した視界に狼狽え、無意識の内に体を強張らせた瞬間、喉に金属特有の冷たさを感じ、それが喉元を駆け抜けたかと思うと、凄まじい熱さを感じ取る。

 視界を暗転させたまま、兵士は意識を暗闇へと落としていった。

 それは彼だけに訪れたものではない。彼の相棒たるもう一人の兵士でさえも、彼と同じ目に遭い、同じようにその生涯を終えた。

 崩れ落ちる二人の兵士と、その兵士を仕留めた二人の協力者に視線を配り、アサシンは小さく頷くと、小さく右手を挙げて合図を送る。

 物影に身を潜めていた協力者たちは一斉に飛び出すと、墓地の入り口の脇に集まっていった。

 アサシンの立てた作戦はこうだ。

 まず自分が囮となり、入り口を警備する兵士を協力者二名に仕留めさせる。

 確実性を取ってアサシンがやっても良かったが、表面上でも『信頼している』と示すには、丁度良い機会だからと協力者に一任した。

 次に、装備を整えた協力者たちが一斉に墓地に流れ込み、暴れまわる事で相手に混乱を与える。

 地下の警備を上へと吐き出される事が目的だが、それを悟られてはならないのが難しい所だ。まあ、相手もあの老爺を幹部にする程度には馬鹿だろうから、大丈夫だろう。

 そして、混乱に乗じて拠点への潜入し、王の下へと向かい、暗殺する。

 これが成功しなければアサシンとなった自分の覚悟が、剣を取った協力者たちの覚悟が、自分を信じてくれる狐たちの信頼が、その全てが無駄に終わる。

 何よりも、彼女へ危険が及ぶ可能性がある。

 

 ──それだけは駄目だ……。

 

 アサシンは小さく息を吐くと、見張りの兵士から奪い取った装備を分配するリーダー格の男に目を向けた。

 

「派手にやれ」

 

 たった一言の指示。

 それを受けた男は「任せろ」と、もはや邪悪に思える程に口の端をつり上げ、同胞たちに指示を出すと墓地へと流れ込んでいく。

 彼らの背を見送ったアサシンは、自分の拳を握り締めて深呼吸を一つ。

 同時に、風に乗った怒号と金属がぶつかり合う音が響き始める。

 舞台は整った。後はやるだけだ。

 

 

 

 

 

 静寂に包まれれていた墓地。

 何十年も前に設置されたであろう墓石はどれも砕け、刻まれた文字を読むことは叶わず、地面には手入れがされなかった唐鎌雑草が生い茂り、道であった場所すらも侵食し始めている。

 石を積み重ねて作られた塀にはびっしりと苔が生え、植えられた木々はどれも枯れ、葉を一つもつけていない。

 今にも亡霊(ゴースト)が湧いてきそうな場所だが、現在はその雰囲気を弾き飛ばす喧騒に包み込まれていた。

 どこからか現れた物乞いたちと、それに対応せんとする王の配下たちによる、大規模戦闘(マスコンバット)が行われているのだ。

 誰かの怒号や悲鳴、断末魔、金属がぶつかり合う音、肉が潰れる音、骨が砕ける音。

 死者の魂の平穏をもたらす筈の場所において、絶対に生まれてはいけない「命が消える音」が、休みなく漏れ続ける。

 そのほとんどは王の配下たちのものだが、誰かが倒れた矢先に墓地の各所にある井戸から、黄泉帰り(ゾンビ)の如く這い上がってくる。

 数や装備で劣る物乞いたちが不利に思えるが、彼らは相手に負けず劣らずの結束力と、死んでも勝つという覚悟によって無理矢理押し返す。

 こういった状況において勝敗を決めるのは、数ではなく覚悟の差だ。

 いくら数がいた所で、その全員が「死んでも勝つ」と思っていなければ、その場にいないのと同義であり、覚悟の差は気迫となって相手を押し潰す。

 怒号が響く墓地の影の中を、一つの人影が進んでいた。

 出来る限り身を屈め、呼吸と武具が揺れる音以外を出すことなく、着実に一歩ずつ、目的の井戸を目指す。

 誰にも気付かれる事なく、殺める事なく、アサシンは井戸を確認出来る位置にある墓石の影に滑り込む。

 同時に井戸から兵士が這い出てくると、手早く武器を構え始めた。

 

「くそ!何なんだよ、こいつら!?」

 

「いちいち喋るな!こっちだって愚痴りたいってのに……!」

 

「さっさと行くぞ!」

 

 井戸から這い出た兵士たちが駆けていった事を合図にして、アサシンは影から身を出した。

 身を屈めたままジリジリと井戸に歩み寄り、中を覗きこむ前にタカの眼を発動する。

 遠くに見える青い影と赤い影の戦闘を視界の端に納めつつ、井戸の下の様子を確かめ、小さく舌打ちを漏らす。

 壁や地面を無視して敵味方の位置を見ることの出来るのは良い事だが、それはつまり、行き先に何人の敵がいるかがわかるという事だ。

 つまり、井戸の下に陣取る兵士二名の姿が、はっきりと見えてしまったのだ。

 長時間の陽動が期待できない以上、今から他の井戸を目指している時間はない。行くなら今、ここからしかないのだ。

 そうと決まれば、後は速かった。

 タカの眼を解除すると共に井戸の(ふち)に手をかけ、乗り越えた勢いのままに落下。

 一秒にも満たない落下を終えた瞬間、彼の体は再び動き出す。

 彼の登場に狼狽えている見張りの兵士二人に飛びかかり、首を掴んで地面に叩きつけるように押し倒す。

 見張りの二人はどうにか拘束から逃れようと腰の短剣に手を伸ばすが、それを察知したアサシンは首を掴んだまま小指を動かし、アサシンブレードで喉元を貫き、掻き切る。

 がぼがぼと血に溺れる二人を他所に立ち上がったアサシンは、奥へと続く通路に目を向けた。

 井戸の下に広がるのは、一言で言えば下水道だ。

 後付けで取り付けられたのか、壁には太い釘が打たれ、そこには光を放つランタンが提げられている。

 切り出された石が積み重なって出来た壁や天井、床には、整備されていない証拠のように苔が生えている。

 それに加えて聞こえてくる水の流れる音と、つんと鼻につく異臭は、通路の先に下水の水路がある証拠だろう。

 アサシンは眉を寄せながら口元を(ガスマスク)で覆い、フッと短く息を吐くと走り出した。

 走りながらタカの眼を発動し、通路に残る兵士たちの痕跡を追いかけ、更に奥を目指す。

 水路の脇に用意されていた、人一人がぎりぎり通れる幅の、苔に覆われた通路を一切滑る事なく駆け抜ける。

 大量の水が流れる音で聴覚はほとんど使い物にならないが、元よりタカの眼を使用している間は耳が利かなくなるのだから、問題にはならない。

 

 ──逆に、タカの眼を使えるからこそ先手が取れるのだ。

 

 視界の先に映る三つの赤い影を確認し、アサシンは黒鷲の剣の柄に逆手で手をかけ、同時に加速する。

 瞬きする間もなく距離は詰まり、暗闇から飛び出した死神(アサシン)の姿に兵士たちは狼狽え、身を強張らせる。

 アサシンを前にして、その隙は命取りだ。

 

「──フッ!」

 

 逆手持ちに抜刀し、鎧諸とも体を逆袈裟に撫で斬る。

 体から血を噴き出して崩れ落ちる兵士を無視し、片手で黒鷲の剣を順手に持ち変え、二人目に目掛けて振り降ろす。

 盾代わりに差し出された剣諸とも脳天から頭蓋を割り即死させ、剣を頭蓋にめり込ませたまま、背を向けて逃げ出そうとした三人目に向けて飛びかかる。

 タックルは腰から下。

 誰に教えられた訳でもなく、いつの間にか意識するようになっていた事を無意識に実行し、兵士の膝に掴みかかった。

 膝を押さえてしまえば転ばせるのは簡単で、転ばせてしまえば後は彼の独壇場。

 うつ伏せに倒れた体を転がして仰向けにすると、その心臓に向けてアサシンブレードを突き立てる。

 じたばたと暴れまわる体を全身で押さえつけ、声を出されないように口を押さえることも忘れない。

 恐怖と痛みに見開かれた目を冷たく見下ろし、睨み合う事数秒。

 呼吸が止まり、ゆっくりと動きを止めた兵士から離れ、僅かに荒れた息を整える。

 ガスマスク越しとはいえ、下水道の鼻につく臭いも気にならない程度に、彼の鼻は壊れてしまっていた。

 だが、彼はその程度の事気にしない。どうせ時間が経てば元に戻るのだから、気にしたってしょうがないのだ。

 改めて深呼吸を一つして立ち上がり、頭蓋にめり込んだ黒鷲の剣を回収して血払いくれると、兵士の死体を水路に蹴り落とす。

 ばしゃん!と喧しい音が響くが、どうせ上の騒ぎだ。水音の一つや二つ、気にはならないだろう。

 三人の死体を水路に捨て終えると、アサシンは再び走り出した。

 陽動してくれているにしても、時間には限りがある。遅れれば遅れる程、上に出向いていた警備が戻り、自分が危険に晒される事になる。

 

 

 

 

 

「こんの野郎がッ!」

 

 アサシンが一人侵入した事を知るよしもない、彼の協力者たる物乞いたちは、はっきり言えば苦戦を強いられていた。

 突撃の勢いのままに切り込んだのは良いものの、それが長続きしたかと問われれば答えは否。当然の事ではあるが、人間とは疲れる生き物だ。

 息も絶え絶え、武器も防具も血で真っ赤に濡らしながら、リーダー格の男は仲間たちを鼓舞し続ける。

 

「俺たちはこの日のためにやって来たんだ、今さら引き下がれるかよ!」

 

『おうッ!』

 

 答える仲間たちも限界だろうに、気合いと共に声を張り上げた。

 まだ行ける。まだやれる。まだ、まだ、まだ……!

 

「死んで、たまるかよ……っ!」

 

 リーダー格の男はそう叫ぶと共に、斬りかかってきた兵士の攻撃を受け流し、剣の鍔で米神を殴り付けて昏倒させる。

 だが、一人倒した所でどうなるというのか。

 一人倒せばどこからかまた一人が現れ、それを倒したとしてもすぐに次が来る。

 いつ終わるともわからない戦いに、彼らの心は大きく疲弊し始めていた。

 下の様子はわからない。あの男が無事に進めているのかも、そもそも潜り込めたのかすらわからない。

 会って間もない男に自分たちの全てを託すなど、今頃になって馬鹿らしくなってくる。

 リーダー格の男は過去の自分を自嘲し、まだ笑う気力はあると、心に僅かな余裕を持つ。

 余裕が出来た所でどうにか出来る訳ではないのだが、あるとないとでは、動きに違いが生まれるだろう。

 そうして一人二人と兵士を切り伏せ、仲間たちに目を向ける。

 自分に余裕があっても、仲間たちになければ意味がない。自分はともかく、彼らに無駄死にはして欲しくはない。

 全員が同じように疲弊し、負傷も目立つ。人によっては、立っているのがやっとと言った雰囲気すらある程だ。

 

 ──これ以上は無理か……。

 

 リーダー格の男は口に出すことなく、静かにそう判断した。

 下にいるであろう彼には悪いが、逃げたければ逃げろと言ったのは彼だ。その言葉に甘えてしまっても良いだろう。

 彼はそこまで思慮し、息を吸い込んで声を張り上げようとした時だ。

 

「『抗う事とは神聖なる権利であり、不可欠なる義務である』だったか。まあ、そんな事はどうでも良い」

 

 聞いたこともない、どこか優しげな女性の声が戦場に響き渡った。

 物乞いたちも、兵士でさえもその声の主を探して周囲を見渡すが、次の瞬間には目を見開く事となる。

 戦闘音で気付くことが出来なかったが、墓地の各所に、怪しげな人影が見えるのだ。

 何かしらの方法で顔を隠しているのか表情を読み取れないが、月明かりに照らされる銀光から、全員武装していることはわかる。

 計画を強める兵士たちを他所に、先程の声の主と思われる女性が、両手に短剣を持ちながら影の中から現れた。

 月明かりに照らされる褐色の肌は闇人のそれであり、長い銀色の髪は輝いている錯覚すら覚え、その暗い瞳には強い覚悟が込められている。

 彼女は短剣を弄びながら、物乞いたちに告げた。

 

「──後は任せてくれ、王に楯突く同胞たちよ」

 

 彼女は口元に笑みを浮かべ、王の兵士たちを睨み付ける。

 

「ここから先は、我々ならず者の集まり(ローグギルド)が受け持とう」

 

 告げられた彼女の言葉を、影の中の者たちは無言でもって肯定し、武器を持つ手に力を入れ始めた。

 リーダー格の男は指示を出す闇人の女性──灰被りの女王に目を向けた。

 あそこまでの人望を手に入れるのには、一体どれほどまでの時間をかけたのか。

 勢いのままにリーダーとなった自分とは違う。周りから選ばれた、或いは成り上がった彼女の姿に、男は羨望にも似た感情を覚えると共に急に全身から力が抜け、そのまま崩れ落ちた。

 意識が途絶える直前、聞いたこともない男の声で「よくやったな」と励まされた気がして、彼は小さく笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 下水道を進んでいたアサシンは、突如として現れた広い空間を見下ろせる位置で足を止めた。

 ある程度の水を溜められるようにするためか、あるいは建築中の資材を置くのに使われたのか、鉄格子越しには円柱状の広い空間が広がっていた。

 壁を伝うように下へと伸びる階段が降りるための手段だが、下には装備の良い複数の兵士がたむろし、神経を研ぎ澄ましている。

 上にいた連中や、今まで出会ってきた連中とは訳が違う迫力からして、王の近衛兵と言った所だろうか。

 そして、近衛兵がいるということは、彼らが守っている人物もいると言うことだ。

 タカの眼を発動しつつ視線を流し、十秒足らずで金色に輝く目的の人物を見つけた。

 同時にタカの眼を解除し、目を凝らして相手の様子を探る。

 玉座と思われる妙に派手な椅子に腰掛けた、貴族服に身を包んだ男だ。

 纏うものが纏えば威厳を放つそれも、下から押し上げる腹の贅肉のせいで迫力にかけ、何よりも纏う人物からして迫力がない。

 脂肪により潰された細い目、たらこのように膨み、油でも塗ったようにてかる唇。

 脂肪により首と顎の境がどこかわからなくなっており、明らかに重量過多となっている玉座の足は、今にも折れてしまいそうだ。

 アサシンは顎に手をやりながらため息を漏らし、困ったように目を細めた。

 灰被りの女王が酷評していたが、確かにあそこまで醜悪な人物には、彼の人生においても会ったことはない。

 あんな人物が彼女に求婚したとは、片腹痛いと言っても良いだろう。

 そして、彼が困った原因はそれではない。

 玉座から伸びる鎖の先には、見覚えのある金色の髪をした少女が、襤褸布同然の衣服を惑い、虚ろな目をしてへたり込んでいるのだ。

 鎖は彼女につけられた首輪へと伸びており、首輪にら何やら怪しげな文字が浮かび上がっている。

 何かの術が込められているのは確実。意識を朦朧とさせる何かでもあるのだろう。

 アサシンは再びため息を漏らし、音もなく立ち上がる。

 暗殺対象と救出対象は見つかった。

 

 ──後は実行あるのみだ。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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