SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory10 異形の肉塊

 都の北に鎮座する霊峰。

 その頂きは雲より高く、来るもの全てを阻むように、その四方は険しい岩肌で覆われている。

 まともな者なら登ろうとすら思わないその場所の、それも頂きに程近い場所に、三人の人影があった。

 縦に並ぶ三人の先頭を行く片刃の剣を腰に下げた女剣士が、ホッと息を吐きながら後続の二人に目を向ける。

 動く体に合わせて黒髪が揺れ、不意に吹きつけた風に押されて更に揺れる。

 彼女は鬱陶しそうに髪を押さえながら、周囲を警戒しつつ言う。

 

「件の火石が落ちたのはこの辺りと聞いていましたが、異変が起きている様子はないですね」

 

 その凛とした声音は風にも負けずに後ろの二人へと届き、三人が縦に並ぶ隊列の中央を歩く女魔術師が、数えるのが馬鹿に思えるほどの術の込められた杖を、本来の用途通りに使いながらも目を細めた。

 

「確かに、妙。ここまでくれば何か見つかる筈」

 

 先ほどの女剣士とは似て非なる、氷を思わせる冷たい声音。

 目深く被るフードには猫耳のような意匠があり、そこに意味があるのかは彼女にしかわからない事。

 神妙な面持ちで周囲を見回す二人とは対称的に、最後尾を歩いていた少女が顎に手をやりながら言う。

 

「うーん、もうちょっと歩き回ってみる?魔物もいないし」

 

 そう言う彼女が纏っているのは、動きやすさを重視しつつも、強力な魔術の守りが施された特注品(オーダーメイド)

 腰に下げる二振りの剣は、どちらも少女が振るうには大きすぎる気もするが、当の彼女は気にする様子もない。

 うんうんと唸りながら周囲を見回す少女に向けて、女魔術師が言う。

 

「そこが妙。霊峰を登ってから、何も出てこない」

 

「魔物の一匹でも出てくれば、退屈せずに済んだというのに」

 

 女魔術師の指摘に、女剣士が腕を組みながら返していると、少女は不意に空を見上げて深呼吸を一つ。

 雲より上だから故に、遮るものが何もない青空が視界一杯に広がり、吸い込む空気は薄いものの、喉を通る度に感じる冷たさはどこか心地が良い。

 少しばかり落ち着いた思考で、()ならどうするかを思慮してみる。

 そもそもの話、兄なら迷うことなく見つけているだろうから、あまり意味がないかもしれないけれど──。

 

「──音を見て、形を聞く」

 

 不意に脳裏に過ったのは、兄から教わった言葉を思い出し、何ともなしに目を閉じて集中してみる。

 自分が思う限界まで集中し、勢いに任せて目を開いて見るが。

 

「……どうかしました?」

 

 振り向いていた女剣士とばっちり目が合い、何の意味もなかった事を悟る。

 兄や夢に見る人たちが何の苦労もなく使っていた力も、やはりと言うか何と言うべきか、自分ではどうにもならないようだ。

 

 ──別に出来なかった所でどうこう言うつもりもないけどさ。うん、ないけどさ……。

 

 少女は大きくため息を吐くと、空を見上げたまま不満げに言う。

 

「お兄ちゃんに会いたいなぁ~」

 

 祭りを見に行くと約束したのに、あまりの忙しさに行くことが出来ず、手紙を出そうにも、今のご時世無事に届くかどうか……。

 

 ──たまにはお兄ちゃんと過ごしたい。

 

 世界を救った少女の、その偉業の対価にもならないであろう、とてもちっぽけな願い。

 年相応の願いを口にした少女の姿に、他の二人は顔を見合わせて困り顔となった。

 彼女らとて少女の願いを酌んでやりたい想いはある。だが世に冒険の種は絶えず、混沌と秩序の戦いがある限り、そう簡単に実現は出来ないだろう。

 二人の空気が重くなった事に気付いてか、少女は慌てたように手を振りながら言う。

 

「や、やだなー二人とも。そんな本気にならなくてもいいじゃん。確かに会いたいけどさ、今は──」

 

 少女が空気を軽くしようと言葉を紡ごうとした瞬間、晴天にも関わらず鳴り響いた雷鳴によって遮られた。

 雷が鳴るにしても、それは雲の中の筈。その雲は自分たちよりも下にあると言うのに、雷鳴は彼女らより更に上から鳴り響いてくる。

 どこか気の抜けていた空気が一転張り詰めるのと、三人が身構えたのはほぼ同時。

 女剣士が自らの剣に手をかけた瞬間、彼女らの前方に天高くから落ちてきた雷が突き刺さった。

 凄まじい衝撃により山肌は抉られ、舞い上がる土煙により視界が茶色く染まる。

 

「ハァッ!」

 

 一寸先も見えぬ煙の中に動く影を見つけた女剣士は、剣を抜き放つと共に全力をもって一閃。

 瞬き一つの間に放たれた幾重もの剣圧が暴れまわり、魔物であろうと切り裂くように煙は霧散させ、視界が回復すると同時に賢者が杖を掲げて詠唱に入る。

 

「《サジタ()……ケルタ(必中)……》」

 

 真に力ある言葉が発せられると共に、杖に嵌められた宝玉が輝きを増していき、杖自身に込められた魔術による更にその力を上げていく。

 彼女の力により生み出されたのは、数十という『力矢(マジックミサイル)』だ。

 超自然の力で生み出されたそれらは、主の号令を待つように空中に待機している。

 多くの魔術師が扱う、ある意味基本的な魔術。それを誰よりも極めた彼女が放つそれは、もはや同じ術とは思えぬ程の威力を持つ。

 

「《ラディ()──》」

 

「ちょっと待ったーっ!」

 

 だが、それも放たれればの話。

 最後の一節を口にしようとした瞬間、少女が叫びながら彼女の口を塞いで無理やり詠唱を中止させた。

 少女に批判的な視線を向けつつも集中は途切れていないのか、空中に待機する矢たちは消えていない。

 彼女の視線を受けた少女は、年甲斐もなくキリッとした表情を浮かべ、シュビッ!と指をたてながら言う。

 

「まだ敵なのかわからないのに、いきなり攻撃するのはいけないと思うな」

 

 その声音はどことなく厳しい姉が妹に言い聞かせるようなものだが、女魔術師は抵抗することなく頷いて杖を降ろした。

 少女の勘は当たり方はもはや恐ろしい程であり、彼女が敵じゃないと思うのならその確率が極めて高いのだ。

 杖を同時に空中に待機していた矢たちが、星を思わせる輝きと共に霧散していく。

 少女は一瞬その輝きに魅せられるものの、すぐさま気を取り直して咳払いを一つ。

 落雷により出来たであろうクレーターを覗きこむ女剣士の隣に立ち、彼女にならうようにクレーターを覗く。

 そこにいたのは、おそらく人間であった。

 おそらくとつけたのは他でもない。体が地面に埋まっているのか、それとも落下の衝撃で千切れたのか、クレーターの底から生える腕しかないからだ。

 光を飲み込む程の漆黒の籠手に包まれたそれは、誰かの左腕だろうか。じたばたと前後左右に揺れているから、持ち主は生きているようだ。

 腕の様子を見ていた少女と女剣士は顔を見合わせると、女剣士が我先にとクレーターの斜面を滑り降りた。

 底に降りるまでたかが数秒。そこまで深い訳ではないが、不思議とクレーターは滑らかで、途中で引っ掛かる事はない。

 尾のように土煙をたてながらクレーターの底に降り立つと、剣の切っ先で左腕を突いてみる。

 籠手の強度は相当なのか、彼女の自慢である剣で傷をついた様子はない。

 

 ──まあ、小突いただけだからな。

 

 負け惜しみを言うつもりはないがと内心で想いつつも、無意識だろうか、不機嫌そうに眉が寄っている。

 小突かれた事に気付いた左腕が更に暴れ始めたが、女剣士はその動きを瞬時に見抜き、閃かせた右手で鷲掴む。

 左腕も掴まれたと理解したのか、どうにか脱しようと更に暴れるが、一般の女性のそれを大きく上回る腕力からは逃れられない。

 左腕が脱出を諦めたように動きを止めると、女剣士は深く息を吐いて意識を集中させると──。

 

「ふん!」

 

 気合い一閃と共に引っこ抜く。

 根菜を収穫するように引き抜かれた左腕の持ち主は、すぐさま空いている右拳を振るって脱出を試みるが──。

 

「む……」

 

 持ち上げた人物を視認すると共に、その右拳を止めた。

 放った本人が止めようとした事もそうだが、最もたる原因は、女剣士が自分の手で掴み止めたからだろう。

 顔面に突き刺さんと放たれた拳を受け止めた女剣士は、少々驚いた様子で左腕の持ち主を見つめる。

 左腕と右拳を掴まれている彼もまた、蒼と金の双眸を見開いて驚愕を露にしていた。

 二人の視線が交錯していたのは僅か数秒。しかし、その数秒があれば彼女が彼の正体を把握するのは当然の事。

 女剣士がハッとして少女の方に目を向けるも、もう遅い。

 既に少女の姿はそこにはなく、自らが掴んでいる男の方に視線を戻すと同時に、

 

「お兄ちゃぁぁぁぁぁんっ!!!!」

 

 疾風が駆け抜け、男を拐っていった。

 決して逃がすまいと渾身の力で掴んでいた筈なのに、男の体はあっさりと手から滑り抜けた。

 

「ぐぼはっ!?」

 

 視界の端に崩れ落ちた男から漏れた断末魔に似た声は、その後に続く少女の奇声によって遮られる。

 女剣士は肩を竦めてため息を漏らすのと、女魔術師が男に敵意の籠った視線を向けるのはほぼ同時。

 男の印象が違うのは当然のことだが、二人の脳裏に過ったのは、結局の所、少女は天上の神々に愛されているのだろうということ。

 

 ──この再会が、神々が用意したものではないと知るよしもなく。

 

 

 

 

 

 クレーターの底に集った四人は、そこに座り込んで対面していた。

 

「いやー、会いたいって想ったら落ちてくるなんて、面白い事もあるんだねー」

 

 神々に愛される少女こと、一度ならず世界を救った勇者は、甘えるように兄の腕に抱きつきながら、太陽を思わせる笑みを浮かべた。

 肝心の兄たるローグハンターはひたすらに困惑しているが、険しい表情の女剣士聖と女魔術師に目を向け、とりあえず仕事中だなと判断を下す。

 甘えてくる妹の髪を撫でてやりつつ、敵意のなさそうな女剣士に問いかける。

 

「それで、ここはどこだ」

 

「北の霊峰だが、そちらはどうやってここに?」

 

 問いかけに返ってきたのは、端的な解答と、怪訝に想っている声音での質問だった。

 当然だろう。雷と共に、男が空から落ちてきたのだ。

 ローグハンターは顎に手をやり、空を見上げながら思考を深める。

 

 ──どう説明したものか……。

 

 ありのまま話した所で、女剣士はともかく女魔術師の方が信じてくれるかどうか。

 とりあえず、黙りこんでいては不審に想われるだろうと見切りをつけて口を開こうとしたが──、

 

「ん?お兄ちゃん、髭伸びてるよ?それにちょっとと臭う……」

 

 鼻を摘まみながら放たれた勇者の言葉より、あえなく不発に終わる。

 ローグハンターは小さく肩を竦めると、「そこから説明するか……」と呟いて咳払い。

 

「用事が立て込んでいたから、身だしなみを整える暇がなくてな。二三日もあれば、髭も伸びる」

 

 自分の薄く髭を生えた顎を撫でると、「次に」と告げて言葉を続ける。

 

「その用事の一環で夜通し下水道に潜っていた。上がってきたのは今朝だ」

 

「それじゃあ、臭っても仕方ないね」

 

 勇者は相変わらず太陽の笑顔を浮かべて頷くと、女魔術師が冷たい視線を向けながら問う。

 

「それで、どうやってここに来た。場合によっては──」

 

 言葉はそこまでだったが、その表情には明確な殺意が宿っている。

 彼女に悪いことでもしただろうかと思慮するが、彼女とは一度会っただけかとため息を漏らす。

 

「初めて会った男に触れられたらここだ。その男はいないようだが、とりあえず殴ってやりたい程度には怒っている」

 

「初めて会った。それは本当?」

 

「ああ。初めて──」

 

 ローグハンターはそこまで言いかけると、不意に脳裏に映像が過る。

 森人の里で飲んだ霊薬。それのおかげで見た男に似ていたような……。

 彼はそう思慮したが、他人の空似だろうと決めつけて思考を切り上げる。

 急に言葉を切り、何やら思考していた彼に訝しげな視線を向ける女魔術師に、先程と変わらない口調で告げる。

 

「──初めて会った男だ」

 

「……特徴は?」

 

 僅かに考える素振りを見せたものの、構わず無遠慮に問い続ける女魔術師。その姿に、普段の彼女を知る勇者と女剣士の二人は首をかしげた。

 いつでも冷静沈着にいるのが彼女の強みなのだが、今の彼女はどこか熱くなっている。理由はわからないが、その男と何か因縁でもあるのだろうか。

 ローグハンターも食いついてきた彼女の姿に疑問符を浮かべるが、何かわかればと言葉を続ける。

 

「白いローブを纏った男だ。フードには鳥の嘴に似た装飾がついていた。それと、左手薬指がなかった」

 

「………」

 

 ローグハンターの言葉を受けた女魔術師は、俯きながら思慮している様子。

 その表情は真剣そのもので、声をかけられる雰囲気ではない。

 とりあえず彼女は置いておくとして、ローグハンターは女剣士に問いかける。

 

「それで、そっちはなぜ北の霊峰なる場所に来ていたんだ?」

 

「口外は出来ない。お互い冒険者だ、わかるだろう?」

 

「なるほど」

 

 ローグハンターとて在野最高の銀等級冒険者だ。相手が言えないというのに、深く言及する愚は侵さない。

 それはそれとして、と彼は目を細めながらタカの眼を発動し、山頂に居座る何かを睨み付けた。

 赤とも緑とも違う、紫がかった不気味な色を放つ何者か。

 見た瞬間に背筋を冷たいものが駆け抜けたが、それを表情に出すことなく告げる。

 

「何かいるな。ここからではよくわからんが、気味が悪い」

 

「っ!どこだ」

 

 女剣士も彼の視線を追うように山頂付近へと向けるが、そこからではただの山肌しか見ることが出来ない。

 ローグハンターはじっとそれを睨みつつ、自分の腕にしがみついている妹に目を向ける。

 彼女が来たという事は、まず間違いなく自分ではどうする事も出来ないだろう。

 妹を危険地帯に置いていくのは心外だが、そうしなければ世界規模で何かが起きるのも事実。

 兄として彼女の平穏を願ってやりたいが、この世界に生きる人間としては、彼女を頼らざるを得ないという矛盾。

 剣の乙女との関係に始まり、アサシンへの転向。ここ最近悩んでばかりだと頭を押さえ、それら全てを真剣に受け止める自分の真面目さが腹立たしくなる。

 尤も、彼女の為に「馬鹿になる」と宣言してまだ一週間足らず。これからだ。

 ローグハンターはそう思いながら小さく苦笑を浮かべると、ぞわりと背筋を冷たいものが駆け抜けた。

 先程のそれとは段違いの寒気を覚えた彼は、すぐさまタカの眼を発動して件の何かに目を向ける。

 視線の先に映る点だったものが、急激に大きくなっている事に気付くのに時間は掛からず、そこからの動きは速かった。

 腕に巻き付いていた妹を引き剥がすと同時にお姫様抱っこの形で抱き上げ、彼女があげた黄色い悲鳴を無視する形でその場を飛び退く。

 一瞬遅れて女剣士が女魔術師を脇に抱えて飛び退くのと、その何かが降り立った時間差は、それこそ瞬き一つ程度しかない。

 その瞬き一つの時間が生死を分けるのは、この場にいる全ての人物が知っている当たり前の事実だ。

 大量の土煙が舞い上がる中で、ローグハンターと女剣士はほぼ同時に着地し、それぞれが抱えていた人物を少々雑ながらに降ろす。

 舞い上がった土煙で視界はほぼ(ゼロ)だが、ローグハンターはタカの眼の使用を反射的に取り止めた。

 普段の彼ならまずしないであろう一手だが、それはある意味で幸運(クリティカル)だっただろう。

 何かが振るった触手によって土煙が切り裂かれ、それが姿を現す。

 

「XEEEEEEEEENOOOOOOOOO!!!」

 

 それは、形を持った闇であった。異形であり、膨れ上がった肉塊であり、裏返しになった生き物、あるいは踊る臓物であった。

 盤上に転がり落ちた火石と共に飛来したそれは、正体不明、名状しがたき何者かだった。

 直視するだけでと正気度が削られそうなそれを、タカの眼(目星クリティカル)で見ようものなら、それこそ狂気に呑まれる(SAN値直葬)であっただろう。

 蠢く肉塊を睨み付けるローグハンターは、僅かな頭痛を覚えながらも黒鷲の剣を抜き放つ。

 向こうから来てしまったのなら仕方ない。やるしかないのだ。

 彼に続く訳ではないが、女剣士が自慢の愛剣を抜き放ち、勇者も聖剣と錆びた剣を抜き放つ。

 三つの抜刀音が鋭く鳴り響き、蠢く肉塊を威圧する。

 誰が初手を取るかと互いに様子を伺う中で動いたのは、女魔術師だった。

 知る人ぞ知る賢者たる彼女は、肉塊をこの場に封じ込めんと詠唱を始め、不可視の結界を張り巡らせる。

 半球体の結界の完成と共に、女剣士がローグハンターに告げる。

 

「剣聖と呼ばれる者として初手は貰う。援護を頼めるか」

 

「任せろ」

 

 ローグハンターが頷いたのと、剣聖が飛び出して行ったのはほぼ同時。

 蠢く肉塊が風となって接近してくる剣聖を迎撃しようと触手を振るうが、突如として飛来した何かに当たると共に()ぜ、軌道が大きく逸らされる。

 

「XEN!!!?」

 

 突然の事態に肉塊は狼狽え、弓を放った姿勢にあるローグハンターに注意(ヘイト)を向けた。

 彼が何かやった事は確実。だが、何をしたのかがわからない。

 ローグハンターは高速で払われた触手に向け、炸裂矢(グレネードアロー)を放っただけだが、魔物である肉塊がそれを知ることはないだろう。

 そして、彼に注意が向いた一瞬を、剣聖と呼ばれる彼女が見逃す筈もない。

 

「フンッ!」

 

 気合い一閃と共に鋭く放たれた一撃が、蠢く肉塊の一部を抉り取った。

 弾けるように噴き出た赤黒い血は、肉塊が生物である事を教えてくれる。

 そして、血が出るということ殺せるのとほぼ同義だ。

 それを知る剣聖は不敵な笑みを浮かべ、反撃の触手を切り払うと、大きく後方へと飛び退いて更なる追撃を避けた。

 瞬間、肉塊に矢が突き刺さり、防御姿勢をとる間もなく続けて四本の矢が突き刺さった。

 賢者への流れ弾を恐れてか、彼女から離れた岩の上に布陣したローグハンターが、連弩の如く一息の間に五本の矢を放ったのだ。

 森人とてそうはやらないであろう、文字通りの神業。彼自身が積み重ねた技量(スキル)と呼んで良いのかはわからないが、彼の技である事は変わりない。

 再び注意(ヘイト)がローグハンターに向けられるが、動き出すのは剣聖ではなく、やる気みなぎる勇者だ。

 考えてみれば、これが兄と初めての共闘だ。やる気を出すなと言うのが無理がある。

 彼女が振るう聖剣が彼女の想いに応えるように輝きを増していき、錆びた剣は静かに、しかし力強い雷を纏う事で応えた。

 

 ──お兄ちゃんが近くにいるだけで、こんなに力が出るなんて……!

 

 夢の中で追いかけるだけだった背中が、すぐそばにある。甘えるだけだった人を、こうして守ることが出来る。

 そう想うだけで、何やら力が湧いてくる。だが、そこに疑問はない。

 

 ──だって、家族だもん!

 

 結論それに限るのだ。兄に成長した自分を見せつけてやる良い機会だと思えば良い。

 勇者は不思議な納得と共に笑みを浮かべると、二振りの剣を頭上に掲げ──、

 

「とぅ、あーっ!」

 

 可愛らしくも力強い雄叫びと共に、振り降ろす。

 放たれたのは、闇を照らす陽光の爆発と、闇を切り裂く雷の一閃。

 二つは相殺しあうことなく混ざりあい、否、途中で雷が陽光の爆発を取り込む事で威力を増し、地面を削り取りながら肉塊へとぶち当たる。

 瞬間、強烈な衝撃と閃光が辺りを駆け抜け、冒険者たちは思わず怯む。

 全員の視界が光に覆い隠され、ローグハンターたちは思わず腕で目を庇うが、勇者だけが凛としたまま肉塊を睨み続ける。

 

「XEEEEENOOOOOOONNNN──―………!!!」

 

 光の中で、蠢く肉塊の断末魔が響き渡るのと、賢者の張った結界が内側から砕かれたのはほぼ同時。

 勇者の放った一撃は、賢者の結界を内側から砕いて見せたのだ。

 肉塊を消し飛ばさんとした光が止むと同時に、割れたガラスのように不可視の力場が降り注いでくるが、当たっても不思議と痛みを感じる事はない。

 力場の全てが触れると共にに霧散し、陽光を反射してキラキラと輝いているのだ。

 ローグハンターはまるで星が降るようだと想ったが、すぐに気を引き締めて肉塊へと目を向ける。

 ビクビクと痙攣しているが全身を焼き焦がし、至る所から煙を噴いているそれは、もって後数分の命だろう。

 随分と呆気ない決着にローグハンターは息を吐き、初撃を取った剣聖と、神経を磨り減らしながら結界を張り続けた賢者に目を向け、サムズアップ。

 剣聖は一度頷いて応えると、ホッと息を吐いて剣を鞘に納め、賢者は不機嫌そうにぷいと顔ごと視線を逸らした。

 二人それぞれの仕方での返答を受けたローグハンターは、最後に柔らかい笑みを浮かべて勇者に目を向ける。

 知らない間に立派になった妹を労ってやらないで、兄を名乗る事は出来ない。それに滅多に会えないのだから、目一杯可愛がってやらねばそれこそ罰当たりだろう。

 彼が視線を向けた時そこにいたのは、いつもの太陽のような笑顔を浮かべる勇者。

 

「ぅ………」

 

 ──ではなく、苦しげな表情で膝をついた彼女の姿だった。

 顔色が異様に青く、額には大粒の脂汗が浮かび上がり、素人目で見ても何かしらの毒を受けたことは確実。

 聖剣を杖代わりにして立ち上がろうとするが、力が入らないのか膝が笑い、今にも倒れてしまいそうだ。

 怪しいのは不気味な輝きを放つ錆びた剣だが、そんな事はどうでも良い。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 異常を察したローグハンターが走り出すと、一瞬遅れて異常に気付いた剣聖と賢者も慌てながら近付こうとするが、背筋を駆け抜けた悪寒により、すぐさま臨戦態勢へと移行する。

 彼女には彼がついてくれる。ならば自分たちの役割は別だ。

 

「XENOOOO………!」

 

 二人が再び構えた事を合図にしてか、肉塊がゆっくりと起き上がる。

 先程はなかった金色に輝く紋様が全身に浮かび上がり、死にかけていたというのに活力に満ちている。

 勇者が削りきった体力が、この一分程で全快した様子だ。

 賢者から見てもからくりはわからないが、天上の神々が何かしたのだろうと目星を付ける。

 そして、思考を切り上げた所で杖を掲げ、真に力ある言葉を紡ぐ。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》」

 

 紡がれたのは『火矢(ファイアボルト)』の詠唱。

 宙に数十と展開された『火矢』が、波となって肉塊へと降り注いだ。

 爆発が更なる爆発を生み、それが数十秒に渡って続いていく。

 勇者が原因不明の状態異常にかかった以上、彼女はしばらく動けない。復活するか、あるいは撤退する時間を稼がなければならない。

 言葉には出さずにそれを察していた剣聖も、降り注いだ『火矢』による爆煙諸とも肉塊を切り裂き、決して小さくはない痛痒(ダメージ)を叩き込み、刃に付着した返り血に血払いくれる。

 

 ──これで注意(ヘイト)はこちらに向いた筈!

 

 剣聖はそう断じてその場を飛び退いた瞬間、肉塊は傷口から血を噴き出しながら触手を振り上げた。

 狙いは自分であろうと剣聖は受け流しの構えを取り、気合いを入れて相手の動きを見切らんと目を輝かせるが、

 

「む……!」

 

 肉塊の狙いを察して目を見開く。

 振り上げられた触手が狙っているのは、ローグハンターに抱き起こされた勇者だ。

 

「いけない、避けろ!」

 

 弾かれるような剣聖の警告が、ローグハンターの耳に届く。

 普段の勇者ならともかく、意識が朦朧としている彼女では回避なぞ出来る訳がない。

 触手が振り下ろされるまでの刹那的な時間の思考。

 彼が叩き出した答えは、

 

「すまん!」

 

 謝罪と共に、勇者を投げ飛ばす事だった。

 勇者が驚き、掠れる声をあげた瞬間、触手が振り下ろされる。

 狙いである勇者から大きく外れ、その場に残されたローグハンターに叩きつけられるが、彼も持ち前の反射神経をフル活用し、間一髪で避けた。

 誰一人として叩くことのなかった触手だが、その威力は余りあるものだった。

 空振った触手が岩肌を砕き、弾かれた小石が弾丸となってローグハンターに襲いかかった。

 胴体は鎧に任せて顔を庇うが、不運(ファンブル)にも掠めた小石により頬に赤い筋が刻まれ、被っていたフードが取り払われた。

 彼は広くなった視界をそのままに小さく舌打ちを漏らし、追撃に備えて体勢を整える。

 刺突を放たんとしているのか、触手を引き絞って構える肉塊の狙いは、またしても勇者。

 

「させん!」

 

 それをさせまいと剣聖が愛剣で斬りかかるが、体をいくら斬られようと肉塊は呼び動作を止めることはない。

 まるでそうすると事前に決めていた(行動宣言した)ように、何をしようと怯まないのだ。

 歯軋りする剣聖を他所に、勇者は聖剣を杖にして無理やり立ち上がり、歯を食い縛って聖剣と錆びた剣を構える。

 震える足。力の入らない指先。霞む視界。落ち着かない呼吸。

 

 ──無理かもしれない。でも……!

 

 彼女が覚悟を決め、クロスするように二振りの剣を構えるのと、引き絞られた触手が放たれたのはほぼ同時。

 放たれた触手はさながら流星となって勇者に襲いかかり、彼女の構えた剣を打ち付けられた。

 凄まじい衝撃が満身創痍の彼女の全身に襲いかかり、思わず意識が飛びかける。

 だが、勇者は倒れない。倒れるわけにはいかない!

 

「くぅ……!ああああああああああああっ!」

 

 雄叫びと共に余力全てを使い、触手を弾き返し(パリィ)

 手元から聖剣が抜けていき、近くの岩に深々と突き刺さる。手の中に残された錆びた剣も、力を使い果たしてかただ重いだけ。

 体の方も余力を使い果たしたしてしまったのか、全身から力が抜けていく。

 倒れる間際、再び振り上げられた触手が視界の端に映りこむ。

 回避、防御、受け流し。いずれも不可能。やったとしても、間違いなく直撃(ファンブル)だろう。

 今この瞬間に迫る死に、勇者は力なく笑みを浮かべる。

 

 ──せっかく、お兄ちゃんに会えたのに……。

 

 消えゆく視界に映るのは、愛する兄の背中。

 

 ──これじゃあ、あんまりだよ……。

 

 振り下ろされる触手。

 その矛先を向けられた少女の姿はあまりにも無防備で、振り下ろされる暴力はあまりにも無慈悲で、傍観者たちはあまりにも無力で──。

 よくある事だ。冒険者が魔物に敗れ、死んでいくなど。

 よくある事だ。神々ですら、予想外の結界を迎えることなど。

 だが、それでも、彼は走る。

『宿命』と『偶然』の骰子(サイコロ)の目を、知ったことかと一蹴し、神々の用意した物語(シナリオ)を、知ったことかと崩壊させる。

 何故か。そんな事、聞くまでもない。

 

 ──運は自分で掴むものだから。

 

 振り下ろされる触手。振り下ろされた少女。そして、その間に割って入った男が一人。

 死を覚悟した少女が見た景色は、自分の体が泣き別れするものではなかった。

 見たのは幼い頃から夢に見た兄の背中。フードが取り払われたからか、自分と同じ黒い髪が尻尾のように揺れている。

 

 ──でも、何でだろう……?

 

 霞む視界の中で見たのは、兄から噴き出る赤黒い何か。

 兄がそんな飾り付けていた記憶はないけれど、赤も似合うんだなぁと苦笑を漏らす。

 背中を向けて倒れてきた兄を抱き止めようとするが、足に力が入らず尻餅をつく。

「ごめんね」と声をかけるが、いつもならしてくれる返事がない。代わりにあるのは、手のひらに感じる生暖かさだ。

 彼女は不思議に想って自分の手のひらを見つめ、そして目を見開いて体を硬直させる。

 真っ赤に染まった手のひらは、兄の首に当たっていたものだ。

 あんなに霞んでいた視界が、急激に覚醒していった。

 体に力が入らないのは変わらないけれど、視界だけが明瞭になっていき、彼の事を嫌でも教えてくれる。

 自分の体の代わりに掻き切られた首元。動脈が切られたのか、彼女が呆然としている間にも、赤い血が溢れている。

 彼女は人間の急所なんてわからないけれど、首と心臓を刺されたら死んでしまうことぐらいは知っている。

 まだ微かに息はあるけれど、虚ろな瞳は何も映してはいないだろう。

 まだ知識も経験も中途半端なものばかりではあるけれど、それでも彼女にらわかってしまった。

 

「お……兄……ちゃん……?」

 

 よくある事だ。冒険者が魔物に敗れ、仲間の腕に抱かれて死んでいくなど──。

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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