都の北部に座する霊峰。
その頂きにほど近い場所で、二人の女性と蠢く肉塊の戦闘は続いていた。
剣聖の一撃が触手を切り飛ばし、賢者の魔術が本体の肉を抉る。
防御を剣聖に任せた、賢者の捨て身の魔術放射。
並の魔物なら、否、
なぜか。その理由はとても単純だ。
「XENOOOOOOOOOO!!!」
肉塊が苦しげに咆哮する度に体に浮かび上がる金色の紋様が輝き、その傷を瞬時に直してしまうのだ。
海内無双を誇る剣聖であろうと、国内において他にいない賢者であろうと、肉塊を仕留めるには何かが足りないのだ。
賢者は集中を切らすことなくその何かを持つであろう勇者に目を向けた。
「お兄ちゃん……、お兄ちゃんってば……」
彼女は真っ青な顔色で目に涙を溜めながら、自分に力なく寄りかかる兄へと声をかけ続けていた。
手を真っ赤に染めながら止血しようと彼の首を押さえているが、それでも溢れる血が止まることはない。
彼の命は、今まさに消えようとしている。
賢者とて、人の死を喜ぶほど冷酷ではないし、それが勇者たる少女の兄なら尚更だ。
だがしかし、今の彼女の脳内はとても冷たいものだった。
賢者は彼と初めて会った時から、彼の事を警戒していた。
その理由は様々だが、大きな理由としては一つ。
──彼はおそらく、盤の外から来た者だから。
ただの憶測、ただの予想だ。だが、そこには僅かな確信もあった。
剣聖に気付かれずに近づく
何よりも、あの奇妙な剣。
賢者と呼ばれるに至るまで集め続けた知識には、その奇妙な剣を使う暗殺者たちの物語も含まれている。
勇者や英雄たちが魔神王を討たんとする影で活躍していた、影の守護者、隠れし者たち。
歴史の影に隠れた彼らはどこからか現れ、どこかに去っていったと言い、皆奇妙な剣を使っていたと聞く。
だが、賢者はある仮定にたどり着いた。
その物語には、あまりにも共通点が多すぎる。奇妙な剣を扱うだけではなく、その独特な衣装に至るまで一致する話が多いのだ。
故に賢者は、その暗殺者が同一人物であるという仮説を立てた。
只人が何百年も生きられる訳がないのだが、もし彼が
──そして、それが一人だけではないとしたら。
物語には圧倒的なまでに悲劇も多く存在する。
その終わり方は、時には一族が全滅するものから、国そのものが滅ぶものまであり、もし彼が件の暗殺者と同じだとしたら、彼は悲劇を振り撒く存在となるだろう。
あくまで仮定、あくまで憶測。だが、万が一という言葉もある。
──どこかのタイミングで、彼には帰ってもらおうと思っていたけれど……。
今にも死んでしまいそうな彼を視界の端に納めつつ、賢者は再び魔術を組み上げ、肉塊へと放つ。
放たれた超自然の矢が肉塊を撃ち抜き、風穴を開けるが、
「XENNOOOOOOOOOOO!!!」
肉塊の咆哮と共に、その傷は瞬時に癒されていく。
やはり再生の間を与えずに削りきるしかないとわかっていても、自分ではその火力を出せないと歯噛みする。
剣聖は防御に徹し、頼みの綱である勇者も戦闘不能。
せめて勇者が戦う事が出来ればと思慮した所で、それが無意味であると悟るのに時間は必要なかった。
術の連発で少し荒れた息を整えていると、片刃の剣を構える剣聖が背中越しに言う。
「まだいけますか!」
その声には活力が溢れているものの、足元には赤い点が複数あり、それはいまだに増え続けている。
どこか負傷したのかと一瞬驚きはするものの、すぐさま落ち着きを取り戻して頷く。
「大丈夫。ただ、勝てるかはわからない」
「やはり厳しいですか」
隠す必要もないと告げた言葉に、剣聖は眉を寄せながら聞き返す。
どんな敵にも勇んで挑む彼女にしては珍しい、どこか不安げな声音。
賢者は彼女の背を押すように、小さく笑みを浮かべて告げた。
「それでも、やるしかない」
彼女への言葉はそれだけで十分だ。
血が出るのならいつか倒せる。血が出るのなら、殺せる筈なのだ。
「ええ、その通りです!」
剣聖は自らを鼓舞するように不敵な笑みを浮かべ、殺到してきた触手全てを切り捨てる。
舞い散る赤黒い血飛沫がさながら旗の如く翻り、雨の如く辺り一面に降り注ぐ。
愛剣に血払いくれて、頬についた返り血をそのままに、鮫のような笑みを浮かべる。
「さあ、ここからです」
言うや否や飛び出していき、放たれた触手を全て切り捨て、本体へと渾身の一撃を叩き込む。
噴き出す返り血で全身を真っ赤に染めながら、傷跡を抉るように追撃を放つ。
両断とまではいかなくとも、大きな
触手を切り捨て賢者を守り、隙を見て自分も攻撃に加わる。
限界まで
ようやく彼女らしくなったと、賢者は柔らかい笑みを浮かべた。
本来精密な動きとは自分の役割だ。勇者が欠けた今、剣聖がその穴を埋めるべく奮闘していたに過ぎない。
時には繊細に、時には豪快に敵を切り捨てる。それがあるべき剣聖の姿なのだ。
文字通り暴れまわる剣聖に押されてか、賢者は軽い気持ちでぽつりと漏らす。
「いっそ、『核熱』でも使ってしまおうか」
「それは後が怖いので、最終手段と言うことで!」
それにすかさず反応した剣聖は、賢者に向けられていた触手の根本に刃を振り下ろす。
大樹を切り落とさんと放たれた一撃はたやすく触手を切り裂き、三度噴き出た赤黒い血が地面を染め上げる。
反撃に放たれた触手を頬を掠めるほどギリギリで避け、お返しと言わんばかりに刃を振り上げ、触手諸とも本体を深々と傷つけた。
噴き出した血が一瞬空を彩り、すぐに地面の染みへと変わる。
もはや誰のものかもわからない血で、辺り一面を真っ赤に染めながら、剣聖と賢者、肉塊の攻防は続く。
『私の話をよく聞いてくれ』
妙に低い
はて何の事だと首を傾げると、男性は
『もうすぐお前は兄になる。弟か妹かはまだわからないが、それだけは確かだ』
訳のわからない事を言う男性は、無遠慮に
だが、不思議と拒絶する意思は沸いてこず、むしろ安堵の想いが
男性はきっと不思議そうな表情をしている
急に高くなった視界に不安を感じるが、不思議と恐怖はない。
この男性なら、きっと落とさないとわかっているからだ。
男性はフッと微笑むと、
『だから、下の子を守ってやってくれ。私がいつでも一緒にいられるとは限らないからな』
男性はそう言うと、
男が纏っていたのはとても見慣れた、いや、とても着慣れたテンプル騎士団の制服。
ああ、そうかと思い出した頃にはもう遅い。
──なんて親不孝な男なんだろうか、
まさか父の顔を忘れるなど、父の言葉を忘れるなど。
いや、この言葉を聞いたのは、
父の背中を見送った俺の横に、一人の女性が立ち止まった。
『いってらっしゃいを言いそびれちゃったわね。もう、あの人ったら……』
言葉こそ不満そうではあるけれど、そこにはどこか喜色が混ざっている。
きっと、すぐに帰ってくると、すぐに会えるとわかっているのだろう。
『あんな格好しているのは初めて見たけど、まあいいわ。さあ、ご飯の用意が出来たわよ』
女性はそう言うと、
──ああ、本当に。俺はなんて親不孝者だろうか。
女性に笑みを浮かべて返しつつ、
きっと優しい笑みを浮かべているだろう。きっと優しい瞳をしている事だろう。
いくらそう想っても、
──母の顔を思い出せないなど、俺はなんて親不孝者なんだろうか。
母が死んだ日の朝は、こうしていつも通りに始まったのは覚えている。
だが、母の顔だけが、思い出す事が出来ないのだ。
そんな
何もない闇の中にいるのは
闇が全身に絡み付き、そのまま闇の底まで
だがその感覚は不思議と心地よく、このまま眠ってしまいたいと想えるほどだ。
まるで乳母車に揺られるように、産湯に浸けられているかのように、これ以上ないほどに安堵してしまうのだ。
強烈な睡魔に襲われた時のように、重い瞼をそのまま閉じようとすると、
『……ちゃん!……お……ちゃ……!』
切羽詰まった少女の声が、確かに耳に届いた。
最初は聞き間違いかと想ったが、それが二度三度と続けばそれは誰かが叫んでいるに違いないのだ。
暗闇へと落ちかける意識の中で、
──あの肉塊と戦っていた。
──首を切られた。
──もうすぐ死ぬだろう。
|あの娘は、どうなる?
──………。
あいつは、どう想う?
──そんなどうでもいい事、考えるまでもないだろう!
──妹を守り、共に帰る!
何のために?
──あいつに会うために!妹をあいつに会わせるために!
ならば、どうする?
──そんな事、決まっている!
父は言った。兄として下の子を守れと。
母は信じていた。父が必ず帰ってくると。
すぐ側には守るべき妹がいて、神殿には
どうするか?そんな事決まっているだろう!
「まだ……死ねん……!」
歯を食い縛り、迫り来る
闇に包まれていた景色に、一筋の光が差し込んだのはその時だ。
その光は太陽のように温かく、全身に絡み付いていた闇をはね除ける。
水中にいるかのように体は重く、光は遠ざかっているように想えるほど距離が縮まらない。
足元には先ほど離れていった闇が再び捕まえんと伸びてきており、それも後数秒後に実現する事だろう。
そうとわかっても、ひたすらに進み続ける。抗う事を止めたらそこで終わりだ。次がなくなってしまう。
必死にばたつかせる手足が痺れ、動きが鈍くなっていく。
それでも泳ぐ。それでも進む。死んでたまるかと抗い続ける。
速度を上げた闇の先端が、
闇が足首に巻き付いた瞬間、
それが何なのかはわからない。誰かの手なのか、あるいは差し出された蜘蛛の糸だったのか、定かではない。
だが一つ確かに言えることは、それは一気に
黒一色だった景色が一変、眩しい程の白一色に染まる。
手には光輝く何かが握られており、神々しいまでの光で辺りを照らしている。
『お兄ちゃん!お兄ちゃんってば……!』
一見何もない世界に響き渡ったのは、どこからか発せられる妹の悲痛な叫び。
妹が呼んでいるのに、いつまでも寝ている訳にはいかない。
重工そうなそれは大理石とも鉄とも違う独特の色合いを持ち、所々には金色の紋様が浮かび上がっている。
初めて見るものに思えたが、
そう、見たことがあるのだ。一度だけ見たことのある、かつて来たりし者たちの遺跡の壁や床の素材によく似ているように見える。
──そんな事はどうでも良い。
重工そうな見た目の割に、扉は一切音をたてることなく開いていった。
行き先はわからない。妹の下に行けるかもわからない。
──それでも行くしかない。
覚悟が決まるのはすぐだった。行かなければどこにたどり着くのかもわからないのだから、当然だ。
剣聖と賢者、肉塊の戦いはいまだに続いていた。
削り、削られを続けること数分だが、只人たる二人にはその数分が数時間のように思えて仕方がなかった。
命のやり取りを休みなく続けているのだ。二人の
「XEENOOOOOO!!!」
対する肉塊はいまだ健在で、金色の紋様が浮かぶ体には傷一つない。
傷を負った瞬間に治癒が始まるのだから、いくら削っても仕方がないのだ。
荒れた息を整えようと肩を揺らしている剣聖は、先ほどのキレを失った動きで触手を切り払うが、守りを突破した一本が彼女の体を打ち据えた。
強固な鎧に守られた彼女の体を貫く事はなかったが、その代償に鎧がその使命を終えたかのように粉砕される。
「か……っ!」
肺の空気と共に血を吐き出しながら地面を転がる剣聖は、無理やりに足を踏ん張らせて踏み止まり、追撃の一撃を辛うじて切り伏せた。
それと同時に「がぼっ」と口から血を吐き出し、耐えきれずに片膝をつく。
笑う膝を鼓舞するように拳で叩き、気合いだけで立ち上がるが、問題は山積みだ。
火力、情報、呪文
ここまで見事に押されると、もはや笑いがこぼれてしまうが、実際は笑えるような状況ではない。
直接的な攻撃から
肉塊もそれがわかっているのか、もはや無力となった彼女には目も向けず、いまだ立ち上がる剣聖に攻撃を集中させている。
問題は、その彼女すら倒れようとしている事。そして彼女が倒れた場合、次に狙われるのは勇者に他ならない。
「やらせません……!」
それがわかっているからこそ彼女は立つ。立たねばならぬ。
額から流れる血で片目は使い物にならず、先ほど殴られた腹からは砕けた鎧で切れたのか血が流れ、止まる様子はない。
──やはり、神官を招いておくべきでしたね……。
前衛たる勇者と剣聖、後衛たる賢者。何度も世界を救った彼女らの一党には、肝心の回復職が誰一人としていない。
彼女らが就く任務の難易度はどれも高い。それについてこれる神官なぞ、あまりにも少ないのだ。
剣聖が後悔した所で現状は変わらない。依然として絶体絶命だ。
深く息を吐いて刃こぼれの目立つ片刃の剣を構えると、不意に肉塊が彼女から注意を逸らした。
思わぬ事態に狼狽える剣聖だが、肉塊の狙いを察して顔色を青ざめた。
振り上げられた触手の矛先にいるのは、兄を抱えて涙を流す少女だ。
肉塊は剣聖を脅威から外し、戦意こそないものの体力が有り余っている勇者に攻撃せんとしている。
相手の狙いを潰さんと剣聖は駆け出すが、足が回らず相手を間合いに捉える前に転倒してしまう。
我ながら無様なものだと自嘲する前に、剣聖は叫ぶ。
「避けてください!」
たった一言叫ぶだけで、剣を数百と素振りしたように体力を失ったが、もはや零に近いのだから気にするまでもない。
余力を振り絞った剣聖の警告に勇者はハッと反応するが、気付いた所で全てが遅かった。
少女の体と、彼女が大事そうに抱える男の体を砕かんと、触手は無慈悲に振り下ろされる。
回避も防御も出来る訳がない。太陽の光を宿した聖剣は手の届かぬ場所に落ち、兄を抱えている都合上、手に武器を握っていない。
今の勇者はただの少女に他ならないのだ。
兄を想うただの少女に何が出来る。武器も持たぬ少女に何が出来る。
少女には防ぐ
──そう、少女
来る衝撃に備えて少女が身構えた瞬間、凄まじい雷鳴が辺りに響き渡り、次いで肉が断ち切られる音が鼓膜を叩いた。
いつの間にか腕に感じていた重さがなくなり、足元に落とした錆びた剣もなくなっている。
勇者は泣き腫らした顔をあげ、正面に目を向けた。
彼女の視界にあるのは蠢く肉塊でも、泣き別れた自分の体でもない。
いつでも頼りになる兄の背中。
左手には柄頭に鷲の意匠が施された漆黒の剣を持ち、弓や妙な筒を背負っていることには変わりない。
だがしかし、変わった事が二つ。
まず一つは、掻き切られた首に大きな傷痕が残っている事。
次なる変化は、彼の右手に雷を纏う錆びた剣が握られているの事だ。
それは勇者が振るっていた一振りであるが、それだからこそ彼女にはわかった。
──あの剣は、お兄ちゃんがもっているべきなんだ。
自分は力を引き出して叩きつけていただけだが、兄が握っているあれの力は、とても静かで落ち着いている。
「XENOOOO!?!?」
突如復活したローグハンターの姿に驚愕する肉塊。
まずは断ち切られた触手を癒さんと力を入れるが──、
「XENO……?」
治らない。力を入れても、少し待ってみても、治る気配が全くないのだ。
突然の事態が続き狼狽える肉塊だが、悪寒を感じてローグハンターに注意を向けた。
彼は黒鷲の剣を地面に突き立てると、大きく右足を下げて半身となり、錆びた剣を地面と水平になるように構えを取った。
ビリビリと錆びた刃に雷が迸り、力を溜め始めていることが目に見えてわかる。
剣から漏れた力が空気を震わせ、ローグハンターの纏うローブを激しく揺らす。
「XENNNNOOOOO!!!」
本能による警告か、神々からの
ならばと彼を止めるために触手を振るうが、
「こんのォッ!」
それを阻むように、太陽の輝きが叩きつけられた。
悪しきを焼き尽くす聖なる陽光が触手を焼き払い、炭さえも残さずに塵へと還す。
勇者はふんと鼻を鳴らしながら、素早く回収してきた聖剣を両手で構え、肉塊に向けて確かな敵意を露にした。
「これ以上、お兄ちゃんには触らせないよ!」
彼女の宣言を挑発と受け取ったのか、肉塊は彼女に焼き払われた触手をすぐさま再生させて再び放つ。
先ほど以上の速度、力ではあるが、勇者はそれに臆することなく聖剣を振るう。
大上段からの振り降ろし、真一文字の一閃、袈裟、逆袈裟。
瞬き一つする間に幾重もの剣撃が放たれ、輝く軌跡を残しながら触手を塵へと変えていく。
「XENO!?」
肉塊が狼狽え、間抜けな声を漏らした瞬間だ。
勇者は何かを感じてその場を飛び退き、後ろに控える兄の射線を開けた。
兄が持つ錆びた剣には、静かでありながら凄まじい力が蓄積され、放たれる時を今か今かと待ちわびている。
──そして、その時はすぐに訪れた。
肉塊は何か来ると察知し、触手を何十にも重ねて盾変わりにすると、その醜い体を覆い隠す。
並の攻撃ではまず破れない防御の構えだが、ローグハンターは知らんとばかりに足に踏ん張りを利かせる。
足を地面にめり込ませて体を固定し、渾身の力を込めた刺突を放った。
瞬間、錆びた剣から放たれたのは紫電一閃──金色に輝く雷電竜の咆哮だった。
彼の内に秘められた激情を、霊峰だけではなく都にまで轟かせるように雷電竜は吼える。
怒りの矛先は蠢く肉塊へと向けられ、一直線に突き進む。
電熱により大気を焼き付くし、絶大な力で地面を削り取り、掠めただけで巨岩を砕き、標的たる肉塊へと進み続ける。
肉塊は触手の防御を更に厚くさせ、来るべき衝撃に備えた。
一秒たった。二秒が経った。三秒、四秒が経った。
いつまでも来ない衝撃に肉塊が疑問を浮かべた瞬間、いつにそれが訪れた。
尤も、肉塊がそう感じた時には全てが遅かった。
世界において、
痛みはない。恐怖もない。ただあったのは──、
「XENO………!?」
驚愕のみ。
幾重にも重ねられた触手の障壁はそれこそチーズのように焼き斬られ、何の意味もなさなかった。
蠢く体の大半が抉り取られ、致命傷であることは間違いない。
今までと違うのは傷の治癒が始まらない事だ。
先ほどまで眩しい程に輝いていた金色の紋様が消え失せ、残ったのは三日月状に体を抉られた蠢く肉塊のみ。
ピクピクと痙攣を繰り返していた肉塊は、べちゃりと水っぽい音と共に崩れ落ちた。
ローグハンターはそれを見届けると、深く息を吐きながら錆びた剣で空を切る。
その瞬間、甲高い金属音と共に大量の茶色に欠片が宙を舞った。
地に伏した剣聖と賢者、そして二人を庇うように立っていた勇者の三人は確かに見たのだ。
──雷光を纏う金色の剣を持った、漆黒の鎧を纏う男の姿。
剣には幾何学的な紋様が浮かんでは消え、複雑な輝きを放っている。
賢者は倒れながらも警戒を強めるが、剣聖は少しホッとした様子で息を吐き、勇者は──、
「お兄ちゃぁぁぁあああん!」
躊躇うことなく彼の胸の飛び込んだ。
ローグハンターは僅かに慌てた様子を見せながらも、驚異的な反射速度でもって彼女を抱き止めた。
「良かったよ~!ボク、お兄ちゃんが死んじゃったって想ったんだからね!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女は彼の鎧に頬擦りする。
当の兄は困り顔だが、彼女の髪を優しく撫でてやる。
「まだ死ねないさ。やり残した事が多すぎる」
彼は
そこまでやるとホッと息を吐き、勇者の一党に向けて言う。
「それじゃあ帰るか。どうやって帰るのかは知らないが」
「ボクに任せてよ!でも、その前に──」
自信満々に自分の薄い胸を叩いた勇者は剣聖と賢者に目を向け、その小さな体を投げ出した。
仰向けに倒れて雲一つない──雲が下にあるのだから当然だ──青空を眺め、太陽を想わせる笑みを浮かべて一言漏らす。
「──疲れたから、休憩!」
それに異議を唱える者はおらず、まだ余力のあるローグハンターは、手頃な岩に腰掛けながらタカの眼を発動し、周辺の警戒を始めた。
魔物一匹いない霊峰ではあるが、何事にも例外があり、ふとした拍子に万が一が起こる事もある。
故に彼は油断なく、いつだって警戒を怠る事はない。
愛する妹とその仲間がいるのだから、それは当然の事だ。
『シンクロ率の慢性度を確認中。──────完了』
『遺伝子情報を確認中。──────完了』
『認証コード確認中。────―完了』
『遺伝子情報確認中。────―完了』
『座標送信を開始します。開始するために、戦闘体勢を解いてください』
どこからか聞こえる不思議な声を、気にする様子もなく──―。
『幻想』は俯かせていた顔を上げると深々と息を吐いて、そのまま卓の上に突っ伏しました。
対面に座る『真実』もホッと息を吐き、『幻想』に向けて大丈夫?と声をかけます。
『真実』の心配の声を他所に、『幻想』はもう無理~と力なく声を出します。
確かに今回の件は、神様たちからしてもハラハラしました。
なぜ倒した筈の魔物が復活するのです。
なぜ自分達の想定よりも強くなっているのです。
なぜ剣聖たちの攻撃が、まるで通用しないのです。
聞きたいことは山ほどありますが、とりあえず倒せたので良しとしましょう。
──いえ、今回ばかりは駄目です。
ただですら予定していた
──一回端っこから調べてみれば?
通りすがりの神様がそう言うと、『真実』はそうだねと頷きます。
そうして盤を確かめようと体を乗り出した時です。
どこからともなく
『真実』が首を傾げてそれをつまみ上げると、その隣に一人の女神が腰掛けます。
輝く金色の瞳に透けるほど美しい金色の髪。
一目見れば神様だとわかる風格を放つ彼女は、口元に怪しげな笑みを浮かべます。
──ねえ。この
最も深き迷宮、最果ての深淵、
かつて魔神の王が潜み、四方世界に死を振り撒いた深き穴。
魔神が去って久しいがいまだに瘴気が立ち込め、この地に踏み入る
だがしかし、その中心たる第四層に佇む男が一人。
染み一つない純白のローブを纏い、右手には金色に輝く剣が握られ、薬指の欠けた左手につけられた籠手からは、血に濡れた
男の周辺には肌に手を模した入れ墨の施されたゴブリンの死体と、邪教徒と思われる者たちの亡骸が転がり、文字通りの血の海となっていた。
そして、その部屋の端に転がる異様なものが一つ。
それは巨大な手であった。それは、ここに潜んでいた邪教徒が復活させた
アサシンはアサシンブレードに血払いくれると、金色の剣を腰帯に吊るす。
「王妹の誘拐。彼女を贄とした儀式。復活した悪魔と、姫を助けに来た冒険者の死闘。──―下らん」
彼は天上の神々が用意した
「欠片が三つ。剣が一振り。渡すべきものは全て渡した」
どこか満足したような声音で言うと、踵を返して歩き出す。
道中に転がるゴブリンや邪教徒の死体には目もくれず、男は不気味な笑みを一層深める。
「用意は整った、後は神殿に招くのみだ。再会が楽しみだな、我が血脈の果て」
──
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。