SLAYER'S CREED   作:EGO

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プロットを加筆した影響で、この話がsequence10に変更されました。ご了承下さい。


Memory12 帰路

 都の入口たる大門。

 陽が昇れば数多の人々が行き交いごった返すその場所も、まだ陽も昇らぬ内は静かなもの。

 そんな静寂が支配する時間だというのに、既に四人の冒険者の姿があった。

 一人は汚れの目立つローブを纏った賢者だ。かつては傷一つなかったであろう杖にも細かな傷が刻まれ、激戦を潜り抜けてきたことがわかる。

 その隣に立つ剣聖は前衛職故か賢者以上に負傷が多く、胴を守っていた鎧は完膚なきまでに砕かれ、負傷した箇所には誰かが施したであろう包帯が巻かれている。

 鞘に納められた片刃の剣も刃こぼれや歪みが目立ち、一度修理に出さなければすぐに折れてしまうだろう。

 見ての通り満身創痍の二人に比べ、他の二人はまだ余力を残していた。

 おそらく一番軽症である勇者は溜まった疲れを吐き出すように息を漏らすと、ほとほと困り果てたように言う。

 

「うーん、ちょっと早かったかな?この際乗り越えちゃおうか?」

 

 そんな体力が残っているのはおそらく彼女だけなのだが、剣聖と賢者は返答するのも面倒なのかため息を吐くに止めた。

 だが、ローグハンターは違う。目深く被ったフードの下で片目を閉じ、白亜の城壁を見上げると、薄く髭の生えた顎に手をやって僅かに思慮する。

 

「……行けるだろ」

 

 彼の口から漏れたのは、何とも適当な言葉だった。

 普段の彼なら止めただろうが、彼は一刻も早く都に入りたいのだ。

 理由?そんなもの単純だ。

 それを察したのだろう。勇者は頬を膨らませて不機嫌そうに言う。

 

「お兄ちゃんに恋人がいるなんて知らなかったよ。手紙ぐらい出してくれても良かったじゃんか」

 

 霊峰から都に戻る道は長い。その途中でこの六年で互いに何があったのかを語り合うのは、ある意味で当然の事だった。

 だが、開口一番に「義姉(あね)が出来るぞ」と言われた勇者の心情を察せる程、ローグハンターは出来ていない。

 

「手紙を出そうにもどこに出せば良いのかわからなかったからな。あの時聞いておけば良かった」

 

「教えなかったボクも悪かったけどさ~」

 

 勇者は体を揺らしてそう言うと、突然表情を引き締めてローグハンターに指を突きつけた。

 

「とにかく!ボクがその人をお姉ちゃんと呼ぶかはわからないからね!」

 

「あいつは良い奴だ、俺が保証する」

 

 彼もまた真剣な表情でそう言うと、閉じられた大門を見上げてため息を漏らす。

 

「……邪魔だな」

 

 瞳が金色に染まった双眸を細め、怒気のこもった低い声を漏らす。

 その手は腰に吊るされた金色の剣に伸びており、本気で大門を叩き斬らんとしていることはわかる。

 それこそ憎き悪魔(デーモン)を前にした時を想わせる威圧を放ちながらだ。一人で来ていれば、間違いなく剣を振るっていただろう。

 だが、彼の隣には妹がいて、その友人たちもいる。下手に騒ぎを起こせば彼女らに迷惑がかかってしまう。

 その判断がギリギリになって彼の手を止め、抜刀する事を防いでいるのだ。

 その剣の力を目撃した勇者たちは彼に気付かれないようにため息を吐き、賢者は現実から逃げるように白く染まり始めた山の輪郭に目を向けた。

 日の出と共に門は開く筈だから、あと一時間もしない内に開くことだろう。

 賢者は小さく肩を竦め、視線をローグハンターへと戻す。

 彼の恋人に関する話で盛り上がっているのか、勇者があれこれと聞いているようだ。

 

「お兄ちゃんの恋人って、どんな人なの?」

 

「髪は銀。等級も銀の武闘家だ。一党としては六年、男女の付き合いとしては三年程だな」

 

 僅かに視線を上げ、染々と呟くローグハンター。

 聞いてもいないことをすらすらと答える辺り、その恋人へと想いが伺える。

 勇者は「三年かぁ……」と腕を組んで天を仰ぐと、「まだボクが村にいた頃かな」と続けて更に質問をぶつける。

 

「冒険者同士でお付き合いって、大変じゃなかった?」

 

 彼女の口から出たのは至極当然の質問だった。

 冒険者とは明日をも知れぬ身だ。そんな冒険者同士が恋し、共に冒険を続けて無事に結ばれる事など、稀な事だろう。

 その苦労が身に染みているローグハンターは、重いため息と共に額に手をやった。

 

「苦労だらけだ。昔も、今も……」

 

 どこか後悔の色が込められた言葉に、流石の勇者もあまり深追いしない方が良いと判断したのか、すぐさま質問を変える。

 

「──それで、その人のどこが好きなの?」

 

 彼女から出された質問は、家族からなら尚更にされて当然の質問だった。

 相手のことも知らずに、最愛の兄を任せられるかを判断出来るものか。

 突拍子もなく放たれた彼女の質問にローグハンターは面を食らったように驚きを露にし、顎に手をやりながら小さく唸る。

 惚れた理由を彼に聞くというのは、中々に残酷なものだ。

 如何せん、彼が彼女への好意に気付いたのは彼女に告白された瞬間だ。

 無意識に彼女の事を目で追っていた事は認めるが、その理由は彼自身にもわからない。

 数十秒ほどかけて言葉を纏めようとするが纏まらず、結局彼が口にしたのは無難なものだった。

 

「……言葉にするのは難しいな。あいつの髪の色、瞳の色、顔立ち、体格、声、強さ、優しさ」

 

 目を閉じれば、瞼の裏に彼女の姿がはっきりと見える。

 出会ったばかりの六年前の姿だろうと、恋人となったばかりの三年前の姿であろうと、様々な場所を巡る事となった去年の姿であろうと関係なくだ。

 それほどまでに、彼女に向ける愛情は()い。

 

「あいつがあいつだから、好きになったんだろうな」

 

 故に彼はそうとしか言えなかった。それが結論であるし、伝えるにはそう言葉にするのが最善だからだ。

 

「へぇ~、お兄ちゃんもそういうこと言えるんだ」

 

 勇者はどこかいたずらっぽい笑みを浮かべ、苦笑する兄の顔を覗きこむ。

 物事を教える時は小難しい言葉を並べ、相手が理解するか、諦めて離れるまで説明するのが勇者の知る兄の姿だ。

 だがしかし、色恋沙汰に関しては兄の方から説明する事を諦めるとは。

 なら聞いても仕方がないと勇者は薄い胸を張り、何故か得意気な顔でうんうんと頷いた。

 

 ──物語のお姫様だって、助けに来てくれた王子様を好きになるんだから、二人にもきっと何かあったんだ。

 

 村で読んでもらった絵本でも、吟遊詩人の歌であっても、その結末に大差はない。

 

「この際理由はどうでも良っか」

 

「ああ。理由はどうあれ、俺はあいつに惚れた。それだけだ」

 

 ローグハンターは妹が作ってくれた逃げ道に迷うことなく飛び込み、ただそう告げた。

 人の感情を細部に至るまで説明出来る者など限られている。それは少なくとも、冒険者である彼らでないことは確かだ。

 二人の会話を横で話を聞いていた剣聖は、閉ざされた大門を見上げながらぼそりと漏らす。

 

「恋人か……」

 

 染々と呟かれたそれには、相当な悲哀の色が込められていた。

 彼女とて冒険者。女性の冒険者は嫁ぎ先が見つからないという誰が言い始めたのかすらわからないジンクスに囚われた、憐れな冒険者の一人だ。

 そんな彼女の前で恋人(例外)の話をするなど、下手な拷問以上の痛痒(ダメージ)を与えている事だろう。

 賢者は無言で彼女の肩に手を置き、「大丈夫」と謎の自信をもって告げた。

 その言葉が励ましとなったのか、追い討ちとなったのかは定かではないが、剣聖が気まずそうに目を逸らして肩を落としたとだけ言っておこう。

 

「それにしても、三年も付き合ってるんだよね?」

 

「もうすぐ四年になりそうだが、いきなりどうした」

 

 勇者からの突然の質問に、その意図を掴みきれないローグハンターは腕を組んだまま首を傾げた。

 勇者は「そっか」と頷くと、しゅびっと音を出しながら指を突き付けた。

 

「一回くらい喧嘩とかしたでしょ?」

 

「…………?」

 

 今後の弄るネタ欲しさに聞いたのだろうが、ローグハンターは目だけで「何を言ってるんだ、こいつは」と返している。

 その目が十秒、二十秒と続いた頃になると、流石の勇者も狼狽えた。

 

「……え、嘘だぁ」

 

 堪らず声を漏らすも、ローグハンターはその目を変えることなく彼女を見続けた。

 その視線から逃げるように、勇者は更に問いかける。

 

「口喧嘩とか、ないの?」

 

「……ないが」

 

「殴りあいの喧嘩とかも?」

 

「何故恋人を殴る必要がある」

 

 彼の言葉に少々怒気が混ざり始めた事を察した勇者は、無理やりにでも話題を終わらせようと肩を竦めた。

 

「……嘘だぁ」

 

 力なく吐かれた言葉に、ローグハンターは改めて思慮し始める。

 

「喧嘩か。うーむ……」

 

 自分が死にかけて説教された事や、あいつが無茶をして説教をしたことはある。だが、感情のままにぶつかり合うことなど──。

 

「なかったように想うが……」

 

 ──こいつがここまで言うのなら、軽い喧嘩ならしても良かったか。

 

 青春と呼べる時期の全てを訓練とアサシンとの死闘に費やした彼は、所謂「普通の恋」というものがわからない。

 彼の師にあたる人物たちが下らぬ猥談をする事はあったものの、それら全てを聞き流したいたのだ。

 彼の過去など露知らぬ勇者は、「うへぇー」と声に出してわざとらしく気味悪がった。

 まあそうだろう。三年間喧嘩なしで付き合う男女など、そう多くはいないのだ。

 その一組が目の前にいるとなると、流石の勇者とて気味悪がるのは当然のこと。

 ローグハンターの記憶にないか、あるいは彼が喧嘩を喧嘩と想っていないだけかもしれないが、彼が「ない」と断言したのだからそうなのだろう。

 

「まあ、仲が良いことに越したことはありません」

 

 ようやく立ち直ったのか、剣聖が豊かな胸を張りながらそう断じた。

 ローグハンターとその恋人とのあれこれは、彼女には一切関係のないこと。気にする必要はないのだ。

 

「時間」

 

 不意に賢者がそう呟くと、大門が重々しい音と共に開いていく。

 同時に門の向こうから朝の喧騒が鼓膜を叩き始め、見張りの番兵たちが慌ただしげに現れ、外へ出ようとする行商人や旅人を捌き始めた。

 勇者が「よーし、開いた!」と声を出して歩き出せば、それに続くのは当然の事。

 都から出て行く人々とすれ違いに大門の下に入り、番兵の前で足を止める。

 尤も彼らは勇者の事を見慣れているからか、その表情は柔らかい。

 もはや形だけであろう手続き──台帳に名前を記し、認識票を見せるだけだ──を行い、剣聖と賢者の二人もそれに続く。

 番兵は彼女らの名前と白金、金の認識票をそれぞれ確認し、最後にローグハンターに目を向けた。

 勇者が連れた見慣れぬ男。彼女らが連れていたのだから敵ではないだろうが、念のためだ。

 

「商人であれば通行書、冒険者であれば認識票の提示を」

 

「ああ、前にもやった事だ」

 

 ローグハンターは苦笑混じりにそう言うとフードを取り払い、首から下げた認識を取り出そうとするが──。

 

「………」

 

 ない。はて、どこにやったのだろうか。

 

「あの、認識票の提示を」

 

 急かしてくる番兵に手で待ったをかけながら、素早く記憶を掘り返す。

 都に入った時は持っていた。あいつと都を散策する時も持っていた。物乞いの一団と戦闘した時も持っていた筈だ。

 様々な場面が走馬灯の如く浮かんでは消えていき、ようやく見つける事が出来た。

 

 ──俺の代わりに置いてきたんだったな。

 

 そう、彼の認識票は至高神の神殿にあるのだ。

 いまだに寝ているであろう彼女の傍らについてやれない、不甲斐ない自分の代わりとして、冒険者としてではなく、影を走る者(アサシン)としての一歩を踏み出すために、置いてきたのだ。

 

 そうとわかれば後は速い。

 

 ローグハンターが愛想笑いを浮かべて摺り足で(あと)退(ずさ)ると、番兵の顔色が変わる。

 

「身分のわかるものを提示しろ!出来ないであれば捕らえる事になるぞ!」

 

 肩に掛けていた槍を顔の高さまで持ち上げながら構え、兜の下で冷や汗を流しながら声を張り上げた。

 それを合図に周囲の番兵たちも槍を構えて彼を取り囲み、僅かな殺気をたぎらせる。

 横の勇者が慌て、剣聖は苦笑、賢者は我関せずと都に入ろうとしていた。

 ローグハンターは彼女らに視線を向けると、かつてないほど重いため息を吐き、敵意がないことを示すようにゆっくりと両手を挙げた。

 こういう時、どう言うのだったかと思慮し、それもまたすぐに思い出した。

 

「──くそったれが(ガイギャックス)

 

「とにかく、一度来てもらうぞ!話はそれからだ!」

 

 囲む番兵が一人また一人と増える中、ローグハンターは慌てず騒がす両手を挙げ続けた。

 彼がそのままの体勢で待機していると、両脇に番兵がつく。

 そのまま背中を押されると共に「歩け!」と指示を出されれば、彼がどうなるかなど説明は不要だ。

 

「あ、お兄ちゃん!?」

 

 慌てて勇者が助けようとするが、ローグハンターが鷹の眼光でもって黙らせる。

 その眼光に勇者がたじろくと、彼は番兵たちに連れられてどこかに連行されていく。

 

 ──あいつは希望だ。俺なんかの為に汚点を残したくない。

 

 おそらく不要であろう兄の気遣い。

 だが勇者は彼の心情をある程度ではあるが察したのか、数瞬迷いつつ彼の背中に向けて叫ぶ。

 

「えっと、待っててね!すぐに助けに行くから!」

 

 その声が届いたのか、ローグハンターは首だけで振り向き、背中越しに口だけを動かす。

 

 ──いや、来なくていいんだが……。

 

 困り顔で口だけそう動かし、遠くにいる彼女にも伝わるように肩を竦めた。

 

 ──別に助けに来なくても、自力でどうにかなる。

 

 対人のプロである彼からしてみれば、脱獄する程度なら造作もない。

 まあ最悪、王妹や外交官の名を使ってしまえばどうにかなるだろうと思慮した。

 恋人と別れて約一週間。ようやく彼も馬鹿になり始めたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「ん……んぅ……?」

 

 彼女は小さく唸りながら、鉛のように重い瞼を上げた。

 背中に感じる柔らかさからして、寝かされているのが上等なベッドである事は間違いない。

 寝心地抜群、窓から差し込む陽の光も優しげで暖かく、室内がとても静かな事もあって強烈な眠気を誘ってくる。

 それに任せてしまおうかとも想ったが、心のどこかが「それは駄目!」と必死になって抗議してくる。

 再び閉じかけた瞼を抉じ開けると腕を上げ、霞む視界で自分の両手に目を向けた。

 霞む視界に映るのは傷だらけの、お世辞にも綺麗とは言えない手。それでも彼は「綺麗だ」と褒めて、優しく握ってくれる。

 彼女は視界の回復を待つように自分の拳を握っては開くを繰り返して感覚を確かめ、視界が安定したら首を倒してベッド脇に目を向けた。

 お見舞いの品のように果物が篭に入れられ、その脇には何やら色とりどりの花が花瓶に納められている。

「なんで?」と疑問符を浮かべながら顔を天井に向け、ぼんやりと何があったのかを思い出す。

 彼や仲間たちと、とある少女の護衛として都に繰り出した事は覚えている。

 そこで謎の集団と戦闘になったこと、途中で彼が離れた事も覚えている。

 相手が降伏して、彼らを一ヵ所に集め始めた事も覚えている。

 そこに別行動中だった仲間たちも合流して──―、

 

『ゆるしてくれ、ゆるしてくれ、ゆるしてくれ。ゆるしてくれ、ゆるしてくれ!!!』

 

「ッ!」

 

 思い出した瞬間に弾かれるように体を起こし、シーツを退かして服の袖を捲ると、自分の腹部に目を向けた。

 隻腕の老人に刺された時に出来たであろう痛々しい二つの傷痕が、そこに刻まれていた。

 彼女はそれを指で撫で、僅かに表情を強張らせた。

 触れると僅かに痛む。殴られようものなら、間違いなく悶絶するだろう。

 

 ──しばらく休みもらわないとなぁ……。

 

 また彼に迷惑がかかるとため息を吐き、服を元に戻すとベッドに腰掛ける体勢となり、一息で立ち上がる。

 

「わ!?」

 

 だが足に力が入らず、膝をついてしまった。

 彼女は慌てながらも自分の脚に触れ、軽く揉む。

 同時に先ほど以上に表情を強張らせた、ため息を吐きながら頭を抱えた。

 武闘家という冒険者の中でも指折りに体を資本とする彼女は、触れただけでわかってしまったのだ。

 

 ──筋力落ちちゃってる……?

 

 彼女が知るよしもないが、彼女が昏睡していたのは約一週間。その期間、仲間たちが筋肉を解してくれていたから固まってはいないものの、多少筋力が低下しても仕方がない事だ。

 自分の僅かに柔らかくなった脚の筋肉を擦りつつ、ベッドのサイドテーブルに手をついて立ち上がる。

 そのままサイドテーブルに体を預けてホッと一息。

 首を巡らせて部屋を見渡し、篭に積まれた果物の山の中からリンゴを取り出し一かじり。

 程よい酸味と甘味が口内を駆け巡り、思わず頬が緩む。

 脚の様子から、無理に呑み込むのは危険と判断してか、一口を小さめにし、いつも以上に咀嚼を繰り返してから呑み込む。

 それを何度も繰り返し、十分以上かけてリンゴを食べ終えると、残った芯を指で摘まみ、振り子のように振って弄ぶ。

 

「……何やってるんだろ」

 

 今の自分の姿を俯瞰したのか、たまらずため息を吐く。

 いつもなら彼が隣にいて、友人たちが隣にいて、退屈するなんて事はまずないのだ。

 

「………?」

 

 キョロキョロと室内を見回していると、部屋の端の長机に気付く。

 その上には籠手や脚甲を始めとした、彼女の装備一式が置かれていた。

 それに気付いてしまえば後は早い。彼女はそこに近づき、右手用の籠手を持ち上げる。

 あの戦いの後修理にでも出されたのか、血の染みや歪みはなく、新品同様の輝きを放っている。

 着けてみるかと手が動いたが、不意に視界の端で何かが光った事で中断される。

 彼女はそれを掴み、手のひらの上に乗せて確認した。

 それは銀色の認識票だった。彼女が積み重ねてきたこの六年を証明する、何物にも代えがたい代物だ。

 彼女はそれをぎゅっと握りしめると、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 いつものように首からぶら下げ、その僅かな重みに安堵の息を漏らした。

 たかが小さな(タグ)一枚だが、その重さがあるかないかでは心の持ちようがだいぶ変わってくる。

 だからこそ、彼女がそれに気付いた時は大層驚いた事だろう。

 彼女の認識票があった場所のすぐ近くに放置された、もう一枚の認識票。

 彼女の物と同じ銀色の輝きを放つそれを、彼女は反射的に掴み取ると刻まれた名前を確め、目を見開いて驚愕を露にした。

 そこに刻まれていたのは彼の名だ。見紛う事はあり得ない。

 

「え?なんで?どうして……?」

 

 彼女が視線をさ迷わせて困惑していると、不意にドアがノックさせた。

 コンコンコンと続いて三度。その直後に「入りますよ」と彼女には聞き馴染んだ声が続く。

 彼女の返事を待たずにドアは開かれ、赤毛の女魔術師が部屋に入ってきた。

 いつも持ち歩いているであろう杖と三角帽子はなく、その大きめの胸を押し潰しながら両手で水桶を抱えている。

 部屋に入ったと同時に女魔術師は驚愕の表情を浮かべ、抱えていた水桶を取りこぼした。

 苦労して運んで来たであろう水が床にぶちまけられ、魔術師の足を濡らしながらゆっくりと床に広がっていく。

 その音を合図にして彼女は部屋の入口の方へと振り向き、女魔術師の肩に掴みかからん勢いで詰め寄った。

 同時に彼女の透ける程に美しい銀色の髪が揺れ、豊満な胸が弾む。

 

「──彼はどこ!」

 

 銀色の輝きを放つ鋭い視線と共に発せられたのは、いつもの抜けた声ではなく、在野最高、銀等級冒険者たる迫力を帯びた凛とした声。

 銀髪の女性に詰め寄られた女魔術師は安堵したように目元に涙を浮かべ、彼女の胸元に飛び込んだ。

 

「良かった。本当に、良かった……!」

 

 嗚咽混じりに漏れた声は、心の底から出されたものとわかる。

 女魔術師に抱きつかれた銀髪の女性は疑問符を浮かべつつ、落ち着くまで彼女の赤毛を優しく()いてやる。

 彼ならこうしただろうからという判断だが、内心はそれどころではない。

 

 ──彼がどこに行ったのか、知りたいんだけどなぁ……。

 

 彼女の隣に彼あり。二人はいつだって共にいる。その片割れたる彼は──―。

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 牢屋に入っていた。

 武器も鎧も、アサシンブレードさえも取り上げられて尚、独房の中央で呑気に胡座をかきながら頬杖をつき、金色の双眸を細める。

 今頃勇者たちが上に掛け合ってくれているだろうかと思慮し、天井を見上げてため息一つ。

 

「どうしたものか、じゃありませんよ」

 

 そんな彼に声をかけたのは、紫色のローブを纏った男性だった。

 その厳格な性格を表すように髪をきっちりと短く纏め、瞳には強い意志が込められている。

 ローグハンターは男性の登場に表情を緩め、軽く右手を挙げた。

 

「ああ、外交官。戻ったぞ」

 

 どこか軽い様子の彼にため息を漏らし、外交官は鉄格子越しに彼へと告げる。

 

「全く。なぜ仕事が終わってからも面倒を見なければならないのです」

 

「あの後、あいつはどうなった」

 

 外交官の愚痴を気にも止めず、ローグハンターは短く問いかけた。

 外交官は額に手をやりながらため息を吐き、「仕方がないですね」と漏らす。

 

「あれからというもの長々と説教されていますよ。流石の彼女でも今回は堪えるでしょう」

 

「なら良い。また同じ事をされるよりはな」

 

 外交官の報告にローグハンターは真剣な面持ちで頷き、「それで」と話を切り替える。

 

「いつになったら出られる」

 

「私がなぜここに来たと思うのですか?」

 

 外交官は肩を竦めながら言うと、ローグハンターからは見えない位置に向けて一度頷いた。

 それを合図に一際派手な鎧を纏った兵士が姿を現し、彼を捕らえる牢屋の鉄格子の鍵を開ける。

 ローグハンターは僅かに面を食らい、思わず声を漏らす。

 

「随分と早いな」

 

「簡単な話です。『不手際で姫を救出した者が牢に入れられました』と言っただけですから」

 

「……出してやるから口外するな。そう言うことだな」

 

 ローグハンターが外交官と、隣の兵士──おそらく王直属の近衛兵だろう──に視線を配りながら言うと、二人は無言でもって肯定を示した。

 彼は肩を竦めると「口は固い方だ」と返し、音もなく立ち上がった。

 自分の手で鍵の開いた鉄格子を押し開け、外交官に「装備はどこだ」と問いかける。

 外交官は「こちらです」と廊下の向こうを手で示し、先導するために歩き出す。

 その後ろにローグハンターが続き、彼の後ろを監視するように兵士が続く。

 背中に突き刺さる視線を気にしつつ金色の双眸を細め、背中越しに兵士に目を向けた。

 純粋に強いだろうし、何かあれば位置からして不意討ちをしてくるだろうが、素手でもどうとでもなる。

 彼はそう判断を下し、口元に不敵な笑みを浮かべた。

 その笑みを挑発と判断したのか、兵士は鞘に納められた剣に手をかけ、静かな圧を放ち始めるが抜刀することはない。

 ここで抜いてしまえば、こちらから仕掛けたと判断されるだろう。彼としては噂に名高いならず者殺し(ローグハンター)と一戦交えてみたいものだが、ここではない。

 後ろの二人の雰囲気が殺伐とし始めると、外交官は大きく咳払いを一つ。

 同時に木製の扉の前で足を止め、「この部屋です」と片手で扉を開けた。

 ローグハンターはタカの眼を発動しつつ壁の影から顔を出し、室内の様子を一通り探ると、慎重に足を踏み入れた。

 部屋の中央に置かれた長机に乗せられた自分の装備の前で立ち止まり、手早くそれらを纏っていく。

 脚甲を穿き、鎧を纏い、弓と矢筒、ライフルを背負い、黒鷲の剣を腰帯に吊し、ピストルをホルスターに押し込み、籠手を付け、アサシンブレードを仕込む。

 もはや見慣れた格好となった彼の背中に向け、外交官が問いかける。

 

「それで、これからどうするのです?」

 

「帰るさ。人を待たせているからな」

 

 彼は端的にそう告げるとフードを目深く被り、外交官の方へと振り替える。

 フードの影の奥に輝く黄金の輝きが彼と兵士を射抜き、二人の体を硬直させた。

 蛇に睨まれた蛙とはこの事を言うのだろう。本能的な恐怖を覚えた二人は微動だに出来ない。

 そんな二人に向け、ローグハンターは口元に笑みを浮かべた。

 相手を安心させるものとは程遠い、敵意が剥き出しになった邪悪な笑み。

 

「──だから、邪魔するな」

 

 その笑みを浮かべながらそう告げると、彼は二人の脇を通りすぎ、迷うことなく廊下の向こうへと消えていく。

 取り残された二人は無意識に止まっていた呼吸を再開し、肩を揺らして酸素を補給する。

 その途中、外交官は曲がり角の向こうへと消えていくローグハンターの姿を見つめ、真剣な面持ちとなった。

 彼に恋人がいる事は知っている。その女性が原因となり、アサシンとなったのだから当然だ。

 信用は出来るし、信頼を寄せるに足る男なのも確かだ。

 だがしかし、彼はその愛する人の為なら何をしでかすのかわからない所がある。

 アサシンの掟を破らなければそれで良いが、果たして。

 

「──大丈夫でしょうか」

 

 彼の問いかけに答える者はいない。天上の神々とてわからない事を、誰が答えられるというのか。

 

 

 

 

 

 一人、都の道を進むローグハンターは天の頂きに達した陽を睨み、忌々しげに息を吐く。

 諸々の問題で昼になってしまったと過去の自分を恥ながら、歩調を早めて人混みを掻き分けて更に加速。

 歩きが早歩きになり、いつしか走りになり、気付けばフリーランに変わっている。

 途中我慢出来ないと屋根の上によじ登り、そのまま屋根伝いに走り出す。

 北の霊峰に飛ばされる直前と同じ道をたどり、渡し木を使い大通りを横断し、ようやく神殿が立ち並ぶ一角へとたどり着く。

 名も知らぬ神殿の屋根から飛び降り、多少痛痒(ダメージ)を受けながらも着地を決め、ホッと息を吐きながら立ち上がる。

 周囲の通行人から向けられる奇異の視線を気にも止めず、彼は眼前の神殿を見上げた。

 そのにあるのは至高神の神殿だ。天秤と剣を模した紋様が目印であり、見間違える筈もない。

 彼は今さら身だしなみを整えるようにローブの裾を払い、鎧や籠手が汚れていないかを確める。

 それが済むと彼は満足げな笑みを浮かべ、そのまま神殿へと足を進めた。

 彼女が待つ場所を目指して、自分の帰る場所を目指して──。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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