SLAYER'S CREED   作:EGO

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昨日の夜までに投稿出来なかった、無念……!







Sequence11 試練を越えて
Memory01 白銀の世界へ


 気が付くと()は、見たことのない場所にいた。

 周囲は白一色で塗り潰され、どこか神秘的な雰囲気があるが、背景とは不釣り合いな程に無骨な、それこそ岩から削り出しただけに思える椅子が台無しにしている。

 ()が肩を竦めると、どこからか現れた金髪の女性がその椅子に腰掛けた。

 

『さあ、早く。こっちにおいで……』

 

 女性は母のような慈悲深い声音で()に告げた。

 彼女は言葉の通りに誘うように俺に手招きすると、待ちわびているかのように両手を広げた。

 飛び込んでこいと言わんばかりだが、彼女とは初対面の筈だ。

 だが口許に浮かべる柔らかな笑みと、愛する我が子を見つめるような優しげな金色の瞳は、見ているだけで不思議な安堵を覚える。

 ()は無意識の内に彼女に向けて足を進め始め、一歩を踏み出す度に意識が微睡んでいく。

 

『そう、良い子ね。私の胸を貸してあげましょう。ほら、おいで』

 

 女性の声は麻薬だ。聞いているだけで脳を蕩けさせ、抵抗する気力を奪い取っていく。

 何も考えずに足を進め、女性の下まで後数歩となった瞬間、()の手が誰かに掴まれた。

 反射的に足を止め、微睡んだ意識のまま振り替える。

 そこにいたのは白い世界においても透き通る程に美しい銀色の髪を揺らす女性だった。

 彼女の姿を視界に納めた途端、今までの微睡みが嘘のように吹き飛び、意識が覚醒していく。

 彼女の髪と同じ銀色の瞳が心配するように()の瞳を覗きこみ、その奥底を見せてくれる。

 瞳の輝きはまるで夜空に輝く星であり、優しくこちらを見守っていた。

 彼女は母親とは違う、()からすればそれよりも安堵を覚える笑みを浮かべ、優しく頬を撫でてくれた。

 ()もまた笑みで返し、彼女に向けて手を伸ばす。

 決して壊さぬように優しく、けれど決して離すまいと力強く、彼女の柔らかな頬に手を触れた。

 慣れ親しんだ温かさを手のひらで感じつつ、()の意識は暗闇へと落ちていく。

 直前に金髪の女性の姿を探すが、椅子を含めて消えている。

 ならば良いかと思考を放棄し、俺は襲いくる微睡みに任せて意識を手放した──―。

 

 

 

 

 

 西の辺境に置かれた、人呼んで辺境の街。

 観光地としては人気ないが、他の開拓地に比べれば治安が良いと話題のその街には数多くの宿が軒を連ねている。

 激戦地と呼んで差し支えない街の中でも、一際大きな宿が一件。

 丸くなり眠る一匹の狐の描かれた看板が目印の『眠る狐亭』。冒険者だけでなく観光客、旅人、果てには影を走る仕掛人(ランナー)たち、その全てを受け入れるその宿屋は、街の中でも指折りの人気の宿だ。

 そんな宿の一室。冒険者用に用意された部屋の一つに、二人の男女が同じベッドで眠りについていた。

 二人仲良く同じシーツにくるまり、体を冷やさないように体を寄せ合い、男性の体に全てを委ねるように女は寄り添っていた。

 ベッドの脇に乱暴に脱ぎ散らかれた服と僅かに香る淫行の臭いから、昨晩二人が深く愛し合ったことは明白。

 誰もが利用する宿でそんな事をすれば怒られそうなものだが、二人はそれを黙認されていた。

 何故か。その理由は単純だった。

 他の開拓地に比べて治安が良いと言われているのは、その二人がいるからと言っても過言ではないからだ。

 辺境勇士、ならず者殺し(ローグハンター)。いつからか男性の方はそう呼ばれ始め、彼も同時期にそう名乗り始めた。

 その名が彼を示すものなのか、それとも彼らを示すものなのかは今さら考える者はいないが、少なくともローグハンターを深く知る者ならこう思っているに違いない。

 

 ──彼女の存在こそが、彼をならず者殺し(ローグハンター)足らしめている。

 

 一部の者からは彼女こそがローグハンターの急所だと言われているが、それもまた事実だろう。

 その良い意味でも悪い意味でも話題のローグハンターは無防備な寝顔で静かな寝息をたてていたが、不意に目を覚ました。

 不慮の事故(ファンブル)かあるいは神々からの嫌がらせ(ハンドアウト)か、金色に染まった双眸を巡らせて腕の中に納まる恋人の姿を見つめ、彼女が息をしている事を確認してホッと息を吐いた。

 単純に眠っている彼女の呼吸が一瞬止まっただけなのだが、彼は彼女の異常に対して非常に敏感になっているのだ。

 彼女がみずぼらしい男に刺され昏睡状態となったのは、もう一ヶ月以上も前の事だ。

 それでも彼は後遺症がないかを常に警戒し、何かあれば神殿に担ぎ込む用意もしてある。

 今回も何もなかったと安堵の息を吐き、また一眠りしようと再び寝ようと瞼を降ろすが──、

 

『さあ、早く。こっちにおいで……』

 

「……」

 

 もはや曖昧となった夢の出来事が脳裏を過り、眠気が覚めると共に瞼を持ち上げた。

 不機嫌そうに目を細めながらため息を吐き、名残惜しく思いつつも彼女から離れてベッドから降りた。

 脱ぎ捨てた自分の衣服──森人手製のものだ──を回収し、手早くそれらを纏っていく。

 彼の為に仕立てられ、貰ってからも毎日のように袖を通してきたそれは彼の体にすぐに馴染み、贅肉はないが傷にまみれた裸体を覆い隠す。

 固まった筋肉を解すように欠伸を噛み殺しながら体を伸ばし、その心地よさに目を細めた。

 充分体が解れると机の上に放置された認識票を首に下げると衣服の下に仕舞い、窓の方へと足を進める。

 結露のお陰で外は全く見えないが、それは何の問題にもならない。

 瞬き一つでタカの眼を発動し、色の消えた視界で光って見える人影に注意を向ける。

 無害の白から味方──この場合は顔馴染み──を示す青、時には認識する必要もないと切り捨てられ黒くなった人影がそれぞれ複数。

 いつも通りの光景、いつも通りの朝だが──、

 

「流石に冷えるな」

 

 僅かに体を震わせながらそう呟いた。

 時期は冬。森人手製の服は見た目の割に防寒性が高いのだが、それでも寒いものは寒い。

 貪欲な盗賊どももこの時期は大人しく拠点に籠り、依頼がなければ自分から動くことのないローグハンターも他の時期に比べればのんびりできる冬季休暇と呼べる時期なのだが、それはそれで収入が減るということに他ならない。

 生活するには金は必要だし、装備を整えるのにも金がかかる。

 一年程なら問題なく生活出来る程度には貯金はあるが、使う予定があるため使いたくない。

 ならばどうしたものかとため息を吐き、ベッドに腰かけて恋人の寝顔を覗きこんだ。

 見慣れたように思えても決して見飽きる事がない、最愛の人の無防備な寝顔。眺めているだけで悩み事がどうでもよくなってくるが、考えなければどうにもならない。

 ローグハンターはホッと息を吐く立ち上がると、壁に立て掛けられた金色の剣に触れた。

 勇者から「お兄ちゃんが持ってた方が良いよ」と渡されたそれは、触れるだけで指先が痺れる程度の電撃を放ち、周囲からは『稲妻の剣』とか『光ってるの』とか、割りと適当に呼ばれている。

 持ち主である彼自身も正式な呼び名を知らないため、どう返せば良いのかと迷っているのも事実だ。

 真剣に考えるべき事と後回しにしても構わないもの。今も昔も悩みの種が尽きることはないが、それこそ生きている証拠だろう。

 何の迷いもなく生きられたなら楽なのだろうが、それではきっと楽しくないとは思う。

 彼は再びため息を吐くと、布の擦れる音と愚図る彼女の呻き声が鼓膜を叩いた。

 苦笑混じりに振り返るのと、彼女が目を覚ましたのはほぼ同時。

 寝惚け眼のまま体を起こすと被っていたシーツが滑り落ち、彼女の裸体をさらけ出した。

 一ヶ月前に出来てしまった腹部の傷痕を含め、大小様々な傷痕が残されているが、それでも尚彼女の肢体は彫刻のように美しい。

 他の女性と比較しても大きめの部類にあたる胸から、細く括れ引き締まった腰。安産型と言える臀部は柔らかく形を歪めて彼女の体を支えている。

 武闘家という職業上、腹筋には薄く線が入り、腕や足も一般的な女性に比べれば筋肉質ではあるけれど、彼女の美しさを語るのなら障害にもならない。

 透けるほどに美しい銀色の髪は普段と違い降ろされており、いつもとは違う気の抜けた雰囲気を醸し出す。

 ローグハンターの主観的な意見を込みにしても美しい銀髪武闘家は、寝惚け眼のまま彼に目を向け、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「おはよ~」

 

「おはよう。──の時間なのかはわからんが……」

 

 ローグハンターは窓の外に目を向けながら挨拶を返すと、足音もなく彼女へと近付いた。

 ベッドに片膝をついて前のめりになり、彼女の頬に手を触れる。

 かつての彼ならここで終わっていただろう。むしろこんなことをすることもなかった筈だ。

 手に感じる彼女の体温は、彼にとって何よりも落ち着けるものだ。

 先月の一件で目の前に感じた死の気配が、いまだに近くにあると思えて他ならないのだろう。

 彼女の頬にやっていた手を動かして銀髪を手梳で梳きながら後頭部に添えると、そっと自分の方へと引き寄せた。

 銀髪武闘家も抵抗する素振りも見せずに彼のされるがままになり、彼の期待に応えるように目を閉じると共に唇が奪われた。

 最初はただ触れあうだけの優しいものだったが、いつしか(ついば)むようなものに変わり、やがて隙間を舌を口内に侵入させ、一方的な蹂躙を開始した。

 舌を絡め、歯の裏に舌を這わせ、思わず逃げようとする彼女を離すまいと後頭部を押さえる手に力を入れ、ひたすらに貪る。

 

「んっ!──ふぅ……!ちょっ──、待っ──」

 

 合間合間に発せられる彼女の制止の声も届かず、起きたばかりだというのに彼に押されてベッドに押し倒された。

 彼が覆い被さる形で倒れた為、逃げようにも逃げられず、声をかけようにも口は塞がれている。

 時折息継ぎの為か一瞬の休憩はあるものの、その一瞬で酸素を取り込まれるかと問われれば答えは否。

 逃げ場のない舌を一方的になぶられ、唾液を流し込まれ、鼻から一方的に息が抜けていくだけ。

 徐々に酸欠になっていき抵抗らしい抵抗ができなくなる彼女を他所に、彼は彼女を堪能する。

 最近の彼は時々こうなるのだ。ふとした拍子にたがが外れ、気が済むまで止まることはない。

 止まることはないのだが、今回は流石に危険を感じたのか、ローグハンターは彼女から顔を離した。

 いきなり顔を離したからか、唾液が糸となって二人の唇を繋ぎ、重力に引かれて上下する銀髪武闘家の胸に垂れた。

 

「へぇ……ふ……ん……っ、へはぁ……」

 

 ようやく呼吸出来るようになったものの、頬を朱色に染まり恍惚の表情を浮かべ、瞳は蕩けきっている。

 彼女の胸についた唾液を指で拭うローグハンターの頬に、不意に銀髪武闘家が手を伸ばした。

 彼女は荒れた呼吸を整える為に深呼吸を繰り返し、ゆっくりと彼の頭を自分の胸に押し当てる。

 今度はローグハンターが抵抗なく彼女にされるがままになる番となり、黙って腕の中に納まった。

 彼の頭が胸に沈んだ途端に「ん……」と体がピクリと反応を示してしまったが、いつもの事だと割りきる。

 ようやく静かになった彼の頭を撫でつつ、優しく笑みながら問いかける。

 

「どう、落ち着いた……?」

 

「──ああ」

 

 僅かな間を開け、ローグハンターは返事をした。

 彼女の胸に顔を埋めたままだが、「すまん」と続いて体を離す。

 首を左右に振って意識を確かめ、ため息混じりに体を反転させ、ベッドに腰掛ける姿勢となる。

 

「どうにも駄目だな……」

 

 ローグハンターが自分の頭を抱えてぼそりと漏らすと、銀髪武闘家は後ろから彼の体を抱き寄せた。

 彼の頭を撫でてやりつつ耳元で「私は大丈夫だよ」と呟き、彼の首に残る傷痕に口付けを一つ。

 ローグハンターは苦笑混じりに肩を竦めると、自分の腹に巻かれた彼女の腕に手を重ねた。

 

「……いい加減降りるか」

 

「あはは。そうだね」

 

 二人はそう言い合うと名残惜しそうに体を離した。

 一足先にベッドから離れたローグハンターは衣服の皺を伸ばすと、ローブや籠手を身につけていく。

 毎日のように使い続けても砕けることも欠けることもない黒きまことの銀(ミスリル)は、彼の役割(ロール)を越えた戦いであっても彼を支えてくれる頼もしいものだ。

 胴鎧、籠手、脚甲を着け、弓と矢筒、長筒(ライフル)を背負い、ピストル二挺を腰帯のホルスターに押し込み、雑嚢を腰に、黒鷲の剣を左腰に、金色の剣を右腰に吊るす。

 最後にアサシンブレードの抜納刀に異常がないかを確かめると、「良し」と頷いた。

 

「そっちはどうだ」

 

「ん。平気だよ」

 

 後ろから彼女の返事が聞こえると、完全装備のローグハンターは振り返った。

 一ヶ月前の戦いを踏まえてか、動きを妨げない程度に腹部を守る為の軽鎧を纏い、その分上がった重力を削る為か無骨な凶器だった籠手は、革製のグローブに鉄板を縫い付けたセスタスへと変わっている。

 元より蹴り技主体だから大きな問題はないとは本人の弁だ。

 加えて冬場に金物は体を冷やすだけ。前衛がいざという時に体が冷えて動かないでは笑えない。

 そういう意味でも、彼女の装備変更は正解かもしれなかった。

 特徴的な銀色の髪をいつも通りに一纏めにし、脚には刃物のように磨きあげられた脚甲。

 上から纏う外套の長袖の先と襟には防寒用のファーが揺れ、腰に揺れる返り血防止の布は、彼女の動きに合わせてマントのように(なび)く。

 セスタスを含めた金属部を除いた全てが白で統一され、彼女の髪色と染み一つない白い肌と同調していた。

 冬場だからこその雪に紛れる為の保護色なのだが、ローグハンターは相変わらず黒一色なのは何も言うまい。

 二人はそれぞれの格好を確認して頷きあうと、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 辺境の街、冒険者ギルド。

 他の季節なら多くの冒険者が出入りするその場所も、冬場となるとめっきり人の出入りが減る。誰が好き好んで肌を切り裂く寒空の下に出ようとするだろうか。

 答えは否だ。冒険者とていつでも好きに冒険する物好きは少ない。

 加えて時刻が昼過ぎだというのなら尚更だ。嫌々仕事に出た者は仕事中だろうし、仕事にいかないと決めた者は宿に籠っていることだろう。

 だからこそ、二人の到着は無駄に目立つ結果となった。

 銀髪武闘家が「おっはよー!」と自由扉を勢いよく開き、次いでローグハンターがため息混じりに入ってきたのだから当然だ。

 見知った冒険者たちがなんだなんだ視線を向けても、すぐに納得したように頷いて視線を外していった。

 彼らの姿を横目で見つつ、ローグハンターは一党の二人を探すが、見当たらない。

 彼は小さく首を傾げると「席を取っておいてくれ」と銀髪武闘家に指示を出し何やら書類を書いている受付嬢の下に足を進めた。

 わざと足音をたてた為か、彼の接近に気付いた受付嬢は書類から視線を外し、パッと笑みを浮かべた。

 

「こんにちは、ローグハンターさん」

 

「……もうそんな時間だったか」

 

 ローグハンターは改めて告げられた挨拶に眉を寄せながら、受付嬢に問いかける。

 

「二人を知らないか。部屋にも宿にもいなかったのは確認したんだが……」

 

「お二人なら、上森人さんと神官さんに連れられて依頼に出ましたよ。あなた方はしばらく来ないだろうからと」

 

「……そうか」

 

 ローグハンターは小さく頷きながら呟くと、「仕方ないか」と漏らして肩を竦めた。

 二人なら余程の事がなければ大丈夫だとは思うが、やはり心配ではある。むしろ心配するなと言う方が無理があるだろう。

 彼は顎に手をやりながら「他の奴等は」と問いかけた。

 初対面なら誰の事を聞いているかもわからないだろうが、彼の駆け出し時代を知る程長い付き合いの受付嬢にはすぐにわかる。

 

「ゴブリンスレイヤーさんは牧場の配達の手伝いに行ったそうです。鉱人さんと蜥蜴人さんのお二人はどこかで飲んでいると思います」

 

 彼女が淀みなく答えると、ローグハンターは小さく息を吐いた。

 友人たちは既にそれぞれの予定で繰り出している。残されたのは自分と武闘家の二人のみ。

 

 ──随分、久しぶりだな……。

 

 女魔術師が仲間になったのがおよそ二年前だ。それからというもの、令嬢剣士の加入やゴブリンスレイヤーの一党との共闘など、大所帯で動くことが多かったように思える。

 懐かしむように小さく笑みを浮かべつつ、ローグハンターが「何か依頼はないか」と問いかけようとした時だ。

 

「あ、あの……!」

 

 背後から声をかけられた。

 受付嬢は気付いていたのか反応を示さず、ローグハンターも鋼の精神で驚いた事を表に出さず、振り向いて声の主に目を向けた。

 彼の背後にいたのは見慣れた冒険者の二人だ。

 時折彼が面倒を見ている見習聖女と新米戦士の二人。

 かつては傷一つなかった彼らの装備にも、小さな傷が幾重にも刻まれ、確実に一歩ずつ進んでいることを教えてくれる。

 声をかけたのは見習聖女の方だろうか。緊張した面持ちで目が泳いでいる。

 ローグハンターは「お前らか」と声を漏らし、「どうかしたのか」と続ける。

 二人は顔を見合わせて頷きあうと新米戦士が深呼吸し、代表して口を開いた。

 

「じ、実は手伝って貰いたい事があるんです!」

 

 言い切ると共に緊張と共に深く息を吐き出す彼の表情を見つめ、何やら重要そうだと判断を下す。

 稽古をつけてくれと頼むだけなら、もっと柔らかい表情で言ってくる。何かトラブルに巻き込まれたのかもしれない。

 何より面倒を見ている後輩からの頼みだ。多少面倒そうでも断る道理はない。

 

「わかった。とりあえず話を聞くから──」

 

 ローグハンターは言いながら席を取っているであろう銀髪武闘家の方に目を向けた。

 彼女も彼女で新米剣士と新米武闘家の二人と話しており、おそらくこちらと同じような事を言われたのだろうと見切りをつけた。

 

「あっちに合流するか」

 

「はい!」

 

 ローグハンターが三人の方を示しながら言うと、見習聖女が勢いよく頷いた。

 二人を連れて銀髪武闘家と新米戦士、新米武闘家の三人が囲む卓に混ざり、おそらく気を使い空けておいたのでろあう銀髪武闘家の隣に腰掛けた。

 新米四人と銀等級二人が卓を挟んで対面する形で各々が腰掛け、ローグハンターから話を切り出した。

 

「手伝って欲しい事があるそうだが、なんだ」

 

 うじうじしていても仕方がないと単刀直入に問いかけると、新米武闘家が「経緯から説明しても良いですか?」と質問し、「暇だったからな。時間はあるぞ」とローグハンターが微笑混じりに返す。

 

「では、さっそく説明します」

 

 新米武闘家はそう言うと、ローグハンターを真似るように手短に告げた。

 

「実は私たち、昇格することになったんです」

 

「おー!それは良かったじゃん!……って、あれ?」

 

 その言葉に銀髪武闘家は自分の事のように嬉しそうに言うと、四人の表情に疑問を浮かべた。

 昇格が決まった時は誰しもが嬉しそうに笑い、同期や先輩たちに報告して回るものだが、彼らはどうやら違うようだ。

 

「何かあったの?」

 

 恐る恐ると言った様子で問いかけると、見習聖女が眉を寄せた。

 

「それを神殿に報告したら、その、託宣(ハンドアウト)が……」

 

 託宣。何かの拍子に神々から告げられるお告げ、預言、あるいは使命の事だ。

 誰に強制されるものではないが、神々が近いこの地において、最初から拒む者は少ない。

 

「至高神の試練は困難なものが多いと聞く。難題を吹っ掛けられたか」

 

 ローグハンターが確認を取るように問うと見習聖女は無言で頷き、それこそ迷子の子供を思わせる不安な表情を浮かべた。

 彼女に変わって新米剣士が言う。

 

「『北方の頂きに至れ』って、言われたみたいです」

 

「北方の頂き?山に登れってこと?」

 

「多分、ですけど……」

 

 銀髪武闘家の問いに、新米剣士は何とも曖昧な返事を返した。

 そもそもとして、託宣はかなり大雑把なものが多い。どこに行け、何を見つけろ、何を倒せ。そのようなものばかりだ。

 ローグハンターはぼりぼりと頭を掻くと、真剣な眼差しを向けつつ新米たちに問う。

 

登攀(とうはん)の経験は」

 

「ないです……」

 

「雪山に行ったことは」

 

「それもないです……」

 

「野営の心得は」

 

「何回かありますけど、雪山では初めてです」

 

 彼の問いかけに新米戦士、新米剣士、新米武闘家が順に答え、ローグハンターはため息を吐きながら頭を抱えた。

 

「神様も無理難題をぶつけてくるもんだな……」

 

 隠すことなくこぼされた愚痴に、新米たちは乾いた笑みでもって聞き流した。

 彼の愚痴を聞きつつも真剣な面持ちであった銀髪武闘家は、改めて新米たちに問いかける。

 

「それで肝心の頼み事は、その託宣の達成を私たちに手伝って欲しいってことで良いの?」

 

 言わずともわかる最終確認。新米たちはほぼ同時に『はい』と頷き、銀等級二人に視線を配った。

 

「どうする?」

 

「どうするの前に確認することがある」

 

 銀髪武闘家の問いかけを一旦保留し、ローグハンターは頬杖をつきながら新米たちに問いかけた。

 

「報酬はどうする」

 

『ッ!』

 

 彼の問いかけを耳にした瞬間、新米たちの顔色が青くなった。

 忘れてはいないだろうか。目の前のこの男、いつかの牧場防衛戦の折にゴブリンスレイヤーに報酬を要求し、一度刃物を抜いたのだ。

 それを今になって思い出したのか、新米たちは顔を見合わせて相談を始めるが、銀髪武闘家の軽いチョップがローグハンターの頭頂部を捉えた。

 

「もう、意地悪言わない。手に入れたものを山分け、これに限るでしょ」

 

「まあ、それに限るが」

 

 何だか鈍い音がしたが、ローグハンターは気にした様子もなく苦笑を漏らす。

 

「報酬はそれで良い。後輩にねだるほど金に困っていない」

 

「じゃあ、手伝ってくれるんですか!?」

 

 ローグハンターの言葉に新米戦士が勢いよく立ち上がりながら確認すると、「男に二言はない」と返される。

 隣の銀髪武闘家も「私も良いよ」と眩しいほどの笑顔を浮かべながら言うと、新米たちはようやく緊張の糸が切れたのか、「やった!」と各々の言い方で喜びを露にする。

 まだまだ子供っぽい所のある新米たちを眺めつつ、ローグハンターは告げた。

 

「じゃあ、冒険の前には入念な準備が必要だな。そうでもしないと──」

 

「──運が掴めないからね」

 

 彼の台詞を銀髪武闘家が横取りし、新米たちは『はい!

 』と勢いよく返事をして立ち上がるが──、

 

「……何から準備をすれば良いんです?」

 

 新米剣士が申し訳なさそうに質問をした。

 ローグハンターは再びため息を吐くと「了解。そこから教えてやる」とだけ告げた。

 そうして立ち上がろうとしたが、彼の隣から異音が響いた。

 何てことはない。銀髪武闘家の腹の虫が鳴っただけのことだ。

 ローグハンター、新米たちからの視線が集中した為か、銀髪武闘家は羞恥から顔を赤くしながら俯いた。

 ローグハンターはフッと苦笑を漏らすと、「会議ついでに飯にするか」と提案した。

 彼の提案にギルドの給仕係を呼ぶことで答えると、既に何を頼むかは決めていたのか、あれやこれやと何故か楽しそうに注文していく。

 そんな彼女の姿をローグハンター柔らかな笑みを浮かべながら見つめ、横からいくつか追加の注文をしていく。

 そんな彼の顔を見た新米たちは、

 

 ──この人、こんな顔も出来るんだ……。

 

 と、声には出さずにそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 都の中央にそびえ立つ城。

 混沌と勢力が攻めてきた折には、只人の領域最大の拠点となるその場所の主たる若き王は、執務机に向かい黙々と書類を捌いていた。

 遺跡から悪魔(デーモン)が出た。小鬼(ゴブリン)が出た。墓場から黄泉帰り(アンデッド)が出た。小鬼(ゴブリン)が出た。

 世が始まって以来、冒険の種が尽きたことはないとは言うが、ここまで現実を叩きつけられると流石に嫌になってくるというもの。

 加えて、王の悩みの種はそれだけではない。

 彼はちらりと隣の机に目を向けた。

 そこにいるのはワイシャツに緑のチョッキ、同色のズボン、黒いロングブーツと、見るからに動きやすそうな格好をした妹だ。

 手を尽くして城を飛び出したかと思えば誘拐され、今度は一人で正面から帰って来た唯一の肉親。

 あれからというもの我が儘もだいぶ減り、こうして仕事を手伝ってくれるようになったのは成長したと喜ぶべきか、変わってしまったと嘆くべきか……。

 

「あ、お兄様!これ見て!」

 

 その妹は何かを面白い文言でも見つけたのか、嬉しそうに笑いながら一枚の書類を見せつけてきた。

 それは街を警羅する番兵たちの報告書だ。それにはこう書かれている。

 

『頭巾を被った不審な人物を見かけた』

 

『頭巾を被った何者かが屋根の上を走っていた』

 

『頭巾を被った男性がスリの現行犯に体当たりをしていた』

 

『頭巾を被った女性が吟遊詩人を蹴り倒していた』

 

『頭巾を被った青年が、干し草の山の中で目を回して気絶していた』

 

 などなど……。

 

「………ッ!」

 

 王はその紙をぶんどると、忌々しいものを見るかのように睨み付けた。

 王の悩みの種のもう一つは、最近になって現れた頭巾の一団だ。

 物乞いたちによる強盗、強姦、薬物の蔓延などの問題が急に落ち着いたかと思えば、今度はその一団だ。

 軽業師のように屋根の上を飛び回り、街で騒ぎを起こした連中を鎮圧、巻き込まれた人々の保護をする彼らは、住人たちの間でも話題になっているという。

 事実、王自身も遭遇したことがある。

 人を拐い、奴隷として売り払っていた度しがたい貴族の屋敷で、その貴族と護衛の兵士たちを殺め、奴隷たちを解放していく様を見てしまったのだ。

 

「──―っ!!!」

 

「おーい、お兄様?大丈夫~?」

 

 妹の前である事を忘れ、行き場のない怒りで握った拳を震わせる。

 若き王にして都に流れる噂話──金剛石の騎士(ナイト・オブ・ダイヤモンド)の正体たる彼は、その頭巾の一団に僅かに敵対心を向けていた。

 別に憎むべき怨敵だからではないし、秩序の敵だからと言うわけでもない。

 素顔を隠し、闇の中で悪を討つ、都市の騎士(ストリート・ナイト)

 人知れず悪徳商人だ貴族、邪教徒を討ち取る彼は、都に生きる者ならならず者殺し(ローグハンター)と並んで知られている人物だ。

 その都市の騎士(ストリート・ナイト)たる王は、その仕事先で頭巾の集団と会ったことがある。それも一度や二度ではない。

 それだけなら良いのだ。志を同じにする同志ならむしろ歓迎するところ。

 だがしかし、王は忘れていない。

 

『なんだ、不審者か』

 

『金剛石の鎧。目立ち過ぎやしないか?』

 

『……動きにくそう』

 

『後は任せたぜ、おっちゃん!』

 

 行く先々で放たれる罵詈雑言の数々!

 

『遅かったな、不審者』

 

『相変わらず、目立つ格好をする』

 

『……展示品にすれば見映え良さそう』

 

『また会ったな、おっちゃん!』

 

 罵詈雑言の数々!見るからに嘲笑っている表情!

 

『また我々の方が早かったな』

 

『せめてあの男のように黒い鎧を着ろ』

 

『……無視』

 

『またかよ、おっちゃん!』

 

 段々と適当になっていく対応!

 ただですらストレスが溜まっているのに、彼らのせいで余計にストレスが溜まるのだ。このままいけば、若くして禿げるかもしれない。

 

「ふぅ……!ふぅ……!ふぅ……!」

 

 思い出したくもないものを思い出したと、若き王は荒れた息を整えようと深呼吸を繰り返す。

 荒ぶる兄とは対照的に、妹の方は上機嫌そうに鼻歌を漏らす。

 彼らの事を知る──むしろ助けられた──彼女からすれば、彼らの活躍の報告は大変喜ばしい。

 

「あ、もう一枚あったよ!」

 

「要らん……!」

 

 さらに報告書を取り出した妹を戒めつつ、王はまた書類に目を落とした。

 だが、肝心の内容がまったく頭に入ってこない。妹のお陰で嫌なものを思い出し、仕事に身が入らない。

 それを見ていた王の腹心たちは一様にため息を漏らし、顔を見合わせて遠い目となる。

 

 ──これも全て、謎の頭巾野郎たちの仕業なのだ。

 

 

 

 

 

 

 辺境の街を夜明けと共に出発し、途中の空き地で最後の小休止を取るローグハンターを初めとした冒険者たち。

 新米剣士は視界の向こうにそびえ立つ雪化粧の施された山を見上げ、頭に巻いた鉢巻きで冷や汗を拭う。

 隣に立つ新米武闘家も似たようなもので、手に填めたセスタス──銀髪武闘家よりも簡易的なものだ──で額に浮かぶ汗を拭った。

 これからあれを登るのだ。緊張するなという方が無理がある。

 新米戦士と見習聖女も同じような様子だが、ローグハンターと銀髪武闘家は違う。

 慣れた様子で装備を点検し、道具の備蓄を確認し、お互いの体調を口頭で確認する。

 それが済むと、ローグハンターは新米たちに声をかけ、一ヶ所に集める。

 全員の緊張した面持ちを眺め、肩を竦める。

 

「良し。根拠のない自信に満ちた顔よりはいい面構えだ。初めてやるものは何もかも怖いものだから、今の感情は恥じるものじゃあない」

 

 新米たちにそういい聞かせ、これから目指す山を指差した。

 

「ここまで来たのなら進むだけだ。行くぞ、新米ども(ノービス)

 

『……はい!』

 

 ローグハンターの号令に、新米たちは表情を引き締めて返事をした。

 少し怖がっているがやる気は充分。なら、先輩としてやることはその背を押し、時には手を引いてやるだけだ。

 

「うん!頑張っていこー!」

 

 最後に銀髪武闘家がそう締め括ると、各々で各自の荷物を担ぎ、山を目指して歩き出す。

 新米たちからすれば初めての冒険。ローグハンターからすれば一ヶ月ぶりの登山。銀髪武闘家からすれば久々の冒険だ。

 どんな場所にも油断なく、どんな相手にも慢心なく、持てる全てを尽くして挑む。

 そうすればきっと運も掴める。少なくとも、ローグハンターと銀髪武闘家の二人はそう信じているのだ。

 

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。



期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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