冒険者たちが入山を果たしたのは、陽が天頂に差し掛かるよりも前といった時間だった。
慣れぬ雪山の登山ということで、防寒用の外套を被った新米たちは転ばぬように慎重に、身を低くして這うように進んでいた。
だが、銀等級の二人は違う。二人きりでいる時の柔らかな表情は消え失せ、凛とした真剣そのものの表情で一歩を踏み出す。
先頭を歩くローグハンターは時折振り返りつつ、フード越しに天高く飛ぶ鷲へと目を向けた。
雲一つない晴天に、インクをこぼしたように浮かび上がる黒い染み。目立ちはするものの、気にするものは一人としていない。
むしろ気にするべきは上ではなく足元なのだ。陽の輝きのお陰で雪山だというのに寒さは弱いものの、転んでしまえば一大事だろう。
殿として最後尾を行く、同じく外套を纏った銀髪武闘家は新米たちが転んでも素早く飛び付けるように注意を払い、動き辛いだろうに脚甲をつけたまま普段通りに一歩ずつ前へと進む。
ホッと白い息を吐き出し、天秤剣を杖代わりにしている見習聖女に声をかけた。
「あんまり辛いなら、荷物持つよ?」
「大……丈夫……です!」
彼女の言葉に新米帰って来たのは、辛そうではあるが気合いに満ちた返事。
後ろを歩いているから表情こそ見えないものの、弱々しい表情ではないだろう。
後ろのやり取りが聞こえていたのか、ローグハンターはふと思い出したかのように新米剣士と新米戦士の二人に目を向けた。
二人の腰には彼手製のホルスターがぶら下がっており、そこにはいつぞやに渡したピストルが納まっている。
丁寧に手解きしたからか手入れが行き届き、新品同様の輝きを放つそれは、咄嗟の時に裏切ることはない筈だ。
だが、しかし──。
「二人に言い忘れた事がある」
「な、何ですか……」
突然神妙な面持ちで話を切り出したローグハンターに、新米戦士は酷く怯えた様子で問いかける。
ローグハンターは「それなりに重要なことだ」と続け、自分のピストルに手を触れながら言う。
「こいつを無闇に使うな。雪崩が起こる」
「「ッ!?」」
突然告げられたのは、まさかの切り札使用禁止を示す言葉。
それなりどころではなく重要な情報をいきなり告げられた二人は思わず体を固まる程に驚いたが、ローグハンターは続ける。
「大きな音を雪の精たちは嫌うみたいでな。下手に使うと仕返ししてくるぞ」
「そ、そういうのは山に入る前にお願いします!」
「そうですよ!いま言う事ですか!?」
思わず怒鳴り返してしまう二人だが、ローグハンターは申し訳なさそうに顔を伏せ、小さく肩を竦めた。
「大きい声もな。あまり雪の精を刺激するな」
「「──―!」」
口から出たのは謝罪ではなくまさかの追加注文。
新米二人は不満には思えど従う事にしたのか、音には出さずに抗議の声を出した。
「ああ、悪かったな。あまりこれを使う奴がいないから、警告するのが遅れた」
二人の表情を見たからか、或いは単純に罪悪感に苛まれたのか、彼の口からようやく謝罪の言葉が出た。
それを言われてしまうと何も言い返せないではないか。
新米二人は途端に行き場を失った怒りをどうしたものかと数瞬迷い、とりあえず仕舞っておくという結論に至る。
何かのタイミングで爆発させる事はある筈だ。この怒りはその時まで温存しておこう。
二人は目配せして意識を共有すると、再び意識を足元に集中させる。
野郎三人の何とも間抜けな会話に女性陣は顔を見合わせて苦笑を漏らし、辛そうだった見習聖女の表情も心なしか和らぐ。
たまには辛いことから気分を逸らしてやらねば、予想よりも早く潰れてしまう。
ローグハンターが謎のタイミングで話題を切り出したのは、そういった狙いもあったのだろう。
銀髪武闘家は相変わらず不器用な彼の心遣いに苦笑を漏らし、まだまだ余裕そうな新米武闘家に目を向けた。
「そっちはどう?体動かすのには慣れてると思うけど」
「大丈夫です。小さい頃から鍛えてますから」
ふふんと豊かな胸を張りながら言うと、銀髪武闘家は「流石だね」と素直な感想を漏らした。
彼女とて新米武闘家と同じように、幼い頃から鍛えられている。それは内容の違いはあれどローグハンターも同じことだ。
そういった数年の差が、彼らの消耗の差とほぼ直結していた。
前衛を務める新米戦士と新米剣士、新米武闘家の三人はまだ余裕そうだが、見習聖女は他の面々に比べて疲労が色濃い。
それでも彼女は足を止めることなく前へと進み、さらに次の一歩を踏み出す。
歩いていれば目的地に着くことを、彼女は知っているのだ。彼女だけではない、ここにいる全員がそれを知っている。
それを知らないというのなら、そもそも冒険者になるべきではないだろう。
不安ではあるが頼もしい新米たちに目を向け、僅かに微笑を浮かべたローグハンターは、明後日の方向に目を向けて目を細めると、小さく舌打ちを漏らした。
「唐突だが、悪い知らせだ」
「敵でも見つけた?」
首を巡らせて周囲を警戒しながら銀髪武闘家が問うと、ローグハンターは眉を寄せながら「違うが、厄介だな」と返す。
彼がそう口にしたことが合図になったのか、冒険者たちに吹き付ける風が段々と強くなり始める。
山の天気は変わりやすいとは、一体誰が言った言葉だろうか。
「吹雪だ、離れるな!」
ローグハンターが吹き付ける風の音に負けじと声を張り上げると、風に巻かれて雪が舞い上がり、視界を白一色に染め上げんと襲いかかってきたのはほぼ同時。
ローグハンターを含め、冒険者たちは突然の突風を腰を落として踏ん張る事でやり過ごし、その後吹き付ける吹雪に飛ばされぬように必死に耐える。
だが、立ち止まっていては雪に埋もれてしまう。
冒険者たちは吹雪の中で必死に目を凝らしてお互いの位置を確かめあうと、雪に埋まりかけた足を持ち上げて一歩を踏み出す。
最も重いのは最初の一歩だ。それが出てしまえば、後はそれを続けるだけ。
体を低くして風に押し負けぬように踏ん張りつつ、前に遅れないように、後ろと離れすぎないように気を配りつつ前へ。
一瞬の油断を許さぬ状況の中で、ローグハンターはやれやれと首を左右に振った。
「──至高神に関わると、録な目に合わないな」
思い出せる範囲でも、至高神の大司教からの依頼で赴いた水の街では失明しかけ、彼女の護衛で赴いた都では銀髪武闘家が負傷し危うく死にかけた。
そこまで思慮し、ローグハンターはある仮説にたどり着く。
──至高神というよりは大司教に関わった場合、何かしらの問題に直面していないか?
そうは思っても彼女とは文通中だ。四年間は向き合うという約束に基づいてそれなりの頻度で手紙を出しあってはいるが、前回の手紙にはたまには直接会いたいという旨が書かれていた。
いつの間にか剣の乙女に惚れられ、告白され、初めて相手の好意を拒んだ。なのに会いたいと言われるのは、彼の人生において初めての事だ。
別に会っても良いが、どんな顔で会えば良いのかが全くわからない。
そもそも女心が全くと言って良いほどにわからない彼には、剣の乙女が
彼が女性に関してわかるのは、六年連れ添った銀髪武闘家が考えている事だけだ。
彼は思考を切り上げるように白いため息を吐き出すと、吹き付ける吹雪に吹かれて消えていく。
吹雪の真っ只中で何を考えているんだと自嘲し、後続の新米たちと銀髪武闘家に目を向ける。
銀髪武闘家はともかくとして、新米たちの表情に余裕はない。ただですら疲労の溜まっていた見習聖女は特にだ。
ローグハンターは顎に手をやりながらタカの眼を発動し、視界を巡らせる。
一寸先も朧気な吹雪の只中であろうと、タカの眼はその先にあるものを鮮明に映し出す。
今回タカの眼が彼が示したのは、もたれ掛かるように並んだ複数個の岩だった。
金色に輝くそれらの影に入れば、吹き付ける吹雪を凌ぐことは充分に可能だろう。
彼は目を凝らして岩までの距離を頭に叩き込むと、タカの眼を解除し後続の五人に目を向けた。
「前方に岩がある!そこまで歩けるか!?」
叫ぶように問われた確認に、冒険者たちは一斉に返事を返した。
その打てば響くように返された返事は、ローグハンターに笑みを浮かべさせるには充分なものだ。
吹雪を加えてフードを被っているから見えないからと僅かに油断していたのだろう。
「キミ、いま笑ってるでしょ!」
「ッ!なぜわかった!?」
だからこそ、銀髪武闘家の声には驚きを禁じ得なかった。
彼が反射的に問うと、彼女の声で「何となく!」と返ってくる。
きっと彼女も笑っているだろうと思うと余計に口角が上がり、きっと見えていないからと情けない顔になってしまう。
どんな状況でも軽い触れ合いを忘れない姿勢は真似るべきなのか、むしろ注意すべきなのか、新米たちにはわからない。
だが確実に言えるのは、見習聖女と新米武闘家の二人はそれとなく羨ましいそうに二人がいるだろう場所に目を向けたことだ。
女冒険者は嫁に行けない、もしくはかなり行き遅れる。誰かが言い始めた噂は、もはや常識となって世界に広がっている。
非常に珍しい例年たる銀髪武闘家を前にして羨ましく思うなと言う方が無理だ。
ローグハンターは表情を引き締めながら咳払いを一つすると、後続に指示を飛ばす。
「少しずつでも良い!岩まで進め!」
『はい!』
「うん!はい、頑張って!」
「あ、ありがとうございます……」
打てば響くような返事に続いたのは、銀髪武闘家と見習聖女の二人の声だ。
銀髪武闘家の性格からして、困っている人を見捨てる事は出来ない。それが友人、一党の仲間だというのなら尚更の事だ。
彼女の同性にしては高い膂力に背中を押され、見習聖女は天秤剣をぎゅっと握りながら更に前へ。
外套の前を必死に押さえ、足を止めんと襲いかかる吹雪を前に負けじと進む。
その速度は決して速いものではないけれど、虫が這うように格好の良いものではないけれど。
「よし、掴んだぞ!」
必死になって前へと進む見習聖女の細腕が、吹雪の奥から伸ばされた無骨な腕に掴まれた。
そのまま抗う事の出来ない力で引っ張られ、風が止んだと思った瞬間に投げ飛ばされるように離される。
投げられた彼女を受け止めたのは新米戦士だ。受け止めるには邪魔だからと腕に括った円盾は背に回されており、村を出た頃よりも固くなった両腕でしっかりと受け止められた。
思わず頬を赤くする見習聖女を他所に、新米戦士が吹雪の奥にいるであろうローグハンターに向けて叫ぶ。
「捕まえました!」
「良し!」
吹雪に負けじと発せられた声に応えたのは、それを更に越える声量の声だった。
声と共にローグハンターと銀髪武闘家が吹雪の奥から姿を現し、新米たちが待つ岩影に滑り込む。
ローグハンターの黒かった衣装は雪に包まれて真っ白に染まり、その顔にも大量の雪がへばりついている。
彼は手でそれを雑に払い落とすと、どかりと腰を降ろした。
その隣に同じく雪を払い終えた銀髪武闘家が腰掛け、ホッと白い息を漏らす。
「吹雪が止むまで休憩だね」
「ああ。まあ、良い機会だ」
彼女の言葉にローグハンターは頷き返し、雑嚢から松明用の油を染み込ませた布が巻かれた棒切れを数本取り出し、それを適当に並べて組む合わせていく。
彼の作業も気になりはするものの、新米戦士は腕に抱えた見習聖女に目を向けた。
「大丈夫か?」
「……!うん、平気、大丈夫……」
見習聖女が耳まで赤くなりながら目を逸らすと、遅れて現状を把握した新米戦士も照れ臭そうに目を逸らす。
初々しい二人の様子を他所に、棒切れを組み終えたローグハンターは両手のアサシンブレードを抜刀し、それを擦り合わせて火花を散らして棒切れに着火する。
白一色に埋め尽くされた世界に、一つだけ浮かび上がる橙色の灯火。
道に迷った人々を導く灯台とは違うものの、体が冷えきっている冒険者たちにとってはそれ以上の価値がある。
焚き火を囲んで身を寄せあって暖を取る冒険者らは、僅かに警戒と装具の留め具を緩めつつ視線を交わした。
体が温まるまでは終始無言であったが、体が温まると共に体力も戻ったのか見習聖女がどっとため息を吐いた。
「ううう、至高神様ぁ……
ぼそりと漏らされたのは、敬愛する神への愚痴だった。
両膝を抱えて三角座りをしながら天秤剣にすがり付き、目に涙を浮かべる見習聖女の姿にローグハンターは苦笑を漏らし、新米剣士が担いでいた鞄を探って手鍋を引っ張り出した。
彼が何をしようとしているのか気付いた銀髪武闘家が「あ、私がやる」と言って手鍋を受け取り、そこに雪を詰め込んで焚き火の上にやる。
手鍋に詰め込まれた雪は熱にやられてすぐに水となり、熱せられて白湯となる。
もうもうと湯気を出す白湯をカップへ移し、泣いている見習聖女に渡す。
「体が寒いから気分も暗くなるのよ。さ、飲んで飲んで」
「うう、はい……」
目に溜まった涙を拭い、カップを受け取った見習聖女は息を吹き掛けてある程度冷ますと火傷しないように慎重に口にした。
喉を通った白湯の熱が全身に行き渡り、後ろ向きだった心を含めて温めてくれる。
「お前らも飲んでおけ。まだまだ登るぞ」
彼女の表情がだいぶ和らいだ頃を見計らい、ローグハンターは他の新米たちにもカップを渡していく。
新米たちは一言礼を言いながら受け取り、熱々の白湯を一口。
体の芯から温まる心地よさに表情が和らぎ、口から安堵に似た息が出る。
彼らに続くように銀髪武闘家とローグハンターも白湯を口にし、ホッと熱くなった息を吐き出す。
「いやー、何か懐かしいねぇ」
不意に銀髪武闘家が気の抜けた様子でそう口にし、吹雪で見えぬ空へと目を向けた。
あんなに青かった空も、今は真っ白に塗り潰されている。
「懐かしい?」ローグハンターが眉を寄せて口を開くと、「何がだ」と問いかける。
「私たちがまだ鋼鉄等級ぐらいだった頃にも、こんな感じで山に登って吹雪になったよね」
「……そうか?」
彼女の問いかけにローグハンターは首を傾げ、空になったカップを手の上で弄ぶ。
そして思い出したのか「そんな事もあったな」と懐かしむように言葉を漏らし、フッと笑みを浮かべた。
「鋼鉄等級か。その頃はただの一党だったな」
「そうだね~」
二人が懐かしむように言葉を重ねると、体を丸めて白湯を飲んでいた新米武闘家が躊躇いがちに問いかけた。
「あの、お二人はいつ頃からその、恋人に?」
「等級で言えば翠玉か紅玉あたりだったと思うが」
「もうすぐで四年だから、そのくらいかな?」
彼女の質問に二人が答えると、「そうなんですか……」と新米武闘家は意外そうな声を漏らした。
彼女だけでなく他の三人も似たような表情になっている事に気付いてか、ローグハンターは苦笑を漏らす。
「何も出会ったその日から恋人になったわけじゃあないぞ。同僚として何年も付き合った結果が今だ」
彼が得意気に言うと、隣の銀髪武闘家は半目になりながら彼の脇を肘で小突いた。
「……私がいくらアピールしても気付かなかった人が、よくどや顔出来るね」
「それは、すまなかったな」
肩を竦めて悪びれた様子もなく言うと、「ま、終わり良ければって言うか」と銀髪武闘家も気にした様子もなく笑みを浮かべた。
緊張しているようで緊張していない。この独特の雰囲気が作れるからこそ、二人はこうして恋人となれたのだろう。
新米武闘家と見習聖女の二人は何やら真剣な面持ちで顔を見合わせ、互いに頷きあう。
そして代表するように見習聖女が小さく挙手した。
それにいち早く気付いた銀髪武闘家が首を傾げ、「どうかした?」と問いかけた。
「あの、一つ質問なんですけど」
「うん」
「お二人は、その、どういった経緯で恋人に?」
真剣な面持ちで放たれた質問は、年頃の女子としては大変興味のあるものだった。
新米剣士と新米戦士の二人の「何でそんな事を?」と顔を見合わせて首を傾げ、問われたローグハンターに関しては音に出して「何故それを聞く」と小さく漏らす。
だが、銀髪武闘家は違う。うんうんと何度も頷き、空になったカップに白湯を注ぐと水の減ってきた手鍋に雪を落とし込む。
そして吹き付ける吹雪の様子を一瞥すると苦笑を漏らした。
「しばらく動けないし、少しだけ話してあげよっか。まあ、興味ない人もいるだろうけど」
新米戦士と新米剣士、ローグハンターの方に目を向けつつ言うと、意識を切り替える咳払いを一つ。
「そうだね、どこから話そうかな」
彼女がそうして話し出せば、女子二人は食い入るように身を乗り出して耳に意識を集中する。
彼女らの好奇心のように吹き付ける吹雪は止まず、いまだに強くなるばかりだ。
「──と、こんな感じかな?」
吹雪もだいぶ弱まり、陽の輝きが途切れ途切れに照り始めた頃になると、銀髪武闘家の話もようやく終わりを迎えた。
一言一句聞き逃すまいと集中していた新米武闘家と見習聖女の二人は深い息と共に疲れを吐き出し、顔を見合わせて笑みを浮かべた。
大波乱の大冒険の末に結ばれたと思いきや、一歩一歩着実に二人の間にあった溝を埋めていった。
そう、他のカップルたちと変わらない。少々
「……終わったか?」
頃合いを見て、いつも以上に目深くフードを被ったローグハンターが確認を取った。
「うん、ばっちり」と銀髪武闘家は頷くと彼の下へと近づき、フードの中を覗きこんだ。
そこにあったのは赤面した彼の顔だ。彼女との馴れ初めとはつまり、今の彼からしてみれば
そう思えるほどに過去の自分は素っ気なく、無愛想で、必要以上に彼女を悲しませた。
彼女はいたずらっ子を思わせる笑みを浮かべ、彼の真っ赤になった耳に触れた。
「なに、恥ずかしくなっちゃった?」
「……別に」
彼は目を逸らして言い繕うが、彼が目を逸らすのは何かを隠しているか、正面から相手を見れないほどに照れている時だ。
その事を熟知している銀髪武闘家はただ笑みを深めるだけで、彼の耳から手を離した。
「まあ、話してるこっちも恥ずかしかったけどね」
「だろうな」
彼女の言葉にローグハンターはため息混じりに頷き、新米たちに目を向けた。
彼女の長話と休息のお陰でだいぶ疲労が取れたのか、入山した頃より明るい表情となっている。
そうとわかればすることは一つのみ。
「さて、そろそろ──」
出発しようと号令を出そうとした時だ。
とても小さいが『ざり……』と雪を踏みしめる音が彼の鼓膜を叩いた。
彼は反射的に跳ねるように立ち上がり、金色の剣を抜き放つ。
金属と腰帯が擦れる音を合図にして銀髪武闘家もまた立ち上がり、緩めていた脚甲の留め具をしっかりと締め直す。
二人に遅れること数秒。新米たちも慌てて装備を整えると立ち上がり、新米剣士と新米戦士の二人は腰に下げた
かつてローグハンターが愛用していた両手剣よりも軽く、片手剣よりも重いそれは、何人かの新人冒険者たちが愛用し始める程度には広まっている。
本来ならその二つの間だからこそ、活かせる状況と活かせない状況が極端に別れるものなのだが、それを知る新人たちは少ないだろう。
新米武闘家は鞄を守るように身構え、見習聖女は焚き火に雪を被せて素早く始末を済ませる。
冒険者たちが臨戦態勢となったのと、岩影からひょこりと長い白耳が飛び出したのはほぼ同時。
「珍しいこともあるんすね。こんなとこに人がいるなんて」
何とも呑気な事を言いながら姿を現したのは、直立した白兎──もとい、獣人の一種であろう兎人だった。
兎人はひくひくと鼻を動かし、その手を腰に帯びた山刀──ではなく腹に伸ばし、そこを擦った。
「何か食べ物を分けてはくれませんかね。腹が減ってかなわんのです」
臨戦態勢の冒険者たちに対して、それを気にも止めずに口を開いた兎人。
ローグハンターは珍しくポカンとすると、苦笑を漏らして武器を降ろした。
「ここまで敵意がない奴には久々に会ったな」
金色に輝く
ローグハンターに続いて銀髪武闘家は拳を降ろし、新米たちにも「大丈夫そうだよ」と告げて武器を降ろさせる。
ローグハンターは肩を竦め、兎人に問いかける。
「それで、お前はどうしてここに?」
「あの鳥さんに誘われるがままですわ。いやー、何なんですかねぇ」
兎人はそう言いながら空を指差した。
だいぶ吹雪もおさまったお陰で青空が覗いているが、そこには円を描きながら飛ぶ黒い点が一つ。
「あいつが……」
ローグハンターが目を細めながら言うと、兎人は「いきなり頭を小突かれましてね」と一対の白耳の間を指で掻いた。
「それはすまないな」
「いえいえ、気にせんでください。暴れなかったぼくもぼくですから」
手短に謝ったローグハンターに、兎人は何とも思っていないようにひらひらと手を振った。
途端に彼から興味を失ったのか兎人は視線を巡らせ、後ろに控える冒険者らに目を向けた。
左腕に円盾を括りつけた新米戦士、頭の鉢巻を締め直す新米剣士、荷物を漁って何を分けようかと頭を悩ませている新米武闘家、周辺を警戒をしている銀髪武闘家、そして──、
「お?」
天秤剣を持つ見習聖女。
兎人は彼女を発見すると目の色を変え、「もしかして、至高神の?」と問いかけた。
「え?ええ、そうだけど……」
「そうですか、そうですか」
兎人は何やら得心した様子で頷くと、新米武闘家が恐る恐る差し出したリンゴを「ありがとうございます」と丁寧に一礼してから受け取り、小さな前歯で削り取るように頬張った。
一口が小さいからかそれなりの時間をかけてリンゴを完食すると、兎人は膨れたお腹を撫でながら冒険者らに告げた。
「あの、何ならぼくらの里に顔を出してください。お母さんも喜びますんで」
兎人からの突然の申し出に冒険者らが思わず顔を見合わせると、ローグハンターは顎に手をやって僅かに思考した。
見習聖女に贈られた
『──北方の頂きに至れ』
それを果たさんと山に登り、出会った兎人は妙に見習聖女──おそらく至高神の御使いに──興味を示している。
タカの眼を通して見ても、兎人の色は敵意のない青一色。むしろ友好的とまで言えるだろう。
ならば、どうするか。
罠の可能性も捨てきれないが──、
「そこまで言うのなら、お邪魔させて貰おう」
ローグハンターは刹那的な思考を終え、兎人の提案を受け入れる事にした。
蜥蜴僧侶がいれば『罠とは踏み砕くものですからな』と背を押すに決まっている。
「お前らはどうする」
決めてから相談するとは言語道断も良いところだが、ローグハンターのそれは今日始まった事ではない。
銀髪武闘家は額に手をやってやれやれと首を左右に振ると、「私も行く。キミ一人だと心配だし」と返し、新米四人に目を向けた。
銀等級二人が行くのに白磁等級の四人が行かないのは、それはそれで危険だろう。
まあ、詰まる所。
「俺たちに選択肢がないのでは……?」
ハッとした様子で新米剣士が言うと、ローグハンターは「決断するなら誰よりも早くだ。こうなるからな」と苦笑混じりに告げてきた。
新米たちは顔を見合わせて二三言相談すると、「行きます!」と見習聖女が代表して告げた。
ローグハンターは彼女らに頷き返すと、待ちぼうけていた兎人に顔を向けた。
「それじゃあ、案内を頼めるか」
「はい、任せてください」
兎人は柔らかな笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
新たな出会いは突然訪れるのは今さらになって知るものではないが、ローグハンターは背中を向けて歩き出した兎人に追従しつつ、不意に過った思考に小さくため息を吐いた。
──これは、
そう思うと共に、彼は小さく肩を竦めた。
──またあの上森人に何か言われそうだな……。
彼を冒険に連れ出そうと躍起になっている妖精弓手がこの事を知れば、間違いなく噛みついてくることだろう。
彼は帰ってからの苦労を思い、これから直面するであろう問題を思ってため息を吐いた。
吐き出した白いため息は風に吹かれて消えていき、誰にも知られることはなかった。
誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。
期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー
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見たい!
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別にいいです……。