SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory03 捕食者を狩るもの

 行動に支障がないほどに吹雪が止んだ頃、兎人──白兎猟兵の先導で冒険者らは勾配の激しい山道を進んでいた。

 軽い足取りで進む白兎猟兵、ローグハンター、銀髪武闘家だが、彼らに続く新米冒険者たちの息は切れて敵わない。

 入山して数時間。途中に休憩や足止めがあったにせよ、彼らはそれなりの標高まで登ってきているため、空気が薄くなってくるのは当然の事だ。

 ローグハンターは白い息を吐き出すと、先頭を進む白兎猟兵の背中に声をかけた。

 

「それにしても、この寒さの中で生活は大丈夫なのか」

 

「いつも通りなら大丈夫なんですけど、この冬はきつくってですね」

 

 白兎猟兵は苦笑混じりにそう言うと、「ぼくらは一日でも食わんと死ぬんですけど」と覇気の弱い声で呟いた。

 白兎猟兵の様子を見て、作物が育たないとか備蓄が尽きそうだとか、ローグハンターはいくつかの仮定を組み立てていく。

 静かになった彼に代わり、銀髪武闘家が更に問いかけた。

 

「近くに他の村はないの?山の中じゃなくても、麓になら一つや二つあるでしょ?」

 

「ぼくのひいひい爺様が若い頃に、麓にあった只人さんらの村が潰れてしまいましてね。それからというもの、縁が切れたきり何ですわ」

 

 白兎猟兵はひょいと岩を飛び越えて振り向きながらそう言い、ローグハンターは肩を竦めてその後に続いて岩を乗り越え、ぜぇぜぇと息の荒れた新人たちに手を貸す。

 曾祖父となると百年ほど前だろうかと思慮し、続けて種族の寿命差を考慮しようとしたが、そもそも兎人に会ったのはこれが初めての事だ。

 わからないものを放置するのは良くないと、白兎猟兵に問う。

 

「ひいひい爺様。それは何年前の話だ」

 

「たぶん百年経ってないですよ。ぼくらの感覚なんで」

 

 只人を基準としてそこまで大きな差はない。あるいは少し短い程度だろうか。

 ローグハンターは顎に手をやってそう纏めると、次の質問に移る。

 

「この冬()きついと言っていたが、いつもと何か違うのか」

 

「ええ、そうなんですよ。何でも『氷の魔女』がやる気になったみたいで」

 

「氷の魔女?」

 

 白兎猟兵の言葉に反応したのは見習聖女だ。

 至高神からの託宣(ハンドアウト)でここまで来たわけだが、まさかその魔女を討てと言う意味なのか。

 僅かに怯えた表情で思考に意識を傾けた見習聖女の腕をローグハンターが掴み、強引に引き寄せて進路を変える。

 見習聖女は「わっ!」と驚きを露にすると、ローグハンターは「足元、気を付けろ」とだけ告げた。

 彼女の目にはただの雪が積もった地面にしか見えないのだが、白兎猟兵が感心したように息を吐く。

 

「ほぇ~、わかるんですか?そこ、下が空っぽになってるんすよ」

 

雪庇(せっぴ)だったか。ただの雪の塊だから、体重をかけたら底までまっ逆さまだぞ」

 

 ローグハンターは淡々とそう告げると見習聖女から手を離し、彼女が踏みかけた雪庇を剣の切っ先で突くと、音を立てて雪が崩れ、底の見えない穴が口を開けた。

 見習聖女は危うくそこに呑み込まれていたという事実に顔を青ざめ、新米たちも怯えた様子で手頃な岩の上に飛び乗った。

 雪が天然の落とし穴になるというのなら、岩の上を進んで踏まなければ良いだけの事だ。

 初めて訪れる場所は臆病な程が丁度良い。

 ローグハンターは彼らのその姿勢を責めることなく、白兎猟兵に目を向けた。

 

「それはともかく氷の魔女だ。そいつが何かしたのか」

 

 彼の興味は完全にその魔女に向けられていた。

 久しぶりの純粋な冒険に心踊っていたにも関わらず、そこにいたのは白兎猟兵を困らせる氷の魔女(ローグ)

 六年間で培われてきたならず者殺し(ローグハンター)としての義務感が、彼の背中を押し始めているのだろう。

 銀髪武闘家は一層やる気になった彼の表情に苦笑を漏らすものの、彼らしいからと安堵を覚える。

 二人の表情の変化に気付かない白兎猟兵は何てことのないように言う。

 

「ぼくらとしちゃあ、雷鳥だの雪男(サスカッチ)だのに、たまに仲間が喰われるのは文句もないんですが」

 

「……ないのかよ」

 

 白兎猟兵が言うと、新米剣士が思わずそう言葉を漏らした。

 仲間が喰われたのに文句がないというのは、只人の彼では想像も出来ないのだろう。

 

「ないんすよ。弱肉強食、それがぼくらにとっちゃ普通ですから」

 

 白兎猟兵が飛んだり跳ねたりしているうちにずれた山刀の位置を直しながら言うと「ですけど──」と言葉を続け、疲れたように首を横に振った。

 

「この冬はそれがえらいことになっちまいまして。冬の時代がきたお祝いだって、毎日雪男どもにひょいぱくされて、参っちまいます。ついでに他の食料まで持っていかれてますから」

 

「このままいけば村民全員が餓死か喰死のどちらかか」

 

 ローグハンターが言うと、白兎猟兵は「そうなりますね」と今度こそ神妙な面持ちで頷いた。

 

「ようやく託宣の意味がはっきりしたな」

 

 白兎猟兵の言葉を受け止めたローグハンターはそう言いながら、後ろを歩く見習聖女に目を向けた。

 彼の金色の双眸と真正面から視線が交錯した見習聖女は、彼の言葉の意味を理解してか、首に下げた至高神の聖印を握り締めた。

 彼女の一党たる三人もようやく目的がはっきりしたと顔を見合わせて頷きあう。

 

「ほいっと。皆さん、もうそこですよ」

 

 だからだろうか、白兎猟兵が示した場所を見るのに一瞬遅れてしまう。

 

「おぉ……」

 

 思わず声を漏らしたのは果たして誰だっただろうか。

 尾根と尾根の狭間、ぽっかりと開いた谷間に、いくつもの巣穴と思しき穴が穿たれているのだ。

 そのどれにも丁寧に作られたであろう小綺麗な扉がはめ込まれ、模様のような小道が戸口から伸びている。

 只人の街に住み、森人の街を見たローグハンターからしても、そのいずれとも違うと断言出来る独特な空間。

 それこそが兎人たちの集落であり、彼ら冒険者の目的地であった。

 住民たちの表情には今一つ活気はないものの、集落を世話しなく行き来している。

 

「キィッ!」

 

 不意に集落を眺めていた冒険者らの脇を、鷲が過ぎ去っていった。

 驚く彼らの視線を集めるように悠々と宙に円を描くと、集落の中央に鎮座する何かに停まりもう一声鳴いた。

 そうしてようやく、見習聖女はその存在に気付く。

 彼女に続いて新米武闘家、新米剣士、新米戦士とそれに気付き、銀髪武闘家は思わず息を呑み、ローグハンターは「ほぉ」と感嘆したように息を吐いた。

 集落のちょうど中央。ぽかりと空いた広場に一本の細い柱があった。

 それは酷く汚れ、錆びて、集落の者の中には触れようとする者すらいないけれど、冒険者らにとって見覚えのない者は誰一人としていない。

 逆しまになった剣と天秤を組み合わせた意匠の、とても古い杖。

 

「前人未到とはいかないか」

 

 ローグハンターは誰に言う訳でもなくぼそりと呟き、見習聖女に、正確には彼女の持つ天秤剣に目を向けた。

 偉大なる至高神の加護は、確かにここにあったようだ。

 

 

 

 

 

「おうい、お母さん!至高神様の御使いをお連れしたよー!」

 

「あらまあ!じゃあ、ご飯にしましょう」

 

 白兎猟兵が巣穴に入ると共に告げた言葉に、丸々太った白兎の奥方が嬉しそうに手を打った。

 数年来の友人を招き入れるように冒険者たち、そしてローグハンターの肩に乗る鷲を居間に通し、すぐさま料理を作らんと奥へと消えていく。

 ローグハンターが「警戒心の欠片もないのか……」と珍しく呆れたように言いながら腰に下げた弓と矢筒、剣を壁に立て掛け、ライフルを抱えたまま夏草の絨毯の上に腰を降ろす。

 鷲も彼の肩から飛び降ると嘴で自分の羽を掻き、絨毯を整えてから足を折った。

 彼らに続くように銀髪武闘家が彼の隣に腰掛け、新米たちも各々装具を緩めてから腰を降ろした。

 そうして待つこと数分。兎人の奥方がお盆に人数分の皿を乗せて戻ってくる。

 振る舞われた不断草の赤い根のスープは食べ慣れぬ味ではあるものの、心から温まる味であったことは間違いない。

 鷲の為なのかいくつかの果実が出され、鷲は礼を言うように一鳴きしてからそれを口にしていく。

 ローグハンターは遠慮のない相棒に批判的な目を向け、そのまま物足りなそうな表情をする銀髪武闘家の脇を小突く。

 だが時すでに遅し。彼女の表情に気付いた兎人の奥方が申し訳なさそうに言う。

 

「ごめんなさい。主人がおりませんもので……」

 

「どうかしたんですか?」

 

 新米武闘家が一口、二口と口元に匙を運びながら問うた。

 

「お父さん、美味しいパイにされてしまったからね」

 

 冒険者たちを連れてきた兎人がしんみりと言うと、新米武闘家は「ご、ごめんなさい……っ」と慌てて頭を下げた。

 だが、白兎猟兵は「良いの良いの」と手を振った。

 

「死んじゃったのは仕方ない。ぼくらは気にしてないから」

 

「だが、良かったのか?」

 

 ローグハンターは無理やり話題を変え、難しい顔をして問いかけた。

 

「集落の様子を見た限り、食料の備蓄も少ないんだろう?」

 

 気を遣っておかわりを頼まないでいた空皿を見ながら問い、躊躇なく次の一杯を平らげた新米剣士と新米戦士、銀髪武闘家の三人に一瞥くれる。

 兎人の奥方は「良いんですよ」とにこにこと機嫌良く言い、「お客様をもてなさないのは一族の恥ですから」と続けた。

 なぜそういった規則が生まれたのかは定かではないが、ローグハンターは肩を竦めて「そうか」とだけ言った。

 一族の決まり事にまで首を突っ込む程、彼は図太い性格はしていない。

 だがしかし、気にならないかと問われると答えは否。

 

「──なぜ身を削ってまで、初対面の相手をもてなすんだ」

 

 空皿を弄びつつ問うと、兎人の奥方は「大した話ではありませんよ」と一言挟んでから話し始める。

 

「わたくしどものご先祖が餓えた旅人の為に自ら火に飛び込み、命を救ったのです。その心が神々に認められ、祈りを教えてくださった。……ただ、それだけですよ」

 

「なるほど。兎人に伝わる神話か」

 

「そんなところです」

 

 兎人の奥方が頷くと、ローグハンターは小さくため息を漏らした。

 彼らから見れば、もてなしを断る方が失礼にあたるのだろう。

 

「なら、もう一杯──」

 

 ──貰おう。と口にしようとした時だ。

 最近鋭くなった彼の第六感が刺激され、背中に冷たいものが過った。

 

 ──何か来る……。

 

 何の根気もないもないただの直感。だが時にその直感が命運を分ける時もある。

 ローグハンターは兎人の奥方に空皿を差し出した姿勢で固まると、険しい表情で眉を寄せた。

 冒険者、兎人の全員が顔を見合わせて首を傾げる中で、ローグハンターは皿を絨毯の上に置いて立ち上がった。

 何もないならそれで良い。だがもし何か来ているというのなら……。

 

 ──狩るだけだ……。

 

「すまないが少し外に出る。お前らは休んでいろ」

 

 ローグハンターは努めていつも通りの声音になるように心掛け、壁に立て掛けた二振りの剣と弓と矢筒を手に取りながらそう告げた。

 兎人の奥方は「厠は奥にありますけど」と遠慮がちに言うが、彼は「気にしないでくれ」ととりつく島もなく外へと出てしまう。

 鷲も主の背を追いかけて外に飛び出していき、取り残された新米たちと兎人たちは訳もわからず顔を見合わせるのみ。

 だが、何かを察した銀髪武闘家は慌てて残ったスープを一息で飲み終えると立ち上がる。

 

「すいません。私も行ってきます」

 

「ですから厠は──」

 

 兎人の奥方が再び家の奥を示すが、銀髪武闘家は手を振りながら「いや、そうではないので、お気遣いなく」と返して家を出る。

 取り残された新米冒険者たちと兎人たちは顔を見合わせ、首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 集落の中央広場。錆びた天秤剣の前にローグハンターはいた。

 これを置いた者の痕跡を辿ろうとタカの眼を発動し、どこからか現れた半透明の幻影に目を向けた。

 男か女かは定かではないが、水の街の法の神殿でよく見かける神官服を纏った神官が、隣に立つ兎人に何かを託すと自らの天秤剣を地面に突き立て、集落の外を目指して歩き出す。

 何を渡したのかは定かではないが、大切なものであることは確実。

 ローグハンターは顎に手をやり思慮するが、流石にわからない。そんな下手をしなくとも百年は前の出来事なぞわかるものか。

 タカの眼を解除しつつ、ローグハンターはため息を吐いた。

 あの時覚えた悪寒。その正体を探ろうと外に出たわけなのだが、集落は平和そのものだ。

 

「もう、どうしちゃったの」

 

 広場の中央で立ち尽くす彼の背に、銀髪武闘家が声をかけた。

 彼は反射的に振り返ると肩を竦め、「どうにも嫌な予感がしてな」と告げて苦笑を漏らす。

 鷲は既に放っている。何かを見つければ、向こうから繋げてくるだろう。

「嫌な予感」と銀髪武闘家はおうむ返しすると、やれやれと首を横に振りながら彼の隣に立つ。

 

「だからって一人で飛び出していくのはどうかと思うな」

 

「お前なら追いかけてくると思ったからな」

 

 彼女の苦言に間もおかずに返し、彼女の肩を抱いて自分の方へと引き寄せた。

 突然抱き寄せられて驚きはするものの、寒空の下では温かいと頬を緩めた。

 

「まあ、何と言われようと追いかけるよ。キミがいるならどこまでもってね」

 

「俺もだ。お前がどこにいようと、必ず見つける」

 

 お互いに顔を見合わせ、恥ずかしがる様子もなく告げた。

 こんな会話をしてはいるものの、驚く事にこの二人、まだ結婚していないのである。

 

「それはそうと戻らないの?見張るなら付き合うけど」

 

「もう少ししたら戻るから、お前は先に戻ってくれ」

 

「えー、嫌だ。この前だってキミと離れたせいで怪我したんだよ?」

 

 銀髪武闘家は不満顔でそう言うと、自分の腕をローグハンターの腰に巻き付ける。

 近かった二人の距離は更に近づき、お互いの熱と鼓動を強く感じることが出来る。

 ローグハンターは思わず緩んだ口角を気にすることなく、仕方ないと言わんばかりに息を吐いた。

 

「わかった。気が済むまでこのままでいろ」

 

「えへへ。そうします」

 

 ローグハンターの言葉に甘えるように、銀髪武闘家はぎゅっと彼を抱く腕に僅かに力を入れた。

 女性とはいえ下手に力を入れようものなら、鯖折りよろしく彼をダウンさせてしまう。己の身一つで銀等級に登り詰めた彼女の膂力を侮ってはいけない。

 二人の胸中が「ずっとこのままでいたい」と思うほど、そうさせまいとするのがこの世界だ。

 錆びた天秤剣を見ていたローグハンターの視界が急変し、一瞬のうちに集落を空から俯瞰するものへとなったのだ。

 視界に映るのは何やら騒がしくしながら集落へと近づいていく何者かの影だ。数は三。

 ローグハンターは目を細めると名残惜しそうに銀髪武闘家から手を離し、腰に巻かれた彼女の手を解く。

 彼の行動の意味を知っている彼女は批判することなく彼のされるがままに手を離し、僅かに残念そうに息を吐いた。

 

「問題発生だ。あいつらを呼んでこい」

 

「わかった」

 

 銀髪武闘家が駆け足で白兎猟兵の巣穴へと戻っていくと、ローグハンターは肩を回して首を鳴らすと、その何者かを迎え撃たんと歩き出す。

 何者かに近づくと共に聞くに値しない雑音のような歌が鼓膜を叩き、ずん!と響く足音が腹の底まで届いて消える。

 集落のちょうど入り口となる場所でザッ!と足音を立てて立ち止まると、その何者かも彼に気付いて足を止めた。

 それらは異形の人型だった。ずんぐりむっくりとした猿にも見えるそれは、身長三メートルを越える雪男であった。

 筋骨隆々、それこそ筋肉の塊のようにさえ見える巨漢が三体。立ちはだかるのは身長二メートルにも届かない只人が一人。

 彼の目には赤一色に映る雪男たちは、彼の姿を認めてげたげたと下品な笑い声をあげた。

 

「なんだなんだ、言う前に決闘すんのが飛び出してきたのか?」

 

「小せいし、固そうだし、腹の足しにならなそうだなぁ」

 

「そもそも兎じゃあねぇぞ、ありゃ。なんだ」

 

 雪男の三人に貶される中で、彼は至って冷静だった。

 否、額に青筋を浮かべ、手にした弓を握る手にも血管が浮かんでいるから、相当に怒っていた。

 彼が何に怒っているのか。自分を貶された事か。強大な相手を前にして自分を奮い立たせるためか。

 それも否だ。彼が怒りを露にしている理由。それは、

 

 ──こんな間抜けな奴等に、あいつとの時間を邪魔されたのか……!

 

 純粋に恋人との会話を邪魔されたからに他ならない。

 この男、一ヶ月前の出来事のせいで愛が可笑しな方向に振りきれている節がある。

 それは彼自身に自覚はなく、ましてはそれを知る友人たちもいない。彼がたった一人の時にだけ見せる新しい表情だ。

 彼は無言で弓を構えて矢をつがえ、鋭く息を吐きながら引き絞る。

 

「ん?あのチビッ子、何を──」

 

 雪男が大口開けて何か言おうとした瞬間、その口内に矢が突き刺さった。

 柔らかな口内を突き抜けた矢はそのまま脳髄を貫き、後頭部から脳の欠片がこびりついた鉄製の鏃が飛び出し、鮮血を滴らせる。

 雪男は自分が死んだ事にも気付かずに膝をつき、そのまま『ずぅーん』と重い音を響かせながらうつ伏せに倒れた。

 残された二人の雪男は何が起きたのか理解するのに時間を有した。理解したと共にしたのは二人それぞれ別のことだった。

 一人は敵を討たんとローグハンターに向けて走りだし、もう一人は「お、おい!」と止めんと手を伸ばすがもう遅い。

 

「こんの、野郎がぁ!」

 

 動かぬローグハンターに豪腕を振り降ろし、その小さな身体を叩き潰さんとしたが、

 

「のろまが」

 

 彼はそう漏らしながら横にステップを踏むのみで回避した。

 空を切った豪腕は地面に叩きつけられ、ローグハンターの姿を覆い隠す程の雪煙を舞い上がらせる。

 雪男が彼の姿を見失った一瞬。金色の軌跡が雪煙を切り裂いた。

 

「……へ?」

 

 否、雪煙だけではない。雪煙を切り裂くのと大差ないほど容易に、雪男の豪腕が諸とも切り裂かれたのだ。

 雪男は跳ね上がった自分の腕を他人事のように眺め、ぼとりと落ちた音を合図に、肘から先がなくなった自慢の腕を見つめた。

 

「……あ……ぎっ……あぁ!?」

 

 遅れて駆け抜けた激痛に顔を歪め、血が噴き出て止まらない腕を押さえるが、彼は一つ勘違いをしていた。

 まず雪男の振り降ろし。それに対するローグハンターの回避。そして、その流れのままに反撃。

 続けて雪男は痛痒(ダメージ)で行動不能。つまり、

 

 ──今はローグハンターの行動順(ターン)だ。

 

 ローグハンターの一閃が左足の脛を裂いて膝をつかせると、差し出された膝を足場に跳躍。

 三メートルを越える雪男の頭を飛び越えながら金色の剣を逆手に持ち変え、そして──、

 

「シッ!」

 

 鋭く息を吐きながら突き立てる。

 放たれた一撃は寸分の狂いなく鎖骨の隙間すり抜け、雪男の心臓を貫いた。

 その勢いのままに雪男の巨体を引きずり倒し、金色の剣を引き抜き血払いくれる。

 血に濡れて尚その輝きは衰えず、むしろ血を吸ったからか増しているようにさえ見える。

 ローグハンターはその刀身を指で撫でると、残された雪男を睨み付けた。

 本来捕食者たる雪男に恐怖を抱かせるそれは、さらに上の捕食者を前にした時のそれだ。

 井の中の蛙。雪男たちの状況はそうとした言いようがなかった。

 

「ア、アニキたちが、アニキたちが!?」

 

 目の前で仲間二人を瞬殺された雪男が狼狽えながらそう言うと、ローグハンターは金色の剣の切っ先を雪男に向けた。

 

「我が名は誰でもない(ノーマン)!我が血肉を啜りたいのいうのなら、貴様の主を連れてこい!素っ首叩き落とし、貴様らに喰われた友たちへの手向けとしよう!」

 

 雪山に轟く大咆哮。

 恐るるに足りない筈の一人の男に、今まで感じた事のない恐怖を覚えた。

 相手に恐怖を覚え、間合いも充分とあれば、する行動は一つ。

 

「アニキが誰でもない(ノーマン)にやられたぁっ!!!」

 

 逃走だった。

 アニキと呼ぶ二人の亡骸をそのままに、雪男は山奥目指して駆け出したのだ。

 その背に矢を放つことも出来るが、彼はそれをしなかった。

 逃げた痕跡を追えば氷の魔女にたどり着くからだ。

 こちらまで来た痕跡を追っても良いが、魔女の拠点と雪男の拠点が同じという証拠がない。

 ここまで追い詰めれば、確実に魔女の下まで逃げおおせる筈だ。

 ローグハンターはホッと白い息を吐くと金色の剣を腰帯に戻し、雪に突き刺した弓を手に取り背中に回す。

 

「なんか凄い音したけど大丈夫!?」

 

 同時に集落の方から聞き馴染んだ声が飛んで来た。

 ローグハンターは無事を伝える為に右手をあげ、仲間たちが横に並ぶのを待つ。

 真っ先にたどり着いたのは銀髪武闘家だ。自慢でありトレードマークの銀色の髪を尾のように揺らし、彼女の場所である彼の隣に滑り込む。

 側に倒れる巨漢の死体から戦闘があったのは明白。

 

「だから、無茶しないでって言ってるよね!?」

 

「そこまで強くなかったぞ?」

 

「そういう問題じゃなくて!」

 

 数的不利を物ともしない彼の姿勢は褒めるべきか、貶すべきか。

 それとも合流する前に戦闘を開始してしまった彼の性急さを責めるべきか、集落への被害が最小限だから許すと寛容になるべきか。

 銀髪武闘家の脳裏に様々なことが過っていくが、それが言葉になるほど具体的になることはない。

 

「あー、こう、色々と言いたいことはあるけど今はいいや!」

 

 手っ取り早く諦めた銀髪武闘家は開き直ったように言うと、新米たちは「あはは」と乾いた笑みを浮かべた。

 白兎猟兵の巣穴から集落の入り口に来るまで三分足らず。ローグハンターはその短時間で二体の雪男を仕留めたことになる。

 彼の強さはよく知っていた筈だが、こうして見せつけられるとその差を痛感してしまう。

 

「それで、これからどうするんですか?」

 

 見習聖女が一瞬過った迷いを振り払うように問うと、ローグハンターは「決まっている」と答え、いっそ清々しいまでの笑みを浮かべて告げた。

 彼の友、ゴブリンスレイヤーの言葉にして共有する目的の一つ。

 

 ──塵殺(おうさつ)あるのみだ。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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