Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第1話 ニューコムの厄介者(キャンサー)

 伏せられたカードの山へと、男の手が伸びる。

 

 2枚。

 辺りには詰みあがったコイン、食べかけのチョコ、そしてめいめい持ち寄った飲み物。鼻孔に香る酒の匂いは、テーブルを囲う男たちの一人が、早くもアルコールに手を出したせいだろう。シャッターから差し込む太陽から隠れるように、ぼろぼろの家電や得体の知れないガラクタに囲まれたその一角は些か陰り、互いのカップの中身など容易には見て取ることはできない。

 

 手札に加えて左右を見比べ、男の口元に浮かぶのは笑み。どうやらいい役を揃えたらしい。

 

 ――分かりやすい奴め。

 一足先に勝負(コール)をかけた青年は口中にそう呟き、テーブルの板チョコを手で砕いて口へと運んだ。

 手札を読み、ちらりと視線を男達へ向け、その表情をそれとなく読み手元へ戻る。勝ちの手を確信した青年の表情は、続く『コール』の声にもさして揺るがない。

 

 最後の手順の『おやっさん』が勝負をかけ、一同は一斉に手札を晒す。

 赤と黒の二色、とりどりの数字と記号が織り成す曼荼羅模様。互いがそれを見比べた一拍後、張り詰めた空気を一番に破ったのは、何を隠そう勝利を確信していた青年だった。

 

「っかぁ!ウソだろ!?絶対に貰ったと思ったのに!」

「うわー…俺もっス。初手でストレートのパーツ3枚が揃った時は勝ったと思ったんスけどねー」

 

 琥珀色の頭髪をウルフカットに整えた青年――レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフが、絶望の声とともにソファへ背を沈め、その拍子に机上の手札が散らばる。3枚のQと2枚の9で構成されたフルハウスの役の向こうでは、右隣に座る金髪の青年――カール・グラッツェルが右手で頭を抱え、笑いながらも悲嘆の声を響かせていた。役はどうやら4から8を揃えたストレートらしい。

 対面に座っていた乗機の機付長は、早々に勝負を諦めていたのかAとJのツーペアを晒しながらも、青年二人の悲嘆を見てにやにや顔を見せている。――そして左隣、既に酒の匂いを漂わせる色黒の『おやっさん』が見せた手はといえば、四色のKが並んだ不動の姿、フォーカード。ぐうの音も無く、勝敗はもはや自明であった。

 

「かははは!読みが甘い甘い。歴戦のワシを舐めて貰っちゃ困るな」

「さっきまで無役(ブタ)続きだったのになぁにが歴戦だよ。くっそ…勝ち分チャラじゃんか」

「そうっスよ絶対何か仕込んだでしょ!イカサマ!イカサマ!」

「おうおう雛どもが鳴きよるわ、かははは。どうするね、もう一戦」

「やるに決まってら!カール、次配ってくれ」

 

 はいはい、と応じたカールが手早くカードを手繰り寄せ、手の中で束になった山札をシャッフルしてゆく。時計回りに一枚ずつ配らる手札に目を落とす4人の男の目は、遊びの余裕を内包しつつも、真剣なものへと変わっていった。

 五枚配られたそれを、レフは順に確かめる。

 ハートの7、ハートの10、ダイヤの10、クラブのJ、ハートの9。スリーカード以上かフラッシュ、事によればストレートフラッシュを狙えなくもない手である。確実性か、役の強さか、ここはどの手を選ぶべきか。レフは左手で前髪を弄りながら、手札越しに他の三人の様子を伏し目に探った。

 

「…っていうかお前ら、こうして遊んでていいのか。一応邀撃待機中だろう、今」

「いいのいいの、こんな僻地にゼネラルも用なんて無いでしょ。本社のあるユージア大陸や最前線のゲベート行政区ならともかく、こちとら南の果てなんですから」

 

 口髭を蓄えた機付長の呆れ声に、レフは事も無さげに応じ返す。事実その胸に刺繍されたニューコムの文字や『Neucom Emergency Unit(NEU)』のロゴはほつれや汚れ一つ無く、その主もろとも酷使を受けていない様が見て取れた。

 

 レフの言葉の背景にある現状の世界情勢は、一応の説明を要するだろう。

 

 20世紀末のベルカ戦争と小惑星ユリシーズの衝突、2010年の環太平洋戦争、2019年の灯台戦争、そして2020年のオーレリア戦争。度重なる戦争と天変地異に襲われ、21世紀初頭のオーシア大陸においても、各国の衰退は驚異的な速度で進行していた。

 最初に国家体制がほつれを見せたのは、大国オーシア連邦の東側に存在するオーシア東方諸国である。

 2010年の環太平洋戦争に付随して発生した代理戦争によって諸国は荒廃し、中でも戦禍が大きかったラティオ、ウスティオ、レクタの三国は国家の運営に支障を来たすほどにまで経済にダメージを受けていた。当然これらの国と交易を行っていたファトやノルドランドといった国においても影響は大きく、地域的な不況に引きずられる形で経済状況は悪化の一途を辿っていた。

 

 ここに介入したのが、2010年代当時は新興の多国籍企業であった『ゼネラルリソース』である。

 主要工業から始まり化学分野や食品分野に軍事分野、果ては水道や電気に至るライフラインまで手掛けるゼネラルリソースは、これらの窮乏した諸国に対し、各分野における大規模な民営化を提案。もはや運営能力を失った各国の行政事務を代替する形で、間接的に企業が国家を運営する形態を構築したのである。ゼネラルグループの参入による新興企業の誘致、それに伴う雇用創出と、ゼネラル経済圏とでも言うべき新たな枠組みの構築によって同地域の経済状況は瞬く間に好転し、各国の国民は諸手を叩いてゼネラルリソースの参入を歓迎した。行政や司法、軍隊までゼネラルの方針で統一されたことになり、いわば一大連合国家が誕生したようなものと言っていい。

 すなわち2020年代におけるオーシア東方諸国においては、急速な衰退によりゼネラル経済圏に入った国家群と、衰退しつつも自力で国家運営を行っていた国家群が混在していたという訳である。

 

 この状況に目を付けたのが、2030年代に入り勢力を拡大した後発の多国籍企業『ニューコム』であった。

 海の向こうであるユージア大陸に本拠を置くニューコムは、オーシア大陸においても勢力を扶植すべく非ゼネラル経済圏の各国に対し、有利な条件でニューコム経済圏の創出と参入を打診。2030年代にもなれば衰退が免れなかった国々や、ゼネラル経済圏下の各国に対する国民感情からゼネラル側への加入を見送っていた国などは、相次いでニューコム経済圏側へと参画を表明していった。

 

 こうして現在――2039年5月時点では、オーシア東方諸国にはゼネラルリソースとニューコムという二大企業が勢力を扶植し、互いに覇権を競って企業間戦争を繰り返す状況となっていた。旧国名で言えばウスティオ、ラティオ、レクタ、ファト、ノルドランド、ウェルバキアの六か国がゼネラル経済圏、ベルカ、サピン、ゲベートの三か国がニューコム経済圏に入ることになる。概観すれば東側がゼネラル、西側がニューコムという区分になっているが、このうちゲベート行政区とウスティオ行政区は互いに一方の勢力圏に深く入り込む位置にあり、自然これらの行政区は両戦力がぶつかる激戦区といった様相を見せていた。

 

 翻って、現在レフ達が居を構えるのはサピンの南部に位置するアルルニア州ル・トルゥーアであり、さしたる戦略的な重要性も無いことからゼネラル側も大した戦力を割いている地域ではない。最低限旧ラティオ国境と西スプリング海への警戒さえされていればよく、先のレフの言葉もその認識を受けてのことだった。

 

「そうそう。接敵の機会だってほとんど無いじゃないスか。最後に敵機を見たのはいつだったかっていうレベルで」

「第一大軍に来られたら、こんな基地一つ片手で潰される。何もないくらいが丁度いいでしょ」

「お前らな…そんなんだから厄介者(キャンサー)呼ばわりされるんだぞ。…あ、2枚チェンジ」

「いや、緩み加減では五分五分の機付長に言われたくはないスけどね」

 

 手札を放る機付長に、にししと笑いながらカールが応じる。慣れてしまったその呼び名は、もはやレフの中に何の感慨も生み出すことは無かった。

 

 戦略的な価値が低いという上述の要素から、このル・トルゥーア基地はNEU東方方面軍の中でも厄介者を放り込む左遷先、あるいは体のいい流刑地という不文の側面があった。

 例えばカールは元々航空偵察隊所属であったが、コミュニケーション能力の高さと裏腹に極めて臆病な性質が問題視された男である。わずかな対空砲火や迎撃機に見舞われるどころか、果てはレーダーに敵影が映った瞬間に任務を捨てて逃げ帰る行為を繰り返した結果、この基地にぶち込まれたというのがその経歴であった。TACネームの『センチネル(斥候)』という名も、ある意味でこの男らしいものだと言えるだろう。

 

 厄介者といえば、おやっさんも同様である。年齢どころか本名すら不詳で、ついた呼び名は見た目もそのままおやっさん。整備主任という肩書らしく整備技術や航空機への知識は随一な一方で、ガラクタ集めの悪癖があり、しばしば廃棄予定の残骸や家具類を集めたコロニーを形成するのが問題だった。事実、今こうしてポーカーをしている一角も実際には格納庫の端であり、ガラクタ置き場と化したそこにはくず鉄が所狭しと並んでいる。奥の方には修理途中なのか、カバーを被せられた機体らしきシルエットすら鎮座している有り様だった。

 

 だが、一癖も二癖もあるこの基地においてなお、厄介者と称されるのはこの青年――レフが一等と言える。

 レフはかつて激戦区である他の基地に所属していたのだが、厄介とされたのがそのやり様である。すなわちその日の気分や任務の内容いかんで、命令を無視し帰還や目標外である敵戦闘機との交戦、果ては機体不調を偽装してのサボタージュを繰り返したのだ。

 なまじ腕はまずまずある一方で、むらっ気のあるその性状は上司としても同僚としても使いづらく、評された言葉は『あいつはニューコムのガン(キャンサー)だ』。ついにはゼネラルの輸送ルート破壊という一大作戦でサボタージュを決め込んだことが上層部の逆鱗に触れ、晴れてこのル・トルゥーアに左遷されたという訳であった。

 尤も本人はその呼び名を嫌うどころか気に入り、敢えてかに座(キャンサー)を自らのTACネームに充てるという肝の太さ――もしくは横着さを示して見せた。果てはエンブレムにまでかに座の意匠を採用した辺り、横着の方が強いのかもしれない。

 

 ともあれ、この基地が組織から外れた異端者の巣であるという評には、否定の言を指せないであろう。

 

「ワシは1…いや2枚チェンジだな。レフ、お前さんの番だ」

「んー…。なら、俺は手堅く行くかね」

 

 おやっさんの手番を経て、レフは手札からダイヤの10とクラブのJを捨てて、山札から二枚を引く。ブラフの言葉とは裏腹に、狙いはハートの7を起点にするストレート。あわよくばストレートフラッシュを狙い、確実に片を付ける積りだった。

 引いた1枚目は、ハートの8。過たず、ストレートフラッシュの構成カードである。

 あと、1枚。

 

 どくどくと鳴る心臓、ポーカーフェイスを貫きながらも喉に溜まる唾。

 ゆっくりとそれを手に取り、表にして手札に加えかけたその瞬間。張り詰めた空気を破ったのは興奮の歓声でも落胆の溜め息でもなく、けたたましい機械のアラート音だった。

 

「な、なんだぁ!?」

《邀撃待機中のキャンサー隊へ、出撃要請。ただちに離陸にかかれ。航空要員は離陸作業開始せよ》

「たく、いい所で。行くぞ、カール!」

 

 手札を捨て、古びたソファから腰を上げて、レフは傍らのヘルメットを引っ掴んで乗機へと踏み出す。律儀に手札を裏にして、慌てて立ち上がるカールがそれに続き、おやっさんと機付長もまた勇躍した様子で受け持ちの場へと向かっていった。

 全員が去った後。レフの手札に加わるはずだった、表向きの最後の一枚は――ジョーカー。

 

「エンジンの暖気は?」

「万全じゃ!整備主任舐めんな!」

「誘導員出ろ!すぐに上がるぞ!」

「システム立ち上げよし!レフ航空技官(フライトパイロット)、カール航空技師(フライトエンジニア)、いずれの機体もOK!」

 

 腐っても流石は二大企業の一角たるニューコムである、その実戦部隊たるNEUにおいては、各要員の動きは機敏と言える。

 機体横のタラップに足をかけ、レフは自らの乗機――R-101『デルフィナス』のコクピットへと自らの体を滑り込ませた。

 

 ガラスではなく装甲に覆われたキャノピーが閉じ、一瞬視界が暗闇に包まれる。

 一瞬後、正面に『N』の字をモチーフとしたニューコムの社章が表示されたかと思えば、数秒の後には先ほどと変わらない外の光景が、周囲前面に明瞭に映し出された。せいぜい正面左右を見渡せるだけの一昔前の機体とは異なり、その視界は後方はおろか下方にまでも及び、さながら自らの体と座席が宙に浮いてしまったかのような錯覚すらも覚えさせる。

 手の甲の部分に多数の電極が設けられた特殊なグローブを手に、両腕を左右操縦桿手前のアームレスト部に置く。『CONNECTED』の表示が正面に現れるとともに座席の背もたれは大きく傾斜し、レフは半ば寝るような体制で座席に収まる姿となった。

 操縦桿も計器類も操作することなく、車輪止めを外された機体はそのままゆっくりと格納庫の外へと動き出してゆく。その様は、旧来の航空機に慣れた人々にとっては、まるで機体そのものが意思を持って動いているように見えるに違いない。

 

 『コフィンシステム』。

 それが、神経と機体を間接的に繋いで機体の直感的な操作を可能とした、このシステムの呼び名である。

 従来の航空機と異なり、このシステムでは両手のグローブに設けられた電極から神経系の電気情報を拾って、それを機体の操作にリンクさせることで航空機を動かすことが可能となる。一例を挙げれば、操縦桿を傾けて機体を旋回させようとする場合には、その操縦桿を動かすために『腕を動かそうと思う』だけで、機体を旋回させられるという訳である。すなわち本システム搭載機は、従来より肉体の消耗が少なく、なおかつ従来より遥かに素早い反応が可能になったと言える。これらが空戦時にもたらすアドバンテージは計り知れず、事実コフィンシステムの発明と普及は、システム非搭載機を瞬く間に過去のものへと変えていった。

 

 5月の太陽が注ぐ下、ゆっくりと滑走路へ侵入していくのは、サメのような流線型の体に細長い後退翼、角ばった垂直尾翼と扁平な機首が特徴的な2機の『デルフィナス』。先を行く1機は垂直尾翼の手前から小さな水平尾翼にかけてを青くV字に染め、垂直尾翼には右上から鋏を伸ばすカニのエンブレムが描かれている。いうまでも無く、『キャンサー』を名乗るレフの機体である。

 

「『キャンサー』、離陸するぞ」

 

 僅かに動く指と脚。それだけで機体はパイロットの意図を拾い、徐々に加速して速度を上げていく。

 

 アスファルトとタイヤが擦れる振動、眼下に過ぎ行く滑走路の白線。

 ごう、と風を孕む音とともにそれらは足元を離れていき、浮遊感に包まれた体ごと機体は空へと舞い上がった。

 

「で、コントロール。俺たちはどこへ向かえばいい。っていうか何があった。こちとら大勝負の途中だったんだが」

《仕事だからつべこべ言うな。まずは方位095へ向かえ。ラティオ方面は一応ゼネラル勢力圏内だ。気を引き締めろよ》

「へいへい…」

 

 意図はそのまま機体へと繋がり、流線型の機影は指示された東へと鼻先を向ける。操縦桿を握るという感触の無いコフィンシステム特有の操縦感覚は、楽な反面なんとも味気ない。

 

《状況だが、ラティオ南部のラストーネ上空において、友軍の輸送機編隊がゼネラルリソースの戦闘機隊に捕捉された。速やかにこれに合流し、ゼネラルの追撃部隊を退けろ。詳細な現在位置は座標を送る》

《…って、何でラティオ上空なんかにウチの輸送機が?》

《なんでも本社からこの基地に直行して来た途上らしい。お偉いさんのお忍びの視察かもな。気張れよキャンサー、ここで見事撃退すれば覚えめでたく異動かもな》

「冗談言え。…とはいえ」

 

 管制官の指示を耳に挟みつつ、レフはサイドモニターに周辺地図を表示し、現在の飛行位置と輸送機の現在地を確認する。

 サピン南部のこちらに対し、航行中の輸送機編隊はラティオ南部から国境近く。傾いた長靴のようなラティオの国土で示せば、踵から足の甲を結ぶ直線状の足の甲寄りという所だろうか。護衛対象が鈍足な輸送機であることを踏まえると、少々急ぐ必要がある。

 

「『センチネル』、先行しろ。接敵まで十数分って所だろうが、警戒は怠るなよ」

《了解。んじゃお先に》

 

 こちらの傍らを抜け、カールの『デルフィナス』が距離を隔てて先へと立つ。機体性能は同等ではあるが、元偵察部隊である経験上、斥候役はカールの方が得意としている。

 

《にしても何でしょうね、わざわざ本社から。ホントに視察何スかねー。俺妙な事はしてない筈っスが》

「バカ、視察ならわざわざ見つかりやすい大型の輸送機で、しかも編隊組んで来る訳があるか。連絡無しの飛び入りって所からするに、どっかへの輸送ルートの中継点か。あるいは…」

《…?あるいは?》

「何でもない。いいから前見てろ前」

 

 あるいは、厄介者。

 口から出かけたその言葉を飲み込み、レフは皮肉な苦笑を浮かべた。厄介者が厄介者を疎むなど、皮肉にも程がある。

 それにしても、カールの言う疑問はレフにとっても同じであった。重役の前線視察の類では断じてない。輸送の中継とは言ったが、それも普通ならば事前連絡があって然るべきである。わざわざ秘密裏の輸送となると、あとは重要な『何か』の輸送という所ではあるが。

 

 面倒ごとでないといいが。

 その呟きが漏れた直後、鼓膜に響いたのは先行していたカールの声だった。

 

《『センチネル』より『キャンサー』。輸送機をレーダー上に確認しました。R-502『ストレクタス』4機っスね》

「敵影は見えるか?」

《ちょいお待ちを…。これか。輸送機編隊の後方、距離4000に機影3…じゃないな、4。1機反応が小さいのが混じってます。ステルスっスかね》

「了解。システムを解除したのち俺が先行する」

 

 『デルフィナス』に搭載されたデータリンクシステムが、カール機の捉えた機影をこちらへも投影する。高度4000のこちらに対し、約1000下方。中型輸送機である『ストレクタス』編隊の後方には、確かに4つの機影が見て取れた。ダイヤモンド隊形と取ってはいるが、先頭の1機はカールの言う通り反応が小さい。

 

 指を動かし、レフはモニター上にコフィンシステム操作パネルを展開する。

 コフィンシステム操作系選択、接続解除。警告メッセージを無視して切断を選択すると同時に座席の背もたれはせり上がり、従来の航空機座席と変わらない直立に近い角度で停止した。慣れた手つきでレフはアームレスト上のグローブから両手を抜き、その前方の操縦桿を左右それぞれに握って感触を確かめてゆく。

 

《またコフィンシステムを解除して空戦するんスか?いい加減慣れたらいいのに…。腕も疲れないし楽でいいっスよ》

「やかましい。機械に頼りすぎて落っこちても俺は知らんからな」

 

 フットペダルを踏み、左右の操縦桿を前へ倒して、機体をやや下降させつつ加速してゆく。右側にカール機を追い抜いて、レフの『デルフィナス』はいち早く迫る敵編隊へと鼻先を向けた。

 

 飛躍的な反応速度の増大とパイロットの負担軽減をもたらしたコフィンシステムだが、弱点が無い訳ではない。例えば機体の操縦に細かな微調整が利きにくい点や、緊急脱出の際に機体とのリンクが強制的に切断されることでパイロットが一時的な混乱状態に陥ることが、コフィンシステムの欠点として挙げられ易い点である。特に前者は感覚的に気になる者も多く、空戦時は意図的にコフィンシステムを切って手動で操縦を行うパイロットも存在していた。レフもまた、この手のパイロットの一人である。

 

 左の操縦桿を手前に引き、機体を傾けて下方へと目を向ける。

 ――あれ、か。

 レフが目で探り当てたのは、雲を割いて一列に飛ぶ大型の機影が4つ。ブーメランのような湾曲した主翼に、産卵期のシシャモのような大きく膨れた腹を持つ灰色の機体群は、確かにNEUが運用する中型輸送機『ストレクタス』だった。さらにその後方には、距離約3000を隔てて4つの小さな機影も見て取ることができる。おそらくは、先にレーダーが捉えたゼネラルリソースの追撃機だろう。

 

《敵機識別確認!F-16XF『ジャーファルコン』3、F-35AR『アドバンスドライトニング』1スね》

「30年前の旧式がノコノコと…。警告不要、さっさと落として帰ろう」

《ミサイル怖いんで俺逃げててもいいスか?》

「今すぐ叩き落してやろうかこの野郎。冗談言ってる暇があったら行くぞ」

 

 臆病さを前面に臆面も無く言い放つカールに冗談で返しながら、レフは操縦桿を倒し、同時にフットペダルを踏みこむ。距離3000を切れば輸送機編隊が敵中距離ミサイルの射程に入る以上、あまりもたもたしてはいられない。

 安全装置、解除。増槽を捨て、機体の速度は飛躍的に高まってゆく。邀撃任務ということもあり、今回の装備は両主翼下の連装レールに懸架された短距離空対空ミサイル(AAM)が片側2発の計4発、そしてコクピット左側に設けられた25㎜機関砲が1門のみという軽装備である。彼我の機数を考えれば、十分な数という所だろうか。

 

 斜め上から接近する『デルフィナス』に気づいたのか、3機のF-16が機首を上げてこちらを指す。針路を変えず真正面から交差するその航路は、格闘性能で『デルフィナス』が勝ることを見越し、正面からの一斉攻撃で片を付けようという意図が見て取れた。概してゼネラルリソースが運用する機体は、旧来の機体を改修したため信頼性に優れる反面、総合性能ではニューコム機に後れを取っているのは敵味方問わず周知の事実である。

 

 見る見る数字を上げる速度計、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)上で徐々に狭まっていく相対距離。それが2000を切り、1500を割り、1300に達した所で、レフは両方の操縦桿を手前に引き、機首を引き上げて敵編隊からの矛先を逸らした。

 全天を映し出すモニターの中、レフの眼下では3機が慌てたように機首を上げ、ほとんど垂直になりながらこちらを指す様が見て取れる。予想外のこちらの機動に、意図せずして縦方向への巴戦となってしまった敵編隊を見計らって、レフは左の操縦桿を奥、右を手前にそれぞれ動かし、捻るように回転を加えながら『デルフィナス』を旋回下降に入らせた。

 

 機体を構成する軽量の新素材に加え、主翼面の気流を制御する層流制御技術を投入された『デルフィナス』は、従来の戦闘機とは並外れた格闘性能を発揮する。

 まるでイルカが海流の中で身を翻すように小半径の縦旋回に入ったレフの『デルフィナス』は、その尾を追って急上昇するF-16と素早く擦過。ミサイルの火戦に晒されることなく前衛の3機をいなし、本命たるF-35の方へ斜め後方から接敵に入った。

 

《わ、わー!こっちに3機が!何してくれてるんスか『キャンサー』!》

「俺はこっちの『ライトニング』を叩く。そっちは何とかしてくれ」

《この鬼!カニ!もう逃げるっスよ、俺逃げますからね!》

 

 耳にカールの罵倒を挟みながら、レフの口元には苦笑が浮かぶ。ああ見えて、カールは回避に徹すればそうそう容易に撃墜される男ではない。逃げてばかりとはいうものの、あらゆる不利な状況からも逃げおおせたその技量自体は伊達ではないのだ。

 

 さて。

 そう呟き、見据えるのは下方、直下を通過してやや後方。輸送機を追う態勢を保っていたF-35ARも後方に脅威を抱えたまま追撃する愚は犯さず、機首を上げてこちらに対抗する構えを見せていた。斜め後方から弧を描いて旋回降下するレフに対し、『アドバンスドライトニング』は垂直旋回の頂点でロールを行うインメルマンターンを行い、瞬く間に同高度に付けて見せる。

 

 正面、ミサイル2発。右の操縦桿を引いて矛先を躱し、同時にフットペダルを緩めて減速する。

 機体の左側、腹の向こうを擦過してゆくミサイル。レフは殺した速度そのままに右方向への旋回に入り、こちらと正面から入れ違う敵機の背を取る軌道を取った。

 

 旋回。

 加速。

 操縦桿を引き横旋回を止めた所で、正面に捉えられたのは左旋回に入るF-35の黒い背中。距離は既に1000を切り、AAMの射程まであと一歩となっている。

 右への陽動、すかさず左旋回とフレア放出。目くらましを兼ねた敵の機動も、『デルフィナス』の旋回性能の前では意味を成さない。速度差と機体そのものの軽さが相まって、距離は見る間に900を、800を割っていく。

 

 左右に揺れ、惑うような敵機の挙動。その様は、進退窮まった敵の窮乏を物語っている。左右への旋回を封じられ、かといって上昇は速度の低下を招くためいい的になる。ならば、残す手は。

 引き金に指をかけ、じりじりと距離を狭めながら、レフは敵が決断するその瞬間を待った。

 

 距離700。

 600。

 

「そこだ!」

 

 距離が至近というべき間合いへと至ったその瞬間、眼前のF-35ARは目くらましのフレアを放出。同時に素早く機体を上下反転させ、背面急降下の姿勢に入った。左右と上が封じられた以上、あとは速度を活かせる下方へ離脱するというのは当然の帰結である。

 ――そしてそれが読まれている以上、隙を打つことは容易い。

 

 あらかじめその機動を読んでいたレフは、フレアの放出と同時に機首を下げ加速。機体を翻し降下する『ライトニング』向け、一気に加速し距離を詰めた。狙いは、表示された照準器の中心。降下のため、その大きな背中を眼前に晒した『ライトニング』の胴体中央。

 

 コンマ数秒の掃射音、視界の左に爆ぜる閃光と衝撃音。

 F-35ARの脇を抜け機体を反転させた数秒後。『アドバンスドライトニング』は炎に包まれ、雲を割いて遥かな地面へと墜ちていった。

 

「よし。『キャンサー』より『センチネル』、こっちは片が付いた。まだ生きてるか」

《わー!わー!……へ?…あ。あー…。こちら『センチネル』、今のでこっちのF-16も退いてきます。……あー、死ぬかと思った》

「これしきで死ぬお前かよ。…さて、輸送機をエスコートする優雅な優雅なフライトタイムとしますか」

 

 コフィンシステム起動、自律航行モードへ移行。

 電極入りのグローブに手を突っ込み、倒れた背もたれに背中を預けて、レフははあぁ、と息を付く。これしきの戦闘ならば、『デルフィナス』の性能を鑑みれば苦でも何でもない。それよりも、むしろ妙な闖入者のお蔭でポーカーのいい役がふいになってしまったことの方がよほど問題であった。

 

 連なった輸送機の横に並び、『デルフィナス』はやや傾いた太陽の下を駆けてゆく。

 二股に水平尾翼を青く塗ったその塗装は、どこかその名の通り、海を自在に泳ぐイルカの尾に見えなくも無かった。

 

******

 

 予期せぬ交戦から十数分の後。

 地方の小基地の範疇を出ないル・トルゥーアの基地も、今日ばかりは輸送機の列を前に騒がしさを見せていた。大型輸送機であるR-501『ライコドン』ほどではないものの、大きく翼を広げた輸送機が滑走路に居並ぶ姿はまさに壮観の一言であり、これに比べれば『デルフィナス』など腹にくっつくコバンザメにしか見えない。今はそのコバンザメも降荷作業の邪魔にならないよう一足先に引き下がり、基地のスタッフは総出で準備に取り掛かっている所だった。

 

 そんな基地の一角、先頭の輸送機が駐機したその傍らには、レフとカールの姿が見て取れる。帰還直後のパイロットということで作業を免除された二人は、こうして見学という名の野次馬に終始しているという訳であった。

 

「しかし何スかねこりゃ…。ひょっとして、新鋭機の実戦テストとかじゃないですかね?」

「んな馬鹿な…。激戦区でもないこの基地でか?」

「そこはほら、最初はリスクの少ない戦場で試し試しとかで。…ほら!アレとかどう見ても戦闘機の主翼っスよ!」

 

 カールが指し示した先に、レフもつられるように目を向ける。やや暗色の塗装を施された薄い板とでも言うべきそれは、言われてみれば確かに『デルフィナス』の主翼にも似ているように見える。

 それだとしても、レフはやはり解せない。この様はどう見ても通常の補給ではないが、カールの読み通り新鋭機のテストにしてはどこか不可解である。実戦投入を行うのはいいとしても、このような僻地では取れるデータも限りがあるのは明白である。それを踏まえれば、ユージア大陸か激戦区のゲベート行政区にでも運べばいいものだが、なぜ敢えてサピンへ持ち込んだのか。

 

 しゅう、という音とともに、唐突に開いた輸送機のドア。それを境に、レフの頭に過ぎっていた疑問は途切れることとなった。

 先の疑問を忘れさせるような、新たな謎によって。

 

「ふうむ、やっと構築の目途が…。うん?君たちはこの基地のスタッフかね?」

「あ、お疲れ様っス。俺は『キャンサー隊』所属のカールっス」

「どうも。同じく『キャンサー隊』のレフだ」

「キャンサー…ああ、先ほど護衛に就いた『デルフィナス』か。その節は助かったよ、礼を言おう。――ん?レフ…おお、君がレフ航空技官かい。早速会えて助かったよ」

 

 階段を降り、落ち着いた物腰で話しかけるのは、黒髪をオールバックにし、額に一筋前髪を垂らした白衣姿の男。年のころは20代後半から30代というところか。その姿から、ニューコムの研究員らしいことが伺い知れる。その手には、バスケットボール大ほどの黒っぽい球体が抱えられていた。

 

 研究員――新技術の実証。予想の裏付けが着々と外堀を埋められていく中、レフは男の最後の言葉に違和感を覚えた。まるで、自分自身を目当てにこの基地に来たような口ぶりではないか。

 

 『厄介者』。

 抑え込もうとしていた単語が顔を出し、レフは思い切って口を開き――直後に、呆気に取られる羽目になった。

 

「あんた、俺に何か用――」

「そうそう、先に紹介を済まそう。ほら、挨拶だ」

 

 白衣の男が、抱えていた球体を両手で持ち、こちらに向ける。

 レフが意味を解しかね唖然とする中、その球体は中心からぱかりと割れて半球状となり、平らな断面をこちらへ覗かせた。

 多数のボタンやキーが設けられた上には、断面の2/3ほどを占めるディスプレイ。若干のノイズの後、そこに姿を見せたのは、CGで描画された少女の姿だった。

 わずかに青みがかった、肩のあたりまで伸びた灰色の長髪。耳を覆う部分が左右外側に跳ねた、胸ビレのような側髪。透き通るような色白の肌。そしてぱっちりと開いたダークブルーの瞳。衣服こそニューコムのフライトジャケットを模しているとはいえ、目にした違和感は名状しがたい。

 

 その『少女』はレフ達を見据え、まるで自ら意思を持っているかのように口を開いた。

 

「『オーメン』オートノミー・コントロールド・エアクラフト・システム、バージョン14。当日ただ今を以て、当基地『キャンサー隊』へ配属となりました。みなさま、よろしくお願い致します」

「……………は?」

 

 あらゆる予想を超越した事態に、レフの思考が停止する。

 うむ、と頷く白衣の男、モニターの中でぺこりと頭を下げる無表情な少女、そして『AI少女!?』などと口走るカール。

 

 ――『厄介者』、か。

 与り知らぬ未知の渦に呑み込まれていくような錯覚を、レフは禁じることができなかった。

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