Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第9話 Front -Line

《『キャンサー』!直上より2機、突っ込んで来るっス!》

「加速して下を抜けるぞ!躱したら捻り上げ、0時上空を抜ける3機のケツを狙う!」

《『オーキャス14』了解。対ミサイルジャミングを継続しつつ追従します》

 

 踏み込んだフットペダルが加速を生み、上空から撃ち下ろされる銃弾の雨を後方に躱す。

 ちらりと目端を空に馳せ、脚を踏ん張り左右の操縦桿を手前へ。レフの『デルフィナスE』は風を孕み、上方向へのループを経て、上空を対向して通過する敵機の後方へと射線を向けた。背面飛行のまま覗き込んだ照準、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)上に3つ固まった機体の表記は、F-15CX『スーパーイーグル』。

 

《後方、護衛機2が来ます。F-22C『ラプターⅡ』と推定》

「分ぁってる!とっとと撃ってずらかるぞ!各機空対空ミサイル(AAM)一斉射!」

 

 苛立ちの募った声が、思わず口から零れ出る。走らせ探る目、レーダー上の光点は確かに後方に2。距離は近く、わずかでも攻撃に手間取れば背中から射撃を浴びる位置取りにある。

 距離、700。HMD上のダイヤモンドシーカーが目標に重なり、ロックオンを告げたその瞬間、レフは兵装発射ボタンに力を籠めると同時にフットペダルを踏み込んだ。

 がこん、とAAMが外れる音、フレアをばらまき放射状に散開する敵機。耳と目にそれを確かめ、レフは加速を重ねながら敵編隊の下方へとすり抜ける針路を取る。機体を水平に戻し上空を見上げれば、放ったAAMはいずれもフレアに欺瞞され、虚しく空を切って行く様が見て取れた。散開し単機となった姿を見定めたのか、友軍のR-101『デルフィナス』がそのうちの1機へ正面から接敵してゆく。

 

「ち。あの野郎いい所を!」

《言ってる場合じゃないっス!後方2機、なおも追撃!》

「しつこい奴め。球コロ、ミサイル防御で時間を稼げ!格闘戦に持ち込んでやる」

 

 レーダー、次いで後方警戒モニター。走る目は、なおもこちらの背を狙って追撃に入る2つの機影を見て取った。乱戦模様の今となっては、先のようにタイミングよく友軍が割り込んでくることすら覚束ない。

 殿(しんがり)にスフィアを残し、レフは乗った加速を活かして先行。操縦桿を引いて上昇し、その頂点で機体をロール――空戦機動に言うインメルマンターンの要領で、瞬く間に機体を反転させた。眼下ではシザース機動で逃げ惑うカールの『デルフィナス』と、その後方に就くスフィアの『ヴェパール』、そしてその背へ向けミサイルを発射する2機のF-22Cが見て取れる。

 

《アクティブ電磁パルス防御システム、作動します》

 

 カール機と逆の方向へ旋回すると同時に、『ヴェパール』から環状に放たれる電光。飛来するミサイルは波紋のように広がっていく環に触れるや、次々と爆散して空に連鎖の華を咲かせていった。

 濛々と立ち込める残滓、そして生じた一瞬の虚。

 『ヴェパール』の後方に降りた煙の(とばり)は、その中から放たれた無数の光軸によって脆くも切り裂かれた。

 

《っ!》

パルスレーザー(PLSL)か!球コロ、右に旋回しろ!」

 

 目を眩ませるような短い光の筋が、まるで短刀で絹を刺すように黒煙の幕を突き破っていく。矢継ぎ早の射線は数発が『ヴェパール』の主翼へ命中し、その巨体をぐらりと傾かせた。そのまま右旋回に入り射線を躱す『ヴェパール』に対し、レフはその脇を抜けて正面からすれ違ってゆく。狙いは言うまでも無く、黒煙を抜けて来るであろう2機の『ラプターⅡ』。

 

「喰らえっての!」

 

 ずたずたに割かれた煙の帳を境に、レーダー上の距離が400を割ったその瞬間、レフはタイミングを見定めて機銃の引き金へと力を籠めた。機首横に設けられた25㎜機関砲から放たれた曳光弾は一筋の線となり、まさに煙から抜け出る『ラプターⅡ』へと殺到する。

 しかし、その待ち伏せもまた先刻承知だったのだろうか。煙から抜け出た『ラプターⅡ』は胴体半ばから右翼にかけて弾痕を刻まれながら、大きく左へ旋回して致命傷を避けて見せたのだ。機体の旋回性能もさることながら、パイロットの反射神経も悪くない。

 

 勝手が、違う。

 ち、と舌打ちの音を漏らし、レフは操縦桿を倒して右に抜けた『ラプターⅡ』に対し巴戦を仕掛けた。左に抜けた無傷の1機は、スフィアとカールになんとかして貰う他ない。

 

 横倒しの中、レフは敵の位置を見上げて同高度に旋回する敵の機動を見定める。

 巴戦には――乗ってこない。格闘戦に付き合うと見せかけて旋回を数瞬重ねたものの、直後に尾部へ焔を灯して、ドッグファイトの輪から離脱を図っている。軽量で空力特性に優れる『デルフィナス』と推力偏向ノズルを持つ『ラプターⅡ』では格闘戦能力はおおむね五分というところだが、兵装を満載し機体が重い現状では不利になると判断したのだろう。

 

 逃がすか。

 横旋回からヨーを駆使し、機体をやや上方に捻り上げてからエルロンロールで機体を水平へと戻す。眼前、やや下方には速度を増してゆく『ラプターⅡ』。距離にして1400ほど、加速性能では圧倒的に優る『デルフィナスE』ならば追いつけない距離ではない。

 

「れ…レフ君、これ以上の戦闘機動はもう私の体が…!それに、『オーキャス14』から離れてしまっている!」

「あんたが蒔いた種だろうが、今は我慢しろ!今やらなきゃ墜とせん!」

 

 速度が増すと同時に、体を圧するG。それにとうとう音を上げたのか、後席のフォルカーが弱弱しい声を漏らす。そのいずれをも意識の外に、レフは眼前の敵機に集中した。

 距離、1100、1000、900。最高速度2800㎞/h超を誇る『デルフィナス』の高速性能は伊達では無く、瞬く間にその距離を詰めてゆく。ステルス機ゆえに反応こそ弱いものの、HMD上のダイヤモンドシーカーは確かに『ラプターⅡ』の背中を捉えつつあった。

 

「FOX2!」

 

 主翼下から放たれるAAMは2発。ごとん、という音の一拍後、機体の下からは焔が爆ぜる音が響き、1対の鏃は定められた目標へと向かっていった。当の『ラプターⅡ』はといえば、加速での離脱を諦め横方向への旋回に備えている。F-22のステルス性能と運動性能ならば、横方向への機動だけでも赤外線誘導式ミサイルの回避は容易に違いない。

 ――狙い通りである。

 フットペダルから足を離すと同時にガンレティクルを覗き込み、レフは『ラプターⅡ』の予測回避方向へと機体の軸線を向けた。いくらステルス機とはいえ、慣性を持つAAMの回避には若干でも旋回する必要がある。いわばAAMを隠れ蓑に、回避の隙を機銃で狙い撃つ算段だった。

 

 敵機、ミサイルを躱すべく左旋回。次いで数°下降。わずかばかりのこの機動で、AAMのうち1発は早くも目標を見失い彼方へと飛んで行ってしまっている。

 残るは1発。背に迫るそれを見定めたのか、左旋回を描くF-22Cの角度は僅かに緩み、機体は水平方向へと戻り始める挙動を見せた。すなわち、右旋回へと切り返す兆候。

 

「貰った!」

 

 距離、400。

 ミサイルを盾に忍び寄り、照準いっぱいへと広がった敵機の黒い胴体へ向け、レフは引き絞った引き金を引く。

 矛先を逸らされるAAM、その隙を打つ光軸。

 

 本来ならば――()()()()()()、必中を期していたであろうその一撃。ならばその『結果』は、偏に敵パイロットの反射神経の賜物と言えるだろう。

 『ラプターⅡ』は機首を戻し惑う挙動を見せるも一瞬、旋回を諦めて水平から強引に垂直上昇。射線を避けうる唯一の針路に機体を滑り込ませる機動を取って見せたのだ。レフの放った機銃は右水平尾翼と右翼の端を断ち切ったものの、致命傷となることは叶わず。その機動に驚く間もなく『ラプターⅡ』は大馬力のエンジンをフルに活かし、急上昇の頂点で旋回して、そのまま離脱を図ってゆく。

 

 何という強引で凄まじい機動。()()()()()だけで、敵もここまで違うというのか。

 舌を巻きたいほどの苛立ちを押し込め、レフは追撃すべく操縦桿に力を籠める。

 逃げる敵機の背に向ける、戦意を宿した視線。その意気に冷や水を浴びせたのは、NEUの通信コードを示す未だ聞き慣れない男の声だった。

 

《『ディナダン』より各機、敵攻撃機の離脱を確認した。戦闘やめ》

「っ…!ちっ。『センチネル』、球コロ、集合しろ。帰るぞ」

 

 戦闘の幕引きを告げる声に、レフははっと我に返る。ふと周囲を見渡せば、確かに攻撃役だったF-15CXの姿は1機も見当たらず、護衛役のF-22Cが数機舞っているのみだった。タイミングを考えれば、こちらが編隊を崩した辺りで攻撃を断念し引き上げたのだろう。レーダレンジを広域へと変更すると、彼らの拠点があると思しき南へと向かう一団の機影を見て取ることができた。

 カールとスフィアの機体が側へ寄るのを待ち、小隊を編隊長である『ディナダン』の左側へと付随させる。見たところカールの『デルフィナス』は無傷だが、スフィアの『ヴェパール』は機銃で主翼に被弾したらしい。サピンでの戦闘ではほぼ無傷だったことを省みると、戦況の過酷さを察するのには十分な姿だった。

 

 晴れ渡る空を舞う、10機あまりの編隊。等しくNEUのエンブレムを刻んだそれらの先頭――鎧騎士の横顔を刻んだエンブレムの機体から、男の声が響く。壮年らしくも低すぎない、よく通る声質だった。

 

《『ここ』での戦闘にはそろそろ慣れたかな、『キャンサー』殿》

「何ともね。ゆとりのない空は狭くてならん」

《それが、最前線というものさ。ここはベルカの最果て、東方を睨む王の庭なのだから》

 

 時に2039年6月25日、ベルカ行政区ムント峡谷東部。

 青い尾に刻まれた蟹座のエンブレムは、サピンより遥か隔てたその地に舞っていた。

 

******

 

「つっかれた…。ヤバいっスここ、敵の練度が半端ないっス」

「いちいち言うな、俺まで余計に疲れるだろうが」

 

 自らに宛がわれたロッカーにフライトジャケットを押し込みながら、カールが胸から絞り出すように声を漏らす。『ここ』に来て、何度それを聞いたことか。レフはうんざりした様子を隠しもせず、制服のズボンに足を通しながら応じた。非番の際はツナギ姿でうろつこうと別段問題のなかったル・トルゥーアと違い、現在のこの基地ではそうした規定の遵守に厳しいらしく、だらしのない格好で出歩く人間は一人たりとも見当たらない。ル・トルゥーアの心易さに比べれば、何とも息苦しいことだった。

 

 ベルカ行政区――旧ベルカ共和国東部、ムント峡谷の中ほどに位置する要塞基地『アヴァロン』。それこそが、レフが新たに赴任した地の名前だった。

 立地としては峡谷の中ほど、両岸が鬱蒼とした森林と切り立った崖に挟まれた天然の要害である。姿としては水の枯れたダムそのものであり、ダム湖に当たる部分の底――すなわち地上部には隠蔽された対空施設や地下滑走路からの開口部、非常用滑走路が設けられており、中枢施設や居住区、格納庫などは全て地下部分に収まる構造となっているのが大きな特徴だった。規模を考えれば、東ベルカに存在するニューコム系列の基地の中では三本の指に入ると言っていいだろう。

 

 もっとも、これはニューコムの手によって建造されたものではない。その前身はベルカ公国時代にまで遡り、44年前のベルカ戦争時に端を発するものである。

 44年前、長らく隆盛を誇った大国ベルカは、資源の枯渇や経済不安、連邦傘下の郡部独立の動きが重なり、衰亡の淵にあった。常套の手段での勃興が叶わない以上、残るは一刀を以て窮乏を切り開く一手――すなわち戦争しかない訳であるが、当時のベルカは軍こそ精強とはいえ強弩の末勢の感は否めず、さらに相手取る諸国とは物量で圧倒的な差がある。明らかに劣勢が予期される中でなおベルカを戦争へと向かわせた要因の一つは、切り札である核兵器の存在であった。このアヴァロンは、その切り札たる核ミサイル『V2』の発射基地として整備されたものだったのである。

 

 しかしながらベルカ内部でも核兵器の使用については異論も多く、実際にV2は使用されることのないまま終戦を迎えることとなった。終戦後時を置かずして発生したクーデター事件では、クーデター軍がV2を掌握しアヴァロンに立て籠もったものの、これも間もなく連合軍の手により鎮圧される。

 ベルカ公国の解体、そしてクーデター軍の崩壊によりアヴァロンは無用の長物と化し、戦後処理の中でアヴァロンは閉鎖。残った施設は、皮肉にも偽装の姿であったダムとしての役割でもってベルカに貢献することとなる。ミサイルサイロ跡や中枢施設は湖底へその姿を消し、本来であればそのまま人々から忘れ去られて、水底に朽ち果てていく筈であった。

 

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありという諺もある。湖底に沈む夢の跡が、再び太陽の下に姿を現すようになったのは、2020年代も末のこと。すなわち、ニューコムが台頭してベルカを経済圏下に収め、安全保障の一環で軍備を整備し始めた頃の事だった。

 経済圏をまさに広げる途上の当時のニューコムにとって、投入する資本は行政部門や経済システムの構築、ハード面への投資が優先され、軍事部門への予算は著しく制限を受ける状態にあった。広大な行政圏を守り切るには兵器ももちろんではあるが、それらを置くべき拠点が不可欠である。しかし、既存の施設を流用するにも、ベルカ戦争による荒廃や環太平洋戦争への関与を経て軍備を縮小してきたベルカのものでは到底規模が追いつかない。

 欲しくとも、金もなければモノもない。

 そんな窮乏の中で浮上してきたのが、既存施設であるアヴァロンの再利用プランだった。

 何といっても、元来が核ミサイルの発射基地である。要害は堅固、コンクリートで重厚に固められた施設は爆撃はおろか、核攻撃にすら耐えうる構造。地下部は放置されて久しいものの広大な空間を有しており、おまけに外気から遮断されていたことが功を奏し、構造材の劣化は最小限に抑えられていた。

 

 以上の背景から、朽ち果ててゆく筈だったアヴァロンは、再びニューコムの下、一大軍事要塞として機能することとなる。言うなればアヴァロンはニューコム体制下におけるベルカ東方の護りとして最初に整備されたものであり、その実績と伝統を持つがゆえに他のニューコム基地と比べても厳しい規律を持つようになったのであった。ル・トルゥーアのあって無いような規律を省みれば、レフが窮屈に思うのも無理のないことだろう。

 

「…まぁ、それもこれも誰かさんのお蔭だが」

「……そんな目で私を見ないでくれ、二人とも。スキルアップにはまたとない場所には違いないだろう。オーキャス14が戦闘技術を学習する上でもここ以上の場所がないと思ったからこそ、サピン防衛の英雄たる君たちを推薦したのだから」

 

 じとり、と刺すような二人分の視線が、白衣に袖を通すフォルカーに向かう。きまり悪そうに視線を逸らしながらも宥めるような言葉を紡ぐフォルカーに、レフは吐き出すように言い捨てた。何を隠そう懐かしきサピンから離れる羽目になったのも、そして遠くベルカまでわざわざ赴き息の詰まりそうな日々を送らねばならなくなったのも、元を正せばフォルカーの仕業によるところが大きいのである。

 

 その背景を俯瞰すれば、次のようになる。

 2039年春からの戦況において、ゼネラルリソースとニューコムが覇を争う最前線はベルカ周辺の地域であったが、中でも激戦区となっているのがベルカの東方――旧国家区分で言う所のゲベート領内であった。

 その理由は、専ら地理的な特性に依る所が大きい。地図を俯瞰すれば分かる通り、ゲベートはベルカの東に当たる訳だが、国土の北から東にかけては旧ファト、南には旧レクタ、そして南東端にはウェルバキアがそれぞれ接している。すなわちゲベートは、ベルカ以外はことごとくゼネラル経済圏の地域に囲われているのである。言うなればゲベートはゼネラル経済圏という蜂の群れに伸ばした腕のような形であり、目下あらゆる方向からの攻撃を受けうる状態となっているのであった。

 

 地理的な要因にもう一つ加えるとすれば、国柄もまた影響を及ぼしている部分は少なくない。

 というのも、ゲベートは元来、戦機を見計らうのに長けたお国柄なのである。ベルカ戦争の折にはベルカ軍の侵攻を受けつつも各個の反撃を避け、オーシアを中心とした連合軍が攻勢に出るや否や一斉に加勢し国土を奪還することに成功。その後の東方戦争ではオーシア・ユーク両勢力の間で両端を持し、時に第三勢力のサピンに味方しながら、戦争終盤には紛争介入の名のもとに隣国ファトへ侵攻。わずかな参戦期間の間に、ファト南部の一部と地下資源を手にするという漁夫の利を得た。良く言えばしたたかな、悪意を持って見れば信義の無いやり方を採って来たのが、ゲベートの歴史と言える。

 その血脈が、水面下で今再び脈動を始めているのである。有体に言えば、ゲベート行政区議会がゼネラル側に色気を見せ始めたのだ。表立ってはこの春ごろから、両企業の比較やゼネラル派閥企業の誘致に関する質問が出始め、週刊誌レベルの報道ではニューコムの息がかかっていない中立派議員の一部がゼネラルリソースの重役とコンタクトを取ったという話すら出ている。三方に敵を抱えている上にこのような背景を抱えている以上、ニューコムとしてはゲベート戦域に注力せざるを得ない状況にある訳であった。

 

 以上の状況下、ニューコムはオーシア東方におけるリソースをゲベート戦域に集中しているものの、戦況は芳しくないと言わざるを得ない。レフ達による先のル・トルゥーア攻防戦ではゲベート方面のゼネラル部隊をサピン方面へ誘引することこそ成功したものの、直後の『ランドグリーズ艦隊』による攻撃でサピン方面の前線を引っかきまわされる憂き目に遭った。結果的にゲベート方面において、ニューコムは徐々に劣勢に立たされつつあったのである。

 事ここに至り、NEU統括司令部はベルカ・ゲベート方面への戦力増強を決定。その第一弾として、各地に配置されたNEU基地から戦力の抽出を行い、一時的なベルカ方面への派遣を行うこととしたのである。

 ここで、ル・トルゥーアからの派遣者として白羽の矢が立ったのがレフ達キャンサー隊という訳であった。

 

 もっとも、当のレフとしてはこの決定に不快感――いや、不信感を抱かずにはいられない。

 というのも、後にして聞いたところでは、この派遣決定にはフォルカーからNEU側への強力な推薦が一役買ったというのだ。それも、当のレフには一言の相談も無しで、である。ル・トルゥーアの基地司令も相当渋ったようだが、ニューコム・インフォ付きの警備部隊を埋め合わせにすると打診されとうとう折れたらしい。

 

 なぜ、俺たちを。

 レフの不信とは、その一点に尽きる。

 その理由について問い詰めても、フォルカーが答えるのは先のように判で押したような答えだけであった。曰く、表彰まで受けたほどの技量ならベルカにおいても必要とされる。曰く、オーキャス14の空戦技能学習にこれ以上の場はない、と。一見もっともらしいが、その理由は一報が上層部から見た意見であり、一方はスフィアにとっての理由である。これまでの例を省みるに、フォルカーがこのような決定を下す時、自分自身の意思を最優先しないことがあっただろうか?

 

「けっ。なぁにが英雄だよ。うまい事言って、裏で何を企んでるのやら」

「レフ!ちょっと、言葉がきついっスよ!」

「苛立ちはもっともだが、君たちにとっても私にとっても、もちろんオーキャス14にとっても、今は経験を積むことが最重要だ。分かってくれ、レフ君」

 

 着替えに専念する素振りで、フォルカーはレフから目を逸らす。その様は衝突を避ける防御行動にも、あるいは何かを見通されることを避ける本能にも感じ取れた。

 疑い始めればきりがないが、不信の源は他にもある。

 それは、ル・トルゥーアを発つ前日、キャンサー隊の代替となるニューコム・インフォの部隊に引継ぎを行う際のこと。着任してきた部隊の編成を見て、レフは違和感を覚えたのである。

 戦闘機は、旧式のR-099『フォルネウス』初期型が2機。通信能力を強化しているのか、機体の各部からアンテナやセンサー端子が伸びているヤマアラシのような姿が奇異でこそあるものの、機体自体はまっとうなものと言っていい。

 問題は、残る1機――こともあろうに、対潜哨戒機仕様に改造されたR-501『ライコドン』の姿があったのである。小規模なル・トルゥーア基地に大型機である『ライコドン』を置くのもさることながら、そもそもル・トルゥーアは内陸の基地である。確かに『ランドグリーズ艦隊』との戦闘に駆り出されはしたものの、あれはあくまでイレギュラーな編成であり、常に洋上警戒をするという訳では無い。まして対潜哨戒を行うならばR-201『アステロゾア』を有するジェミニ隊の役割であり、間違ってもキャンサー隊の代替である彼らがすべき仕事ではなかった。『ライコドン』には牽引式ソナーを装備したドローンも複数搭載されており、空中管制機の代替とする訳でもないらしい。

 

 何より、引継ぎの最後。

 部隊長らしき男に耳打ちしたフォルカーが、『頼むぞ』と紡ぐその様。その姿が、レフの不信を決定的に強めることとなった。

 

「とにかく…ん?」

《緊急連絡、緊急連絡。H-5空域にゼネラル機侵入。キャンサー隊は直ちに出撃し当該部隊を迎撃せよ。繰り返す。H-5空域に…》

「ハァ!?今帰って来たばかりなのに出撃っスか!?」

「チッ、最前線ってヤツはこれだから…!球コロ!いるか!」

「はい、こちらに。それと、スフィアと呼称するよう希望します、レフ」

「やかましい。…行くぞ!」

 

 鳴り響く警報に、空を向く視線。溜め息混じるカールの声、疲れたという様子を隠そうともしないフォルカーの顔を尻目に、レフは更衣室の外へと声を向けた。男子更衣室ゆえに一応気を遣っていたのか、室外で待っていたスフィアはころりと姿を現し、準備万端の意思と抗議を兼ねてぽん、ぽんと跳ねている。

 押し込んだフライトジャケットに再び袖を通し、胸元のファスナーを引き上げる。

 ぎじりと鳴る布、こつりと響く靴。カールがスフィアを抱えるのを見、自らの装備を確認してから、レフは扉を蹴るように開けて格納庫へと足を踏み出した。

 

 不信を胸に押し込め、わずかにしこる不安を頭の隅に追いやりながら。

 

******

 

「こちらキャンサー1。小隊3機、離陸を完了した。敵はどこだ」

《アヴァロン管制室『グリートン』よりキャンサー1、方位130へ向かわれたし。レクタ‐ゲベート国境線よりGRDF所属機3機が侵入、強行偵察と推測される。ただちに迎撃に向かえ》

「了解した。球コロ、アヴァロンからのデータを仲介しろ」

《『オーキャス14』の呼称を希望します。了解しました、交戦予測エリアの地形図を更新。データリンクを開始します》

 

 轟々と響くエンジン音を背景に、眼下を雲が流れゆく。

 高度にして12000超、千切れた白瑞に遮られた空からは、地上を割く断崖すらも縦横の線としてしか見て取ることができない。緑の多いサピン南部と違い、緯度が高く寒冷なベルカ北方の大地は、レフの目には何とも寒々しいものに映ってしまう。記憶に残る故郷デラルーシと比べれば遥かにマシではあるものの、何につけてもサピンに帰りたいと思わずにはいられなかった。

 

 ぴ、ぴ、という断続的な電子音が、『ヴェパール』を介して得たデータのリンクを告げる。

 周辺空域、拡大。瞳の動きで広げた地形図に敵の現在位置を記し、HMD上の様相は絶えず姿を変えている。

 会敵予測は、ゲベートとベルカの旧国境線上。折しも現在はニューコムが道路の補修を行っている辺りであり、今回のゼネラル側の偵察はこれを狙ったものと見て違いなかった。道路の補修とは、すなわち直近に多数の重量物がそこを移動することの現れ。端的に言えば装甲部隊や歩兵部隊の増派を示す証拠であり、その補修状況の偵察は増派のタイミングを図る格好の物差しとなるのである。

 

 広域レーダーに反応。

 HMDにその表示が出ると同時に、レフはコフィンシステムを切って手動操縦へと移行する。機械に操縦は任せられない――体に染みついたその癖は、サピンからベルカへ移っても変わることは無い。

 反応は3、こちらから見て10時方向。位置としては件の道路付近であり、撮影の真っ最中という所だろう。姿こそまだ見えないものの、国境付近に設けられたレーダーからのデータリンクは、如実にその正体を告げている。付随する2機は、ほぼ同高度に位置するF-35AR『ライトニングⅡ』。そして残る1機は、本命たる偵察機――高度にしてさらに4000ほど高空に位置する、RF-104X『スターファイターⅡ』高高度偵察型。護衛機はともかくとして、距離と高度差を省みればR-101『デルフィナス』でも追いつけるかどうか微妙な所だった。

 

「俺と球コロで敵の護衛を抑える。『センチネル』、敵の偵察機だけを狙え。お前の機体が一番軽い」

《了解っス》

「球コロはジャミングと近接支援。敵のデータ送信を妨害しろ」

《スフィ…いえ、『オーキャス14』です。ジャミング兵装、スタンバイに入ります》

 

 編隊の後方で、カールの『デルフィナス』が徐々に高度を上げてゆく。彼我の最高速度を考えれば『スターファイターⅡ』に追いつけるかどうか些か分が悪いが、ただでさえ大型機で速度が遅い『ヴェパール』や複座機で重量が増している『デルフィナスE』と比べれば、それでも一番確率の高い選択肢と言っていい。

 

「行くぞ!」

 

 距離4500、有視界内。

 蒼穹の彼方に3つの小さな影が映ったのと同時に、レフは声を張り上げた。

 弾かれたように加速を始めるカールの『デルフィナス』、敵編隊の方向へ鼻先を向けるスフィアの『ヴェパール』。レフもまた増槽を捨て、火器の安全装置を解除し臨戦態勢を整る。奔る目が見定めるのは、敵の挙動、その意図。偵察を半ばにして切り上げるのか『スターファイター』はゆっくりと旋回を開始し、護衛の『ライトニングⅡ』は1機がカールを、1機がこちらを狙い機首を翻している。

 

 兵装選択、高機能中距離空対空ミサイル(XMAA)。高度差から『スターファイター』を狙うのは難しいものの、同高度の2機ならば現在の位置からでもロックオンは可能である。彼我のベクトルが全く異なる以上、狙いは直撃ではなく威嚇。カールを狙う1機の針路を逸らすことができれば御の字という所か。

 ダイヤモンドシーカーがHMD上を滑る。ステルス機ゆえに距離が離れるとロックオンが幾分不安定になるのは、この際もはや仕方がない。時折位置を揺らがせながらも、四角の枠は意思を持つかのように黒い影を追い、やがてその背を捉える電子音を鳴らした。

 

 ――ロックオン。

 

 操縦桿のボタンに力が籠り、主翼の下ががたんと鳴る。

 固縛から放たれた2基のXMAAは、一拍後に焔を灯し、それぞれの目標へと突き進んでいった。

 命中を見守る時間の余裕は、無論無い。発射の噴煙に紛れるように、レフはHMDと操縦桿のボタンを操作し、兵装を通常のAAMへと切り替えた。安全装置を弾いて解除し、機銃の引き金の感触を指先でも確かめる。

 数舜を経て、意識を向けた空。そこではカールを狙っていた左の『ライトニングⅡ』がXMAAを回避し、翼を翻す様が見て取れた。旋回で速度を失ったためか、カールへの追撃を諦め、明らかにこちらへと挑みかかる挙動を見せている。向こうとしても、『デルフィナス』が『スターファイターⅡ』に追いつけるかどうかは分かり切っているのだろう。

 

「球コロ、ジャミング開始!もう1機は任せるぞ!」

《了解しました。電子妨害を開始します》

 

 スフィアの言葉が終わると同時に、ざ、ざと耳を弄する雑音が通信回線を満たす。敵偵察機まで影響が及ぶかどうか定かではないが、万が一にでも偵察情報のデータ送信を妨げられるならやってみる価値はあるだろう。

 一拍置き、見上げるは左斜め上。蒼穹を背にこちらを指す、黒い機影が一つ。

 

「ひ、左だレフ君!突っ込んで来るぞ!」

「分かってる!」

 

 AAM1発、次いで機銃。

 敵機の軸線を読み、フットペダルを踏んで速度を増し、その射線から機体を逃す。

 後方に爆発、擦過する弾道と敵の衝撃波。近接信管の爆発に紛れ、敵機はこちらの後方を斜めに割き下方へと抜けてゆく。

 

 逃がすか。

 加速性能でも、『デルフィナス』は圧倒的にF-35ARに勝る。

 右ロール、間髪入れず左右操縦桿を手前へ。『呼吸する翼』の異名を持つ層流制御翼は伊達ではなく、『デルフィナスE』は小半径を以て旋回し、下方へ抜けたF-35ARの背中を付け狙ってゆく。やや離されたが距離は1300程度、一挙手の距離と言っていい。

 距離1100、1000。降下し重力加速度を加算できる今、加速性能の差は歴然。ジャミングの影響でAAMの直撃こそ望めないが、近接信管で致命傷を与えることはできる。

 距離、900。

 AAMの射程に入ると同時に撃ち放った、2発のAAM。降下中の右ロールで一方こそ躱されたものの、残る1発は敵機の近傍を掠め、炸裂の衝撃が黒い機体を揺らし速度を殺していく。

 

 貰った。

 確信とともに指に力を籠め、撃ち放ったAAM。エンジンを穿つべく敵機後下方を狙ったその一撃は、しかし予想を超えた直後の機動により、致命を討つ事無く遮られた。

 

「な!?」

 

 引き上がる機首、その尾部を掠め下方で爆ぜる爆発。瞬間、F-35ARは減速と機首上げ(ピッチアップ)を併用し、さらに機体下方に生じた爆風の衝撃さえも利用して、強引に速度を殺し急速上昇に入ったのだ。その様は、あたかも宇宙から帰還するシャトルが大気に乗り速度を殺す様にも似ている。衝撃波に乗り急制動を可能としたその機動は、さながらウェイブライダーとでも呼ぶべきか。

 

「時間稼ぎか…!味な真似しやがって!」

 

 スロットルを絞り操縦桿を引き上げながら、レフは思わず臍を噛んだ。

 勝手が、違う――。先の空戦と同じく、脳裏に過ぎるのはその実感。

 ここ数日で感じたことだが、この空(ベルカ)では、『デルフィナス』の性能が勝利を決める要因になりえない。これまでは時として『デルフィナス』の性能を活かし、時に助けられながら勝利を収めて来た訳だが、この前線では敵が技量と戦術でもって性能の差を超えて来るのだ。

 己の技量を、敵に対して劣るとは思っていない。しかし、敵に対し絶対的に優るとも――。

 苛立ち、怒り、屈辱。ベルカの空は、レフの心の奥底に薪をつぎ込み、絶えずその感情を焚き続けているようですらあった。

 

「レフ君、オーキャス14が追われている!助けを!」

「うるせえ、今は目の前の敵だ!」

「大型の『ヴェパール』では、近接戦は不利だ!君だって分かっているだろう!」

「球コロの何とか防御システムがあるだろうが!」

「あれを失う訳にはいかないんだ!何のためにここへ送ったと思っている!何のために、彼らを――!」

 

 後席のフォルカーの喚き声に、レフはちらりと右上空へと目を向ける。そこには、横旋回でミサイルの射線を逸らす『ヴェパール』と、その背に追い縋るもう1機のF-35ARの姿。重く大型ゆえに鈍重な『ヴェパール』は、確かに機銃の射線を前に難儀しているようにも見て取れた。

 片や頭上、先ほどのF-35は前上方を上昇中。見事な機動で急速上昇したとはいえ、複数の至近弾を受けた以上無傷では済まなかったらしく、尾翼は一部損傷し機体下部からも煙を吐いていた。致命傷でこそないものの、あの損傷ならば今からカールに追いつくことは不可能だろう。

 

「…ちっ。分かったよ!」

「それでい……お、おいレフ君?なんだか機動がやけに荒く…あ痛!」

 

 右ロール、右ピッチアップと左ピッチダウンの併用、次いで増速。縦横に加え前後方向への衝撃が混ざり、後席のフォルカーはそれきり口を閉じた。おおかた頭をどこかにぶつけたか、舌でも噛んだりしたのだろう。…腹いせというのも、少々大人げなかったか。

 

 翼端が航跡を刻み、滑るように翼は空を奔る。位置としては敵機の後ろ下方という好位置、AAMこそ残り少ないながら、ジャミングのお蔭でこちらの位置は敵から欺瞞されており、機銃での奇襲でも十分な威力が見積もれる。

 距離にして1100、900。旋回を重ねる敵機の死角から忍び寄る機位に、掌がわずかにじわりと滲んだ。

 

 フットペダルを踏み、加速してタイミングを図る。

 『ヴェパール』に機銃が命中する。

 それを避けるように大柄な機影が身を捩る。

 好餌。それを狙うF-35ARが、こちらに腹を晒す致命的な旋回を向ける。

 ――今。

 

「間抜けが!!」

 

 引き金を引くこと、僅かに1秒足らず。

 命中を確かめる間もなく、レフは操縦桿を手元へ引いて、敵機の後方を掠めて急上昇した。

 擦過の瞬間、視界の端に僅かに映った赤い焔。左ロール、敵機のほぼ真上から上下逆の姿で見下ろせば、射線に絡め取られた『ライトニングⅡ』は胴体を貫かれ、左翼付け根周辺から炎を吐いて高度を落としてゆく様が目に入った。コクピット周辺にこそ被弾は無いものの、あの様子では戦闘能力はもはや無いに違いない。

 操縦桿を引き、敵の頭上から止めを加えようと照準を覗き込んで――不意に、レフはそれを止めた。

 

 興が削がれたと言うべきか、殺すほどではないと差し込んだ気まぐれか。言葉にするとどこか違う、取るに足らない小さなエゴ。雲を割いて墜ちてゆく『ライトニングⅡ』へ送った視線とともに、レフはそれをキャノピーの外へと放り投げた。

 

 雑音とともに、通信回線とレーダーが回復してゆく。どうやらスフィアがジャミングを解除したのだろう、レーダー上には遥か遠くに去る1機と、それを追うもう一つの機影、そしてこちらを指して戻ってくる友軍機の信号――カールの『デルフィナス』の反応がある。

 

「はー、やれやれ。奇襲でやっと1機か。『センチネル』、そっちはどうだった」

《やー、ダメっス。1、2発至近弾は浴びせたんスけど、あれで落ちるかどうか…。一応煙は噴いてたんスけどね》

「ま、そんなとこだろ。………慣れるしかねぇ、か」

《え?》

「何でもない。帰るぞ。今度こそ休憩だ」

 

 翻る翼に航跡を曳いて、鋭角の機影は空を切って西を指す。

 眼下には、幾多の戦いを刻んできたベルカの大地。

 遥かには、枯れた水底から空を睨む王の城塔(アヴァロン)

 

 背に横たわるゲベートは、未だに遠く。揺蕩う雲が遮るその大地は、今は霞んで杳として見えなかった。

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