Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《先のベルカ‐ゲベート間におけるゼネラルの強行偵察以降、レクタやファトに駐留するGRDFが不穏な動きを見せている。前線に多数の航空機や装甲車両が集結していることから勘案するに、ゼネラル側はベルカ‐ゲベート国境の主要輸送ルートを叩き、ゲベート行政区の孤立を図っているものと推定される。
そこで、我が軍はこれを逆手に取った囮作戦を発動する。攻撃目標となっているブローノフ橋周辺にて大規模な補修・拡張工事を行うよう偽装し、周辺に地対空ミサイル(SAM)を展開。GRDFによる攻撃が行われた際は当該エリアへ誘い込み、効率的に殲滅することを目的とするものである。空中警戒任務のパイロット諸君においては、いつ敵の攻撃が行われても対応できるよう、各位の役割を把握しておくように》


第10話 中天の三日月

 真珠色の三日月が、墨色に澄んだ空を照らしている。

 仄かに染まった夜空には、月の周りにぽつり、ぽつりと瞬く星。穏やかな煌光は全周囲モニターのフィルターでも減衰調整されることなく、ありのままの姿を網膜へと染め宿している。とかく空模様が不安定なこの時期には珍しい、陰りの無い空がベルカの天を覆っていた。

 

 時に2039年6月30日、午後10時過ぎ。

 星河の静寂に沈むベルカ‐ゲベート行政区境の空に、3つの翼が静かに舞っていた。

 

《月が、綺麗ですね》

《本当っス。これが戦闘機の中からじゃなくて、自然公園かどっかで見上げるならどれだけ良かったか…》

「お前ら、呑気な事言ってねぇで、地上とレーダーから目を離すな。敵さんはいつ来るか分からないんだからな」

 

 月に見とれているらしい後方の2機――カールとスフィア相手に、レフは釘を刺すように言葉を打つ。

 うぐ、と声を漏らしたきり、下方に目を走らせるカール。そしてレーダーを凝視しているのかじっと前を見据えるスフィアのCGモデル。通信モニターの中に映る両者から目を離し、レフもまた機体を傾けて、闇に沈む地上へと目を落とした。

 

 一面はなだらかな平原であり、ゲベート旧国境まで続く森林地帯。眼下には幅の広い幹線道路が走り、ゲベートの方まで東走している様が見て取れる。途上には河に架かる短い橋もいくつか存在し、今はそれぞれにニューコムのロゴマークを記した車両が集って、煌々とした照明の下作業を進めている様も見えた。言うまでも無く、今回の作戦における()()防衛目標である。

 

 明かりの下に動く、作業員の影。

 それを何と無しに見下ろしながら、レフは作戦の概要を反芻する。

 ゼネラルリソースとニューコム――表立った戦闘をよそに、様々な陽動や策謀が交錯する、国家間戦争ならぬ企業間戦争。今回の作戦もまたご多分に漏れず、使い古された囮作戦の一つであった。

 

 ゼネラルリソースがゲベート行政区の奪取を目論んでいることはもはや自明の理だが、それに向けて現在取っているのが『ゲベートの孤島化』という一手である。

 地図を見れば容易に読み取れる通り、ゲベートは西以外の三方をゼネラル経済圏に囲まれた『敵中の半島』である。唯一ニューコム経済圏と繋がるのはベルカから結ばれたいくつかの輸送ルートであり、これらを寸断すればゲベートは容易に半島から孤島へと変貌するという訳である。目下のゼネラルリソースの狙いとはまさにそれであり、戦況に対する世論と政争で弱体化したゲベート内のニューコム派を窮地に追い込んで、一挙にゼネラル経済圏へと呑み込む積りであった。ベルカ国境を侵犯するGRDFの偵察機がこのところ急増しているのも、この方針を示す証左だと言っていいだろう。

 

 その輸送ルートの中でも、最大とされるのが眼下を奔る幹線道路103号線である。大型トラックはもちろんのこと装甲車両の交通にすら耐えうる構造に、並走する輸送列車用の路線。路線上に位置する最大の橋『ブローノフ橋』の存在から言っても、ゲベートへ入った後には主要な産業都市へ連なっていくという路線配置から言っても、ゼネラル側からすれば最重要目標となるべき場所と言えるだろう。事実先日の戦闘でレフ達が会敵した偵察機も、これらの偵察にきたものと判明していた。

 

 これらの状況を鑑み、統括司令部は作戦を立案した。有体に言えば、この103号線を敢えて囮とし、敵を誘引して一網打尽とするのである。

 そもそも、103号線――中でもブローノフ橋周辺は、護るのに困難が多い土地である。平原という遮蔽物の無い土地でありながら、橋の周辺はある程度開けているため攻撃を遮るものがない。地理的にもアヴァロンよりゼネラル経済圏であるレクタに近く、矢継ぎ早に攻撃隊を繰り出されれば守り通せないことは目に見えていた。かといってみすみすブローノフ橋を放棄し破壊を許せば、ゲベート内の混乱はますます広がり、ニューコムの権威は地に堕ちる。

 

 そこで、ニューコムは攻撃が予想されるブローノフ橋周辺の森林内に、隠密裏に対空火器を展開。同時に橋周辺にて強度補修工事を行っているように見せかけ、GRDFを誘い出す手に出たのだった。敵の出撃が確認されれば、周辺を警戒中のニューコム哨戒部隊は国境周辺へ急行。時間を稼いでいる間にアヴァロンから増援を発進させ、折を見て哨戒部隊もブローノフ橋付近へと敵を誘引することで、ブローノフ橋攻撃に専心する敵部隊を陸空から撃滅する、というのがその筋書きである。

 

 もっとも、これはあくまで表――囮の部分に過ぎない。

 ブローノフ橋を餌とした迎撃作戦に平行し、ニューコムはブローノフ橋よりさらに北へ入った地点に、輸送ルートの開削へ秘密裏に着手していたのであった。森林に遮られたその新路線は遮蔽物も多く、地理的にもレクタからは遠いという強みもあり、既存の輸送ルートへと接続することもできる。いわばこちらこそが輸送ルートの本命であり、今回の作戦は『ブローノフ橋こそがニューコムにとっての大動脈である』とゼネラル側に誤認させることをも企図したものであった。込み入った腹黒い策謀も、ここまでくるといっそ清々しい。

 

「あのコンテナは…ナノバイトの運用設備か。軍事部門でも運用していたとは」

「まぁ、今回はほとんど土木分野みたいなモンだが。中身は空か、あってもちょっぴりだろうがな」

 

 機首下部のカメラポッドから見定めたのか、後席のレフが言葉を漏らす。その言を裏付けるように、確かに橋のたもとにはニューコムのロゴが入ったコンテナが並び、ご丁寧にマスコットの『ナノくん』まで側面に描かれていた。おそらくコンテナの中には厳重にパッキングされたナノバイトの他に、造成用の資材やナノバイト制御用のコンピューターが詰まっているのだろう。

 

 ナノバイトとは、ニューコムが独自に開発した建築用ナノマシンの名称である。平たく言えば『生きた3Dプリンター』とでも言うべきものであり、事前に建造予定物のデータを制御装置に入力した後に予定区域へ放出することで、自己増殖を繰り返しながら建造物を構築してゆく。無論鉄など素材となる物質を適宜補給する必要があり、適用可能な建造物も組成材の種類が少ないものに限られるという欠点があるものの、それでも建造作業の省力化と迅速化という極めて大きなメリットがあることから、主として土木分野・建築分野で広く使われている資材だった。将来的には建造速度をより強化した軍事用ナノバイトも開発し、施設や艦艇などの応急修理、簡易トーチカの建造などへの利用が予定されているという。いうなれば、尖鋭的な研究を率先して行ってきたニューコムならではの技術の粋と言えるだろう。

 

 もっともこの手の新技術のご多分に漏れず、ナノバイトについてはニューコム内部からですら反対論が根強い。

 反対論の論拠は枚挙に暇が無いものの、それらのうち最大のものは『環境汚染へのリスク』である。

 本来、ナノバイトはプログラムされた建造作業が終了すれば、自動的に自己崩壊(アポトーシス)するようコンピューターによって制御されている。ところが、何らかのバグによって制御プログラムに異常を来たしたり、あるいは外部の悪意によって制御コンピューターが破損した場合、ナノバイトはコンピューターの制御を離れ暴走する危険性があるというのである。

 具体的には、制御を失ったナノバイトは周囲の有機物を取り込みながら爆発的に増殖を開始。その代謝建造機能によって無軌道に金属塊やコロニーを広げていき、周辺の生態系を根本から破壊していく、というのがその概要であった。特に環境保護団体にとってこの点の危惧は深刻らしく、大規模にナノバイトを利用した造成工事が始まった時に各地で反ナノバイトデモが行われるのは、もはやお決まりの光景となっていた。デモの背後には決まってゼネラルリソース系の企業や団体がいるのが常であるが、互いにそれをおくびにも出さない辺りはいかにも企業戦争らしいというべきか。

 

 とはいえ、現段階においてナノバイトの暴走というリスクは高くないというのが、ニューコムにおける認識である。制御コンピューターは厳重なプロテクトが施してあるうえ、緊急時には本社経由でエレクトロスフィアを介した制御が可能。さらには暴走した最悪の場合に備えて、各地のNEUやUPEOには対ナノバイト弾頭(ANB)も用意されている。ソフト・ハード両面での対策が用意されており、実際にこれまで大きな事故を起こしていないという実績もある以上、今後もニューコムのナノバイト傾倒は当分続くと見て良かった。

 ブローノフ橋のたもとのそれは当然偽装だろうが、北に開削中という新たな輸送ルート建造では、今もさかんにナノバイトが投入されていることだろう。

 

「…さて」

 

 背もたれに体を沈め、装甲キャノピーの内面ディスプレイ越しにコクピットを照らす月光を受けながら、レフは広域表示のレーダーサイトへと目を向ける。

 周辺に映る機影は、他に合して4。いずれもが『アヴァロン』に所属する小隊長の一人『ギャラハッド』に率いられた部隊であり、2機が大きく北寄りに、残る2機がそれらとキャンサー隊の中間に位置している形になっている。互いに大きく距離を隔てて配置されており、最も南寄りに位置するレフ達キャンサー隊が、最初に会敵する可能性の高い位置取りだった。

 

 願わくば、今来てくれるな。

 心の片隅にちらつく、サピンにいたころは抱くことすらなかったその思いに、レフは不意に舌打ちを漏らす。

 

 実際のところ、情けないことにその思いは日に日に大きくなって来ている。

 自分の技量が劣っているとは思わない。少なくともサピンにいたころは、『デルフィナス』の性能も相まって概ね有利に立ち回れていた。

 だが、ここベルカの地にやってきてから、事情は全て変わってしまった。敵機はF-22C『ラプターⅡ』を始めとした一線級が配備されており、技量も抜群。戦況もゼネラルリソース陣営が押し気味であり、地と時の利を活かしてベルカ東部を縦横無尽に闊歩する。そして何より、これまで勝利の一端を担ってきた『デルフィナス』の性能が、ここでは通用しない。

 日に日に確信を強めていくその思いは、レフの心に湿ったざらつきを帯びさせるのに十分なものだった。

 

 だが、それならどうすればいいというのか。

 『デルフィナス』の性能を限界まで引き出すよう訓練する――性能差が絶対的な勝因とならない以上、意味はあるのか。

 新型機の配備を申請する――結局は、今の『デルフィナス』と同じ事。申請が通る当てもない。

 ひたすらに技量を鍛える――効果はあるだろう。だが、一朝一夕にできるものではない。

 あるいは――。

 

 失望の袋小路に突き当たり、出口を失う思考回路。答えなく、道の見えない月下の空に、迷いは心に積もってゆく。

 

 短い電子音、3つ。

 レフの暗澹をあざ笑うかのようにレーダーサイトに姿を現したのは、空の現実を映し出す、幾多もの白い鏃の姿であった。

 

《ッ…!『キャンサー』!》

「ちっ、寄りにもよって今日来やがったか。『キャンサー』より『ギャラハッド』ならびに『モロノエ』、旧レクタ国境よりGRDF部隊の侵入を確認した。機数約12、機種不明」

《アヴァロン管制室『モロノエ』了解。これより迎撃部隊を発進させます。ブローノフ橋上空到達は2251時を予定》

《『ギャラハッド』了解。『ギャラハッド3』は現空域を維持。その他はキャンサー隊へ合流する!》

 

 コフィンシステム解除。増槽を捨て、せり上がる背もたれの中でレフは耳と目へ意識を向ける。

 侵入する敵機はいずれも反応はさほど大きくないことから、大型爆撃機ではなく戦闘機や攻撃機の類。あくまでレーダー上での反応であるため、F-35のようなステルス機の存在を考慮すれば20機は下らないと見ていいだろう。レーダーサイト上では敵編隊へ鼻先を向けたこちらの背を追って、3つの友軍の反応が近づいて来る様も見て取れる。見張りの1機を置いてこちらに駆け付けた『ギャラハッド』の小隊と見て違いなかった。

 

 『ギャラハッド』は、アヴァロンでは新参の部類と言っていい若い女性のパイロットである。作戦で同道するのは今回が初めてだが、海千山千の他の面々と比べれば、前線基地の一指揮官といえども技量では劣っていると見ていいだろう。キャンサー隊の3機を合わせても、わずか6機でどこまで持ちこたえられるかどうか。

 

 新米の女騎士に、踏んだら潰れそうな蟹、ね。

 

 レフは自嘲気味にそう吐き捨て、火器管制の安全装置を解除する。狙い澄ましたように、何とも悪いタイミングで敵機は来たものだった。

 

《…ねぇ『キャンサー』。時間稼ぎするにもこの機数差じゃ無理っスって。逃げましょうよ》

「俺だってそうしたいがな、何のために膨大なリソース割いてこの作戦してると思ってんだ。…とはいえ、持たせられて5分ってところだろう。球コロ、ジャミングと対ミサイル防御、いつでも使えるよう準備しとけ」

《システム、オールグリーンを維持。いつでも使用可能です》

「…く、何て無謀な作戦だ…。短時間とはいえ、2倍以上の敵を食い止めるだなんて…」

 

 半ば諦め、怯えるような声を漏らすカールとフォルカー。それに反し、スフィアはいつも通り平坦な声音で必要最小限の言葉を紡ぐに留めている。いかにも機械然としたその様に、レフはわずかに心が疼くのを感じた。

 空域を旋回する間にも、敵編隊を示す鏃の群れは徐々にキャンサー隊へと近づいて来る。まずいことにその速度はギャラハッド隊より速く、合流より先に会敵することになるのは明白だった。

 距離にして4800。昼間ならば、そろそろ敵の姿が捉えられる距離である。

 

《…やばいっスね、どう見ても敵の方が速いっス。『キャンサー』、後退してギャラハッド隊と合流した方がいいっスって》

「いや、時間を稼ぐならこの方がいい。全機、高機能中距離空対空ミサイル(XMAA)用意。射程ギリギリで全部撃つぞ」

 

 兵装選択、主翼下ハードポイントのXMAA、計4発。兵装選択ウィンドウの表示が切り替わるのを確かめ、レフはヨーで針路を微調整して、敵編隊と相対する方位へ鼻先を向けた。

 距離4000、3600、3200。

 こちらの位置を見定めたらしく、護衛機と思しき反応が僅かに前進する様が見て取れる。機数は反応が大きなものが確かに12個認められるが、よくよく目を凝らせば極めて小さな反応が7、8つほど混じっているようにも見えなくもない。月夜といえども空は暗く、姿を肉眼で捉えることはできないが、やはり読み通りステルス機が混じっていると見て良かった。

 

 レーダー照射のアラートが低く心底を揺らす。

 距離が2800を割り、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)上のダイヤモンドシーカーが相対する4つの機影を捉えるべく滑ってゆく。

 狙いは、なるべく編隊中央に近い4機。たとえ命中しなくとも、近接信管で炸裂さえすればその統制を崩し時間を稼ぐことは不可能ではない。

 

「各機、FOX3」

 

 射程限界、白い4つのダイヤモンドが敵を捉え、緑色へと変じた瞬間。

 レフはアクティブレーダーホーミングミサイルの発射符丁を口にするとともに、兵装発射ボタンへ力を込めた。

 

 ごっ、という音の一瞬後、主翼下から放たれたXMAAは尾に焔を灯して、正面の目標へと飛翔してゆく。両翼後方に位置するカールとスフィアの機体からも同様にXMAAは撃ち放たれ、合して10を数える炎の筋が、音速を超える速度で夜の帳を引き裂いていった。

 

 正面、彼方。

 一拍遅れてミサイル飛来を捉えた敵編隊は、レーダーの平面上を左右に大きく分かれてゆく。回避行動にしては些か大振りの旋回半径は、炸裂弾頭や近接信管に備えてのものだろう。

 1秒とわずかの後、夜空に咲いた爆炎は3つ。1つは直撃、あるいは至近弾となったのか、1機が炎に巻かれ、漆黒の夜空を背景に墜ちていく様が認められる。遠目にも小柄な機影にデルタ翼という形状は、おそらくF-16XA『セイカーファルコン』のものだと伺い知れた。

 

 大きく左右へ分かれた敵編隊の先鋒は、体勢を立て直すや徐々にこちらへ鼻先を向け始める。機数の優位、そしてこちらより400ほど上空にいるという高度差の優位を武器に、一気に戦力差で以て叩き潰す魂胆と見て取れた。

 右の操縦桿を手前へ、左を奥へ。小半径の右旋回で機体を翻す最中にも、敵編隊は徐々に距離を詰めつつある。装備しているであろう中距離用のミサイルを撃ってこないのは、戦力差を踏まえて温存する積りだろうか。

 

《やっぱ無理っス、追いつかれるっスよ!》

「これでいいって言ったろ!――『ギャラハッド』!」

《了解。攻撃します!》

 

 通信を揺らすカールの弱音を、打ち払うような青い声。へっ、とカールが息を呑むのと、正面から3つの機影が高速で入れ違うのはほぼ同時のことだった。先頭の機体、角ばった尾翼には、赤い十字を染め抜いた白色の盾のエンブレム――『ギャラハッド』のR-101『デルフィナス』。

 

《各機、FOX3!》

 

 HMD端に表示された後方警戒ウィンドウ。その中に、3機の『デルフィナス』の翼の下に炎が灯り、体勢を立て直した敵編隊へと殺到する様が映し出される。上左右へそれぞれ旋回する母機をよそに、放たれた12発の矢は漆黒を破るように敵編隊へ向け飛翔。追撃に入り始めた敵編隊の幸先を挫くようにそれらは殺到し、相次いで7つの爆炎が夜空を赤く照らしていった。

 炎の尾を曳いて、墜ちてゆく機影は2つ。残る敵機も衝突を避けて大きく回避行動に入り、統制は再び乱れ始めている。『デルフィナス』の最高速度と敵編隊との距離を踏まえれば、一目散に逃げ帰れば難なく追撃は撒ける筈だった。先のキャンサー隊による攻撃と併せて、いわば二段構えの時間稼ぎになったと言える。

 

《『キャンサー』、待って下さい!我々の役目は時間稼ぎです。友軍の展開まで空域に留まるべきです!》

「全滅してでも作戦が大事だってんならな!多勢に無勢だ、この程度でも時間を稼げれば御の字だろうが!」

《し、しかしですね…!》

《警告、直上より機影4。急降下に入ります》

「…!?ちぃっ!」

 

 『ギャラハッド』の抗弁に反駁する間もなく、真上から降り注ぐミサイルアラート。レーダーを確認する間も惜しく、レフは操縦桿に力を込めて右へと機体を旋回下降させると同時に、フットペダルを踏み込んだ。

 至近に爆ぜる爆発2連、次いで外版を苛む破片の音。間髪入れず降り注ぐ曳光弾の雨に被弾痕を受けながら、レフは左へと切り返し敵機からの射線を逸らす。轟音とともに下方を擦過していった黒い機影は、果たして機種は何だったか。

 

《ステルス機…!くそっ、上空を突っ切って来てたって事っスか!!》

《F/B-22C、下方へ通過。後方の敵編隊も体勢を立て直しつつあります》

「ち…!見ただろう『ギャラハッド』、このまま留まれば簡単に包囲されて全滅する。どうせ奴らはSAMの餌になるんだ。尻尾を巻いて逃げる以外あるか!」

《し…しかし、アヴァロンの飛行隊として、『ベルカ騎士団』の末裔として、私は…!》

「……好きにしろ。『キャンサー』より『モロノエ』。こっちはもう限界だ。迎撃部隊の展開急げ」

 

 機首を上げて姿勢を立て直し、レフはなおももたもたとぐだつく『ギャラハッド』に声を向ける。後続の3機は旋回し追随こそして来ているもののわずかに進路は蛇行しており、後背に残した自らの任務に未練を見せていた。タイミングを見計らったXMAAでの攻撃といい、直上の奇襲からも被弾を受けなかった機動といい、確かに技量は光っているが、水際立った引き際という点では他の小隊長に及ぶべくもない。

 

 舌打ち一つ、『ギャラハッド』に代わりレフはアヴァロンへ向け通信を送る。早々に足止めが破れた以上、あとは速やかに迎撃部隊を差し向ける他にない。

 しかし。

 

「…?おい、『モロノエ』。こちら『キャンサー』。どうした!?応答されたし!」

 

 雑音。

 通信は耳を苛む砂嵐ばかりであり、応えるべき人の声は欠片も届いて来ない。通信障害が起こる空域ではなく、内部機器に損傷も認められない以上、故障の線は考えられなかった。

 

 レーダーレンジ、広域。

 不意に嫌な予感を覚え、レフはレーダーモードを操作する。

 西北、本来アヴァロンがあるべき方向。その一帯が円状に歪み、ジャミングが発生している状況を瞳に映して、レフの胸底はさっと凍った。

 

「…おい、『モロノエ』!」

《……か、聞こえますか、『ギャラハッド』、『キャンサー』。第二管制室『ティトン』より、衛星光無線を通じて伝達します》

《…?光通信…?》

《現在、アヴァロンは敵機4機の奇襲を受け通信設備および地上滑走路の一部を損傷。敵部隊は上空待機中の迎撃部隊に損害を与えた後、方位100へ向け離脱を開始しています。現在は通信妨害を行っていますが、有効範囲外へ脱出されればこちらの迎撃部隊の存在が敵攻撃部隊へ露見し、本作戦が水泡と帰す可能性があります。各隊は速やかに離脱中の4機を捕捉し、ジャミング圏外への離脱を防止して下さい》

《何ですって!?》

「くそ、こちとらXMAAも使い果たしたってのに…!『ティトン』、敵編隊の機種は。現在位置は!」

《繰り返します。こちら第二管制室…》

「…くそったれ!こっちは受信のみかよ…!」

 

 一方的に話し続ける無線に声を荒げつつ、レフはフットペダルを踏みこんで西北西へと進路を取る。事ここに至っては異存も無いらしく、『ギャラハッド』もまた速度を上げてこちらの後方に追随してきていた。『デルフィナス』の速度ならば、下方に抜けたF/B-22Cを振り切るくらい訳はない。

 

 しかし、何が。

 光通信で同時に送られてきた図面を広域マップにリンクさせ、レフは状況を咀嚼する。

 マップに記された敵編隊の予測進路から察するに、アヴァロンを奇襲した敵機はアヴァロン南方のムント峡谷深くを縫うように飛び、アヴァロンの足元へと接近。本来はそのまま基地施設に打撃を与える積りだったのが、上空に迎撃部隊が満載だったのを悟り、地上と上空への奇襲を加えて早々に逃げ去ったらしい。

 上空に展開しつつあった迎撃部隊はこの作戦の肝であり、露見してしまえば囮作戦の効果は半減する。アヴァロン基地はすぐさまジャミングを展開して敵編隊の口を塞ぎ、作戦の露見を防いだということのようだった。無論ジャミングの有効範囲も無限ではなく、その範囲外への脱出を許せば今回の作戦は全て無駄となる。すなわち、少しでも長く敵編隊をジャミングの檻に縫い留めるというのが、この追加ミッションの目的だった。

 

《ムント峡谷を抜けて奇襲するなんて、まるで…》

《そんなことより、ジャミングでレーダーが使えないってのは厳しいっスね。敵の機種も分からないし》

《『キャンサー』、『ヴェパール』の索敵能力なら捕捉は可能かもしれません》

「…癪だが、この際仕方ねえ。先頭に立て、球コロ」

 

 命令を下すや否や、スフィアの『ヴェパール』はこちらの横を抜け、索敵を行うべく先頭へと占位する。元より『ヴェパール』は電子戦機であり、搭載機器の性能は量産機のそれと比べて遥かに高い。ジャミング影響下で、最も捕捉の可能性が高い方法と言っていいだろう。

 30秒。

 …1分。

 期待をよそに、捕捉の声は流れない。じりじりと時だけが過ぎ、心に焦りが滲み出る。

 もどかしい時を経て、その末に上がった声。しかしそれは、予想の外から発せられたものだった。

 

「…ん?レフ君。右の方に何か動いてないか?今、一瞬月明かりに見えたような…」

「何?」

 

 カメラポッドで周囲を見渡していたのか、後席のフォルカーがためらいがちに声を漏らす。

 右――2時方向。

 言われるままに目を凝らした先。そこには、確かに何かがゆっくりと、上面に月の光を受けて飛んでいる様が目に入った。ほぼ同高度、機数は4。黒っぽい色彩、斜めに立つ2枚の垂直尾翼。そしてやや太めの胴体に武骨なシルエットは、ニューコムのどの配備機体とも似つかない。

 

 ――F-35『ライトニングⅡ』系列。

 

「あれだ!ナイスだフォルカー、アナログの勝利だ!」

「何、こう見えて視力と注意力には自信があってね。目を凝らしていた甲斐が…と、おおぉぉぉ!?」

 

 僚機間の通信は、ジャミング下では確実性を欠く。

 どこか誇らしげなフォルカーの言葉をみなまで聞くことなく、レフは左右方向へ細かくロールを行う運動――バンクを行い、周囲へその意を伝えた。

 右ロール、次いで両操縦桿を手前。前方を飛ぶ『ヴェパール』の側面をすり抜けて、レフの『デルフィナスE』は横倒しの状態で敵編隊へと進路を取ってゆく。敵編隊もこちらに気づいたらしく、4機ひと塊の編隊のまま、右ロールで相対する挙動を示していた。距離にしてわずかに2200、相対速度で踏み込めばあっという間に赤外線誘導式空対空ミサイル(AAM)の射程に入る距離。

 

 兵装選択をAAMへ戻し、レフは奔るダイヤモンドシーカーを目で追っていく。

 距離、1800。

 1400。

 ダイヤモンドシーカーが敵機へ重なるも、白い点滅はロックオンを告げていない。正しくは、AAMの射程に今一歩届いていない。

 距離、1100。

 あと一歩のその距離で、レフは不意に、ダイヤモンドシーカーの上に『警告』の表示が記されたのに目を止めた。

 HMD端、多目的ウィンドウに詳細を表示。敵性部隊データベースに登録あり。

 ネームド(タグ付き)――GRDFレクタ方面所属。外見的特徴、()()()()()()()()()のF-35AR。部隊名――『ハルヴ』。

 

「ちっ!」

 

 相対した、一瞬の虚。

 一糸乱れぬひと塊の4機は機銃を撃ち放ち、こちらの中央目掛けて突進を図った。

 元より加速を重ねていたのか、相対速度は思ったより速い。

 AAMを1発放ち、すぐさま機体を左へ倒し急旋回。擦過する弾痕の音を振り切って、レフは命中の手応えが無いままに機体を右へと切り返す。振り返ったその先では、編隊最後尾にいた『ギャラハッド隊』の1機が、左翼から火を噴いて高度を落としていく様が目に入った。炎の尾が流れる遥か先では、4機ひと塊だった編隊は2機ずつに分かれて、左右に大きく旋回している。

 ヘッドオンとはいえ、機銃掃射としては信じられない命中精度。そして目に焼き付くのは擦過の折に見えた、左翼を黄金色に染める4つの三日月。データベースの情報と照合しても、間違いない。

 

 聞きかじった程度であるが、『ハルヴ』の名はレフも聞いたことがある。

 曰く、東方戦争の折、弱小国であったレクタを支えたエースパイロット部隊の一つ。当時ラティオの誇る超兵器だった『テュールの剣』への突破口を開き、後に対サピン戦線で散っていった『三日月』を名乗る小隊。流石に編成こそ別人であろうが、そのネームバリューと骨法をGRDFのレクタ方面軍が利用したというのは大いにありえる話ではあった。

 

 元々連携は得意ではないが、ジャミング下で意思疎通が難しい今となっては、普段以上に連携は覚束ない。

 バンクや機動で懸命に意思疎通を図っている『ギャラハッド』を眼下に、レフは連携の二文字をばっさりと脳裏から切り捨てて、単機敵編隊に向けて相対した。

 位置取りと針路としては、こちらの右下方に『ギャラハッド隊』の2機、前方斜め左右に2機ずつ広がった『ハルヴ隊』。右側の2機は緩い旋回でこちらへと鼻先を向け、左の2機は機首を下げて『ギャラハッド』の2機を狙っているように見受けられる。

 

 敵のステルス能力を踏まえれば、右の2機とヘッドオンで相対するのは不利。

 咄嗟にそう判断し、レフは右の2機に対して機体上面を向け直交する針路へと鼻先を向けた。90°の交差角で交わる戦闘機に直撃弾を浴びせるのは、いかに熟練のパイロットであっても難しい。レフの狙いは右の2機を高速で躱し、その後に右旋回に入って『ギャラハッド』を狙う2機の背後を取ることだった。『デルフィナスE』の速度と運動性ならば、多少の無理は通せなくもない。

 

 右上方、ミサイルと機銃の撃ち下ろし。

 フットペダルを踏み、下腹に力を込めて、レフの『デルフィナスE』は殺到する弾道を後方へと躱す。後席から聞こえるフォルカーの呻き声は、この際無視する他ない。

 

 右ロール、操縦桿手前。

 横倒しとなり旋回するこちらの上を、速度を載せた2機の『アドバンスドライトニング』が突っ切ってゆく。狙いは、やはり『ギャラハッド隊』の2機。連携に手間取るあまり機動が鈍り、その間に『三日月』との距離は瞬く間に詰まってゆく。

 左右へ分かれる回避行動は、しかし遅きに失していた。

 『ギャラハッド』の2番機は、放たれたAAMの集中砲火に噛み砕かれ爆散。咄嗟の旋回で速度を失った『ギャラハッド』もまた、『三日月』の切り返しで射界に捉えられ、25㎜機銃により装甲を容赦なく啄まれてゆく。

 

「後ろがお留守だ、『三日月』ィ!」

 

 裂帛の声は、『ギャラハッド』を喰らうF-35ARの後斜め下方。

 旋回を終え『三日月』の死角に忍び寄り、最後に残ったAAMを引き絞ったレフは、有効射程に入ると同時にそれを撃ち放った。

 咄嗟に攻撃を止め、左右に分かれる敵機。左へ回る1機を狙ってAAMはなおも追尾を続け、その腹下を掠めると同時に近接信管の炸裂を散らす。

 

 揺らぐ黒翼、破片に傷つく『三日月』。速度を殺されたF-35ARに向け、レフは機銃で止めを刺すべく加速し距離を詰めた。F-22C『ラプターⅡ』ならばいざ知らず、F-35では格闘戦で『デルフィナス』に及ぶ道理は無い。

 表示されたガンレティクルを覗き、レフは『三日月』の姿を捉える。

 引き金を引き、放たれる一筋の曳光弾。右へ、左へと切り返す敵機は容易に捉えられないものの、距離が狭まるとともにその正確さは増してゆく。

 数度の切り返しの直後。右へ舵を切った瞬間を狙い放った機銃が、左翼の三日月を穿ち命中の火花を散らすのを、レフは確かに見届けた。

 

 ――傷つき逃げ惑う敵を前にすれば、駆り立てる側は思わずそれに専心し、つかの間周囲を見失う。たとえそれが偽装の姿であろうとも、人間の――動物の本能は、容易には逆らうこと能わない。

 

 三日月が中天に咲く、夜も更ける逢魔の刻。

 その瞬間、レフは遅ればせながらに察した。

 戦場の魔に魅入られた一瞬と、自らの背中に重ねられた3()()()十字架に。

 

「…!?レフ君、後ろだ!すぐ近くに3機!!」

「…なっ!?」

 

 フォルカーの声に振り返った瞬間、レフは背筋が凍る感覚を覚えた。

 先ほどまで2機ずつの分隊に分かれていた筈の敵機が、3機ひと塊となって自らの後方を捉えていたのである。距離にして約500、機銃の有効射程にコンマ数秒の距離。

 4機の密集隊形から、2機ずつの分隊、そして1機と3機の変則隊形。定型の無い霞のような戦術の掌中に、今自らは完全に絡め取られている。

 やはり、こいつらは――。

 

「伏せろフォルカー!!」

 

 咄嗟に取った、反転急降下の機動。

 敵の読みを外すべく狙った機動も、『三日月』の矛先を躱しきることはならず。殺到した銃弾の嵐はレフの『デルフィナスE』を正確に捉え、青い尾翼の機体へと幾筋もの弾痕を刻んでゆく。

 

 身体を苛む衝撃、耳を弄する警報音。

 思考を塗りつぶす恐怖と恐慌を重ねるように、至近でばち、と衝撃音が鳴り響く。

 キャノピーの中に破片が跳ね回る中、飽和した感情に耐えるように操縦桿を引き続け、射線から逃れ得た旋回の下端。ようやく平衡を保ったレフは、右肩に痛みと、ぬるりとした熱い感触を感じた。

 

「く、そ…!…フォルカー、おいフォルカー!生きてるか!」

「あ、ああ…こちらは大丈夫だ、かすり傷一つない。それより君は…」

「生きてるよ、まだな!…とはいえ…!」

 

 右肩の傷を抑えながら、レフは呻くように声を上げる。

 ダメージコントロールの項を見るに、飛行自体に問題はなし。しかし右翼を中心に被弾が生じ、空力性能が落ちているのが見て取れた。全周囲モニターも数か所が剥離し、外部映像の一部が見えなくなってしまっている。AAMも全て使い果たし、これ以上の空戦は危険だった。

 

 ――だが。

 

「ま…まだ来る!2機だ!」

「クソ!勘弁しろっつうの…!」

 

 機動性を失ったこちらを確実に潰すためか、後方警戒モニターの中で2機のF-35ARが下降し肉薄しつつある様が見て取れる。レフが追っていた1機は体勢を立て直した『ギャラハッド』が、残る1機はカールがなんとか引き付けているようだが、こちらの支援に入れるかどうか望み薄だった。周囲を確かめる間にも、後方の2機は徐々に距離を詰めつつある。一か八か、先ほど同様の急降下で逃れようにも、出血したこの体で持つかどうか。

 

 通用しない、のか。これまでの戦い方も信念も、この空では。

 胸を灼くような絶望の中で、レフは後方警戒モニターの映像を目に焼き付けた。AAMの射程距離まで、目算ではもう2秒もない。

 

 ――電子音。

 ミサイルアラート、ではない。低く断続的に響く、この音は。

 

 ――衝突警報。正面。

 

「…!?『オーキャス14』!?」

《左へ!》

「くっ!!」

 

 スフィアの声。

 正面に大柄な機体が回り込んでくるのを目にし、レフは反射的に操縦桿を傾けた。

 音速を超える相対速度ですれ違う『ヴェパール』、一拍遅れて響くミサイルアラート。レフの『デルフィナスE』と入れ違った『ヴェパール』はそのまま敵機へ正面から突入し、放った光の環――アクティブ電磁パルス防御システムでAAMを打ち払ってゆく。

 

 衝突を避けるべく、左右へ大きく開いた後方の2機。

 こちらへの追撃を警戒するも一瞬、それらは高度を上げて、4機ひと塊になるや、東を指して一目散に飛んでいった。尾部に炎が見えることから、アフターバーナーを利用して最大速度で飛んでいることが伺い知れる。

 

 何が起こったのか。

 大きく息を吐き、ずきりという痛みに顔を顰めながら、レフは周囲を見やる。カールとスフィアは無事、『ギャラハッド』のR-101は煙こそ吐いているものの、飛行に支障はないらしい。

 目を見渡した最後、西の空。そこを見て初めて、レフは先の『三日月』の行動に合点がいった。

 

 夜空に翼を翻す、10余りのニューコムの機体。アヴァロンを発した迎撃部隊が接近したのを察し、『ハルヴ隊』は手を引いたのだろう。既に東の空では炎が上がり、陸上部隊が一足早くゼネラルの攻撃部隊を交戦を始めたのが伺い知れる。『三日月』の奇襲という不慮の一手はあったものの、作戦はほぼ予定通りに進行していることを物語る光景だった。

 

 ざ、ざという雑音とともに、レーダーのノイズがかき消える。作戦の開始とともにジャミングが解除されたらしく、HMDには『通信回線復旧』の表示が浮かんでいた。

 雑音をかき分け飛び込んでくるのは、よく聞き知った面々の声。

 

《…フ、レフ!無事っスか!?やべえ、あいつらやべえヤツっスよ!》

《レフ、フォルカー、怪我はありませんか?応答してください。身体への損傷があれば、早急に知らせて下さい。…大丈夫、ですか?》

「私は大丈夫だ。だが、レフ君が敵弾で負傷している」

《え!?》

「大袈裟な…。破片が掠っただけだ。薬でも塗っときゃ治る」

 

 後方に陣取り、身を乗り出すように声を上げるカールとスフィア。絶望と疼きの中で、今はこの騒がしさがどこか心地よい。

 

《…『キャンサー』。私は…》

 

 悄然とした、女の声。横に並んだ白盾のエンブレムを刻んだ機体は、主の心を示すかのようにぼろぼろの姿となって、煙の筋を曳いている。『ギャラハッド』はそれきり声もなく、通信ディスプレイの中で静かに俯いていた。

 

「……こうなっちゃ、俺も人の事は言えねぇ。…これからだ。何もかも」

 

 これから。――これから。

 胸の底の疼きは、暗く言葉を反芻する。これから、どうすればいい。これから、どうやって生き抜く術を見つけて行けばいいのだろう。答えのない問いを前に、レフは沈黙を以て読点を置いた。

 

 東の空では、飛び交う火線と炎の尾が、夜空の黒に紅の色彩を咲かせている。

 中天の三日月は地を淡く染め、静かに空を彩っていた。




《各位、よくやった。想定外の奇襲こそあったものの、敵攻撃隊の半数を撃破することに成功した。開削中の輸送ルートも発見された様子は無く、我々の勝利と言えるだろう。
GRDFによる奇襲の再発を防ぐため、今後は基地上空の護衛機を増やすとともに、ムント峡谷のレーダー配置の見直しや観測所の設置を行うものとする。
この度の勝利を活かすため、各員には一層奮起してもらいたい。以上だ、解散》
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