Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第11話 (きざはし)

「おし、次の山だ。投げるぞカール」

「了解っス。いつでも来るっスよ!」

 

 コンクリートの殺風景な天井に声が反射し、籠った人いきれをかき回してゆく。

 窓一つない広大な空間には、運搬用キャリアーに載ったいくつものコンテナと、その台下に集う手押し式カート、そして人の波。立ち並ぶコンテナの奥には灰色に塗装された中型輸送機R-502『ストレクタス』が翼を休める姿も見て取ることができ、エンジンの後部からは廃熱が今なお陽炎のごとく揺らぎ上っている。

 

 そのうちの、コンテナの一つ。コンテナの搬入口から顔を覗かせたレフは、手ごろな大きさの段ボール箱を手に取り、一段下に備えるカール目掛けて弧を描くように放り投げる。よっ、という声とともに受け止めたカールはすぐ後方の手押しカートにそれらを載せ、荷が次々と山のように連なってゆく格好だった。横並びとなった他のコンテナの前でも同様の光景が並んでおり、作業着の人々の声と熱気がコンクリートの箱の中に満ちてゆく。

 

 ベルカ方面NEU前線基地、『アヴァロン』――その地下、中型輸送機を収める貨物搬入庫。

 作業着を纏ったレフとカールが汗水を流しているのは、普段ならば何ら用がない筈のそんな場所。有体に言えば、人手不足にかこつけて与えられた肉体労働の場であった。

 

 一応の換気はしてあるのだろうが、閉め切った空間に人間が集中すれば、湿度は自ずと高まってゆく。まして肉体労働ともあれば体温も上昇するため、体感温度は実態よりさらに暑い。作業着の腕をまくったレフもその例に漏れず、額からは滝のように汗が流れ、時折運搬する段ボール箱の上に滴を落としている。初夏という時期とも相まって、職場環境はお世辞にも良いとは言えなかった。

 

 普通であれば、貨物の搬入作業というものは風通しの良い屋外で、大型の運搬車両を使って行われるものである。荷下ろしする場所とて屋外とは言わないまでも、ある程度風が通る倉庫で行うのが一般的だろう。『アヴァロン』においてその理屈が通らないのは、偏にその特殊な施設構造ゆえであった。

 

 そもそもの成り立ちが地下のミサイルサイロである関係上、『アヴァロン』は施設構造が独特である。

 最大の特徴は、かつてのミサイルの発射施設とそれらを繋ぐ連絡通路を利用する形で設けられた地下滑走路である。これは、いわばより長距離となったスキージャンプ式甲板を地下に設けたようなものであり、当然スキージャンプ台の先端は地上へと繋がるようになっている。規模こそ違えど、構造はユージア東部のエキスポ・シティーにあるUPEO本部のそれに近いと言えるだろう。滑走路が地下にある関係上、この構造には衛星を含めた高高度からの偵察に晒される危険が少なく、爆撃による滑走路への被害も最小限にとどめることができるという利点があった。この利点を最大限に活かす為に、輸送機の貨物搬入庫もまた地下に設けられていたという訳である。

 

 一方で、地下の建造物という条件から欠点も存在する。

 スペースの限られる地下滑走路は、長さはともかく幅や高さに限界があり、一部の大型機の離着陸が不可能なのである。具体的には、主力大型輸送機であるR-501『ライコドン』やR-531『モビュラ』の運用ができないという致命的な欠陥が存在したのだ。大規模拠点の部類に入る『アヴァロン』において、大型機の輸送力を活かせないというのは大きな問題であった。

 この改善の為に、現在は元々あった地上部の補助滑走路を拡張し、臨時で大型機専用着陸施設として充てている。こちらなら『ライコドン』の着陸は可能であり、他の基地よろしく輸送車両とエレベーターを使って、迅速な貨物搬入も可能となっていた。

 それならば今回の『ストレクタス』も地上で貨物を下ろせばいいようなものだが、地上滑走路は先日の『ハルヴ隊』による奇襲で損傷したままとなっている。食料や資材といった物資は猶予が効かない以上、今回は利用可能な地下滑走路への着陸が行われ、結果としてレフ達はこうして地下で汗水を流す羽目となっているのであった。

 

 もっともカールはいざ知らず、レフ本人は意外にもこの『雑用』に前向きであった。

 理由は単純に、乗機R-101FR『デルフィナスE』の修理が終わるまで任務が無いというのが一つ。右肩の負傷が完治するまであと数日を要する――もっとも破片が掠めた程度であり、現在ではほとんど塞がっているのだが――が一つ。

 

 …そして最大の理由として、こうして体を動かしている間は、余計なことで頭を悩ませずに済むというのが一つ。

 実のところ、レフはここ数日、気分が良いとは言い難い日々を送っていた。傍目には普段と変わりないものの、ふとした拍子に口を噤んだり、呆と遠くを見渡したり、かと思えば不機嫌そうにゴミ箱を蹴飛ばしたりと、時として不安定な、鬱屈した表情を見せるようになっていたのだ。

 レフ本人の自己分析として、原因は自ずと明らか。すなわちそれはこのベルカの空であり、就中先日矛を交えることとなった『ハルヴ隊』の存在であった。

 これまでの性能頼りの戦い方が活かせない、かといって代わる戦術も見いだせない、出口の見えない迷い道。巡々と廻る不毛なその思考でさえ不愉快な所に、絶対的な力を以て現れたのが、ベルカの夜空を自在に駆ける『ハルヴ隊』の姿だったのだ。その姿は、レフに初めてともいえる敗北感を植え付けたと言っていい。

 

 今のレフには、ふとした拍子にその姿が瞼の裏に蘇って仕方がないのである。夜空を彩る正確な曳光弾の筋が、蜃気楼のように変幻自在な戦術が、そして左翼に染めた三日月が空を割いてこちらを狙う姿が、脳裏にありありと映し出される。その度に疼く胸はかさぶたを突かれたがごとく痛み、心が無性にささくれ立つのだった。明確な解法が見いだせていない今とあっては、質が悪いことこの上ない。

 

 屈辱か、怒りか、それとも恐怖か。肝心の胸の疼きの正体は、レフ自らにも定かではない。

 今はただ言葉にならない痛みと、出口のない暗路にも似た迷いと、脳裏を過ぎる『三日月』の姿が、時折思い出したかのようにレフの心を苛んでいた。

 

「レフ、意識レベルが低下しています。如何しましたか?」

「…目ざとい奴だな。ちょっと考え事してただけだ。…たく、人手が欲しい時にお前のご主人は何をやってるのやら」

「フォルカーの筋力では、重量物の運搬作業に不適と推定されます。打撲や腰痛などの二次災害を引き起こしかねません」

「ハッ、違いない」

 

 コンテナの中、残った段ボールの上に転がるスフィアが、レフの様子を訝しみ声を向ける。任務から外れたレフやカール、スフィアまでこの場にいる中、確かに同じく手隙な筈のフォルカーの姿はどこにも見て取ることができない。

 スフィアの言う通り肉体労働には向かない体躯であることも理由の一つだが、元々居室に籠りがちだったフォルカーは、ここベルカへ赴任してから輪をかけてその傾向が顕著になってきたのである。もっともレフのようにふさぎ込んでいる訳では無く、スフィアによると鬼気迫る様子でパソコンに向かい続けているらしい。なんでも『アヴァロン』のデータベースにアクセスしてはしきりに何かを調べているようだが、電子的な部門にかけて門外漢のレフには、その意図を探る術は無いといってよかった。

 

 コンテナの奥、最後に残った大型の段ボールを抱え、レフはコンテナの出口へと向かっていく。光のまばゆさに目を顰めるその姿へ向け、一段下がったコンテナの階下から跳ねるような声が飛んで来たのはその時だった。

 

「レフ技官!こっちは終わりました。まだあるようなら手伝いますよ?」

「『ギャラハッド』か。いや、こっちもこれで最後だ。行くぞカール、次ちょっと重いぞ」

「いや重いなら直接渡して…うおっとっと!?」

 

 段ボールの上からスフィアが跳ねて避難した直後、レフからカールへ向けて最後の段ボールが投げられる。両腕を広げてそれを受け取ったカールは、前言通りの重さに慌てたようにたたらを踏んで、よろめきながら台車の方へと向かっていった。一方のスフィアはといえば、大きく弧を描きくるくると回って、『ギャラハッド』の腕にしっかりと収まっている。

 

「レフ技官、地上にいる時くらいはTACネームでなく名前で呼んで下さいよ」

「その調子でレフに言ってあげて下さい、イングリット航空技官。レフは私のことも『球コロ』としか呼んでくれません」

「ひっどいレフ技官!こんなにかわいいのに!スフィアちゃんこんなにかわいいのに!!」

「やかましい!第一ペットじゃあるまいし、何で機械に愛称なんざ」

 

 カバーを開きCGモデルで抗議するスフィアと、頭を撫でるように本体を撫でさする『ギャラハッド』。どう馬が合ったものか、二人分となった喧しい声に、レフはぐったりと閉口した。

 

 『ギャラハッド』――イングリット・ルートヴィヒ航空技官。ここ『アヴァロン』に常駐する小隊長の一人である彼女だが、レフ達と知り合ってからはまだ日が浅い部類の人間である。先日の『ハルヴ隊』との戦闘でキャンサー隊もろとも手玉に取られ、彼女の部隊は半数が脱落。イングリット本人も機体の修理で任務から外され、レフ達と同様に雑用をこなしている間に自然と顔なじみになっていったという仲であった。

 

 聞けば、彼女の出身であるルートヴィヒ家というのは、ベルカにおいて古い歴史を持つ家柄なのだという。祖先はベルカ王朝に仕えたという騎士の一人であり、代々騎士の称号を受け、高名なベルカ騎士団の一角を務めていた。戦争の中心が騎士から兵器を扱う『軍』へと移っていったのちも、優れた軍人を代々輩出し続けていたという。実際に、44年前のベルカ戦争ではベルカ南部のシェーン平原守備隊としてルートヴィヒ家の兄弟が従軍しており、それぞれがエースパイロットとして戦績を残したという記録が『アヴァロン』のアサルトレコードに残っていた。

 ところが、有力政党への献金でもって保護されていたルートヴィヒ家も、ベルカ戦争後の政権交代を経て没落。紆余曲折を経てベルカという国の枠組み自体も曖昧となり、2039年現在となっては、名門ルートヴィヒ家もいわゆる一般の家庭と大差のない状態となっていた。

 

 現状こそ没落しありやなしやという姿となっているルートヴィヒ家だが、しかしその末裔だけあってか、イングリットは伝統ある騎士の家という誇りを未だに持ち続けている。先の戦闘で見せたように時として頑なな様などは、その端的な発露と言えるだろう。歴史や伝統、通評といった自らの身の丈を超える要素というものは、自信の根源にもなる反面、時としてその退路を塞ぐこともある。

 もっとも当の本人の常の様子は、騎士の血筋をほとんど感じさせるものではない。20歳という身の丈らしい様子も、金色の髪を後ろで細く結い下げた姿も、そして眼前でこうしてスフィアと触れ合う姿も、年相応の女性の姿らしいと言ってよかった。

 

「とにかく、これで荷物は全部だな。カール、シャワー浴びに行くぞ。もう汗だくだ」

「あ、まだ最後に一便来るらしいですよ、レフ技官。大型機械類メインらしいので私たちの出番は多くないみたいですが」

「…おいおい冗談だろ。聞いてねぇぞ」

「飛び入りで申請が入ったみたいですね。なんでもサピンのル・トルゥーアからとかで…もうそろそろ到着だったと思いますけど」

 

 ル・トルゥーア――かつての古巣からの輸送便。思いがけず耳にしたその言葉に、レフはカールと顔を見合わせた。『アヴァロン』とル・トルゥーアは通常輸送便の定期航路は通っておらず、直接航空機が行き交うことはない。にもかかわらずこの()()()()()1()()はル・トルゥーアから飛来し、おまけにここにはおあつらえ向きにル・トルゥーア出向のキャンサー隊がいるのだ。

 と、いうことは。この輸送機の目当ては――自分たちキャンサー隊なのではないか。

 

 結論を紡ぐと同時に、施設内へ放送が響き渡る。コンクリートの壁面へ反射し、唸るような共鳴を帯びた音声が告げるのは、件の輸送機が到着した知らせ。場所は地下第4降着庫、ここからそう遠い場所ではない。

 

「レフ、もしかして…」

「ああ。イングリット、悪いがここの後始末は任せてもいいか?俺たちは一足先に向かいたいんだが」

「え?ええ、いいですけど。何だ、不真面目そうな見た目の割に殊勝なんですね、レフ技官」

「一言多い。…行くぞ、カール、球コロ」

 

 イングリッドの腕の中からぴょんと跳ねたスフィアを、慣れた様子でカールが受け止める。機械にいいように使われる相棒の姿を呆れ半分に見流しながら、向かう先は放送で示された第4降着庫。

 いくつか扉を抜け、頭上注意の警告が記された分厚い扉を押し開く。

 着陸直後を示す、陽炎が昇るエンジン。輸送庫を開いたR-502『ストレクタス』の姿と、貨物に向かっていくフォークリフト。そして、その貨物の脇。基地の要員を相手に書類の束をめくり、何事かを話している中肉中背の後姿は。

 

「おやっさん!」

「ん?…おお、レフ!無事生きとったようだな。カール、スフィアも。元気そうで何よりじゃ。フォルカー研究員はどうしたね?」

「お久しぶりです。フォルカーは今日も居室でパソコンに向かい、熱心に仕事に励んでいます」

「ふうん…ま、ええわい。にしてもいやはや、ベルカは遠い。昔ならいざ知らず、骨が折れるわ」

 

 職員へ書類を押し付けるように手渡しながら、おやっさんはレフ達を順々に見渡していく。思わぬ懐かしい出会いに――といってもル・トルゥーアを離れてからひと月も経っていないが――、レフは気分が和らいでいくのを感じた。激戦区のベルカの中にあっては、今やゆとりあったサピンの空気は懐かしい。

 

「にしても、今日はどうしたんスかおやっさん?」

「おうよ。何の手違いか、スフィアの『ヴェパール』用のパーツ類一式がル・トルゥーアの方に届いてな。折角なんで、様子伺いがてらに運んできたのよ」

「ありがとうございます、おやっさん。…運んできた、といいますと、おやっさんが操縦して来られたのですか?」

「おう。ま、輸送機操縦の経験は少ないが、昔取った杵柄というヤツよ」

「そりゃぁまあ…ご苦労様っス」

「おう、勤勉なワシをもっと褒めてくれていいぞ。……ふむ。に、しても」

 

 打ち解け、和んだ空気の中で言葉を交わしていたおやっさんが、不意に言葉を切る。怪訝そうなカールの様子をじっと見やり、小首を傾げたスフィアのCGモデルを眺めて、視線が最後に向かったのはレフの方。おやっさんは顎に手を遣り、片眉を上げて、レフの顔をまじまじと眺めている。

 

「…なんだよおやっさん、急に顔を眺め始めて。気持ちワリイ」

 

 気味悪そうに眉をしかめ、一歩引くレフ。そんなレフの対応をも気にせずに、おやっさんはしばらく顔を眺め続けた後、にやりと笑った。

 

「レフ。おまえさん、『アヴァロン』に来てから何かあったな?」

「んな!?……別に、大したことはねぇよ」

「そうかね?ワシの目から見れば、ル・トルゥーアの頃とどこか違うような気がしたんだがね。そんな目の色をワシは知っとる。『壁』を知った奴の目じゃ」

「……」

「ふむ。それはそうとして、ワシ疲れた。カール、スフィア。ちょいとレフ借りて行くぞ。休憩室でもあれば案内してくれ。冷たいコーヒーが飲みたいんでな」

 

 細まり、探るように見据えた目。おやっさんの瞳は、ふ、と吐き出した息とともに一瞬和らいだ。真意はともあれ、おやっさんの疲労は事実なのだろう。時折腕や足を延ばし、しきりに筋肉を労わっている様が見て取れた。

 

「え?なら俺たちも行くっスよ」

「お前さんらは荷物運びがあるじゃろが。心配せんでも、すぐに戻るわい」

「えー!レフだけズルいっスよ!」

「おやっさん、レフの返却は20分以内でお願いします。搬出作業に支障を来たしますので」

「お前らな…」

 

 決まりじゃな。

 にっと笑いそう言ったおやっさんは、親指を立てた拳を倒して、レフに目くばせを向けた。

 はぁ、とため息一つ、丁度いい頃合いで休憩したかったのはレフとしても嘘ではない。そして何より、先ほどおやっさんが言った言葉――『アヴァロン』に来てからの変化、そしてぶち当たった『壁』について、話をしたい気持ちも確かにある。おやっさんの提案は、レフにとっては渡りに船ともいえるものだった。

 

 後ろ手に手を振り、レフはおやっさんを引き連れて、自動販売機が設置されたレストルーム向け足を踏み出してゆく。

 廊下へ繋がる扉を閉めるその時まで、二人の背中にはカールとスフィアの不満の声がミサイルのごとく飛来し続けていた。

 

******

 

「はいよ、アイスコーヒー。自販機の安物だが勘弁してくれ」

「ありがとさん。今は冷たいもんが飲めるだけで御の字よ」

「ああくそ、何で『アヴァロン』にはチョコミントフレーバーの飲み物が無いんだ。『アヴァロン』赴任の最大の不満点だ。売店にすら売ってやしねえ」

 

 地下降着庫から廊下を渡った先、基地スタッフ用に設けられたレストルーム。10m四方ほどの部屋には長机とパイプ椅子、そして自動販売機と部屋の隅に架けられたテレビが設けられ、基地スタッフが体を休められるスペースとなっている。自販機を前に愚痴一つ、紙コップに注がれたアイスココアを携えたレフは、おやっさんの前の椅子へと腰を下ろした。時間帯としては他のスタッフの作業時間の真っただ中ゆえか、レストルームには他に人影は見られない。

 

「…で、何があったね」

「……何、っつう程じゃないが」

 

 背もたれに体を預け、穏やかに問うおやっさん。

 一瞬の沈黙を挟み、レフは目を逸らしながら、ベルカに赴いてからの出来事をぽつぽつと話し始めた。

 サピンの頃と違い、ベルカにおける敵味方の練度の高さ。思うままに上がらないスコア。『デルフィナス』の性能に依った今までの戦い方が通用しないこと。そして、実際に目の当たりにしたゼネラルリソースのエース部隊、『ハルヴ隊』の手練。

 こんな弱音はカール、ましてスフィアには到底語ることはできない。かといって『アヴァロン』の小隊長クラスに相談するほどに心慣れてもいない。レフがこうして不安を吐露できる相手は、今はおやっさんしかいないのである。言い進めれば進めるほどに、自らの敗北と挫折を語る苦しさを感じながら、それでもレフは語らずにはいられなかった。

 

「…自分で言うのも何だが、ル・トルゥーアにいた頃はそれなり以上に戦えてたと自負してる。敵のエース級に押されることもあったが、そこらの部隊は退けて来たし、大きな損傷や怪我も受けなかった。…けど、ここじゃその戦い方は通用しない。ましてGRDFのエース級相手には、全く歯が立たず完敗しちまった。………俺ァ、どうすればいいんだろうな…」

 

 言葉を区切り、喉に蟠る苦みを飲み下すように、ココアを一気に流し込む。

 どろりとした感触、濃密な甘み、そして微かな苦み。胸に渦巻く屈辱と苦みは、それでもなお緩むことなく、レフの胸中を苛み続けている。

 

「ふむ。…レフ、お前さんの中で打開の糸口は見つかっているのかね?」

「見つかってりゃおやっさんに相談してねぇよ。最新鋭機を貰ったところで、相当の性能差がなけりゃ同じことの繰り返しだ。余計な戦闘を避けて逃げ続けるのも癪に触る。となると俺一個の腕を上げることになるんだろうが、それもどこまでできるもんやら…。…………言いえて妙だよ、おやっさん。確かに俺の目の前にあるのは壁、断崖絶壁だ」

「なるほどな。お前さんの思いは、よく分かった」

 

 レフの口にした解法に、ぴくりと眉を上げるおやっさん。深くため息をついたレフの前で、おやっさんは短く言葉を紡ぎ、テーブルへコップをことん、と置いた。両肘を突き、掌を組んで、見据える瞳はレフの目へと向いている。

 

「…ゼネラルの『ハルヴ隊』だがな、お前さん、あの部隊の背景は知っとるか?」

「背景?…まあ、一般的なレベルでだが。元はレクタの飛行隊だったとかいう話か?」

 

 不意に話題の針先を変え、おやっさんはレフが対峙した『ハルヴ隊』へと言葉を向ける。

 当たり一辺倒の回答で応じたものの、レフも詳しいことを知っている訳では無い。現在の『ハルヴ隊』は二代目で、初代は小国レクタが誇る数少ないエース部隊。かつての東方戦争で活躍し、戦争の末期に壊滅したという概要を知っているのみである。レクタの出身者でもなければ、おおよそこの基地の誰に聞いても返ってくる答えは同じところだろう。

 

「そう。初代の『ハルヴ隊』というのは、当時の東方諸国では指折りの部隊の一つじゃった。対ラティオ戦ではレーザー兵器『テュールの剣』制圧に貢献し、ラティオのエースパイロット部隊すら蹴散らした。有象無象の小国だったレクタがラティオやサピンを相手取って一歩も引かなかったのも、この部隊の名声と活躍が大きな役割を果たしたからとも言えるじゃろう」

「…ユージアの『メビウス』みたいなもんか」

 

 おやっさんが紡ぐ『ハルヴ隊』の評に、レフは脳裏に過ぎった『メビウス』の名を口にする。ユージア大陸に故郷を持つレフにとっては、エースパイロットとして第一に浮かぶのは『ガルム』や『ガルーダ』、『グリフィス』といった世間で謳われる面々ではなく、ユージアで活躍した『メビウス』こそが最も馴染みのある名前であった。

 散り散りになった友軍の旗頭となり、超兵器を破壊し、戦況を覆して見せる。戦争の規模こそ違えど、『ハルヴ隊』の功績は『メビウス』のそれと近いと言えるかもしれない。

 おやっさんの思いもまた同じだったのか、レフの答えに首肯して見せた。

 

「ま、流石に求心力や知名度では及ばないがね。…ところが不思議なことに、第一次『ハルヴ隊』の個々のメンバーの力量は、他の部隊とそれほど差がある訳では無かったそうだ。事実、小隊内のスコアで見ても隊長機や二番機がやや多い傾向こそあれ、一人が突出している訳では無い。多くのエース小隊が突出した『エースパイロット』と『その支援』という構成であることを踏まえると、珍しいパターンと言えるじゃろう。敢えて類例を求めるとすれば、オーシアの『サンド島中隊』や旧ベルカの『グリューン隊』という所か」

「??…どういうことだ。個々は大したことが無くても、隊としては強い?」

「その通り。では、その理由は何じゃと思う?」

「理由…」

「深く考えすぎんでもいい。今の『ハルヴ隊』は、おそらくかつての『ハルヴ隊』の戦術を少なからず真似ているはず。それと対峙したお前さんなら、感じた部分もあるんじゃないかね?」

「………」

 

 目を閉じ、戦場の記憶へと意識を向ける。

 中天に輝く三日月。その下、三日月を染め抜いた翼を翻す4機の姿。

 4機ひと塊となった機銃掃射による中央突破、2×2機編成へと瞬時に移りドッグファイト。そして、確実にこちらの戦力を削ってから、1-3機編成へ移行しての囮戦術。こちらの機動に応じた定型の無い戦術の中で、レフは成すすべなく絡め取られていく自らを改めて実感した。手の内を全て見透かされ、あらゆる先手を潰されていくその様は、あたかも梟の目に見据えられた獲物の姿を連想させる。

 

 個々の力に差が無いとすれば、あの時こちらに無く、連中にあったものは何か。

 単純な機数はほぼ互角。

 搭載兵装では、『アヴァロン』攻撃直後の『ハルヴ隊』と比べ、空対空兵装で出撃していたこちらにむしろ分がある。

 機体性能も同様である。F-35シリーズでは最も空対空性能が高いAR型といえども、純粋な有視界空戦性能では『デルフィナス』に軍配が上がる。

 

 それらの優位を覆す、こちらに足りなかったもの。

 確かに、先手は向こうにあった。発見はほぼ同時だったものの、初手の突撃でこちらの連携は完全に崩され、足並みを乱されたのだ。

 連携。

 ――待て。そもそも、連携という要素はあの時、こちらにあっただろうか。

 『アヴァロン』からのジャミングで通信が妨害されていたとはいえ、同行した『ギャラハッド隊』とは最初から統率は取れていなかった。いざ空戦に入ってからも、敵の初手とジャミングの影響を考え、カールやスフィアとの連携を早々に捨てたのはそもそも自分ではなかったか。

 自身の技量を意識し、単機で戦う者。あくまで連携を重視し、足りない部分を複数で補う者。その思考の差が、あの時の結果に繋がったのではないか。

 

 つまり、かつての――そして今の『ハルヴ隊』の強みとは。そして、今レフに一番足りないものというのは。

 

「……僚機…連携、か」

 

 噛み締めるように、呟いたその言葉。

 それを聞いて、おやっさんは会心を得たとばかりににやりと笑った。伝えたいことは、答えは経験と挫折の中にある――まるでそう言うかのように。

 

「その通り。よっぽど異常な腕前の天才なら別じゃが、普通は人間一人ができることなんざたかが知れとる。だからこそ、人間はチームを組んで不足を補い、力を足し算していくもんじゃ。それは弱さでも卑屈さでも何でもない。人であるがゆえの知恵ってもんよ」

「…力の、足し算…。……つっても、具体的にどうすりゃいいんだ?俺、そもそも力を合わせてナントカ、みたいなのは苦手なんだが」

「そうさな。場合にもよる以上、ワシもはっきりとは言えんが…『知る』ことと、『観る』こと。キモはこれじゃろうな」

 

 顔を上げ、瞼を大きく開けて、レフはおやっさんを見た。

 目の前には、そこらにいる普通の、しかし頼りがいのある浅黒い男の顔。言葉で、そして姿で物を語る人の姿に、レフの胸中にはか細い光が差したかのような清涼が過ぎった。噛み砕いた分かりやすいおやっさんの言葉は、まるで次代を育む木の葉のように、レフの奥底へと積り重なってゆく。

 

「仲間が何を得意として、何ができるのか。苦手は、フォローすべきことは何か。それを『知る』ことが第一歩じゃな。戦場でそれをどう活かすかを判断するために、『観る』というのが第二歩。作戦の目的は、互いの編成は。位置、高度、地形、気象、時刻、残弾は。それらを意識して、適当に仕事を分配してやれば自ずと連携っていうのは取れて来る。確か神話でもアレじゃろ?キャンサー(蟹座)は仲間を助けるために力を貸したとかいう」

「…確かそのカニはあっさり死んでた気もするが…。…にしても知ること、観ること…助け合うこと、ねぇ。カールはまあともかくとして、球コロに背中を預けるのはどうもな」

「そうかね?スフィアはベストパートナーになれる存在だと思うが」

「あいつは機械だぜ?」

 

 連携、仲間を助け、仲間に助けられる間柄。おやっさんの言うことは一理も二理もあるが、それを考える上で割り切れない存在が、レフにとってのスフィアという存在だった。

 俺が機械を、AIなんかを信じるのか。

 過去に縛られたその思いは、これまでの戦場で実質的に助けを受けてなお、レフの心を固縛し続ける。頑なに拒み続けるその心理は、心のどこかにある『信じたい』という希望が裏切られる恐怖に対しての、一種の防衛本能なのかもしれない。

 

「確かに機械。そうだが、あの子の心はれっきとした一つの人格だとワシは思うがね。ただの電子的な思考AIが、草木や虫、月や星、動物…不要な筈の情報に興味を持つじゃろうか?あの子は多分、人間という矛盾だらけの存在を…とりわけお前さんを知りたいのだと思うよ」

「……フン。どうだか」

「ま、とはいえ人間そうそうすぐには変われんもんさ。意識して、少しずついい方に向かっていけばいい。…さて!もうぼちぼち戻るかね。カールもスフィアも戻りが遅くて怒っとる頃じゃろう」

「だな。……ありがとう、おやっさん。少しだが、気が楽になった」

 

 ゴミ箱へ空の紙コップを放り投げ、レフは幾分恥ずかしそうに目を逸らしながらおやっさんへと礼を紡ぐ。きょとん、と目をしばたかせたおやっさんは、一瞬後には笑顔を刷いて、『いいってことよ』と拳を突き出して応じて見せた。

 壁の時計を見れば、このレストルームへ入ってから30分近く。実質スフィアは力仕事ができないことを踏まえると、カールは独り汗だくで搬出作業を行っている頃だろう。この様子では、ちょっとした大目玉も覚悟しなければならない頃合いだった。

 先に立つおやっさんに付いて、出口の扉の方へと歩みを進めるレフ。その扉際で、不意に立ち止まったおやっさんの背中に、レフは危うくぶつかりかける羽目になった。

 

「そういや、レフ。フォルカーさんは最近どうしてるね」

「フォルカー?さっき球コロも言ったと思うが、日がな一日部屋に籠ってパソコンに向かってるぜ。思いつめた様子で根を詰めてるみたいだが、秀才さまはよく分からねえよ」

「…ふむ、そうか」

 

 近況を答えるも一瞬、笑みを消したおやっさんは目を伏せ、しばし何事かを考えるように顎へ手を当てる。常ならぬおやっさんの様に、レフは怪訝なものを感じた。

 間、数瞬。おやっさんは顔を近づけ、声を潜めてレフへ耳打ちする。

 

「………杞憂ならいいんじゃがな。フォルカーの行動に、それとなく注意しておいてくれんか」

「…どういう事だ?」

「お前さんらの代わりに派遣されてきたニューコム・インフォの部隊じゃがな。実はあいつら、着任してから妙な行動を繰り返しとるんじゃ。指揮系統の違いを主張してラティオ方面の哨戒には一切向かわず、しきりにオーレッドの方面に行ってはUPEOに追い返されとるらしい。…どうもその行動に、フォルカーの指示が噛まされとる気配がある」

 

 おやっさんの言葉に、レフの脳裏にはある光景が蘇る。

 ル・トルゥーアを離れる際、入れ違いに着任した対潜仕様のR-501『ライコドン』。そして、着任した隊の指揮官に対してフォルカーが何事か耳打ちする姿。本来洋上哨戒は専門外とするル・トルゥーアにそぐわない配備機といい、何かを隠したフォルカーの様子といい、違和感を覚えたことは記憶に新しい。

 

 まして、謎なのはその行動である。オーシア首都のオーレッド周辺は国際的な治安維持機構のUPEOが管轄する数少ないエリアであり、ニューコムがわざわざ介入する脅威のある地域ではない。そこへ敢えて直属の部下を派遣し、脅威を煽る意味は一体何なのか。

 胸に蟠る、違和感と不審。それを奥底に飲み干して、レフは声を潜めておやっさんに応じた。

 

「分かった。おやっさんも気を付けろよ、いきなりUPEOに逆襲でもされれば洒落にならんしな」

「そうじゃな…お互い、万一に備えておくとしよう。…さて!ひそひそ話はここまで、今度こそ行くかね」

 

 空気を払うように声を張り、おやっさんが扉を開ける。

 廊下から流れる熱を帯びた空気、僅かに匂う油と塗料。目の前の現実と、わずかばかり明るみを帯びた視界を目にしながら、レフは喧騒が続く降着庫へと足を踏み出してゆく。

 

 降着庫の扉を開けた直後に、戻りが遅く不満モードとなったスフィアがレフの顔面へ突撃してくるとは、ついぞ知らないまま。

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