Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《ゲベート領内のNEU関連施設が攻撃を受けているとの緊急電が入った。詳細は不明だが、ゼネラルリソースは北のファト方面と南のレクタ方面から航空戦力を展開し、地上施設を中心に攻撃を行っている模様である。空域に展開中の各飛行隊は現行任務をただちに中断し、管制官の指示に従って戦闘空域へ急行せよ》


第12話 朱を指す萌芽

 夕日に染まったゲベートの空が、青い尾を炬火のように照らしている。

 

 夜色が滲み出る東の空、暗色を背に蛍光を帯びるディスプレイ。

 照らされた計器盤の位置を頼りに、レフはちら、と正面ディスプレイ端の時計へ目を向ける。。ゲベート国境付近における哨戒任務を唐突に切り上げさせられ、ゲベート領内へ向け飛び始めてから既に20分あまり。総飛行時間にしてそろそろ1時間となるが、増槽を含めた燃料は依然として余裕があり、空戦による消耗を踏まえても基地への帰還には問題ないと判断された。

 先日の戦闘での損傷を受け、久方ぶりに大規模な整備を受けた乗機R-101FR『デルフィナスE』の調子はすこぶる良い。エンジンは立ち上がりや回転数の伸びも良好、ラダーやエルロンの動きも常より滑らかな感覚がある。ゼネラルのエース部隊相手にぼろ負けし、修理でしばらく飛ぶこともできなかったものの、禍転じて何とやらとはこのことだった。

 

《しっかし、まずいことになったっスねー。最近、妙に活発じゃないっスか?この辺のGRDF》

「この間の失点を取り戻す積りなのかね。…おし、このあたりで変針だ。方位020に向かう」

《了解!》

 

 後方に就くR-101『デルフィナス』に乗るカールが、愚痴ともつかない感想を呟く。レフは『分からんことは考えても仕方ない』とばかりに適当に話を合わせながら、左の操縦桿を引いて北北東へと機体の針路を向けた。

 方向舵の駆動、傾く機体。旋回する翼が空を切り、翼端が航跡を刻んでゆく。

 尾翼を青く染めたレフの機体に続くのは、通常機同様の塗装を施したカールの機体。普段ならばその後に続くスフィアの『ヴェパール』は見当たらず、周囲には二人の他に機影を見て取ることはできなかった。

 

 実に2か月ぶりの、本来の『キャンサー隊』での出撃。レフはそれを嬉しく思う反面、どこか言葉にできない淋しさを感じている自らを見出して、人知れず自己嫌悪を抱いた。

 今回は、専用機である『ヴェパール』の改修のためにスフィアは基地で居残りである。先日おやっさんが運んできた『ヴェパール』用の機材を用い、フォルカーの旗振りの下、『ヴェパール』は損傷の修理を兼ねた改修作業の真っ最中なのであった。改修の内容はレフも朧にしか把握できていないが、フォルカーの言を借りれば『これで『ヴェパール』は本来の力を発揮できる』とのことらしい。

 これまでの戦闘でさえ多様な機能を発揮してきたというのに、さらにあるという隠し玉。『ヴェパール』に搭載されている既知の技術それぞれこそレフには驚くべきものだったが、それ以上の新機能の有効性という点ではレフは懐疑的だった。最新鋭を追求するあまり、多機能を詰め込んだ結果失敗した兵器など歴史上にはざらにある。レフにとって『ヴェパール』は、その領域に片足を踏み込んでいるようにしか見えないのであった。

 

 ともあれ以上の理由から、今回はレフとカールの二人のみで小隊を組んでいた次第である。当然フォルカーも『ヴェパール』の改修作業に立ち会っているため、本来フォルカーが乗るべき『デルフィナスE』の後席は、今日ばかりはもぬけの殻。一抹の寂しさを脇にどければ、何とも気楽で開放感のある飛行であった。

 

《第二管制室『ティトン』よりキャンサー隊へ。ファト旧国境線より侵入したGRDF部隊は、ゲベート北部クリュエ飛行場およびオーポール陸戦部駐屯地を攻撃中。クリュエ飛行場は滑走路を損傷し、十分な迎撃態勢が取れていません。また、オーポール駐屯地は重砲連隊および歩兵連隊が主であり、対空能力は極めて脆弱です。状況の混乱につき、キャンサー隊は近傍空域で状況を確認の上、優先目標を判断し急行して下さい》

「自前で判断ね…。了解りょーかい。バックアップ頼むぜ」

 

 不意に入った通信は、『アヴァロン』管制室を源とする女性管制官の声。奇襲を受け状況が逼迫しているにも関わらず、その声音は常と変わらず落ち着いて聞こえる。

 状況照会、予測空戦域を確認。倒れた座席に深く背を落としたまま、レフは手元のキーボードを操作しヘッドマウントディスプレイ(HMD)に空域の俯瞰図を表示した。

 現在位置から見て、襲撃を受けているクリュエ飛行場は真北の方向、距離にしておおよそ13000。一方オーポール駐屯地は更に遠く、北東の方向へ距離25000という所だろう。遠目に黒煙こそ上っているものの、その詳細までを確認するには至らない。

 

 カールの言う通り、このところゼネラル側の攻勢は一層活発さを増している。先日のブローノフ橋周辺における戦闘で損害を受けたにも関わらず、ゲベート領内のニューコム勢力に対する攻撃の頻度がここ数日明らかに増加してきたのである。

 その目的は考えるまでも無く、ニューコム経済圏の砦であるゲベートへの揺さぶりであろう。国という存在が無くなりこそすれ、国土の防衛を任せているNEUが損害を受け、ゼネラルの機体が空を跋扈している様を目にすれば、ゲベートの人間としても思い付きは変わってくるに違いない。地理的にもゲベートはゼネラル経済圏の地域に包囲されている現実を見れば、その判断も無理のないものだった。

 おまけに、目下では怪しい情報も飛び交っている。

 風聞程度の情報なのだが、しばしばメディアや週刊誌で、ゲベートにおける親ゼネラル的な動きが見られるようになってきたのだ。ゲベート区議会有力議員のゼネラル重役との会合の噂に、隣国ファトへの集団視察の情報。一般的には周辺のゼネラル経済圏に向けた衝突回避のための融和策とされているが、ゲベート首脳部が動揺し、ゼネラル側へ渡りを付け始めた兆候と見る向きも強い。そのような政情下でニューコム不利の戦闘が展開されれば、事態が悪い方向へ大きく動くこともありうる話だった。

 

「しかし、こっちで目標を判断、ってどうしろっつうんだ。レーダーの索敵範囲外だし、通信を傍受しようにも混乱してて訳が分からんぜ」

《こっちは2機っきりっスから、分散もできないっスしね》

「ち、こんな時に限って()()()()の奴がいないとは…」

《あれ、いつもの『球コロ』呼びじゃないんスね。ふぅん。ふぅ~~ん》

「…。言葉の綾だ、綾。ふざけた事抜かすと後で脛蹴るぞ。つま先で5、6発」

 

 思わず漏れ出た言葉の綾に、カールが悪戯っぽく意味深に笑う。通信用ディスプレイの中でにやにやと笑うカールに拳を向けて殴るジェスチャーを返しながら、レフ自身己の心情を信じられない思いだった。

 

 機械なんかを信じるのは、まっぴら御免である。自らの深層にあるその思いは、今なお変わってはいない。

 しかし2か月前にスフィアが現れ、多くの戦場を共にしていくうちに、レフは自らの矛盾に薄々気づき始めていた。

 機械には頼らないと口にはするものの、実際には『ヴェパール』の性能に、スフィアに助けられたことが一再でない。スフィアが勝手に助けたのだと言ってしまえばそれまでだが、結果的にそれを受け入れてしまっていることも矛盾と言えるだろう。そもそも論で言えば乗機『デルフィナス』やそのコフィンシステムだって機械である以上、機械に頼っていないと強弁することはできない。

 自らの中に生じ始めた、意識の変化。その端緒は日ごろからスフィアの扱いについて小言を言うカールの存在であり、そして先日話したおやっさんの言葉だったのだろう。空で勝ち残るには仲間が必要である。そのためには仲間を理解し受け入れることだと、おやっさんらしい直截な言葉で語ったのだ。

 

 本心に直面すれば、おそらく俺はスフィアを信じてもいい――信じたい、と思い始めている。あるいはいつごろからか無意識にそう感じていたのを、おやっさんの言葉で意識するようになったのかもしれない。

 しかし、まだそこには至れない。

 ――怖いのである。『機械』という冷たく無機的な概念が。それに彩られた、幼いころのある記憶が。

 

 空を覆うような、無数の無人機。

 羽虫に集られるように墜ちていくISAFの機体。

 無差別に地を穿つミサイルと銃弾。

 そして、目の前で血と焦熱に巻かれる――。

 

《で、実際の所どうするっスか?》

 

 内省へ向かいかけた意識を、カールの声が引き戻す。そうだ、どっちにせよ今はスフィアはいない以上、目の前の状況に集中せねば。

 

 頭を2、3度振り、脳裏にこびりつく赤と黒の記憶を振り払う。計器盤へと目を向けて、図るは空と地の状況。

 広域索敵モードでも、依然レーダーレンジに入らない目的地。周辺にある友軍機の反応はいずれもゲベート南部の襲撃地点へと向かっており、北へと向かう機影は皆無と言って良かった。情報では後から援軍を回すと言っていたが、この様子ではいつまでかかることやら。機数が限られ分散もできない以上、やはりどちらかに注力するより他ないだろう。

 

 距離としては、近いのは航空部隊を擁するクリュエ。しかしクリュエはある程度自衛能力を持つのに対し、陸戦部隊が中心のオーポールは速やかに向かわねば被害が拡大する恐れもある。要は二者それぞれの利点と欠点を考慮に入れ、どちらの手札を切るかだった。

 

「…よし。まずはクリュエへ向かうぞ。敵を追い払ったら、余裕があればクリュエの迎撃機とともにオーポールへ向かう。オーポールの被害は増えるだろうが、遠いオーポールに向かって中途半端に両方やられるよりゃマシだ」

《やむなしっスかね。滑走路が残ってりゃいいっスけど》

「場所が場所だ、V/STOL機くらい配備してあんだろ。『キャンサー』より『ティトン』、状況を鑑みて、こちらはクリュエに向かう」

《『ティトン』より『キャンサー』、了解しました。『ギャラハッド』隊ならびに『ガレス』隊が現在発進中です。到着までの間、戦線の維持をお願いします》

「おう。こっちは2機っぽっちだ。急がせてくれよ!」

 

 通信を切ると同時に、レフはコフィンシステムを解除して操縦桿を握る。フットペダルを踏みこみエンジンの回転数を上げて、レフの駆る青尾の『デルフィナスE』は北を指して速度を上げていった。機体の右後方には、カールの『デルフィナス』も遅れじと付いて来ている。

 火器管制、安全装置解除。空戦モードへ移行。

 今回は哨戒任務から急遽向かったこともあり、搭載兵装はといえば短距離用の赤外線誘導式空対空ミサイル(AAM)が4発きりしかない。2か所の拠点を救援するにはいかにも不足であり、この点からもクリュエの空軍戦力の協力は必要不可欠だと言えるだろう。

 

 西に沈みゆく夕日を翼に受けながら、2つの機影は影絵のようにゲベートの空を駆けてゆく。

 

 正面、距離おおよそ6000。

 夕闇迫る空に、たなびく黒煙が見え始める。

 ゲベート行政区クリュエ市郊外、クリュエ飛行場。都市の郊外に設けられた方形の箱庭からは、今は幾筋もの煙が昇り、ところどころ赤い炎が上がっているのも見て取れる。曳光弾が幾筋も暗影を割き、上空でいくつかの機影が幾何学模様の航跡を描いていることから、今なお激しい攻防戦の最中であることは間違いなかった。

 

 眼下を確かめ、人家が無いことを認めてから、レフは機体の増槽を捨てた。人里離れた『アヴァロン』周辺と違い、都市部付近の戦闘では増槽の捨て場所一つにも気を遣わなければならない面倒さがある。

 距離4000、3000。

 狭まった距離が視界を明瞭にし、機体のレーダーがようやく状況を拾い始める。コフィン内側の全周囲モニターに彼我の位置が記され始め、乱麻のような状況にもようやく見通しが利くようになり始めた。

 

 こちらの高度は約2300。高度600ほど下方の低空域では護衛機と思しきゼネラル側のF-35ARが7機、ニューコム側の『デルフィナス』や『フォルネウス』と空戦を繰り広げている。さらにその下方に当たる高度900付近では、数機のF-16XA『セイカーファルコン』が低空から侵入し、基地施設目掛けてさかんに銃撃を浴びせかけている様も目に入った。数本走る滑走路には既に爆撃の大穴が空いており、固定翼機の離着陸はもはや困難と見ていい。

 

 戦場を俯瞰し、レフは目標を見定める。

 低空域の空戦は、ゼネラル側7機に対しニューコム側は3機ほど。クリュエの迎撃機は数の差にも関わらずよく粘っているが、基地上空を跋扈する4機の『セイカーファルコン』へは到底手出しはできそうにない。それを承知しているのだろう、ゼネラルの『セイカーファルコン』は対地攻撃に専心しており、上空への警戒は疎かになっているように見えた。

 ならば、狙いは一つ。上空からの奇襲で編隊を散らし、個々撃破するにしくはない。

 

 HMDに航跡を捉え、フットペダルを踏み込む、その一刹那。

 しかしその瞬間、不意に脳裏に過ぎった声がレフの脚を押し留めた。

 

 ――『人間はチームを組んで不足を補い、力を足し算していく』。

 『知る』ことと、『観る』こと。キモはこれじゃ』。

 

 おやっさんの声。ぴくり、と止まる指。

 今更ながらの実感に、レフは僅かに息を呑む。

 数はこちらが不足。性能差と機位では優位に立っているが、撃破に手間取ればそれだけ基地にも被害が出るだろう。

 今求められるのは、撃破数以上に効率性。それには、連携が――カールの存在が不可欠ではないか。

 

 具体的に、どうすれば『連携』となるのかは分からない。

 ならば、ともかくもまずは第一歩。すなわち連携を()()し、その意図を伝えること。

 

「…おやっさんを信じて、やってみるか」

《え?》

「今回は時間の勝負だ。カール、離れず俺についてこい。奇襲で敵攻撃機に集中砲火を加えるぞ。その後は状況を見てだ」

《りょ、了解っス!》

「よし。…行くぞ!」

 

 左右の操縦桿を前に倒し、フットペダルを踏み込んで機体を加速させる。

 急降下、目標はコードAからDを割り振った4機のF-16XA。推力に重力を加算し、『デルフィナス』の空力が速度を乗算して、青尾の機体は放たれた矢のように定めた目標へと飛んでゆく。対する敵は地上へ機銃掃射を仕掛けている最中であり、死角となる後ろ上方への警戒は明らかに疎かとなっていた。センサー上の相対距離は瞬く間に2000を割り、1000に達して、十字架のようなガンレティクルを敵機の背へと刻み付けている。

 

「目標C、一斉射!」

《オス!》

 

 引き金を引き絞ると同時に、機首横から放たれる曳光弾。右斜め後ろに就くカールの機体からも同時に放たれたそれは、一連の鎖となってF-16XAの左右の主翼を貫き、その翼を千切り飛ばしていった。

 

 戦果確認、1。後方を振り返る間もなく、レフは敵機の破片を避けて両方の操縦桿に力を籠める。

 左右操縦桿手前、エンジン回転数減少エアブレーキ展開。機首を上げた『デルフィナスE』は風を孕み、地表すれすれで平衡を取り戻す。眼前にはおおよそ800の距離を隔て、左右に散開する『セイカーファルコン』の姿。

 

《左右に散った!こっちも分かれるっスか!?》

 

 通信を揺らすカールの声に、レフはわずかに逡巡する。

 敵機は右に1、左に2。敵が二分された以上、これまでなら迷わずこちらも1機ずつに分かれて追っていただろう。しかし今に限っては、敵の回避行動に付き合っていては時間を徒に浪費することになる。

 こちらは2機。ならばその利を生かして、1機ずつ確実に落としていくのが確実――だろう、か。

 

 迷いは、それだけで敵を利することになる。

 ち、と舌打ち一つ、レフは一歩を踏み出すべく、決断を口に紡いだ。

 

「いや、そのまま付いてこい。右の1機を確実にやる!牽制で追い詰めるぞ!」

《え!?…いや、分かったっス、了解っスよ!》

 

 右の操縦桿を手前へ、左を奥へと倒し、レフは機体を急旋回させる。大きく左へ傾いた視界の中で、HMD上に『コードD』を背負った敵機は蛇行しながら、こちらの矛先を逸らす回避機動を取っていた。後方のカール機は先ほどの位置からやや前進し、こちらの右側にほぼ平行になるように並んでいる。

 フットペダル、踏下。逃げる敵機に対し、機体を加速させる。

 照準器に捉えるは、敵機ではなくその進行方向の虚空。

 

 距離が500を割る。

 敵機が左旋回で回避行動に入る。

 今。

 

 タイミングを見計らい、引いた引き金はコンマ数秒。放たれた機銃は短い筋となり、敵機の前方を掠めて過ぎて、敵機はレフ達の眼前でたまらず右旋回に入った。F-16XAはレフの射線を避けきったものの、切り返しの急旋回で速度を大きく落としている。

 奇しくもその機位は、カール機の眼前。右旋回で投影面積を拡大し、カール機の射線上には『セイカーファルコン』の無防備な背が晒された。

 

《当たれっスよ!》

 

 遅ればせに意図に気づいた『セイカーファルコン』が、慌てて機体を左へ翻す。

 殺された速度は、しかしその機動を活かすこと叶わず。カールの『デルフィナス』から放たれた光軸は『セイカーファルコン』の尾部を貫き、その垂直尾翼を斬るように刎ね飛ばす。左旋回のまま半身不随となった機械仕掛けの隼は、その背に捉えられたレフの照準を避けることもできないまま、25㎜の弾丸に貫かれて、赤い焔に包まれていった。

 

 攻撃方に立ったサッチ・ウィーブ戦術――その亜種。もっとも本来であれば追われる僚機を支援するために互いに交差しながら背後を補い合う戦術だが、互いに牽制を撃ち合い敵機を追い詰める今回の戦術は些か趣が異なると言えるだろう。言うなれば、攻撃色の強い機織り(ウィーブ)、あるいは蟹が鋏を閉じるのになぞらえたアサルト・シザース戦術とすべき所だろうか。

 

 手探りながら芽生え始めた、自らなりの戦術の萌芽。その余韻に浸る間もなく、レフは視界を巡らせた。

 これで、残る攻撃機は2機。左へ散ったそれらは、さらにそこから二手に分かれて、こちらの追撃を撒く体勢に出ている。

 

「カール、先に敵の攻撃機を追え。俺もすぐ追いつく」

《了解っス。んじゃお先に!》

「おう。クリュエ基地司令部、聞こえるか?こちら『アヴァロン』所属『キャンサー』。救援に来た。応答されたし」

 

 敵機を追って傍らを離れるカールの『デルフィナス』を尻目に、レフは右側へ機体を傾けながら通信へ声を向ける。宛てた先であるクリュエの司令部は、施設にいくつか弾痕こそ見えるものの、その機能はざっと見たところ喪失してはいない。指揮系統さえ維持できているのなら、いくらでもひっくり返しようはある筈であった。

 

 果せるかな数秒の後、ざ、ざ、という雑音とともに聞こえたのは、不鮮明ながらも健在を示す人の声。

 

《『アヴァロン』…ベルカ駐留部隊か!ありがたい、こちらクリュエ基地司令部だ。救援に感謝する!》

「生きてるみたいで何よりだ。クリュエ基地へ、今からでも上げられる機体はあるか?攻撃機でもCOIN機でも何でもいい」

《何?…そうだな、滑走路はこの始末だ。固定翼機は到底離陸できない。『グリフィス』ならばあるが…》

「それでいい、すぐに上げてくれ。近くのオーポールも現在襲われているんだが、手が足りない。今は猫の手も…」

《レフ!後方に1機!》

「…!?ちっ!」

 

 カールの声。それすらも覆うミサイルアラート。

 舌打ちを噛み、フットペダルを踏み込む。左側のみ回転数増加、操縦桿左右を手前へ。

 機首を上げた『デルフィナスE』が、エンジンの推力差を受けて左側へと螺旋を描く。

 レーダー上のミサイルは2基。ちらりと奔った目で距離と数を確かめ、レフは機体が背面を取ったタイミングで右エンジンの推力を増加させる。

 左ひねり上昇、次いで背面降下。

 背をミサイルが追う。

 視界が幾分暗みを帯びる。

 食いしばる歯の音。身体を苛むGの圧。ミサイルアラートが過ぎ、垂直降下に入るこちらの上方をF-35が通過してゆく。

 操縦桿を引き、引き起こす機体。上空へと目を上げれば、クリュエ基地の識別を示す『フォルネウス』が1機、炎に包まれ落ちてゆく所だった。弾を使い果たしたのか、残った2機の『セイカーファルコン』が戦場を離れて行く一方で、上空護衛に徹していたF-35の何機かが高度を下げて基地への止めを狙っているように見受けられる。

 

「ちっ、まだ戦場を見通すにゃ程遠いってか…!クリュエ基地、とにかく急げ!」

《し…しかし!今上げた所で狙い撃ちに遭うぞ!》

「何とかする!今は1秒でも惜しいんだよ!カール、今どこだ!」

《F-16が逃げたんで戻って来たっス!今基地上空、高度1100!今加勢するっスよ!》

 

 基地への通信の為に目を落とすも一瞬、カールの声に、レフは上空を見上げる。高度約300ほどのこちらに対し、カールは800ほど上。そのさらに上では、残存したクリュエ基地の2機が、3機のF-35AR相手になおも善戦している。一方、攻撃役を補うべく低空域へ降りて来た敵機は、レーダーで確認する限り3機。厄介なことに、いずれも散開して別方向から基地へ攻撃を仕掛け始めている所だった。先のようにある程度纏まっているならばともかく、最初から散開されていては先ほどの戦術の効率は悪い。敵の攻撃を妨害するのに徹するにも、戦場を俯瞰する余裕があるかどうか。

 

 ――いや、待て。

 迷いを帯びた自らの心に、内奥の声が呼びかける。

 戦場を読み、手を仕掛ける。それは何も、独りで完結させる必要は無い。『互いの不足を補うのがチーム』だったではないか。

 ――俯瞰するにはうってつけの機位と技術を持つ奴が、頭上にいるではないか。

 

「待て!カール、位置そのまま!」

《え!?でも…!》

「どっちにせよ手数が足りないんじゃ全部は守り切れん。クリュエ基地には悪いが、『グリフィス』の防衛に専念する。お前はそこから見て、離陸の邪魔になりそうな敵が来たら位置を知らせろ!」

《な…!む、無茶っスよそんな!》

「視野の広さと観察眼はお前の方が上なんだ。…()()()ぞ、『センチネル』!」

 

 鼓膜に響く、息を呑む気配。

 ――頼む、か。これまでの空戦で、しかも相棒たる僚機に向けて、そんな言葉を言ったことがあっただろうか。

 戸惑いと気恥ずかしさの揺動半分、レフはカールから目を逸らして眼下を見やる。

 滑走路に空いた穴、銃撃を受け炎上する施設。その中で、比較的銃創の少ない格納庫から、小柄な機影が這い出す様が見て取れた。ダブルデルタ翼に双ブームという特異な形状は、以前『プリンシペ・デ・アルルニア』の艦載機としても見たことがある。艦載用V/STOL機であるR-141『グリフィス』――その陸上運用型であるB型に違いない。

 

「あれか…!こちら『キャンサー』。そこの『グリフィス』、さっさと上がれよ!こっちもそうそう持つもんじゃない!」

《クソッタレ、無茶と無理に無謀を重ねて来やがって!死んだら化けて出てやるからな!》

「へっ。どうせなら美人でグラマーなサキュバスでも連れて来いよ!」

 

 口汚く不満を漏らす眼下のパイロットに、レフは劣らぬ下種なユーモアで返す。一歩隣に迫った死に直面しながら、なおも冗談が言えるならばあの『グリフィス』のパイロットも上等である。

 精一杯の激励代わりに中指を立て、大口を開けて笑う。笑う。

 

 ――静寂。一拍置いて唇を閉じ、目を閉じて、意識を研ぎ澄ます。

 レーダーには、彼方に近づく友軍の影。あと数分が、勝負を分けることになる。

 作戦を肯定し、仲間を信じる。自らに係る負い目は何一つ無い。ならば戦況や数の不利を前に、屈してやる義理は無い。

 目を見開き、息を大きく吐き出す。兵装選択は主翼下AAM、残4発。

 

《レフ、敵が『グリフィス』に気づいたぽいっス!ええと…方位090、『ライトニング』1機!》

「了解!」

 

 東。

 HMD上に敵機を捉え、レフは右の操縦桿を引いて機体を旋回させる。機体を横倒しにさせたまま、レフは左操縦桿手前のコントロールパネルを操作し、火器管制画面を呼び出した。

 AAM、信管精度変更。モードを『鋭敏』へ。今回は撃墜より妨害が一義な以上、確実に目を潰す方が理に適っている。

 

 正面やや上方、距離1400。相対したこちらの針路に気づいたのだろう、敵機の軸線が頭上を通り抜ける針路から、真正面からすれ違う方位へと機首を下げる。搭載するミサイルの数を鑑みれば、火力差で封殺できると読んだに違いない。

 1200、1100、狭まる距離。降下している関係上、敵機の方が速度は速い。

 1000。短距離AAM有効射程の一歩外。

 ダイヤモンドシーカー脇の距離目盛が3桁へと入ったその瞬間、レフはロックオンを告げるより速く、AAMの発射ボタンを押した。

 

 予想より早く飛来するミサイルに、敵機の挙動が一瞬鈍る。

 一瞬の虚ののち、わずかに機首を上げ回避を狙うF-35AR。しかし加速で高まった相対速度が仇となり、鋭敏化したAAMの信管感度から逃れることは叶わない。

 

 炸裂。

 虚空に爆発の花火が散り、次いで破片の雨から抜け出るF-35。アラートと爆炎、破片に妨げられて攻撃位置を一瞬見失ったのか、敵機は『グリフィス』を射界へ捉えるのを一時断念し、仕切り直しを図るべく右へと大きく旋回していった。本来より遠い位置での爆発だったこともあり敵機の損傷は軽微に等しいが、目くらましと嫌がらせには十分な効果がある。

 

「次!」

《方位190、1機!》

《ちくしょう、こんなインターセプト初めてだ!エンジンが温まりきってねぇ!》

《もう少し…もう少しだ!》

 

 両腕に力を籠め、両操縦桿を手前へ引き上げる。次いで垂直に宙返りを行い、頂点でロールし上下平衡へ。インメルマンターンの要領で機体を反転させてから、レフは間髪入れず南から侵入する敵機を眼下に見下ろした。今度は高度こそこちらが高いものの、敵は先ほどより近く、高度も地表すれすれに低い。針路はほとんど相対しており、現在の位置取りから撃ってもAAMは敵の頭上で感応してしまいほとんど効果は期待できなかった。

 

「それならよぉっ!」

 

 咄嗟に判断し、レフは操縦桿を押して機首を下げる。狙いは敵機の針路と、離陸に入る『グリフィス』の中間。直撃が望めない以上、今は無理に敵機を狙うのは得策では無い。

 フットペダルを踏みこみ、機体の尾部に焔が灯る。

 敵機相対距離、1000。900。互いに有効射程に入りながら、敵機はレフの機体に興味を示さない。頭上にレフの機体をいなし、突破した後に2機の『グリフィス』を叩くという意思が機体の機動から見て取れる。

 

 レフは狙いを定め、時間差を設けて操縦桿横のボタンを押した。

 ――照準の先、クリュエ基地の地面へ向けて。

 

 AAMはF-35を捉えることなく、1発がアスファルトに突き刺さりその眼前に爆発の黒煙を爆ぜさせる。

 時間差に随い、2発目のAAMが近づくのとF-35が黒煙から抜けたのはほぼ同時。

 頭上に爆ぜた二度目の炸裂に咄嗟に腕が動いたのか、F-35ARは爆発を避けるために機首を落とす。ただでさえ低い高度、その挙動で揚力を失いバランスを崩した『ライトニング』は、そのまま地面に腹を擦りながら接触。轟々と土煙を上げ、主翼をへし折りながら、『グリフィス』の手前数十メートルに迫った位置で停止した。

 怪我の功名と言うべきか、何はともあれ1機。地上への衝突を避けるべく、レフは操縦桿を引いて機体を左方向へと旋回させる。

 

《おいおいおいおい!もうちょっと優しいエスコートは無かったのかよ!》

《いや、十分だ。回転数、規定レベルに到達。いける、上がるぞ!》

「おう、早いとこ上がってくれ!たく、何つう目まぐるしさ…」

《レフ!次来るっスよ!さっきと同方向から1機と030、ほぼ同時!》

「んだと!?」

 

 汗を拭う暇も無く、続くカールの通信に息を呑む。同方向、方位190に1機。どこだ。

 こみ上げる焦燥、無謀の連続で生じた一瞬の隙。それを打つように、敵のF-35ARは先ほどの黒煙を抜け、真っすぐに2機の『グリフィス』へ吶喊を仕掛けた。『グリフィス』はようやく地上から浮かび始めたものの、垂直方向へ高度を稼ぐ最中であり、回避行動は期待できそうにない。

 

 敵機の機動を予想しきれなかった現実に、レフは臍を噛んだ。殺到する敵に対し、こちらは左斜め上を旋回中である。敵機は『グリフィス』にあまりにも近く、先と同じ戦法を使ったところで、敵はAAMの射程内に先に到達してしまう。土煙で視界を欺瞞できるのはF-35のパイロットのみであり、放たれたAAMが『グリフィス』に命中するのは避けられないだろう。

 

 どうする。

 迷う間もなく、脳裏に過ぎるのは以前の戦闘でのとある光景。位置こそ違えど、条件としてはほぼ似ている。

 できるか。

 ――いや。やる。

 

「しょうがねえ…!一か八かだ、やり方借りるぞスフィア!カール、もう1機任せる!」

《任されて!》

 

 見定めるは敵機の軌跡、そして彼我の位置と『デルフィナス』の空力。

 レフは下腹に力を込めてGに耐えながら、操縦桿を引いて『デルフィナスE』の機体を急旋回させた。敵機に対して斜め上から斜め下へと敵機前方を横切って、敵に対し直交する針路。旋回の最中で左へロールし、敵機へキャノピーを向けながらタイミングを図る。

 

 F-35が『グリフィス』へ迫る。

 『デルフィナス』の翼が、急旋回の軌跡を翼端に曳く。

 速度やや抑え、重力加速度を加算し針路そのまま。

 地表接近警報が鳴り始める。

 呼吸が我知らず早まる。

 タイミングは一瞬。敵機と2機の『グリフィス』を結ぶ糸の真ん中目掛け、青尾の機体は矢の如く飛んでいく。

 

 『ライトニングⅡ』がミサイルを放つのと、間に割り込んだレフの『デルフィナス』がフレアを放つのはほぼ同時。

 刻が止まったような一瞬の交錯。『デルフィナス』が地に腹を擦りかけながら引き起こしたその後方で、F-35の放ったミサイルは煌めく焔へ吸い寄せられ、地面や施設の壁へと爆炎を刻んでいった。

 濛々と立ち込める煙、F-35ARが機首を上げ上方を擦過してゆく。

 一拍の後、そこから姿を現したのは、沈みゆく夕日に翼を煌めかせる2機のR-141B――『グリフィス』。いずれもが被弾痕一つなく、健在な姿を空に浮かべている。

 

 レフが咄嗟に用いたのは、以前の戦闘で何度かスフィアが行っていた僚機の護衛機動だった。『ヴェパール』が持つアクティブ電磁パルス防御システムを使って味方の後方に強引に割り込み、敵機からのミサイルを防ぐ戦術であり、何度かレフも助けられた覚えがある。その記憶が鮮やかだったゆえに用いたぶっつけ本番の機動だったが、よりタイミングがシビアなフレアを用いて成功したのは奇跡と言っていいだろう。

 

 溜め込んだ息を吐き出し、レフは視界を巡らせる。

 2機の『グリフィス』を挟んで北の方位には、首尾よく攻撃を防いだらしいカールがF-35ARの背を追うべく旋回する様が目に入った。先ほどレフの機体と擦過した敵機は反転せず、高度を上げて北を指して引き上げに入っている。上空を舞っていた3機のF-35も同様で、それぞれ夕日を受けながら急速に速度を上げて離脱に入っていった。

 レーダー上には、友軍機を示す反応が8つ。遅ればせながら、ようやく援軍が到着したらしい。

 

《こちら『ギャラハッド1』。『キャンサー』、無事でしたか?》

「何とかな。生き残りの戦力は確保したが、オーポールまで手が回ってねぇ。ここの護衛は俺たちがやる。お前らはクリュエの『グリフィス』を連れてオーポールの救援に向かってくれ」

《…確かに、本基地の周辺に敵機はいないようです。了解しました。『グリフィス』部隊、こちらに続いて下さい。オーポールの支援に向かいます!》

 

 赤く染まった8つの機影が、頭上を越えて東の方へと飛んで行く。

 レフはHMDのバイザーを上げ、汗を拭ってから航跡を曳くそれらの影を見上げた。クリュエから飛び立った2機の『グリフィス』も、機首を上げて徐々に高度を上げてゆく。

 

 おやっさんの薫陶。スフィアの戦術、そしてカールの存在。

 連携と言うにはあまりにも隙が多く、少なからず無理を強いた結果となってしまったことは否めない。しかしそれでも、レフは久々にどこか満ち足りた、新しい視界が開けたような感覚を覚えていた。実戦を経て感じた新たな可能性に、胸に宿る想いは仄かに熱を帯びている。

 

 ざ、ざ、と不意に雑音を鳴らす通信。

 空を隔ててそこから流れてきたのは、先の『グリフィス』のパイロットの声だった。

 

《ありがとよ、心優しい『キャンサー』(かに座)さん。また縁があれば、とっておきのラムを奢るぜ》

 

 それきり切れた通信に、ディスプレイの中でカールが笑顔を漏らす。

 ぶっきらぼうなその言い方に苦笑一つ、レフもつられるように笑いながら、カールに向かって親指を立てて見せた。

 

 稜線に沈みゆく太陽が、ゲベートの大地を穏やかに包んでゆく。

 『デルフィナスE』のコクピットの中、親指を立てた握り拳は、成長を祝うような赤色に照らされていた。




《緊急の任務となったが、各機ご苦労だった。ゼネラルの奇襲により大きな損害を受けたものの、クリュエ、オーポールともに壊滅を免れることができた。現在は『アヴァロン』からも戦力を抽出しながら、突貫で復旧工事に当たっている状況である。
 ゲベートを巡る情勢は、いつ大きく動くか予断を許さない。各位には、これまで以上に警戒を厳としてもらいたい。以上だ》
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