Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere - 作:びわ之樹
これを受け、ゲベート西部のニューコム・インフォ関連施設は施設の放棄を決定。研究データや機材の破棄を行った後、輸送機に技術者を乗せベルカ領内への撤退を行うこととなった。西部に点在するNEU基地も同時に、拠点を捨て撤退を開始しつつある。
過去に例の無い壮絶な撤退戦となる。『アヴァロン』航空部隊は速やかに発進し、ゲベート領より撤退する友軍を支援せよ》
痛々しいほどに鋭い朝日が、モニター越しに瞳を打つ。
時刻、0540時。旧ベルカ‐ゲベート国境、ブローノフ橋上空。早朝を迎えた眼下の針葉樹林は、空の喧騒に気づいてすらいないかのように新緑の静寂に沈んでいる。
胸からこみ上げる空気の圧に、あくび一つ。提示の哨戒任務でもなければ普段は寝ている時間帯であり、緊急任務で叩き起こされたがゆえの眠気と苛立ちは何ともしがたい。親指の腹で目尻を擦りながら、レフは
項目、光量自動調整機能。太陽光自動補正、精度を2段階強へ。早朝に東進しなければならない以上、常に真正面から注ぐ太陽光の強烈な光は時として致命的なミスをもたらしかねない。ついでに言えば、眠気の残る目に太陽の強烈な光は大層堪える。
『決定』のタブを選び、コンマ数秒。正面の低い位置に昇りつつある太陽は、光の輪を幾分弱めながら、なおも白々しい光を帯びてゲベートの空を照らしていた。
《こちら『アヴァロン』第一管制室『モロノエ』。基地航空隊の全隊発進を確認。各隊は所定の方位を維持し、撤退する友軍の支援および収容に当たって下さい》
通信を揺らす女性の声は、落ち着きつつも声音の裏に疲労を宿している。驚天動地とでもいうべき夜明け前からの出来事で管制室は情報収集に当たっていたらしく、その反動が体に顕れたとしても無理のないことであった。
状況は、最悪である。
オーシア東方諸国にあって、ゼネラル経済圏諸国に囲まれる形であったニューコム派の旧国家、ゲベート。先月末から臨時議会を開いていたそのゲベート区議会が、今日になって突如、ニューコム経済圏からの離脱を採択したのである。
国土の三方を敵勢力に囲まれている地理的要因もさることながら、ゲベートは旧来から機を見るのに長けたお国柄と言われてきた。ニューコムの正面の敵であるゼネラルリソースもその歴史や地理的な弱点は熟知しており、ここ数か月の間、ゲベートに対する揺さぶりは目に見えて多くなってきたのは衆目の知る所である。
辛くも国土を防衛するニューコム、追い払われつつも物量に物を言わせ三方向から絶え間なく仕掛けるゼネラル。奮闘しつつも決定的な勝利を得られないニューコムの姿が、ゲベート首脳部の意識をいかに変えていったかは想像に難くない。
国際規定違反の侵攻を繰り返しながら、その裏でゲベート議員に対する買収や離反工作もひんぴんと行われたのだろう。利を以て描かれた誘惑はいかんともしがたく、陰に陽に伸ばされたゼネラルの手を、ゲベートはついに掴むことを決めたという訳であった。元より技術で勝るニューコムも、政治力を絡めた国際戦略という観点ではゼネラルリソースに及ばない以上、政争の側面を持つゲベートでの抗争は
これも旧来の戦争とは根本から異なる、経済戦争特有の怖さであった。
古来より行われてきた戦争では、国土を護る軍というのはその国家や国民に根差し、一体となって成立したものがほとんどであった。国軍の劣勢は国家の危機であり、国家の衰亡は国軍の消滅と同義である。だからこそ国家と国軍は不可分であり、軍は国と国民を守るのに全力を注いできたと言える。
しかし、現代の戦争ではその成立が根本から異なる。国家という存在が衰亡した現代において、旧国家である各地域と、それを護るGRDFやNEUといった軍隊は何ら関りが無い。言うなればそれらは金で国土の防衛を委託された傭兵のようなものであり、企業商品――サービスの一種に過ぎないのである。
持っている物より優れた商品があれば、そちらへ鞍替えする気になるのは消費者の常である。ゲベートが弊履を捨て去るがごとくニューコムを捨ててゼネラルへと乗り換えたのも、企業戦争という現実を如実に物語る現象であった。
一夜にして旗を翻したゲベートは、夜明けとともに国境付近に待機していたGRDFを領内へと呼び込んだ。隠密裏に潜入したゼネラルの特殊部隊によってゲベート駐留部隊のNEU中枢やニューコム系の公安組織は真っ先に制圧され、単独で抵抗を決めた各地の駐留部隊も堰を切ったように侵入して来るGRDFの前にことごとく壊滅、あるいは降伏。ゼネラルの侵攻からわずか数時間で、ゲベート東中部のNEU軍事施設は例外なく戦力を喪失する事態に陥っていた。
事ここに至り、ニューコム首脳部はゲベートに駐留するNEUならびに技術資源の撤退を決定。搬出できない機材や技術情報を廃棄したのち、可能な限り周辺のニューコム勢力圏下への脱出を当面の目標として関係諸隊へと下命した。目下の状況としてはゲベート西郡からNEUの残存部隊が撤退を開始し、それをGRDFが猛追しつつあるという概略で説明できる。
《『ガウェイン』より『モロノエ』。敵と友軍の状況はどうなっている》
《衛星通信を介し各機へデータリンクを行います。現在、撤退中の友軍はベルカ国境より東方、160から280㎞地点に渡り移動中。また、友軍の退路を塞ぐべく、ファト・レクタ国境よりGRDFの航空機が多数侵入しつつあります。友軍の到着まで、各隊の戦力維持を期待します》
『データリンク完了』の表示とともに、正面ディスプレイの端に広域地図が映し出される。
現在位置は、ゲベートの西端。レフら『アヴァロン』を発進したNEU航空部隊の半数は小隊単位で扇状に広く展開しており、地図上では友軍の撤退ラインを形成している様が見て取れる。ゲベート西部の各地から進発した友軍はそれぞれ塊となり、陸空のルートを通って退きつつあるのが、西を指すいくつもの青い鏃として表されていた。それらのさらに東からはGRDFの部隊を示す矢印が複数、ゲベートの西部から南部にかけていくつかの筋を描きながら進みつつあるのも俯瞰することができる。それぞれの布陣を概略すれば、『アヴァロン』のNEU部隊は広く薄く張った網、GRDFはそれを貫くべく殺到する数本の錐とでも言えるだろう。
ワイヤーフレームの地図に描かれているのは、撤退する友軍を網の内側まで引き込むが先か、あるいは錐が青い鏃や網を貫くのが先かという冷徹な現実だった。
無論、空になったベルカへGRDFが進撃する可能性も少なくはない。そのため、『アヴァロン』に所属する部隊の残り半数は、それぞれファトやレクタ国境の警備に張り付けられていた。これらはGRDFの戦闘機隊が友軍の退路を断つために迂回するのを牽制する役割も負っており、万全を期すためには外すことのできない布陣だと言えるだろう。
尻に帆を上げて逃げる友軍。それを護るのは、薄皮一枚のわずかな網。打開の光も見えない戦況に、レフは通信外に舌打ちを叩いた。
「なんとまあ、面白くない状況が続くもんだ。カール、球コロ。どうせ今回は多勢に無勢だ。空の連中はともかく、地上の奴らはいよいよとなったら置いて逃げるぞ」
《え!?そんなことしたら…!》
「ゼネラルの連中にしてみれば、捕まえられるモンなら無傷で捕まえたいってのが本音だろうさ。どうせ足の遅い陸上部隊じゃ逃げ切れるか分かったもんじゃねえ。一か八かの賭けで手前の命まで賭ける必要は無いだろ。…ベットはそこそこ、しかし手札はブタ。そんな状態でお前ならコールするか?」
《GRDFが戦力誇示のために陸上部隊を殲滅する可能性もあります。よろしいのですか、レフ?》
「…ふん。ま、殺すことは無いだろうさ。戦力誇示ってんなら、電撃的にゲベートを制圧した時点でほぼ達成してる。何よりこのご時世、敵であれ無意味に殺戮したとなれば、世論だって何を言い出すか分かったモンじゃねえからな。…とりあえず、厳命は厳命だ。いいな」
味方を見捨てると言わんばかりのレフの指示に、カールとスフィアから異口同音に疑問が飛ぶ。普段は危機に陥れば真っ先に逃げ出すカールも、今は場合が場合だけに疑問に思った様子だった。
事態の推移、彼我の位置、そして支援する周辺基地の配置と規模。それらを図った上でのその判断を、今更レフは覆す積りは無かった。
そもそもレフは、ゲベート西部の友軍が全て逃げおおせられるとは
先に自ら話した通り経済戦争という形式上、徹底抗戦さえしなければ皆殺しのような事態には陥ることは無いのである。納得できるかどうかと言われればけして深く首肯できるものではないが、逃げ切れるかどうか極めて分の悪い味方を救うために、カールやスフィアの命を賭ける気はレフには一切無かった。
半ば納得、半ば疑念するように、通信用ウィンドウの中でうんうんと頷くカール。その隣のウィンドウの中、大きな目を丸くし、小首を傾げてこちらをじっと見やるスフィアと、レフは不意に目が合った。
「…何だ、球コロ」
《蓄積データの不足による誤測の可能性もありますが、レフは思考法が少し変わった、と感じます》
「は?」
《状況分析に供する情報科目数が増加しています。口語的表現で言えば、『視野が広くなった』ように、私は分析しました》
「そりゃどうも。おやっさん様様だ、くそったれ」
何を言い出すかと思えば。にこりと笑うスフィアを前に、レフは呆れたようにそう返して、スフィアの瞳から目を逸らした。
まったく、日を追うごとに笑い方が人間らしくなってくる奴である。電子回路が詰まっているちんちくりんの球コロに過ぎないのに、そうして日々学習し自ら変わっていくスフィアの様は、何とも不思議なものだった。
柔らかな言葉の応酬は、不意に終わりを告げる。
電子音。
護衛目標、レーダーサイト上に確認。同時に追撃する敵部隊を捕捉。白と青の鏃が入り乱れる様を背に、大小さまざまの矢印は一目散にこちらへと飛来しつつある様が見て取れる。おそらくは撤退中の部隊がGRDF機に追いつかれ、一部が時間を稼ぐために反転したのに違いなかった。
距離にして4800、交戦中の友軍機はさらに後方に2000ほど。先行する編隊はともかく、時間を稼いでいる護衛機まで救えるかは微妙と言わざるを得ない。既に交戦域からは敵の識別を示す機体がいくつか抜け出して来ており、予断を許さない状況だった。
「『キャンサー』より『モロノエ』、撤退する友軍を確認した。キャンサー隊は前進し、友軍機を保護する」
《『モロノエ』了解。過度の先行は控え、前線の維持を第一として下さい》
コフィンシステム、解除。
通信を切ると同時にレフはコンソールを操作し、せり上がる背もたれに背を沈めてHMDを被り直す。火器管制システムの安全装置を解除し、増槽を投棄して、身軽となった『デルフィナスE』はわずかに機首を傾けながら迫る敵機の方へと鼻先を向けた。左右の後方にはカールの『デルフィナス』とスフィアの『ヴェパール』も陣取り、鏃型の隊形を組んで東の空へとひた走ってゆく。
航跡を曳く翼端を経て、レフはちらりと左後方の『ヴェパール』を見やる。
上下後方へ長く伸びたヒレのような通信装備に、大きく膨らんだ機体腹部。魚――見ようによっては人魚をも思わせる特異な外見の機体であるが、レフの目の前にあるその機体は、今や輪をかけて異形と言っていい姿を風に漂わせていた。
装甲キャノピーの前面に増設された、バイザーを思わせる追加装甲。コクピットの下部には『デルフィナスE』のカメラポッドにも似た半球型の構造物が追加され、両方の翼端には草創期のレーダーポッドを思わせる涙滴型のポッドが追加されている。元々鈍重そうなシルエットは一層重厚さを増し、もはや原型機であるYR-099『フォルネウス』の流麗なシルエットはどこにも見て取ることはできなかった。
先日おやっさんが運んできた追加装備を、フォルカー指揮の下突貫で装着した結果。それが、第一世代ジェット機へと先祖返りしたかのような武骨なシルエットへと変貌した今の『ヴェパール』の姿であった。
『これこそが、本来の『ヴェパール』の姿だ』。そうフォルカーは満足げに言っていたが、見せられた性能諸元から図る限りでは運動性能は劣悪の部類となり、重量増に伴って最高速度や加速性能も原型機より低下しているのは明らかであった。スフィアの同類である『オーキャス3』の機体――『グラシャ・ラボラス』のように、今の姿もまた一つの特性に特化した姿なのだろうが、それにしても限度というものがある。
ただの戦闘用AIを育成するにしては、あまりにも複雑で手が込み過ぎている一連の計画。元々思考回路の違う研究者を理解できると思ってはいなかったが、ニューコム・インフォの人間――就中フォルカーと、その計画の元締めのサイモンという人物のことが、レフは一層分からなくなった。
《正面に友軍機編隊を視認。その後方1900に追撃する敵編隊を確認しました。機数3、いずれもF-35ARと推定》
「…と。何はともあれ、まずは正面の敵か。フォルカー、今回は時間との勝負だ。無茶な機動をするかもしれんから、しっかり口を閉じとけよ」
「もとよりその積りだとも。…今日は改造した『ヴェパール』のテストには絶好の状況だ。じっくり、見させてもらうさ」
生死を賭ける人間の命より先に、自らの研究への飽くなき興味。おそらく自覚せずにそう言っているのであろうフォルカーの言葉に、レフはふん、と鼻息を吐いた。思考回路が違うと、抱く結論さえこうも違うとは。
気を取り直し、踏み込むはフットペダル。エンジンの回転数を上げて加速すると同時にレーダーを一通り確認し、走査モードをコンバットレンジへと移行する。どうやら展開中の他の小隊も個々に撤退する友軍を確認したらしく、防衛のために前進しつつある様が見て取れた。
《あれっスね》
正面から徐々に大きくなる機影を捉え、カールが通信越しに声を送る。
編隊の中心は、中型輸送機R-502『ストレクタス』が2機と大型輸送機R-501『ライコドン』が1機。コバンザメのごとく周囲に侍る小さな機影はR-201『アステロゾア』やR-141『グリフィス』、果ては練習機まで含むなど、従来の運用ならば見られない極めて雑多な構成となっている。あまりに急なGRDFの侵攻に編成を整えることすら叶わず、動かせる機体に片っ端から機材や人間を乗せて離陸してきたのであろうことは想像に難くなかった。比較的退避時間に余裕のあったゲベート西部でさえこの有り様である以上、東中部のニューコム部隊の撤退はもはや絶望的と見ていいだろう。
「そこの輸送機隊!もっと目いっぱい飛ばせ!ケツは俺たちが守ってやる!」
《!『デルフィナス』…味方か!おい、みんなやったぞ!逃げ切ったんだ、俺たち助かるぞ!》
《いいから早く逃げるっス!こっちも早いとこケツまくりたいんスから!》
通信に満ちる歓喜の声、こちらの右側を入れ違っていく寄せ集めの編隊。よほどに物を詰め込んで来たのか、ただでさえ遅い『ライコドン』の脚は、今は輪をかけて鈍い。これで第5世代機としては標準的な性能を持つF-35から逃れてきたのだから、彼らも大したものだと言わねばならないだろう。
すれ違う『ライコドン』、その丸窓からこちらへ向けて手を振るいくつもの人の姿。
横目に挟んだその光景に、載せた『もの』の重さを確かめて、レフは一際操縦桿を強く握りしめた。
「まずは正面の3機だ。各機、高度上げ。追いかけっこに夢中な奴らの頭をぶっ叩いてやれ」
同時に返る声は、カールとスフィアの『了解』の声。
歯切れ良い響きを耳に残し、レフは左右の操縦桿を引いて『デルフィナスE』の機首を上昇させる。迎撃戦のため
眼下、距離にして1600、高度差400を隔てて3つの機影が右下方を相対してゆく。黒い胴体に斜めに立った尾翼、エイを思わせる菱形の主翼は、間違いなくゼネラルの主力機F-35AR『アドバンスドライトニング』。追撃機にしては機数が少ないのは、NEUの足止め部隊を他の隊に任せ、自分たちだけ先行してきたものに違いない。
わずか3機ならば、少数のこちらでも何とかなる。遥か後方で悲壮な戦いを続ける護衛機も、生死を争うこの瞬間は十分な役割を果たしていたと言えるだろう。
こちらを意識したのか、敵編隊のうち2機は機首を上げてこちらに相対の姿勢を示す。残る1機は直進し、逃げる輸送部隊を後方から追撃する機動を見せていた。短距離AAMならいざ知らず、射程の長いミサイルならばあと十秒程度で友軍が捕捉されることになる。
「向こうからわざわざ分かれてくれたか。スフィア、正面の2機への防御は任せる。カールは俺に追従して、直進する1機を叩くぞ」
《了解っス!》
《『オーキャス14』、了解しました。アクティブ電磁パルス防御システム、準備よし》
機体を右側へ傾けて、レフは下腹に力を込めながら操縦桿を前へと倒す。
旋回降下を始める『デルフィナス』、後方に続くカール。スフィアはこちらの脇を抜けて前進し、正面に上昇しながら迫る2機の敵機と相対した。
ミサイルの鏃が視界の端に迫る。
『ヴェパール』の機体から稲妻が奔り、見えざる盾となってミサイルを破壊する。
黒煙の華、4。それに身を隠すように、レフは横倒しの機体の中で操縦桿を引いて、下方を直進するF-35の斜め後方へと陣取った。兵装と燃料を消費しているためかF-35は幾分速いものの、優れた加速性能を誇る『デルフィナス』の矛先を躱すまでには至らない。
重力加速度を得てみるみる距離が狭まる。
ガンレティクルから敵機の主翼が溢れ出る。
照準の十字が捉えるのは、戦闘機の心臓たる機体後部のエンジン1基。
短く引いた引き金は、光軸を縫い付けるように敵機へ弾丸を吐き出していく。
二筋の火線に捉われたF-35ARは、尾部と右翼から煙を吐いて、炎に包まれながら地表を指して墜ちて行った。
《1機撃墜、確認っス!》
「よし、次だ。球コロ、こっちに合流しろ。集中砲火で残りを叩く」
《了解しました。……。………32秒、時間を下さい。『ヴェパール』改装に伴う運動性低下、旋回半径増大を確認。影響を分析、機体制御システムに補正を加えます》
「ふむ…やはり機動力の低下はいかんともしがたいか。やはり空力性能の低下と重量増のデメリットは大きいな」
「ち…!仕方ねぇ、俺たちでやるぞカール。目標アルファ、右上のF-35!」
《押忍!》
舌打ち一つ、よろよろと機体を立て直す『ヴェパール』を尻目にレフは左右操縦桿を引き上げる。ぐん、と増したGとともに『デルフィナスE』は機首を大きく上げ、青みを帯びた空へと鼻先を向けた。高度にして200ほど上では、先ほどのF-35が左右に分かれ、それぞれの方向から『ヴェパール』を狙っている様が見て取れる。
敵機、ミサイル発射。左右上方から交差するように放たれたそれを、スフィアは機体を傾け下方へいなす。どうやら妨害電波で誘導を阻害していたらしく、二筋の鏃はほとんど針路を変えることなく地上向けて吸い込まれていった。こちらへ腹を向けたまま、なおも機銃での追撃を狙う敵機の機動は直線的で、あまりにも分かりやすい。
敵機が『ヴェパール』を機銃の射程に捉える、一歩外。
その空間に狙いを定め、レフとカールは引き絞った機銃を撃ち放つ。
攻撃目標に専心するあまり警戒が疎かとなったF-35は、その進路上に置くように放たれた火線に捉えられ、網に絡め取られた蝶のように左右の翼を千切り飛ばされていった。
焔に包まれ、朱の流星となって墜ちて行くF-35。数の不利を見切ったのだろう、残った1機は翼を翻し、元来た東の空を指して飛び去って行った。
レーダー上で、友軍の輸送部隊は既にベルカ国境を越えた西の彼方。片や東の果てで時間を稼いでいた友軍機の姿は、もはやレーダーで捉えることはできない。おそらくは撤退する輸送機を護るという至上命題の為に、命の限り時間を稼いで散っていったのに違いなかった。
《敵先行部隊、離脱を確認。後続部隊は空域に停滞中。こちらへ向かってくる様子はありません》
「ゲベート奪取の目的を果たした以上、深追いで火傷するのは御免ってとこか。お利口な敵さんで助かるぜ。球コロ、周辺の味方はどうなってる」
《ゲベート中部よりこちらへ向かう友軍機の反応なし。撤退が確認された地上部隊7のうち4つはGRDFに包囲されています。1つはブローノフ橋の東30㎞地点に到達し、離脱を確認。残る2つは反応がありません》
ゲベートに展開していたNEUやニューコム・インフォの勢力を考えれば、あまりに少ない友軍の離脱。圧倒的な負け戦と言っていいその現状に、レフは鬱憤を吐き出すように重くため息を吐いた。ニューコムへの忠誠心などもとよりあって無いようなものではあるが、所属する組織がいいように嵌められ、総敗軍となった現実はやはり腹立たしいことこの上ない。戦況を踏まえれば、少ないとはいえ一部の部隊が逃げ切れただけでも幸運と言うべきなのだろうが、それでもむかむかと揺らぐ胸の疼きは抑えられなかった。
ともかくも、これ以上の面倒は御免である。レーダーレンジを広域表示へ戻し、彼方の空を徐々に離れてゆく敵影を見送りながら、レフは半ば祈るようにそう呟いた。不意にぐぅ、と鳴る腹が示す通り、こちとら朝食すら済ませていないのである。
――だが、人の祈りとはかくも儚いものなのか。
帰投と朝食を祈るレフのささやかな思いは、直後に入っただみ声の通信で脆くも破れる羽目になった。
《…し、抜……な!周…のニュー…ム機へ、こちらクリュエ基地司令エーゴン・ビュットナー!我、現在G5-N7Aポイント、幹線道路179号線上を国境方向へ離脱中!NEU機、誰かいないか!護衛求む!繰り返す…》
《…!?離脱中の友軍、それも幹部級!?》
「…冗談だろ!?このタイミングで普通全回線に話すか!?…クソ!スフィア、発信源分かるか!」
《逆探知により位置確認。179号線上、リュゲ郡第5トンネル出口付近に車両4を確認しました。クリュエよりトンネルを抜けて離脱して来た模様です》
前触れなく鼓膜を揺らした声、レーダーに生じた反応。それらの状況を確かめ、レフはぎょっと心臓を跳ね上げた。
位置は、クリュエとベルカ国境を結ぶベルカ寄りの地点。護衛に駆け付ければ十分に間に合う距離だが、通信の声はあろうことかニューコム以外の回線も含め、暗号を介さない肉声での通信を送っているのである。すなわち通信が届く範囲にさえいれば、『ニューコムの幹部級が』『丸裸に等しい状態で逃げている』ことを誰でも探れたことになる。
レフは奥歯を噛み、苦虫を潰したように渋面を浮かべる。果せるかなレーダー上に映るのは、撤退しつつあるGRDF編隊から反転する、いくつかの機影。その進路は、通信の出所であった車両の方へと向いている。
「くそったれ!各機、方位350に変針!あのアホの後方に回り込むぞ!」
《カバーに入るんスね!?》
「手の届く範囲にいちまった以上はな!アホ司令官め、地上に降りたら髪の毛毟り取ってやる!」
《もう髪の毛が無かった場合は?》
「その場合は
あらん限りの悪態を吐いて、レフは操縦桿を倒すと同時にフットペダルを深く踏み込む。
全身にのしかかるG、眼下を過ぎ行く新緑。苛立ち募る胸を携えながら、青い尾の『デルフィナスE』はゲベートの天と地の間を弾かれたように飛んで行く。
丘陵を越えた先に伸びる、西走する幅広い道路。濃い青色のアスファルトと、その上を走る灰色の車列が目に入った時、レフは通信に向けて爆ぜるように声を張り上げた。
「このハゲ!!敵に気づかれるだろうが、さっさと通信を切れ!」
《はははハゲとらんわ!ちょっぴり最近軽量化を図っとるだけだ!…いや、それより!NEUの援軍だな、急行感謝する!迅速に駆け付けた礼だ、さっきの暴言は水に…》
「いいから死ぬ気で飛ばせ!GRDFの戦闘機が追って来てるっつうの!」
《ヒッ…!?…お、多くの社員がワシを逃がすために奮闘してくれた。ここで逃げ切らねば、彼らの犠牲に顔向けできん!…後は任せたぞ、そこの青ヒレの機体!》
「生きてたらたっぷりお礼頂くからな!カール、球コロ、両翼に展開。敵の機種と数は分かるか」
ジープに装甲車、自走式の装輪型対空砲。列をなし速度を上げ行く4台を眼下に見送りながら、レフは敵が迫る正面へと目を向けた。晴れ渡る東の空に遮るものは一つ無く、朧な太陽の光の中には黒い機影がいくつか見え始めている。
《接近中の機影は8。うち2機は高速で先行し、距離6000を隔てて残る6機が続いています》
《…ついでに1個、悪い情報いいっスか、レフ?》
「これ以上の悲報は間に合ってるから黙っててくれ」
《レフがダメでも俺が言うっスよ!接近中の2機、データ照合完了!クソ、F-15CX『スーパーイーグル』が2機…『ロンディーネ隊』!いつぞやラティオで戦ったゼネラルの
しぃっ。
狼狽したカールの通信に、レフの口角から舌打ちにもならない短い息が漏れる。
ロンディーネ隊――確かスフィアが着任して間もない頃、ラティオ南部の戦闘で会敵したエース部隊。左右それぞれの主翼を白と黒のストライプで塗装した2機一組の部隊で、複数種のミサイルと一撃離脱戦法を駆使して『キャンサー隊』を封殺した難敵である。当時は『ヴェパール』のアクティブ電磁パルス防御システムで難を逃れたものの、スフィアがいなければ成すすべなく敗れていたと考えていい。『デルフィナス』の性能をもってしても覆せない実力差は、レフの脳裏に苦い記憶として残っている。
だが。
「『キャンサー』各機、迎撃用意!あんだけ大見得切ったんだ、あのハゲのケツくらい護ってやるさ!」
《え!?無茶っス、敵はあの2機なんスよ!?もうこっちの手の内もバレてる以上、スフィアちゃんの防御は…!》
「手の内を知ってんのはこっちだって同じだ。それに、俺たちはあの時とは違う。何人もエースって奴を見て、何度も負けそうになって、それでも生き残って来ただろうが!手ェ貸せ、カール!スフィア!」
怯懦を帯びたカールの言葉に、レフの意思が負い被さる。
確かにあの時、俺たちは敗北した。実態は痛み分けだったが、飛行隊としての能力を見れば限りなく負けに近い引き分けだったと言えるだろう。
しかし、あの時から2か月あまり。その間に、俺たちは多くの経験をしてきた。『ランドグリーズ』との戦いで屈辱を味わった。『エスクード』、『ハルヴ』といったエース達の戦術に触れて来た。おやっさんの言葉に、新しい道を見つけることもできた。あの頃と今では、積み重ねたものの違いがある。
距離、3500。
正面に加速する2機。加速の伸びが従来のF-15CXよりわずかに鈍いのは、おそらく兵装を満載し重量が増しているためと伺い知れる。
機銃は1門。兵装はおそらく前回同様に赤外線誘導と電波誘導のミサイル2種、1機につき搭載数20基は下回らないと見ていい。
想起するは、敵の戦術。脳裏に描くはこちらの配置と、今の強み。
おやっさんの言う通り、知見と観察を経た向こうには、確かに一筋の光が見える。
《『オーキャス14』、了解しました。…レフ、私はとても興味があります。あなたの信念に、そしてあなたの変化に。学び、成長して自ら変わってゆく、ヒトの可能性に》
《スフィアちゃん…。……分かったっス、こうなりゃ俺も腹くくるっスよ!レフ、思いっきり行くっス!》
額に汗を浮かべ、蒼白となった顔を奮い立たせるカール。そして常と変わらぬ穏やかな目で口元を笑ませるスフィア。耳上を覆うイルカのヒレのような横髪は、重力や風から解かれたかのように柔らかく揺れている。
場は、整った。
ミサイルアラート。正面4発。
操縦桿を左へ倒し、エルロンロールを以て左へ大きく開く。
後方、カールは右。両者の間をスフィアの『ヴェパール』は抜け、飛来する4本の鏃に向けて真っ向からその大きな翼を広げて見せる。
電光、一閃。
『ヴェパール』から放たれた環状の稲妻がミサイルを斬り払い、その身に爆炎の衣を纏う。すれ違いざまに放ったAAMは、しかし高速の敵を捉えること叶わず、暁光の中へと空を切る。
敵機2機、上方を擦過。衝撃波を纏った縞帯の2機は、速度を緩めることなくこちらの後方で縦方向へと旋回する。インメルマンターンの要領で繰り返し頭上を抑え、中距離からのミサイルで封殺するその戦法は、やはり前回と同様のものと見ていい。
右旋回、反転。こちらが正面を向くのと、頭上から敵機が長槍を狙い澄ますのはほぼ同時。今度は一方がやや距離を置き、時間差を企図していることが察せられる。
「カール!」
《応っス!》
短い言葉に交わす意図。
先鋒1機、放つミサイルは3。先と同様に稲妻で薙ぎ払った『ヴェパール』へ、後続の1機が頭上から追撃の槍を放つ。
フットペダル、踏下。操縦桿僅かに手前、近接防御装置起動。
機首を下げた『ヴェパール』を左右から追い抜いて、レフとカールの2機は前方目掛けフレアとチャフを同時に放つ。
焔は光を、銀片は電波を。それぞれがミサイルの目を眩まし、あらぬ方向へ曲がったそれらが近接信管の炸裂を響かせる。破片がいくつか機体を擦過するが、損傷と言うほどのものではない。爆炎を切り裂いて、2機のF-15CXは音を振り払いながらこちらの頭上を通過してゆく。
《効く…!このままじゃ…!》
「いや、今の二航過でだいたい掴めた。連中の戦術は、この前から何一つ変わってねぇ。…案の定な」
《え…?》
黒煙を抜け、左旋回から敵の姿を遥かに見上げる。
やはりである。完成された戦術を武器に、あの『ロンディーネ』の2機は再びこちらの封殺を狙っている。こちらの頭上を抑え、異なる誘導方法を持つミサイルを複数放ち回避行動を強制して、凌ぎ切ったところを反転し同じ手法で狙う。高速性能と優れたペイロードを併せ持つF-15CXならではのその戦法は、先の戦闘でこちらを完全に封殺しおおせたものと変わりない。
だが、戦術は何も固定のものに縛られる必要は無い。それを教えてくれたのはおやっさんであり、あの『ハルヴ』である。
あの時は回避を優先したため、低高度に密集した結果封殺された。
では、これならばどうか。
「散開!!カール、高度取れ!スフィアは現高度!」
《上…そうか!了解!》
《了解しました。現空域を維持、回避に専念します》
翼を翻し旋回する『ヴェパール』の傍らで、カールの『デルフィナス』が機首を上げて天を指し上昇してゆく。レフもまた左ロールから操縦桿を引き、『ヴェパール』からわずかに高い高度で横方向への旋回に入った。
一撃離脱戦法は相性の良い相手ならば封殺できる反面、咄嗟の回避が難しいため攻撃針路には細心の注意を払う必要がある。『ロンディーネ』の戦術はそれを意識し、頭上の優位と飽和攻撃による回避行動の強制でその欠点をカバーしていたのだ。翻せば、1機でもその攻撃範囲外に逃してしまえば、単調な反復攻撃の隙を容易に突かれてしまうことになる。
レフが意図したのは、いわば彼らの戦術の急所。先ほどのF-35の時とは異なり部隊を分散させることで、火力と引き換えに隙を作り出す事だったのである。
敵機が惑い、矛先が鈍る。
旋回のさなかで、レフは機動を見定める。
さあ、どう出る。どこを狙う。
頭上の優位を取るカールか。厄介な盾を持つスフィアか。それとも、隊長機の塗装を施す俺か。
敵機、旋回。機首やや下げ。
その鼻先が向くのは――最も低い位置にいる『ヴェパール』。
「よし…!カール、攻撃後の敵のケツを狙え!スフィアはそのまま、俺がフォローに回る!」
《了解しました。レフ、回避機動の指示はありますか?》
「好きに動け。俺が合わせる!」
《…!…了解しました》
驚いたように丸くなった目。一拍置いて、柔らかく微笑んだ口元。
モニターに映ったスフィアの面影を端に流し、レフは横倒しの思いきり操縦桿を引いて、『デルフィナスE』の機体を小半径で旋回させた。
上空には、背面降下に入るカールの『デルフィナス』。眼前には、直進する敵機に対し直交して射線を躱す『ヴェパール』。レフは操縦桿を戻して機体を平行に保ちながら、『ヴェパール』の予測針路上へと向かっていく。
これまでの攻撃で、『ヴェパール』にミサイルは無効だと敵も把握できた筈である。こちらがばらけた絶好のタイミングを、今更ミサイル攻撃にこだわってふいにするような連中ではない。
だからこそ、攻撃目標をスフィアに定めた時点で敵の狙いは一つ。
すなわち電磁パルスが届かない射程のぎりぎり外から、機銃の集中砲火で仕留める――その一点に違いない。
フットペダルを踏み込む。
目が、敵の針路を図る。分散し目標から外れた今となっては、敵の攻撃角を見定めるのは容易い。
2時方向、距離2000、1700。
『ヴェパール』の鼻先を指し、操縦桿を引く。降下する敵の速度は流石に速い。
正面、旋回する『ヴェパール』。その向こう、2機のF-15CX。
敵との距離が1200を切る。
隙を誘うように、『ヴェパール』が大きく翼を翻す。
直上にカールの機影が迫る。
タイミング、今。
「スフィア!!」
《起動します!》
人と機械の、阿吽の呼吸。
互いの声が響くと同時に、レフは主翼下のAAM4発を撃ち放った。
殺到するその先には、『ヴェパール』の黒い翼。それらが『ヴェパール』の傍をすり抜け、2機のF-15CXの方へと至ったその瞬間、AAMは一斉に起爆して『イーグル』の正面から破片の雨を浴びせかけた。いうまでも無く、ミサイルが擦過した瞬間にアクティブ電磁パルス防御システムを起動し、能動的にミサイルを爆発させたのである。
真正面から破片を浴び、爆炎で視界を塞がれるF-15CX。無防備となったその後方上空からは、既に1機の機影が迫っている。流麗なシルエット、細い後退翼。そして尾翼にかに座のゾディアックシンボルを刻んだその機影は――。
《貰ったっスよ!!》
引き絞る、ミサイル2連。
至近とも言うべき距離から放たれたそれらは、右側のF-15CXに過たず命中。一方が右のエンジンカウルを、もう一方が左翼の中ほどを撃ち砕き、黒と白の縞に染め抜いた翼は紅い炎へと包まれていった。
照準を免れた残る1機は、しかしこちらも煙を曳き、よろけながら高度を下げつつある。おそらくは至近弾を真正面から複数浴びて制御系統に問題が出たのだろう、尾翼の片方が欠け、機動の精彩は明らかに鈍っていた。
地を指して墜ちてゆく機影を、見送ることしばし。
僚機の脱出が無いことを確認したのか、残る1機のキャノピーが爆ぜ、白いパラシュートが宙に舞った。主を失った縞翼の『イーグル』は制御を失い、やがてきりもみを描いてゲベートの大地へと墜ちてゆく。
眼下、地に咲いた焔は二つ。それは頽勢の中で得た実感ある勝利を、命の色で以て祝福しているようだった。
「……今の、『オーキャス14』の反応は…」
「ん?」
「…いや、何でもない。それより、早く撤退した方がいいのではないかな?先ほどの車列も十分に離れた頃だろう」
「そうだな。カール、スフィア、そろそろずらかるぞ。もう腹も限界だ」
何かを言い淀んだフォルカーの様子を尻目に、レフは翼を翻し西へと進路を向ける。後続の敵機は迫りつつあったものの、頼みのエースを失ったとなれば深追いはしてこない筈であった。これ以上ゲベート領から撤退する友軍も見当たらない以上、下手にゲベート領空に留まるのは危険でもある。
尾部に焔を灯し、速度を速め始める3つの機影。
住処を目指すその翼に冷や水を浴びせたのは、あろうことか聞き慣れた女性の声だった。
《『モロノエ』より『キャンサー』、緊急連絡。ポイントG8-N5にて『ギャラハッド隊』が孤立、敵の追撃を受けている模様です。至急援護に向かい、『ギャラハッド隊』を救出して下さい》
《!?な…》
「何ィ!?あのバカめ…!とっとと逃げりゃいいものを!」
《ゲベート中部を友軍機が強行突破しつつあり、その退路確保を行っている模様です。現在、増援も向かっています。急ぎ対処を》
「ち…!」
『ギャラハッド』――イングリット・ルートヴィヒ。若年の見習い騎士を思わせる、金髪の女士官。脳裏にその姿が過ぎり、レフは思わず舌打ちを叩いた。
HMDから広域マップを呼び出し、彼我の位置を確かめる。ポイントG8-N5――こちらから見て方位010、距離8200。兵装を使い果たし軽くなった今ならば、全速で飛ばせば数分とかかる距離ではない。
「行くぞ!!」
暁は朝へと至り、光はゲベートの大地を、森を、地に咲く焔の華を照らしてゆく。
勝利の歓喜、激動の世情。纏う予断を切り裂くように、3つの機影は空を割いて、北の空へと馳せていった。