Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere - 作:びわ之樹
「カール、球コロ、継戦能力を確認する。燃料、残弾知らせ」
《こちら『センチネル』、
《『オーキャス14』、AAM残弾4。燃料は50%程度です》
東を染める陽光、新緑を照り返すゲベートの大地。生命の息吹を謡う天地の間を、3機の機影が弾かれたように北進してゆく。翼端に航跡を刻み、尾に焔を帯びたその姿は、文字通り跳ぶがごとく、という修飾に相応しい。
時刻にして、6時半を僅かに過ぎる頃。戦端が切られてから既に1時間超が経過し、覇を争うゼネラルリソースとニューコムの間で、ゲベートの大地は熱に巻かれたかのごとく揺動していた。
広域表示となったレーダーレンジの中では、ベルカ国境まで後退するニューコム陣営前線の姿が見て取れる。ゼネラルの戦力を示す白い鏃や光点はゲベート中郡の至る所に展開し、友軍を示す青いマーカーをそこここで包囲しつつあった。俯瞰する限り逃げられる部隊は概ね逃げおおせており、現在地から以東に認められる友軍は、距離的にも地理的にも、脱出はほぼ不可能と見ていいだろう。いつ追撃の第二波が押し寄せるか分からない以上、レフとてなるべく早く引き上げたいというのが本音であった。
それを許さなかったのが、方位010、距離4000ほどにぽつぽつと浮かぶ友軍の反応――ギャラハッド隊の存在である。ベルカ国境までもう一歩の距離でありながら、レーダーに浮かぶ4つの機影は複数の敵影に囲まれつつ、なおも頑なに現空域を維持しているのであった。
『ギャラハッド』――イングリットが悲壮にも空域を死守して止まないのは、何も命令を堅守してのことだけではないのだろう。彼女の意思の在り処を示すように、ギャラハッド隊の空域から東へ7000ほどの距離には、西を指して飛ぶ友軍機の反応が3つ、確かに見て取ることができた。イングリットはおそらくその反応をいち早く認識し、命からがら逃げ伸びる友軍の退路を確保するために奮戦しているのに違いなかった。
「了解した。…くそったれ、こちとらミサイル1発たりとも残ってないってのに、あのアホ…!」
彼女が誇る、ベルカ騎士団の血筋。ベルカの空を護り、仲間を護るという信念としての騎士道。一般庶民の出自であるレフには『騎士の誇り』なる価値観がいまいちピンと来ない所ではあるが、真摯ながらもどこか意固地なイングリットが、今は歯を食いしばりながら劣勢に耐える様が見て取れるようだった。
体を盾に、傷つく友軍を救うべく立ちはだかるその信念は眩いほどに立派ではあるが、付き合わされるこちらとしてはたまったものではない。レフの口から漏れ出る愚痴のような呻きは、偏にその思いを物語っていた。
蒼天の下、遥かな空の先に、入り乱れる黒点がぽつぽつと浮かび始める。互いの航跡が入り乱れ、時折焔や黒煙が交差する様は、両軍の機体がドッグファイトを行っている最中であると見て良かった。位置を省みれば、ギャラハッド隊と見て間違いない。
レーダーレンジ、コンバットモードへ。小さなサイトの中では、2機ずつの分隊となったギャラハッド隊の周囲を、GRDF機を示す白い鏃が渦を巻くように包囲する様子が俯瞰できる。機数にして、敵は6機。その反応と形状から、全てF-35『アドバンスドライトニング』の系統と判断できる。
こちらの残弾は残り僅か、それに対し敵はあくまで第一陣。逃走中の友軍機が逃げおおせるか、あるいはイングリットが翻意するまで耐えきれるかどうかは、微妙な所と言わねばならない。
「よし、全機加速。一撃離脱で敵の横顔を殴り抜けてやる。AAMを無駄撃ちするなよ」
《了解しました。25㎜機関砲の優先度を修正します》
機械的な切り口で言葉を紡ぐスフィア。それに倣う訳では無いが、レフもまた機首右側の単装機銃を選択し、ディスプレイ正面に表示されたガンレティクルを覗き込んだ。わずかに漂う千切れ雲の向こう側で、照準の中心には攻撃の機を窺って旋回する2機のF-35ARが捉えられている。無防備にもこちらに腹を向け、それらは別のF-35からの攻撃を受ける『デルフィナス』の背を指しているようだった。
白雲を纏う『デルフィナスE』の翼が、僅かに跳動し敵機へ狙いを定める。
距離1300、1000。見る見る桁を割る相対速度表示は、『デルフィナス』の加速能力の証左。一度初速さえ乗ってしまえば、『デルフィナス』の加速能力は旧来のデルタ翼機にも匹敵する。瞬く間に接近するこちらにようやく気付いたのか、眼前の2機は主翼後端を跳ね上げて、それぞれ上下へ回避行動を取り始めていた。
片や格闘機動、方や巡航機動。事この状況において、回避を制する速度の優位は攻撃精度に直結する。
水生哺乳類を思わせる3機から放たれた銃弾の束は上の1機を正確に貫き、残る1機も左翼を中ほどから斬り飛ばされて、黒煙の中を風に巻かれていった。
突然の闖入者に虚を突かれたのか、空域を舞う敵機の機動は僅かに鈍り、いずれも防御を意識した小刻みの旋回に入り始める。その隙を捉えていち早く敵の射線から逃れた『デルフィナス』を目に止め、レフはその機体の傍へと乗機『デルフィナスE』を追随させた。
尾翼に記されたエンブレムは、白地に赤十字の盾――『ギャラハッド』。
「このアホ!いつまで前線に留まってんだ、早く逃げろ!」
《『キャンサー』!?…いえ、そういう訳にはいきません!助けて貰ったのは嬉しいですが、今はここは退けないんです!撤退する味方を護るためには…!》
「チッ、騎士の誇りとかいう奴か…!敵が殺到してきてるんだぞ!たかだか3機ぽっちを助けるために仲間を危険に曝す気か!」
《く…!…窮乏する、弱きものを助けること。ルートヴィヒ家が掲げる騎士道の教えです。仕える相手がベルカからニューコムへ変わっても、たとえ不合理だと罵られても…私は、この信念を護りたいんです》
「信念に食い潰されるぞ!!」
《――それでも!!》
ぶつかり合う言葉と言葉に、ミサイルアラートが交錯する。
ち、と舌打ち一つ、レフは左の操縦桿を手前へ引くと同時に加速して、小半径の左旋回でその矛先を躱した。腹を掠めて爆発するミサイルの向こう側で、イングリットの『デルフィナス』もS字旋回を駆使し、纏わりつくミサイルの雨を紙一重のところで躱し続けている。
両操縦桿を手前へ、機体を平行に戻しつつ上昇。後方左右にはカールとスフィアが就き、再び戦端が開かれた空域を俯瞰する位置取りとなった。
《案外頑固っスね、イングリットさん。何とか連れ帰りたいところっスけど…》
「あの通りだ。くそったれ、こちとらほとんど丸裸だっつうのに」
《『オーキャス14』より各機へ、敵増援が接近しつつあります。機数9、いずれも方位075》
「…ち。あのアホを放って帰るのも寝覚めが悪い。…全機、交戦に入る。時間稼ぎに徹するぞ!」
レーダー上に映る9つの鏃に、レフは奥歯を噛み締める。
数の差は、これでニューコム7に対し敵が13。おまけにギャラハッド隊はいざ知らず、こちらはミサイルもほぼ空と戦闘能力がガタ落ちの状態である。幸い逃走中の3機は敵の追撃も無く向かって来ているようだが、それまで空域を維持するのはどう見ても困難な状況と言っていいだろう。キャンサー隊が2人と1個の命を抱えている以上、自己犠牲にも等しいイングリットの騎士道とやらに付き合ってやる義理はない。合理を踏まえるならば、一目散に逃げて確実に生きながらえるのが採るべき選択肢なのに違いないだろう。
だが、それでも。
レフはエルロンを操作して『デルフィナスE』を上下反転させ、操縦桿を引いて背面降下に入る。後席のフォルカーも慣れて来たのか、この程度の機動では呻き声も漏らさない。
そう、それでも。
レフは敵増援の鼻先を制する位置取りに入りながら、そう心中に紡ぐ。
自らの不条理と不合理を自覚しながら、『それでも』と言ってのけたイングリットを見捨てることを、レフ自身の心は納得しないだろう。『納得できないことはしない』――自ら納得するためならば、何でもしてやる。心に宿るその信念は、今火をくべられたように熱を灯している。
無論、イングリットの騎士道に共感した訳では無い。何であれその信念を軸に立とうとする、イングリットの姿に心が動いた――それだけのことだった。
逆転した地表が急速に
敵編隊のうち何機かが、こちらを指して上昇する。見る限り、その編成はF-22C『ラプターⅡ』とF-104X『スターファイターⅡ』の混成部隊。機数の差に加え兵装量の差を省みれば、戦局の天秤が一層傾くのは誰の目にも明らかだろう。
――それでも。
胸中のその言葉に、レフは唇を引き絞ってガンレティクルを覗き込む。
薄緑の十字架の中でF-104Xが1機、曳光弾の鎖に身を縛られて墜ちて行った。
******
私に記録された電子データによると、円という図形は無限の象徴とされています。
筆を下ろせば、どこまでも途切れることなく続いていく輪郭。地に落とせばどこまでも転がっていく、『果て』に囚われない姿。人間の歴史では古くから文化や芸術にも取り入れられ、構造物や絵画、果ては国旗に至るまで、様々な所で目にする機会の多い図形です。私の体が球体なのも、そういった人間の歩みに何か関係があるのかもしれません。
人は、無意識に『円』を求めるものなのでしょうか。
互いの尾を取り合うドッグファイト。ゲベートの空にいくつも刻まれた巴戦の軌跡を見下ろして、私――『オーキャス14』は不意にそんな感慨を抱きました。レフやカール、イングリット、果てはGRDFの戦闘機に至るまで、今は無数の円の一つとなって、横方向の巴を描く筆先となっています。
それは、私自身も同じ。
後方のロックオンアラートに、後方警戒モニターの映像データを呼び出して、背後に迫る敵機の姿を見定めます。鈍重な『ヴェパール』の姿を好餌と見たらしく、GRDFのF-104Xが1機、徐々に距離を詰めつつある様が見て取れました。
もっとも、『見て取れた』という表現は語弊があるかもしれません。レフ達人間のパイロットと異なり、私は機体制御を行う電子頭脳が機体と直結している状態であるため、逐一映像ディスプレイを呼び出すことなく直接機体からデータを読み込んでいるのです。人間に例えて表現するならば、脳内に直接画像を映し出すようなものと言っていいでしょう。人間で行う神経直結ならば思考の過剰反映やダメージフィードバックといった問題が生じますが、AIである『私たち』ならば些かの問題も生じることはありません。
距離1800、1400。
前世紀から高速迎撃機としてのコンセプトを保つ『スターファイター』らしく、背後の距離は急速に詰まってゆきます。その接敵機動は対爆撃機を思わせる直線的なもので、機動性に劣る『ヴェパール』を確実に落とすべく食らいつくかのような、直截にして無警戒なものでした。
レフ流に言えば、こちらを『舐めくさった』機動と言えるでしょう。『舐める』――すなわち侮る、格下に見る、見くびるという比喩的表現。末尾に『くさる』という語が付随する場合の意味は不明瞭ですが、レフがしばしば多用するため自然と学習した表現でした。
『舐めくさった』F-104Xは距離1000を割り、近距離AAMの射程までにじり寄って来ます。
距離990、970、950。
二桁単位でその距離を図り、発射タイミングを見定めたその瞬間。私は左右主翼のエルロンを互い違いに上下させ、同時に左エンジンの出力を急速に抑えて、『ヴェパール』の機体を下方へ捻じり込むように強引に左下方旋回させました。人間であれば急速なGの変化で血流に影響が出る機動ですが、肉体を持たない私には何ら影響を与えることはありません。
AAM4発が右翼を掠め、彼方へと飛び去ってゆきます。搭載するミサイルを全て失ったのか、『スターファイターⅡ』はこちらの上空を通過し、大きく旋回して高度を下げ始めました。旋回性能が悪い『スターファイターⅡ』では、機銃のみで『ヴェパール』を追尾するのは困難と判断したのでしょう。
反撃での撃墜にこそ至らなかったものの、『時間稼ぎ』というレフの
《『ギャラハッド4』、後方に『ラプター』!ダイブしろ、援護に入る!》
《『キャンサー』、後ろっス!》
《『センチネル』、位置を入れ替えるぞ!お前のケツはこっちが受け持つ!》
横倒しの旋回を描くカールの『デルフィナス』と、その背を追う2機の『アドバンスドライトニング』。それぞれの位置を見定めて、逆回りの別の円を描いていたレフは、カールと最接近するタイミングでバレルロールに入り、カールの機体の後方に占位。カールを追う2機に対し正面から相対し、ヘッドオンからの機銃掃射でその追撃を乱しました。カールもまたレフの後方を補い、追撃していた『ラプターⅡ』の針路を機銃掃射で逸らしています。それぞれが追撃を撒き、仕切り直しの縦旋回に入ったことは言うまでもありません。
戦闘機動の分析から判断する限り、レフの連携精度はサピンに駐留していた頃や『アヴァロン』への赴任当初より明らかに向上しています。GRDFの『ハルヴ隊』との交戦か、それともその後のおやっさんとの再会からか。きっかけは定かではありませんが、数週間ほど前から、レフの戦術は目に見えて変わって来ていました。特徴としては彼我の位置や状況を見定める方面に長けてきた――端的に言えば、目が良くなったのです。
機械である『オーキャス』は、経験の積み重ねで操縦精度を高めて成長してゆく。
しかしその一方で、人間は経験もさることながら、何らかのきっかけで大きく段階を超えて成長することもある。
それは私にとって、とても興味深い発見でした。なぜなら私たちは入力、蓄積された情報量がすなわち成長量に比例しますが、人間の場合は必ずしもそうとは限らないのですから。
何がその違いをもたらすのか、今はまだ分かりません。しかしこうして、身近な人間の可能性を前にした時、私は何故か『跳動』――思いきり跳ねるという動作選択が思考回路に生じるのを抑えられませんでした。
さて、残弾はわずか、しかし目下は劣勢。以前までの機体ならば積極的に突入できたのですが、先日の改修を終えて追加装備を機体下部に設けた『ヴェパール』は旋回性能も加速性能も低下しており、到底考えなしに攻撃を仕掛けられる機体ではありません。肝心の追加兵装もフォルカーの許可なしに使用することはできず、この状況では単なるデッドウェイトとなってしまっていました。
とはいえ、いつまでも巴の外側で指を咥えている訳にもいきません。AAMは残数3、機銃は既に半分以下。機体を右に傾けながら、少しでも撃墜できる可能性の高い敵機を探ります。狙うはレフが追うF-22Cか、カールと巴戦を繰り広げるF-35ARか、それとも『ギャラハッド』の後方に迫る2機か。
「……!」
広がる視界の端に、差し込んだ針。
不意に生じた違和感にレーダー表示を重ね合わせると、戦闘空域の東側に3つの機影が映し出されました。機数は3、いずれもR-099『フォルネウス』。おそらく『ギャラハッド』が待っていた、敵中を突破してきたという友軍の3機に違いありません。既にGRDF勢力圏となってしまったゲベート中郡を通過してきたにも関わらず、いずれの機体も損傷一つない健在な姿を示しています。
「『オーキャス14』より各機へ。方位090に友軍機3機を確認しました。機種はいずれも『フォルネウス』、距離2500」
《やっと来たか!『ギャラハッド』、あいつらの支援に回れ!合流でき次第とっとと逃げるぞ!》
《分かってます!ギャラハッド2、ギャラハッド3、友軍機の護衛へ!……良かった、無事で。敵中で耐えた甲斐がありました》
《人を巻き込んどいてよく言うぜ。分かってるな、今回の貸し分。ニューコム・ノースオーシア・ビバレッジの新発売チョコミントシェイク1ダース!》
チョコミント、なるレフの嗜好品は未だによく分かりませんが、待ちに待った救援目標の到達にレフやイングリットの声が弾みを帯びます。ギャラハッド2を追う敵機へレフが割り込み、ギャラハッド3の後方をイングリットが守って、生じた一瞬の隙を突くように2機の『デルフィナス』が戦域の外側へと抜け出しました。
離脱するあの3機と合流できれば、あとは全機で『アヴァロン』へ向けて撤退するのみ。背を見せて後退する格好ですが、敵機のミサイルを消費させた今ならば一気に撤退することはけして不可能ではないでしょう。万一の場合でも、あと2回程度ならば『ヴェパール』のアクティブ電磁パルス防御システムで防御が可能です。
あの3機と合流すれば、窮地は脱せる。それは、空域に展開するニューコム陣営の共通認識といって良かったでしょう。
その3機から、唐突にミサイルアラートが生じたその一瞬までの。
《――え?》
3機の『フォルネウス』から放たれる、計4発のAAM。それらはギャラハッド2の、次いで3の『デルフィナス』に正面から突き刺さり、連なる爆炎の下に細長い主翼を沈めてゆきました。
空に生じた幕のような黒煙。それを割いて出て来るのは、ばらばらになり地を指す『デルフィナス』の残骸と、なおも直進する3機の『フォルネウス』。
《な…?》
《お、おい待て!そこの『フォルネウス』!こちらギャラハッド4!俺たちはベルカからの…》
速度を上げ、戦域へ突入する『フォルネウス』から、再び放たれるAAM。『ラプター』に追われる『デルフィナス』目掛けて飛ぶそれらはけして誤射ではなく、明らかに明確な敵意を以てニューコムの機体を狙っています。
一手遅れましたが、こうなれば苦手と言ってはいられません。速度を上げて機体を降下させながら、私は至近弾の炸裂を受けて煙を吐くギャラハッド4と、続く機銃掃射で胴体を貫かれるイングリット機の姿を眼前に捉えていました。
《あ、あいつら…!まさかっスけど、鹵獲した『フォルネウス』を!?》
《馬鹿な!これは明確な国際法違反だ!…レフ君、これ以上は完全に徒労だ!業腹だが、今は逃げる他無い!》
狼狽するカール、声を張り上げるフォルカー。
言こそ異なっているものの、二人の推測と結論は道理です。敵中に姿を晒しながら無傷で生き残っていたことも、GRDFが鹵獲機として運用していたのならば説明が付きます。ギャラハッド隊2機の損失に伴い戦力差は覆し難いほどにゼネラル側へ傾いた以上、脇目も振らず逃走するのが、今となっては最も有効な手段なのは疑いようがありません。今ここで生還しなければ、ゼネラルの国際法違反を糾弾することすらできなくなってしまうのですから。
――しかし。
《…ライナルト、コルネリウス…。そんな……。……私は、……私は、何のために…》
絶望に打ちひしがれ、悄然と声を紡ぐイングリット。
気勢を上げ、攻勢に打って出るGRDFの残存機。啄まれるように被弾を増やしてゆく『デルフィナス』。
それらの姿を見、声を聴いた時。私は自らの中に、道理を超えて行動原理を書き換える思考回路を見つけました。
攻撃的な行動指向。内部に宿る熱。論理と道理を超え、ふつふつと滾るような衝動。いささか表現は人間的ですが、言葉に表すならばその他に評する術を知りません。
この思考は、前にも覚えがあります。ゼネラルが誇るランドグリーズ艦隊の対地ステルス駆逐艦に相対し、砲撃の下に友軍が無残に、一方的に殲滅される様を目にした時。私は確かに、同様の状態に陥りました。これは『怒り』という
エルロンロール、右旋回。僅かに下降し、敵火線を上方へ。炸裂する近接信管を背に、私は満身創痍となったイングリットの前へと躍り出て、アクティブ電磁パルス防御システムを作動させました。回数こそ残り僅かなものの出し惜しむ余地はなく、殺到するミサイルを辛うじて防ぎ切ります。
右、左、上、いずれも敵ばかり。しかし内奥に宿る熱は、今なお感情を燃やして止みません。そしてそれはきっと、私だけではない。
そう、頭上を割く青色の尾翼こそ、その証左。急降下で肉薄し、イングリットを狙う『フォルネウス』のコクピットを機銃掃射で打ち砕いたのは、紛れもなくレフの『デルフィナスE』の姿でした。
《…許せねえ》
《れ…レフ?どうしたっスか…?もう早く逃げ…》
《こいつらは、最悪の形で『ギャラハッド』の信念を踏みにじった。薄汚い手で、あいつの精神を侮辱したんだ。…カール。ギャラハッド隊を連れて先に帰れ。俺はあの『フォルネウス』に落とし前を付けさせる。スフィア、着いてこい》
《な…!何バカ言ってるんスか!勝ち目なんて到底ないでしょ!?》
《勝ち目なんざ関係ねぇ。これは、俺の心の問題だ》
《…もう、頑固者!言っとくっスけど、こういう時俺は本気で逃げるっスからね!…だから、地べた這ってでも帰ってくるっスよ!》
西へ鼻先を翻す『デルフィナス』、そして追撃する数機から放たれるミサイル。よろめくようなギャラハッド隊の2機を庇うように、カールの『デルフィナス』はフレアとチャフと幕のようにばら撒いて、背を見せる2機の後背を護る姿勢を見せました。反応した信管の炸裂に紛れるように、3つの機影は急速に戦域から離れてゆくのがレーダーサイトから見て取れます。
速度に勝る『スターファイターⅡ』も、ミサイルを使い果たしたためか追撃の素振りは見せていません。これで、敵機12に対しこちらは2。勝敗は火を見るより明らかと言っていいでしょう。
《…スフィア。俺を矛盾していると思うか?》
「はい。信念に殺されることをイングリットに忠告しながら、あなたは自ら死地に飛び込んでいます。それは矛盾しており、論理性が感じられません」
《だろうな。そもそも人間なんて、論理で綺麗に割り切れるもんじゃねえ。割って、割って割り切っても、必ず『余り』が出る。今の俺は、その『余り』がどうしても抑えきれん》
「だからこそ、私はその矛盾を好ましく思います。論理を越え、人を人たらしめる『余り』と言う名の情動を」
《――……。…目標、2機の『フォルネウス』。最短で行く》
「了解しました」
後方、ミサイルアラート2。
それらが飛来するのと同時に、私は機体を急降下させました。レフは左前方、同様の機動。頭上をミサイルが抜け、左右からは敵機が回り込み後方に就きつつあります。
レーダーレンジ、表示を拡大。敵機は真後ろに2、左右両方から回り込んでそれぞれ3機ずつ、いずれも急降下するこちらに対し後方上空。眼前――すなわち下方には退路を塞ぐべく2機のF-35ARが立ちはだかり、こちらの前上方には2機の『フォルネウス』が横旋回からこちらの隙を伺っています。速度を増す急降下を仕掛けていることから、こちらの狙いは眼下の『アドバンスドライトニング』と見られていることでしょう。
後方、ミサイル6連。
左右方向への機動が鈍った隙を打つように、こちらの背を目掛けてAAMが飛来します。いくら降下で加速が乗っているとはいえ、音速を優に超えるミサイル相手に振り切れる道理はないでしょう。この状況ならば、ロールから反転し逆方向へ抜けるか、左右いずれかへ旋回するのが定石です。
しかしこの瞬間、レフは『禁じ手』たる、機首を上げた急速上昇を敢えて犯しました。ミサイルが迫る中、速度が急激に落ちる反転上昇は、通常ならば自殺行為でしかないでしょう。
しかし、私は理解していました。レフはこの一瞬のために、私の――『ヴェパール』の力を信じて、自らの後方に布陣させていたことを。
殺到するミサイル、迫るアラート。後方の相対距離が400を割ったその瞬間、私はアクティブ電磁パルス防御システムを開放しました。
輪を描き放たれる環状の稲妻、斬り払われたかのように次々と炸裂するミサイル。その爆風と黒煙を盾に、レフは速度の限りに急上昇してゆきます。『デルフィナスE』の鋭い機影が向かうのは、虚を突かれ機体側面を晒す2機の『フォルネウス』の姿。
二又の青に染まった尾翼は、さながら槍の穂先。
『デルフィナスE』の機首側面から放たれた一筋の光軸は、まるで心の臓一点を貫くように『フォルネウス』のコクピットを穿ち、制動を失った巨躯を虚空へと散らしていきました。
これで、残る『フォルネウス』は1機。敵機の傍らを抜け上空で宙返りに入るレフ、その軌跡を追って急上昇する私の間で、僚機を失った『フォルネウス』は尾部に焔を灯して急速に離脱を図っています。
《スフィア!足止めできるか!?》
「可能です。レフは攻撃に専念を」
へっ。
聴音センサーに響くのは、吐息のような笑みのような、レフの声にならない音。その意図を確かめる暇も無く、私は機体がロックオンを告げるのもそこそこに、敵機の予測進路上へ残ったAAMを全て撃ち放ちました。
発射時の距離にして概ね1000、短距離AAMの最大射程の一歩外。それらは誘導の乗らない『投げ槍』となり、『フォルネウス』の針路を縫い付けるようにその眼前へと殺到します。
緊急回避のため右旋回へ入る『フォルネウス』、その瞬間に作動し炸裂する近接信管。爆炎の閃光が『フォルネウス』の流麗なフォルムを照らしたその一瞬、私の視覚センサーは確かに、敵機の真上に占位した『デルフィナスE』が急降下に入る様を捉えました。
《いい支援だ、スフィア》
先の攻撃を死角からの突き上げとするならば、今度のそれは脳天へ落とされる致命の一突き。
爆風で制動を失った『フォルネウス』に回避の術は無く、直上から放たれた曳光弾の筋は機首から左翼にかけて殺到。千切れ飛んだそれらは三つの破片となり、次の瞬間には焔に包まれて、ゲベートの虚空に跡形も無く消えてゆきました。
前言通り、最短距離での二突き。『落とし前』を果たし旋回するレフの『デルフィナスE』に、私は『ヴェパール』を追随させます。
残弾、ゼロ。電力枯渇につきアクティブ電磁パルス防御システム使用不能。残る10機は追い縋るように急上昇し、こちらへと迫りつつあります。ベルカ方面へ逃げるにはこれらを突破しなければなりませんが、位置取りから見ても戦力から見ても、それは極めて可能性が低いという他ありません。
しかし何故か私は、その現実を前にして、不思議と思考回路が極めてクリアなことに気が付きました。通常であれば窮地に立てば立つほど、AIの電子回路は数多の可能性を検討し、それゆえに雑多な仮説に溺れるのに、です。どこか空っぽで、しかし清浄さを伴うその在り様は、人間で例えるなら『清々しく澄んだ心地』とすべきところでしょうか。不思議なことに、この窮地で私は満足を
《さて、ここまでかね。フォルカー、パラシュートの準備は大丈夫か?》
《な…何!?このまま逃げるのではないのか!?》
《この状況でどうやって。ベルカは敵編隊の向こう側だ。丸腰で突破できる訳ァねえだろ。機体捨てて逃げるんだよ》
《ば…ば、馬鹿な!馬鹿な!!そんなことは…!せめて『オーキャス14』…『ヴェパール』だけでも逃がすんだ!あの機体1機のために、どれだけのものがつぎ込まれたと思っているんだ!》
《球コロも緊急脱出くらいできるだろ。つべこべ言わず脱出の準備だ》
《ま、待て!待ってくれ!そんな、そんなことがあってはならない。あれは、あの機体は、私の…!!》
フォルカーとレフの言い合いを傍らに、私もまた脱出プロセスの確認に入ります。
レフの言う通り、球体の私でも緊急脱出は当然可能です。そもそも機体搭乗時に収まる円柱状のコントロールユニットにはパラシュートが内蔵されており、人間と同じくパラシュートで降下したのち、地表付近で私本体が放出されるように設計されているのです。骨折や負傷を危惧する必要も無く、海や水深の深い湖にさえ落ちなければ、生還の確率は人間より高いと言ってもいいでしょう。手足の如く扱える『ヴェパール』を失うのは惜しいですが、状況を省みれば止むを得ません。
脱出装置の正常動作を確認し、機体との別れを惜しむように張り巡らされた電子回路を一瞥したその刹那。
私は不意に、視界に何かが入り込むような錯覚を感じました。
…外部センサー展開。眼前には体勢を立て直した敵編隊が同高度に占位し、こちらの脱出を阻むべく立ちはだかっています。遠近様々の位置取りではあるものの、その機数は確かに11。改めて確かめるまでもなく、その数は――。
…11?
いえ、敵機は確か10機だった筈。差し込む疑念に電子系を見直し、私の意識は再び戦場へと向かいます。
拡大していたレーダーレンジを縮小し、広域へ。
眼前の敵編隊は10。しかしそのさらに後方から、新たに1機が急速に接近しつつあります。
敵味方識別は、友軍。ですが既存の機体を上回るこの速度は、――この感覚は、まさか。
《お待たせ。無事かしら、みなさん》
文節を区切るような、のんびりとした口調。それが句点を刻むのと、敵編隊の中心に視覚を圧する閃光が生じたのは同時でした。
一拍遅れ、空を揺らす衝撃波。そしてそれすらも振り切るように、轟音を帯びて頭上を通過してゆく一つの機影。先ほどまで敵編隊が集っていた空間にはいくつもの黒煙が漂い、戦闘機の破片らしき残骸が炎を宿しながら地上へ向けて墜ちていっています。
辛うじて空に在る機体は、わずかに2機。そのいずれもが機体に無数の擦過痕を刻み、既に満身創痍となっていました。
《あらあら、撃ち損じちゃった。残りはお願いね、『オーキャス6』》
《まったく、姉さんは狙いが大雑把過ぎる。一歩外せば今のは『オーキャス14』まで粉々だったぞ》
その声が収まると同時に、今度は生き残った敵機の一方が、突然爆発し炎に包まれました。視覚センサーの精度を上げよくよく観察を行えば、逃げ惑う『ラプターⅡ』の後方には淡く揺らぐ陽炎のような塊を見て取ることができます。
宵闇の帳を翻すように、不意に現れるミサイル1つ。それはまるで短刀で喉首を割くかのように、『ラプターⅡ』へと突き刺さり虚空へと散らしてゆきました。
高速の機影が見えてからここに至るまで、僅かに20秒。たったそれだけの間に、10機を数えていた敵編隊は、今やすべて残骸となりゲベートの地へと墜ちつつあります。この技量、あの声、そして機体の姿と能力。私は、これらを知っています。
《…………は?》
《周辺域にゼネラルリソースの機影無し。残存機の護衛に移行する》
《危なかったけど、間に合ったわねぇ。電子回路は大丈夫かしら、『オーキャス14』》
「『オーキャス1』お姉さま、『オーキャス6』お姉さま。救援いただき、大変感謝いたします。そして、お久しぶりです」
《…はあぁ!?ま、また球コロの親戚、だと…?》
《………そうだ。高速性能特化迎撃機『マルティム』を駆る『オーキャス1』と、ステルス機能特化戦闘機『バエル』の専用AIである『オーキャス6』。……『14』の姉妹機だ》
あんぐりと口を開くレフ、掌で顔を覆い、呻くように言葉を紡ぐフォルカー。それぞれの反応を通信ウィンドウの中に見せながら、二人を乗せた『デルフィナスE』は戸惑うように左右に微かに揺れています。
フォルカーの言う通り、あの2機はそれぞれの専門技術に特化した、私と同じ空戦用AI『オーキャス』シリーズに当たります。脱出をも覚悟した局面から一転、敬愛するお姉さまに救援を受けたことで、私は危うく座席のコントロールユニットから飛び上がりそうになりました。きっとこれが、人間の言う『嬉しい』という感情なのでしょう。エレクトロスフィアの記録映像で、ぴょんぴょんと楽しそうに飛び跳ねる子供を見たことがあります。
《先ほどから球コロ球コロと、風情の無いこの男は何だ。苦労しているようだな、『オーキャス14』》
《んな…!……ほうほう、球コロ一族はなんともアクが強い奴揃いみたいだな。前の『3』とはまた別ベクトルに生意気な奴じゃねえか…!》
《まあまあ、喧嘩はあとあと。ひとまず、一緒に帰りましょう。マスターも待ってるわ》
おっとりゆったりとした『1』お姉さまの声に、レフはふん、と鼻息を漏らします。どうやら『6』お姉さまとは相性が悪いらしく、いつもの頑固さがまた顔を覗かせたようでした。妹として同僚として、私は少し心配です。
激動するゲベートの大地を眼下に、4つの機影が西へと向かっていきます。背中に朝日を背負うその様はさながら太陽から逃げる敗軍のそれでしたが、私の電子回路は、特に『怒り』も『屈辱』も感じることはありませんでした。心のままに戦い、生き延び、さらにお姉様達と再会までできたのですから。
人間であれば浮き立つような心は、時として集中を疎かにします。
『ここまで成長していたとは。……やはり、
それゆえだったのでしょう。誰言うともなくぽつりと呟いたフォルカーのその言葉を、その時は特に気に留めることはありませんでした。
《各員、急な状況にも関わらずご苦労だった。極めて苦しい状況ながら、考えうる限り最大限の友軍を保護することに成功した。
この度の議会買収によるゲベート掌握、わが社の人員への不当な拘束、国際法違反の軍事行為。いずれも、ゼネラルリソースの不正は明白である。現在ニューコム上層部はUPEOへ働きかけ、ゲベート動乱に対する仲裁を図っている。予断を許さない情勢だが、各員には一層奮起を期待する。以上だ》