Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《ゼネラルリソースによる先日のゲベート制圧事件に係り、ニューコム上層部の要請によりNUN(新国際連合)が仲裁を図る運びとなった。事前通達ではNUN実働部隊のUPEOオーシア支部からエリソン・メイウェザー理事が専用機で来訪し、本日1300時にゲベート西部オルフル市でニューコム、ゼネラルの両代表団を交えた会議が開かれる予定である。
UPEO一行には護衛機も随伴するが、万一の事態に備えて当基地にも護衛機を随伴させるようUPEO側より依頼があった。そこで、ガレス隊ならびにキャンサー隊は1130時に『アヴァロン』を発進し、ベルカ北方の北海上空でUPEO編隊と合流。オルフル市まで随伴を実施せよ。随伴機にはゼネラルの機体も就くが、今回のUPEO介入にはゼネラルから相当な批判が出たとの情報もある。不慮の事態には十分に備えるように》


第15話 断裂

「…っていう訳だ。状況が状況だからドンパチやることは無いとは思うが、一応ゼネラルリソースの機体からは目を離すなよ」

 

 奥行6mほどの小さな部屋に、声とココアを啜る音が木霊する。

 部屋の中心には6人掛けの小さな机、そしてその上に乱雑に並んだ書類の束。眼前にはカールとフォルカーが座り、その間にはスフィアが半面を開けて、ディスプレイに表示したCGモデルで書類の方を覗き込んでいる。ごく規模の小さい協議などで用いられる小会議室は、たったこれだけの人数で満員に近い状態だった。機密性の高い命令を受けた都合上、カール達に伝達するために借りた密室ではあったが、これならば居室にでも集まって貰った方がまだましであっただろう。狭いと熱も籠りやすく、戦況への陰鬱な印象に拍車をかける。

 

 2039年7月末――すなわち先日のゲベート動乱から10日あまりが経過した頃。ゲベートにおける状況は、ここにきて大きく動き始めていた。

 ゲベート行政区内のNEU拠点に対する奇襲攻撃と、ゲベート‐ニューコム間における行政契約の電撃的な破棄。一夜にして生じたその混沌も1週間が経過する頃には鳴りを潜め、ゲベートは平穏を取り戻し始めつつあった。混乱の終息が些か早すぎるきらいもあるが、元より東方諸国の行政サービスを一手に担ってきた実績のあるゼネラルにとって、既存のノウハウを生かしたサービス網の構築はお手の物だったということなのだろう。

 

 印象的であったのが、報道で登場するゲベート区内の様子が、いずれもこれといった混乱も無く平穏そのものの姿を見せていたことであった。

 GRDFがNEUの軍事施設のみを狙い攻撃したことに対する安心感もその一因であろうし、行政サービスの委託を請け負ったゼネラルリソースがニューコム時代の現地採用職員や設備をそのまま流用していることも、早期に混乱が収まったことの要因と言えるだろう。民衆は急激な変化を嫌うものだが、今回のような『首を挿げ替えた』程度の緩やかな変化であればその分受け入れ易かったのに違いない。

 

 大損害を被ったニューコムの撤退、そして入植したゼネラルリソースの統治と、その下で平穏を取り戻すゲベートの人々。

 その光景をある意味当然なものと感じる反面、レフはそこに、どこか空漠とした虚しさを感じていた。

 いくら命を懸けて戦いゲベートを護っても、その住人の生活にとってはそれは何ら関係の無い話である。ゼネラルとニューコムという二大企業の間で絶えず行われる経済戦争も、一般市民にとってみれば市販品の価格競争と同程度の、どんぐりの背比べにしか映っていないのだろう。

 携帯端末のお得なプランへと乗り換えるように、行政サービスも防衛分野も、利益が少ないと断じれば弊履を捨てるようにもう一方へと移っていく。かつて国家が行政を行っていた時代とは異なり、今やその二者は『契約』という細い糸で結ばれただけの流動的な関係に過ぎないのである。

 

 俺たちは、一体何のために戦っているのだろうか。

 何のためにギャラハッド1――イングリットの部下や、これまで戦ってきたGRDFのパイロット達は命を落として来たのだろうか。

 そんな虚無感を、レフは抱かずにはいられなかった。

 

「にしても、UPEOが仲裁なんて珍しいっスね。しかも、ゼネラルの不利益になりそうな事態に」

「UPEOとしても方針を転換しつつあるのでしょう。私に記録されているデータでも、UPEO代表理事にガブリエル・W・クラークソン氏が就任した2037年から、UPEOの親ゼネラル路線が是正されていることが把握できます」

 

 頬杖をつき書類を眺めるカールに、くるりと回転したスフィアが応じる。隣のフォルカーはといえば、書類の一点を見据えたまま口を開く素振りも無い。

 

 カールの言葉には、一応の説明を要する。

 そもそもUPEOは国際機関であるNUNが所有する治安維持対策機構であり、平たく言えば中立的立場に立つ軍隊である。ところが、主体たるNUN自体はゼネラルリソース系企業の出身者が大半を占めた組織であり、UPEOもまた、親ゼネラル色の強い代行機関に過ぎなかった。ゼネラルとニューコムの紛争調停ではゼネラル有利の調停を下されることが大半であり、ニューコムは幾度となく苦汁を嘗めさせられてきたのである。ゼネラルは調停を傘に圧迫を強め、ニューコムは不公平を主張し反発するなど、戦端は収まるどころか拡大の一途を辿って行った。

 

 この状況が変化したのは、今から2年前の2037年にガブリエル・W・クラークソンという人物がUPEO理事に就任してからのことである。ガブリエルはゼネラル系列でないマスコミの出身であり、NUNのゼネラル派役員の圧迫を跳ねのけてUPEOの改革を断行。対話を旨として積極的な調停活動に乗り出し、かつ議論を重ねて公平な裁定を下すなど、UPEOの機能再建を果たしたのだ。一連の改革は概ねニューコムから好意的に見られる一方で、ゼネラル派からは『前時代的』と揶揄されるなど否定的な見方も強く、判断が分かれるというのが一般的な世評だった。

 

 今回のゲベートの事案でいえば、主題は『ゼネラルリソースによる一方的な現状変更』である。

 ゲベート行政区議会による正式な決定があったことは事実だが、内部情報によれば事前にゼネラルリソースから議員への贈賄や親ニューコム派議員の出席妨害などの不法行為があったとも噂されており、UPEOによる裁定がどのように下るかは予断を許さない。ニューコムにしてみれば一発逆転の目が残された反面、ゼネラル系列のマスコミからは既にクラークソン代表理事批判の報道が出始めており、少なくともゼネラルは今回の介入を歓迎していないことは確かであった。

 

「ともかく、今回の仲裁でゼネラルが不満を抱いていることは事実だ。連中が仕掛けて来る可能性はゼロじゃないってことだけは覚えておけ。他になければ、後で格納庫集合にする」

「了解っス。ちょっとやりかけの事務仕事があったんで、それ片づけてから行くっスね」

 

 書類に目を通し終えて内容を把握したのだろう、カールは席を立ち扉をくぐってゆく。スフィアもデータを入力し終えたらしく、既に書類の山からは目を離している様が見て取れた。もっとも実際の目は、CGモデルの目ではなく円い本体のどこかに付いているのだろうが。

 

「よし、んじゃここで解散にする。くれぐれも遅刻は…」

「レフ君」

 

 椅子を引き、腰を上げかけたその時、黙りこくっていたフォルカーがぽつりと口を開く。なんだ、と応じかけたレフは、しかしその表情に言葉を飲み込んだ。

 僅かにこけた頬。目は煌々と光を帯び、見据えた瞳は揺らぎながらもこちらを向いている。

 まるで熱病に浮かされた人間のような、それでいてどこか偏執的な空気を帯びた、迷いと執念を感じさせる瞳の色。常のフォルカーらしからぬ気配に不気味なものを覚えながら、レフは上げかけた腰を再び椅子へと下ろした。

 

「確認なんだが、今回はUPEOの理事が空路で来るんだな?」

「ああ」

「UPEOの護衛機や、GRDFの機体も?」

「そりゃな。仲裁が目的だから、お互いそこまでの規模にはならないだろうが」

「………ふむ」

 

 沈黙、数秒。

 フォルカーの目は再び落ち、身じろぎ一つなく一点を凝視する。真意の読めない質問、常態ならざる姿に覚えた不気味さは、耳に痛い沈黙とともに強さを増して来る。

 

「……今回の出撃だが、私は『ヴェパール』の方に乗ってもいいかな?」

「は?…別にいいが。無人機の『ヴェパール』の特性を殺すことになってもいいのか?」

「今回が空戦になる確率が低く、かつ『ヴェパール』を出せるのなら好都合だ。この前の改修でどの程度状態が変わったのか、一度体感しておきたくてね」

「…なるほど?」

 

 想定外のフォルカーの提案に、レフはためらいがちの肯定を口にする。

 『ヴェパール』に乗る理由としては、一応の筋は通っている。所属機の少ないル・トルゥーアならともかく、ここ『アヴァロン』では機体が潤沢にあるため、定例の哨戒任務で『ヴェパール』を出撃させることは少ないのである。『ヴェパール』には搭乗者用の座席もそのまま残っており、機体制御をスフィアが行うならばフォルカーが搭乗することは不可能ではない。

 

「では、そうさせて貰うよ。『オーキャス14』もいいな?」

「はい、私は構いません。戦闘機動は低下しますが、レフとカールの支援があれば十分かと」

「よし。時間を取らせて済まなかった、レフ君。では、また後に格納庫で」

 

 要件は全て話し終えたらしく、フォルカーが席を立ち、スフィアを抱えてドアの方へと向かっていく。

 レフは腰を下ろしたまま、最後にその背へ向けて口を開いた。

 

「体の調子が悪ければ、残ってていいんだぞ、フォルカー」

「………いや、何、大丈夫だ。むしろこれまでに無く気が昂っている。他の『オーキャス』を見たせいか…研究者の性だろうね」

「…程々にな」

「………ありがとう」

 

 こちらへ顔を向けることなく、背中で言葉を受けるフォルカー。それきり言葉を切ったまま、フォルカーはドアを開けて部屋を後にしていった。

 静寂の戻った白壁の部屋、仄かに残る熱と残響。ぬるくなったココアを飲み干し、レフは深くため息をついて椅子に深く腰掛ける。

 

 全貌定かならぬ無形の澱は、ため息をつくほどに心の底に積もってゆく。

 受けた重みを耐え兼ねたように、椅子の背もたれがぎしりと軋んだ。

 

******

 

《NEU『アヴァロン』基地所属、ガレス隊ならびにキャンサー隊、令達に随い到着しました。これより貴機の護衛に就きます》

《こちらUPEO理事専用機『ブルーバード』。貴隊の護衛に感謝する》

 

 通信を介する静かな声が、渦巻く風雨にかき消される。

 装甲キャノピーには、絶えず打ち付ける豪雨の嵐。一面を曇天に覆われた空は轟々と唸る暴風で機体を煽り続け、時折雲を割く稲妻が目を圧するように翼を照らしあげてゆく。眼下には白波が絶えず打ち上がり、空海のいずれも嵐の只中にある様が見て取れた。

 

 時刻にして、午前11時50分。ベルカ行政区北部アンファング北方、北海上空。

 主翼を青く染めたUPEOの要人専用機『ブルーバード』の右翼側へ機体を翻し、レフは荒れ狂う嵐の中へと自らの翼を踏み入れていった。

 

「これがUPEOの機体か…実物を見るのは初めてだな。()()()もくっついて来てる」

 

 『ブルーバード』を右側から眺めながら、レフは編隊の前後へと目を向ける。嵐の中、ニューコム、ゼネラル、そしてUPEOの機体が一堂に会するこの光景は、目下の情勢を踏まえれば奇異な光景といっていいだろう。

 

 配置を俯瞰すれば、編隊は大きな輪を描いている。

 UPEOのIl-96『ブルーバード』を中心に、編隊左翼はゼネラルから派遣されたF-22C『ラプターⅡ』とF-35AR『アドバンスドライトニング』が4機ずつ。『ブルーバード』の前方には先導と護衛を兼ねたUPEOの『タイフーンⅡ』4機が並び、不測の事態に備え万全の防備を敷いていた。

 

 そして、編隊の後方。レフが『妙なの』と評したのは、そこに付随する見慣れぬシルエットの2機であった。

 空が暗く明瞭には見え難いものの、主翼はUPEO主力機に準じた無尾翼デルタ。その後縁には浅くV字に切り欠きが入り、主翼の付け根からは尾翼が2枚、斜めに伸びている。機体の左右下部にはコンフォーマルタンクと思しき突起物も付属しており、外観はさながら育ちの良いエイのような印象を思わせた。

 EF2040F『テンペストADV』。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に表示されたその名を見る限り、おそらくは『タイフーンⅡ』の後継となる新型機であろう。記憶を辿れば、確か先行量産機が一部のUPEO実働部隊に配備され始めたと新聞で見た気がする。最後尾、それも編隊全体を見下ろせる後方上空に位置する辺り、外敵だけでなくこちらすらも監視しているのに違いない。両軍の機体を敢えて護衛に侍らせたことといい、『張り子の軍隊』と称するにはなかなかどうして、したたかな手腕であった。

 

 片やニューコム側はといえば、付随するのは7機。先行するガレス隊はR-099『フォルネウス』とR-101『デルフィナス』の混成部隊であり、ほぼ縦一列となって『ブルーバード』の右側に付随している。レフの『デルフィナスE』はその後方に就き、カールの『デルフィナス』、スフィアの『ヴェパール』と続く格好だった。出撃前のやりとりの通り、今日に限ってフォルカーはレフの『デルフィナスE』ではなく『ヴェパール』の操縦席に乗っており、その様子は通信用ディスプレイからでも確認することができる。

 

 ブリーフィングの際に聞いたところによると、この護衛部隊派遣に当たって、折衝の段階でひと悶着あったらしい。というのも、元々は『アヴァロン』からエース級の部隊を派遣するようUPEO側に打診していたのが、UPEO側が難色を示したため変更せざるを得なくなったというのである。

 UPEOにしてみれば、両勢力がエース級の部隊を投入して牽制しあうことで、無用な衝突を生む危険を避けたかったのであろう。なるべく無名の部隊を、という条件の下で派遣部隊に選ばれたのが、創設から日が浅いガレス隊と、外様の立ち位置にあるキャンサー隊だったという訳であった。

 

 本来ならばキャンサー隊の代わりにギャラハッド隊が参加するのが筋ではあるが、ギャラハッド隊は先のゲベート撤退戦で壊滅状態に陥り、肝心の部隊長であるイングリットも心身のケアが必要な状態にある。到底今回の出撃に耐えられるものではなく、キャンサー隊が代役に立たざるを得なかったのである。

 とはいえ、3機編隊のキャンサー隊が代役に立ったこともあり、GRDFが8機だというのにNEU側は計7機と、いかにも片手落ちの感が否めない。今回は『ヴェパール』が戦闘で役に立たないであろうことを考えると、実質的な戦力はより劣っていると言ってもいいだろう。

 

「たく、こんな時に限って『ヴェパール』に乗りたいなんてどういう積もりなんだか…ん?」

 

 戦力不足に呟いた愚痴一つ、誘われるように後方へ視線を向けて、不意に異変を感じたのはその時だった。

 編隊最後尾を飛ぶ『ヴェパール』の機体がわずかに右へ傾き、進行方向に対して左側へ向け機体の腹を向けるような体勢を取っていたのである。機位も数メートルではあるが上昇しており、編隊に対して不自然に高い位置へと機体を占位させつつあるのも見て取れた。正面の通信用モニターへと目を向ければ、小さなモニターの中ではフォルカーが忙しなく腕を伸ばし、コクピット内の機器を操作しているように見受けられる。

 まさか本当に妙な操作をした結果、風に煽られて体勢の維持に苦戦しているのではないか。

 

 いわんこっちゃない。

 そう口内に呟き、レフはスフィアへ向けて通信回線を開いた。ただでさえ癖の強い『ヴェパール』の制御は素人には不可能であり、こうなればスフィアの制御に任せる他ない。

 

 ――だが、偶然にも回線を開いたその刻は、幸か、それとも不幸か。

 口を開く前に飛び込んで来た声に、レフは心臓を跳ね上げることになった。

 

《システム・シレーヌ起動良好。出力安定。掌握まで残り25秒》

《そのまま続けろ。エレクトロスフィアとの通信阻害を最優先だ》

《通信シャットダウン。火器管制、機体制御掌握完了。電子系、生命維持系、掌握まで残り10秒》

《よし。…千載一遇の機会だ。今を機に、全てを進めることができる。他の『オーキャス』を凌駕し、他の主任達を見返し、父祖の誇りを取り戻すことができる…!!》

 

 機械的なスフィアの声に、怨念と妄執が交錯したフォルカーの声が入り混じる。充血した目を各部のモニターへ向け、憑かれたように言葉を紡ぐその様は、出撃前に感じた熱病のような雰囲気を連想させた。

 

 あいつは、フォルカーは何をしている。

 何を、()()()()()()()()

 

「…フォルカー?スフィア!?」

《掌握率100%。()()()()()、コンプリート》

 

 感情の萌芽を摘み取るような、機械的な冷たい声。

 過去の闇がぞくりと頭をもたげるのと、その瞬間に敵編隊に変化が生じたのは同時だった。

 

 轟、と機体を叩く突風、視界を幻惑する稲妻。瞬間、ゼネラル編隊の最後尾に位置するF-35ARが突如翼を翻し、機首をこちらへ向けて空対空ミサイル(AAM)を撃ち放って来たのである。位置にしてこちらの左斜め後方、ロックオンアラートこそないものの、至近弾の炸裂を受ければただでは済まない。

 

《なっ!?》

「カール、回避しろ!」

 

 右フットペダルを踏み、同時に左右へ操縦桿を引いて、『デルフィナスE』の機体を右ロールさせながら捻り上げる。後方ではカールも右下方へと旋回し、掠めた爆風を腹に受けて白煙を引く様が見て取れた。炸裂の破片を浴びた様子ではあるものの、致命的なダメージは受けていない。

 

 一体、何が起こっているのか。

 平衡を取り戻し、機体を左旋回させて後方を見やったその瞬間、レフは予想外の光景に凍り付いた。

 事態が呑み込めず、慌てたように散開するGRDF機とガレス隊。

 弾かれたように機速を上げ、殺到する『テンペストADV』。

 その殺意を背に受けながら、なおも『ブルーバード』に肉薄するF-35AR。

 

 ――そして、その下部に焔を灯す、鏃のようなミサイル4連。

 白煙を曳いたそれらは『ブルーバード』の巨体へと殺到し、次々と爆発。爆炎の中にIL-96の体は冗談のようにあっけなく砕け散り、いくつもの破片となって荒れ狂う北海へ向けて墜ちて行った。

 

 1分前の静寂が嘘のような、凄惨な雷雨の渦。波間に咲いた炎の大輪と、それを追うように機銃でめった刺しに貫かれ落ちてゆくF-35ARが、新たな嚆矢となって戦空の到来を告げている。

 

《あ…アーチャー4が『ブルーバード』を!》

《メイウェザー理事が…!誰か、脱出を見たか!?》

《馬鹿な…GRDF機、何をやっている!…何をしたか分かっているのか!!》

《知ったことか!こんなこと…!ニューコムの陰謀じゃないのか!?》

《馬鹿を言うな!俺たちがいつ手出ししたって言うんだ!》

《……トライデント各隊、続け。GRDFを排除する!》

 

 オープン回線に錯綜する怨恨と疑惑が鼓膜を苛み、最後の言葉が互いの断裂を告げる。

 F-35AR、上方へ急旋回。F-22Cは左右2機ずつに編隊を組み直し、インメルマンターンで正面から迫る『タイフーンⅡ』4機に応じる構えを見せる。後方上空を位置取る『テンペストADV』はそれぞれ散開し、後方と上空それぞれからゼネラル機の編隊を崩すべく大きく旋回し始めた。

 

 火線が交錯し、ミサイルとフレアが赤く曇天を染め上げる。

 幕引きのための円環はもはや散り、赤と黒、閃光で彩られた空の上には、ゼネラル機とUPEO機が描く血の巴だけが無数に描かれてゆく。もはや和平や調停の美句は見る影も無く、灰色の先には命を呑み込んでゆく底なしの闇だけが広がっているようだった。

 

 滲む汗を拭い、一度頬を平手で叩く。

 この事態を引き起こしたのが本当にフォルカーとスフィアなのか、今は定かではない。ともかくも今は、眼前の状況に対処するのが先決だった。現状ニューコムがUPEOと対立する道理は無く、一応の戦端が収まっている今、ゼネラルとむやみに事を構えるのも避けるのが道理ではある。しかし今ここでUPEO部隊の全滅を許せば、ゼネラルがニューコムに今回の一件を擦り付けて来る可能性も否定できない。

 だとすれば。

 今は自らの生存と、UPEO部隊の保護を優先する他ない。

 

《あわわわ…。ど、どどどどうするっスかレフ!この状況って…!》

「UPEO部隊に全滅されちゃ面倒だ。カール、付いてこい!ガレス1、念のため『アヴァロン』へ連絡を取って指示を仰げ!》

《りょ、了解!》

《レフ、私はどうすればよいですか?》

 

 戦闘に割って入るべく操縦桿を握りかけたところで、通信を介したスフィアの声にレフの手がぴくりと止まる。その声音こそ普段通りの響きを帯びているが、先ほどの無温の声音が脳裏を過ぎり、レフに指示を躊躇わさせた。

 ちらりと視線を走らせた通信ウィンドウの中には、正面を冷えた目で見据えるフォルカーの姿。じ、と彼方を凝視するその目に光は無く、曇天の戦場に勝るとも劣らない漆黒を宿している。

 ――こいつを、これ以上戦場に立たせる訳にはいかない。

 

「お前はここで待機だ。間違っても俺の指示なく勝手に動くな」

《了解しました、現空域を維持します。気を付けて下さいレフ、カール》

 

 機械。

 冷たい響きと暗い記憶を象徴するその単語を反射的に思い浮かべ、レフはそれを引き剥がすように力を込めて操縦桿を倒した。鋭い鋭角を描いて旋回する『デルフィナス』の鼻先では、既に2機の『タイフーンⅡ』を失ったUPEO編隊が各個に分断されている様が見て取れる。

 

《レフ航空技官!『アヴァロン』より通信、交戦を避け直ちに空域を離脱せよとの命令です!》

「こいつらを放って行けるか!俺たちが退路をこじ開ける。ガレス隊は敵の追撃を防いでくれ!」

《てっても間に合うかどうか…!…やばい、また1機喰われるっス!》

 

 爆炎の華が虚空を照らし、主翼を中ほどから砕かれた『タイフーンⅡ』が錐揉みを描きながら北海の中へと消えてゆく。

 これで、UPEO機の残機は『テンペストADV』2機に『タイフーンⅡ』が1機。対するゼネラル側はF-35ARのうち1機が被弾で後退した程度であり、被害はほとんど生じていない。機体性能はともかくとして、実戦経験に乏しいUPEOとゼネラルの実力部隊であるGRDFでは、技量の差は明らかだった。このままでは数分を待たずして、UPEO機は全滅してしまう。

 

「UPEOの機体!今から敵編隊に穴を開ける。そこを突いて突破しろ!」

《…ニューコムの『デルフィナス』…!?》

 

 驚いたようなパイロットの声を尻目にレフは素早く状況を探り目を奔らせる。

 ゼネラル機の包囲に対し、こちらは斜めやや上空。単機となりばらばらに旋回するUPEO機を中心とし、ゼネラル機は左右方向を抑えるように旋回しながら制圧射撃を浴びせかけている。位置はこちらから見て0時正面に1機、下方にも1機。11時には『アドバンスドライトニング』が2機ひと塊となり、その更に向こう側には遊軍となった『ラプターⅡ』が『テンペストADV』の横合いから襲い掛かっている。

 

 敵味方のほとんどが単機となり、入り乱れる乱戦模様。

 不規則な動点の軌跡を見定めるように、レフは目を見開いて懸命にその機動を探ってゆく。

 『テンペスト』が右へ旋回する。

 右後方から『ラプターⅡ』1機。機銃で回避線を塞ぎ、『テンペスト』の右翼に弾痕が穿たれてゆく。

 さらに直上から1機。側方から割って入る『タイフーンⅡ』を避け、機銃とAAMを乱射しながら肉薄してゆく。

 炸裂2連。

 爆風で『テンペスト』と『タイフーン』の機動が鈍る。

 背にF-22Cが迫る。

 F-35ARが2機、大きく回り込む。

 『テンペスト』左旋回。

 先のF-35と旋回の軌跡が相対する。

 ――今。

 

「そこだ!!」

 

 距離、1200。

 短距離AAMの射程外にも構わず、レフはその一瞬を捉えてAAMを4発撃ち放った。右後方のカールも慌ててAAMを撃ち、都合8発のAAMが放射状にF-35ARの背中を指して殺到してゆく。

 いくらロックオンされていないといえども、飛来するミサイルアラートは人間を怯ませる。

 旋回を止め上下に切り返したF-35の間を割き、飛来したAAMは次々と擦過して炸裂してゆく。瞬間、上下へ開いたF-35と、流れ弾を避けるため機首を上げたF-22Cの間に、ぽっかりと空隙が生じた。

 

「行け!」

《…恩に着る!》

 

 爆炎を割き、焔を背に受ける鏃のような3つの機影。

 包囲を抜け西へと抜ける『テンペスト』と『タイフーン』。それらと真正面からすれ違ったレフとカールの『デルフィナス』は、当然の帰結としてゼネラル機の包囲の只中へと突入してゆく。

 

《…で、俺たちはどうするんスかここから!?》

「速度を落とすな!このまま抜けるぞ!」

《抜けるってどっちに!》

「下以外あるか!海面スレスレで引き起こす!」

《……嘘でしょおぉぉぉ!?》

 

 耳を苛むロックオンアラート、胸を脅かす接近警報、そしてその合間に響くカールの悲鳴。

 敵の射線ごとそれらを振り切るように、レフは加速のフットペダルを踏んだまま右へロールして、左右の操縦桿を引き上げる背面旋回に入った。上下逆転した視界は一瞬にして海を向き、速度を得た『デルフィナス』は瞬く間に海面へと接近してゆく。

 

 前方、海。

 降下角は45°程度のはずだが、高速で迫る今となっては垂直降下にも等しく見える。

 高度計が2000を、1500を割る。

 脚を踏ん張り、必死の力で操縦桿を引き続ける。フライ・バイ・ワイヤに大きな力は不要ではあるが、それでも眼前に海という死が迫る今は力を入れずにいられない。

 

《…!後ろ、2機!》

「構うな!死ぬ気で操縦桿引けぇぇぇ!!」

 

 後方――すなわち上空、F-22Cが2機。追撃に放たれたAAMが、レーダー上で見る見る距離を詰めて来る。

 前方に水面。

 後方にミサイル。

 横方向への旋回は、もはや間に合わない。

 高度、1000。700、500。

 ――300。

 

「上がれ!『デルフィナス』!!」

 

 乾坤の声を叫んだ瞬間、開ける視界。離陸直後のように翼が揚力を得て、重力が下腹部に集う感覚。

 瞬間、レフの『デルフィナスE』は前言通りに海面を掠め、翼を翻し宙を舞った。後方では同じく平衡を取り戻したカールの『デルフィナス』が並び、その後方でAAMが海面に突き刺さり炸裂の水柱を上げてゆくのも見て取れる。背を追っていた2機の『ラプターⅡ』は高度1000ほどで引き揚げたらしく、なおも頭上を押さえてこちらを追尾する気配を見せていた。

 

「こうなりゃこっちのもんだ。ガレス1、退路確保頼む!」

《凄い…。了解。ガレス隊、弾幕を張ります!》

 

 西に控えていたガレス隊の4機から声が返った一瞬後、頭上をいくつもの筋が通り過ぎてゆく。それらはゼネラル編隊の針路に正面から交差し、炸裂の炎を咲かせてその眼前を塞いでいった。こちらの背を捉えていた2機の『ラプターⅡ』も爆炎に針路を阻まれ、回避行動で速度を落としている。

 

 後方監視ディスプレイで敵の挙動を見定めて、レフはフットペダルを再び踏み込んで速度を上げていった。元より『ラプターⅡ』と比べて『デルフィナス』は加速性能で勝っており、先んじて加速さえしてしまえば容易に追いつかれることはない。UPEOの『タイフーンⅡ』や『テンペストADV』も、デルタ翼機である以上加速性能は平均以上と見ていいだろう。ゼネラルのF-104X『スターファイターⅡ』でも出てこなければ、このまま逃げおおせるのは十分に可能だった。

 

 追撃を諦めたのか、後方に遠のいていく反応を確かめ、レフは操縦桿を引いて高度を上げてゆく。頭上にガレス隊とUPEO機、そして『ヴェパール』の姿を認めて、レフはそれらの横へと機体を並べていった。

 

《青い『槍型』の『デルフィナス』か…。ありがとう。改めて礼を言うよ》

「何、気にすんな……『槍型』?」

《斜めに切り欠いた青い尾翼の塗装。槍の穂先と思ったが、違うのかい?》

「いや…まあ、何でもいいが」

 

 予想外に好意的な『テンペスト』のパイロットの声に、きまり悪そうに頬を掻くレフ。感謝されるのは別段構わないのが、その発端を考えると無邪気に受け取れる訳もない。適当な所でUPEO機との通信をカールに引継ぎ、レフはわずかに加速して、()()の横へと並んだ。

 

 後方へ長く伸びた尾を思わせるセンサー類に、背びれのような上部の突起、海獣のように膨らんだ下部。すっかり見慣れた姿のはずの『ヴェパール』は、今は暴風の空を背負い、不気味な鈍色に染まっている。その身に宿す得体の知れない力と相まって、今のその姿は深海に潜む醜怪な獣のようにも見えた。

 

 HMDから通信機の周波数操作コマンドを開き、個別回線を選択して通信を開く。

 線なき声を向ける先は、言うまでも無く傍らを飛ぶ『ヴェパール』。

 

「…どういう積りだ、フォルカー」

《何の事かな?》

「しらばっくれんな。聞こえてたんだよ。システム何とかだのハッキングだのと言って、お前と球コロがゼネラルの機体を乗っ取るのを。…お前は何をした。お前は、何をしようとしているんだ」

《………私は発端を作っただけさ。必然と意志に今日の偶然を織り交ぜて、私の望みへと導くための》

「…言葉には気を付けろよ。後で殴り倒してでも、てめぇには全部吐いて貰う」

《当然だ。君には私を殴る道理も、全てを知る権利もある。そして私には、それを超えて前に進む覚悟がある》

 

 望み。覚悟。

 その言葉を聞き終えて、レフは返答を送ることなく通信を切った。スフィア機を示す通信ウインドウにはノイズが走り、砂嵐の中には怒りと屈辱で歪んだ自らの顔が反射している。

 

 フォルカーに利用された。嘘の言葉で言いくるめられ、取り返しのつかない事態の片棒を担がされた。その現実は、どれだけフォルカーを殴っても収まらないほどに腹立たしい。

 しかし、それ以上に憤ろしくまた悲しいのは、信じかけていた『機械』――スフィアに裏切られたことだった。唯々諾々とフォルカーの命令に従い、冷たい声音で人を殺す。無感情で冷徹なあの時の在り様は、『機械とは恐ろしいもの』という拭い難い認識を、否応なしに思い起こさせた。スフィアに感情の萌芽を感じ、自分なりに歩み寄り始めていた矢先の出来事だけに、裏切られたという思いは胸の痛みとなって澱のように染みついてゆく。

 

 砕かれた和の断片のような群れが、西を指して飛んでゆく。

 曇天には断裂を物語るような稲妻が一筋、閃光とともに鳴り響いていた。

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