Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《本日1800時より、ベルカ行政区から大規模輸送機編隊が離陸を開始する。昨今のUPEOとゼネラルリソースの衝突に係り、オーレッドのUPEOへ物資を補給するものである。
オーシア領内のGRDFによる迎撃を防ぐため、編隊はスーデントール西部を通過、通称『円卓』を横切ってサピン行政区へ至る経路を取る。諸君は『円卓』へ先行し、制空権の確保に努めて貰いたい。
地理的な条件上、ウスティオおよびレクタに駐留するGRDF機が押し寄せる可能性がある。担当各位は、十分に警戒しつつ任務に当たれ。以上だ》


第17話 克己の地(前) -The Round Table in 2039‐

 深まる夏空の蒼が、澄み抜けるように頭上に広がっている。

 眼下には、神々の手で以て無造作に彫り刻まれたような荒々しい山脈。地を縦横に走る浅深(せんじん)の山谷は、僅かな緑を帯びながら高く切り立ってゆき、まるで翼を導くように南の大地へと連なってゆく。

 

 左右に侍る翼を背に、南走する山脈へと影を落とす機影は10。空行く雁を思わせる編隊の最右翼には、尾翼を前端へ向けて切り欠くように青く染めたレフのR-101FR『デルフィナスE』も連なり、その更に外縁にはカールの『デルフィナス』も同様に翼を並べている。本来ならばその後方に随行すべきスフィアの『ヴェパール』は、今は空のどこにも見て取ることはできない。

 発端は、先日フォルカーの策謀によって引き起こされたゼネラルとUPEOの和平崩壊である。フォルカーの真意を知り、その末の拳も交えた衝突の結果、レフはフォルカーの同行禁止と、『ヴェパール』の封印を決断したのだった。

 フォルカーの目的は純粋に自らの誇りと探求心の為であり、ひいてはニューコムにとっても不利益ではないものとも言えるが、そんな個人の目的のために新たな戦争を生み出すという『手段』は、レフには到底肯定できるものではない。一層の暴走の可能性もあるフォルカーと、それを可能にする力を持つ『ヴェパール』を前線から引き離すことは、いわばレフにとって当然の決断でもあった。

 

 もっとも、本来であれば『ヴェパール』の制御AIであるスフィアはといえば、カールの懸命の陳情によって封印には至らず、レフの『デルフィナスE』の後席に収まっている。機械に対する新たな不信は今なお拭い難いものの、『機械は扱う者の心次第』と訴えるカールの言葉、そして成長を見せるスフィアの姿に、レフも折れた格好だった。当然操縦は自分自身であり、スフィアはあくまで索敵などのシステム補助を担う形で役割を分担している。スフィアの本来の機能を制限した形ではあるが、フォルカーの横やりさえなければ暴走することは無いだろうという推測は、レフもこれまでの経緯から十分に理解はしていた。要は、手綱をしっかり握ってさえいればいいのだ。

 

 とはいえ、それでも色々と勝手が違うのは確かではあるが。

 

「レフ、交戦空域まであと6分です。空域には既に両軍合わせ30機以上が展開中とのこと」

「こっちでも広域レーダーで確認してる」

「空域には低気圧も侵入しつつあります。雲量増加中」

「ほー」

「それと、今日は新月です。夜間戦闘となった場合、ディスプレイの光量補正が必要になります」

「…フォルカーはもうちょっと静かだったぞ」

「レフ、レフ」

「……今度は何だ」

「高度400ほど下方を隼が飛んでいます。航空機にも隼の名を冠するものは多いですが、人間はやはり鳥類に憧れるのでしょうか?」

「………」

 

 『頼むから少し黙っててくれ』。呆れ交じりに向けた声に、通信ディスプレイの中のスフィアは横髪をしゅんと下げて、まさに人間が悄然としたような仕草を取る。いや、じっとCGモデルの目線を下に向けているのは、まさか隼を『デルフィナスE』のカメラポッドで追っているのか。

 

 レフにとって困ったことに、後席のスフィアは万事この調子なのである。周囲のあらゆるものに興味を示し絶えず口を開くその様は、後席に5歳児でも乗せているような気分になる。何より気ままに紡がれるその中に、時折重要な情報が混じっているのが始末が悪かった。確かに歩み寄る、相互理解する姿勢を認めはしたものの、些か方向性が迷走しつつあることは否定できない。

 

 ともかくもスフィアの口に蓋をして、レフは広域レーダーに表示された空戦空域へと目を戻した。高度3000を中心とした高低差おおむね1000ほどの領域には、スフィアの言う通り敵味方の識別を持つ鏃が数十、入り乱れ乱舞する乱戦模様の様相が見て取れる。これまで見たことのない規模の空戦、そしてその様相に相応しい古戦場の名に、レフは知らず操縦桿の手に力を込めた。

 

 旧ベルカ‐ウスティオ国境を中心とした、直径400㎞にもわたる広大な山岳地帯。古くは騎士の時代から、直近では29年前の東方戦争に至るまで、オーシア東方における大会戦の舞台となった血濡れの闘技場。

 『円卓』。階級も国籍も無く、従って上座も下座も無いその戦場を、人々は古くからそう呼んだ。

 大国に跨る街道に近いという地理的条件、そして近代以降においては豊富な地下資源を有するという地質学的条件から、この(まどか)の台地は数多の血を吸う争覇の舞台と化したのである。事例を挙げれば、1995年のベルカ戦争では、『円卓』の地下資源を巡るベルカとオーシアの領土争いが根底の一角にある。多くの国に跨るという特性上、2010年の東方戦争では補給路を巡る攻防戦が展開され、サピン軍とウスティオ・レクタ連合軍が入り乱れる血で血を洗う壮絶な消耗戦も行われたという。

 

 『円卓』の持つそれらの特性と、今回のレフ達の派遣もまた無関係ではない。

 地図を俯瞰すると、『円卓』はちょうどゼネラル経済圏のウスティオと、ニューコム経済圏のベルカの間に横たわっている。ウスティオの南にはニューコム側であるサピンが連なり、西のオーレッド湾を挟んでオーシア首都のオーレッドが対岸に当たる形となる。ベルカ国境やオーレッド湾の西側は全て大国オーシアの領土となることは言うまでもない。

 

 ところが、ここで厄介な点が一つある。前述の通りオーシア東方諸国はいずれも旧来の国家単位がそのままゼネラル、ないしニューコムの経済圏に収まっているのだが、殊オーシアに関しては国内の各州がそれぞれ独自に、二大勢力のいずれかを選択しているという違いがあるのである。言うなればオーシアという国家こそ残っているものの、その内実はゼネラル・ニューコム各経済圏の州がマーブル模様に蚕食された歪な連合国家へと変貌していると評した方が正鵠を得ているだろう。実質的にオーシアは二分されたに等しく、往時の威勢はもはや地を払ってしまっていた。

 おおよその傾向としては、経済規模の小さい州や農業が産業の主体であった州はゼネラル経済圏、各地の経済の中核ともいえる工業を中心とした州はニューコム経済圏に該当することが多い。経済的な衰退が早い州がゼネラルへ、それが緩やかだった州がニューコムへと流れた点は、東方諸国と変わりはない。わずかにオーシア首都のオーレッドやオーレッド湾、ノースオーシア州などはUPEO管轄の下オーシア政府が所管しており、旧来のオーシアとしての機能を維持する数少ない場所となっていた。

 

 問題はここからである。

 ゼネラルリソースとUPEOとの戦端が開かれたことに伴い、当然ながらゼネラルはUPEOへの機材提供を停止した。国際機関であるUPEOは独自の生産拠点をオーシア内に持っておらず、UPEOは日を待たずして立ち枯れになりかねない憂き目に遭ったのである。元より両企業の非武力仲裁を専一としてゲベートへ介入していた以上、徹底抗戦を続けるだけの備蓄があるはずもなく、生産設備のある本拠ユージア大陸から輸送するにはあまりにも時間の余裕が無い。

 そこで今回UPEOが企図したのが、ゼネラルと対峙するニューコムを通じた物資供給であった。すなわちニューコム経済圏最大の工業都市を有するベルカからUPEO管轄地域であるノースオーシア州、次いでサピンを経由し、オーレッドまで直接物資を空輸するという作戦である。最短、最速が求められることから、その経路にはウスティオ北部の『円卓』を突っ切るルートが選択されていた。

 無論GRDF機の迎撃が予測される以上、輸送機だけで『円卓』を通過させる道理は無い。輸送機編隊が『円卓』を突破するまでに制空権を盤石のものとするため、ひと悶着を終えた後のレフ達もまた駆り出されたというのが、今回の出撃の背景であった。

 

「曇ってきたな」

《スフィアちゃんの言う通り、低気圧が張り出してきたみたいっスね。山間にも雲が出て来て、ちょっと危なそうっス》

 

 『円卓』へ近づくのに従い、頭上を雲が覆い始める。カールの言葉を受けて下へと目を向ければ、連なる山の稜線にも薄雲がベールのように纏いつつあった。今はまだ雲に隠れた山肌もうっすらと見通せるが、これ以上雲が濃くなれば回避運動の目測を誤って山に衝突する可能性も無いとは言えなくなるだろう。必然的に、空戦も高度3000付近の限られた空間で行うことになる。

 

 飛ぶこと、数分。濃くなる一方の雲の間、そこに描かれる額縁の中のような空は、想像に過たぬ乱戦の様相を見せていた。

 

《こんなにも、空が狭いなんて…》

「敵も味方も、なんつー数だ。ニューコムに入ってこのかた、こんな規模の空戦は見たことねぇ」

「識別信号、NEU21、GRDFが26。周辺空域にも接近する両軍の機影が確認できます」

 

 迫る天。

 凪のごとく雲に覆われた大地。

 わずか1000ほどの高低差しかないその空間に、無数の機影が弧を描いている。

 横合いに巴を描き、輪を突き破り、閃光と轟音と衝撃波を打ち放って、数多の翼が馳せ違っては炎に包まれてゆく。おおよそ現代戦の概念から遠いその姿は、さながら馬上槍を穿ちあう中世の戦場がそのまま空に顕現したかのようだった。

 

《輸送機の空域侵入まで時間が無い。各隊、定刻までにGRDFを排除せよ》

 

 隊長機である『トリスタン』の指示を受け、『アヴァロン』から同行してきた友軍機が散開しながら戦場へと舞い降りてゆく。翼端に航跡を引いたそれらは戦場に浮かぶ数多の輪の一つへと溶け込んでゆき、やがてその位置の判別すら分からなくなるほどに、戦場の一部へと化していった。

 

《レフ、俺たちも!》

「まぁ待て。遮二無二突っ込んで行っても尻尾の噛み合いに巻き込まれるのがオチだ。おやっさん曰く、重要なのは『観る』こと、っと」

 

 柄になく焦るカールの声を脇にどけ、レフは操縦桿を引いて頭上の雲の中へと機体を滑り込ませる。訳も分からぬまま後方に続くカールを引き連れ、青い鏃を模した『デルフィナスE』は下腹部を雲の下へと覗かせながら、その身を白い海へと漂わせた。

 

「球コロ、カメラポッドの画像をこっちに回せ。網膜リンク省略、下方90°固定でいい」

《了解しました》

 

 目の前を無形の白が漂う。

 装甲キャノピー越しに、ばちばちと水滴が爆ぜる。

 音圧から感じる速度を耳に留め、レフは自動補正で水滴を排除したディスプレイの脇に下方監視モニターを表示させた。強行偵察機である『デルフィナスE』は機首下方に半球型カメラポッドを装備しており、水平を保ったままで真下の状況を捉えることも可能という強みがある。

 

 操縦桿を握ったまま、レフは雲の中から下方の状況へ目を奔らせる。

 どれを狙う。

 横合いに格闘戦を組むF-22C『ラプターⅡ』。

 下層域の雲上を誘うように逃げるF-15S/MT『イーグルプラス』。

 その背を狙う『フォルネウス』に、待ち構えていたように追撃を仕掛けるF-15CX『スーパーイーグル』。

 トリスタン隊の『デルフィナス』に追われ、身を捩って懸命に回避するF-35AR『アドバンスドライトニング』。

 

 獲物を狙う猛禽のように、あるいは物陰から目を光らせる抜け目ない狙撃手のように、レフは視覚へ神経を集中する。奥に痛みを覚えるほどに見据えた目は、やがてその中心にある一団を捉えた。

 

 高度にしてわずか200ほど下方、東から空域に侵入した8つの機影。高度と機位を見る限り、おそらくは戦場に到着したばかりのゼネラル側の増援と見ていいだろう。4機のF-15S/MTを先頭とし、同数のF-22Cが連なるその編隊は、まるで得物を探すように機体を斜めに傾けて飛行している。すなわち、上方への警戒は疎かになっていると考えていい。

 

 距離、彼我の位置、そして心の隙。狙いを定めるのに、これ以上の獲物は無い。

 

「データリンク。目標C集団、1から8を狙う。付いてこい、『センチネル』!」

《ちょ、待っ!》

 

 左の操縦桿を手前へ、右の操縦桿を奥へ。捻るように機体を左下方へロールさせ、レフの『デルフィナスE』はベールを脱ぐように雲の底から姿を露にした。敵の死角となる斜め後方上空から、対地角度45°の急降下を描いて、青尾の機体は槍のように標的目掛けて疾駆してゆく。

 

 高度計が見る見る数字を削る。

 天秤の支点を経たように、速度は反比例して増してゆく。

 獲物を見定めたらしい先頭のF-15S/MTが、機体を右へと翻す。

 迫る。

 真っ逆さまのような視界の中、雲が、戦場が、敵機が見る間に迫る。

 機械の眼が、致命(ロックオン)を告げる。

 今。

 

「貰ったァ!」

 

 咆哮とともに、翼に閃く烽火は左右2連4発。加速を乗せた4つの鏃は航跡を描き、屈曲しながらそれぞれの目標目掛けて飛翔してゆく。

 轟、という擦過の衝撃を駆け抜けて、背に感じる衝撃は4つ。

 頭上に生じた爆炎を振り返ると、黒煙に包まれた機影が4つ、さらにカールの追撃に穿たれた機体の残骸が2機分、それぞれ炎を纏い墜ちてゆく様が見て取れた。

 

《やりぃ!成功っスね!》

「はっはっは!のっけから大物食い(ジャイアントキリング)とはついてるぜ!」

《…!?こ、こちら増援の『ターミガン7』!雲から出て来た奴に…6機が一瞬でやられた!》

《気を付けろ!穂先みたいな青い尾翼…『青槍(ランサー)』の塗装の機体だ!》

「『キャンサー』だ!!」

 

 戦場の間隙を縫い、機体を立て直しながらレフは抗弁を口にする。乱戦の中、無数の通信が交錯する中では肝心の発信者に届く道理も無く、訂正を求めた声はそのまま空へと消えていった。

 『円卓』は鉱物資源を豊富に含む地であり、それらが持つ磁場は時として通信装置に干渉することがある。それゆえか周辺地域と比べて『円卓』は混線が多発する空域として古くから知られており、2039年の現在でもその特性は変わることなく続いていた。けして歓迎できる現象ではないが、最新の電子装備を以てしても完全には防ぎきれないとあっては仕方がない。

 

 横合いから走る火線を咄嗟に回避する。衝突警報に操縦桿を引き、ミサイルの流れ弾に当たらないよう機体を旋回させる。上空から俯瞰するのと違い、乱戦の巷から標的を見つけ出すのは何とも難度が高い。

 上、左右、斜め後方。

 できる限りの範囲で視界を巡らし、付け入るべき空隙を探り続ける。

 回避を兼ねて方向舵を左へ切り、その鼻先を探るべく頭を上げる。

 巡らせた、視界の端。そこにちらりと映った影に、不意に違和感を覚えたのはその時だった。

 

「ん?」

 

 『デルフィナス』とも『フォルネウス』とも異なる、特異な形状の友軍機が『ラプターⅡ』に追われている。アヒルの嘴のような丹平な機首は『フォルネウス』に似ているが、主翼は小さくも断面積の大きなデルタ翼に改められており、全長に対して不自然に小さなその比率はむしろ『オルシナス』や『レモラ』に近い。どうやらエンジンもより大型のものに改められているのか、機体の後部は『フォルネウス』より大きく丸みを帯びた形状にもなっていた。

 他のどの機種にも類さない姿――そのはずだが、あの形状はどこかで見たことがある。

 脳裏に引っかかったその違和感は、朧ながらも確かなもの。その正体は間を置かずして入った、女を模した声によって明らかとなった。

 

《あらー、困ったわ。『マルティム』の旋回性能じゃあ、『ラプター』は振り切れないわね》

「…お姉さま?『オーキャス1』お姉さまですか?」

《あら、あらあら。『14』ちゃんじゃない。元気にしてた?…あら?『ヴェパール』はどうしたのかしら?》

「詳しいお話は後程に。レフ、今はお姉さまを助けましょう。幸い、敵機はお姉さまの『マルティム』に夢中で周囲への注意が散漫になっています」

 

 短剣を思わせる機体の鋭いフォルムと、その姿と裏腹なおっとりとした声音。呼びかけたスフィアが語る名前と、それに応える女の声の様子。目と耳にしたそれらの様は、過たずレフにゲベートの空を想起させた。

 確か、ゲベートが電撃的にゼネラル経済圏へと移行した際の国境線付近における戦闘。『キャンサー隊』が離脱する友軍の支援のために奮闘していた折、救援に駆け付けたうちの1機が、確かあの機体では無かったか。あの時は高速性能を活かしてゼネラル編隊へ奇襲を仕掛け瞬く間に殲滅していたが、左右旋回を交えた回避行動を強いられる今はその性能を十二分に発揮できていないらしい。後方を追う『ラプターⅡ』は明らかに眼前の『マルティム』に専心しており、レフの目から見ても絶好の獲物に見えた。

 

「球コロ姉!聞こえてたら4秒後に右へ旋回しろ!『センチネル』、右から回り込むぞ!」

《了解っス!お姉ちゃん助けて好感度アップっスね!》

「やっぱ黙ってろお前!」

 

 軽口一つ、レフは右の操縦桿を手前へ引き、『デルフィナスE』を地面へ垂直に倒しながら右方向へ旋回した。左手側から大きく弧を描く『マルティム』へと腹を向け、2機の『デルフィナス』は右側へと迂回しながら攻撃点を指し泳いでゆく。

 2。

 1。

 心の中でタイミングを数える。攻撃針路は直交、彼我の速度を考えると攻撃時間はコンマ数秒しかない。

 

「『マルティム』、右旋回!」

 

 スフィアの声が刻を告げたその瞬間、レフは機体を瞬時に左ロールさせ、同時に両の操縦桿を手前へと引いた。右旋回を描いていた『デルフィナスE』は上から見れば逆S字を描くように踵を返し、右旋回で回避行動に入る『マルティム』の側方へと乗り出してゆく。

 眼前には、左へと横切る『マルティム』。

 そして同じく旋回し、その背を追う『ラプターⅡ』。

 照準の中心を横切る、ゼネラルリソースのエンブレムを刻んだ灰色の菱形翼――。

 

《そこっスよ!》

 

 引き金と同時に放たれた、二筋の曳光弾。

 それらは上下を穿つ鎖となり、『ラプターⅡ』の両主翼を抉るように斬り飛ばした。左右の主翼を失った黒鉄の猛禽は均衡を失い、錐のように螺旋を描いて雲間に沈む山脈へと吸い込まれてゆく。

 集音センサーが拾うのは、下方より響く鈍い轟音一つ。

 その源を探ることなく、レフは操縦桿を引いて機体を立て直し、追撃から解かれた『マルティム』の横へと並んだ。

 

《ありがとう、助かったわぁ『14』ちゃん。その『デルフィナスE』の中なのね?》

「姉妹の挨拶は後回しにしろ。お前もスフィアと同じAIだろう?お前一人なのか?」

《あー、あなたが『14』ちゃんのマスターさんなのね?『3』ちゃんからも聞いてたわ。ごめんなさいね、この間はご挨拶もできなくって》

「調子狂うな…。この通り、のんびり話してる暇も無い。空戦しながら聞かせ…ちっ!」

 

 頭上、ミサイル2発。

 緩みそうな緊張の糸を結び直し、レフは咄嗟に操縦桿を手前に引いて機体を急上昇させた。視界の端をミサイルが掠め、擦過する曳光弾の向こうを2機のF-35が通り過ぎてゆく。敵はそのまま降下の加速を活かして低空域へと離脱しており、追撃するには少々厳しい。その進路を探るべくちらりと探った後方では、カールの『デルフィナス』と『マルティム』も同様に上昇しながら追随してきている。

 

《そうそう、私のマスターだけど、実は少し前に死んでしまったの。研究員さんごと、爆撃に巻き込まれてね》

「え…!?お姉さまのマスターが、ですか?」

《そう。それで、困ってたところをね。ちょうど『6』ちゃんのマスターさんが同じ基地にいたから、臨時でマスターさんとして登録させて貰ったのよ。今日も一緒だったのだけど…》

「乱戦ではぐれた、か。どこだ、お前のマスターは。こちとらいつまでも迷子を連れ歩く気もねぇ」

《ええと…あ、いたいた。あそこね。高度2800付近、ポイントT-4。…あら、あらあら。いけないわ、囲まれているみたい》

「やれやれ。今日の役回りはこんなんばっかしかよ。…行くぞ。さっきと同様、頭上から一突きにしてやる」

 

 左右に、前に飛び交う火線と、その合間を縫うゆっくりとした『オーキャス1』の声。こんなのを二人同時に相手にしなければならないマスターに同情しながら、レフは斜め上からの曳光弾を右翼にいなすと同時に、右操縦桿を奥へ押して旋回降下に入った。重力加速度に推力を加算して、加速性能に優れる『デルフィナスE』は見る間に速度を帯びてゆく。鼻先は、『オーキャス1』が示した地点の機体。正面画像を拡大すれば、友軍の反応を示す2機の機体が、四方に分散した4機に囲まれているようにも見える。

 

 円卓。

 数多のエースが、死なざる者が集う(まどか)の戦場。

 狭まる距離が情報を捉え、HMDに迫る敵機の詳細を刻み始めたその時。レフは反射的にその不文の摂理と、ぞくりと背筋が粟立つような悪寒を覚えていた。

 

 機種、F-35AR『アドバンスドライトニング』。左翼の中ほどに、黒地の四連三日月の塗装。

 部隊識別コード――『ハルヴ』。

 

《あいつら…確か、『アヴァロン』を急襲した飛行隊!》

《あ、そうそう、あの敵機。あっという間にマスターとの連携を分断されて、あれよあれよと離れていってしまったのよねぇ》

「ち…!このまま突っ込むぞ!目標、最左翼のマーカーB!」

 

 ハルヴ隊――ゲベート国境付近の戦闘でいいように翻弄され、レフに敗北の味を植え付けたGRDFの航空部隊。かつてのレクタ空軍エース部隊の名を継ぎ、三日月のエンブレムを刻んだ4機のF-35AR。

 あらゆる手を潰され、憤懣と恐怖を刻み込んだその姿を前に、フットペダルを踏む力がわずかに緩む。

 ――エースが何だ。あの時とは違う。

 昼間の接近戦ならステルスの脅威は半減する。『ヴェパール』こそいないものの、周辺には友軍機もいる。何より、あれ以降におやっさんの薫陶を受け、自分なりの戦闘を模索し実践してきた自負もある。

 

 怯む心に活を入れ、レフはHMD越しに敵機を見定める。

 怖じて堪るか。逃げて堪るか。

 目の前で、落とさせて堪るか。

 

 迫る距離が間合いを告げ、赤く染まったダイヤモンドシーカーがロックオンを示す。

 間髪入れず、放つはAAM1発。煙を曳く鏃を先頭に、カールと『オーキャス1』もそれぞれ機体からミサイルを撃ち放ってゆく。

 

 直上から加速をかけて攻撃は、短距離を疾駆し討つ関係上奇襲に向くものの、その反面攻撃角が読まれやすく攻撃時間の短さも相まって格上相手には通用し難い。

 まさにそれを体現するかのように、目標となった敵機はすぐさま攻撃を止めて回避行動に移行。大きく左へ旋回し、十分にミサイルを引き付けた所で一瞬機首を下げた後に急上昇して、ミサイルの追撃を振り切りながら上昇旋回へと入っていった。残る3機も闖入者を警戒し、瞬く間に3機ひと塊の密集陣形へと移行してゆく。

 

 初手は、案の定失敗。体勢の立て直しに見せた素早い手際を見ても、間違いなく『アヴァロン』を襲ったのと同じ部隊と見てよかった。

 

 まずいな。

 そう口内に呟きながら、生じた一瞬の虚を突いて、レフは『マスター』と思しき機体の斜め上へと機体を滑り込ませる。機種は、こちらと同じR-101FR『デルフィナスE』。主翼には赤いラインが二筋描かれており、尾翼には拳銃と無数の弾痕を模したエンブレムが見て取れる。傍らに控える菱形翼と扁平な機首の機体は『マルティム』同様に見覚えのあるものであり、おそらくこれが残りの『オーキャス』が駆る機体なのだろう。確か、名前は『バエル』といっただろうか。

 

《この反応…いつぞや会った無礼なマスターか。…『オーキャス6』より『バラッジ』。姉さん…『オーキャス1』が帰って来た》

「そういうお前はいつぞやの生意気な球コロ亜種かね。まあいい。そこの『デルフィナス』、あんたがマスターだな?迷子を連れて来てやったぞ」

《悪いね、助かったよ!ご覧の通り取り込み中でね、自己紹介は後にしよう!悪いついでに、あいつら落とすのに手を貸しな!》

「どうせこのままじゃ頭を押さえられてんだ。願ったりだ…ぜっ!」

 

 殺気。

 豪胆な女の声をかいくぐり、正面前方に位置した3機が吶喊しながら機銃掃射を浴びせかける。めいめいの方向へ旋回し射線を躱す『バラッジ』に倣い、レフも咄嗟に操縦桿を切って『デルフィナス』を旋回させた。

 25㎜の機銃弾が掠め、編隊の中央を3機の『三日月』が突っ切ってゆく。敵の奇襲を躱しきりながらも、レフはそれに安堵することなく視界を巡らせた。

 本命ではない。今のは、おそらくはこちらの編隊を崩すための牽制に過ぎない。確信がある訳では無いが、過去に対峙した記憶と、これまでの経験と、おやっさんから培った『目』が、それを確かに告げている。

 思い描くは、彼我の位置と敵の意図。『バラッジ』とこちら、二手に分かれた状態のニューコム編隊を打つ最高の位置は、そして直前の敵の行動といえば。

 

「上!」

 

 叫んだスフィアの声と、脳裏に浮かんだ読みがぴたりと一致する。

 見上げた先には、上空から真っすぐに地を指す1機のF-35AR。鏃のようなその機首は『バラッジ』の方を指し、2発のミサイルと曳光弾を矢の如く降り注いでゆく。

 

《ぐっ!》

「加速して抜けろ!『デルフィナス』なら振り切れる!」

《応!…とはいえ…!くそ、じり貧もいいところじゃないか!こちとら燃料も弾薬も少ないってのに…!》

《く…!F-35ごときに、この『バエル』が劣る筈が!》

 

 迫る弾幕をかいくぐり、左右へと別れる『デルフィナスE』と『バエル』。数発を身に受けよろめく『バラッジ』とは裏腹に、敵意を言葉に込めた『オーキャス6』は斜め上方へ反転して、上方を抜けた先のF-35を追撃する姿勢を示している。

 牽制を交えた連携の寸断と、孤立した敵機を確実に討つ戦闘機動。1機の『ライトニング』を追うべく孤立した『バエル』と、その遥か前方で上左右へ反転した残る敵機の姿を見た時、レフの背には戦慄が走った。

 見覚えのある敵機の機動。1機を囮として懐に誘い込み、死角から僚機が仕留めるその戦術は、以前交戦した際にも見たことがある。今の状況は、まさにあの時――敵の策に嵌り、死の一歩手前まで追い詰められた苦い記憶と、まさに瓜二つではないか。

 

「おい!そこの球コロ姉、むやみに追撃するな!そいつは囮だ!!」

《空戦用AIが有人機に負けるものか!》

「ちっ…!そういう融通の利かない所だ、お前ら機械の短所は!」

「……」

 

 忠告も耳に介することなく、『オーキャス6』の『バエル』は背を見せる敵機を追い続ける。『オーキャス6』にも、上左右へ『三日月』がそれぞれ反転旋回し狙いを定めていることは承知しているのだろうが、追撃を続ける所から察するにそれを捌き切る自信があるのだろう。過去の戦闘パターンから、追撃を仕掛け確実に数を減らすのが有効と踏んだのかもしれない。

 だが、敵はあの変幻自在な『ハルヴ』なのである。並の戦術が通じる相手ではない。頼みの綱の『バラッジ』に直接援護させるにも、横目で確かめた限り被弾の影響でその機動は鈍く、到底前線に出せるものでは無かった。

 

「くそ…!『バラッジ』、少し『オーキャス1』を借りるぞ!」

《へぇ…。いいよ、任す!悪いけど、こっちは片方のエンジンがいかれた。あんたらが頼りだ!》

「話が分かる奴で助かるぜ!カール、『オーキャス1』、続け!」

《はぁい。『14』ちゃんのマスターさん、私が先行しましょうか?たぶん、私の機体が一番速いと思うのだけど》

 

 阿吽のごとく打てば応える『バラッジ』を称賛しながら、レフは操縦桿を引きながらフットペダルを踏み込む。

 加速度を受け押し付けられる体、狭まる視界。『バエル』へ徐々に距離を詰める中、易々と『デルフィナスE』に並んで見せた『オーキャス1』は、確かめるようにこちらへ問いかけて来た。小さな主翼に流線型のシルエット、競技用と見間違えるような凹凸の少ない胴体は、見るからに高速性能の高さを伺える。

 

 行け。

 そう口にしかけて、レフはいや、と口を噤んだ。

 確かに高速性能はこの際重要だが、『デルフィナス』との速度差が大きすぎる以上、仮に敵の一手を見誤ればこちらからの相互支援はできず、リカバリーは不可能になる。そうなればなし崩しに『マルティム』まで失う羽目にもなりかねず、こちらは圧倒的に不利となってしまうだろう。

 言うなれば、姿もさることながら『マルティム』は投げ槍(ジャベリン)。狙いを引き絞って放ってこそ、その真価を発揮できるものだろう。敵の本当の一手が未だに掴めない今、容易に放つべきではなかった。

 

「いや、まだだ。ただしいつでも突っ込めるようにしておけ」

《そう?それじゃ、準備だけしておくわね》

「それでいい。あくまで手綱は俺だ。…スフィア、周辺警戒。カール、他に接近する機影はあるか!?」

《他には無しっス!》

「上空、両軍の第1波撤退中。現状、戦況は拮抗しています」

 

 それぞれの通信を頭に詰め込み、レフはふうぅ、一度大きく息を吐き出した。

 向ける目は、正面。未だ距離2000ほどを隔てた、『バエル』を中心とした円弧の戦場。

 

 見ろ。観ろ。観て、考えて、敵の意図を読め。

 囮役のF-35が加速する。

 攻撃役のF-35が、左右と上から迂回しつつ『バエル』を狙う。

 三方向からの同時攻撃?しかし、それにしてはあまりにも機動が見えすぎている。同時に火線を交差させたところで、互いのベクトルはほぼ直交しているのだ。攻撃時間の短さと彼我の速度を考えれば、先ほどの彼ら同様、最小限の回避行動で躱されることは『三日月』も承知している筈である。

 何だ。本当の一手はどれだ。

 読め。読み切れ。風向を、雲の位置を、機動を、進路を――。

 

《そんな見え見えの機動で、私が討てるものか!!》

 

 裂帛の気合、迫る距離。

 戦場を見定め続けたその時、レフは一点の違和感に気が付いた。

 直上から急降下を仕掛けている1機の降下角が、明らかに浅いのである。そのままの針路で降下しても、ミサイルの射程内に捉える頃には『バエル』は一拍早く通過してしまうだろう。左右の2機と同時に攻撃を仕掛けるには、どう見てもタイミングが合わない計算になる。

 

 距離が1500に迫る。

 左右の2機が距離を詰める。

 直上の1機が、不意に背面のまま水平飛行に移る。

 『バエル』の頭上を過ぎる針路。

 上を通り、背を越して、その先に映るものと言えば。

 

 ――そうか。

 

「行け、『オーキャス1』!『バエル』の前に回り込め!」

《りょうかぁい》

 

 柔らかな声と裏腹に、轟、という破音を上げて『マルティム』が疾駆する。その形状に違わず速度は見る間に重なっていき、あたかも放たれた矢のようにその機影は遠ざかっていった。レフは右の操縦桿を奥、左を手前へ倒し、S字を描いて『バエル』の後方を指して旋回を重ねて行く。

 

 『三日月』の戦術は、おそらく二段階の囮戦術である。

 すなわち左右の2機を囮として至近弾を撃ち込み、近接信管の炸裂で視界を攪乱。その隙に真上を回り込んだ1機が下方向きのインメルマンターン――スプリットSで『バエル』の後方へと回り込み、視界を封じられた『バエル』を討つ積りと伺い知れた。万一それを仕損じても、前方を飛んでいた1機がインメルマンターンで反転し、正面から止めの一撃を叩きこむという寸法である。翻せば、前と後ろのアタッカーさえ防げれば、『バエル』を包囲から逃がしおおせることができる。問題は、それが間に合うかどうかであるが。

 

《く!?小癪な…!》

 

 左右の2機から放たれたミサイルを腹下へいなした瞬間、生じた爆炎が『バエル』の前方に咲く。どうやら事前に信管を鋭敏に調整していたらしく、その進路上に爆ぜた黒煙は距離を隔てて4発分。それを合図に、直上と前方の『三日月』はそれぞれ垂直に反転し、前後から『バエル』を挟み込む体勢に入ってゆく。

 

「ち…!」

 

 フットペダルを踏み込む。

 翼が雲を纏い、音速が衝撃波を帯びて響く。

 機械なんかのために、俺は何を。

 そんな想念すら、速度は彼方へと追い越してゆく。

 横倒しの視界、揺動し定まらない照準。その最中で『バエル』の翼が揺らぎ、『三日月』のF-35が平衡を取り戻して攻撃体勢へと移ってゆく。

 距離、700。

 射程内、『三日月』の横面を殴り抜ける距離。

 

「今!」

《おうっス!》

 

 重なる声に機体が応え、翼からAAMが撃ち放たれる。

 ロックオンをする余裕は無く、しかしそれゆえにミサイルの機動は読まれ難い。

 横合いから急襲するキャンサー隊に気づいた頃には、F-35の面前にはAAMが過ぎり――信管を作動させたそれは爆炎と化して、『三日月』の視界を黒く覆い尽くした。

 

《ぐうっ!!》

《はいはぁい、そこまで。『6』ちゃんはやらせないからねぇ》

 

 黒煙を振り払うように突っ切り、フットペダルを緩めて左旋回に入る。

 汗を拭いながら振り返ると、そこには急降下で黒煙を抜けるF-35ARと、煙を曳きつつも健在の『バエル』の姿が目に入った。どうやら『オーキャス1』によるフォローも間に合ったらしく、正面から攻撃を仕掛けていた『三日月』は右上方への斜め上昇機動(シャンデル)で追撃を断ちつつ仕切り直しを図っている。

 

 横合いからの、奇襲の応酬。多分に囮役たる『バエル』と加速に優れる『マルティム』の性能に救われた格好だが、ともかくも一度『三日月』の戦術を破るのに成功したことで、戦場には一瞬の虚が生じることとなった。上下に分断された『三日月』は、再び反転し集結しつつある。それらが探りつつ鼻先を向ける方向は、明らかに『バエル』からこちらへと向いていた。

 

「今のうちにあんたらは逃げろ。その損傷じゃあいつらの相手は無理だ」

《悪いがそうさせて貰うよ。えーっと、『ランサー』?だっけ?とにかく借り一つだ。生きてたら後で奢るよ》

「…『キャンサー』な」

《『オーキャス1』、あんたはまだ燃料があるね。お二人さんを助けてやってくれ。…よし、じゃ尻まくって逃げようか!》

《……………く…!認めるか…!!》

 

 感情豊かな言葉一つ、尾部に焔を灯した『バエル』は、先行する赤帯の『デルフィナスE』に随うように傍らに付いて、北へと進路を取ってゆく。ちらりと広域レーダーへと目を移せば、北を指す彼女らの機体と入れ違うように、東と南から多数の機影が『円卓』へと侵入しつつあるのが見て取れた。どうやら第1波の撤退に合わせ、両軍ともに第3波を投入してきたらしい。

 

《な…なんとか一撃、凌いだっスね…》

《凄い凄い。マスターさん、人間なのに頑張るのねぇ》

「レフですからね」

 

 虚を埋めるように、左右の両機が声を漏らす。

 確かに凌いだ。数か月前は手も足も出なかった相手に対し、読み合いで先手を取ることができた。

 ――それでもなお、レフは緊張を解くことは到底できなかった。

 ほんの数合交わしただけで、どっと心身にのしかかる疲労感。目の奥は重みを増し、額や胸元を濡らす汗は止まるところを知らない。この調子で、果たしてどれだけ持たせることができるだろうか。

 

「……これからが本番だな」

 

 汗を拭い、なおも戦意を失わぬ瞳で、レフは敵機を見据える。

 高度にして200ほど上空。曇天を背にした4機のF-35ARは、まるで三日月のような雁行を描いて、静かにこちらを見下ろしていた。

 

******

 

《1810時現在、『円卓』制空権の奪取に至らず。第4次攻撃隊出撃の要あり。戦闘機各隊は離陸準備に入れ》

 

 太陽が西へと至り、夕闇が指す空の下に雑音交じりの男の声が響き渡る。

 ゼネラルリソース経済圏下、ウスティオ行政区ソーリス・オルトゥス郊外。山を切り開くように築かれた立地にあり、山影を偲ぶ駐屯地は冷涼な空気に包まれている。空気を震わせる声は夏を思わせぬ冷気に乗り、彼方の山肌へと至って残響を響かせた。

 

 数多の戦闘機が屯する格納庫の庇から空を見上げ、男は星を探るように額に手を翳した。昼と言うにはあまりに暗く、夜と称するには些か早いその時間帯は、言うなれば昼と夜の間に横たわる黄昏時。古から冥界が誘う頃合いと謳われる不吉な逢魔が刻であり、星が未だ見えない空は不気味なほど静かに凪いでいる。

 

「隊長、出撃準備ですって。早く行きましょう。どうやら『ハルヴ隊』も未だに戦闘中みたいですし、急いで駆け付けないと」

「そうだな。だが、功を急ぎ過ぎるな。昔からの小隊の鉄則だ。死なせないこと。そして何より」

「死なないこと、でしょ?大丈夫、分かってます。じゃ、俺は先に乗ってますね」

 

 ああ、と微笑を浮かべ、男は部下らしき青年の背を見送る。撫でた指から零れる白髪交じりの頭髪や相貌に刻まれた皺は壮年を思わせる外見だが、目に宿る光は年不相応なほどに瑞々しい。GRDFのパイロットスーツに身を包みヘルメットを携えたその背中は、踵を返した先に佇む愛機の前でしばし佇んだ。

 

 昨今の機体と比べれば小柄な胴体に、翼端を落とした切り欠きデルタ翼と下方へ向いた水平尾翼。スマートなその姿はGRDFの主力機であるF-16XA『ジャーファルコン』にも似ているが、エアインテークが大型となりその傍らに付随するカナードが排除されている点、そして主翼が一回り大型化している点が細かな差異となっている。

 何より目を引くのは、主翼付け根の左右上部に設けられたコンフォーマル式の燃料タンクと、右側のタンクから延びる空中給油プローブであろう。特に前者は元来スマートなシルエットの機体にマッシブな印象を加えており、一見して従来のF-16XAの近縁に当たる機体と見て取ることは難しい。

 

 F-2X(カイ)――F-16シリーズの系譜を継ぎ、対地・対艦攻撃機として独自の進化を遂げて来たF-2シリーズの末裔。灰色の陸上迷彩に塗装され、翼端を切り欠くように黒く染め抜いたその機体は、宵の近づく黄昏の空で静かに佇んでいる。蝙蝠を模した尾翼のエンブレムは電灯の下に翼を広げ、白い光の中に黒い翼を映えさせていた。

 

「ニムロッド隊、出撃する」

 

 白頭の上にヘルメットを被り、壮年の男は静かにタラップへと脚をかける。

 

 夕暮れ遠のき、夜色深まる空の下。

 4羽の蝙蝠が闇に溶け込むように、北を指して羽ばたいていった。

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