Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere - 作:びわ之樹
これらゼネラル輸送ルートに対しNEUは航空機を用いた破壊工作を検討している。それに先立ち、キャンサー隊にはピオット工業地帯‐フィネッタ港間輸送ルート上への強行偵察を命じる。ゼネラル側の防空兵装の配置状況ならびに迎撃状況を把握し、本作戦実施に際する障害を調査せよ》
曇天から降り注ぐ雨が装甲キャノピーを激しく叩き、滴連の協奏曲を奏でている。
正午に近づいてなお暗く、鈍色に閉ざされた空。翻って地を見下ろせば、5月の新緑鮮やかな筈のサピンの平原も、鈍い色彩に頭上を閉ざされ霞んだ色合いに映っている。時折光る稲妻も緑を照らすにはあまりにも短く、春らしからぬ褪せた色彩が天地を覆っていた。
時に2039年5月19日、ニューコム防空識別圏内サピン東部上空。
重々しい色彩の光景を目に挟んで、青年――レフは溜まりに溜まった溜め息を吐き出したくなった。
「方位10°北へ変針。じきにラティオ行政区上空に入る。『センチネル』、気を引き締めて行け」
《了解っス『キャンサー』。10°変針》
先行するカールのR-101『デルフィナス』が左へと舵を切り、航跡が曲線を描く。
脳裏にイメージするは、機体の機動、そしてそれに要する操作。
左エンジンの出力を僅かに抑え、機体を左へロールさせ、操縦桿を手前へと引く。コフィンシステムによって思考と繋がった機体は、レフがその操作のイメージをするだけで正確な反応を返してくる。
自らのイメージそのままに機動する機体。それを体で感じながら、レフは違和感を覚えた。
重い。常のR-101と比べて、機体の旋回が僅かに遅く、旋回後のエンジンの立ち上がりも一拍遅れる感がある。
些細ながら確かなその違和感に、レフは今度こそ溜め息をついた。
その原因はといえば、今更考えるまでもない。すなわち、数日前の降って湧いた出来事によって変える羽目となった、自らの乗機である。
流線型を基調とした水生哺乳類のようなシルエットに、後退角を設けた細い主翼、尾翼を斜めに染める魚の尾のような塗装。基調となる外観は以前のR-101『デルフィナス』と同じものだが、キャノピーが一回り大きく、従来機と比べて後方へ大きく伸びているのが最大の差異となっている。機首の下部には球体と直方体を組み合わせたような構造物も追加され、機体下部の膨らみも幾分大きくなっていた。
R-101FR『デルフィナスE』――俗に強行偵察型と称される『デルフィナス』の派生型。本来強行偵察を行うべきR-211『オルシナス』の配備が遅れているため、その間に合わせとして改造されたというのが、今レフが駆る機体の素性であった。
そもそもが『デルフィナス』は制空戦闘機として最大限の技術を余さずつぎ込んだ機体であり、『遊び』というべき改造の余裕が少ないという欠点を有している。いわば必要な全てを詰め込んでカツカツとなった機体に、さらに偵察用装備を増設したのである。これで機体性能が悪化しない筈は無い。
結果、R-101FRは大幅な重量増を引き起こし、『デルフィナス』最大の強みである格闘戦時の運動性を著しく損なう機体に仕上がってしまった。ベース機の性能もあり旧式機に対しては依然優位を保てるものの、ゼネラルの『ラプター』系列やUPEOの『フランカー』系列に対しては格闘戦の不利は否めない。
だが、レフが抱く『遅さ』は、何も機体そのものに対してではない。有体に言えば、彼の後方にある二つの存在が、心理的な荷物――重さとしてのしかかっているためであった。
「これからゼネラルリソースの制空圏内か、緊張するな。なあレフ君レフ君、もし万が一敵から攻撃を受けた場合、脱出はどうすればいいんだい?どこかにボタンがあって、こう…座席が打ち上がるんだろう?」
「…こっちの座席の射出に連動させてあるから安心してくれ。第一あんたに自由に脱出されても困る。この機体は、後席のキャノピーが無くなるだけでも空力性能が低下するんだからな」
ディスプレイの片隅に陣取るウィンドウの中には、『遅さ』の源の片割れ――隔壁で隔たれた後席に座る男の姿。髪をオールバックに整えたその姿は、基地を訪れた白衣姿の時とそのまま同じものだが、流石に今はニューコム仕様のフライトジャケットに身を包んでいる。口数がやや多いのは、初めての戦闘空域で興奮しているのだろう。後ろに人を乗せての空戦など、機体も気分もすこぶる重い。
後席を振り返ったレフは、重く面倒な気分そのままに視線をさらに後方へ向ける。
レフの機体の左後方、本来ならばカールがいるべきその位置には、未だ見慣れぬ機体を駆るもう一つの『原因』の姿があった。
《『オーキャス14』より『キャンサー』、予定時間を1分8秒超過しています。迅速な修正を進言します》
《!『キャンサー』!スフィアちゃんが進言してくれてるっスよ!ほら反応反応!》
後方に追随する機体からの声は、女の機械音声。その中身も取るに足らない杓子定規なもので、指揮官としても頭を抱えたくなること請け合いである。その主はといえば言わずもがな、先の研究員とともに唐突に基地を訪れた球体――略称『オーキャス14』を名乗る、空戦用AIだった。
こちらの反応を待ち沈黙する『オーキャス14』、また何か気になったのか些細な質問を寄越すオールバックの男、そしてテンションを上げてはしゃぐカール。ほんの数日前の状況からは、想像だにしなかった奇観といっていい。
「……どうしてこうなった…」
疲れ果てた呟きが、レフの口から零れ出る。
消えゆく言葉の残滓が導くように、レフの脳裏は発端のあの日を思い返し始めた。
******
窓一つない狭い空間が、ただでさえ募る息苦しさを一層に煽り立てる。
天井から照らす蛍光灯、オーシア東方諸国一帯を示した壁の地図、そして白い協議机とその上に並ぶ人数分のコーヒーカップ。くゆりくゆりと昇る湯気の先には、したり顔の白衣の男が微笑を湛えてレフを見つめている。
――気に食わない。
まるで自身を値踏みするかのようなその眼差しに、レフは舌打ちしたくなるのを堪えながら、自らの視線をちらりと周囲へ向けた。
四角い協議机と取り囲むのは、ル・トルゥーア基地の副官に飛行隊長の
『それ』――すなわちつやのない、バスケットボール大の漆黒の球体。今はそれは球体のカバーを開き、半球状となって平らな断面部のモニターを覗かせている。
何の冗談か、モニターに映るのはCGで表示された少女の姿。背格好からは10代の少女をイメージしているようにも見受けられるが、『デルフィナス』の塗装色にも似た青みを帯びた灰色の髪に、両耳の所で左右に跳ねたイルカのヒレのような外髪が印象的な印象を醸し出している。色調や髪形を概して見れば、イルカ――というよりも『デルフィナス』の擬人化のように見えなくもない。この手のサブカルチャーに精通したカールが好きそうな姿だった。
まるで人間のように瞬きし、時折周囲を伺うようにちらちらと瞳を泳がせる様を一見すれば、ひと昔前に流行した仮想空間上の電子アイドルのようにも見える姿。そのあり様と、先に男が説明した『それ』の正体がどうしても結びつかず、レフは要領を得ない頭が痛むのを感じていた。
「…つまり、こういうことかね。その球体は極秘開発された航空機用の自律型AIであり、彼――レフ航空技官の下で実戦の経験を学習させたい。そして、これは本社からの直々の命令である、と」
「ご明察です。付け加えれば、『ニューコム・インフォ』サイモン技術主任の肝煎りのプロジェクトでもあります。本プロジェクトが計画通り遂行された暁には、我々ニューコムはゼネラルリソースに対し圧倒的な優位に立てることでしょう」
トップダウンも極まれりというような事態に苦々しい口を開く副官へ、白衣の男――フォルカー・アーノルトはにべもない口調で応じる。眉に唾付けたい気分に駆られながら、レフは先のフォルカーの説明を、今一度脳裏に反芻した。
世間一般の認識として、ニューコムの技術はライバル企業であるゼネラルリソースに概ね先進しており、
原因は一刀両断的に評することはできない。企業としての成立が早く組織力が強いというのはゼネラルの強みであり、それを下地にした経済領土の広さや政治への影響力も、ニューコムが劣っていることは否定できない。本来調停役であるところの国際機関UPEOが、実質的には政治的な繋がりが深いゼネラルの走狗に過ぎないこともまた、現状のゼネラル優位を支える大きな要素である。
だがフォルカーによると、もう一つ要素を付加するとすれば、それは人的資源の差だという。
曰く、すなわち企業としての成立が早かったゆえに、ゼネラルの人材はそれだけ豊富である。経済圏に取り込んだ国の軍をそのまま代行した――あるいは軍そのものを飲み込んだ――ことから、GRDFには過去の戦争を経験したベテランパイロットも多い。この組織全体としての経験値の差がそのまま技量の差となり、ひいては目下のGRDFとの差でもあるという。ニューコムの独立時にベテランパイロットは一定数引き抜いたものの、それでもまだ不足は否めない。
この課題に対し一番に上がる解決策といえば無人機の導入だが、この点については世論が許さない事情がある。
遡ること2026年。当時目覚ましい勢いで勢力を拡大していたゼネラルリソースは、この年に世界的な大規模テロに見舞われたのである。
当時の企業規模を考えれば、巨象に対する蟷螂の一振りでしかないテロ行為。当初そう論ぜられた世評に違い、ゼネラルリソース、そして前線で直面するGRDFは予想以上の苦戦を強いられた。
その原因は当時のGRDFの戦力構成と、テロ組織の素性に起因する。
2026年当時のGRDFは、コフィンシステムを搭載した有人機とともに、旧エルジア系のAI技術を利用した無人機を大量に運用していた。企業規模を拡大する途上の当時のゼネラルにおいて、パイロットを育成する手間もいらず、かつ大量の戦力を確保できる無人機の存在は、その勢力を保つ上で不可欠な存在だったのである。
ゼネラルに対して行われたテロは、このGRDFの軍編成の弱点を突く形で行われた。すなわち母機からの管制を必要とする無人機に対し、強力なジャミングを使用して通信網を遮断。しかる後に
制御を奪われた無人機により民間人へも相当の被害が出たものの、GRDFは残された有人機を結集して反撃を開始。当時新進気鋭のパイロットだったアビサル・ディジョンらの働きにより無人機の駆逐、ならびにテロ組織本拠の破壊に成功し、一連の事件は収束へと向かっていった。
とはいえ、この一件はゼネラルに多大な影響を与えた。無人機の想定外の脆弱性の発見や世論の反発から、それまでの無人機万能論が衰退して、堅実で信頼性の高い有人機主力主義が台頭し始めたのである。堅実性を重視するゼネラルリソースの企業風土と相まって、この傾向は現在に至るまで続くことになる。
無人機による被害の記憶が今なお新しい世間、そしてライバル企業ゼネラルの方針。以上を踏まえれば、ニューコムもまた無人機の配備という選択肢は取れないと想像するのが一般的な考えである。
だが、そこでフォルカーが口にしたのは、話の流れからくる予想とは真逆の話であった。
『確かに、有人コントロールによる無人機運用は、接続の遮断やコンピューターウイルスによる制御奪取といったリスクがあります。…それならば。無人機それぞれが、人と同様に自らの判断で行動するとすればいかがでしょう』
つまりは、従来のアプローチである『有人機の無人化』ではなく、『無人機の疑似有人化』である――フォルカー本人の言を借りれば、現在進められているプロジェクトの中身というのはそれだった。
確かに、エレクトロスフィアのネットワークを介して操縦される無人機とは異なり、機体と直接接続する人格AI操作ならば、ネットワークを介しない都合上電子妨害やウイルスには強くなる。無人機への抵抗根強い現状で敢えて無人機を提案する以上、ニューコムの技術力ならば十分に可能という見積もりがあってのことでもあるのだろう。AIが少女の姿を模しているのも、後の実用化の暁に、世間からの目を僅かばかりでも好転させるための配慮であるらしい。
フォルカーの話を概観すれば、考え方はよく分かる。足りない人手を補うために無人機が必要というのも、対電子妨害のために自律型AIが必要というのも納得できる。その戦闘用AIが印象にそぐわない少女の姿をしているというのは些か納得しがたいが、世間への配慮と言われれば確かに一理あった。
半ば強引に自らを納得させつつも、しかしレフの中には今なお多くの疑問が尽きない。フォルカーの説明を聞いてなお、不可解な点も多すぎる。
深くため息、一つ。
沈めた背もたれから体を起こし、レフは正面のフォルカーを見据える。両肘を机上に付いて一拍、口を開いた先は当然その白衣姿へ向けてだった。
「2点質問したいんだが」
「どうぞ、レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフ航空技官」
「どうも。まず一つ、機体はどうする気だ。その球コロに割ける余分な機体はウチには無い。膝の上にでも乗せて空戦しろってか?」
「球コロの呼称は識別に該当しません。私の個体名は『Omen』 Autonomy Controlled Aircraft System ver.14、略称『
独自の駆動機構を持っているのか、黒い球体はくるりと回りこちらを向く。感情の読み取れないCGの少女を黙殺しながら、レフは正面のフォルカーを見据え続けた。当のフォルカーはと言えば、その質問は織り込み済みだと言わんばかりに微笑を洩らし、傍らの鞄から長方形の薄型携帯端末を取り出して机上へと置いて見せる。何かしらの操作の後、端末上に投影されたのは3Dモデルで投影された航空機のホログラム。
「ご心配なく。彼女の専用機として、こちらを用意しています」
「…?なんだこりゃ。初めて見る機体っスね」
「XR-99EC『ヴェパール』。YR-99『フォルネウス』をベースに、電子戦機能を強化した改造機です。最高の情報処理能力を誇るオーキャス14の能力を最大限に発揮しうる機体と言えるでしょう」
「一点訂正します。私の情報処理能力は、あくまで対電子戦に特化したものです。総合的な情報処理能力では、明確にお姉様達が勝って…」
「おっほん!…とにかく、彼女はこれに乗って前線へ同行します。納得頂けたかな、レフ航空技官」
「まあ、一応は。技術屋の言う『最高の』って形容詞を信じ込むほど純情じゃないがね」
回転する3Dモデルを俯瞰しながら、レフは皮肉交じりにフォルカーへと応じる。その説明を信じるなら、前線運用を想定した攻撃機ないし電子戦機という扱いになるらしい。
『デルフィナス』に似つつも、より幅が広い主翼。機体後部の尾翼は外向きに開く二枚となり、エンジン部の膨らみも『フォルネウス』より外観が目立つようになっている。これらの点は、ベース機であるYR-99と同様の意匠と言えた。
何より目を引くのは、キャノピー後方からエンジンの間を抜け、機体後部まで伸びる大型の構造物である。電子戦用装備と思しきそれは、よく見れば機体下方にも同様の構造が見て取れ、それぞれ上下に大型のセンサーユニットが伸びていた。例えるとすれば上下のセンサーユニットは背びれと腹びれ、後方に延びる構造物は魚の尾とでも言うべき所だろうか。流線型に象られてはいるものの、全体的に大型のシルエットは、どうにも鈍重そうな印象が否めなかった。
「そうそう、機体といえばもう一つ。今回が初の実戦投入となるため、当面は万一のメンテナンスの為に私も前線に同行するのでご了承いただきたい」
「…同行って、どうやって」
「『ヴェパール』とともに、レフ航空技官の新たな乗機としてR-101FRも輸送して来ている。複座機の後席なら、私も同行できるだろう」
「はぁ!?何で俺が!よりによって性能の下がる複座型に!?」
「本社の決定ということで、ご理解を」
「…クソ。現場を知らない事務屋はこれだから…」
予想だにしなかった自らの機種改変、それも性能が落ちる強行偵察型への乗り換えと聞き、思わず悪態を突くレフ。いわば出先のヒラ社員でしかないレフにとって『本社の決定』という言葉は錦の御旗にも等しい殺し文句だが、それでも現場を考慮しない強引な命令には反発を覚えざるを得なかった。おまけに、後席に戦場を知らなう技術屋を乗せて行くなど冗談ではない。
高じる疑問は、そのまま不満へ。渦巻く胸の靄を吐き捨てるように、レフは続けて口を開いた。
「で、二つ目。何で俺なんだ。その球コロに戦闘経験を積ませるってんなら、激戦区の方が都合がいい筈だ。ゲベート前線やベルカ前線と比べれば、ここは重要度としても数段劣る。そこが納得できん」
「レフ、ちゃんとオーキャス14って呼んであげて下さいよ。かわいそうじゃないっスか」
「うるさい、長いんだよ名前が」
「いや自分のフルネームの方が長…」
「シャラップ。…で、その辺どうなんだ、フォルカーさんよ」
「それは…」
フォルカーの眼が泳ぎ、一瞬言いよどむ。これまでしたり顔ではきはきと応えていた様子を省みれば、レフはそこに微かな違和感を覚えた。
「……サイモン技術主任直々の指名だ。理由は私も聞いていないが、レフ航空技官のこれまでの経歴を見て決定したということらしい」
「俺の経歴?」
「…申し訳ない。実際の方針決定プロセスは機密の領域にも関わるので、私からは答えられない。ともかくも、直接の指名によるものだと理解しておいて欲しい」
「……指名、ね」
何故、俺なのか。納得しておきたかった一番の疑問に要領を得た答えが得られず、レフは失望したように背もたれへ体を預けた。
経歴による判断と言ったが、レフ自身、自らの経歴や戦果が人並み外れて優れていると思ったことは無い。サピン南部という僻地では戦闘の機会もたかが知れており、単純な撃墜数で言えば自身より多いパイロットなどいくらでもいるだろう。仮に戦果があったとしても、命令違反の前歴を踏まえれば総合評価が高いとは言い難い。つまりは、フォルカーの説明は
加えて、大した内容でないにも関わらず一瞬言いよどんだ先ほどのフォルカーの様子が、レフの心に引っかかっていた。本当は経歴などではなく、今は口にできない別の理由で自分が選ばれたのではないだろうか。口にこそしないものの、生じたその疑念は胸の中で燻っている。
もっとも今それを問い詰めた所で、『本社の決定』と『機密』の言葉で逃げ切られるに違いないだろうが。
「宜しいかな?他に無ければ、着任の説明は以上に…」
「あ、スンマセン、俺からも一つ」
胸にわだかまる疑問はそのままに散会しかけた刹那、手を上げたのは傍らのカールだった。これまでのフォルカーの説明に特に疑念は抱かなかったのか、いつも通り能天気な表情を見せている。
「この子、なんて呼べばいいんスかね」
「?…だから、オーキャス14と…」
「いやね、さっきレフが言った通り、言われてみれば長いんスよ、『オーキャスフォーティーン』って。TACネームとかはそれでいいんでしょうけど、なんかこう、愛称が欲しいなって」
「球コロで十分だろ」
「レフは黙ってて。やっぱりかわいい美少女にはかわいい愛称があってしかるべし!!俺はね、心底そう思うんス。それにほら…あのーそう、今後世間受けを図る上でもね!」
興奮のままに立ち上がり、拳をぐっと握って力説するカール。話題の中心が当の本人であるためか、オーキャス14は言葉が上がるたびにレフとカールの方をくるりくるりと向き直っている。
力説が結ばれ、呆気に取られた一拍の後。ようやく口を開いたのはフォルカーだった。
「………まぁ、希望があれば構わないが。オーキャス14で十分と私は思うのだが…」
「皆様が呼びやすいものでしたら、私は構いません」
「球コロ、球コロ」
「レフ、シャラップ。んー……キャス、…フォーティ、………。…あ!じゃあ『スフィア』ってどうっスか!?」
「待て、どこからそうなった」
「『14』を、俺の故郷のベルカ風に読んで『フィアツィエーン』。オーキャ
…ふむ。
カールの命名案に、思わずそう声を漏らしたのはレフだった。些か強引だが、
「まあ、いいんじゃないかね。俺は球コロで一向に構わんけど」
「…『スフィア』。――『スフィア』」
「ど…どうスか?」
「当該名詞を、識別名として登録しました。ありがとうございます。カール、レフ」
意外な物を見たかのように、フォルカーの眉がぴくりと上がる。
当のオーキャス14…『スフィア』はといえば、左右にころころと揺れながら、CGモデルの口元を僅かに緩めているようにも見えた。固い表情ながら、スフィアなりの笑顔ということなのだろう。
礼を言われ、緩み切った笑顔で返すカール。
その傍らで、レフは冷めきったコーヒーを喉へと流し込み、自身とフォルカーの間で漂うホログラムへと目を向ける。
『ヴェパール』――半人半漁の姿を持つ悪魔の名を冠したその機体は、時折ノイズを奔らせながら、宙空を音も無く回転していた。
******
内省から立ち戻り、レフは改めて戦況を俯瞰する。
問題は、その後である。輸送ルート付近に姿を見せたこちらに対し、敵はどれだけ迅速に、どの機種をどの程度の規模で差し向けて来るのか。本命である輸送ルート襲撃に先駆け、それらを把握しつつ逃げおおせなければならない。
《目標の輸送ルートまでおよそ8000。数分で視認可能っス》
《『オーキャス14』より『キャンサー』、レーダーの照射を確認。ゼネラルリソース側に捕捉されたと判断します》
「了解。今回は敵を釣り出すのが目的だ。『センチネル』、輸送ルートから距離3000に到達し次第、方位075へ変針。沿線を南下し周囲を偵察する。球コロは引き続きレーダー波を監視。敵迎撃機が捕捉でき次第伝えろ」
《要請。個体名のコールはTACネームまたはコールサイン、ないし登録名『スフィア』として下さい》
「へいへい…」
さて。
軽口と裏腹に、レフの眼が細まる。
耳の奥に低く響くは、レーダー波捕捉の警告音。ラティオ一帯に張り巡らされたGRDFのレーダー網がこちらを捉えた以上、いつ迎撃機が出現してもおかしくはない。
カール機、変針。南東へと鼻先を向けたR-101に従うように、レフも機体を旋回させてゆく。左側の下方には、南を指して走る線路の姿。どうやら民間用の路線も兼ねているらしく、4本の線路が連なった路上には、駅やその周辺に広がる市街地も見て取れた。こちらの高度は概ね2500、流石に地上の細部までは見えないが、脅威となりそうな対空兵器は見て取ることはできない。
緑の平原、時折現れる小さな街並み、線路を走ってゆく赤い列車。企業戦争が激化する今の世相も、辺境のこの地には欠片も気配は漂っていない。空から見下ろす沿線はあくまで穏やかで、軍需物資の主要輸送ルートとはまったく思えなかった。
《しっかし、とても敵が領空に入って来たとは思えない呑気っぷりっスね。警報とか鳴ってないんスかね?》
「さあな…。ラティオの国民性もあるんだろう。万事鷹揚、明るくルーズ。些細な事は気にならんのだろうさ」
《『キャンサー』、レーダーに敵性反応を確認しました。エレクトロスフィアを介しデータリンクを行います》
《おー、さっすがはスフィアちゃん!電子戦機ともなるとレーダー範囲も破格っスね》
声を上ずらせるカールの声を無視しながら、レフはHMD上に表示されるサイドメニューへ目を向ける。
データリンク、指定、小隊内。ヘルメット内部のセンサーが目の動きを読み取り、それに対応したメニューが指を使わずして開いてゆく。慣れた手つき――もとい目つきで求めるデータを開き、周辺マップへとリンク。目の前で表示されたマップ上には、確かにこちらを指して飛ぶ6つの機影が読み取れた。
識別は、いずれもGRDF。機種、形状、照合完了。ラティオ領空の第一の盾である、迎撃機の素性は――。
《…『スターファイター』…!?》
「正気か…?もはや骨董品の機体じゃねえか」
信じられない、と言わんばかりのカールの声。拡大マップの脇に表示されたワイヤーフレームモデルを目にしたレフも、予想外の迎撃機の姿に呆気に取られた。
まるでシャープペンのように細長い胴体に、不釣り合いなほど小さな台形の主翼。垂直尾翼の上端に付随する水平尾翼もほぼ菱形という特異な形状であり、全体像で見ればロケットやダーツの矢とでも評すべき異様な姿をした機体であった。
F-104X『スターファイターⅡ』。ラティオ等に配備されていた旧式のF-104S『スターファイター』をベースに、コフィンシステムの搭載やエンジンの換装等を行い近代化改修を施した機体というのがその素性である。原型機の初飛行から実に80年以上が経過しており、常識的に考えれば現代の航空戦で通用する機体では断じてない。
――そう、あくまで制空戦闘機として見るのであれば。
《敵編隊、急速接近。速度マッハ2.8、間もなく長距離
《速い…!?『キャンサー』、早く逃げないと!敵の速度はこっちよりぶっちぎりで速いっス、もたもたしてると捕まるっスよ!》
「分かってる。もうちょい広範囲を見ておきたかったが、仕方ない。各機、方位270へ変針。最高速度で離脱するぞ!」
わずかな指の動きに合わせて、機体が傾き空を切る。双発のエンジンは焔を焦がし、機体の速度を徐々に引き上げながら、迫る敵から真逆の方向へと脚を早め始めた。
だが。
《相対距離、4500、4400。敵編隊、接近します》
「れ…レフ君、大丈夫なんだよな!?逃げ切れるんだな!?」
「ち…!いつもの単座型なら楽勝だったけどな!」
HMDの縮小マップの上、敵を示す白い鏃のマーカーは、刻一刻とこちらへの距離を詰めて来ている。国境までまだ少々距離があることを考えると、逃げ切れるかは微妙な所だった。
そもそもF-104は空力を考慮した軽量小型な機体に高出力なエンジンを積み、高速性と上昇力に主眼を置いて開発された機体である。設計上運動性や兵装搭載量に難があり、後に総合能力で勝るF-4『ファントムⅡ』やF-16『ファイティング・ファルコン』へ代替されていったものの、迎撃機として優秀な本機はその後も一部で運用が続き、2010年の東方戦争時にはラティオ軍機が交戦した記録も残っている。
F-104Xは、ベース機の特性そのままに迎撃機として特化した機体である。すなわち運動性の付与を端から諦め、エンジンの換装により最高速度と加速性能を向上。長距離ミサイルの運用能力付与、そして機銃の撤去といった大胆な設計見直しを行い、純粋な迎撃専用機として仕上がることとなった。
一芸に特化した機体は、その芸において汎用機を上回る。最新鋭機『デルフィナスE』のコクピットの中で、レフはその道理を噛み締める羽目になった。
《敵機、あと17秒で射程圏内》
「う、撃たれるぞレフ君!――そうだ!『オーキャス14』のジャミングを使えば…!」
「いや、こんなとこでこっちの手札を明かすのは損だ。…加速力では向こうの勝ちだ。それなら、こっちの土俵で勝負すりゃいい」
「へ?」
「球コロ、先に行け!俺が最後尾に就く」
《了解、先行します》
僅かにエンジンの回転数を落とし、それを見越したスフィアの『ヴェパール』がこちらの右側を通過して加速してゆく。あの機体のジャミング性能が前評判通りならば容易に切り抜けられるだろうが、こんな前哨戦で敵に能力を見せる訳にはいかない。勝負はまだ長い以上、切り札は温存しておくのがゲームの鉄則だった。
10、9。
敵の距離から攻撃のタイミングを計り、レフはコフィンシステムを解除する。
せり上がる背もたれ、確かに伝わる操縦桿の感触。一歩間違えれば死に向かうこの局面で、やはり頼れるのは自らの肉体以外には無い。
機体性能を省みるまでもなく、加速力の軍配はあちらである。速度で勝る敵に、加速力で逃げ切るという発想そのものが間違いだった。
勝負をすべきは、こちらの土俵。すなわち、活かすべきは『デルフィナス』の長所。
「ど、どうするんだレフ君!?たった1機で最後尾に立つなんて、狙ってくれって言ってるようなものじゃないか!」
「狙ってくれって言ってるんだよ。今は球コロの能力は隠したい、けど普通に回避するにはあの機体は図体が大きすぎる。だから俺が引き付けるしかない」
「し、しかし…!無人機の盾に有人機がなるなんて!」
「忠告しとくぞ、技術屋さん。あと3秒以内に口を閉じないと、舌を噛み切るぜ」
レシーバー越しに何やら叫ぶフォルカーを意識の外に、レフは心の中でカウントを刻む。
2、1。
――警告音、ミサイルアラート。縮小マップ上には各機2発、計12。いずれもが最後尾でエンジンを吹かすこちらを指している。
「行くぞ!」
左の操縦桿を手前へ、右を奥へ。
左側へ機首を捻りこんだ『デルフィナスE』は、そのまま螺旋を描くようにほぼ垂直を指して降下に入る。エンジンの推力に重力加速度が加算され、その速度はみるみる高まり、新緑の地面への距離を瞬く間に縮めてゆく。
後方で弧を描くのは、変わらず12発。
耳元を苛む警告は、ミサイルアラートに対地警報、速度超過の三重奏。フォルカーの絶叫に比べれば、それらは天使の歌声にすら聞こえる。
――高度、1100。
高度計は数字を指したその瞬間、レフは渾身の力で両足を踏ん張り、同時に両腕を手前へと引いた。
焦らず、遅れず、力を込めて。急減速と機首上げで速度を殺し、地表すれすれで『デルフィナスE』の体が揚力を孕む。
高度、200。後方には爆発。
2つ。
4つ、8つ、10。
連なる爆炎の花が後方に咲き、その度に反響した振動が機体を揺らしていく。
残り、2発。機首を上げた翼の下をそれらはすり抜け、地面を抉って爆散。ファランクスの如き連槍を躱して、青い尾の機体はふわりと翼を翻した。改めてレーダーを確認すれば、国境付近へ近づいたのを察したのか、敵の機影は離れ始めている。
「何とかなったか。旧式とはいえ、あの長槍は要注意だな。技術屋さん、生きてるか」
後席へ開いた通信に、回線を経て伝わるのは男の荒い息遣い。まだ言葉を結ぶ余裕は無いらしく、ぜえぜえという呼気だけが、レフの耳元で空気を震わせていた。
《『キャンサー』!また無茶な機動を…。フォルカーさん生きてるっスか?》
「息はしてる、大丈夫だ。そっちへの追撃は」
《大丈夫っス、こっちも無事国境線へ到達。やれやれ、これだから偵察なんて嫌なんスよね》
「全くだ。…球コロ、どうだった。初陣の感想は」
上空、高度3000付近に翼を翻す二つの機影。そこから降ってくる声に、レフもまた回線を開いた。愚痴を呟くカールへの反応もそこそこに、言葉を向けたのはスフィアの方。
一拍の後に聞こえて来たのは、機械音声にしてはどこか人間らしい、少女の声だった。
《交戦を行っていないという点で、初陣という表現には語弊があると指摘します。その上でお答えしますが――人間は、とても興味深いと感じました》
「…まぁ、なんでもいい。何であれ、何か感じたのなら十分だ。…帰還する。先行しろ球コロ」
《『スフィア』でお願いします。これより先行します》
無感情に戻ったスフィアの声が、会話の連なりに結びを付ける。
頭上には、翻る翼。雨はとうに弱まり、鈍色の空にも少しずつ明るみが差し始めている。
東の空には、晴天を告げるような、雲を割く光の帯。
あと数時間もすれば、サピンにも日が差すに違いなかった。
《各員、任務ご苦労だった。敵迎撃機の状況、ならびに周辺の地形から、現在輸送ルート襲撃作戦を検討中である。詳細は追って知らせる。以上、解散》