Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第19話 門出 

 足に込めた力に呼応するように、両翼のジェットエンジンが回転数を増して咆哮する。

 

 出力バランス同調を維持、操縦捍は右を奥、左を手前へ。電子技術に長けるニューコムの機体らしく、翼を広げた鶴を思わせる長首の機影は、文字通り有機的なレスポンスを見せつけるかのように弧を描いてゆく。

 もたげた左翼で、鋭角に陰る日差し。それを背に受けながら、例のごとくヘッドマウント式のバイザーを跳ね上げたパイロットの青年――レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフは、その視線をしばし傾いた地へと走らせた。

 

 眼下には、かつてダムの関門であった構造物を壁のように聳え立たせ、剥き出しのコンクリートを山間に広げる『アヴァロン』の鈍色。省みる空の青は崇くも淡く、『アヴァロン』へと赴任した初夏の色濃さを思えば、どこか憂いを帯びたような色調にも感じられる。ムント峡谷の両岸に迫る山肌は、紅葉を経た今は半ば朽葉色に滲んでおり、過ぎ去った季節の残照をわずかに足元に帯びているのみだった。

 

 時に2039年、11月の中頃。『円卓』の激戦を潜り抜け、ゼネラルリソースの『三日月』や『黒翼』と対峙した時から、既に4ヶ月あまりが過ぎようとしていた。

 

「次、右旋回3秒後に切り返し。方位0に入ると同時にインメルマンに入るぞ」

《了解!今の内に癖に慣れとかないとッスからね》

 

 互いの距離を確かめるため、応えたカールの位置を振り返る。レーダー上でその位置は把握していたものの、蒼天を背に翻るその姿は存外に近く、レフはまた一つ感覚と現実の誤差を実感した。『円卓』で撃墜された先代の乗機であるR-101『デルフィナス』と比べれば、今目の前にあり、かつ自らも駆るその翼は図体も外見も共通点を見いだせないほどに異なって見える。

 

 薄く長い延長主翼前縁(LERX)を持ち、そこから機体尾部までを短対辺として広がった、丸みを帯びた菱形翼。主翼の中ほどのエンジンポッドからは内側へと傾斜した垂直尾翼が立ち、概観すればSR-71『ブラックバード』にも似た機体構成が見て取れる。機体下部には『デルフィナス』同様に層流効果を担保する船型の構造物が突き出ており、その様は世代別の高速機を掛け合わせた合成獣のようにも、あるいは耳ヒレを広げ空を泳ぐイカのようにも見えなくもない。

 

 R-211『オルシナス』――戦闘攻撃機R-201『アステロゾア』シリーズの流れを汲む、ニューコム社製の高速戦闘攻撃機。それこそが、乗機を失ったレフとカールに新たに与えられた機体の名だった。以前ゼネラルのランドグリーズ艦隊掃討戦の際に友軍のエスクード隊が先行量産型を運用していたが、レフ達の機体は一部機能を削ぎ落とした制式量産モデルに当たるものであり、便宜上C型と呼称される機体である。UPEOに納入されているU型、高高度迎撃機として再設計されたF型などの派生型はいずれもC型をベースとしたものであり、実質的にC型こそが『オルシナス』シリーズの基本型と断じていいだろう。

 外観上の差異は、機体形状のみならず塗装にも見て取れる。本来『オルシナス』は白地と濃紺を基本配色としているが、通常塗装のカールの機体と異なり、レフの駆る機体は主翼端から機首へ向けて切り欠くように青く塗装が施されているのである。水平尾翼を持たない『オルシナス』でも先代『デルフィナスE』と同様の塗装が施せないかと工夫を凝らした末の苦肉の策ではあったものの、元来の鋭角的なシルエットと相まって、その姿は機首を穂先と見立てた槍そのもの。図らずもベルカ戦線で定着した『槍遣い(ランサー)』の異名を一層印象づける姿となったのはレフにとっても当初は複雑だったが、常の横着さが顔を見せた今となっては、むしろ好意的に捉え始めていた。なんと言っても名の発端は厄介者の意にかに座(キャンサー)を合わせた、実も蓋もないコールサインだったのである。それが一字違いとはいえ、曲がりなりにも戦闘機乗りらしい名前がぽんと現れたのだ。槍遣い、ランサー。それはそれでなかなかに格好いいではないか。

 

「左旋回!」

《左、っと。…くうぅ、重い。やっぱ慣れないッスね》

 

 操縦捍を左右逆に操作し、右傾した『オルシナスC』の機体を左へと倒していく。

入れ違いに下腹部を圧するG、ヘッドマウントディスプレイのバイザーを目まぐるしく転がる数字。旋回に従い数字を落としていく方位計へと目を向けながら、レフは奥歯を噛むように溢したカールの言葉に首肯した。

 

 重い――一言で言えば、旋回が遅いのである。

 そもそも菱形翼はステルス性に優れる形状であり、『オルシナス』のように主翼後端の角度が抑えられた疑似デルタ翼の場合は、デルタ翼機同様に加速力にも優れる利点がある。その一方で、旋回時や低速機動時には揚力を失いやすく、運動性能も抑えられる傾向にあるのである。この特徴に加えて主翼を後方に配した無尾翼形式と重い自重、左右主翼のエンジン配置に起因する高いモーメントが合わさった結果、『オルシナス』は横方向への機動力に劣るという欠点を抱えることとなってしまったのだ。この点では、同じ200番台の型式番号を持つR-201『アステロゾア』でも抱えていた欠点が、より顕著になってしまったと言っていい。軽量小型で運動性に富む『デルフィナス』から乗り換えたカールが、空戦において多用するであろう横旋回の能力が不足している『オルシナス』に不安を覚えるのも当然といえば当然であった。

 

 もっとも同じ『デルフィナス』を駆っていたにも関わらず、レフの感慨はまた異なる。

 

 心中に、カウント2秒。左右操縦捍を手前へ引き、同時にフットペダルを深く踏み込んでエンジン出力を上げてゆく。

 目まぐるしく流れる視界、頭上から眼前へと移る青。先程の左右旋回が嘘のように素早く反応した機体は、両翼端に航跡を曳きながら空を指し、旋回の頂点で上下を逆転させたまま機体を水平へと戻してゆく。頂点から機首を引き、背面のまま急降下へと移行した直後の速度の伸びは、もはや見事の一言だった。

 なるほどカールの言う通り、『オルシナス』には横方向への機動が鈍いという欠点がある。しかしそれとは裏腹に縦方向への運動性は良好な部類であり、垂直方向への戦闘機動に限れば『デルフィナス』にも引けを取らない運動性を持っているのもまた確かだった。高出力かつ双発のエンジンによる高い加速力は言うに及ばず、広い主翼面積と耐久性に裏打ちされた搭載量の多さもまた『デルフィナス』に勝る点だと言っていい。

 

 (よろず)において万能のものは存在しえず、最適を求めるには取捨選択を経ざるを得ない。

 その道理を踏まえれば、格闘性能を捨てた代償に垂直機動性と加速力を得た『オルシナス』という機体は、縦方向への戦闘機動を多用するレフにとって『デルフィナス』以上に肌に合う機体だった。機体調達を担うNEUの機材調達部が一パイロットの志向まで考慮した訳では無論無いだろうが、ともかくも今回の機材受領はレフにとって思いがけぬ幸運だったと言っていいだろう。

 

《あーあ。噂じゃ『デルフィナス』も新型ができたって話じゃないッスか。俺たちにもくれないッスかねー》

「ポート・エドワーズのNEU本隊(エリート連中)ならいざ知らず、こんなとこにまで優先的に流してくる訳ァ無いだろうが。それより、飛行時間はあと何分だ」

《えーと。20分後には次の当番が上がってくる予定っスから…あと15分ってとこっスね》

 

 慣熟を始めて2ヶ月あまり、今だ『オルシナス』の癖に慣れないカールはあからさまに不満の弁を口にする。いくらオーシア東方諸国ではここ『アヴァロン』の航空部隊が最精鋭とはいえ、ニューコムとゼネラルリソースの本社が軒を連ねるユージア大陸と比べれば、結局のところ枝葉の戦場でしかない。噂に聞く『デルフィナス』の後継機が優先的に配備されるなど万に一もあるはずもなく、レフは益体もないカールの愚痴に容赦なく蓋を被せた。どうせカールの言う通りに申請したところで、『新型機の配備は地域の優先度に応じて決めていく』とにべもなく断られるのがオチだろう。

 

「ちょっくら遊んで帰るか。カール、相手しろ。1対1(サシ)で模擬空戦だ」

《レフはご機嫌なんスから…。コーヒーの一杯でも奢ってくれっスよ!》

 

 並列に並んだ『オルシナス』へ、装甲キャノピー越しにカールへ向けた目。通信ディスプレイにやれやれ、と笑うカールの顔を確かめてから、長首の2機は左右へ大きく降下旋回へと入っていった。

 操作感を確かめる掌、気流を物語る轟、という音。降下角に自重を載せ、青峰の機影は速度を増してゆく。

 

 鈍色の台地、地上に引かれた白線には、尾部に焔を灯す『フォルネウス』の姿。

 空中警戒の交代時刻が迫り、今まさに空に舞い上がらんとする『アヴァロン』所属機に違いなかった。

 

******

 

「という訳で、レフの操縦には繊細さが足りていません。たとえ高速機動時でも、細かくヨーで針路を制御すれば攻撃機会は増加します。先ほどのカールとの模擬戦でも、少なくとも2回、攻撃機会を逸していました」

「くどくどと姑かお前は。表面にスパイク付けて転がれなくするぞ」

「いや、そうなるとスフィアちゃんいよいよ凶器になるんスけど…」

 

 ベンチに座を占めたスフィアが、内蔵されたディスプレイから懇々と声を投げかける。

 先ほどまでの模擬戦を地上から見物していたらしく、着替えの為に更衣室へ戻った早々から、スフィアはずっとこの調子であった。

 何の因果かスフィアと共に飛ぶ羽目となり、既に半年以上。当初から無感情にずけずけと言い放つ機械らしさを持つスフィアではあったが、もはや今では『私は性別の無い機械ですので』と主張し、堂々と男子更衣室まで転がり込んでは延々と総評を説き続けるまでに図太さを身に着けていた。今もなおちらちらと気にしながらパンツを履き替えるカールの向こうで、スフィアは画像を再生しながら『オルシナス』の運用について語り続けている。この傍若無人っぷりといい、絶対に曲がらない我の強さといい、一体誰に似たのだか。

 

 まったく、と悪友に向けるような溜め息一つ、レフは更衣室のロッカーから私物のフライトジャケットを引っ張り出し、袖を通さず肩へと羽織る。スフィアの声を右から左へと聞き流しながら、レフはタオルを首にかけ、財布と軍手をズボンのポケットへとねじ込んだ。今日の残り半日はひとまず非番ではあるが、今は他にも()()を抱えているのだ。暇があるうちに進めておきたいこともある。

 

 閉じたロッカーに鍵をかけて振り向くと、今度は抱えたスフィアに見上げられながら、カールが矛先を向けられる所だった。

 

「カールは、まだ『デルフィナス』の時と同じ癖で操縦しています。『オルシナス』は『アステロゾア』同様に横方向への運動性能が悪いので、レフのように一撃離脱か、縦方向への機動を心がけてください」

「スフィアちゃん…。でも俺、速度を活かした高速戦闘ってあんまり経験が無くてっスね…」

「高速戦闘でしたら『オーキャス1』お姉さまが専門としています。今度お会いした時には頭を垂れて感涙に咽びながらお姉さまの教授を受けてくだ……」

 

 半年以上も共に過ごせば、人間関係――スフィアを人間と言っていいかどうか議論の余地はあるが――はおのずと定まってくる。この半年で完全にスフィアの舎弟と化したカールを憐みの視線で見下ろすも一瞬、レフは不意に言い淀んだスフィアへと目を移した。まるで小石にでも躓いたように、スフィアはほんの数瞬だけ口をぽかんと開いている。

 

「…あ」

「…?どうしたっスか?」

「忘れていました。レフ、カール、お客様がおいでです。イルダ・バーモンテという女性と、先ほどはイングリット航空技官が」

「機械のお前が忘れるってお前…。で、何だって、イルダ?」

「はい。イルダ・バーモンテと名乗っていました。『その辺りをうろついて来る』と、出て行ってしまいましたが」

 

 唐突にスフィアが口にした名に、レフは怪訝に眉を顰めてみせる。

 イルダ、イルダ・バーモンテ。聞き覚えの無い名前である。2、3度口に出しても、やはりその響きから結ばれる像は思い浮かばない。『知ってるか?』と声を向けた先のカールもきょとんとした顔で首を横に振り、同様に馴染みのない名前であることを無言のうちに語っていた。

 

「心当たりが無ぇけどな…。どんな奴だ?」

「直接見た方が早いかと思います、レフ」

「いや、だからそれを聞いてだな」

「ほら、そちら」

「は?」

 

 スフィアに容姿を問いかけた矢先、ディスプレイの中の3Dモデルのスフィアはこちらの肩越しへと指を差す。

 素っ頓狂な声を二人同時に上げながら、背後――すなわち、更衣室の入り口を振り返った先。そこには、『よ』と右手を軽く上げて挨拶を見せる、赤毛の女性の姿があった。重ねて言うが、ここは男子更衣室である。

 

 間、一瞬。重なった予想外による硬直から、先に意識を取り戻したのはカールの方だった。

 

「やあぁぁぁぁ!待って!俺!俺まだパンツ!誰スかちょっとおぉぉぉ!」

「よ、じゃねえよ!男子更衣室って書いてあんのが見えねえのかこのアマ!ウチの童貞ボーイが怯えるだろうが!」

「イルダ・バーモンテ顧問航空技官(コンサルティング・パイロット)、お待ちしていました。今、二人の尻を叩いて着替えさせますので」

「待ってない!少なくともここでは待ってないっスから!!…待ってスフィアちゃん、ホントにジャンプで尻叩かないで!癖に、癖になるっスからぁ!!」

 

 転がるようにパンツを隠しながら、慌ててズボンを上げるカール。その着替えを急かすように、正確にカールの尻へ体当たりを重ねるスフィア。混沌ともいうべき降って湧いたドタバタ劇の向こうで、赤髪の女――イルダは初々しい反応を楽しむようににやにやと相好を崩している。

 ただでさえ忙しいこのタイミングで、一体何の用だというのか。

 首から下げたタオルで額を覆い、レフは面倒さを体現するかのような大きな溜息をついた。

 

******

 

「はは、慌てさせて悪かったよ。二人ともコーヒーで良かったかい?」

「あ、はい。すみませんっス」

「俺はココア。ミルクと砂糖マシマシのマシで」

 

 10分ほどの騒動の後。何とか体裁を整えた一行は、赤毛の女に連れられるままに『アヴァロン』居住スペースの休憩室へと場所を移していた。当番の交代からしばし時間が経っているためか、自販機や軽食スペースが並んだ休憩室は、今は閑散とした印象を醸し出している。

 紙コップに注がれた自販機のココアとコーヒーを目の前に置き、自らも対面へと座る女。いくつか言葉を交わしてもなお心当たりのない相手に、レフは探るように視線を向けた。

 顧問航空技官――すなわちNEUに所属するパイロットだと伺い知れるが、それを裏付けるように肩や腕周りはがっしりとしており、少なくとも同じ女性パイロットであるイングリットよりはるかにガタイが良い。赤みの強い肩下まで伸びた髪はそこここが外側へ向けて跳ねており、あまり身だしなみには頓着しない様子も見て取れた。大きく広げた胸元には豊満な乳房を想起させる谷間が覗いており、カールなどは先ほどからしっかりその辺りを凝視し続けている。

 

 気をしっかり持て、とばかりに、カールの椅子の脚目掛けて蹴りを一発。びくん、と揺れるカールを横目に、レフは最初に口を開いた。まずは目下の、最先である疑問について。

 

「…で。あんた、誰だ?」

「へ?…あー、そりゃそうか。地上で会うのは初めてだからね。この子らを見りゃ、それとなく察しは付くかね?」

「この子ら…?」

 

 ちら、と顔を見合わせ怪訝を見せる二人をよそに、赤毛の女は左肩に下げたバックパックを下ろし、おもむろに開き始める。しばしの後、テーブルの上に置かれたのは見覚えのあるバスケットボール大の黒い球体が二つ。その外見からするに、スフィアと同じ『オーキャス』シリーズの本体であることは言うまでもない。

 女のパイロット、そして二体の『オーキャス』。

 

 まさか。

 脳裏に過ぎるのは、数か月前の空の光景。記憶がそれを手繰り寄せるのと、二つの球体が開いて内部のディスプレイを覗かせるのは、ほぼ同時だった。

 

「…まったく、相変わらず雑な扱いをするものだ、マスター。これでも我々はニューコムの誇る軍事機密……。む、何だ。この凡庸な顔の男どもは」

「ふあぁぁぁ…。スリープモード、解除。よく眠れたわぁ。…あら、あらあら。こんにちは、『14(フォーティン)』ちゃん。マスターさん達も」

「ご機嫌麗しく、何よりでございます。『オーキャス1』お姉さま、『オーキャス6』お姉さま。またこうしてお会いできて、望外の喜びです」

 

 ぺこり、とディスプレイの中で頭を下げるスフィア。そしてその向こうで稲妻に打たれたように口を開け、椅子から転げ落ちんばかりに衝撃を受けるカール。以前にエスクード隊の『オーキャス3』を見ていたためカール程の驚きは無かったものの、それでもスフィアとは似ても似つかない二体の3Dモデルの様子には、色々な意味で舌を巻く思いだった。

 

 オーキャス1、と呼ばれた方はにこにこと笑顔を保ったまま、細い目の(まなじり)を下げてスフィアを愛でている。首上までの長さを持つ髪は、白みを帯びた淡い金で、シャンパンを思わせるような色合い。かなり強い癖を持った髪質は空気をたっぷりと含んだように左右へ幅を以て広がっており、頭側にぴょんと飛び出た部分だけが崩れることなく形を保っている。口調は今にも寝てしまいそうなおっとりのんびりとしたものであり、おおよそ戦闘用のAIというイメージからかけ離れた精神設定がなされているように感じられた。スフィアは水生動物のイルカやシャチ、『オーキャス3』は子犬を思わせる姿をしていたが、それに当てはめるならばオーキャス1はさしずめ羊、という所だろうか。

 

 片や、きびきびとした所作と直截な口調でこちらを睥睨するのは、オーキャス6と呼ばれた片割れの方。黄金色の眼は大きくも鋭く、ストレートの黒髪と相まって感じさせる意志の強さ――いや、むしろ強硬さすら感じさせる圧は隣のオーキャス1と似ても似つかない。頭頂左右には長い二等辺を持つ三角形の突起が二つ並び、その部分もまた他の三者と異なる外見上の差異となっていた。動物のモチーフに敢えて当てはめるなら、こちらは猟犬、または狼のイメージが最も近いだろう。

 とはいえ、そもそも空戦用AIに少女の、それも明らかに動物モチーフの姿を与えている辺り、ニューコムの開発者の趣味嗜好は多分に追及される余地があるのだが。

 

 尤も、今重要なのは二体の姿ではない。

 聞き覚えのある声の、二つの『オーキャス』。そしてNEU所属の女パイロット。これらを兼ね備える人間と言えば、心当たりは一つしかない。

 脳裏に過ぎるのは、数か月前に『円卓』で偶然共闘することとなった、主翼に二筋の赤線を刻んだR-101FR『デルフィナスE』。確か、名前は――。

 

「『バラッジ』…。あんたか、あの赤線の!」

「ご名答。4か月ぶりだね、青槍の」

「あ。…あー!あの時の『デルフィナス』の!そ、その節はお世話になりましてっス」

 

 想起したコールサインに回答で答え、赤毛――イルダはにっと笑顔を見せる。

 言われてみれば空戦の際は意識することもできなかったが、その声には聞き覚えがあった。記憶が確かなら、彼女は先発隊として『円卓』に侵入し制空権確保のためにGRDFと交戦。『ハルヴ隊』とも激戦を繰り広げたものの、燃料弾薬が底を突いたため『オーキャス1』を託して後退していったのである。あの時は図らずして『ハルヴ隊』と交戦したものの、イルダが託してくれた『オーキャス1』がいなければどうなっていたか分からない。その点では、間接的ながら借りのある相手でもあった。

 

「あの時は助かった。下手したら俺とカールだけであいつらと戦う羽目になってたからな」

「何、そもそも最初に助けられたのはアタシ達だからね。むしろ借りがあるのはこっちの方さ」

「レフ、レフ。私もいました」

「機数の話だ、アホウ。…それより、今日の用事ってのはその挨拶だけか?俺達はしばらく忙しいんだが」

「ああ、聞いてるよ。()()だって?…ま、だからこそ、今でもないと話せないと思ったからね」

 

 頬杖を突き、労わるように向かう言葉。粗雑に見えて意外な面倒見の良さを覗かせるイルダに、レフは苦笑がちに首肯した。

 イルダの言う通り、今のキャンサー隊は『オルシナス』の慣熟に加えて、さらに一つの用事を抱えていた。すなわち、再三の異動――正確には『アヴァロン』への臨時派遣を解かれ、古巣のル・トルゥーアへ帰還することが決まったのである。

 

 背景には、目下の戦況の変化がある。

 そもそも『アヴァロン』派遣が決まった背景には、ニューコムとゼネラルリソースで係争地となっていたゲベート行政区の存在があった。ファト、レクタ、ウスティオと各方面からゲベートへ圧迫を仕掛けるGRDFに対しベルカ行政区内の戦力だけでは到底不足していたため、NEUは一時的にオーシア東方諸国各地からベルカへと戦力を抽出していたのである。

 結果として、ゲベートはGRDFによる奇襲と区議会を巻き込んだ買収劇によって失陥。一連の撤退戦の後は両勢力ともに積極攻勢を潜め、状況を見守る状態となっていた。フォルカーの策謀によりUPEOによる仲介も不意になった以上、ニューコムがゲベートをただちに奪取するのは不可能になったのも、現在の小康状態を招いた要因であった。

 

 もっとも、考え方によればゼネラルリソースによるゲベート掌握が、オーシア東方諸国を一時的に安定させたと言えなくもない。

 そもそもゲベートは三方をゼネラル行政区に囲まれた陸の半島であり、遅かれ早かれ失陥することは目に見えていたのである。ニューコムとしてはオーシア東方諸国に産業基盤であるベルカとノースオーシア、経済基盤と港湾拠点を持つサピンさえ掌握していればよく、経済規模からみて旨味の少ないゲベートは徒に資源を浪費する存在でもあった。UPEOの介入以降、ニューコムが積極的なゲベート奪還に動かなかった最大の要因はこの点にあり、いわばゲベートは体よく損切りされた、と言えなくもない。経済領土を失うことで仮初めながらも地域に平和が訪れたというのはニューコムにとって何とも皮肉な現実であった。

 

 以上の結果、当面ゲベート方面に対する戦力を維持する必要が無くなったため、キャンサー隊もまた古巣のル・トルゥーアへ帰還することとなったという訳である。お蔭で異動が決まって以降、レフやカールは慣熟訓練や警戒業務の合間を縫い、引継ぎの準備や私室の片付けに大きく手を取られる状態になっていた。今日も今日とて、本来ならば部屋の片付けに入る積りだったのだ。

 

「それじゃ、手っ取り早く要件だけ。…青槍の。この『オーキャス1』を預かってくれないか?」

「え、面倒くさい」

「即答!?レフ!ちょっと落ち着いて考えるっス!こんなおっとりふわもこ巨乳なAI少女とお近づきになれるんスよ!?」

「だいたい、何で人に預けるんだよ。お前はその二体のマスターなんだろ?そりゃ多頭飼いは大変だろうが」

「待て、私をペット扱いするな人間」

「いや、そこが結構複雑でね。実は…」

 

 レフはカールを、イルダはオーキャス6を。話の腰を折りそうな二者をそれぞれ掌で押さえながら、イルダは今に至る経緯を語り始めた。この耳を疑う難題を、是が非でもレフに呑ませるという熱意を以て。

 

 語るところによると、そもそもイルダは『オーキャス6』のみの担当パイロットであり、『オーキャス1』を担当するパイロットと研究者は別にいたのだという。ところが、とある戦場で同行した際に『オーキャス1』のマスターであるパイロットは敵の攻撃により撃墜。通信途絶の間際に近くにいたイルダへ指揮権限を委譲し、以降は成り行き上イルダが両者のマスターを担う形となっていた。

 しかし先の『円卓』における空戦で、イルダの機体の後席に乗っていた研究者が負傷。2体もの『オーキャス』を管理できる者がいなくなり、イルダはその代役を探していたのだという。ある程度の能力の維持は各『オーキャス』で完結できるとはいえ、やはり定期的なメンテナンスの有無はそのパフォーマンスにも影響を及ぼすことになる。

 

「…で、思い当たったのがあんたって訳さ、青槍の」

「って言ったってな…。俺は調整なんてできないし、ウチの研究者(フォルカー)は偏屈だ。他の球コロまで整備してくれるかどうか…。第一、こいつらの機体はワンオフの特殊な奴なんだろ?田舎のル・トルゥーアじゃ整備しきれねえよ」

「大丈夫だいじょうぶ。あんたんとこの研究者さんには、アタシが先に許可を取り付けといたよ。機体にしても、『1』の『マルティム』は既存機の部品を多用した保守的な機体だ。『オルシナス』の整備ができる規模なら問題ないさ」

「…あいつがそんなことの許可をぉ?」

「ああ、しばらく考えてたけど、快諾だったよ?」

 

 予想外の事態の推移に、レフはしばし内省する。

 

 以前に問い詰めた通り、フォルカーの宿願はスフィアを最強のAIとし、ニューコム・インフォに自らの価値を認めさせることにある。そのためにUPEOとゼネラルの間に紛争を勃発させ、その隙に乗じてオーレッド湾に沈むという遺物――ヴァルハラシステムなるものの引き揚げを目論んでいるのだ。事実、今なおUPEOとゼネラルの間ではしばしば衝突が起こっており、自体はフォルカーの望む方向に推移しているといえる。今回のル・トルゥーア帰還についても、フォルカーの手が裏から回ったと邪推できなくもない。

 

 そんなフォルカーが他の『オーキャス』を必要としているとすれば、それは体のいい手駒として以外の何物でもないだろう。奴にとってはスフィアさえ残ればよく、それ以外のオーキャスや研究者は言ってしまえば邪魔な存在でしかないのだから。

 俺としても、スフィアならいざ知らず、『オーキャス1』に特に思い入れがある訳では無い。フォルカーが引き受けると言った以上、それを横から破る立場にはないことも理解している。

 

 だが、それでも奴が、()()()のUPEOの連中のように『オーキャス1』を野望の為の人柱として使い潰す気なのだとしたら。――俺の『納得』を、屁理屈と独善の理想とやらで糊塗しようとするならば。

 その時は後部座席から放り捨ててでも、奴の思い違いを正してみせる。

 

「…あいつがOK出したんなら、俺がどうこう言う話じゃない。いいんじゃねえか、それで」

「ホントかい!?いやー、助かる。恩に着るよ」

「あらあらー、今度はフォーティンちゃんと一緒なのね。嬉しいわぁ。よろしくね」

「私こそ、よろしくお願いします。この上ない喜びと興奮で今にも私は爆発四散しそうです」

 

 存外に強い正拳突きで胸元を小突き、了解を喜ぶイルダ。咳き込むレフの向こうでは『オーキャス1』が頭を下げ、スフィアはその場で高速回転して喜びを身に表している。心なしかその上に湯気が昇っているように見えるのは、目の錯覚だと信じたい。カールは露骨に頬を緩ませ、喜びを噛みしめている風情であった。

 

「やー、ありがたい。…さて、あんたたちも忙しいだろうから、引き止めても申し訳ない。アタシ達はこれで邪魔するよ。一応『マルティム』に関するデータは後で送っとくから、見といてくれ。行くよ、『オーキャス6』」

「……ふん。そこの柄の悪い男と軟弱な男。姉さんやフォーティンを損傷させたら、容赦しない。覚えておけ」

「へいへい、またな」

「っていうか俺の認識酷くないっスか…?」

 

 じろ、と睨むように眦を上げ、言葉を強める『オーキャス6』。ディスプレイを収納したそれを抱え、イルダは踵を返し、手を振りながら休憩室の扉に手をかける。元々『アヴァロン』の所属でない彼女は、そのまま本拠へと帰還する積りらしい。

 

 予想外の申し出に揺動した時間であったが、これでようやく部屋の片付けへと戻れる。

 一息にココアを流し込み、溜息とともに生じた予断。安息ともいうべきその数秒は、イルダが開けた扉の先から流れ込んで来た奇声に脆くも打ち壊された。

 

「――……きゃんさあぁぁぁぁーー!」

 

 わずか数瞬の間に起こったそれらを、瞼に残る記憶から解釈するとこうなるだろう。

 廊下の先から疾駆する、多分に少女らしさを残した女の声と足音。

 思わずそちらを振り返るイルダ。

 そしてその真正面から衝突し、顔面をイルダの乳房にぶつけた反動でひっくり返る人影。

 頭をさすりながら平謝りに謝る人影の前で、イルダはいいよいいよと掌を仰いで宥めて、その場を後にしてゆく。その後に残された人影一つは、は、と気が付いたように顔を上げ――こちらへ目を合わせると、突進するように扉を開き、何の断りも無いまま滑り込むようにレフの正面へと腰を下ろした。

 色白の肌に、細く後ろで結い上げた金髪。並みならぬ距離を走って来たらしく、ぜいぜいと息を弾ませるのは、ここ『アヴァロン』で顔なじみとなった『ギャラハッド』――イングリット・ルートヴィヒだった。

 

「……おっぱいって!凶器ですね!!」

「落ち着けバカ」

「イングリットさんが言うと解釈が分かれるのがまた…。…あ、そういえば。イングリットさんも用事があるんだったっスっけ、確か」

 

 気付け代わりにイングリットへ手刀を叩きこみ、レフは呆れ顔で言葉を向ける。こうして面を向かわせて会うのは久方ぶりではあるが、変わらぬ――否、一層輪をかけて気合が空回っている姿はある意味で安心するものだった。

 

 というのも、ゲベート国境沿いでの戦闘後、イングリットは長期間の療養に入っていたのである。身体の負傷もさることながら、ニューコムの鹵獲機を利用したGRDFの戦術で部下を失った事実が、新人のイングリットにはよほどに堪えたのだろう。心身ともに完治して近々復帰するとは聞いていたが、この様子なら心配はなさそうであった。

 

「イングリット、大丈夫ですか?冷たい水をお持ちしましょうか。カールが」

「はー、はぁ…。お気遣いなく、ぜぇ、スフィアちゃん…」

「それよりお前は何の用事だ。長いようなら別室で聞くぞ、カールが」

「何で俺!?」

「いえ、はぁ、はー……。…レフ技官!私を、ル・トルゥーアに連れて行ってください!」

 

 は。

 思わず口をついた、呆れと虚の入り混じった音。予想外の申し出が耳から左へとすり抜けて、思考が一瞬硬直する。

 それを躊躇と受け取ったのか、イングリットはテーブルに身を乗り出し、ずい、と顔を突き出してなおも言葉を接ぎ始める。

 

「この前の戦いで、私は未熟を思い知りました。信義や優渥の思いを戦場に持ち込んでも、そこに力や能力が伴わなければ意味が無いということも。…私は、まだ『アヴァロン』のパイロットに相応しくないと実感したんです」

「……」

「ベルカを離れて、新しい世界で自分を磨かなければいけない。そんな思いに私は駆られました。そんな時、キャンサー隊の皆がサピンに戻ると聞いたんです。…そこで思いました。今だ、と」

「えー…ってことはつまり、ル・トルゥーアに行きたいってのは…」

「武者修行です!!」

 

 身を乗り出し、きっぱりと言い切るイングリット。武者修行という多分に時代錯誤な言葉選びに、ぽかんと口を開けた一同の間でしばし空気が止まった。

 

 まっすぐな瞳、初々しいほどに青い感情、そして中世の見習い騎士然としたその在り方。あまりにも現代らしからぬアンバランスなその姿に、レフは思わずぷ、と吹き出していた。武者修行、上等ではないか。何であれ、もがきあがきながらも成長しようとする様は見ていて清々しく、自らを曲げない猪突猛進の在り方も共感する所がある。

 ル・トルゥーアはニューコム経済圏の中でも、厄介者や変わり者が流れ着く流刑地。ならばそこに、いかにも時代錯誤な見習い騎士が流れて行っても何一つ問題は無いだろう。

 

「あー!何で笑うんですか、レフ技官!」

「ははは!いや、悪い。こちとら厄介者(キャンサー)二の足踏み(センチネル)、おまけに偏屈研究者や球2個まで揃ってるんだ。今更騎士見習いが一人増えたって変わらねえだろうさ」

「え。…え、じゃあ…!」

「流刑地は来るもの拒まず。好きにしろ、『ギャラハッド』」

「…やったー!!」

「『アヴァロン』のパイロットが来るなら俺も心強いっス。あ、階級はともかく、俺のが年上っスからね」

 

 歓喜の拍子に飛び上がり、椅子が倒れるのにも構わず喜びを露にするイングリット。クリスマスを迎えた子供のような喜びように、傍らのカールも思わず頬を綻ばせた。

 これで、人員は単純計算で二名増。配備機は、編成は、ル・トルゥーアでの居室や事務分担は。考えることは山積しているが、今は環境の変化が面倒ながらも喜ばしかった。ル・トルゥーアへと戻ってキャンサー隊を再編するのに、幸先が良いと言えるのではないだろうか。

 

「イングリットに来てもらえるのなら、私も嬉しいです。おやっさんも、また紹介しないといけませんね」

「あら、あら?よく分からないけれど、ひとり増えるのね。とっても賑やかになりそうで、いいわねぇ」

「はい!スフィアちゃんも、えーっと…羊っぽいあなたもよろしくね!」

「はいはいそこまで。それじゃイングリット航空技官に最初に命令を与えたい訳だが。人手が増えたところで、俺らの部屋の片付けへの支援を要請する」

「もう命令が!?…いや、いえ!やります!総ざらいする気で片づけます!」

 

 紙コップを放り捨てたレフから告げられた()()に戸惑い一瞬、イングリットは気合を込めて応じて見せる。スフィアを含め、これで頭数は3人から一挙に5人。戦場であれ清掃であれ、数が力である道理はどの環境でも変わることはない。

 

 高まるUPEOとゼネラルリソースの緊張、そしてやがて開くであろうオーレッド湾での戦端。それらを控えた小康の今、ベルカで結んだ縁がこうして力となるのは何よりも力強い。

 かちり、と進んだ分針の下、レフは一同に先立って、未だ散らかったその居室へ向けて脚を向けて行った。

 

 なお後日、秘蔵していたピンナップまで文字通り総ざらいにされ悲嘆に咽ぶレフの姿があったというが、それはまた別の物語である。

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