Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《長期間のベルカ行政区への派遣業務、ご苦労だった。
 帰還して早速で悪いが、諸君らに任務を与えたい。現在、ゼネラルリソースとUPEOはゲベート案件に係る準交戦状態にあるが、この対抗措置としてゼネラルリソースは艦艇を派遣し、オーレッド湾湾口を封鎖。UPEO関連施設への入港はもとより、ニューコム側の艦艇進入すら妨害する状況となっている。これに対抗すべきNEUの機動艦隊は『ランドグリーズ』艦隊戦の被害を受け修復・再編のさ中であり、前線への投入は不可能である。
 そこで、キャンサー隊は対艦装備で出撃。オーレッド湾口を封鎖するゼネラル艦艇を排除し、海上封鎖を破綻せしめよ。
 なお、先月からオーレッド湾周辺では、艦艇の艦載機と思しき不明機からNEU施設が攻撃を受ける事態が多発している。攻撃の際には、敵艦載機にも十分に警戒するよう》


第20話 Under the water

「ついに、待ちに待った時が来た」

 

 血走った目に、仄暗く幽鬼のような光が蠢く。

 十字に補強の入った窓ガラスから洩れ入る東日は、西寄りに位置するこの部屋では十全に屋内を照らすに至らない。

 古びた時計が告げる秒針、薄暗さ纏う陰鬱な灰色の方形。部屋の至る所には雑多に物品が並び置かれ、備品倉庫という名のガラクタ部屋らしい様相を醸し出している。その一角、ところどころに錆が付き、処分を待つ古びたベンチの前。そこには書類の山に囲まれながらベンチに腰掛けるフォルカーと、眼前で立ったまま腕を組むレフの姿があった。

 

 時計の下枠、日付を示す四角い枠には2039年11月27日の表示。レフ達が古巣のル・トルゥーアへと戻ってから、わずかに1日しか経っていなかった。

 

「こんなところにわざわざ呼び出して、何事かと思ったが。…そうかい、とうとうやらかす気なんだな」

「阻止する…今更、そう言う訳ではないだろう?」

「当たり前だ。お前がこれまで、結果的に何人を殺したと思ってる。その犠牲まで無意味にしてたまるかよ。…例の『宝物』を掬い上げられたなら、お前の顔を原型が無くなるまで殴り倒す。何一つ手に入らなかったら、その時は指差して笑ってやるさ」

「結構だ。人間性も善性も情義も、私には些事でしかない。求めるもののためなら、甘んじて受け入れよう」

 

 す、とレフの目が細まり、拳に力が籠る。

 かつての戦争の遺物であり、あらゆるエースの機動を再現するといわれる支援OS『ヴァルハラシステム』。オーレッド湾に沈むと言われるそれを手中に収めるため、確かにフォルカーはその全てを捨てて策謀を重ねて来た。ゲベート紛争の調停でUPEOの理事を謀殺したことでUPEOとゼネラルリソースは一触即発となり、その影響でUPEOが管轄するオーレッド湾への警戒は確実に薄れているのである。レフにとって腹立たしいことではあるが、目下の状況としては、まさにフォルカーが意図した通りに事態は進んでいると言えるだろう。

 

 見届けてやる。この馬鹿な妄執の果てを、最後まで。

 事態の一部となってしまった自らを省みて、レフは心中に意思を刻む。

 覚悟、観念、溜め息一つ。レフは傍らの古びたソファにどかりと腰を下ろし、フォルカーの言を促した。

 

「で。どうするんだ、その肝心の引き揚げは」

「状況が状況だ。ニューコム傘下の業者へ委託要請はできない。幸い、ゼネラル、ニューコム両社の傘下でない仲介業者がオーシアのルーメンにある。そこを経由し、民間の調査機関へサルベージ船の派遣を委託した。ニューコム・インフォへは、試験実施に係る実地調査の名目で予算確保を伝達している」

「ニューコムを経由すると、他のライバルにも情報が洩れるから、ってか。やだやだ、研究者の嫉妬って奴は」

「サルベージ船がサピン沖に到着し次第、我々も動くことになる。方針は、こうだ」

 

 謀略戦への警戒も、過ぎればどこか不潔ないやらしさを覚えさせる。嫌悪感を隠そうともせず首を振るレフへ応えぬまま、フォルカーはオーレッド湾周辺の地形図と海底調査結果、実施スケジュールらしいフローチャートの書類を提示して見せた。この半年であらゆる事態を考慮したのだろう、フローチャートは偏執的なほどに綿密に形作られ、フォルカーがつぎ込んで来た執念を無言のうちに物語っている。

 

 フォルカーの案を概観すれば、計画は3段階に分けられる。

 まず第一には、周辺に存在するGRDFおよびUPEOへの攪乱である。すなわちオーレッド湾から両軍の目を逸らすために行うウスティオ方面への欺瞞偵察であり、これにはフォルカーの裁量で動かせるニューコム・インフォの『フォルネウス』が担うことになる。表面上ニューコムとUPEOは交戦状態にないため堂々と攪乱はできないが、迎撃機に追われる体でGRDFの機体をUPEO管轄下の五大湖周辺まで引っ張り出せれば、結果的にUPEOも攪乱できると踏んだ訳であった。

 

 第二段階は、サルベージ船の進入とその護衛である。この護衛には『民間業者から委託を受けた』という名目でキャンサー隊が当たり、万一に備えて空海への警戒に当たることになる。当日に余計な任務へ派遣されないよう、事前にフォルカーが基地司令へ鼻薬を嗅がせておくことは言うまでもない。

 フォルカーによれば、『ヴァルハラシステム』が沈んでいると思しき地点の候補は7か所。いずれも航空機らしき形状の残骸が海底に沈んでいることが確認されており、そのいずれかにシステムが残存している可能性があるという。

 

 第三段階は言うまでも無く撤収である。この時点ではどれだけ遅く見積もってもUPEOやGRDFが事態に気づくと考えられるため、キャンサー隊が殿となって追撃を防ぐことになる。フォルカーの弁では、スフィアの『ヴェパール』が有する()()()さえ使えば、並みの機体では戦闘すらままならなくなるとのことだが、レフは最悪に備えたその『万一』を当てにする気は無かった。

 

「欺瞞偵察でゼネラルやUPEOまで引っ掻き回すとは、大それたことを考えやがる。…今しがた、俺たちもオーレッド湾口の()()を仰せつかった所だが、これもお前の差し金か?」

「買い被って貰っては困るな。今回の任務はあくまでル・トルゥーア独自のものだ。…私は、あくまで『懸案事項』として基地司令に伝えただけに過ぎない。ニューコム・インフォ直々のプランに貢献し、業務成績を上げる機会と仄めかしてね」

「へっ。本当に悪党だな、あんたは」

「結構。善も悪も、立場で見方は変わるものだ。そんなものに、私は拘泥しない」

「…ああ、そうかい」

「さて、相談は以上だ。そろそろ行くとしよう。備えるべきことはあまりに多い。準備はし尽しても、過ぎることはないのだから」

 

 目を合わせぬまま口早にそう言い、フォルカーは書類を纏めて席を立っていく。事態が近づき、もはや座して休む気分にはなれないのか、フォルカーの目と空気には、興奮と焦燥が見て取れた。

 

 目的のために、善も悪も関係ないと言い放ったフォルカー。そして、自らの中に確たる美意識と行動理念を持ち、『納得できるかできないか』という物差しで行動するレフ。対極的な両者にあって折り合いがつこう筈も無く、レフは今なおフォルカーに対し納得を抱くに至れない。実際、ただ巻き込まれただけなのなら、レフはとっくの昔にフォルカーを放り出していただろう。

 だが、成り行き上とはいえフォルカーに騙られ、その行動の片棒を担がされた今となっては、その理由だけで放り出すのはそれこそ納得できることではない。総ての結果を見届け、フォルカーの傲慢に一痛棒を食らわせるまでは、少なくとも付き合う義務がある。

 

 まったく、とんだ奴に付き合ったものだ。溜め息は白い靄となり、冷えた室内をゆるゆると昇っていく。

 

「…前言撤回だ。あの野郎が成功しても失敗しても、とりあえず一発ぶん殴る」

 

 壁面のスピーカーが雑音交じりの声を上げ、キャンサー隊の参集を告げ始める。

 件のオーレッド湾口への出撃時間が迫り、待機が下令されたのに違いなかった。

 

******

 

《レフ…レフ!聞いてるっスか!?針路ずれてるっスって!》

「…。いちいち叫ぶな、聞こえてるっつの。少し考え事だ」

 

 白昼夢のような昏い光景が瞼を去り、蒼穹が網膜をじわりと温める。

 時刻、1410時。高度2000、オーレッド湾東部上空。

 冬にしては珍しく雲の少ない晴れ渡る日差しを受けて、眼下の水面はきらきらと照り返しを放っている。波は多少あるものの風はさほど強くなく、東に見えるサピン中部の台地も、今日は遠くまで見渡すことができた。内陸方面に粟粒のように点在する朽色の建物はワインの醸造所らしく、ひっきりなしに人や車が往来する様も見て取ることができる。

 

《まったく、ル・トルゥーアに戻ったからって緩み過ぎっス。そんなんじゃイングリットさんや()()()ちゃんに嫌われるっスよ》

「なんだそりゃ。というかコールサインで呼べ、コールサインで。今日はどっちだ3番機」

《今日はカール航空技師なので『センチネル』でお願いします、レフ技か…じゃなかった、『キャンサー』。あれ、『ランサー』でしたっけ?》

「…ややこしいことになったもんだ」

 

 はぁぁ、と面倒くさそうに溜め息一つ。元来が横着者で面倒が嫌いなレフにとって、部隊編成等の実務面における調整作業は苦手な仕事の一つである。今回の編成は半ばレフ本人が招いたこととはいえ、再編成初日の混乱を伴った煩わしさは何とも慣れないものであった。

 

 レフの心象を示すように、オーレッド湾上空に翻る機影は4つ。半年前まで2機の『デルフィナス』で構成されていたキャンサー隊も、今や特殊づくめの4機編成へと変貌していた。

 言うまでも無く、1番機はキャンサー1ことレフのR-211C『オルシナスC』である。穂先を思わせる青の塗装パターンへの変化とともにTACネームも『ランサー』へと改め、心機一転して引き続き隊長機の位置にあった。ちなみに『オルシナス』は複座機であり、後席には先代同様にフォルカーが座ることになる。キャンサー2にはこれまでと入れ替わりの形でスフィアが入り、TACネーム『オーキャス14』としてレフの右後方に付随していた。カールと小隊内での位置を入れ替えたのは、2×2のエレメントを想定するに当たり、カールが第2分隊の隊長機となる3番機にいた方が都合が良かった為である。

 

 複雑なのは、キャンサー3であった。これは『オルシナスC』をカールと、新たに派遣となったイングリットで運用することとなったのであるが、前席のパイロットと後席の兵装システム士官をそれぞれどちらが担うかが現時点では決まっていないのである。今回は試用ということでパイロットをカールが、兵装システム士官をイングリットが担当しているが、見切り発車の感は否めない。

 そして最後尾のキャンサー4には、イルダから押し付けられた『オーキャス1』が、その専用機であるXR-99BI『マルティム』で以て随伴している。愛称が無いと寂しいというカールの主張の下、『オーキャス1(ウーノ)』から一部を取った『スゥノ』を呼び名として宛がわれ、目下イングリットを仮のマスターとして設定したのであった。無論、レフがイングリットへ押し付けた結果なのは言うまでもない。

 

 機体も出自も、何ら一貫性の無い4機組。多分にちぐはぐな構成となったこの姿こそが、新生キャンサー隊の概観であった。巴の6を記したかに座(キャンサー)のゾディアックシンボルを部隊エンブレムとして尾翼に刻んでこそいるものの、尾翼が2枚ある上傾斜している『オルシナス』では、それを明瞭に見分けることも難しい。

 

《スゥノ、スゥノ…うふふ。前のマスターもイルダもよくしてくれたけど、名前を貰ったのは初めて。嬉しいわぁ》

《カールは発言も性癖も見下げ果てる他ないですが、命名のセンスだけは評価に値します。その要素だけで存在意義の7割を担っていると言っていいでしょう》

《最近スフィアちゃん辛辣過ぎないっスか!?》

「レフ君、大丈夫かね、この部隊は」

「………ノーコメント」

 

 頭を抱えたい衝動を辛うじて飲み干し、レフはフォルカーに言葉少なに応じる。半ば意図的にカールを弄るスフィアはいざ知らず、異動したてで慣れない環境に舞い上がるイングリットも命名に浮かれるオーキャス1も、今日ばかりは心ここにあらずの様相と言っていいだろう。海上封鎖に当たるゼネラル艦隊の排除という比較的難度の低い任務というのも、おそらくはそれぞれの心理の後押しをしているのに違いない。何せ洋上にいるゼネラル艦艇はいずれもフリゲート艦やミサイル駆逐艦であり、航空戦力はせいぜい対潜ヘリ程度。鈍足な『アステロゾア』ならともかく、超音速攻撃機である『オルシナス』ならば艦対空ミサイルの脅威も低く、苦も無く排除できる相手と断じていいだろう。

 

《……!キャンサー2よりキャンサー1。オーレッド湾口付近に艦艇を確認。反応は3、いずれも識別はGRDFです》

《3?たった3隻?…おかしいですね。情報より少ないみたいですが》

《『ヴェパール』よりデータリンクを行います。…追加情報です。敵艦隊、各個に回頭中。回避運動を行っていると推定されます》

「なにィ?」

 

 通信を揺らす、スフィアの声。

 その中の引っ掛かりが違和感となり、違和感は疑念を呼ぶ。レフは正面ディスプレイを操作し、傍らのサブモニターに表示された広域レーダーへかじりつくように目を向けた。

 現在地から距離にして8000ほど南西、オーレッド湾口の細首を抜けた辺りには、確かに艦艇の反応が3。湾を封鎖するには明らかに数が少ないのもさることながら、敵艦はいずれも統制なくばらばらに散開しており、あるいは右、あるいは左へと小回りの回答を繰り返している。

 そのうちの、一つ。最もオーシア側に近い艦影が不意にレーダーから消えた時、疑念は確信に変わった。

 

《駆逐艦1隻、レーダーよりロスト》

「こりゃ間違いねぇ、誰か先におっぱじめてやがる。どこの連中だ?」

「…!?馬鹿な、あり得ない!万全に情報を整理したんだ。周辺にニューコムの部隊が存在する筈が無い!」

《残存艦艇の1隻、急速に速度低下。熱源反応増大、被弾した模様です。空域に水上艦および航空機の反応なし。飛来する長距離ミサイルも感知していません》

「見に行ってやるか。どんな奴なのか」

 

 先回りして答えるスフィアに、興味と疑念が笑みとなって口端に昇る。誰もいないはずの海域に生じた戦火、そして顔の見えない脅威に逃げ惑うゼネラル艦隊。事態は一向に見えて来ないものの、件のサルベージ船を無事に湾内へ迎えるという当初の目的を考えれば、少なくともその正体を確認しておく必要はあるだろう。

 増槽、投棄。火器管制システムの安全装置を解除。

 臨戦態勢を整え、後続の3機も同様に増槽を捨てるのを確かめてから、レフはフットペダルを踏み込んで『オルシナスC』の速度を増していった。レーダー上では加速性能に劣る『ヴェパール』が遅れ始め、残る3機と距離が開きつつある。

 

《『ランサー』!キャンサー2と距離が…!》

「今は状況確認が大事だ。心配しなくてもあいつは勝手に追いつくだろ」

 

 振り返る間も惜しく、レフは海面とレーダーを交互に見やりながら方位を調整してゆく。

 距離6000、5000、…4000。水平線にオーレッド湾口が見え始め、同時に小さな艦影と、たなびく黒煙が姿を現し始める。水面の反射がところどころ途切れるのは、おそらく洋上の浮遊物と見ていいだろう。遥か見にもその数はおびただしく、どう少なく見積もっても既に4隻は沈んでいると見ていい。

 交戦の巷まで3000を割り、2000に達した辺りで、レフはふと洋上にちらちらと舞う物体を捉えた。あまりにも小さく、下手をすれば一回り大きなグライダー程度のサイズしかないが、それは時折きらきらと光を帯びながら波に触れそうな低空を泳ぐように飛んでいる。視認できる限り、数は2。光学センサーから拾った画像をディスプレイに拡大すると、それはカメムシのような角ばった胴体にカモメのように上曲した三角翼を持った全翼機であり、機体下部には安定翼と思しき腹びれのような突起も見て取れる。キャノピーらしい箇所は見当たらず、そのサイズから見ても人間が乗っているとは到底思えなかった。

 

「何だ、ありゃ。ニューコムの識別リストでも見たことないが」

《UPEOの機体っスかね。識別記号も何もないっスけど》

《……これは…!待ってください!あの機体、まさか…!『ランサー』、『オーキャス1』、あの敵機を拡大してください!》

 

 目を凝らす中、何かに気づいたらしいイングリットの声が鼓膜を揺らす。その声は明らかに動揺しており、どこか恐れを帯びたような声音が妙に耳に残った。

 一体何だというのか。レフは心に独り言ち、機速を緩めながらディスプレイ上の画像を拡大してゆく。

 とはいえ、拡大を進めてもこれと言って気づくことは無い。サイズの割に速度が速く、オイルと陽光で反射する光と相まってその機動を追うのは一苦労だが、完全に見失うほどではなかった。それらはまるで海鳥そのもののように低空をゆるゆると舞い、きらきらと光る水面を背に翼を広げて――。

 

 いや。

 光っている。

 確かに光っている。背景では無く、その()()が。

 ――まさか。

 心の臓にぞ、と悪寒が走り、レフはわずかに画像を引く。光っているのは、確かにその機体の機首。正確には、その側面に設けられているのであろう機銃。そこから吐き出された曳光弾は、過たず水面へと降り注いで――その隙間、洋上を漂うボートや人影を、炸裂の衝撃で以てばらばらに千切り捨てていた。腹立たしいほど懇切丁寧に、まるで機械のように一途に、その翼は人を血と肉の赤へと染め変え続けている。

 

 心の奥が、ぞわりと騒ぐ。

 それは恐怖であり、そして不条理を怒るように内奥を燃やす熱。レフは気づいた時には、フットペダルを深く踏み込んでいた。

 

「――あいつら!!」

《『ランサー』!?…レフ、待つっス!友軍の可能性もまだ…!》

「知った事か!国籍不明じゃどのみち文句もねぇだろうさ!」

《…もう!》

 

 義憤ではない。惻隠や仁愛という正の感情ですら断じてない。

 ただ内奥にあるのは、『気に喰わない』――納得できないという甚だ自分勝手な怒りの感情。その熱を速度に変えるように、青峰の『オルシナスC』は洋上を駆けた。高出力エンジンと機体形状に裏打ちされた『オルシナス』の加速力は比類なく、目標への距離を瞬く間に迫っていく。

 距離、1200。フリゲート艦から海面へ向けてミサイルが放たれ、入れ違うように水上に雷跡が浮かぶ。

 距離、1000。900。敵機は小回りが利き、投影面積も小さい。『オルシナス』の搭載機銃では海面を誤射する可能性も大きい。

 一瞬の判断で選択するは、主翼下ハードポイントの短距離空対空ミサイル(AAM)1発。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)上のダイヤモンドシーカーが今なお海面を狙い打つその背を捉え、確殺を告げる赤へと変わった瞬間。レフは兵装ボタンを押し込み、投げ槍のような一尖を撃ち放った。

 

 海上に反響する轟音、左翼側に立て続けに生じる爆炎の渦。赤と黒の衝撃を縫って、『オルシナス』は旋回する敵機の傍を擦過してゆく。

 間、一拍。

 後方には新たな爆炎の華が咲き、上曲した小型機の翼を微塵に打ち砕いていった。

 

 右翼エンジンポッドの回転数を下げ、右の操縦桿を引いて機体を反転させる。振り返った先では後続したカールがもう1機の小型機を撃墜し、その傍らでゼネラルリソースのフリゲート艦が真っ二つとなり沈んでゆく様が目に入った。急速な沈没は水面に大渦を生み出し、辛くも生き残った生存者を容赦なく仄暗い海中へと呑み込んでゆく。鏖殺の結末は変わることはない――そう語るかのように、情の立ち入る隙の無い物理法則の渦の中へと、水面に浮かぶ数多の命は沈んでいった。

 

 徒労。

 脳裏に過ぎるその言葉を消し去るように、レフは水面から目を逸らす。頭を上げ、操縦桿を引いて、レフは上空に佇む『マルティム』の傍へと高度を上げていった。

 

《ら…『ランサー』!あの機体の詳細も分からないのに、なんて無茶を!》

「あの際仕方なかっただろうが。…それより、どう見る、今の」

「…あのフリゲート艦が沈む前、魚雷の航跡が見えた。状況を判断するに、攻撃者は潜水艦と見て間違いないだろう。問題は、その正体が何かということだ。ゼネラルではないし、ニューコムならば浮上して通信を行うのが筋だがそれもない。組織の性格上、UPEOが攻撃型の潜水艦を保有している可能性も低い」

《それに、何でわざわざ生存者を機銃掃射で殺すなんて真似を…。何一つ意味が分からないっス》

「このまま悩んでても埒が明かねぇ。スフィアが追いつくのを待って、海中の索敵を……?何だ?」

 

 フォルカーの分析、カールの疑念。それらに首肯しつつ、途方に暮れたように海面を見下ろすレフの目に、不意に違和感が映ったのはその時だった。

 距離2000ほどを隔てた、西側の海面。穏やかなその表面に、突然大きく白波が上がったのだ。

 2つ、4つ、合わせて6つ。白波からは弾丸のような黒い鋭角が打ち上がり、やがてその形はばらりと崩れ、角ばった中心部からガル翼状の三角翼が広がるように生じてゆく。

 見下ろす目。レーダー上には先ほどの2機と同じ反応。そのいずれもが速度を帯びて、高速でレフ達の方へ接近しつつある。

 ――敵。

 

《あれは…さっきと同じ!?しかも海中から!?》

「そんなのアリかよ…!全機、右に迂回!バカ正直にヘッドオンしてやる義理は無ぇ!」

 

 左の操縦桿を手前、同時にエンジン出力をカット。

 『オルシナス』が苦手とする横方向への機動を幾らかでも早めるべく、レフは左右エンジンの出力バランスを変えながら機体を旋回させてゆく。真正面から殺到する敵編隊に対し斜めにその火線をいなす形であり、被弾のリスクを抑えた上で敵を迂回し、後方上位の優位を取るのが狙いであった。あの敵機の母艦である潜水艦も気になるが、今は眼前の脅威への対応が優先である。

 

 機銃の閃光を帯び、左翼側を擦過してゆく敵編隊。

 その傍らを抜け、レフは左右の操縦桿を手前へ引くとともにフットペダルを踏み込んだ。鈍重な左右への動きから打って変わり、『オルシナスC』は機敏に鼻先を上げて敵の上方へと占位してゆく。

 

《潜水艦はいいんスか!?》

「無茶言うな、こちとら長距離空対艦ミサイル(LASM)無誘導爆弾(UGB)しかないんだぞ。球コロ姉に至ってはUGBすら無いんだ、潜水艦に手出しできる手札じゃねえ」

《そうねぇ、私は元々対艦戦が苦手だしねぇ。対艦戦に特化した妹もいるのだけど、今頃どうしてるのかしらぁ》

 

 微妙にずれたスゥノの反応を頭の外に、レフは右斜め上旋回機動(シャンデル)から背面飛行へと移り、その機首をわずかに下方へと向ける。距離2500ほどを隔てた下方では敵機が左右に旋回し、3機ずつの編隊となって反転しつつあるところだった。格闘戦に分がない以上、火力を集中させた一撃離脱で敵の数を減らしていくに限る。

 狙いは、左側の3機。

 針路をヨーで微調整し、機体をエルロンロールで正位置に反転させて、攻撃体勢を整える。

 踏み込むフットペダル、急速に回転数を上げて唸るエンジン。

 

 攻防が入れ替わった、その一瞬。

 その隙を穿つように唐突にレフの背を刺したのは背後から飛び込んで来た声、そして耳を苛むミサイルアラートだった。

 

「…ミサイル!?」

《…!『ランサー』、後方の海中よりミサイル多数!向かってきます!》

 

 焦燥したイングリットの声に応じるように、反射的に機体全周を映し出すレーダーへと目を向ける。白い鏃を模した自身の機体を中心とし、左右後方にはカールとスゥノの機体。眼前には6機の敵機が映り、そのさらに向こうにはようやく追いついて来たらしいスフィアの『ヴェパール』も見て取れる。

 そして、肝心の自らの後方。殺到するミサイルを示す細長い白色の方形を目にした時、レフは己が目を疑った。

 

 2つ、4つ。そんな生易しいものではなく、背に数えるミサイルの数は実に16発を数えていたのである。対空戦闘能力に長けた水上艦ならばいざ知らず、それだけの数を一度に撃ち放てる潜水艦など聞いたことが無い。

 殺気を体現するかのようなその数に、レフは即座に敵機への意識をかなぐり捨ててフットペダルを踏み込んだ。

 

「ふざけんな、なんつー数だよ!…加速、加速だ!振り切るぞ!」

《うあぁぁぁ!聞いてない、聞いてないっスこんな相手!!》

「最低8機の小型機運用能力に、少なくとも16基の垂直発射装置(VLS)…。かつての『シンファクシ』級や『アリコーン』に匹敵する規模だ。…捨て置けるものではないな」

「こいつ、他人事だと思って落ち着きやがって…」

「何、君なら問題なく対処しおおせるだろうと思ってのことだ。遠慮なく信用の証と受け取ってくれ、『ランサー』君」

「…………ん、の、野郎がぁぁぁ!!」

 

 高まるG、左右より迫り機銃掃射を加える敵機。後方のミサイルアラートは鳴りやまず、時折金属を抉るような被弾音が鼓膜を苛んでゆく。

 加速の果てに思わず叫んだ発奮の声は、フォルカーの揶揄に向いたものだったのか、それとも半ば反則じみた敵の様へのものだったのか。直進加速から一転、裂帛の声ととともに引き上げた機首は鋭く空を切り、後方に迫るミサイルを自らの下方へと逸らし抜けていった。

 

 滲んだ汗が、不快な湿りを帯びて額や胸を濡らす。

 こちらの被害は現状僅か。しかし敵の小型機に対し『オルシナス』は相性が悪い上、謎の潜水艦からの対空支援もあると、手詰まりもいい所である。再び距離を隔てて海面近くを旋回する敵に対し、レフを先頭とした3機はゆるゆると弧を描きながら遠巻きに敵の出方を伺い始めた。背には鈍足の『ヴェパール』がようやく追いつき、編隊の右側へと追随を始めつつある。

 

《お待たせしました。キャンサー2、追いつきました。頑張りました》

「スフィアが揃ったはいいが…どうしたもんか。スフィア、対潜ソナブイとか持ってないのか?」

《オプションでは装備可能ですが、今回は携行していません。磁気探知機と複合レーダー、光学センサーの併用でおおよその位置は判別可能ですが、精度は大きく劣ります》

《今回の装備で対潜攻撃は困難です。撤退した方が…》

 

 索敵能力に長ける『ヴェパール』ではあるが、それでも無いものは仕方がない。対潜攻撃兵装に加えて位置の特定すら覚束ないのでは、こちらから手出しのしようがないのは自明の理である。攻めあぐねたまま徒に手を出して、被弾を増やすのも面白くない。

 今回は帰ろう。喉に上りかけたその言葉を制するように、先に口を開いたのはフォルカーの方だった。

 

「駄目だ。あんなものが湾口に存在するようでは、サルベージ船をオーレッド湾へ引き入れることなど不可能だ。捕捉できている今のうちにあれを撃破…いや、せめて損傷を与え撤退までは追い込みたい」

「損傷も何も、対潜装備を積んでないのにどうしろっていうんだよ」

「これまでも型破りと奇策で切り抜けて来ただろう。君の腕の見せ所だ、『ランサー』君」

「お前にそれで呼ばれると腹立つな。お前が何と言おうと、無理なモンは無理なんだっつの。対潜ミサイルはない、LASMは潜水艦に流用できない。UGBの水平爆撃じゃ潜水深度に達するまでにドカンだ。そりゃ仕組み的に爆雷みたいなモンとはいえ…」

 

 爆雷。時限式、または深度探知式の信管を有する、対潜水艦用の爆弾。

 フォルカーへの説明のために何となしに口にしたその言葉が、瞬間、レフの脳裏に閃きを奔らせた。

 先の自らの言葉通り、LASMでは水面下の目標を探知できず、潜水艦への切り札となることは叶わない。しかし、単純ながらごく大雑把に見れば爆雷と同様の機構を持つUGBならば、手品の種になりうるのではないか。

 

 不意に言葉を切り、レフは閃きを手繰り寄せる。

 今まで通りだ。要諦は、ポーカーと同じである。すなわち今ある手札を省みて、どれを選択して最も可能性の高い『役』を引き寄せるか。

 手札は明瞭、『オルシナス』の特性とUGB、『ヴェパール』の存在。対する敵の手札は、上空を護衛する小型機と大量の対空ミサイル、位置と深度の分からない敵艦。その差を埋め、役を作り上げるには。

 

「……。『キャンサー2』、敵艦の位置は大体分かるんだな?」

《予測地点の上空まで到達できれば可能かと考えます》

「『ギャラハッド』、UGBの遅延は後席(そこ)で調整できるか?」

《え?い…一応可能ですが、時限信管ではないので精密な調整はできません。最大でも着発から0.7秒が限界かと…》

《…あ。これ嫌な予感がするやつっス》

 

 正攻法なら、今回は撤退し友軍に任せるのが正解なのには違いない。かといって、別にフォルカーの強硬な意見に賛同した訳でもない。

 レフに勝負を決めさせたのは、偏にあの敵が()()()()()()――その印象が根付いていたがゆえであった。敵対する艦を沈めるのはいいにしても、その乗員まで皆殺しにするというのはどう考えても納得できることではない。今のレフを動かしているのは、義心でもなく悼心でもなく、単純にして独断的な『怒り』の感情ただ一つだったと言っていいだろう。

 もちろんその前面には、作戦を不意に思いついてしまったという偶然が横たわっているのも事実ではあるが。

 

 索敵の位置、こちらの性能、予想される敵艦のサイズ、UGBの遅延限界。まるでパズルを組み上げるように、レフは脳裏で戦術を組み上げる。不足を噛み合わせ、長所を生かし、傍目には戦術の素人と罵倒されそうなその策を形作ってゆく。

 

 

 ――よし。

 全ての手札がかちりと噛み合った感覚に、レフは口内に呟いて顔を上げた。あとは現実に形を組み、互いの『役』を突き合わせるだけである。

 

「やったろうじゃねえか。全機、俺に付いてこい。まずは敵編隊を正面から突破。キャンサー4はそこで分かれて、ひたすら敵機を狙え」

《はぁい》

「残りはそのまま潜水艦に向かう。『ギャラハッド』、UGBは最大まで遅延させろ」

《は…はい!》

《……何する気なんスかちょっと…》

「乗りかかった船だろうが。つべこべ言わず付いてこい!」

 

 背にカールの不安を受けながら、レフはフットペダルを踏み込んで『オルシナスC』を加速させる。対するは正面下方、低空域で様子を伺っていた敵機はこちらに呼応して高度を上げ、正面ほぼ同高度へと機体を位置させた。今度は6機がひと塊となった隊形と取っており、集中した火力をもろに受ければ『オルシナス』といえども無事では済まない。

 

 距離、1800。

 正面攻撃をスゥノの『マルティム』に任せ、レフは僅かに機首を上げて敵の火線を避ける機動を取った。角度こそ大きくはないものの、ベクトルが僅かに逸れるだけで、速度が速い『オルシナス』を正面から捉えるのは困難になる。

 正面から殺到する機銃弾とミサイルを下方に躱し、レフは高度を上げながら、なおも敵潜水艦が潜むと思われる地点へ足を速めて行った。後方を振り返れば、カールとスフィアは左右後方にぴたりと付いており、敵編隊を縦に突破した『マルティム』は縦旋回で後方の敵機へと反転していく。

 

《10時、ミサイル複数!反応…20!》

 

 10時――左斜め。

 イングリットの声に目を向けると、先ほどと同様に海面から数多の水柱が立ち上るのが目に入った。さながら水の壁と評すべきほどにその数は夥しく、一拍後にそれらは鉄の鏃となって、意思を持つかのように屈曲しながらキャンサー隊へと殺到してくる。その過剰なまでの対空火力は、どう見ても既存の潜水艦が持つものではない。

 

《ムリムリ無理、正真正銘の化け物っスよアレ!》

《気を確かに、カール。キャンサー2、先行します》

「そのまま行け!キャンサー3は追随!」

 

 操縦桿手前、右旋回。こちらの傍らを抜けてスフィアの『ヴェパール』が正面へと占位し、殺到するミサイルの前面へと立ちはだかる。直撃コースを取るかに見えたそれらは、『ヴェパール』を中心に放たれた環状の稲妻に薙ぎ払われるように次々と炸裂し、合して20の焔の華を空へと咲かせていった。久方ぶりに目にした電磁パルス防御システムの閃光を下面に受けながら、レフとカールの『オルシナスC』はバレルロールを描きつつ高度を重ねて行く。

 

《高度4200!…で、どうするんスかここから!もたもたしてると敵機が追いついて…!》

「スフィア、敵艦の位置を探れ。大体でいい、分かり次第エレクトロスフィアでデータを送れ」

《了解しました。『ヴェパール』、対水上索敵モードに移行。海底図、磁気反応、データリンクを開始》

 

 対潜装備が無い現状では索敵に時間を要するらしく、『ヴェパール』は糸を失った凧のように、洋上をうろうろと彷徨し始める。少しでも気を抜けば全てが崩れかねない状況下で、レフは左へ傾けた機体から探るように下方へと視線を注いだ。

 周囲には機影なし。だが、時間を要すれば先の艦隊の生存者を救援するためにGRDFの機体が来ないとも限らない。後方の空域ではスゥノの『マルティム』が尾部に焔を灯し、小型機の包囲の網を破っては再び突入して、さながら錐のように絶えず機動しているのも見て取れた。小型機の機数は5機に減っているものの、数の不利は何とも否めない。

 

 焦燥と所在無さをないまぜにしたような、腹の奥が焦げ付くような数分の後。『データリンク完了』の表示とともにHMDに映し出されたのは、薄緑のワイヤーフレームで描かれた海中図だった。

 

《索敵完了。深度40から80付近に反応3。通常動力の中型潜水艦と推定されます》

「でかした!…いや、待て。3隻?それに中型だと?」

《間違いありません。全長約90m、ゼネラルおよびニューコムに類する形式なし》

 

 予想外の情報に、レフの声が一瞬裏返る。てっきり単一の大型潜水艦かと思っていたが、反応は一つではないという。

 落ち着き払ったスフィアの言葉を示すように、海図上には確かに艦影が3つ、距離を開けて扇状に展開している。全長こそ一般的な潜水艦の域を出ないが、それに対する全幅は不釣り合いなほどに大きい上、中央の1隻と両側の2隻では微妙に形状が異なっていた。大まかな形しか分からないものの、左右の2隻はまるで両舷に箱でも括り付けているかのように角ばっている。水中での機動性を考慮し葉巻型や涙滴型を取るのが基本である潜水艦の常識において、水流を一切考慮しない武骨なその姿は、一種異形と評してもいいだろう。

 

《敵の位置はいいんですけど、どうやって攻撃するんですか、『キャンサー』?いくら作動を遅延させても、UGBの沈降速度では到底届かないのでは…》

「そうだな。普通に水平に落とせば、どう考えてもUGBの速度が足りない。腹から水面に落ちる以上、抵抗も大きいだろうしな。せいぜい10mが起爆限界だろう」

《UGBの、速度……》

《…あっ》

 

 疑問を呈するイングリットに、首肯するように重ねる順接の言葉。きょとんとしたようにオウム返しを呟くイングリットの傍らで、カールは何かを察したように短く声を上げた。

 そう、イングリットは定かでないが、カールは似たような状況を経験したことがある筈である。レフの、そしておそらくカールの脳裏をも過ぎったのは、今年の夏、ベルカ行政区アンファング北方の光景。曇天の中、2人はUPEO機を救うためにGRDF部隊の包囲に立ち入り、急降下で切り抜けた経験をしていたのである。

 すなわち、カールはよく知っている筈であった。重力加速度を帯びたジェット機が、どれだけの運動エネルギーを得るかという事実を。

 

 左ロール、次いで操縦桿を左右ともに奥へ。増大したモーメントを受けて大きく上へと弧を描いたレフの『オルシナスC』は、その頂点で鼻先を下へと向けて、急角度で海面を指して降下し始めた。

 

《え…。……何考えてるんですか『ランサー』!?》

「速度が足りないなら、足してやりゃいい。…ここから急降下して、高度1300で投弾。『オルシナス』の急降下速度をUGBに与えて、水面に叩きつけてやる。こうなりゃUGBの落下角度はほぼ垂直だ。抵抗も少ないだろうさ!」

《ああ…やっぱり…。……ああもう!行くっス、行くっスよ!!》

《え…え、えええええ!?》

 

 後方に、急降下する機影1つと悲鳴2つ。

 恨み言の数々を背に受けながら、レフはHMDにUGBの投弾サークルを表示。細かくヨーで針路を調整しながら、海中図に示された潜水艦の位置をその環の中へと収めた。速度が増している上に左右への機動が遅い『オルシナス』ではささやかな軌道修正がせいぜいではあるが、無誘導のUGBではその進路取りが命中率へと直結する。

 

 高高度から急降下し投弾することで、UGBに運動エネルギーを付与し重装甲や深深度の目標を破壊する。今や亡びて久しい急降下爆撃を現代のジェット機で以て、それも潜水艦相手に行うという選択は極めて分の悪い賭けである。それでも、『敵の潜水艦を現状の装備で撃沈する』ことを命題とするならば、これが最も確度の高い方法だった。左右それぞれに6発ずつ、計12発をばら撒けるという数の利、そして縦方向の機動に強く『デルフィナス』より引き起こしが容易な『オルシナス』の特性を踏まえれば、一か八かの水平爆撃を見舞うより遥かに直撃を見込めると踏んだのである。

 

 高度3400、2800、2200。今までに見たことも無い目まぐるしさで高度計が数を削ってゆく。

 眼前に、迫る一面の蒼。

 自重に加速度を乗せ、押し潰さんばかりに重なるG。

 予想以上の速度に冷える背筋。心なしか掌は震え、喉が渇きを訴え始める。

 

 高度2000。

 電子音。――ミサイルアラート。

 目の前の海面からは、立ち上る白波6つ。間違いなく、その先に敵艦が潜んでいる。

 警報に目が奔る。

 速度計――遷音速、横方向への回避は無意味。

 フレア――射出不可。速度が速すぎる。

 『ヴェパール』の防御システム――遠い。ミサイルに割り込むには間に合わない。

 ならば。

 

「ジャミング!」

《了解》

 

 打てば響くような、単語一つの阿吽の呼吸。

 それだけで全てを理解したように、『ヴェパール』はジャミングを展開して、上空を指して飛翔するミサイルの目を遮った。方向こそレフらの方へと向いているものの、終末誘導を妨害されたそれらの針路は『オルシナス』と直交するに至らない。

 

 近接信管が焔を上げる。

 振動と破片が機体を苛む。

 爆風が、わずかに機体の針路を逸らす。今更修正はできない。

 薄緑の投弾サークルの中には、打ち上げたミサイルの残滓を宿す低い白波。そして、その先に潜む潜水艦の気配。

 

 高度、1300。

 

「行って来い!!」

 

 食いしばる歯、見据える水面。

 兵装管理ウィンドウがUGB残弾数にゼロを刻んだその瞬間、レフは足と下肚にあらん限りの力を込めて左右の操縦桿を引いた。

 

 機体が軋む。

 海面接触警報が視界を赤く染める。

 昇降舵、仰角最大。スロットルを絞り減速。

 上がれ。機首を持ち上げろ。槍の穂先を掲げろ――!

 

 後方、連なる爆破の水柱が複数。

 それを背に受けたかのように、青槍の『オルシナスC』は風を孕み、水面近くでふわりを細首を持ち上げた。

 

「あ、ぶね…!もう少し上の方が良かったか。フォルカー、生きてるか?」

「……………何をするか先に言ってくれ。お蔭で私の靴は今吐瀉物塗れだ」

「最低でも行動不能にしろって無茶言ったのはお前だろ。必要経費だと思え。…それより、潜水艦はどうなった!?」

 

 1000ほどまで高度を上げ、レフは左旋回に入り、投弾した周辺を旋回する。後方についていた筈のカールはこちらより早い段階で引き上げたのだろう、さらに200ほど上空で弧を描いていた。

 UGBの炸裂が生み出した24もの水柱がようやく収まり、水面が徐々に平穏を取り戻してゆく。待てど暮らせど、撃沈の衝撃はおろか、浮上して来る様子すらも見て取ることはできない。

 

「……外したか?」

《……あっ!あれ、3時方向!こちら『ギャラハッド』、潜水艦のものと思しき油と浮遊物を確認!》

「沈んだ風じゃなかったがな。スフィア、反応はどうだ」

《水中の反応3、方位180へ退避しつつあり。…加えて水中に、潜水艦と同程度の全長の構造体を確認しました。追加装甲に類するものを排除した可能性があります》

《みんなー、無事かしら?こちら『オーキャス1』。敵の小型機、全部撃墜したわぁ。…でも、変ねぇ。最後の3機は、勝手に落ちてしまった気がするのだけれど》

「…やれやれ、とりあえずはひと段落か。急降下爆撃、できれば二度とやりたくないもんだ」

 

 敵機を駆逐し終えたらしいスゥノの『マルティム』が接近し、索敵を終えた『ヴェパール』もこちらの右後方へと翼を並べる。海中に残った構造体とやらは引っかかるものの、結果を見ればひとまず損傷を与えることには成功したらしい。本業の対潜哨戒機と比べればささやかなものだが、それでも謎の戦力を撃退しおおせたことは収穫といえば収穫だった。あとは、あれらがサルベージ船の進入時に現れない事を祈るのみである。

 

「ゼネラルでも、ニューコムでもない謎の部隊、か…」

 

 誰語るでもなく、油の浮かんだ水面を見下ろして、後席のフォルカーが独り言ちる。

 

 数多の命を呑み込んだオーレッド湾の水面は、今や往時の平穏を取り戻し、冬空の煌めきを穏やかな青色に反射させていた。




《不慮の遭遇戦にも関わらず、よく対応してくれた。
 後の海中調査の結果、当該潜水艦から脱落したと思われる1対の構造体が発見された。これらは内部にVLSを有しており、おそらく潜水艦側面へ増設された追加装甲兼拡張兵装モジュールと推定される。また、側面には形式番号と思われる『UI-3042』という表記も確認された。
 無論、類似の兵器はわが社はもとより、ゼネラルリソースにもUPEOにも確認されていない。本兵装を装備した謎の部隊については、引き続き調査を継続するものとする》
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