Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第22話 水底の墓標(後) ‐虚ろの空‐

《次!正面のニューコム編隊!》

《『アルテミス』!俺たちの本命はあくまで洋上の不審艦で…!…ええい、あの鉄砲玉め!》

「来るぞ!」

 

 遠景に、渦舞く曇天と稲妻。燃え墜ちる『ハルヴ隊』のたなびく残滓を背にして、三日月を帯びた『グリペンJ』が右旋回から正面へと陣取る。4機編隊でこそあるものの相変わらず1機だけが先行し、残る3機が雁行を描いて後続する様は変わらない。概観すれば、それはまるで撃ち放たれた矢と、その射手たる弓の姿を連想させた。

 

 脳裏に過ぎるは、先の光景。変幻自在な機動を誇るGRDFの『ハルヴ隊』をして回避しおおせなかった、超速のレールガンによる予測射撃。ただでさえヘッドオンでは、彼我の相対速度が最大となるために攻撃を回避しづらいとされるのである。それを視認すら困難なレールガンを相手取り、しかも横方向への機動が鈍い『オルシナス』で回避しきるというのは無謀と言う他ない。

 

 敵の勝ち札に、敢えて勝負を挑む必要は無い。

 レフはいち早く敵の意図を見定め、操縦桿を引いて機体を上昇。次いでエルロンロールで背面飛行へと移り、敵が意図する真正面の相対針路から機位を外した。左右に後続するイングリットの『オルシナスC』、スゥノの『マルティム』もそれに倣い、キャンサー隊の3機は密集隊形となって()()に戦場を俯瞰する。一方のエスクード隊は火力差で封殺しうると判断したのか、オーキャス3の『グラシャ・ラボラス』を先頭とした得意の密集隊形を形どり、なおも敵の正面から相対する体勢を取っていた。

 

 距離が詰まる。

 先頭の『グリペン』の主翼下に光が爆ぜる。

 間、コンマ数秒。

 エスクード隊の1機が主翼の基部を千切り飛ばされる。それでも編隊の速度は緩まない。

 『オルシナス』、空対空ミサイル(AAM)発射。2発ずつ6連。

 弾幕のような鏃が『三日月』を指す。

 横合いに傾いた『グラシャ・ラボラス』から光軸が閃き、下方へ伸びるレーザーブレードを展開する。

 迫る。

 迫る。

 身を翻す『グラシャ・ラボラス』。

 その背を支える後方のミサイル。

 それらを意にも介していないのか、『三日月』の『グリペンJ』は正面から突入し――。

 

《ニンゲンなんかが!》

《…甘いっ!!》

 

 光の剣が翼を切り裂くであろう、わずかに数秒前。

 瞬間、『三日月』のカナードが互い違いに動くや、『グリペンJ』は極めて小さい半径で機体を半回転。横方向への運動を可能な限り抑えたバレルロールをこの上なく最適と言える瞬間に取り、レーザーブレードが展開されていない『グラシャ・ラボラス』の上面側とすれ違って見せた。それだけに留まらず、上記の機動で正面から迫るAAMの半数を()()()()()()()()()()()()()()()()()()、針路も機速も損なわないままに後続の『エスクード隊』の中へと突入して見せたのだ。AAMは安全装置を作動させ自爆したため『グラシャ・ラボラス』は大破こそ免れたものの、至近距離の爆発を浴びたことで機体表面には大小の損傷が見て取れる。

 

《エスクード3撃墜!》

《うぁっ!!……ずるい、何よ今の!》

《エスクード2、反転します!》

《!待て、各機散開!急げ!!》

 

 編隊中央を突破され、追撃のため反転の挙動を見せる『オルシナス』。紅色の槍衾にわずかに開いた間隙はしかし格好の隙となり、その直後に飛来した二の矢――後続する3機の『グリペン』の突入を許した。機銃とミサイルを乱射しながら編隊を縦に割く追撃に、回避行動を優先したエスクード隊は瞬く間に連携を乱されてゆく。

 

 眼下で、必勝の戦術を一瞬にして崩されてゆくエスクード隊。その代償と引き換えに、レフは先頭の『三日月』以外はレールガンを装備していないこと、そして後続の3機は塗装に三日月を用いず、主翼の付け根中央から両翼外縁へ向けてV字状に切り込むオリーブグリーンの塗装を施しているのを見て取っていた。思い返せば、先頭の『グリペン』は右翼にしかその塗装を施していなかったような気がする。まるで主翼を二分するようなその塗装は、2対4枚の翅を持つ蛾や蜻蛉の姿を連想させた。

 

《どうだ、見たかぁ!パウラ師匠に比べればこの程度甘い甘い!…もう1回!》

《やばいっス、レフ!あいつら、孤立したエスクード隊を各個に潰す気っスよ!》

「させるかよ!キャンサー4、先行して『三日月』の鼻先に回り込め!お前の機体が一番速い!」

《りょうかぁい。3ちゃん、まだ動けるかしら?上下から挟み込める?》

《…ッ、当たり前でしょ!今度こそ真っ二つに斬り裂いてやるんだから!》

 

 AIらしからぬ感情的な声を爆ぜ、オーキャス3の『グラシャ・ラボラス』が煙を曳きながら反転する。相対位置にして『三日月』の斜め上から迫るスゥノとは対照的に、紅の前進翼は鋭角を描きながら旋回して、『三日月』の斜め下方から忍び寄るように接近する進路を取った。彼我の速度差を考慮すれば、スゥノが仕掛けて数秒後にオーキャス3が攻撃位置に入る時間差攻撃という所だろう。先ほどの反省を踏まえ、『グラシャ・ラボラス』は水平を保ったまま距離を詰めており、左右いずれに回避してもレーザーブレードの間合いに『三日月』を収める機位を保っていた。

 

《上に1機、遅れて2機。斜め下に1機。互いに速度差大。…それなら!》

 

 『グリペンJ』の頭上から注ぐ、AAMと曳光弾の雨。それを見て取ったのか、『三日月』はわずかに機首を下げて速度を増しながら、『マルティム』の射線を後方に逸らす針路を取った。この時点でスゥノの目的は達されたと言って良く、『三日月』は読み通り『グラシャ・ラボラス』の真正面に誘い込まれたことになる。機体下部には既にレーザーブレードが展開し、左右や下方のいずれへ逃れても、その軌跡上に敵機を捉えることは可能な位置取りだった。

 

 だが。

 

《…こいつ!?》

 

 『予測』は、想定を狭め死角を増やす。

 それを体現するかのように、『三日月』は『マルティム』の下方を抜けた直後、速度を殺すリスクを犯しながらほぼ垂直に上昇。またも『グラシャ・ラボラス』が対応できない機体上面の方向へ、その身をすり抜けさせたのだった。慌てて機体を背面に移すも、『グラシャ・ラボラス』のレーザーブレードはその翼を捉えること叶わず。『三日月』は横から見れば逆S字を描くように『マルティム』と『グラシャ・ラボラス』の間を抜け、急速に速度を落としながら上昇に入っていった。

 

《…挟撃の真ん中を抜けた!?》

「舐めやがって…!目の前で寝転がるようなもんだ!」

 

 フットペダルを踏みこみ、レフは照準の中心に『グリペンJ』を捉えながら加速する。

 オーキャス2機の挟撃を抜けるのは予想外だったが、しかし無意味ではなかった。『三日月』は『マルティム』の後方を抜けて急上昇に入る軌跡を描いた訳であるが、それはすなわち『マルティム』の後方に位置どるレフとイングリットの真正面に飛び込むのと同義。おまけに『三日月』はほぼ垂直の上昇角を描いており、その速度はほとんど殺されきっている。空戦機動にいうコブラと似た状態ではあるが、後方の敵機を撒くならばいざ知らず、正面上方に敵機を控えた今となっては自殺行為でしかない。ほぼ静止した『グリペン』との距離は、瞬く間に数値を削っていく。

 

 迫る射程、広がる翼。空に縫い付けられたような『三日月』の姿を見て、レフの脳裏に生じたのは小さな違和感だった。

 当初の混線を信じれば、『三日月』はこちらの存在と位置を感知していた筈である。それを把握しながら、あの敵は敢えてこちらの目の前に飛び出し、機体を静止させたことになる。今の姿だけを見れば拙劣という他なく、どう見ても先ほどの奴の挙動とは似つかない。

 

 ――妙だ。

 その言葉を結ぶ一拍の隙が、敵機の挙動に気づくのを一瞬遅らせた。

 傾く機体。

 左右に大きく互い違うカナード。

 尾部に微かに灯る火。

 この挙動は、まさか。

 

《『ギャラハッド』、FOX…》

「待て!機銃だ、()を撃て!!」

 

 滲む汗を拭い去るように、力を込めて引いた引き金。

 その眼前で、『グリペンJ』は大きく機体を右へと傾けるや、重力に掴まれたように機首を下に回転して、死角から殺到する火線を躱して見せたのだ。敵機により近い右側のイングリット機も有効打を与えることは叶わず、『三日月』は一気に速度を増してこちらの下を抜けてゆく。唖然とする機動を前に遅ればせながら振り向くと、その先では左旋回で速度の鈍った『オルシナス』へ襲い掛かる、腹立たしいほどに鮮やかな三日月色の塗装が見て取れた。

 

《浅い…!ダメです、命中は数発のみ!》

「曲技飛行の『ハンマーヘッド』か、今のは。軽い上に大型の可動式カナードを持つとはいえ、デルタ翼機の『グリペン』であれをやるとは、いい腕のパイロットだのぅ」

「冗談…!あいつ1機にかき回されるぞ!」

 

 軽量ながら優れた加速力を持つ『グリペンJ』を相手に、いかに『オルシナスC』といえども反航状態からすぐさま追いつける道理は無い。左右の操縦桿を引いて縦方向への旋回を行い、その頂点でようやく遥か先に『三日月』の尻を捉えた頃には、追尾されていたエスクード隊がさらに1機、レールガンの餌食となって落ちていく所だった。

 

《エスクード2が!》

《やりぃ!よーし、このまま…》

《待て、『アルテミス』!そのまま下をよぉく見てみろ。洋上付近にゼネラルとニューコムの機体が大量に飛んでいるのが分かるな?…あれらの方が、喰い甲斐があると思わないか?》

《!!確かに…。…よし、待ってろ大物!『アルテミス』、降下します!》

 

 旋回をぴくりと止め、下方を探るように左へと傾く『三日月』の機体。十分に飛び入る隙を探りきったのか、数秒の後にそれは身を翻し、今なお暴風が荒れ狂う下方の戦場へとその鼻先を向けていった。はぁ、と苦労を忍ばせたような溜め息を残し、『緑翅』の3機もその後へと続いていく。

 傍若無人。言葉にするならばそれ以外にない在り様に、レフはち、と舌打ちを漏らしながらフットペダルを踏み込んだ。連中の乱入により低空域の戦況が荒らされるのもさることながら、最も拙いのは交戦域の高度が下がることにより、フォルカーが乗るサルベージ船への被害が生じかねないことである。敵も『不審船』としてフォルカーの存在を感知している以上、こちらは何としてでも『三日月』を追い散らさねばならない。

 

「くそ…!イングリット、スゥノ、連中を追うぞ!スフィアも合流しろ!」

《了解。現在、周辺に接近する他の機影なし。合流します》

「フォルカー!低空域に戦場が移りつつある。作業の目途は立ってるんだろうな!?」

《現在作業艇で海底を調査している所だ。そちらへも映像を送る。調査地点はある程度分散しているが、こちらも可能な限り急ぐとしよう》

「すぐトンズラかます準備はしとけよ。こっちもいつまで持つか分かったもんじゃねぇ。…キャンサー隊各機、花火の中に突っ込むぞ!」

 

 耳をつんざく轟音、絶え間なく鈍色を照らす曳光弾と爆炎。さながら暗夜の花火を思わせる光景を見据えながら、レフは裂帛の気合とともに操縦桿を引いて『オルシナスC』を急降下へと入らせた。速度の速いイングリットとスゥノは左右後方へ就き、合流したスフィアの『ヴェパール』はやや後方。ちらりと視線を横へと奔らせると、同じく戦況の変化を見て取ったらしいエスクード隊の3機も降下に入る様子が見て取れる。密集隊形を取る常通りの姿だが、オーキャス3の『グラシャ・ラボラス』は今なお煙を吹いており、どこまで戦力になるかは不明瞭だった。

 

 さて、どうする。

 正面に表示された海底調査の映像を脇へとのけ、先ほどの戦闘を反芻しながら、レフは状況を俯瞰する。当面の最重要課題はフォルカーの護衛だが、その最大の障害は言うまでも無くあの『緑翅』の部隊――より正確に言えば、その中の先鋒である『三日月』である。このまま下層のゼネラル機やニューコム機が排除され乱戦が収まってしまえばそれだけフォルカーのリスクも高まる道理だが、あの『三日月』を排除する方法はどうにも思いつかない。何せ空戦用AIであるオーキャス2体を手玉に取るような、個としての強みを持つ敵機なのである。あれに打ち勝つには何かしらの手が必要な訳だが、今のレフにはその工夫がどうしても思いつかなかった。『ヴェパール』の()()()は撤退時の為に温存すべきだろうし、『マルティム』の散弾ミサイルによる範囲攻撃を加えるには友軍機が密集し過ぎている。こちらより技量で勝るエスクード隊を当てる方が目はあるだろうが、それにしても通じるかどうか。

 

 風を裂くように降下する機体と裏腹に、薄暮に閉ざされた思考の先。そこに一穴を穿ったのは、思わぬ足元からの声だった。

 

「どうしたレフ、黙りこくって。あの敵の事かね?」

「おやっさん…。…ああ。チームで強い奴はこれまでも見てきたが、単体であんだけ強い奴は初めてだ。正直、攻略法がさっぱり分からねぇ」

「ふふ、そうか、そうかね」

「……何だよその反応」

「いや何、信念を固めれば鋭くなるが、固め過ぎると脆くなる。お前さん、柔軟になったと思ってな。…前に『アヴァロン』で言ったことを覚えとるか、レフ」

 

 正面を見るままに、意識が向かう先は後席のおやっさん。

 レフも当然、『アヴァロン』でおやっさんから受けたアドバイスを忘れたことは無い。知ることと観ること、そしてそれらを活かし連携を取ること。個でなく群として敵に当たれ、というのがその要諦だった筈である。無論その下地の元にレフも先ほどから考えているのだが、今なお打開には至っていないのだ。

 ――やはり、このエースの空(エースコンバット)において、群を抜けた個には、数では敵わないのではないか。

 思わず口からまろび出たその言葉に、被さるのは『いいや』という否定の声だった。

 

「その前段じゃな。なるほど確かにあの『三日月』は強い。あの父親を思わせるほどに技量も鋭い。…しかし、それだけだ。あれは個として強いが、()()()()()()()()()()。暴れるだけ暴れて、僚機とまるで連携が取れていないのさ。『三日月』が突破口を穿ち、後続の3機がその穴を広げるというあの戦法も、おそらく『三日月』の専行を活用するために隊長が打っとる手だろう。言うなれば『三日月』は矢、『緑翅』はそれを撃つ弓兵(アーチャー)というところだが…独りの戦いというのは、いずれ限界が来る」

「どうだかな…!見ろよおやっさん、あいつら早速戦場を荒らし始めてやがる!」

 

 状況を俯瞰し、何かを得たらしいおやっさんの悠々とした語り口に、レフは苛立ち半分に声を荒げる。その言葉を示す通り、眼下では空域に乱入した『三日月』がレールガンを打ち放ち、隙を見せていたゼネラル編隊へ攻撃を行う様が見て取れた。標的となったF/A-18I『ホーネットADV』は辛うじて身を躱すも、擦過の衝撃波をもろに浴びて、主翼付け根からへし折れて暗い海へと吸い込まれてゆく。後続の『緑翅』はその間隙を突き、ゼネラル編隊の連携を乱しにかかり始めていった。

 熱を持つ頭、見据える目。それらを冷ますかのように、不意に正面に大型のウィンドウが表示され、戦闘機の三面をワイヤーフレームで映し出した。ひとしきり画像を現し終え、側面ディスプレイ上へと縮小してゆくその図は、敵機である『グリペンJ』のものと見て違いない。

 

「『グリペンJ』の性能諸元はこの通り。さっきハンマーヘッドで腹を晒した時に見えたが、主武装はポッド型の単装レールガンのみでミサイルは見えんかった。『グリペンJ』のハードポイントは旧式のE型同様に10か所、そしてレールガンはポッド一つにつき1発。…さて、レフ。あの『三日月』、レールガンは何発撃ったかね?」

「…!」

 

 雲った脳裏に差し込む光。

 想起した光景を頭の隅に、レフはこれまでの状況を反芻する。記憶が確かならば、まずはGRDFの『ハルヴ隊』を撃墜した4発。次に先ほどの正面攻撃でエスクード3と落としたのと、その後の追撃でエスクード2に撃ち込んだ計2発。そして、今しがた『ホーネット』を撃墜した1発となり合計で既に7発を撃った計算になる。加えて、ハードポイントのうち2か所は両翼端のランチャーであるが、ここにはミサイルしか搭載ができない。

 と、いうことは。

 

「…そうか!」

「気づいたな。『三日月』は、最大でもあと1発しかレールガンを撃てない。その瞬間が()()の限界よ。武装が機銃一本となれば、その脅威はガタ落ちする。矢の切れた弓兵というところかな」

 

 差し込む光は、明瞭な路となって採るべき戦術を照らし出す。

 そもそも、『三日月』の脅威は一撃必殺の威力を持つレールガンの存在と、それを必中にしうる高い技量が合わさってのものである。レールガンが弾切れとなってしまえば、いくら技量が優れていようと受けるダメージは無視していいものになる。それでも『三日月』の撃墜は困難だろうが、残る『緑翅』だけであればこちらでも対抗は可能かもしれない。

 

 ひらりひらりと戦空を舞う『三日月』。その翼から光が爆ぜ、『ラプターⅡ』1機が粉々に砕け散ったのを見計らって、レフは『オルシナス』の鼻先を『緑翅』の3機へと切り替えた。エスクード隊の3機は依然として『三日月』を目標としているらしく、キャンサー隊との距離を離しながら高度を下げてゆく。

 

「さすがおやっさん、老眼なのによく見てるぜ」

「年の功と言え、年の功と」

「キャンサー隊、狙いを『緑翅』に切り替える。弓兵(アーチャー)の弓をへし折ってやれ!」

《『緑翅』の方を!?…いえ、そうか!了解です!》

 

 水平飛行に入り、『三日月』が散らしたGRDF部隊へ追い打ちを仕掛ける『緑翅』の3機。鏃のような隊形となった編隊を照準の中心に捉え、レフはスロットルを緩めながら操縦桿を僅かに引いた。いかに縦への運動に優れる『オルシナス』とはいえ、速度を帯びたまま急角度で突っ込めば、機体を制動しきれず海面へと衝突してしまう。

 

 兵装選択は、主翼下AAM2発。追撃に間髪入れず機銃掃射を仕掛けるため、機銃の安全装置を解除し引き金へと指をかける。

 敵機後方上空、距離2100。

 1800。

 1500。やや速い、がこれ以上速度を落とせば敵に感づかれる。

 1200。

 左翼の1機が揺らぐ。残る2機が間隔を開ける。

 気づかれた。だが、『グリペン』の旋回よりも『オルシナス』は速い。

 距離900。電子音。――ロックオン。

 

《――頭上!!》

「こっちの番だ!!」

 

 脳天へと突き落とされる、蒼槍の尖穿。

 後方上空からのミサイルを前にして、しかし『緑翅』もまた咄嗟に対応してみせた。火力を少しでも分散させるために瞬時に散開し、躊躇うことなくフレアを放出。目くらましを兼ねた刹那の防御でAAMを躱し、辛うじて致命を脱してみせたのだ。それでも後手を負った不利は拭いきれず、遅れて到達した『ヴェパール』の機銃掃射を浴びて『グリペン』のうち1機は主翼に火花を散らして煙を吹いている。分散回避の代償に連携は完全に乱され、今やその統制は往時からがくりと損なわれているように見えた。ちらりと目を走らせれば、同じく上空から襲い掛かったエスクード隊の3機が『三日月』と相対している様も見て取れる。流石にあちらは被弾した様子は無いが、心なしか機動が幾分荒くなったようだった。

 

《く…!『アポロ』より『アルテミス』、統制を乱された。戻れ!》

《この『赤色』片づけたら行きます!…けど、ああもう!何発も当ててるのに落ちない!レールガン欲しい!》

「よし…!イングリット、スゥノ、『三日月』さえいなけりゃこっちは数でも有利だ。2機一組で仕掛けろ!」

《了解!》

《はぁい》

 

 敵味方の混線が激しさを増し、雷鳴の下の乱戦模様を彩ってゆく。

 これで、『三日月』と『緑翅』は完全に分断された。『三日月』の機動と正確な射撃に翻弄されてエスクード隊の『オルシナス』は刻一刻と被弾を増やしていくものの、R-201『アステロゾア』譲りの頑丈さを誇る『オルシナス』へ致命的な損傷を与えるには至らない。2機一組となったイングリットとスゥノも『緑翅』の1機を低高度へ追い詰め、左右から盛んに機銃掃射を与えながら追撃を行っていた。

 

《こちらフォルカー。爆発音が近づいてきているようだが、上空は大丈夫なのか?》

「可能な限りやってるがね!…チッ!」

 

 横合いからの機銃掃射――操縦桿を引き、GRDFのF/A-18Iを下方へ躱しながら、レフは叩きつけるように通信へ声を送る。フットペダルを踏み、操縦桿を倒して、そのまま狙うはスゥノを横から狙う2機の『緑翅』。敵がAAMの射程に収めるより2拍早く、レフは機銃掃射を放ち2機の編隊を散らしてゆく。

 

「それより、そっちも急げ!引き揚げはまだか!?」

《現在、想定海域に到達した所だ。私も画像を見て確認している。そちらからも見える筈だ》

「見てる暇ねぇよ!」

 

 後方、ミサイルアラート。

 減速と同時に操縦桿を引き機体を急上昇、そのままループに入り下方を抜けたF-35ARの背後へ。反射的に放ったAAMもその軌跡を捉えること叶わず、急旋回で回避した『ライトニング』に振り切られたミサイルは虚しく海面へ衝突する。可能ならば海底調査の様子も余すことなく見たいところだが、この乱戦模様ではちらりちらりと盗み見る程度しかできない。

 悪態とともに、それでも横へと奔らせた視線。そこには海底と思しき暗い画像と、照明で照らし出された残骸。沈み墜ちた年月を想像させる、朽ちた翼の骨組みを捉えることができた。もはや構造は半壊しているが、辛うじて角ばった主翼のようなフレームと流線型を描く1対のエンジンの膨らみが見受けられ、戦闘機らしい鋭角を描いているのが朧に見て取れる。

 

《……。…。………間違いない。X-02『ワイバーン』。存在しない筈の、レクタ空軍所属機。………これだ…!これをこそ、私はずっと探していた!!》

「そうかい良かったな!とっとと引き揚げてくれ!」

《勿論だ。十分な強度確認を行った後、ただちに…。………いや、待て。何だ、これは》

 

 感極まり高揚するフォルカーの声に、殴り付けたい衝動を抑えながらレフは操縦桿を倒す。数秒前の機体位置を貫くミサイル、後方を肉薄してゆくEF2040F『テンペストADV』。それらを躱し、『三日月』への合流を目論む『緑翅』の鼻先を機銃掃射で牽制しながら、互いの機位を見定めるために機体を傾け――その瞬間、焦燥したように荒い息を吐くフォルカーの通信を耳に捉えた。引き付けられるように海中の画像へ目を移すと、そこには相変わらず横たわる『ワイバーン』とかいう機体の残骸。だがその光景に、レフもまた違和感を覚えていた。

 

 胴体と思しき中心部から、鋭角を描いて伸びる筈の機首。すなわち主翼前縁の付け根の辺りから先が、ごっそりと無くなっているのである。墜落の衝撃でもげ落ちたのかもしれないが、それにしては断面が綺麗な直線を描いており、あまりにも不自然に過ぎる。

 ――そう、まるで()()が、その部分だけを切り取って持ち去ってしまったかのように――。

 

《無い…無い、無い!!馬鹿な、『ヴァルハラシステム』を搭載している筈の機首が、どこにも…無い…!!》

「…何だと!?よく探せ、その辺に転がってないのか!?」

《記録によれば、ベルカ残党が保有していた『ワイバーン』は8機。その全てが海中に没した筈だ。…まだチャンスはある。もう少し時間をくれ》

「……急げよ」

 

 極限の戦場に生じたもう一つの予想外に、渇きを覚えた喉が痛む。この状況では調査状況の確認に専心できないが、それでも攻撃を回避し、反撃を与えながら、レフは横目でウィンドウを眺め続けた。

 2機目。…やはり、無い。

 3機目。こちらは機体の左半分が完全に喪失しているが、やはり機首は見当たらない。

 …4機目。見定めるまでもなく、通信から聞こえるのはフォルカーの震えるような溜め息だった。

 

《これも…》

「おい、今のはデルタ翼に見えたぞ。違う機体じゃないか?」

《…いや。聞くところによると、『ワイバーン』は前進翼からデルタ翼へと自在に変形が可能だったという。おそらく、デルタ翼形態の『ワイバーン』だろう。エンジン形状も一致する》

 

 レフの意見にも、フォルカーの無念は揺るがない。これで、残りは4機分。一体何が起こっているのか――いや、それ以前に、ここもいつまで持つかどうか。

 過ぎる不安に、画面へ向け過ぎた意識。それは隙となり、被弾の衝撃となってレフを襲った。

 

《レフ、前方!》

「…くそっ!」

 

 正面の機影に、僅かに遅れた反応。操縦桿を倒すも回避しおおせること叶わず、機体右舷に金属が飛び散る音が響き渡った。

 擦過の瞬間、視界の端に映ったのはデルタ翼と大型カナードを持った機影。そして、左翼を染め抜いた黄金の三日月。

 

「『三日月』…!くそ、エスクード隊の追撃を抜けやがったか!」

《赤の次は蒼…!ああもう!》

「…援護しろ、スフィア!」

《了解しました。…レフ、引き際もそろそろ意識を》

「分かってる!」

 

 馳せ違う。

 操縦桿を引き、スロットルを絞り、できる限りの機動で射線をかいくぐる。しかし、大型機の範疇に入る『オルシナス』で、軽量で小回りが利く『グリペン』を相手取るのはどうにも分が悪いのは否めない。彼我の特性差を物語るように、2合、3合と馳せ違う間にも『オルシナス』の弾痕は増えてゆく。いくら頑丈な『オルシナス』といえども、被弾し続ければどこに支障が生じるかは知れなかった。

 

「フォルカー!残りは!」

《7機目…駄目だ、こちらも。どういうことだ。何が起こった。何だというのだ…!全て、あらゆるものを、何もかもをつぎ込んでは捨て去って来たというのに…!!》

「今更言う事かよ!!…ちっ!流石の腕だ、くそったれ!」

 

 ぱし、と耳元に衝撃が走るや、モニターの一部がぷつりと途切れてノイズを刻み始める。どうやらキャノピーの一部に被弾し、外部映像を投影するカメラが破損したらしい。死角が増えた以上、これ以上の戦闘は無謀だった。

 滲む汗、軋む体。焦りとともに省みたウィンドウには、最後と思しき機体の残骸。こちらは他の機体にも増して損傷が酷く、胴体から翼の至る所にまで弾痕と思しき穴が穿たれている。どうやらデルタ翼機のようだが、機体後部の尾翼やエンジンは喪失し、ほとんど戦闘機としての体をなしていない。

 

 息を詰めるような『三日月』との交戦にあって、画面は一瞬ほどしか見ることができない。それでもレフは、隙を見計らってその残骸を目に焼き付け――ふと、小さな違和感を覚えた。

 機体の残骸からするに、それは確かにデルタ翼に見える。しかし辛うじてその付け根に残る胴体の幅は、まるで単発戦闘機のように幾分狭く見えなくもない。

 もっとも機体の機首はもちろん、右翼や胴体後部は完全に喪失しており、全貌としての大きさが図れない以上、どこまでいっても確信を持って確かめられることではない。レフが抱いた違和感とは、『観る』ことを重視する戦闘機乗りとしての直感のようなものだった。

 

 すなわち。

 先ほどまで見た『ワイバーン』と比べ、()()()()ではないか――?

 

「…どうだ?」

《…………水没時期測定、先の『ワイバーン』と同時期。機首………………喪失》

 

 結論を告げる前に、鼓膜を揺らすのはどすん、と響く重い音。それきり通信にフォルカーの声が入ることはなく、ただただ失意を告げる虚しいノイズが響くのみだった。船上の映像が無いために状況は定かではないが、絶望に膝を折り、雨下に俯くフォルカーの姿がありありと見て取れるようである。

 

 もはや、この海で――この空で得られるものは、何もない。

 潮時だった。

 

「………。サルベージ船へ、聞こえるか。ただちに作業を中断し、海域を離脱しろ。キャンサー隊、全機戦闘中断。俺の周りに集まれ」

《レフ…?どうなったっスか、調査は》

「後で話す。エスクード隊はどうなった」

《残弾減少と被弾により離脱しました。足を引っ張り、申し訳ないと…》

「…お互い様だ、俺も…。…逃げるぞ。スフィア、『ヴェパール』の切り札を使う。えーと……オーキャス14、声紋照合。管轄者権限一時委譲に伴い、機能解除レベル4を下命する」

《了解。システム、ロック解除。電子戦装備、レドームユニット、電磁波発振器、出力上昇》

 

 錯綜する通信、飛び交う戦火、炎に包まれ墜ちてゆく機体。エゴがぶつかり合う空の下、どこか醒めた面持ちを浮かべながら、レフは謳うように呟いた。あらゆるものが巻き込まれ、あらゆるものが呑み込まれたこの虚ろの空から、今は一刻も早く逃れ出たい。

 口にしたその言葉は、出撃前にフォルカーから明かされた、スフィアが――『ヴェパール』が有する最後の切り札の鍵。万一通常手段での逃走が困難となった時に備え、その正体とともに明かされた詠唱の羅列だった。

 

 4機ひと塊となった編隊から、スフィアの『ヴェパール』が前方へと出る。

 右斜め上、『三日月』の『グリペンJ』。横合いからはGRDFの『ホーネットADV』が2機。『緑翅』は後ろ下方か、NEUの『デルフィナス』と戦火を交えながら徐々にこちらへ近づいて来る。

 モニターにノイズが奔る。

 レーダーの表示が乱れる。

 音。

 耳をつんざく騒音。

 快活な雷鳴とは異なる、絶えず爪でガラスを引っかくような摩擦音が耳を苛む。

 塞がれる目。潰される耳。

 

 一瞬の後、光が差すように晴れるノイズ。

 その光景は、しかし――レフとスフィア以外の人間にとって、予想だにしないものだった。

 

《な…!?》

《嘘…!?何これ、何なのこの数!》

《『ゼニア』よりアクティアス各機!周辺に敵反応多数出現!飽和状態…数え切れません!目標をロスト!!》

 

 キャノピー内側に巡らされた、全周囲モニター。外部をありのままに投影している筈のその空には、先ほどまで存在しなかった筈の機体が無数に飛んでいたのだ。反応にして実に50以上、識別も機種も様々なそれらは、上下左右へ自由自在に飛び回り、人はおろか機械の眼すらも攪乱し続けている。あまりにも多すぎる反応にレーダーの処理能力は瞬く間に飽和し、精密攻撃を担う筈の各機の電子装備は束の間その機能を失った。

 

 好機。得たりとばかりに口端へ笑みを刻み、レフはフットペダルを踏み込んで、右の操縦桿を大きく奥へと倒してゆく。まるで雲霞の大群のような空の中をレフの『オルシナス』は右へと大きく旋回し、慌てた様子でイングリットとスゥノが、次いで殿を務めるスフィアが続いていった。

 

 強制的な大量の電子データ放出による、飽和的電子デコイの生成。これこそが、『ヴェパール』に搭載された、正真正銘の切り札たる能力であった。

 過去の戦場おいても電子戦機の連携や電子戦装備の活用により、自機周辺に電子的なデコイを複数付随させる戦術は存在したが、それらは基本的に曳航式デコイに準ずるように、中心の護衛対象と同様の機動を行うのが基本である。それに対し、『ヴェパール』の場合は桁違いの出力を誇る電子戦装備でエレクトロスフィアおよび光通信を介してデコイのデータを強制的に送り込むため、各個めいめいにデコイが運動するのが大きく異なっている点であった。僚機にも無差別に干渉するために攻撃用途での活用は難しいが、今回のような逃走や護衛に用いる場合では極めて有効な装備と言っていい。

 

 ――伝承に曰く、『ヴェパール』とはすなわち悪魔の一柱。水域を支配し、大嵐を巻き起こし、船団の幻を自在に生み出す海の王――。

 

《な、ななな何!?何だったんスか今の!?》

《今の、スフィアちゃん?すごぉい、あんなチカラがあったのね》

《がんばりました。すごく》

《……レフ技官。何があったんですか?フォルカーさんは…》

「…まずはこの空域から逃げることを考えろ。後で教えてやる」

 

 眼下に荒れ狂う波、空には混乱に惑う数多の機影。鈍色に煙る曇天の渦から逃れるように、蒼槍を模した『オルシナス』を先頭とした4機は、低空域を滑るように南東へと進路を取ってゆく。垣間見た水底の静寂と平穏とは裏腹に、空の干戈は到底収まりそうにはない。

 

 振り返った先には、幾分統制を取り戻し、再び巴を描き始めるいくつかの機体の姿。

 

 鈍色の薄暮に生じる、爆炎一つ。

 デコイに紛れて機位を見失った戦闘機が、目測を誤り衝突したのに違いなかった。

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