Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《臨時ニュースをお伝えします。本日未明、『ウロボロス』を名乗る武装組織がエレクトロスフィアを通じ、オーシア大陸全域におけるニューコム、ゼネラルリソースおよびUPEO関連施設を目標とした攻撃を開始する、とする声明を発表しました。『ウロボロス』の目的は不明のままですが、NEUオーシア東方方面司令部は『2026年以来の全国同時多発的大規模テロ行為』との認識を発表し、NEU全部隊へ警戒態勢への移行を下命しているとのことです。また未確認情報ですが、NEUやGRDF等の一部の部隊が脱走し『ウロボロス』へ合流を図っているとの情報も入っており、予断を許さない情勢となっています。
ここで、スーデントール支局のスミス記者と電話が繋がっています。スミスさん、スーデントールの状況は…》


第25話 Awaken

 防弾加工のガラスを通し、カーテンの隙間から黎明の日差しが差し込んでくる。

 瞼の裏を照らす、白い光。眉間を顰め、反射的に体を光の逆へと転がしながら、レフは枕元に置いた目覚まし時計を引っ掴んで薄目を開いた。デジタルの日付表示は2040年8月29日を指しており、時刻はまだ午前6時にすら達していない。

 

 非番の日に早起きするほど、悔しく惜しいことはない。レフは二度寝を決め込み、目覚まし時計を放り出して、光から逃れるように枕へ頭を押し付けた。早朝の待機任務ならばまだしも、司令部勤めの通常勤務職員すらまだ起きていない時間帯ではないか。何より、激務の最中の短い休暇に惰眠を貪る快感は、レフにとって何物にも代えがたい。今更気まぐれに差し込んで来た太陽などに邪魔されてなるものか、という厳然として聳える怠惰な思いに突き動かされ、レフはそのまま溶けるように瞳を閉じた。

 

《レフ、レフ》

「……」

《レフ、起きてください。緊急事態です。大変なんです。レフ。レフってば》

「…………」

《早く起きないと携帯のお気に入り画像を1つずつ削除しますレフ。背景の子猫さんの画像とか》

「……まだ早朝だろうが。今日くらい勘弁しろよ」

 

 ようやく二度寝に入りかけたその隙を、容赦なく打つ少女の声。嫌々ながらに目を向けた傍らの携帯端末のディスプレイには、身を乗り出すようにレフを見やるスフィアの姿があった。半ば寝ている状態ゆえにレフの抗弁は弱々しく、ただただ辟易したような視線を向けるに留まっている。

 本体から人格データをコピーして切り離した今のスフィアは、その『本体』であるデータを全てエレクトロスフィア上に持っている。言うなればエレクトロスフィアそのものがスフィアの体と言ってよく、エレクトロスフィアに接続さえされていれば、おおよその電子機器にはこうして侵入できるのであった。有事にはレフの愛機である『オルシナスC』へ、日常ではレフの個人用携帯端末へと入っているのだが、傍若無人に電子機器へと移ってゆくその様はコンピューターウイルスと何ら変わりがない。以前どこぞのセキュリティシステムに引っかかり、データを一部削除され(食われ)て帰って来たスフィアを見た時には、今のスフィアの在り様を何とも言えない複雑な目で見たものだった。もっとも、その削除された部分もバックアップデータを使っていそいそと修繕していたのであるが。

 

《本当に大変なんです。早くテレビをつけてください》

「お前な、この間もそれで叩き起こしてくれた所だろうが。おまけに兵舎の軒下のツバメの巣に雛が生まれましただのとどうでもいい話で。お前が何と言おうと俺は今日は二度寝する。もう決めた」

《だってツバメかわいいので…違います本筋から逸れました。ねえですからレフ、テレビ。ねえねえ》

 

 なおも安眠を妨害するスフィアを抑えるように、レフは携帯の画面へぼすん、と掌を被せる。むぎゅ、という声とともにスフィアはようやく静かになり、レフはようやく安息の二度寝への第一歩を踏み出した。

 筈、であった。

 

「た!たたた大変っスレフ!」

「…俺の安眠以上の大事があるかァ!!」

「既にめっちゃ怒ってる!?…って、それより!テレビっステレビ!」

 

 覚醒を刻むような足音、勢いよく開け放たれるドア。汗だくで姿を現したカールに、レフは枕を投げつけるような勢いで怒鳴り返した。どう考えてもこの朝は呪われている。

 怯み顔も一瞬、カールは躊躇なく部屋へと踏み込み、リモコンを手にテレビの電源を入れる。まったく慌ただしい、ニューコム本社の代表取締役でも死んだというのか。

 

 眠気眼を擦り、ぼんやりとした視界に徐々にテレビが像を結ぶ。

 意識が目覚め、脳裏が鮮明になるにつれて、レフは疑った。

 己の目と、これが現実であることを。

 

《こ、こちらスーデントールです!聞こえますでしょうか、先ほどから市内に警報が鳴り響き、空中ではいくつもの戦闘機が戦闘を繰り広げています!既に市の南部からはゼネラル製の多脚戦車が侵入を始めているとの情報もあり…》

《ベルカ行政区、アンファング沿岸です。先ほどニューコムのエンブレムの機体が複数南西へと飛んでいくのが確認できました。アンファング沖にはNEUの駆逐艦が展開しており、警戒を強めています》

《こちらグラン・ルギドの庁舎では、先ほどから行政区長や区議会議長を始めとした首脳部が臨時の対策会議を行っています。『ウロボロス』を名乗る大規模テロ組織に対し、オーシア東方のニューコムで総力を挙げて対応する方針を検討しているものと思われます》

 

 燃える街。

 炎に包まれて墜ちる『デルフィナス』。

 区庁舎の前を固めるニューコムの軽戦車。

 非日常を物語る数多の光景が、テレビ画面の中で移り変わってゆく。『ウロボロス』。テロ組織。緊急対策。脳裏を過ぎ行くそれらの言葉は、レフに覚醒を促すのに十分に過ぎるものだった。

 

「今朝、急に入った話らしくて…!非番も含め、ル・トルゥーアの総員は戦闘態勢で待機っス!」

「マジかよ…。イングリットは!?」

「先に格納庫に行って、『オルシナス』を準備してるっス。おやっさんにも頼んで、対空装備に換装中っスよ!」

「分かった、俺もすぐ行く。スフィア、先に『オルシナス』に入ってろ。この様子じゃ、いつ出撃になるか分からん」

《了解しました》

 

 こくん、と頷き走り出すカール。ふ、と画面から消えるスフィア。身だしなみを整える時間も惜しく、レフはシャツを脱ぎ捨てて、手早くフライトジャケットを着こみ始めた。タオルで粗く顔を拭き、携帯端末を腰回りのポケットへとしまい込んで、格納庫への最短距離を突っ走ってゆく。

 

 時間にして、一分と少々。駆け込んだ格納庫の中では、既に尖鋭の槍型に青く染まった『オルシナスC』が、エンジンカウルの周囲に陽炎を揺らめかせていた。

 

「おお、来たかレフ。大変なことになったな」

「大変も大変だよくそったれ、折角の非番だったのに」

「ふ、大変だという割には落ち着いている。()も懐かしい気分になるわ。『オルシナス』には対空兵装を積んである。今回は迎撃戦が主だろうから、増槽は省略してな」

「助かるぜ。何かこっちに情報は?」

「正式なものはまだだが、どうも所属不明の編隊が向かってきとるらしい。ジェミニ隊は空中退避にもう上がっとる」

 

 ヘルメットを被り、バインダーに挟まれた手書きのメモへと目を通しながら、レフは喧騒の最中に声を張り上げる。エンジン音と整備兵たちの怒号が合わさった今となっては、相当近づかなければ意志を伝えることも叶わない。

 ジェミニ隊は対地対艦戦闘を主とした部隊であり、装備はといえば対空戦に不向きなR-201『アステロゾア』4機しかない。『ウロボロス』とかいう部隊の第一陣が航空戦力とすれば、今回は損耗を避ける為にあらかじめ避難させておくというのは頷ける話ではあった。

 問題は、残りの戦力である。元々小規模な基地であるル・トルゥーアでは、昨年からの損耗と部隊統合が続いた結果、他の戦力は『オルシナスC』2機を有するキャンサー隊の他は、R-102『デルフィナスⅡ』とR-101『デルフィナス』の各1機ずつで編成されたヴァルゴ隊の他にない。戦闘機4機、それも純粋な制空戦闘機は2機ぽっちしかいない現状で、果たしてどこまで防衛しきれるものだろうか。

 

「少々しんどくなりそうだな。…分かった。俺はコクピットで待機してる」

「おう。…そうそう、『ウロボロス』の声明だが、今ニューコム系列の放送局では検閲が入って閲覧できんらしい。周波数999の独立放送が繰り返し流しとるようだから、予習がてら聞いておくといい。敵を知る為にな」

「999な。サンキュー」

「ああ。…肉体を捨てろ、欲を捨てろ、か。よく言ったものよ」

「…?」

 

 開放された『オルシナス』のコクピットへと向いた、その一刹那。謳うように呟いたおやっさんの口元に履かれた皮相な表情が、レフの目にどこか鮮烈に焼き付いた。遠くを見、皮肉に沈むそんなおやっさんの顔は、ついぞ見たことがない。

 だが、今はそれどころではない。脳裏に焼き付いた姿を隅にどけ、レフはコフィン中央の座席へと身を沈めた。装甲キャノピーを閉じてコンソールへと手を伸ばせば、既に準備していたらしいスフィアの像が正面へと結ばれてゆく。エンジンの温度は徐々に上がり、出撃の時を刻一刻と待つ態勢に入っているのが見て取れた。

 

「スフィア、ラジオを合わせてくれ。周波数999だ」

《了解しました。うたた寝しないでくださいね、レフ》

「この状況で誰がするかよ。管制室の通信が入ったらそっちを優先しろ」

 

 耳を澄ました限りでは、基地司令部からの情報や指示は何一つ入っていない。スピーカーの音量を調節してから、レフはしばし目を瞑り、流れてくる音声へと意識を集中させる。

 しばしの雑音の後に回線を揺らし始めたのは、まるで聴衆へ向けて演説をぶち上げるような、やや高い男の声だった。

 

《我々の決起を、多くの人々はまだ誤解していることだろう。確かに現時点で人々が目にしているものは、人類にとってお馴染みの殺し合いに過ぎないからだ》

 

 意識を凝らし、声を咀嚼する。何を考え、何を目的とする敵なのか。それを知ることは、何も悪いことではない。おやっさんも、知ることと観ることが肝要と言っていた。

 

 それでもなお、流れ込んでくる男の声は、レフにとって容易に理解しがたいものだった。あるいは、それがあまりにも尖鋭に過ぎる主張であったからかもしれない。

 続く男の声は謳う。

 曰く、人類はあらゆる欲に支配されてきたと。この欲望が、人類の限界なのだと。

 曰く、国家に代わり多国籍企業の下で管理されたこの世界は袋小路であり、人類としての発展はもはやないと。

 曰く、『ウロボロス』の敵はニューコムやゼネラルリソース、UPEOといった権力ではなく、世界の体制――人類の在り方そのものなのだと。

 

《――肉体を捨てよ!!》

 

 欲望から解き放たれ、新たな人類となる。

 そのために人類は肉体を捨て、電脳化すべきである。

 鮮烈な革命家を思わせる男の声は、そう結論を結んだ。

 

「………」

 

 リピート再生のごとく最初へと戻った男の声を遠耳に、レフはコンソールを指先でとんとんと叩いて、思考へ漂ってゆく。

 欲こそが、争いの根源。それはきっと、正しい考え方なのだろう。地下資源を巡って勃発したベルカ戦争、兵器の販路開拓を最終目標として引き起こされたと言われるオーレリア‐レサス紛争といった過去の例に限らず、ニューコムとゼネラルの間で繰り広げられる経済戦争もまた、須らく欲によって引き起こされていると断じていい。そう考えるならば、欲を捨てることが無限の闘争を終えることに繋がり、ひいては人類が次の在り方へと進むことができるというのも道理であった。

 

 だが、しかし。

 欲がないのなら、何を楽しみに日々を過ごせばいい?大好物のチョコミントドリンクを飲んで至福を感じることも、時折エロ画像を覗いて得る活力も、二度寝を決め込んで小さな幸福を感じることもないのなら、何の為に生きればいいのか。

 欲することを捨て去った、高次の存在。それは果たして、『ヒト』なのだろうか?

 

 咀嚼し概要を掴んで、反射的にレフが抱いたのは、雪原に聳える高山を仰ぐ時の得体の知れない不安と生理的な嫌悪感。そして、何より。

 

「…スフィア、どう思った。今の」

《電脳化が、技術的に安定して行うことができるのかどうか。私には判断できません。したがって、私は極めて簡素的に単純化した要素によってのみ判断せざるを得ません》

「ほお。っつーと?」

《『ウロボロス』の標榜するイデオロギーは、()()です。欲とはすなわち意志であり、人を人たらしめる感情へと直結します。欲が無ければ。新しいものを知りたいと思うことも、空を飛ぶ鳥を愛でることも、考えようともしなくなるのでしょう。それは、嫌です。ツバメかわいいです》

「――同感だ。全くな」

 

 ――何より、『嫌だ』。

 あまりに単純に過ぎる、それだけに人間としての根源に根付いた反射的な感情。電子的ネットワーク上の存在であるスフィアと共有したその思いは、レフにとって『ウロボロス』に相対するのに十分な動機だった。気に喰わない、納得できない――そんな理不尽に、今までも理不尽に反発してきたのだから。

 コンソールを叩く指は止まり、腕は操縦桿へと延びてゆく。決意と反骨を宿した掌が操縦桿を包み、ぎゅ、という音が僅かにコクピットの中に響いた。

 

《所属不明編隊、距離10000まで接近!ヴァルゴ、キャンサー各隊離陸せよ!編隊は機数6、高度2600!方位190より接近中!》

「おいでなすったな。キャンサー1、タキシングに入るぞ!」

《該当編隊は警告を無視し、なおも接近中。敵性編隊と見なし、迎撃体勢へ入る。対空砲は展開を開始せよ》

《レフ、カール、ワシだ。今回ばかりは戦況がどう転ぶか分からん。弾薬にある程度余裕があっても、ひと段落したら戻ってこい。下手をすれば長期戦になりかねん》

「心配すんなって、おやっさん。6機くらいすぐに片づけて来る。…出るぞ!」

 

 主脚止め、ブレーキ解除。整備要員退避よし。

 ディスプレイ越しの目視で人の動きを確かめて、レフはスロットルを僅かに開きながら、『オルシナスC』を庇の外へと滑り出させた。空は遠く澄み、彼方まで遥かに見渡すことができる。右後方にはカールとイングリットの『オルシナス』も並び、離陸直後から付随できる体制を取っていた。

 

 スロットル、開放。

 真っすぐに伸びる滑走路に至り、青槍の『オルシナス』は徐々に速度を上げていく。後方に流れていく光景の傍らには、慌ただしく走ってゆく人の姿、そして展開を始める無人の自走式対空砲ユニットの姿。

 身を包む、ふわり、という浮揚感。それに酔う間すらなく、レフは機首を上げながら、迫る敵編隊の方向へと針路を取った。ディスプレイ上を漂うスフィアが後方警戒モニターを運んでくると、その中ではヴァルゴ隊の2機が離陸を終えた姿も見て取ることができる。

 

「キャンサー1よりヴァルゴ1。敵はとっとと片づけたい。この間と同じでいいか?」

《頼む。ケーキ入刀は任せるぜ、『ランサー』さん》

「へいへい」

 

 軽口一つ、ヴァルゴ隊との距離と敵編隊の高度を見極めて、レフは機首を上げると同時に速度を上げた。企図する戦術は先日のGRDF強行偵察部隊の迎撃と同様――すなわち優速のキャンサー隊が先行して敵編隊を乱し、その隙を制空能力に優れた『デルフィナス』を有するヴァルゴ隊が各個撃破する、という寸法である。敵の機数こそ今回の方が若干多いが、彼我の数と位置を考えれば確実性の高いこの戦術が最上だった。

 

 高度、3500。フットペダルを踏み、操縦桿を緩く倒して、『オルシナスC』は下方を俯瞰するように機体を傾ける。大地を遠景にきらきらと揺れる機影は、確かに6。しかしその形状は、対ゼネラル戦では見慣れないものである。

 虫眼鏡を翳すように、スフィアが拡大ウィンドウを重ね合わせる。主翼形式は無尾翼デルタ、コクピット後方横にはカナード翼。双発のエンジンからするに『タイフーン』の系列に似ているが、主翼前縁とカナードとの間隔が狭く、全体的な印象も『タイフーン』より丸みを帯びた印象を与えている。機体色は一面がほぼ真っ黒に染められ、識別を示すマークには青色の『O』を模した見慣れない標識が刻まれていた。

 今まで一度もお目にかかったことは無いが、あの形状は、確か。

 

「『ラファールUM2』…UPEOの機体か!」

《ど、どういうことっスか!?UPEOの艦載機がなんで…!》

「知るかよ、どっちにせよ敵だ!…仕掛けるぞ!」

 

 動揺するカールの声を抑え込み、レフは安全装置を解除して、レーダーレンジを近接戦闘モードへと移行させる。今回は緊急の出撃でもあり、主兵装たる空対空ミサイル(AAM)は8発きりしか搭載していないが、それでもこの機数相手ではお釣りが出る計算であった。

 

 『ラファールUM2』は、UPEOが空母艦載機として配備している戦闘機である。

 旧エルジア海軍所属艦や新造艦を配備するゼネラルリソース、新興経済圏の旧軍所属空母群を保有するニューコムに対し、UPEOは主として旧オーシア所属艦の一部をその保有戦力として整備している。本来であればF-35系列機を装備するのが定石であるが、製造元のゼネラルリソースはUPEOの戦力強化を厭い、艦載能力のあるF-35CRの配備を長きにわたって拒んでいるのであった。UPEOの保有する戦力として艦載可能な機体はF/A-18Uがあるが、こちらは旧式機の改良型であり、制空戦を行うには能力不足が否めない。艦載型であるMiG-29UKM『ファルクラムD2』も選択肢の一つではあったが、こちらはオーシア製空母の規格に合わないという実情が足を引っ張った。

 そこで、UPEO独自の艦載戦力として白羽の矢が立ったのが『ラファール』であった。

 UM2型の前身である『ラファールM』はエルジア海軍等で運用された実績があり、『タイフーンⅡ』や『テンペスト』等のデルタ翼機に慣れたUPEOのパイロットにとっても運用に易いというメリットを持っている上、オーシア製空母の規格にも互換性がある。社会情勢、ハード面の課題、そしてパイロットの適性という多方面の理由から、『ラファールUM2』は数少ないUPEOの艦載戦力として数えられる機体となったという訳である。

 

 なぜ、そんな珍しい機体が――それも南から、ル・トルゥーアへ。

 空戦に関わりのないその疑問を脇にどけ、レフは眼下を航行する6つの機影を見定める。敵は既にこちらを視認したらしく、中と左右の2機ずつ3組へと、早くも体制を移し始めていた。

 

「話が早くて助かるぜ。カール、右の2機を狙え。俺は中央の2機に行く」

《了解っス》

 

 カールへ指示を下し、レフは操縦桿を前へと倒して機体を目標へと下降させた。緩く横合いへかかるGから一転し、加速力と自重で増してゆく正面からの圧力は先ほどまでの比ではない。

 距離2500。降下角14°。

 2000。

 1500。

 左側の2機が下方を抜ける。

 正面の2機が左右へ散らばる。

 フットペダル。針路補正。

 距離1000。――右。

 

 操縦桿のボタンと火点に、撃ち放たれるAAM。あまりの高速ゆえに狙いが定められず、それゆえにある程度の針路予測で当てずっぽうに軌跡を刻む曳光弾。

 AAMの誘導を避けるために旋回した『ラファール』は、しかし眼前に放たれた曳光弾の中へと自ら飛び込む形となり――右翼中ほどを千切り飛ばされ、錐揉みを描きながら地を指して墜ちていった。

 

「2機抜けた!」

《任せろ!》

 

 追撃を仕掛けるヴァルゴ1の声を確かめ、レフは足を踏ん張りながら操縦桿を手前へと引き上げる。引き起こしの縦旋回の中で右へと向けた視界の中では、カールからの射撃に晒された2機が、間隔を大きく開けて散開している様が見て取れた。咄嗟の横旋回ゆえか、その速度はやや落ちており、特に右側の機体の機動が鈍い。

 

 レフの目くばせに応え、ウィンドウ上のスフィアが逃げる1機へとシーカーを重ねる。横方向への運動性はもちろんのこと、旋回半径や機体サイズの面でも『オルシナス』は格闘戦に向いていない。体勢を立て直されればこちらの不利は明らかである以上、今は敵の弱みにとことんつけ込むのが上策だった。

 

 縦旋回を終えた頂点から、レフは操縦桿を倒すとともにスロットルを開放する。フットペダルで針路を微調整し、照準を敵機へと向けながら、その背を捉えるべく青槍色の機体は狭い空を猛追してゆく。

 

 距離1200。右旋回の鼻先を抑えるように、AAMを一発発射。

 ロックオンによる誘導の無い及び腰の投げ槍ではあるが、近接信管を作動させ、敵機の針路上に生じる爆炎はその機動を制するに余りある。咄嗟に左へと切り返した『ラファール』は速度を失い、後方に迫るレフの『オルシナス』へとその背を晒すに至っていた。

 

 距離800。

 600。

 AAMには十分だが、フレアで逃れられる可能性もある。ここは確実な機関砲が最もいい。

 550。

 あと一声。

 500。

 今――。

 

《ル・トルゥーア管制室より各機へ!基地の北18000に新たな不明編隊が接近中!機数4!》

「何ィ!?」

 

 唐突に差し込む『予想外』が、レフの指から一瞬動きを奪う。

 は、と我に戻り引いた引き金は、しかし僅かに遅く。機首から放たれた曳光弾は眼前の『ラファール』の主翼後端を掠めて、虚空へと消えていった。

 

「くそ!…いや、それどころじゃねえ。北から敵機だと!?」

《レーダーレンジ拡大。方位005、機影4が基地へ接近中です。機種不明、『ラファール』より優速です》

《今は基地の南なのに、次は北って…!レフ、どうするっスか!?》

「ち…!古典的な手ェ使いやがって。ヴァルゴ隊、残り5機を任せていいか?真逆の敵なら、足が速い『オルシナス』で向かった方がいい」

《確かに道理だ。任せる!》

「頼む。カール、飛ばすぞ!イングリットは周辺警戒!」

《はい!》

《了解っス!》

 

 南の囮に対し、本命が北から攻める。古典的な囮戦術に嵌った屈辱に臍を噛むも一瞬、レフはすぐさま操縦桿を引いて、インメルマンターンを経たのちに『オルシナスC』を北の方へと向けさせる。真逆から迫る敵に相対するには、『オルシナス』ならばこの方が手っ取り早い。

 

 後方にヴァルゴ隊が見せる閃光を、眼下にル・トルゥーアを送り、唸りを上げるエンジンが焔を灯して北へと馳せる。レーダー上で見る限り、敵との距離は概ね8000を割る頃合い。機数はこちらが少ないが、手足のように慣れた上、スフィアによるサポートもある『オルシナスC』ならば、レフには4機全てを撃退する自信はあった。

 

 ――そう、新手が4機だけならば。

 

「おし、そろそろ接敵だ。頭を抑えて上から…」

《…!待ってください、『ランサー』!方位130に所属不明機の反応あり!》

「…何だと!?」

《距離15000、機数10…いえ、12!基地とヴァルゴ隊の方面、二手に分かれています!》

《そんな…これも囮だったっスか!?レフ!…レフ!どうしよう、どうするっス!!》

「少し黙れ!くそ…!!針路このまま、正面の4機を叩く!すぐに反転して東の敵だ!」

《無理っスよ!一航過で4機なんて!》

「やるんだよ!スフィア、コフィンシステム起動!」

《了解しました。ちょっと揺れますよ》

 

 正面の4機に加え、東からの新手。合してこちらの5倍となる敵を前に、レフは思いつく限りの判断を下した。新手に対してこちらも二手に分かれても、単純計算で追撃火力は半減してしまう道理であり、どう考えても1機以上は突破を許してしまう。かといって機数の多い東側へ進路を変更した所で、12機を相手に手間取っている間に北の4機は基地へと到達してしまうだろう。ならば、戦力比が1:2に収まっている北の編隊を一気に減らし、返す刀で東に相対する。これまで散々犯して来た分散の愚を念頭に、レフが脳裏に描いた図面がそれであった。

 

 ぷしゅ、と空気が抜けるような音が響き、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)のバイザーがせり出すと同時に座席の背もたれが下りてゆく。閉じた瞳に代わって機体各部のカメラが外部映像を脳裏に投影し、機体の各部へ意識が浸み込んでゆく。

 これまで何度か行ってきた、コフィンシステム特有の操縦感覚。唯一、これまでと違うことと言えば。

 

「レフ、正面に敵を目視しました。R-211B、攻撃機仕様の『オルシナス』です」

 

 空に浮かんだような体、その周囲。先ほどまでウィンドウの中を泳いでいたスフィアが、CGモデルそのままの姿でレフの体に沿いながら敵の姿を指さしている。手を伸ばせば触れられるほどに、その距離は今までになく近い。

 コフィンシステムはそもそもがパイロットと機体をリンクさせる技術であり、いわばパイロットは機体と一体となる。すなわち、スフィアが機体に存在する状態ならば、パイロットもまたスフィアと同一の立場に立つことになるのである。言うなれば、機体という体にレフとスフィア、二つの魂が入っている状態であった。レフにとって今の状況は初めての体験ではあるが、今はそれを驚く間すら惜しい。

 

「ニューコムの機体もかよ…!カール、ミサイルを惜しむなよ!」

《分かってるっス!》

 

 高度差、わずかに150。

 ほぼ真正面同高度に浮かぶ機影に、レフは歯を食いしばる。流線型のフォルムに菱形の主翼、その中ほどに設けられた2基のエンジンポッドの姿は、紛れもなくR-211『オルシナス』の姿に違いない。先ほどはUPEOの機体だったが、まさかニューコムにも『ウロボロス』への賛同者がいるということなのか。

 

 慣れ親しんだ、友軍の機体。胸に疼く痛みは、しかし今は同時に幸運でもあった。ベルカに赴任した頃から慣れた『オルシナス』ならば、その長所も欠点も、掌に載せるように分かっている。

 

 兵装選択、AAM3番から6番。敵の数に対してミサイル残数は心もとないが、今は何よりいち早く東へと向かうことが先決である。横方向の機動が鈍い『オルシナス』相手ならば、放射状にミサイルを放てば命中する可能性も高い。

 先頭の1機が機首を下へと向け、残る3機が追随して高度を下げる。エンジンポッドには焔が灯り、アフターバーナーを活かして速度を増していることを物語っている。おそらくは加速性能に物を言わせ、強引にこちらの下方を抜ける積りに違いない。

 ならば。

 

「見え見えなんだよ!」

 

 距離、1100。

 AAMの射程に至る一歩外で、レフは敵機の針路上を狙ってAAMを同時に発射。機首を上げてその上方を抜け、敵編隊の上空で宙返りの機動を取った。

 振り返るまでもなく、映像は脳裏に描かれる。針路上に放たれたAAMを避けるように『オルシナスB』は左右へと広がり、回避しきれなかった中央の2機が近接信管の炸裂に呑まれてゆく。

 空に咲いた4つの黒い華。そこから抜け出た『オルシナスB』のうち1機は右翼エンジンポッドを大きく損傷し、もう1機は炎に包まれて墜ちていく様が見て取れた。左へ抜けた1機はカールの追撃に捉えられ、黒い胴体を爆炎の紅で砕き灼かれてゆく。

 

《撃墜2!2機残存、うち1機は中破しています!》

「残り2機は任せるぞ。俺はこのまま東の編隊を抑える!」

《了解、こっちもすぐ行くっス!》

 

 下腹に力を籠め、水平へと戻ったレフはそのまま機速を速めて、放たれた矢のように南へと進路を向けてゆく。ル・トルゥーアへ向かう敵に対して横合いから割り込む形だが、敵に制空戦闘機が混ざっていれば『オルシナス』でどこまで足止めできるか分かったものでは無い。頼みの綱は南の迎撃に当たっているヴァルゴ隊だが、そちらの状況も気がかりであった。

 

「ヴァルゴ1!ヴァルゴ2!無事か、そっちはどうなってる!」

《……は…………包囲…………こち……》

「ヴァルゴ隊、機体を損傷しているようです。東の編隊のうち4機が南に向かった模様」

「ち…!あっちは自前で何とかしてもらう他無ぇか…!こっちの機種は!」

「識別を照合しました。F-15CXが4機、F-15EXとA-10CXが2機ずつです」

「ち…冗談だろ!」

 

 滲む汗、肚を苛む不安。思わず口に出た舌打ちは一層の不安を募らせ、目は忙しくレーダーと時計の間を行き来する。敵は機種こそ旧式機ながら、戦力比にして実に1:8という不利は、この状況ではいかんともし難かった。極めて高い対地攻撃力を持つA-10の基地への到達を許してしまえば、甚大な被害を被ることは避けられない。この手に余る大軍に対し、こちらはAAM2発しか残っていない戦闘攻撃機1機のみで応じなければならない現実は、もはや絶望的ですらあった。

 

 目を凝らした先に、ぽつぽつと黒い機影が浮かび始める。機数にして6、400ほど下にさらに2。先ほどスフィアが照合した機種を踏まえれば、上の6機は『イーグル』、下の2機が『サンダーボルトADV』と断じていいだろう。果せるかな、スフィアが翳した拡大画像に目を凝らせば、青空を背に映えるには垂直に立つ2枚の尾翼。本来であればGRDFのエンブレムを描いてあるそこには、今は上から塗りたくるように、先ほどの『ラファール』と同じ『O』の字のエンブレムが刻まれている。よくよく見れば細部には突起や目らしき意匠もあり、概観すれば自らの尾を咥えた蛇、あるいは龍のようにも見て取れた。

 

 野郎。

 口中に罵倒を噛み、レフはそのまま直進して敵編隊の横合いから殴り抜ける針路を取った。基地までの距離はもはや6000ほどしかなく、敵の後方へ回り込む時間すら惜しい。狙いは、言うまでも無く最も脅威度が高い2機のA-10CX。2発だけのAAMで、果たしてどこまで削り切ることができるか。

 

 操縦桿、右、のち僅かに手前。

 体と一体となった機体は有機的に機首を下げ、猛禽が地上の獲物を狙うように右へと傾きながら徐々に高度を下げる。轟というエンジン音が唸りを帯びて耳を苛み、速度とともに増す風速は実感となって頬を掠めてゆく。こちらの接近に気づき、上空の『イーグル』のうち4機がシャンデルの軌跡を描きながらこちらに相対する。それらを意図的に無視し、レフは兵装に残る2発のAAMを選択した。

 

 距離、1500。狙いを手前側のA-10に定める。敵が2機だからといって、残り少ないミサイルまで二分するのは得策ではない。

 距離1100。こちらは速いが、しかし原型機からして第4世代機屈指の制空能力を持つ『イーグル』の機動もまた鋭い。いち早くこちらを向いた4機は緩降下しながらこちらを狙い、殺気のようなロックオンアラートが降り注いで来る。

 1000。スロットルを開く。臆せばそれだけ攻撃を受けるリスクも高まる。

 900。ロックオン。

 

 押し込んだボタンが『オルシナス』からミサイルを撃ち放つのと、正面上方から敵の火線が降り注ぐのはほぼ同時だった。右に、左に、あるいは下に。近接信管の爆発と機銃の擦過を受けながら、レフはなおも接近しA-10へ向けて機銃を掃射する。

 音と、光と、風圧に感覚を圧せられたその一瞬。

 その全てが後方に過ぎ去ったのち、エンジンポッドを尾翼ごともぎ取られたA-10CXが1機、木々の間へと没してゆくのが目に入った。

 

「まず1機!…とはいえ、本番はここからか!」

「レフ、後方のF-15CXが散開しました。反転しこちらを包囲する模様です」

「だろうな…!」

 

 両手で後方警戒ウィンドウを携えたスフィアが、後方上空で旋回する4つの機影を指し示す。先ほどの4機ひと塊から、左右、そして上下へ。こちらがわずか1機なのを認め、複数方向から攻撃を仕掛けることで消耗を誘う積りであることは明白だった。

 ただでさえ対戦闘機戦が苦手な『オルシナス』で、『スーパーイーグル』4機を相手取るなど無謀以外の何物でもない。レフは後方の機影には目もくれず、右のフットペダルを踏み込むとともに操縦桿を引いて、ル・トルゥーアへ向けて近づいてゆく残ったA-10の背を追った。A-10は高度600ほどを這うように飛び進み、上空には今なお2機のF-15EXも付随している。水平線には既に基地も見て取れる距離になっており、もはや1秒の猶予もなかった。

 

 追いつく、追いつける。この『オルシナス』の加速性ならば。

 スロットルを開放し、瞳を眼前の二又尾翼に縫い付けながら、レフは追撃を仕掛けてゆく。

 そこに冷や水を浴びせたのは、現実の鼓膜を苛むけたたましい機械音――ミサイルアラートであった。

 

「後方4機、ミサイル発射」

「…!?この距離でか!?」

「長射程のミサイルを搭載していたようです。後方、距離2200」

 

 2200、4発、後方上空。眼前のA-10との距離は、おおよそ1400。

 前後の相対位置を脳裏に描き、レフは臍を噛んだ。『オルシナス』がA-10を機銃の射程内に収めるのと、後方のミサイルが到達するのでは、下手をすれば後者の方が早い。

 スロットルを開く。右ヨーでわずかでも機首中心軸をA-10へと向ける。

 諦めるか。退いてたまるか。こんな、ふざけた真似をした奴らを相手に。

 

 A-10の背が近づく。

 後方にミサイルが迫る。

 正面、1200、1000。

 後方、1800、1500。

 近づく。

 迫る。優速の『オルシナス』に対してなお、空対空の切り札たる長射程ミサイルは速い。

 近づく。700。あと一歩。

 迫る。

 迫る。

 ――迫る。

 

「…くそっ!!」

 

 縦旋回でミサイルを回避しうる、最短距離の一線。後方の4発がそれに達した瞬間、レフは罵倒とともに操縦桿を力の限り手前へ引きあげた。魂を引きずるような強烈なGの下で、4発のミサイルは『オルシナス』の円弧の尻尾を捉え損ねて、炸裂することなく飛び去ってゆく。

 ぎりぎりの接戦で、打ち損ねた先手の代償。A-10に一発の弾丸すら浴びせられなかったのは言うに及ばず、奥歯を噛み機体を翻すレフの下では、高度を下げたA-10が2機のF-15EXとともに、既にル・トルゥーアに対する攻撃態勢に入っていた。

 

「駄目だ、射程に入っちまう!カール!ヴァルゴ1!」

《もうすぐ向かうっス!…この!このっ!!》

「ヴァルゴ隊、応答ありません。現在、南の敵機は空中退避中のジェミニ隊が囮となって引き付けている模様です」

「くそ…!くそったれ!アリかよこんなの!」

 

 焦り、上ずったカールの声。理不尽に憤る心。

 それすらも打ち消すかのように、上昇中の『オルシナス』へ向けて機銃とミサイルの火線が襲い掛かる。急上昇で速度を殺されたこちらを狙い、追いついた4機のF-15CX。それらが2機一組となり、時間差で攻撃を仕掛けて来たものだった。

 横旋回は悪手。

 咄嗟にそれだけを意識し、レフはフレアをまき散らしながら右ロールで敵への投影面積を減らし、なおも火線を振り切って上昇する。先発の2機はいなしたものの、その機動を見計らって追撃を仕掛けた後続の2機を避けることは叶わず、『オルシナス』の主翼や胴体にはいくつもの被弾の衝撃が奔った。

 

《敵機侵入!…ぐあっ!!》

《司令部棟が攻撃されている!戦闘機隊、何をしているんだ!》

「うるせえ!こっちだって必死でやってんだよ!!…対空砲で持たせろ!」

《自律式対空砲、既に半数が沈黙!…くそ、また1台やられたぞ!》

「ち…!スフィア、敵のA-10にシーカーを固定しろ。あれを片付けにゃ、基地は全滅だ!」

「了解しました。周囲の敵は私に任せてください」

 

 基地に上がる爆炎が、焦りと殺意を強めてゆく。

 右ロール、さらに90°。操縦桿手前、背面ののち正位へ。『イーグル』の攻撃を下方へ躱し、上昇の頂点で機体を切り返したレフは、反転し挑みかかるF-15には目もくれず、基地上空を舞うA-10のみを目指してスロットルを一気に解き放った。高出力のエンジンは振動と唸りを帯びて、地を指す流星のように、あるいは突き下ろされる槍のように、空から斜めに猛進してゆく。

 

 AAMは、もはや無い。A-10とは速度差がありすぎ、悠長に後方を取って機銃を浴びせることもできない。ならば、狙うべきは一点のみ。一突きで機体を死に至らしめる急所――装甲化に限界のあるコクピットを、機銃で狙い打つ他にない。

 正面下方から、F-15がミサイルと機銃を打ち放つ。

 警報が響く。至近距離に炸裂が爆ぜる。機銃が、破片が『オルシナス』の皮膚を傷つけてゆく。

 損傷率、イエローライン。だが、まだ行ける。

 『イーグル』を抜ける。追撃を加速で引き離してゆく。単純な追いかけっこでは『イーグル』が『オルシナス』に敵う道理は無い。後方に4機を引き離し、残るは眼前に地を喰い続けるA-10のみしかない。

 

 下腹に力を込めたまま、大きく息を吐く。スコープを覗く狙撃手のように、ガンレティクルの央と瞳を結んで、その先にA-10の姿を捉えてゆく。狙うはコクピットの中のパイロット、その一点のみ。『オルシナス』の速度に随い、距離は瞬く間に1500を切り、1000を割り、500へと達してゆく。

 眼前のA-10は鈍く、緩旋回で機体が横を向いてゆく。機首から放たれる光弾が地を抉り、人を抉り、地を黒と赤へと彩ってゆく。

 

 後方の警戒音も、地を舐める炎も、スフィアの姿すらも消えた、自らと敵のみの一瞬。

 槍の穂先のような『オルシナス』が、寸分たがわずA-10の機首を差した、その刹那。

 コンマ数秒の引き金とともに放たれた弾丸はわずかに逸れながら、それでも機体下部からコクピットにかけてを斜めに撃ち貫いて、さながら首を断つかのように『サンダーボルト』の躯体を地へと沈めしめた。

 

「――よし!」

 

 残るは、F-15EX2機。息をつき、ようやく広がった意識に唐突に飛び込んで来たのは警報音だった。正面に移ったスフィアが後方を映し出すと、反撃を目論んだF-15EXがこちらの背を捉えつつある。先の攻撃で高度を失ったこちらには、左右下方のいずれにも逃げ道がない。

 ち、という舌打ちとともに、操縦桿を引きかけた、その刹那。『イーグル』のさらに後方から飛来したミサイルにその尾部を貫かれ、F-15EXはウィンドウの中で四散し果てていった。

 

《レフ、遅くなったっス!》

「カール!…いいぞ、まだ勝ちの目は…!」

 

 差し込んだ、反撃への希望。それはしかし、突如として傍らに立ち上った激しい炎によって、脆くも打ち砕かれた。まるで地面そのものが燃えているかのように、それは轟々と紅く空を焼き、翼を焦がしてゆく。

 燃えているのは、備品や資材を収めた倉庫の横。

 あの位置は。――あれは。

 

《燃料タンクが…!!》

「ル・トルゥーア燃料タンク、1号槽ならびに2号槽の全損を確認しました。備蓄燃料残量、9%まで減少」

「……やられた…!………ッ、畜生!」

 

 無意識に振り抜いた手が装甲キャノピーにぶつかり、鈍い痛みを滲ませる。それを気に掛ける余裕すらない程に、この状況は絶望的だった。燃料が無ければいかに優れた性能の航空機でも戦うことはおろか、飛ぶことすら叶わない。保有する全てのタンクを失ったル・トルゥーアは、既に航空基地としての命を失ったのも同然であった。

 

 敗北の烙印を刻み付けるかのような炎を背に、残存したF-15は東へと踵を返し去ってゆく。

 撃退にこそ成功したものの、眼下の惨状に希望を潰されたまま、2機の『オルシナスC』は半壊したル・トルゥーアの滑走路へと降り立った。

 

「…酷いもんだ。見る影もねぇ」

 

 機体を整備員に預け、ヘルメットを外す。地に降りたレフが最初に口にしたのは、現実とは到底思えない惨めな光景だった。

 立ち上る燃料タンクの炎は消える気配すらなく、出撃していた対空砲はその全てが無残な残骸へとなり果てている。地面が至る所に弾痕が刻まれたがたがたの有り様であり、中枢たる司令部棟すら今は半壊して原型を留めていない。格納庫こそ無事だが、そもそも予備機1機すらない今の状況では、ル・トルゥーアの戦力にとって何ら関係の無いことだった。

 

 立ち尽くすこと、しばし。

 半ば呆然としたレフの元に、一人の見知った顔――おやっさんが近づいてくる。幸いに怪我はなかったようだが、どこかで拾ってきたものか、その身は古びたフライトジャケットに包まれた見慣れぬ姿だった。手には書類を挟んだバインダーを持ち、まるで日常と変わらないかのように飄々とした顔で掌の庇を翳している。

 

「大変だったな、レフ。体は大丈夫かね?」

「…体は大丈夫だがな。とても手に負えなかった。……クソッ!」

「お前さんのせいじゃあないさ。時にはこっぴどく負けるのも勉強よ。……ところで」

 

 肩をぽんぽん、と叩くおやっさん。その目が、不意に鋭くなったのはその時だった。

 細まった眦。見据える――『観る』目。普段と異なったその目は、まるで別人を思わせた。まるで獲物を捉えるハンターか、あるいは――自分たちのような、戦闘機パイロットのような。

 

「司令を始めとした幹部連は戦死した。副司令も重態で、ヴァルゴ隊は全滅したそうだ。燃料もあと一回の飛行分しか残っていない。現実はこうなっとるが。…お前さん、これからどうしたい?」

 

 瞳は、探るように、確かめるように意志を問う。

 レフは頬にこびり付いた煤を擦り、掌で顔を拭って、改めてその目をおやっさんへと向けた。――おやっさんと名乗る、未だ名も知れない一人の男に。

 

「今更何言ってんだ、おやっさん」

「………」

「俺は、理不尽が嫌いだ。納得できねぇ事も嫌いだ。そんなもんに呑まれる気は毛頭無ぇ。急に奇襲を、それも起き抜けに多数で殴りかかるようなやり様を受けて…理不尽以外の何物でも無いよな、これ」

「…ふふ。となれば」

「決まってんだろ。『ウロボロス』とか言ったか。連中の頬をぶん殴ってやるまで、屈する積りは無ぇ」

 

 明確な方策も、手段も無いままの、無謀とも言える己の意志。傍目には愚かとしか言いようのないその意志を、しかしレフはまっすぐに、おやっさんへと応えた。

 

 言い切って、数秒の静寂。

 く、と漏れた吐息は、くくく、と絞るように続き、やがておやっさんの笑い声となって響き渡った。哄笑でも嘲笑でもなく、ただ愉快でならないというような快活な笑い声に、レフも心の底から笑い声を吐いてゆく。絶望的な戦況だが、今はこれが心地よい。辛うじて生き残ったレーダー班が『敵編隊第2波接近中』の絶望を響かせる中にも、2人分の笑声は穏やかに重なってゆく。

 ひとしきり笑い、心と意思を確かめたわずかな刻。その結びに、おやっさんは手にしたバインダーをレフへと押し付けるように手渡した。

 

「流石だ。いや、お前さんならそう言うと思ったよ。…いやはや、この気分は懐かしい。ヴェスパーテやオステアで戦い抜いた()()()を思い出すわ」

「ま、特に策がある訳じゃないがね」

「お前さんにその意志があるなら、それでいい。……ノースオーシアのルーメンに行き、サヤカ・タカシナという女に会え。お前の意志を伝えれば、きっと力になってくれる。詳しいことはその書類に書いてある」

「ルーメン?」

「なに、お前さん達が逃げるまでの時間稼ぎはやって見せる。昔取った杵柄という奴でな」

 

 おやっさん、何を。

 不意に生じた胸騒ぎが、その言葉を喉へと昇らせる。それが口からまろび出るのと、おやっさんの背の格納庫から、幕に覆われた機体がゆっくりと歩み出てくるのは同時だった。概観してもニューコムのものとは異なるそのフォルムは、おやっさんがずっと余暇に弄り倒して整備していた員数外のジャンク品に違いない。

 

 被せられた布を、おやっさんの手が引きはがす。

 切り立った機首に、葉巻型の胴体。胴体と比して小さな切り欠き三角翼はその翼端が黒く染められ、旧態依然としたガラス製のキャノピーと合わさっていかにも古風な印象を見る者に与えている。やや後退した三角形の垂直尾翼にはどこかで見覚えのある蝙蝠を模したエンブレムが刻まれ、その存在感を醸し出していた。よくよく見れば、おやっさんの古ぼけたフライトジャケットの上腕部にも、同様の意匠が見て取れる。

 

 実物を、この目で見たことはついぞない。せいぜい写真資料でしか見たことのない、この古めかしい外見は。

 

「『フィッシュベッド』…!?骨董品じゃないか、コレ!?」

「ああ。MiG-21UPG。21-93とも、『ディビナス』とも呼ばれる終期型のタイプだ。ベルカ戦争からこのかた、ワシは多くの機体に乗ってきたが、ワシにとってはこれが最高の機体だった。なるほど性能は最新鋭機に一歩も二歩も譲るが、被弾をものともしない冗長性と安上がりなコスト、高い汎用性。20世紀が生み出した、最高の機体だよ」

「…あんた、まさか。…本気か?」

「本気も本気だとも。ただしそう長くは持たんから、燃料を補充したらすぐに逃げてくれよ?」

 

 息を呑む。

 機体を見上げる。

 不安を覚えたレフは、しかしそれ以上の抗弁はできなかった。殿を務めてみせるというおやっさんの自信と、何よりその目に宿る青年のような意志が、その言葉を押し留めたのだった。

 逃がしきって見せる。そう言うかのような、瞳と体に宿る無言の意志が。

 

「カルロス・グロバール。出るぞ」

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