Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第28話 奴隷戦士(グラディエーター)

「緊急出撃だ、同志諸君!ただちに出撃準備にかかりたまえ!」

「またかよ。戻って来たばかりだぜ」

 

 十数名が(たむろ)した暑苦しい詰所の中に、煮え立ちそうな頭を逆撫でする飛行隊長の声が響き渡る。

 ある者は愚痴を、ある者は露骨な敵意を、そしてある者は生気のない死んだような眼差しを。それぞれの意思を飛行隊長の禿頭へと向けながら、男達はのろのろと席を立ち己の身支度を整えてゆく。屋内に滞る熱気と諦念は、飛行隊長が扉を開いてなお消え去ることは無かった。

 

「勘弁してくれよ。帰投してまだ1時間だぜ」

「俺達奴隷戦士(グラディエーター)はさっさと死ねと仰せなのさ、あの革命家気取り様は」

 

 幽鬼のように立ち揺らめく男たちの中で、青年――レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフは皮肉交じりの苦笑を漏らしながら席を立った。身に纏うフライトジャケットこそ常に纏うニューコム仕様のものではあるが、胸に刻まれたニューコムの社章とNEUのロゴは、今は乱暴に黒く塗りつぶされ容易には見て取れない。襟を締め、大きく息をついてから、レフは薄曇りに染まる空の下へと歩きだしていった。

 

 古巣ル・トルゥーアがクーデター組織『ウロボロス』により壊滅し、逃亡先のオステアで捕虜となってから5日後。今や『ウロボロス』制圧下となったノースオーシア州スーデントールに、ウロボロス()()()となったレフの姿はあった。

 

「ブリーフィングは省略し、口頭で情報共有を行う。諸君も知っての通り、我ら『ウロボロス』の初戦はことごとく勝利を収めたが、今なお周辺の中小規模の敵施設は残存している。中でもGRDFはウスティオ、レクタ、ゲベートの三方面に戦力を集結させつつあるのは諸君も承知しているだろう」

 

 『ウロボロス』の制式カラーである黒色に塗装された『テンペストADV』を背にして、中年に差し掛かった飛行隊長は声を張り上げる。元来UPEOの塗装と識別マークが刻まれていたであろう機体はことごとく塗り潰され、今は主翼に『ウロボロス』を意味する『O』の字を模した竜のマークが、尾翼には牙を剥いて威嚇する多頭の蛇が描かれているのが印象的だった。

 

「先ほど、レクタ方面のヘルメートにGRDFの戦力が集結し始めているとの情報が入った。ヒュドラ隊はこれより直ちに出撃し、この敵戦力を叩く。出撃には特殊支援小隊も付随する。『ウロボロス』の一員として認められるよう、各員奮戦せよ。質問は」

「質問も何も、こんな雑な命令があるかよ」

「数も配置も分からないのに、どうしろってんだ」

「ヒュドラ3、ヒュドラ9、何か言ったか」

「いいえ。存分に励むであります」

「よろしい。各員搭乗!」

 

 ぼそぼそと小声で愚痴を漏らす二人の男に、飛行隊長が自らの禿頭を撫でながらじろりと目を向ける。懲罰は覚悟の上で言わずにはいられなかったのか、それともクーデター組織の手先となって戦う自らに自棄になっているのか。火の粉を避ける為に口を噤みながらも、レフは二人に同意するかのように小さく頭を下げた。まったく、いくらかでも真っ当な組織ならば、今のような命令も編成もあるものではない。

 

 レフの現在の状況は、極めて絶望的だった。

 そもそも、『ウロボロス』は全人類の電脳化による進化を標榜する、相当にラジカルかつ過激な集団である。このようなイデオロギーを中心に据えた集団というものは、同様の思想を以て繋がるため構成員同士の連携が強力な半面、えてして賛同者が少なく、慢性的な人員不足に陥るのが常である。この点、ゼネラルリソースを始めとした各勢力からの参入や、SARFの組織ぐるみの転向によって一定の改善を見たとはいえ、『ウロボロス』もまた大きくは変わらないと言っていい。

 

 この現状を省みて、『ウロボロス』は禁じ手とでも言うべき手段に出た。

 すなわち、初戦で捕虜とした人員を『志願兵』という名目で強制的に組織へと取り込み、自らの戦力としたのである。言うなれば、捕虜の奴隷戦士化であった。

 とはいえ当然ながら、数ではけして劣らない捕虜に兵器を与えれば反乱の芽を与えかねない。

 そこで『ウロボロス』は()()()を3つの集団に分け、3交代制の業務形態を構築。1つの集団が軍務に従事している間、残る二つの集団を人質として基地施設に軟禁する形を取ったのである。相互の集団をそれぞれ人質として機能させるため、そして何より共謀による反乱を防ぐため、同一組織からの捕虜は3グループそれぞれに分散して配置するという徹底ぶりだった。言うなれば前線に立つ志願兵は首輪を嵌められ、人質を護るがためにかつての同志を殺すという選択を迫られたのである。

 

 この悪辣な方針に生じた反発も、見せしめの処断と徹底した管理体制によって、その機運は急速に萎んでいった。言うまでも無く国際法違反の所業だが、『ウロボロス』にしてみれば自らは国家ではなく、ましてその国際法を定めた世界の変革を標榜しているがゆえに、法に拘泥する積りは毛頭ないのであろう。次々と死んでは補充されてゆく志願兵を目下に、その方針が改まる気配は全く見られなかった。

 

 オステアで捕虜となったレフも例外でなく、志願兵として『ウロボロス』へ取り込まれた。今のところは数少ないパイロットとして『ヒュドラ4』のコールサインを与えられ、首輪付きの一兵士として日々戦いに明け暮れていたという訳である。現在は対ゼネラルリソースの局面であるものの、矛先がいつニューコムへ移るかと思うと気は重かった。

 

 ――いや。

 遠い空を仰ぎ、レフはそう思い返す。

 まだ、俺自身は幸運な方と言えるだろう。少なくとも、あいつに比べれば。

 心に生じたその呟きとともに、向けた目の先にはいくつもの機影。先に出撃した別の飛行隊が帰投したのだろう、それらは主脚を伸ばしては次々と滑走路へと降下し、ブレーキ音とともに地へと降り立ってゆく。

 その編隊の先頭の機体が滑走路脇に駐機し、キャノピーが開いたとき。レフは遠目に映ったその姿に、思わず目を背けた。

 

 元エスクード隊隊長――現『サーペント1』、クルス・コンテスティ。ヘルメットを外したその顔は明らかに頬が削げ、焦燥した表情で言葉少なに俯いている。目には往時の光が無く、押せばそのまま倒れてしまいそうなほどにやつれて見えた。彼もまたレフと同様にオステアで捕虜となった奴隷戦士であるが、その仕打ちと立場はレフとは比べ物にもならないであろう。

 

 クルスの不運は、祖父から次ぐあまりにも高名な名声だった。

 祖父は、ベルカ戦争から東方戦争に至るまでサピンを護り続けたエース。その孫であり、かつ技量、相貌ともに優れサピン国民に慕われた撃墜王の血統。『ウロボロス』首脳部は、それらをサピン行政区の恭順に使えると判断した。すなわちオステアで捕虜としたエスクード隊員を人質としてクルスを従わせ、『サーペント隊』1番機として対ニューコム前線へと投入したのである。

 機体は、UPEOから接収した『タイフーンⅡ』。それも残酷なことに機体は祖父や自身の愛機を彷彿とさせる紅地に黄金十字のパターンを塗装され、ニューコムの機体を撃墜しなければ一人ずつ人質を殺されるという威迫を課せられての出撃である。

 人質を殺されないために、ニューコムの――サピンの同胞を殺さなければならない。

 非道と言うも愚かな『ウロボロス』の処置に、わずか数日でクルスの心身は見るも無残なほどにボロボロとなっていた。

 

 何とかしなければ。

 目を逸らし、しかし心だけはそちらへと注ぎながら、レフは足早に自らの機体へと向かってゆく。朧な陽光を背に受けて、その翼が地に落とす影の色は薄く、どこか空虚だった。

 

 全体として後退し、翼端を落とした切り欠きデルタ翼。1対の水平尾翼と垂直尾翼に2基の並列エンジンという姿はゼネラルリソースのF-15CXを連想させるが、サイズとしては一回り小さく、主翼前端からコクピット横まで緩やかな曲線を描いて張り出たLERX部の存在が、そのシルエットをF-15と異なったものへと変えている。主翼のUPEOのロゴは塗り潰され、機首の上半分からLERX前端までが黒く染められているという異様な外見の機体であった。

 MiG-33SS『ファルクラムSS』。かつてユークトバニア等が友好国へ向けて輸出していたMiG-29ME『ファルクラムE』をベースに、コフィンシステム搭載等の改修を施した多目的戦闘機。オステアで『オルシナスC』を失ったレフへ新たに与えられたのは、ニューコム出身のレフにとって縁も馴染みも無いこの機体であった。

 

「…分かってねぇなあ」

 

 整備兵からヘルメットを受け取り、レフはぽつりと一人零す。

 薄曇りの鈍色を遠景に、尾翼に刻まれた八つ頭の蛇が、静かにレフを睥睨していた。

 

******

 

《敵対空砲陣地より発砲多数!》

《ヒュドラ10、被弾した!推力低下!》

《撤退は許されない。栄えある『ウロボロス』の一員として奮闘せよ》

《畜生め!!》

 

 平原に長方形を描く灰色の大地から、曳光弾とミサイルの火線が絶え間なく撃ち上げられる。蜂の巣をつついたよう、という表現はまさにこのような光景を言うのであろう。働き蜂の羽音のようなロックオンアラートは絶えず鼓膜を苛み続け、それに従うように機関砲とミサイルの一刺しは正確に『ウロボロス』の機体へと襲い掛かってくる。山間を縫った奇襲であったがゆえに上空に警戒機こそ見えないものの、既に滑走路に並ぶ戦闘機の中にはタキシングへ向け動き始めている機体もちらほらと見えつつあった。

 

 操縦桿を引き、スロットルを開く。

 気の毒にも第一の犠牲者となりつつあるヒュドラ10の『デルフィナス』を眼下に見越しながら、レフは機体を加速させるとともに上昇。追随する対空砲の火線を後方へと躱し、対空陣地の直上へと至ってから操縦桿を右斜め手前へと引いて、舞い落ちる木の葉のように機体を背面急降下へと入らせた。

 

 正面ディスプレイの脇に拡大映像が投影され、対空砲が砲身をもたげるのが目に映る。

 急降下の最中に見定める限り、地対空ミサイル(SAM)は5…いや、6台。寄せ集めゆえに統制が取れていない『ヒュドラ隊』の事情が今は功を奏したのか、SAMはばらばらに飛ぶ後続の機体をめいめいに追っており、直上のこちらを狙っているものは今のところ見られない。真上へ向けてミサイルを撃てば噴射煙で自らの視界を塞いでしまう以上、今この状況に限れば対空陣地の真上はミサイルの死角も同然だった。

 

 兵装選択、主翼内側ハードポイントに搭載した無誘導爆弾(UGB)3発4基、計12発。本職の攻撃機でない以上攻撃精度は心もとないが、機体や装備に関して贅沢を言えない今となっては仕方がない。深く息を吐き出し力を籠め、急降下によるGに耐えながら、レフの目は正面の着弾予測サークルと傍らの高度計し続けた。

 

 高度3500。距離が狭まるとともに対空砲の狙いが正確になってゆく。

 3200。3000。曳光弾の筋が『ファルクラム』に擦過しはじめ、3つ4つと弾痕を刻む不快な音がコクピットに響き始める。

 高度、2800。がぁん、という重い衝撃音とともにコクピットが揺れ、金属が弾ける音が鼓膜を苛む。コクピットに近い箇所に至近弾を受けたらしく、ダメージコントロールを示す機体のワイヤーフレーム図が黄色く染まってゆく。

 潮時だった。高速性能や耐弾性、垂直方向への機動性に長ける『オルシナスC』ならまだしも、不慣れなこの機体ではこれ以上はリスクが高すぎる。ここで死ぬのも馬鹿らしい、そう断じたレフは、未練なく操縦桿のボタンを押すとともに渾身の力を込めて操縦桿を引き上げた。

 

「…くそっ…!上がれ、上りやがれ、オンボロめ!」

 

 がちん、と機体下部が揺れる音、重量物を放った反動で上方向へと揺れる機体。軽くなりこそしたものの、軽量機ゆえに制動しがたい機体特性はいかんともしがたく、『ファルクラム』は容易に引きあがらない。

 気合を込めるように、憤懣を纏って漏れる罵倒の言葉。がん、がんと翼に響いた被弾音の残響を引きながら、やがて機体はふわりと風を孕み、翼を水平へと戻していった。レフは間髪入れずフットペダルを踏み込むとともにスロットルを開き、後方に追い縋る火線を左旋回で躱してゆく。

 

 旋回の最中に、振り返った先。

 そこには、ようやくUGBが地表へ到達したのか、着弾し濛々とした爆炎を上げる対空陣地の光景があった。投弾高度が高かったために風に流されたのか、陣地中央を狙った爆撃は東へ大きく逸れてしまい、対空火器の三分の二ほどが無傷で残ってしまっている。爆炎で敵陣地の視界を封じせしめたことを加味すれば、これで上出来とするべきであろう。

 

「穴ァこじ開けたぞ!さっさと追撃しろ!」

《よくやったヒュドラ6。各員、基地への攻撃を続行せよ。怠戦は叛逆と見なす》

《呪われやがれ、『蛇遣い』どもめ!》

 

 処断を仄めかす飛行隊長の言葉に、残る『八つ首蛇』の機体が狂ったように対空陣地へ、そしてヘルメート基地へと殺到してゆく。何せ、最初の出撃の際に『かつての友軍に攻撃するのは忍びない』として攻撃の手を緩めていたGRDFの志願兵が、目の前で味方に撃墜されたのを目の当たりにしているのだ。飛行隊長が語るその言葉は、けして脅しでないことをヒュドラ隊の人間は知っていた。

 

「…おっかねえことだな」

 

 追撃を受け炎に包まれる対空陣地の傍らで、レフは旋回する『ファルクラム』の中からちらりと後方へ目を向ける。距離にして1600ほど後方、高度3000ほどに当たるその空域には、戦場を睥睨するように機位を保ったまま動かない4つの機影があった。無尾翼デルタに大型のカナードを設け、主翼端から胴体へ向けて切り入るようなV字型の緑の塗装は、以前にオーレッド湾上空で、そしてつい最近にも目にした覚えのある機体である。

 

 UPEO所属、『アクティアス隊』の『グリペンJ(イェーガー)』。今や『ウロボロス』の特殊支援小隊と称されるその部隊こそが、今なおレフ達の背に控える4機の素性だった。特殊支援小隊を謡うものの、その実態は寄せ集めに過ぎないヒュドラ隊を監視する督戦隊と言ってよく、先述の怠戦したGRDF志願兵を撃墜したのもこの部隊である。レールガンでの一撃の下に戦闘機を正確に撃ち抜いた技量からするに、おそらくはオーレッド湾で直接相対した『三日月』もまた健在だと考えてよいのだろう。

 もっとも、戦闘中はおろか基地にあっても個人的な接触は禁じられており、彼らがオーレッド湾で交戦した部隊と同一である確証も、『ウロボロス』に至った経緯を探ることも現時点ではできていない。

 確実なのは、ただ一点。彼らが少なくとも並外れた技量を有しており、こちらは絶えずその射程内に捉えられているという厳然たる事実のみだった。

 

《敵迎撃機離陸!》

《ヒュドラ2から8、優先して敵基地を叩け。ヒュドラ6、何をしている。まだ休憩を与えた覚えは無いぞ》

「はいよ。…たく、殺されねぇ程度に頑張るか」

 

 ヒュドラ1からの通信に生返事を返しながら、半ば沈黙する対空陣地を抜けて、『ファルクラムSS』をヘルメート基地の上空へと滑り込ませる。体感と推力、ダメージコントロールパネルを見る限り、機体の損傷率は40%前後。長時間の空戦は心もとないものの、機数に物を言わせた奇襲という状況を踏まえれば、多少の空戦には耐えられると計っていいだろう。

 俯瞰する戦場を観る限り、もはや決着は着いたと言っていい。

 こちらが突破した間隙を突いて攻撃を仕掛けた僚機により、基地の主要施設と格納庫は既に大破。滑走路のうち一つにはUGBによる大穴が空き、残された一方も滑走路上で撃破された機体がその途上をほぼ埋めてしまっていることから、増援の離陸は絶望的と断じてよいであろう。今はヒュドラ隊の機体が地上を虱潰しに掃討し、わずかでも脅威となりそうな存在を次々と攻撃している状況であった。

 

 と、なれば。

 フットペダルを踏んで方向舵を傾け、操縦桿を引きながら機体を右へと傾けて旋回させる。見下ろしていた目を、今度は空へ。もたげた視界の先には、過たず残る脅威――離陸した迎撃機の姿が見て取れた。

 ヒュドラ隊の『デルフィナス』や『ファルクラムSS』と交戦するGRDF機の反応はわずかに2。機種はいずれもF-16XF『ジャーファルコン』らしく、カナードを設けた機首を翻しながら、数で勝るヒュドラ隊を相手に悲壮な抵抗を続けているように見受けられる。数といい性能差といい放っておいても勝負は自ずから明らかだが、今は疑いを避けるためにも戦闘に参加すべきであった。

 

 交戦域へと機首を向け、スロットルを開放し『ファルクラム』を加速させる。

 体を押し付けるG、回転数の上昇を示す甲高い音。ぐん、と加速した『ファルクラム』は、しかし思うように速度が伸びない。初速とは裏腹に伸びしろの少ない加速性能に、レフは思わず舌を打った。

 

 第4世代機に分類される機体群にあって、『ファルクラムSS』のベースとなったMiG-29は比較的小型な部類の機体であり、就中(なかんづく)格闘性能と整備性に重きを置いている。加速性能と整備性を重視した『グリペン』、多用途運用を念頭に最大公約数的な機能を集約したF-16『ファイティング・ファルコン』等といった同時期の中型クラスと比較してもその格闘戦能力は破格であり、簡素な構造と相まってユークトバニアやその同盟国において広く運用された機種の一つであった。

 

 とはいえ物事において万能は存在しえず、長所があれば欠点もまた存在する道理である。

 その例に漏れず『ファルクラム』にもいくつかの欠点が存在するが、レフにとって最も不満であったのが、加速の伸びの悪さであった。

 『ファルクラム』は比較的小型な機体に2基のエンジンを搭載しており、空力的にも優れた形状をしていることから、加速時の初速は他機種と比べてもけして劣ってはいない。しかし、小型の機体に2基のエンジンを並列配置するという特性上、搭載できるエンジンの出力に制限があり、主翼形状も無尾翼デルタと比べ加速能力に劣る切り欠きデルタである影響から、加速後の速度の伸びに劣るという欠点があるのである。アフターバーナーを用いれば一定の改善は図られるものの、積載燃料量の少ない『ファルクラム』で徒に燃料を浪費するアフターバーナーの使用はけして推奨できるものではない。優れた加速性能と縦機動性を持つ『オルシナス』で長く戦ってきたためでもあろう、それらがいずれも不足している『ファルクラム』はレフにとって大いに不満な機体であった。

 

「くそったれ、これならスターファイターⅡ(マルヨン)でも頂いた方がいくらかマシだ。…こちらヒュドラ6、突っ込むぞ!」

 

 『デルフィナス』に追われ、右旋回で射線を躱すF-16XF。その横腹を突くようにレフの『ファルクラムSS』は吶喊し、F-16とすれ違いざまに機銃の一斉射を加えた。機首を上げて振り返れば、F-16XFは撃墜にこそ至らなかったものの、左翼から胴体中央にかけて弾痕が刻まれ、機体中央から煙を噴いている。推進器付近に命中したのだろうか、その速度は見る影もなくがくりと落ちていた。

 

「もうちょい右か?ヨーの利きはいいんだが、まだ癖が掴めねぇな」

《おい、ヒュドラ6!邪魔するんじゃねえ、俺の獲物だぞ!》

「あー、悪かった悪かった。止めは任せるから、きっちり仕留めてやれ」

 

 右主翼の付け根を黒く染めた『デルフィナス』から、ヒュドラ4が抗議の声を上げる。ヒュドラ4にしてみれば、もう一歩で手の届く手柄をレフに掠め取られると――実際レフもそれを狙ってないでは無かったが――思ったのであろう。余計な衝突を避けるべく、レフは通信で適当に応じながら、敢えてF-16から離れるように機体を左旋回させ、追撃をヒュドラ4に譲る素振りを見せた。一応の機嫌を直したのか、ヒュドラ4はそれ以上の抗弁をせず、機動の鈍った『ジャーファルコン』へ肉薄して機銃掃射を行っている。性能でも戦力でも追い詰められた今となっては、もはやF-16に逆転の目は残されてはいなかった。

 

 余談ながら、機種の雑多なヒュドラ隊ではどの機体を誰が操縦しているか外見での判断が付きづらいことから、機体の上面図を機首を中心に11等分し、ヒュドラ隊内での序列に随って右翼側から黒く染める規則を設けている。純粋な『ウロボロス』所属のヒュドラ1を例外として、例えばヒュドラ2は右翼端からやや入った位置、ヒュドラ3はさらにその内側、という具合である。この規則に従えばヒュドラ6に当たるレフの『ファルクラム』は機首の右半分が黒い筈であるが、どういう訳かレフの機体は機首の上半分が黒く、続くヒュドラ7は機首の下側が黒く塗られていた。コクピットの後端を境にふっつりと黒く断ち切ったように黒く塗られたレフの機体は、見ようによっては首無し騎士(デュラハン)のように見えなくもない。

 

 翻る『首無し』の翼の下で、ヒュドラ4に翼を撃ち飛ばされた『ジャーファルコン』が墜ちてゆく。機体を傾けて仰ぎ見れば、残る1機も3機の僚機に追われ、錐揉みを描いて地へと墜ち行く所だった。眼下のヘルメート基地は既に至る所が燃え始めており、消防車が懸命に放水している様が見て取れる。空へと上がる対空砲火の火線はもはや絶え、ゼネラルリソースとしての戦力はとうに失われたと断じられた。

 これでゼネラルリソースは、レクタ方面の前線拠点を一つ失ったことになる。より内陸に拠点を設けるのか、それとも別の方面からの反撃を狙うのか。()()()()()()()()()()、レフは立ち上る黒煙を傍らに、しばし思惟を傾けた。

 

 攻撃を終え、残存したヒュドラ隊機がヒュドラ1を中心に集結してゆく。機数にして10、差し引き2機が撃墜された計算である。

 落日の下、アクティアス隊の4機を先頭に、14の機影がヘルメートの地を離れてゆく。

 朱に染まった2人の奴隷戦士を想い、省みる者は一人たりともいなかった。

 

******

 

「ああぁ、ったくアホらしいアホらしい。いつまでこんな茶番を続けりゃいいんだよ」

 

 陽がとっくに傾き、時計が午後8時を越した頃。光漏れと脱走防止のため板と目張りで閉ざされ、薄暗くなった兵員用個室の中で、レフはベッドに倒れ込んで大きく息を吐いた。続けざまの出撃と限られた食事を終えた体は疲労で重く、何より何一つ自由のない生活が精神の疲労までも加速させる。現在の境遇となりまだ1週間も経ってはいないものの、レフは早くも心身の摩耗を身に染みて感じていた。

 

「チョコミントシェイクなんて贅沢は言わねえから、せめてコーヒーくらい飲みてぇもんだ。…ああくそ、テレビも今日はダメか」

 

 ベッドに頭を投げだしたまま、傍らのテレビリモコンの電源を入れるも、画面を彩るのは砂嵐。どうやら情報統制のために『ウロボロス』が電波を選択的に遮断しているのか、『ウロボロス』のプロパガンダ放送を除いて他の放送は映らないようになっているらしい。極まれに電波の条件で他の放送が入ることもあるにはあるが、不安定であるのには違いない。

 自棄のように枕で頭を覆い、寝転がるレフの他に部屋には人の姿は見られない。元々は2、3人程度で使うための部屋ではあるようだが、今は共謀防止のために収容人数を隔離しているため、『志願兵』はいずれも個室を割り当てられているらしい。ちらりと聞いた話では『ウロボロス』の人員は逆にすし詰めの有り様らしく、こればかりは何とも皮肉な状況だった。無論、個室といえども監視カメラが設置されており、行動いかんではすぐに『ウロボロス』の兵員が飛んでくる。音声の録音までは行っていないようだが、油断は禁物だった。

 

 枕で視界を覆ったまま、レフはテレビのチャンネルを変えてゆく。

 雑音、雑音。プロパガンダ放送を経て、また雑音。心を粟立たせるような耳障りなノイズは、聞いているだけで人を苛立たせる。

 今日はもう寝てやろうか。

 溜め息一つ、指を電源ボタンに置いたその瞬間。雑音の中に別の音――否、声が混じったのはその時だった。

 

《レフ、レフ。起きていますか。戻りました》

「…ちょっと待て」

 

 内奥の意思が目覚める。枕の下で目を見開き、チャンネルを『ウロボロス』のジャック放送へと変える。テレビに映像を映し出したまま音量を下げて、いいぞ、と答えた後。常と変わらぬ音量でテレビのスピーカーから聞こえて来たのは、聞きなれた少女のような声――スフィアのそれだった。

 

《エレクトロスフィアをあちこち泳いで疲れました。眠たいです》

「お前AIだろうが。俺だって日中こき使われて疲れてるんだから我慢しろ」

《人使いの荒い男性はモテないという統計データが昨年の女性誌に掲載されていましたよ》

「うるせぇ。それよりどうだった、()使()()の結果は」

 

 情報も連絡の手段さえも遮断され、救援を見込めない絶望的な状況。

 目下の現況にあって、なおもレフが自暴自棄にならずに済んでいるのは、偏に彼女――エレクトロスフィア上を自由に行き来可能な、スフィアの存在によるものだった。現代において電子機器のほとんどはエレクトロスフィアと接続されていると言ってよく、そうした電子の路さえあれば、スフィアは自由に移動ができる。スーデントールに収監されてからこのスフィアの特性に気づいたレフは、自らが出撃している間、人目を引かずに動くことができるスフィアにある指示をしていたのであった。

 現在のレフが、最も求めるもの。すなわち、エレクトロスフィアを介した情報収集である。

 

《では、順番に。悪い情報しかありませんが》

「情報は情報だ。あんまり長く点けっぱなしだと監視に怪しまれる。手短にな」

 

 互いに顔を見ることなく、しかし心で通ずる紐帯。短い言葉に相棒としての信頼を乗せてから、レフはスフィアの言葉に耳を傾けた。

 

 スフィアが言う通り、状況は全体において悪い。

 まずはUPEOだが、現状は話にもならない。精鋭部隊のSARFは司令たるパークの指示の下にその多くがウロボロスへと転向した結果、阻止に入った残留派のSARF部隊とUPEOに相対して共食いのような状態となり、戦力としてはほぼ衰亡しきっている。オーシア全土に分散し駐留しているUPEO部隊も動揺しており、組織的な抵抗をする意思があるかどうかは怪しい所だった。

 

 現状、ウロボロスへの対抗戦力として最も期待できるのはゼネラルリソースである。

 中でもラティオに駐留する『ラーズグリーズ』機動部隊を中核とした連合艦隊は最大の戦力であり、現時点ではウロボロスによる襲撃もそのことごとくを退けているらしい。スフィアの情報によれば出航の準備を進めている最中らしく、ラティオからオーレッド湾に入り、オーシア方面のウロボロス本拠地となっているスーデントールを制圧する方針であるというのが、衆目の一致した予測であるとのことだった。そうやら先のヘルメート基地の戦力もこれに呼応したものらしく、やや距離を隔てたウスティオやラティオ内陸部でも部隊の集結が見られるという。

 

「ニューコムはどうだ。カールやイングリット、それにおやっさんの情報はあるか」

《残念ながら、行方は分かっていません。オステアの残存戦力は散り散りとなっており、サピン北部のNEU勢力は壊滅状態になっています》

 

 枕の下で、レフは知らず唇を噛む。いくら『オルシナスC』が高速とはいえ、夜間に、おまけに周囲を敵機に囲まれた状態での脱出である。無事に逃げおおせられたのか、はたまた撃墜されたのかすら判然としない今の状況は、レフにとっても歯がゆいばかりだった。おやっさんに至っては、ル・トルゥーア以降の足取りすら全くと言っていいほど分からない。

 唯一の朗報は、オステアが壊滅してなお、サピン中部の拠点である首都グラン・ルギドが健在であることだろう。クルスの祖父であるニコラス・コンテスティ航空参事官指揮の下でNEU残存部隊が奮戦しているらしく、ウロボロスの奇襲から5日を経てなお、頑強に抵抗を重ねているとのことだった。錯綜した情報の中にはサピン方面で唯一の軽空母である『プリンシペ・デ・アルルニア』も襲撃を受けた母港を無事脱出し、首都防空部隊の勢力圏内へと離脱を計っているらしい。ゼネラルリソースと比べれば幾分頼りないとはいえ、ニューコムの戦力が未だに残っているのは朗報以外の何物でもなかった。

 

《以上です。何か質問はありますか、レフ》

「いや、ない。助かった、スフィア」

《…レフ。一つ、聞かせてください》

「…何だよ」

《情報を集め、レフはこれからどうする積りですか?ご覧の通り、ここは(ウロボロス)のお腹の中。逃れる手立ても、反抗する方法もないのではないですか?》

 

 テレビの中から、スフィアの言葉がまっすぐに鼓膜を揺らす。低いトーンでもなく、高揚した抑揚でもない少女の声音。それは事態を不安視もしていなければ思いをを確かめるのでもない、一人の人間に対する純粋な興味を帯びて、レフには聞こえた。

 ここで終わる人間ではない。きっと、『次』を期している。まるでおとぎ話の続きをねだる子供のような、純粋無垢な関心で以て。

 

「確かに、俺一人じゃ何一つ抵抗の手は無ぇ。基地は二つも落とされた。『オルシナス』も失った。この有様じゃ、槍遣い(ランサー)の名前は返上だな。どっちみち拘りも無いが」

《その通りですね。仲間も、無二の機体も無い。今のレフは、とてもちっぽけです》

「応よ。…だがな、ここはウロボロスの腹の中だ。情報が手に入る。どこに強力な()がいるのか。いつ、どうやって仕掛けるのか。ウロボロスの出方と、エレクトロスフィアからどこへでも連絡を取れるお前の存在があれば、取れる手は無数にある筈だ」

 

 枕を掴む掌に力を宿し、レフは静かに心を語る。

 今は確かに囚われの身だが、敵の腹中にあるがゆえに、情報もまた伝わってくる。カール、イングリット、おやっさん。グラン・ルギドのNEU部隊、イルダ、『プリンシペ・デ・アルルニア』。さらにはGRDFの艦隊と、各地に散らばった部隊。ウロボロスに対抗するための勢力がどこに集結し、ウロボロスがどのような手に出るのかを、レフは最高の精度で知ることができる場所にいるのだ。人知れず電子の海を渡ることができるスフィアさえいれば、これらを繋げることはけして不可能ではない。

 

「なってやろうじゃねぇか。不死身の竜(ウロボロス)を内側から喰い尽くす(キャンサー)に」

 

 ふ、と微笑んだような、スフィアの声。

 テレビを消し、部屋の電気を消してなお、枕に隠れたレフの瞳は煌々とした光を宿していた。

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