Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《本日夕刻、ラティオ南部の軍港に停泊していたGRDF艦隊が出航したとの情報が入った。当該艦隊は原子力空母2隻を中核とし、無人護衛艦『サテライト艦』をはじめとした多数の護衛艦艇、さらには対地打撃艦をも擁する極めて大規模な構成である。対する我々の水上戦力は潜水艦を含めても半数に満たず、艦対艦戦の不利は明白と断ぜざるを得ない。
 諜報によると、昨年の『ランドグリーズ艦隊』喪失を鑑みて、連中は我々が艦隊をオーレッド湾へと引き込み、湾内で攻撃を仕掛けるものと読んでいるという。
 我々は、その裏をかく。
 これよりGRDFの当該艦隊を『α打撃艦隊』と命名。これの殲滅作戦を開始する。諸君は直ちに出撃し、オーレッド湾上空の友軍()()()より空中給油を受けたのち、極低高度からα打撃艦隊へ対艦攻撃を実施せよ。なお、前線における指揮は、オーレッド湾上空に先行している『オフィウクス1』に一任する。
 α打撃艦隊を討滅できれば、趨勢は一気に我らに傾く。旧時代の遺物には、ここでご退場いただこう》


第31話 戦乙女(ワルキューレ)狩りⅡ(前) ‐無敵艦隊討滅‐

 息を呑んだ。

 驚きのあまりに反射的に息を短く吸い、しばし呆然と口を開けて見やる様。ああ、短く端的なその表現は、こういった時に使うものなのだろう。

 は、と空気を吸い込んだ自らの喉の音を聞いて、レフは頭の片隅にぼんやりとそう結び、すぐに忘れた。それほどまでに、眼前に現れた光景は衝撃的だった。

 

 新月の夜空に、儚くぽつぽつと光る星々の灯。それらを塗り潰すような黒々とした巨体が2つ、漆黒の夜空に浮かんでいたのである。

 現代の戦艦にも匹敵する全長を持つ、いくつもの翼を生やした楕円型の胴体。そのすぐ下方には翼端が上曲した大型の主翼とエンジンポッドらしい双円状の構造物を持つ箱型の船体が下がっており、どう見ても時代錯誤な硬式飛行船にしか見えない。菱形主翼のUAVを周囲に多数従えて飛ぶその様は、あたかもコバンザメを侍らせて大海を悠々と泳ぐ大鯨の姿を思わせた。手前の1隻からは箱型の胴体左右から空中給油用の燃料給油プローブが伸びており、その接合部を光量を落としたサーチライトが照らして、陰影に浮かび上がる巨体に一層の威圧感を与えている。

 

「…飛行船の化け物だ。こんなもん持ってたのか、『ウロボロス』は」

《ユージアの『ウロボロス』本拠では、より大型の空中空母…UI-4053『スフィルナ』を本拠地兼旗艦として展開しているようです。本来はこれらも、ユージアの加勢の為に建造されたのかもしれません》

「ただの張りぼてだといいんだが、どうだろうな」

 

 これまでの数週間で『ウロボロス』の内情を調べ上げたスフィアが、レフの感嘆に淀みなく解説を返す。今回は作戦が作戦だけに久々のスフィアとの出撃ではあるが、『ウロボロス』の隠し玉をこうして目の当たりにし、スフィアに分析させられる機会に巡り合えたのは幸運だったと言えるだろう。

 余談ながら、機内の録画・録音記録は機体制御システムに入り込んだスフィアががっちりと掌握しており、後にスフィアと話している様が人目に触れることは無い。ネットワークに入り込みハッキングで情報を奪取している点といい、ここまでくるとAIというより完全にコンピューターウイルスではあるが、今は些細な事を気にしている場合では無かった。

 

 眼前では、空中給油を終えたらしいヒュドラ隊の4機が、ライトに照らされた空中給油プローブから離れてゆく。航続距離の短いMiG-33SSで、スーデントールからオーレッド湾を南下して海峡のGRDF艦隊へ攻撃を仕掛けるには、ここで燃料を満タンにしておかなければ往復ができない。

 操縦桿を傾け、ゆっくりと減速しながら空中給油プローブの位置へと機位を調整する。

 機体管制、空中給油モード選択。空中給油機と自動リンク開始、プローブ位置確認。巨大な船体との距離は徐々に縮まり、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)には『接合確認』、『空中給油開始』の表示が矢継ぎ早に流れてゆく。エレクトロスフィアを応用した空中給油時の自動制御機能が確立して以来、給油工程の9割以上を機械が制御するようになったため、(こと)航空機の空中給油はガソリンスタンドでの給油よりも簡単になったとさえ言っていい。

 

 装甲キャノピー越しに、左手側に横たわる漆黒の巨体。給油位置に静止した機体からその威容を見上げ、レフは改めて吐息を漏らした。

 

「こいつの情報は確保したのか、スフィア」

《万全です。ダメ押しに空中給油のリンク時に追加で情報を頂いて来ました》

「最早飛ぶスパイウェアだな、お前」

《照れます。――解析完了。本艦は、形式番号UI-4052B。『クラリアス』改級空中空母、『クラリア・ラベス』および『メラス』と判明しました。少数生産されている潜水艦…UI-3042『シュドルカ』級同様、任務に応じた拡張機能を持つ多目的艦のようです。かつてエストバキア空軍が提唱していた空中艦隊構想を、単艦種で実現したものと言えるでしょう》

「厄介だな。これが、ヒカリが言ってたウロボロスの切り札ってことか」

 

 給油量が100%に達し、自動的に機体が『クラリア・ラベス』の巨躯から離れて通常制御モードへと切り替わってゆく。

 左手側に離れ、続く機影がその傍らへと寄っていく様を横目に見ながら、脳裏に過ぎるのは『ウロボロスには切り札がある』と語ったヒカリの言葉。レフは、スフィアを介してヒカリと行った密談の内容を、瞼の裏に想起した。

 

 『――いいんだな?』

 窓を閉め切り、点灯したテレビの他は一切の照明を切った居室。テレビに『ウロボロス』のプロパガンダ放送を映しながらレフは確かめるような声を画面の向こうへと向けた。スフィアの力でエレクトロスフィアを介し、音声だけを繋げた相手――ヒカリが、『GRDF艦隊は見殺しにしていい』と告げたことに念を押したものである。

 

 『前にも言ったけど、確かに例の艦隊は単独でスーデントールを覆しうる。けど、そんなのは『ウロボロス』だって百も承知よ。自分たちのとって脅威だってのが初めから分かってる以上、対策だって幾重にも用意してる。つまり、ゼネラル艦隊はオーレッド湾へは到達できない。どうする積りかは知らないけど、あたしたちは『プリンシペ・デ・アルルニア』を軸に、独力で方法を考える方がいいわ』。

 

 やがて来るであろう、GRDF連合艦隊を相手とした出撃命令。

 現時点で『ウロボロス』に対抗できる最大勢力であるそれらへ、果たして攻撃を仕掛けてよいのかという問いに対する結論はそれだった。

 ヒカリの言う理屈は、十分に理解できる。戦力で圧倒的に劣るNEUでさえ、脅威と認識したランドグリーズ艦隊相手に対策を講じて、これを撃退して見せたのだ。各勢力が集った『ウロボロス』が、対策を取っていないという道理はどう考えてもないであろう。それならば、『ウロボロス』首脳部が対ゼネラルリソースに気を取られている今のうちに、その脅威を隠れ蓑に動いておくのが得策だった。

 

 とはいえ、この手の策をヒカリに期待するのは、先日の邂逅を思い返しても無理がある。スフィアという最大の強みがこちらにある以上、当面の方策はレフが考えるのが筋だろう。うむう、と息をつき、椅子の背もたれに深く沈みこんで、レフはしばし言葉を切った。

 

 状況を見返すに、時間的な余裕はそう多くない。

 オーレッド湾に潜伏する伏兵『プリンシペ・デ・アルルニア』はいつ発見されるか分からず、それを本来所管すべきグラン・ルギドのNEUも手が回っていないほどに押され気味である。ルーメンにいるというヒカリの母親と、その会社『ルーメン・メディエイション・エージェンシー』も、果たして戦力として計上してよいものかどうか分からない上、『プリンシペ・デ・アルルニア』への補給が露見すれば『ウロボロス』に掃討される可能性すらある。

 だが、何より喫緊なのは『ウロボロス』に使役されているクルスである。エスクード隊の制式カラーに塗装された機体でかつての友軍への攻撃を強制されているクルスは、既に心身ともに消耗しきっている。これ以上時間をかければクルスの方が先に摩滅しかねない以上、のんびりと策を練っている余裕は無いといってよかった。同じNEUの同僚にして顔見知りでもあるという同義的な理由に加え、その実績と技量、サピンを代表するエースパイロットの孫という素性の良さは、NEUを纏めて対『ウロボロス』戦を続けるのに不可欠な旗印になるという打算的な理由もある。それにつけこれにつけ、悠長に構えている時間は3人には無かった。

 

 それならば。

 一息置いて、レフはそう思考の口火を切る。

 時間的な余裕が無いならば、今あるものを最大限に使うのが上分別ではないか。

 

 『ヒカリ、母親に連絡は取れないのか?』。

 『できなくはないだろうけど、おおっぴらに作戦の相談するとかはまず無理。あたしも上に睨まれたら終わりだしね』。

 『電話は当然、メールやらも無理か…。お前の権限だと、まだ取り扱えるネットワークや情報にも制限があるってことか?』。

 『そんなところ。上級幹部なら専用回線で、検閲無しに連絡もできるんだろうけどね。あたし達がアクセスできる情報と言えば、敵味方の拠点位置や勢力、ブリーフィングで分かる情報を前もって聞けるくらい』。

 

 言葉が思考を紡ぎ、層となって策を形作ってゆく。

 元より、こうした作戦を考えるという作業は苦手である。それこそできるのならば、フォルカーやクルス、おやっさんにでも任せた方が適任だろう。いっそのことイングリットでも、自分よりは熟考して作戦を考えられるに違いない。

 ――ない物ねだりは、したところで仕方がない。益体の無い思考の枝を、レフはそう脳裏で切り落とした。たとえ拙い策であろうと、今は『あるものでやるしかない』のだから。

 

 『分かった。スフィア、エレクトロスフィアを介して、2か所ほどにコンタクトを取って欲しい。伝言は後で纏める』。

 『分かりました。今度は情報の泥棒ではなくて、お使いですね』。

 『いいねー、悪だくみしてる感があって。じゃ、あたしはもう今日はお休みで?』。

 『そうはいくか。お前にも存分に働いて貰うからな。サボるな』。

 『そんなぁ』。

 『お前は『ウロボロス』の喉に一番深く刺さってる楔なんだからな。急いでこれから言うことを調べろ。まず――』。

 

《ヒュドラ隊、全機給油完了》

《了解しました。オフィウクス1より各機、これよりこちらも出撃します。追随してください》

「おっと。まずは目の前、か」

 

 追憶を裂くオペレーターの声に、レフは思考を眼前へと引き戻してゆく。いくら策を弄した所で、まずは目の前の戦場を生き延びなければ始まらない。

 周辺に舞う機影は、雑多な構成のヒュドラ隊12機。

 新月の下の朧な戦列を、『クラリア・ラベス』の巨躯から飛び出た機影が追い抜いていったのはその時だった。やや遅れて角ばった4つの機影が連なり、鏃型となった隊形がヒュドラ隊の前方へと陣取ってゆく。

 

 先頭に立つその姿を見て、レフは思わず驚愕した。レフのみならず、スフィアすらもは、と声を漏らし、驚いたように言葉を呑み込んでいる。二人にとって、見覚えのあるその機体はあまりにも衝撃的だった。

 

 流線型を旨とした、水生動物を彷彿とさせるフォルム。外側に傾斜した尾翼と、幅広な主翼。キャノピー後部からは後方へ大きな突起が伸び、機体下部や各所にはセンサーと思しき針状の構造が見て取れる。主翼下部や胴体に見慣れぬ装備を搭載してはいるが、あれは、間違いなく。

 

「『ヴェパール』…!?」

《…解析。形式番号XR-99EC。間違いありません、私のオリジナルが駆っていた『ヴェパール』と同一機です。胴体下部に武装ポッドらしき構造物が追加され、細部の構造も異なるため、正しくは『ヴェパール』改二型とでも評すべきでしょうか》

 

 読み取った姿にスフィアの声が重なり、その確信に的中を告げる。

 XR-99EC『ヴェパール』。スフィアと同時にレフの前に現れ、規格外と評すべきその能力とフォルカーの策謀によって、戦乱の中心となった特殊電子戦機。オリジナルのスフィアとともにル・トルゥーアから去った筈のこの機体を、今再びここで目にするのは予想外のことであった。

 脳裏に過ぎるのは、過去の記憶。よくよく思い返せば、フォルカーは今後のスフィアの処遇を語るのに当たり、『『ヴェパール』もろとも研究施設のあるスーデントールへ移送する』という旨のことを言っていた気がする。つまり、役目を終えてスーデントールに保管されていた機体が、『ウロボロス』による制圧に伴ってその手に落ちたということなのであろう。その『主』の在り処を語るように、4機のF/A-18I『ホーネットADV』を率いる機影から流れて来たのは予想通りの声であった。

 

《各小隊、雁行隊形へ移行。これより極低空へ推移し、レーダー索敵高度外からα打撃艦隊へ接近、攻撃を行います。規定時間逼迫につき、詳細は道中での口頭指示とします。全機、追随を》

「ルカ・クレメンティ…。それにあの護衛機がいるってことは、あのカプチェンコとかいうジジイも一緒か。何をする積りだ…?」

《『ヴェパール』の電子攻撃式飽和デコイや遠隔強制制御機能は、電子攻撃戦に最適化された私という存在あっての機能です。有人で制御する限り、アクティブ電磁パルス防御システム以外が満足に稼働することはないと判断します》

「だといいが。今後のためにも、よぉく見せて貰おうじゃねえか」

 

 左ロール。旋回上面に機体が位置すると同時に機首を下げ、バレルロールの軌跡を保ったままの急降下。鈍重そうな外見に似合わぬ小半径の旋回機動で降下してゆく『ヴェパール』に、無人の『ホーネット』が寸分違わぬ機動で追随してゆく。その背を追うように、前方のヒュドラ隊機、次いでレフの『ファルクラムSS』もまた、螺旋を描いて機体を降下させていった。高度計の数値は見る間に1000を、500を切り、海面に腹が付きそうな極低空の圧が視界の下半分を埋めてゆく。

 

 海上艦のレーダー波が届かない、超低空からの接近による対艦攻撃という戦術は、本来であればふた昔は前に廃れた陳腐化した手法である。1940年代の第二次オーシア戦争ごろはまだ主流ではあったものの、レーダーや空対艦ミサイル(ASM)の高性能化、通信衛星網の発達による艦艇の死角減少に伴い、超低空侵入という手法は既に過去のものとなって久しい。それを敢えて『ウロボロス』が採ったというのは、一つには『ウロボロス』の破壊工作によるエレクトロスフィアの混乱が衛星通信網の機能不全をもたらしているためであり、さらにもう一つには正攻法の対艦攻撃を行うのに『ウロボロス』の戦力が不足しているためでもあるのだろう。特に後者は深刻な問題であり、捕虜である()()()や鹵獲機を酷使した結果、その戦力は日に日に減少しつつある。『ウロボロス』の無策というには違和感もない訳では無かったが、今となっては些細なことだった。

 

《戦術はシンプルです。ヒュドラ隊各機は現高度を維持し、α打撃艦隊へ肉薄。ASMを迎撃されるリスクの低い中距離から対艦攻撃を行い、敵戦力を漸減してください。なお、攻撃対象は敵空母を優先し、サテライト艦は除外するように。上空の脅威が減少したと判断でき次第、当機も前線へ合流します》

《……えー…と。戦力差が相当にあるのですが、真正面から斬り込めと?》

《身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と申します。諸君に盾となって頂けるのなら、骨は拾って差し上げましょう。これも、肉体からの解放なのですから》

 

 死ね。

 思わずそう言葉を漏らしかけて、レフは溢れた感情を喉の奥へと押し込んだ。通信の声もそれきり止み、僅かに舌打ちや溜息が漏れ聞こえるばかりである。

 酷い話であった。作戦も何もあったものではない。つまりは、有人機たるヒュドラ隊は『ヴェパール』の盾となって死ね、ということではないか。

 いくら超低高度からの侵入といえ、水平線上に敵艦隊を捉えた時点でこちらも敵に捕捉されるのは明白である。GRDFの原子力空母の搭載機数は最大で80機強。その全てが戦闘機ではないにせよ、空母2隻分ともなれば戦力比は低く見積もっても1対7というところか。加えて艦対空ミサイル(SAM)や対空砲の迎撃もあることを考えれば、12機ぽっちのヒュドラ隊が5分も保てば奇跡であろう。捨て身と言うも愚かな、やけっぱちの作戦としか言いようがない。

 それとも、この人的被害を全て計算の上で、『ヴェパール』は――『ウロボロス』はわずか5分の間に敵艦隊を制しうる手段を持っているとでもいうのか。

 

「狂気の沙汰だな。もう少しでもマシな組織と思ってたが」

《レフがよく使う『クソ喰らえ』という状況ですね。老廃物を摂取するよう教唆する罵倒が生まれた経緯は分かりませんが、その感情は理解できます。くそくらえです》

「……。再会の暁にカールが泣かなきゃいいが」

 

 流れるように罵倒を口にするスフィアに、レフは思わずカールの顔を想起した。出会った頃は四角四面で人間を計っていたスフィアが今や流暢に人を罵倒するようになり、あまつさえ『ウロボロス』加入後にそれが加速したことを知れば、カールはどんな顔をするだろうか。

 ――カールは、イングリットは、無事ルーメンに着いただろうか。

 

《間もなく敵艦隊索敵領域です。各機、警戒してください》

「っと。感傷に浸ってる暇はねぇか。…まずは、目の前の状況だ!」

 

 差し込む感傷を断ち切るような、通信を揺らすルカの声。

 気合を入れるように両掌で頬をぱちん、とはたき、レフは下腹に力を込めて虚空に吠えた。力を込めたままゆっくりと空気から息を吐き出して、漆黒の空に意識を凝らしてゆく。

 

 開戦の火蓋は、じぃぃ、という耳鳴りのようなレーダー警報と、間髪入れぬミサイルアラートによって切られた。

 

「来たか!」

《初撃は当機が防ぎます。各機は合図とともに肉薄を開始してください》

 

 予想はしていたのか、ルカの声は存外に揺らいでいない。一撃だけとはいえ攻撃を引き受けて見せる辺り、腐っても指揮官ということなのだろう。

 

 増槽を捨て、火器管制システムのロックを解除する。

 兵装、ASM2基、短距離空対空ミサイル(AAM)6基、いずれも異常なし。

 レーダーレンジ、巡航モードからコンバットモードへ移行。

 全天モニターの中をスフィアが泳ぎ、視界正面を空ける。

 前方の『ヴェパール』がやや高度を上げ、左右両翼の『ホーネット』が距離を取る。

 水平線。光。

 ――殺到するミサイル。

 

 喉が渇く。

 ミサイルアラートの間隔が徐々に狭まってゆく。

 レーダー上を、ミサイルを示す白い槍が高速で奔ってゆく。

 迫る。

 狭まる。

 着弾――。

 

《各機、吶喊!!》

 

 『ヴェパール』を中心に爆ぜる、稲妻色の電光の輪。

 それに触れたミサイルが次々と爆発し、漆黒の空に深紅の大輪を刻んでゆく。

 スロットルを開き、その目に彼方の艦隊を見据えて、レフは爆炎を背にして『ファルクラムSS』を吶喊させた。左右には他のヒュドラ隊機も並び、瞬く間に『ヴェパール』を抜き去って海上の戦列をひたすらに指してゆく。

 

《敵艦隊第2射!》

《絶対に高度を上げるな!少しでも頭を上げたら狙い撃ちだぞ!》

「この期に及んで他人の心配とは、優しいことで…!スフィア!敵SAMの弾着予測カウントしろ!」

《了解しました。予測時間、4.2秒》

 

 予想通りと言うべきか、SAM到達時間の短さに思わずち、と舌打ちが漏れる。

 超長距離を狙い打つ通常の対艦戦闘と異なり、今回は有視界という敵艦隊の懐の中での戦闘である。垂直に打ち上げてから誘導を開始する艦艇搭載VLSの性質上、近距離迎撃においてSAMは斜め上から撃ち下ろす形となるため、高度さえ下げていれば回避困難な真正面からSAMを受けるリスクは通常と比べて大きく減るのである。それを見越しての超低空接近を保ったままの肉薄は、こちらの数の少なさを鑑みれば理に適ったことではあった。

 もっとも、当然ながらそれは攻撃到達時間の短さというリスクとトレードオフとなるため、万全の策など期待しようもないというのが実情ではあるが。

 

 スフィアがカウントを刻む。

 槍衾のごとく、多数のSAMがこちらを指す。

 眼下に海面。目前に無数の光。上下に迫る死の間、正面に開けたわずか数十mの空間目掛けて12の機影が闇を裂いてゆく。

 

 着弾。

 周囲に水しぶきが、後方に光が爆ぜ、直後に炸裂の衝撃が機体を揺らす。

 後方に払うべき意識は、もとより無い。狙いは、黒々とした水面に淀む鈍色の艦影。その中央、幾つかの機影を侍らせた敵空母。

 

 兵装選択、ASM2基。防空専門のサテライト艦を前に、果たして空母まで届くかどうか。いずれにせよさっさと撃って上昇しなければ、制空役のこちらは高度を稼ぐ余裕がなくなってしまう。

 距離5000。

 4000。3500。

 もはや洋上の城塞が、暗夜の肉眼ですら視認できる距離。

 

《撃てえぇぇ!!》

 

 押し込んだボタンの力そのままに、操縦桿に力を込めて機首を仰ぐ。

 下腹に受けるG、眼下から離れ行く海面。高度計が数字を刻む間にちらりと下を見やると、長い焔の尾を曳く鏃が多数飛び去り、それらへ無数の光軸や迎撃弾が放たれる様が見て取れた。対艦攻撃班はなおも低高度から攻撃を継続し、制空班はレフに倣って上昇しつつある様も見て取れる。数にして制空部隊は8機、いずれも『デルフィナス』や『タイフーンⅡ』などの戦闘機で構成されている。予想される敵艦隊の艦載機がF-35CR『アドバンスドライトニング』であることを踏まえると、数・質ともに不利は否めない。

 

 閃光、次いで爆炎。水面は瞬時に白く染まり、次いで焔の赤が黒々とした闇を照らしてゆく。2、3、4と連鎖する爆発は、さながら時季外れの花火のようだった。

 

 だが。

 

《やったか!?》

《……ダメだ。敵空母健在!クソが、ほとんど命中してねぇぞ!》

《敵迎撃機接近!…畜生、被られる!》

 

 交錯する通信、焔に紅く染まる海面。

 揺らぐ水面の間、浮かぶ箱型の城塞は、無数の鏃を前にしてなおも傷一つない姿を紅と黒の間に顕して見せた。おそらくは近距離迎撃用のCIWSに加え、対地打撃艦に搭載されている短距離迎撃レーザーシステムが、ASMのほとんどを命中前に叩き落したのだろう。わずかにフリゲート艦が1隻、艦尾近くに被弾し燃えているのだけが、犯したリスク対するささやかな戦果だった。

 

 舌打ち一つ、レフは視界を正面へと戻す。

 高度1700、斜め上からは直掩と思しきF-35CRが4機。燃えるフリゲート艦という光源を背に控えた今、空は常以上に暗く見えるが、全天モニターによる光量自動補正により敵の姿は(つぶさ)に捉えられている。

 

 フットペダルを踏み、操縦桿を引くとともにスロットルを僅かに絞る。

 幸いなことに、レフの『ファルクラムSS』は縦方向の機動はもちろんのこと、横方向への運動性も第4.5世代機の水準を凌駕する。機首の黒い『首無し』の機体は正面方向に対して螺旋を描き、前方火力に勝る敵機の正面を逃れながら敵編隊を擦れ違っていった。残るヒュドラ隊機は正面からF-35と相対し、機銃の集中砲火で以てそのうちの1機の翼を千切り飛ばしている。照り返しで見る限り『タイフーンⅡ』1機が薄手を負ったようだが、戦闘に支障はないように見積もれた。

 

「連中もなかなかやるじゃねぇか。次は…」

《レフ、直上からさらに2機。空母2隻からも順次戦闘機が発艦しています。下方サテライト艦、SAM発射。あとは…》

「チッ、初っ端からフルコースかよ!スフィア、コフィンシステム起動!出し惜しみしてられるか!」

 

 矢継ぎ早の言葉と警報が、レフの鼓膜と思考をかき乱す。

 上空と下方、戦闘機とミサイルによる挟撃。加速して両者の正面を突破できないこともないが、タイミングは相当にシビアと言わざるを得ない。『オルシナス』の縦機動性ならば旋回急降下で上下の射線をいなすことも可能だっただろうが、今となっては望むべくもなかった。

 

 咄嗟に選んだのは、判断から機体への操作に至るラグを可能な限り減らすコフィンシステムの起動。きぃん、と言う音とともに頭上のディスプレイがせり降りて、倒れた背もたれに随い顔正面を覆ってゆく。この辺りの挙動は、ゼネラルやUPEOの機体もニューコムと大差ない。

 広がる視界、体に風を受けるほどに機体と一体となる感覚、そして傍らをゆらゆらと泳ぐスフィア。自らの体と機体が接続されたことを確かめる間もなく、レフはエンジンの回転数を増して、『ファルクラムSS』を一気に加速させた。

 

 頭上、放たれるミサイルは3発。こちらが増速して抜けることを見越し、こちらの鼻先に向けて撃ち放たれている。いくら初速に勝る『ファルクラム』とはいえ、この速度と進路では回避は覚束ない。さらに足元からはギロチンの刃を狭めるがごとく、2発のSAMが迫ってきている。

 速度で突破はできない。

 単純な横旋回では、SAMに背を撃たれる。

 ならば。

 

 広がった視野の中、レフは体を傾けるように機体を左へ逸らし、上空のAAMが機体を掠めると同時に機首を引き上げ、1秒の間をおいて針路を右へと切り返した。

 後方に迫るSAMは、その速度ゆえに慣性の虜となり易い。機首を上げた2段階目の機動に引きずられて首をもたげたSAMは、直後の右切り返しに応じるにはあまりにも速度が乗り過ぎており、辛くも尾翼の数m後方を掠めて虚空へと消えていった。息つく間もなく『ファルクラム』へは上空の2機が吶喊し、機銃掃射とともに下方へと抜けてゆく。

 

 息をつく。

 ミサイルアラートに、それを呑み込む。

 後方、2発。先ほどとは別のサテライト艦。

 下降、右旋回、間髪入れずの急上昇。

 先ほどと同じ要領でSAMの矛先を逸らしてゆくが、時間的余力は先にも増して少ない。今度は十分に回避しおおせること叶わず、近接信管で炸裂した破片を機体尾部へ喰らう羽目になった。

 

「くそったれ!こんなもん手に負えるかよ!!」

「レフ、『くそくらえ』と『くそったれ』は何か相関のある表現なのですか?」

「クソの話は後でな!スフィア、敵の戦闘機は何機だ!」

「現在7機ですが、たった今2機が発艦しました。空母甲板上には続く機体も確認できます」

「……!クソが…!」

 

 手に負えない。

 スフィアの言葉を引くように、新たにレーダーレンジ上に加わった2つの機影を目にして、レフは致命的に不利な現状を悟った。現時点で空に上がっている機数でいえば『ウロボロス』側がやや優るが、絶えず海上からの砲火に晒されている現状では到底攻撃は覚束ない。後方ではヒュドラ隊の『デルフィナス』1機が爆発に呑まれ、数的な優位も徐々にその差が狭まりつつあった。

 

 退く道は無い。

 有効な攻め手も無い。

 だが、今ここで諦める訳には。死ぬ訳には、いかない。

 

「レフ、これ以上は無駄死にです。撤退を提案します」

「それができりゃ苦労はしねぇよ。…カールじゃねえが、俺だって死ぬのは御免だ。生き残る為なら、どんな不正や常識破りだってしてやるさ」

「というと?」

「俺にできる戦術なんて一つしか無ぇよ。…脳天目掛けて、頭上から突き落とす。空母の甲板をな」

「……」

「言っとくが、止められてもやるぞ俺は。背中向けて逃げられない以上、今はこれが一番確率が高い」

「止めません。レフがそれを信じるなら、私もレフを信じます。ただ、くそくらえと思っただけです」

「全く、本当にクソ喰らえだ」

「ええ、本当に。くそくらえー」

 

 諦念では無い、希望と意地の滲んだ苦笑い。間断なく響くレーダー警報とミサイルアラートの狭間に意思を交わし、レフとスフィアは眼下を見据えた。

 炎に包まれるフリゲート艦に照らされ、鈍色の船体を水面に浮かべる大型の艦影。そしてそれを背に反転し、反復攻撃を仕掛ける先ほどのF-35CR。今度は斜め下からAAMを撃ち上げる針路で、直撃ではなく至近弾で以てこちらを損傷させる意図が見て取れる。

 

 右旋回、次いで左へ切り返し。S字を描いてAAMの矛先を躱してから、レフはスロットルを最大限に開放し、敢えて艦隊の中心――空母の方向へと『ファルクラムSS』を加速させた。自ら火力の中心へ飛び込むことは予想外だったのか、擦過して上昇した2機のF-35は意図を見定めるかのように、背面飛行へと遷移しながらこちらの斜め上方から追尾にかかっている。

 

 艦そのものの迎撃火力に乏しい、空母に対する急降下攻撃。当然ながらAAMで空母を撃沈できる訳もなく、その主眼は甲板の破壊による一時的な発艦阻止である。元より、『ファルクラム』に残ったAAM程度が対艦戦で有効打になる可能性は万に一つも無い。対空能力の高いサテライト艦や駆逐艦に攻撃するのはあまりにリスクが高く、逆に対空能力の低い対地打撃艦は攻撃したところでリターンに乏しいのだ。

 それならば、僅かな火力で航空戦力を半減でき、かつ相対的にリスクの低い空母を狙うべし。レフの一見無謀とした言いようのないこの作戦は、死中に活を見出す上で一応の理に適った行動ではあった。幸い敵艦隊の火力は団子状に空戦を行う他のヒュドラ隊に集中しており、先ほどの2機を除けばレフへの注意は減っていると言っていい。

 

 もっとも、敢えて敵の懐に飛び込まざるを得ない辺り、やはり『クソ喰らえ』な作戦でしかないのだが。

 

「スフィア、SAMの警戒頼む。――突っ込むぞ!」

「任せてください。レフの背中は私が護ります。あと横とか」

 

 下方、高度差2500。

 眼下に敵空母の片割れを捉え、レフはGに備えて下腹に力を込めた。

 右ロール、次いで旋回直上から機首を下げての急降下。以前の防空陣地攻撃と同じ要領で、レフの『ファルクラムSS』は舞い落ちる木の葉のように箱型の巨鯨へと鼻先を向けていった。

 

 甲板上には、まさに発進を始めんとカタパルトに固定されたF-35CRの姿。数多の対空砲が火線を刻み、新月の空に光の網を描いてゆく。空母に装備されている近接防御用の短RAMが発射する素振りを見せないのは仰角の問題か、はたまた甲板上に発艦時の熱が残っているためか。いずれにせよ、ろくに横方向への運動ができない今のレフには好都合であった。

 

 警報が鳴り響く。

 火花が、衝撃が体を苛む。

 光の網を槍で貫くように、『首無し』の機影が闇を切ってゆく。

 2200。2000。距離が狭まるほどに照準は正確となり、被弾は刻一刻と増えていく。見切りを付けてAAMを放つことは簡単だが、かといって早く撃ち過ぎてはCIWSでミサイルを撃ち落とされてしまう。

 せめて、あと300。

 

「2時、AAM!」

「何ぃ!?」

 

 2時。右斜め、同高度。

 ちらりと逸らした視線の先には、F-35CRが1機、味方艦の対空砲火の中にも関わらず突っ込んでくる姿が見て取れた。機位から察するに先ほどの2機ではなく、発艦直後の別の1機か。猪突猛進なその機動は、命知らずとしか言いようがない。

 

 どの道、この状態で満足な回避はできない。レフは咄嗟に左ロールで機体側面を敵機に向け、敵機に対する投影面積を最小とすることで対応した。敵機のAAMは『ファルクラムSS』の間近を擦過し、炸裂の爆炎を散らしてゆく。

 瞬間、レフの間近で生じたびちぃ、という嫌な音。

 その源を確かめる間も惜しく、レフはガンレティクルの中央を見定めた。

 薄緑に浮かぶ円形の中心に映るのは、GRDFが誇る『ラーズグリーズ艦隊』の中核、戦乙女(ワルキューレ)の名を戴く肢体の首筋。すなわち、航空母艦の命脈たる飛行甲板。

 

「――獲ったぞ!!」

 

 翼の下に爆ぜる、槍二筋。

 それらが放たれるのと同時に、レフは機首を上げて艦首方向へと機体を引き上げた。先の『命知らず』への誤射を避けるためか、一瞬弱まった対空砲火の中を『首無し』の翼は駆け抜けてゆく。

 

 爆炎。

 一拍後に生じた衝撃は存外に大きく、体が吹き飛ばされるような錯覚を覚えながら、レフは機体を上昇させた振り返ると、空母甲板ではF-35が機首をへし折られ、燃えている様が見て取れる。おそらくはロックオンもしないまま撃ったために、AAMの片方が発艦前の機体に命中したのに違いなかった。

 

「っしゃあ!!ザマァ見ろ、くそったれめ!」

「レフ!額から血が…!」

「あん?…さっきの至近弾か。かすり傷だ、この程度。それより…」

 

 一人喝采を叫ぶレフに、慌てたようにスフィアが声を被せる。言われるままに額を拭った手には、ぬるりという感触とともに赤黒い血がこびりついていた。おそらくは先ほどの至近弾による破片がHMDに当たり、割れたディスプレイの一部が額に当たったのだろう。痛みや出血量はさほどでもなく、大きな影響はないとレフは判断した。

 

 それより、問題はこの後である。空母被弾の混乱により一時的に敵火力は減っているが、ヒュドラ隊の損耗も相応に大きく、このままではこちらへも被害が及ぶことは明白である。かといって、今一度残るもう1隻へ攻撃が届くかどうかは、分が悪いと言わざるを得ない。とどのつまり、現状はじり貧であった。

 

 考えたくはない『絶体絶命』の4文字が脳裏に浮かび、間髪入れず左側から回り込んだF-35CRが機銃掃射を撃ちかける。舌打ちする間すら惜しく、機体を捻り上げて迫る火線を後方へと躱してゆく。

 どうする。

 どうすれば。

 

 高揚と焦燥、二様の感情がないまぜとなり、熱くなる脳裏。

 そこに横から差し込まれたのは、予想外の人物の声だった。

 

《聞こえるかね、『首無し』のパイロット》

「…?」

《オフィウクス2、それはあくまで非公式名称です。コールサインを遵守してください》

《おお、おお。そうだったか。では、聞こえるかね、ヒュドラ6》

「…あ、俺か!急に慣れない呼び方で呼ぶんじゃねえよ!」

 

 ざ、ざ、という雑音に混じり、聞き取りにくい皺涸れた男の声が鼓膜を揺らす。

 オフィウクス2――カプチェンコ。咄嗟にヒカリの言葉が脳裏を過ぎり、レフはちらりとスフィアに目くばせを交わした。スフィアも意図を察したらしく、口元に掌でバツ印を作って押し黙っている。何かと正体不明の男だが、警戒されないに越したことは無い。

 

《戦闘の様子はこちらから確認させて貰ったよ。いやはや、痛快な無鉄砲ぶりだ。()()()()()の勇猛さを思い出すほどな》

「…は?こちとら今取り込み中なんですがね、おじいちゃん!」

《おお、では手短にいこうか。先ほど君が攻撃しなかった方の空母。あれの詳細な座標を教えてくれ》

「は!?何で今、しかも俺が!」

《君が最も艦隊中央に近い。それに、他の連中は最早散りぢりなのでね。さあ、急がねば君の命も危ういぞ》

「ち…!」

 

 ミサイルアラート、ついでレーダー照射、追い縋る対空砲の火線。

 ミサイルの針路を見定めて左旋回に入り、急降下で火線とAAMの誘導を躱しきる。カプチェンコの言う通りヒュドラ隊の数が減って来たためか、敵艦隊の意識は明らかにレフの方へと向きつつあった。

 何のつもりか知らないが、こうなっては背に腹は代えられない。

 スフィアに目くばせして地形図とレーダー表示をリンクさせ、経度と緯度を読み取っていく。忌々しいが、万策尽きた今となってはカプチェンコの指示に従う他には無かった。

 

「敵空母位置送るぞ!N003、41、09…E243、05、28!これでいいんだな!」

《おお、おお、素晴らしい。まるで()()()()()()()()()()かのような迅速さだ》

「……!」

《では、これよりこちらも向かうとしよう。それまで、死なないでいてくれたまえ。『おお、聖剣の下に集いし騎士よ。大いなる王に従いし円卓の騎士たちよ。王と聖剣の加護こそ汝らにあれ』――》

「は?ちょっと待て、それだけか!?」

 

 見透かしたような言葉にどきりと胸を跳ね上げた一瞬後、カプチェンコからの通信はあっけないほどにぶつりと切られた。何の手助けの助言も得られぬまま、残ったのは無線を無慈悲に揺らす雑音と、絶え間なく鳴り続ける警報音の他には無い。

 

「…冗談じゃねえ…!おい!!ジジ…」

 

 レフが声を荒げた、その瞬間。

 新月の暗黒を裂くように、視界の傍を白い光が奔り抜けた。稲妻よりも白く、冷たく、無機的なその閃光は、軌跡上に位置していたF-35を瞬時に溶断し、対空砲の閃光すらもかき消して――その先にあった空母の中心を、過たず貫いていた。光の着弾点は左舷側から右舷方向へゆっくりと移ってゆき、それが奔るごとに光と炎が溶断された隙間から溢れ出してゆく。

 

 爆発。

 天を焦がす――まさにその表現がぴったりと当てはまるほどに、轟々と立ち上る赤黒い爆炎。

 先ほどまで威容を誇っていた『ラーズグリーズ』の空母は、今や船体を真っ二つに両断されて、渦巻く海面へその半ばを沈めつつあった。

 

 先のカプチェンコの通信から、時間にしてわずかに数十秒後。

 信じがたい眼前の光景に、レフは言葉を失っていた。

 

「……嘘、だろ…」

 

 辛うじて絞り出した声が、闇の帳へ消えてゆく。

 両翼をもぎ取られた戦乙女の断末魔は、沈みゆく船体の軋み音となって、暗夜のオーレッド湾口に響き渡っていった。

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