Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere - 作:びわ之樹
抜けるような蒼天が、西からの薫風を孕みながら、燦燦たる陽光をアスファルトへ投げ落としている。
時に2040年10月末、秋も過半を過ぎたのに似ず、小春の感を覚える正午。滑走路上でエンジンの轟音を上げる大柄の機体――L.M.A.所有の中型輸送機An-178UCの傍らに、3人の男が佇んでいた。
一人は、偽装を兼ねてL.M.A.のフライトジャケットに身を包んだレフ。カールのNEU制服を借りたクルスと間に合わせのツナギを身に纏ったアレックスは、輸送機を背にしてレフへと相対している。エンジンの轟音と時折吹き付ける強風の中にありながら、戦場で鍛えられた3人の声は途切れることなく明朗に響き渡っていた。
「では万事、示し合わせの通りとしよう。当然予定外の事態は生じてくるだろうが、その都度ブリーフィングをしていては露見するリスクも高まり、非現実的だ。緊急の場合には、各人の判断で行動するように」
「しつこいぜアレックス。念押しされなくても、今更分かってる。要は、俺達それぞれが各方面の大将ってことだろ?」
「そうなるだろう。とはいえ、私はニコラスおじい様…もとい航空参事の下に、アレックス氏はラティオ方面のGRDF残存勢力に依ることになる。これに対し、レフ
年長のアレックスが述べた総括に、ことさらにざっくばらんに返すレフ。それに同意の意を示しつつ、クルスはレフの身を案じる言葉をその双眸へと向けた。アレックスもレフへと目を遣り、最後の覚悟を確かめるような視線をちらりと送っている。それほどまで、各人に与えられた責任と負担は、就中レフにのしかかるそれは莫大なものであった。
アレックスの語る『示し合わせ』――それはレフ、クルス、アレックスの3者によって練り上げられた対『ウロボロス』戦略の事である。スーデントールから脱走しルーメンに落ち着いたのち、心身の回復と情報収集を待つ間に議論を重ねた末に形を成した、いわば『ウロボロス』に撃ち込む反抗の嚆矢であった。
計画は、大きく分けて3段階。そのいずれもが、対『ウロボロス』における最大戦力となるグラン・ルギドのNEUをてこに、『ウロボロス』の地盤へ楔を打ち込んでゆくことを要諦としたものである。
第1段階は、グラン・ルギドの戦力増強である。この任には主としてクルスが当たり、クルスとエスクード隊員はL.M.A.の輸送機でグラン・ルギドへ移動して祖父ニコラスの部隊と合流。徹底抗戦の機運を醸成するとともに、対『ウロボロス』前線の旗印としてサピン北部の『ウロボロス』へと相対する。この間にアレックスはラティオのGRDF勢力圏下へと渡り、可能ならばGRDFの戦力を結集して補完戦力とすることとした。あくまで大企業の中の一社員でしかないアレックスが部隊を動かせるかどうかは疑問も残るが、サピン北部アルロン地方とフトゥーロ運河を抑えられているNEUにとって、たとえ牽制程度でも側面戦力はあった方がいいという判断である。
第2段階は、こうして作り出した膠着状態を活かした『ウロボロス』の戦力漸減。すなわちサピン北部に進出した『ウロボロス』の陸空の戦力と、その根拠地であるウスティオ中部ソーリス・オルトゥスを分断し、『ウロボロス』の戦力を孤立、弱体化させるのがこの段の目的である。この任は小規模ゆえに小回りが利きやすいレフらルーメン残留組が担当し、幹線道路171号線といった主要交通路やアルロン地方の旧NEU燃料貯蔵所等を襲撃、一つ一つ『ウロボロス』の戦力を削ぎ落してゆく。可能ならばこの段階でアレックスのGRDFも側面から牽制を行うが、これは前述の通り不確実であり、期待しない方が賢明であった。
進撃を留められ、先鋒部隊を孤立させられた『ウロボロス』が採れる戦略は、そう多くない。スーデントールの戦力を増援に割く、『レギンレイヴ』や潜水艦隊をサピン南部沿岸に展開させてグラン・ルギドの後背を攻める等の予測も考えられたが、レフ達はその後の『ウロボロス』の戦略として、サピン前線に空中空母を派遣してくると読んだ。
根拠は、経済的基盤や領土の概念を持たない『ウロボロス』特有の事情である。
その大半がゼネラルリソース等からの造反者とはいえ、『ウロボロス』はこのオーシア東方地域に固有の生産基盤を持たず、いずれも他勢力が保有していたものを接収――収奪しているに過ぎない。すなわち食料にせよ燃料にせよ兵器にせよ『今あるもの』『多少の手を施せば使えるもの』以外のものは利用が難しく、既存の他勢力以上に長期戦は不利となるのである。このような条件下で、貴重な生産基盤であるスーデントールを敢えて手薄にする手や、貴重な海軍戦力を敵陣深く長躯させる方策を取るとは考えにくい。片や空中空母ならば迅速に前線への展開が可能であり、一撃で戦況を覆しうる兵装を搭載しているという点で短期決戦向きの戦力と言ってよく、諸般の条件を踏まえればこの可能性が最も高いと考えられたためである。
以上を踏まえ、第3段階は『ウロボロス』重要拠点の一つである、空中空母根拠地のイェリング廃鉱奇襲として定められた。すなわち、第2段階までの過程を経て空中空母の出撃が確認されたのち、レフらキャンサー隊とジェミニ隊は長躯してイェリング廃鉱を奇襲。『アヴァロン』のNEU部隊とも連携して総攻撃を行い、空中空母の拠点を破壊してしまう、というのがその概略である。最低限空中空母の収容施設だけでも破壊できれば十分だが、旧ベルカ軍の核弾頭を発掘する施設一式も破壊できればこの上ない。あれだけの規模の空中空母にとって、拠点を失うことは補給の目途を失うことを意味し、それは戦力としての機能を失うこととも同義である。こうして空中空母を無力化したのち、浮足立った『ウロボロス』サピン侵攻部隊を殲滅する、というのが当面の作戦指針であった。フトゥーロ運河の間近に潜伏するNEUの軽空母『プリンシペ・デ・アルルニア』も戦力としては健在であるが、これは万一の為の遊撃戦力や後々のスーデントールへの奇襲のため、以上の計画からは外している。
とはいえ、以上は戦略の素人であるパイロットらによって策定されたものである以上、多分に希望的観測を孕んだものでしかない。就中、レフは3人の中で最も敵勢力圏に近い位置にありながら、僅かな戦力で奇襲を繰り返さなければならないのだ。『ウロボロス』に拠点を察知されればルーメンは一たまりも無く、その点で危険性は3人の中で最も高いと言っていい。心配そうな先のクルスの言葉も、その経緯を含んでのことであった。
勿論、これまで何日も割いて検討を重ねたのである。レフもクルスも、その危険性は十二分に理解している。それでも言葉をかけずにいられなかったクルスの生来の真面目さに、レフはふ、と苦笑しながら、冗談めかしてクルスに向き直った。
「分かってますが、無理も承知です。これまで煮え湯を何度も何度も飲まされたんだ。『ウロボロス』は一度…いや、二度でも三度でも、助走付けてぶん殴らなけりゃ気が済まないんでね」
「同感だ。――やり遂げよう。お互いに」
心配も労いも、これ以上はもはや不要。言外にそう目で語り合い、自然と両者の間に零れたのは笑みだった。これまでの紆余曲折を経て、時に反発しながらも、やがてこうして結ばれた絆。そして、こうした数多の紐帯を頼りに築き上げた、か細くも確かな希望の姿。過去と未来を見据え、確かな
『行こう』。
両者のやりとりを見届けたのか、折を見たアレックスが言葉を切り出す。最後に首肯を交わして、クルスはアレックスとともに踵を返し、離陸準備を進める輸送機の方へと歩を進めていった。順調に作戦が進めば、次にクルスと会うのは『ウロボロス』のサピン侵攻部隊を挟撃する頃になるだろう。
それにしても、奇妙なのはアレックスの態度であった。そもそもスーデントールに捕らえられた時点では脱走に消極的だった様子から一転、脱走当日はエスクード隊の救出にも自ら手を砕き、今回の作戦でもサピンまでクルスに同行したのち、グラン・ルギド経由で単身ラティオまで渡ると自ら言い出したのである。確かにレフ本人が彼へ発破をかけたのは事実だが、それにしてもこれほど効果
「まあ、何でもいいか。さてと、俺もそろそろ機体に…」
「遅い」
「うおっと!?」
結論一つ、踵を返すレフへと向かうは突き刺すような女の声。振り向いた先、頭二つほど小さい人影と、そこから見上げる鋭い視線を前にして、レフは思わず驚きの声を上げて硬直した。
身に纏うL.M.A.の古びたジャケットに、ヒカリにも並ぶ低い背丈。眼こそまるまると大きいものの、口元に浮かんだ小さい皺と年不相応なほどに真っ白い短髪が合わさり、顔だけを見れば50台前後といった印象だろうか。その様は小さな体付きからはいかにもアンバランスであり、全体を通してどこかちぐはぐな印象を与える姿であった。
パウラ・ヘンドリクス。眼前の女性を名を、レフは既に知っていた。ここルーメンに着いて2日目には自己紹介を受け、それ以前にもヒカリから散々聞かされていたのである。曰く、施設や輸送機の警備として戦闘機を駆るL.M.A.唯一のパイロットであり、ヒカリが若い頃から師匠として飛行技術を教えていたのだという。その背景を考えれば相当に腕が立つパイロットなのだろうが、そのアンバランスな見た目と刺すような視線、そして遠慮なく相手へ踏み込んでくる言葉の一刺しが、レフは苦手であった。
「あー…いや、悪かったです。これが今生の別れかと思うと、ついつい見送りに時間が」
「20点」
「へ」
「私とお前は今日の護衛機だ。護衛が先に上がらないで役割を果たせるものか。不明瞭な弁明、無意味な感情論、見え透いた虚偽でさらに減点」
「……いや、何なんスかその点数…」
「無意味な質問による時間の浪費で減点追加」
「わーったわーった分かった分かりましたー!レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフ、速やかに離陸しますー!」
鬼教師のような物言いに辟易したのか、不貞腐れた子供のように語尾を伸ばしながら、レフはいち早くパウラから逃げ去るように一目散に機体へと向かって行く。
パウラとの会話といえば、万事この調子だ。すなわち雑談や表現選びなどの遠慮会釈なく、ナイフで最短距離を突き刺すがごとく、必要なことのみを単刀直入に言い放ってくるのである。ルーメンにいる間、常に彼女とやり合わねばならないかと思うとレフは気が重かった。
願わくばいつも通りカールやイングリットと出られれば良かったのだが、今回ばかりは二人はヒカリとともにルーメン防衛のための居残りとなっている。L.M.A.の輸送機を出す関係上、社の機材の護衛は自身の役割だとパウラ自らが同行を申し出て来たためというのが、今回の変則的な編成の理由であった。僻みなのは重々承知だが、前述のパウラの態度を踏まえると、レフの技量に対する不信ゆえの横紙破りではないかという邪推もしないではない。
傷心もそこそこに、レフは『ウロボロス』から奪取してきた自らの機体――F-104XD『スターファイターⅡD』のコクピットへ飛び込んで、キャノピーを閉めてゆく。視界が暗転するも一瞬、モニター同士の境界から薄緑の発光が生じるや、それは一拍後には全周へと広がっていき、瞬く間に全周囲の投影映像を形作っていった。あらかじめ機体へ移動していたのだろう、スフィアも正面ディスプレイの中を遊泳するように身体を一回転させ、離陸準備を進めるレフの方へと視線を向けている。
《遅かったですね、レフ。待ちくたびれました》
「ついさっき同じ理由で怒られたばっかだよ!勘弁してくれよ、あの口うるさいババアめ…」
《女性の年齢を揶揄する発言はわたし的NG行為の上位にランクインしていますので、後ほど先の発言はサヤカ支社長やイングリットを始めとした女性陣へ報告します》
「おいバカ止めろ」
《…それに、私感ですが。パウラさんは、優しい人だと思います。言葉や態度は険しいですが、その内奥には温かな感情がある…そんな気がしています」
「そうは見えねえけどな…」
スフィアと言葉を交わす傍ら、レフは手早く機体をチェックしてゆく。願わくば『オルシナス』、せめてカール達の『デルフィナス』でも使えれば御の字だったが、カール達が乗ってきた『オルシナスC』はL.M.A.で差し押さえ済みの上現在修理中であり、『デルフィナス』についてもカールやイングリットが手放したがらなかったのである。結果、レフはスーデントールから乗り逃げしてきた『スターファイターⅡ』を引き続き運用する羽目に陥ってしまっていたのであった。いくら高速戦闘は得意といっても、ものには限度がある。
《私は脱走に先行して、何度かこちらへは赴いていたのですが。その際に私の情報をヒカリから聞いたパウラ主任が、『一度だけ一緒に飛んで欲しい』と言ったんです。空戦のサポート機能はほぼ失われていることはお伝えしましたが、それでも構わないと仰るので、私は一度だけ同行しました》
「そりゃまた、災難だったな」
《いいえ。その時は、私は厳しい言葉も頂きませんでしたし。…それに、その時のパウラ主任は、どこか…。ただ純粋に、楽しそうだったんです。まるで古い、懐かしい思い出に目を向けるような表情で『
「…?…ま、俺はそこまであのババ…あの人に深入りする積りは無えよ。それより、離陸準備が完了した。パウラ機に続いて上がるぞ」
穏やかな表情を見せていたというスフィアの証言に、レフは思わず小首を傾げる。到底そんな光景は想像できないが、回想の中の言葉から察するに、何か思う相手でもいたのだろうか。いずれにせよ、深入りすればまた言葉のナイフで刺されかねない。ほどほどに距離を置いておくに限る、と独り言ち、レフは先に滑走路へ入るパウラの機体を目で追った。
主翼は、低翼配置の無尾翼デルタ。コクピット後方の中翼位置に設けられたカナード翼も相まって一見した印象は『タイフーン』や『ラファール』といったUPEO系のデルタ翼機を思わせるが、胴体から機首へ至るすらりとしたシルエットと小ぶりのキャノピー、やや傾斜した垂直尾翼と膨らみを持つ単発エンジンという構造は、むしろ別系統であるF-16『ファイティング・ファルコン』の系列機を連想させる。機首下部のエアインテークはこれまた『タイフーン』を思わせる角ばった長方形で、外観上はUPEO機とGRDF機のハイブリッドのような印象と言っていい。
形式番号J-10XD2『ファイアバードⅡD2』。レフの
「行くか」
《いつでも行けます。どうか久方ぶりのまったりフライトを》
パウラのJ-10XD2が風を孕み、焔の尾を揺らしながらゆっくりと空へ舞い上がってゆく。その様を目で追いながら、レフは方向舵を左へと向けて、機体を発進位置へと固定した。生産された時代や所属勢力が異なるといえども、離陸に係る手順はどの機体でも大差はない。
エンジン回転数上昇、ブレーキ解除。枷を外された流星はじわりと速度を帯び始め、徐々に加わる速度を受けてルーメンの光景を振り切ってゆく。流石に原型機譲りの優れた推力重量比は伊達ではなく、爆装を施した状態でありながら、加速の伸びだけを見れば『オルシナス』にも増して速い。
車輪とアスファルトが擦れる音が遠のき、浮揚感に包まれた体が加速を受けて座席へと押し付けられてゆく。
眼下を流れる光景は街並みの灰色を経て、やがて広大なノースオーシアの広原の緑へと移ろいでいった。
******
「同道はこの辺りまでだ。ウチのエースは頼んだぜ」
《了解した。パウラ主任が付いているとはいえ、こっちは丸腰だ。派手に暴れてくれよ》
サピン‐オーシア境界上イヴレア山脈、グラティサント要塞跡上空を越えて20分余り。山岳地帯を抜けた3つの機影は、サピン北部アルロン地方の空にあった。現在の位置は既に『ウロボロス』サピン侵攻部隊の勢力圏内だが、その部隊配置は専らグラン・ルギドに近い東部に集中しているらしく、未だに敵の姿はどこにも見当たらない。
スロットルを絞って機体の速度を緩め、後方のAn-178UCと並走する。胴体後方の丸窓にはクルスやエスクード隊の顔が覗き、例の大柄なエスクード隊の副官がこちらへ向けて手を振るのが見て取れた。
頼んだぜ。
言外に交わしたその言葉に応えるように、レフは左右の翼を上下に揺らし、バンクで以て答礼する。
耳には聞こえないものの、確かに届いた声援。そして、クルスの覚悟を帯びた首肯を背に受けながら、レフは操縦桿を傾けて、『スターファイターⅡ』の針路を東へと切っていった。
先述の通り、今回は作戦の第一段階――すなわちグラン・ルギドのNEUへクルス達を合流させることが主眼である。そのためにルーメンから郡境を経てサピンへと渡ってきた訳ではあるが、ここからグラン・ルギドへ渡るには地理的にどうしても『ウロボロス』勢力圏内のアルロン地方を通過しなければならないことになる。厳密にはウスティオ南部を経由する東周りルート、フトゥーロ運河からオーレッド湾へ抜けて東進する西回りルートも理論上は取れるが、前者は同じく『ウロボロス』勢力圏内であるソーリス・オルトゥスを経由しなければならず、後者もまた『レギンレイヴ』艦隊の射程圏内へ入る事になるため、所用時間の長さも踏まえれば現実的では無い。
そのため今回の作戦では、サピンへ到達した時点でレフは囮として『ウロボロス』の補給拠点を奇襲し、敵の注意を引いた隙に輸送機が強行突破を行う、という手段が採用された。パウラは曳航式デコイでレフが離脱したことを欺瞞しつつ輸送機を護衛し、輸送機が『ウロボロス』勢力圏を抜けた時点で反転、レフと合流しルーメンへ撤退する手筈である。
すなわち今のレフに求められているのは、旧式機で、なるべく敵の目を引きつけながら、なおかつできるだけ長く戦わなければならないという途方もなく難易度の高い役割であった。
「にしても、よりによってこの
《大型機の『デルフィナス』は
「へいへい…。おまけにさっさと爆撃してトンズラはできないときた。ったく、安請け合いはするもんじゃないな」
《そう言う割に、レフは落ち着いて見えます。自信はある、ということですね》
「…言わせんな」
取り留めのないレフの愚痴に、静謐ながらどこかからかうようなスフィアの言葉が続く。
別に自信がある、という訳では無い。しかし自ら作戦を立て、その先頭に立って行動する中で、成功するという確信に近いものをレフは感じていた。
クルスがいる。アレックスがいる。ニコラス参事がおり、おそらくはおやっさんもサピンにおり、カールやイングリット、ヒカリ、そして何よりスフィアもいる。鎖のような人々の連なりで以て『ウロボロス』に相対するという構図に、少なくともレフは納得して、困難な役割を中途で投げ出すことなく引き受けたのだ。そこには理論も無く根拠も無く、ただただ人間の感情が形作った『確信』だけがあった。
とはいえ、こんな青臭い話をスフィアに語るのも照れ臭い。はぐらかすようなレフの応答に何かを察したのか、それとも一応は納得したのか、スフィアはゆらゆらと全周囲モニターの中を漂い、時折飛んで行く鳥の姿へ手を伸ばしていた。
ぴくり。
緩み始めていた緊張の糸が、機体から発せられた電子音に張り詰めたのはその時だった。
モニター上に浮かんだマーカーへレフは鋭く視線を向け、スフィアもきびきびとモニターの中を泳いで正面へと向き直る。マーカーの表示画像を拡大すると、貯蔵燃料槽と思しき灰色のタンクが8つといくつかの倉庫が並ぶ方形の敷地が、森林の中にぽつんと拓けている様が見て取れた。森林の間を縫って設けられた道路は敷地の傍らを通り、ウスティオやアルロン地方南部の方向へと延びている様子も確認できる。事前に入力した情報の通り、NEUの補給拠点を接収した『ウロボロス』の補給基地の一つに相違なかった。まだ距離は遠いものの、探り見る限り隣接する滑走路や防衛施設らしいものは見当たらず、こちらの脅威となるものはほぼ無いと見ていい。
「間違いない、あれだ。安全装置解除、火器管制は戦闘モードへ」
《レフ、コフィンシステムを起動しますか?》
「いや、まだいい。折角の実戦だ、『スターファイター』の癖を手に馴染ませておきたい」
操縦桿、奥。木々を掠めるほどに高度を下げ、機体を平行に保った所でスロットルを開放してゆく。万一
速度700、800、900。流石に高空域ほどの速度は出ないが、それでもロケットのような流線型の機体は速度を帯びて、屹立する燃料槽へと飛翔していく。
警報。
曳光弾、二筋。やはり対空砲の備えはあったようだが、しかし『スターファイター』の速度と正面投影面積の小ささが相まって、被弾にまでは至らない。機体を掠める弾丸の風切り音を割きながら、流星はなおも肉薄し、
弾丸が翼を掠める。
風切り音とエンジン音がないまぜになった轟音が、木立に反響し機体を揺らす。
距離500、400、300。
サークルが並び立つ燃料槽の中心を捉える。
今。
瞬間、重量物を放った反動で跳ね上がる機体。
上がった鼻先を抑えることなく、レフはそのままスロットルを開いて、機体を加速させながら急速離脱へと入った。追い縋る曳光弾は機体の尾部を追い、そのうちの数発が胴体左側に着弾の衝撃を刻んでゆく。
最期の抵抗はしかし、長く続くことは叶わず。背後に生じた爆炎と衝撃に振り返ると、UGBの直撃を受けた燃料槽が轟々と炎を上げ、衝撃でひしゃげた対空砲の砲身を呑み込んでゆく様を見て取ることができた。
とはいえ、流石に攻撃精度は本業の攻撃機には及ぶべくもない。燃料槽のうち3基は着弾を免れたらしく、弾薬庫と思しき屋根付きの施設2つも目立った被害なく原形を保っている。案の定と言うべきか、本来爆撃任務に適さない邀撃機ではこの程度が関の山という所だろう。
フットペダルを踏み機体を反転させ、今度は機銃で直接銃撃を加えてゆく。誘爆のリスクを考えれば、射程に勝る
眼下に燃える、『ウロボロス』補給拠点。さながら反撃の狼煙のように天を灼く光景を背に、レフは南の空を見上げる。旋回半径の大きい『スターファイター』での反復攻撃に手間取ったため、この空域に到達してから概ね10分あまり。いかに『ウロボロス』の体制が急拵えとはいえ、そろそろ迎撃機が到着してもおかしくない頃合いである。
果せるかな、レーダー上には南南西から接近する光点が2つ。過たず到来したそれらの識別信号がNEUともGRDFとも異なることを確かめて、レフは火器管制を空戦モードへと切り替えた。
「やっと来たな。機種は…」
《『ウロボロス』のF-104Xが2機ですね。高度4000より急速に降下接近中》
「しめたな。同じ機体ならあとは腕前の問題だ。2機くらいならあしらいきれる」
兵装選択、短距離AAM。操縦桿手前、高度上げ700。降下する敵編隊を斜め前に捉え、射線を斜めにいなす位置。
敵機が性能差の無い同機種であることに内心安堵しながら、レフは上空から接近する敵編隊へ迎撃の体勢を取る。頭上を取られた現在の相対位置はややこちらが不利だが、彼我の針路を考えれば、放たれたミサイルは加速で十分に振り切れる筈である。
距離2000、上空から放たれるミサイルは2発。それを待っていたかのように、レフはフットペダルを踏みながらスロットルを開き、機体を加速させていく。
一連の機動で敵の射線を外せると見積もっていたレフは、そのミサイルが針路を変えながら、なおもこちらを追尾して来るのに些か面を喰らう羽目になった。
「何ぃ!?」
《敵ミサイル、なおもこちらを追尾。読みが外れましたね、レフ》
「…
無意識のうちに、同機種ゆえに装備も同じものと踏んでいた自らの思い込み。脚を掬われる思いに舌打ち一つ、レフは僅かに高度を下げ、加速が乗ったところで機体を急上昇へと移らせた。後方を追うSAAMもその尾部を追って針路を変えるが、慣性を受けてその矛先を徐々に逸らしてゆく。
急上昇ののち、操縦桿を引いて背面、直後にロールで正位置へ。何とか敵機の精密レーダー照射圏内から抜けたのだろう、機体を立て直したその頃には、背後に迫るミサイルアラートは遠ざかっていた。眼下には上昇する敵機の姿が捉えられるも、加速に優れるこちらにSAAMは有効でないと判断したのか、第二射を放ってくる様子はない。
《敵機、急上昇中。直下を通過します》
「ケツさえ取られなきゃこっちのもんだ。もうちょい付き合って貰うぜ」
ちらりと俯瞰し、上昇する敵機が反転に入る気配を見て取る。敵機の挙動と『スターファイターⅡ』の特性から敵の作戦を読み、レフは機体を右へ傾けてそのまま緩降下。右下方へと弧を描くスライスバックの機動を取って、いち早く敵機の射界から離脱した。現状は高度こそ敵が頭上を抑えているものの、彼我の位置はベクトルが完全に真逆となっており、敵の位置からこちらへ有効打を与えることは叶わない。『オルシナス』ほどの縦運動性があれば逆落としの奇襲も可能だろうが、引き起こしが効きづらい『スターファイター』では地面に激突してしまうであろう。
上空から弧を描き、敵機が肉薄する。その度にレフは加速で追撃を振り切り、あるいは縦旋回で射線を躱して、『スターファイター』同士の際限ない鬼ごっこを展開してゆく。愛機の『オルシナス』でないのが歯がゆい限りだが、警戒を集め時間を稼がねばならない今は、この膠着が有難い。
墜としも墜とされもしない円環が描かれては消え、それがさらに10分ほどを数えた頃。
その均衡を破ったのは、東の空から現れた、更なる闖入者の姿だった。
《レフ、方位085より新たに接近する反応あり。4…いえ、6機、いずれも『ウロボロス』の機体です。さらに後方に3機、機種および所属不明》
「6機…!増援にしちゃ多いな!」
《6機のうち後方の4機は『オルシナスC』と推定。前衛の2機は反応微弱、ステルス機と思われます。視界外では機種同定は困難です》
「ち…!スフィア、コフィンシステム起動!……パウラ主任はまだかよ、クソッタレ!」
きぃん、という電子音とともに全周囲モニターの隙間から燐光が生じ、次いで背もたれが倒れるとともにバイザーが頭部を覆う。掌は操縦桿から離し、コクピット左右のアームレイカーへ。
目を閉じ、意識を凝らす。
指先からアームレイカーを通じて、神経が機体へと張り巡らされる感覚。機体のセンサーが自らの目となり、表面の装甲が皮膚と化す錯覚。
目を開け、頭を向けた空。
そこには中空に浮かぶ自らの体と、周囲をふよふよと漂うスフィアの姿、そして上空から接近しこちらへ急降下する6つの機影があった。
「敵機発砲!」
「こんにゃろ!!」
上空には多数、撃ち下ろしに相対するのは不利。
即座の判断で機速を速め、レフは敵編隊の下方を高速で突破する針路を取る。先の『スターファイター』に備えた際は敵編隊に対し斜めに備えたが、今は機動を修正する時間的余裕は無い。後方にF-104が迫っていることも踏まえると、悠長に迎撃の構えを見せるのは得策ではなかった。
ミサイルアラートが間近に迫り、4筋のAAMがこちらの尾部を追って針路を変える。
降り注ぐ曳光弾を辛うじて潜り抜け、なおも流星は速度を帯びて樹冠の上を疾駆する。
後方に火球が爆ぜる。
曳光弾の雨が止む。
急上昇。体を圧迫するGに歯を食いしばり、薄墨に染まる視界を辛うじて持ち堪える。
慣性の虜となり地面に吸い込まれてゆくミサイル。その光景を眼下に見送り、背面宙返りから見下ろした先には、左右に分かれて反転急上昇に入る敵編隊の姿が見て取れた。前衛の2機は右から、4機の『オルシナス』は左から、いずれもこちらを挟撃するように弧を描きつつ急上昇に入っている。2機の『スターファイターⅡ』はこちらが降下したタイミングを叩く積りか、低空域で旋回し機を窺っていた。
敵の出方を見定めつつ、機体のセンサーと一体となったレフの目は、右側の機種不明機へと向かう。
遠目に探った限り、機体形状は無尾翼デルタ。主翼後端はUPEOの『テンペスト』にも似たW字型を描いているが、垂直尾翼はやや大型であり、機首をはじめとした全体の構造もより扁平な形状となっている。何より正面下方からすれ違った際に見えた、機首下方に口を開けたような大型のエアインテークが際立った特徴に見て取れた。このあまりにも特異的な外見は、レフも以前に報道番組で姿を見た覚えがある。
「敵機確認。機種不明機はF/A-32C『アーン』と推定されます」
「噂のゼネラルの新型か!…それにしちゃ妙だな。聞いた話だと、『アーン』はマルチロール機だ。『オルシナス』はまだしも、邀撃に出してくるような機種じゃねぇ」
「ニューコム・インフォの推定より、投入火力も低かったように見受けられます。迎撃装備のため武装を減らしていたのでしょうか」
圧倒的な戦力差と眼前の脅威を前にしながら、レフの心に引っ掛かりが生じる。
妙である。
情報源が盛りに盛ったゼネラルリソースの公式発表でしかないのだが、F/A-32は既存のF/A-18『ホーネット』シリーズを上回る積載量を誇る、高速戦闘爆撃機という触れ込みだった筈である。翻って先ほどの攻撃を見れば、撃って来たのは一般的な短距離AAMを2発ずつと機銃のみ。彼我の位置を踏まえればSAAMや
思い返せば、違和感はそれだけではない。機体性能はともかくとして十分な迎撃兵装と整えていた『スターファイターⅡ』は、『ウロボロス』の勢力があるアルロン地方――南から到来した。それに対し、この6機が来たのは東である。アルロン地方の東部はまだNEUが勢力を保持しており、そのさらに東はGRDF勢力圏のレクタである。いずれにせよ、迎撃機が飛来すべき方角ではない。
おおよそ邀撃とは言い難い装備。
迎撃機が来るはずのない方角。
つまり、これらが意味する事とは。
「…なるほど」
「レフ?どうかしましたか?」
「ああ。これなら、十分に付け入る隙はある。――スフィア、正面突破を仕掛けるぞ!目標、左の『オルシナス』4機!」
裂帛の声を発し、レフは機体を左へと翻して、『スターファイターⅡ』の鼻先を4機の『オルシナス』へと向ける。上昇する『オルシナス』は正面から迎え撃つ積りらしく、急降下するこちらに対し相対する姿勢を示していた。案の定と言うべきか、ヘッドオンという絶好の位置取りにも関わらず、敵機が中距離用のAAMを撃ってくる様子はない。
――否、撃てないのではないか。
レフの読みは、すなわちそれ。この6機は邀撃の為に向かってきた編隊ではなく、サピン東部かラティオへの攻撃任務の帰路から派遣されてきたのではないか、という予測であった。攻撃機を主体とした迎撃部隊らしからぬ編成も、投入火力の少なさも、これならば納得がいく。
そして正面に目標を控えてもなおミサイルを使わない眼前の姿が、その読みを『的中』と告げていた。おそらくは旧式のこちらに対し、機銃でも封殺しきれると読んでいるのに違いない。
それならば。
4機の『オルシナス』がいずれも同じ方向を向いているのを見定めて、レフは降下する機体を左へロール。敵編隊に対して背中合わせに擦過するように針路を取った。
既存の対地攻撃機の例に漏れず、攻撃機仕様の『オルシナス』は機体下方に機銃を連装して搭載している。すなわち、自らの進行方向に対して機体中心軸より上に位置する目標には機銃を当てることができないのである。先の機動によりレフが滑り込んだ『オルシナス』の中心軸上面は、同機の死角も同然であった。
迫る。
速度を増す1と4の機影が、真正面から相対してゆく。
ロックオンシーカーが敵影に重なる。
ガンレティクルが中央軸に致命を刻む。
距離800、700。
敵機発砲。光軸はこちらの頭上を掠め、命中を穿つこと叶わない。
距離600。
死槍を穿つ、必中の距離。
「逆落としで『キャンサー』に…いや、『
《……!》
噴煙。
轟音、擦過、爆炎。
音は急速に後方へと遠ざかり、入れ違いに衝撃波が背を圧してゆく。
馳せ違って数瞬、後背に炎熱を感じ振り返った先。
そこには、主翼を切り裂かれ堕ちてゆく『オルシナス』と、左翼から火を噴く僚機を護るように旋回する3機の敵機の姿があった。
「やりぃ!」
「槍だけに。…こほん。ところでレフ、2時方向より『アーン』が肉薄して来ます。対処を」
「おっと!…さぁて、こっからどうしたもんか!」
撃墜の喝采を上げる間もなく、2つの黒い機影が右方向から機銃掃射を浴びせかける。咄嗟に機体を引き上げるもその射線は躱しきれず、機体後部に複数の弾痕が穿たれるのをレフは感じた。2機はこちらの後方を抜けてすぐさまシザース機動で反転し、こちらの背後を狙って追随してくる。戦闘攻撃機とはいえ、最新鋭機と型落ち著しい旧式機では、格闘戦の勝敗は誰の目にも明らかだった。
そう、レフが失念していた、接近する
《その旧式でよく吠えた、青槍の!…針路そのまま、2秒後にダイブしな!!》
「この声は…!」
「よし…!後ろ任せたぞ、
走らせた目は、後方の敵機の位置。下方、次いで脳裏に映るレーダーレンジ。
最低限度を確かめて、
急降下から機体を切り返し、見上げた先。右へと回避した『アーン』を追う機体の姿を、レフはよく覚えていた
R-101『デルフィナス』に似ながら、より鋭角となった細い主翼。スマートな機首はSu-27系列にも似た流麗なシルエットを形作る半面、胴体下部から伸びる層流制御機構はさながら縦双胴型とでも言うべき形状を構築しており、概して見ればいかにも新世代の機体と言うべき印象を醸し出している。機体こそ以前と異なるR-102『デルフィナス2』に変わっているが、その主翼を染め抜いた2本の赤線と、精度の高い銃撃で瞬く間に最新鋭機を叩き落すその手腕、そして聞き覚えのある太い声は間違いない。
《よおし、まず1機!》
「『バラッジ』…イルダ・バーモンテ!悪い、助かったぜ!」
《ははっ、なぁに。『ウロボロス』の編隊が警戒空域を侵犯したもんだから、追って来たらあんたがいただけの事さ。あの逆落としを見て、すぐに分かったよ。…にしても、どうしたんだいその機体。何か訳ありかい?》
「話は後だ。まずは他の連中を墜とすぞ!」
再会の喜び――それ以上に虎口を凌いだ安堵もそこそこに、レフは周囲の敵機を伺う。被弾の炎を消した『オルシナス』は既に体制を立て直しており、イルダの僚機に追われていた『アーン』もそれを振り切って、旋回しこちらに相対した。眼下を見やれば、残る『スターファイターⅡ』2機も空域に加わるべく機首を上げて上昇しつつある。
敵機はしめて6機、対するこちらは5。性能差と技量を踏まえれば、相手にとって不足は無い。
《それじゃあまあ…》
「一丁やりますか!」
並び立つ2機が左右へ翼を翻し、狙いを定めた猛禽のように上昇する『スターファイター』へと降下してゆく。
頭上の『オルシナス』から放たれた曳光弾は尾翼を掠め、遥か後方に虚しく光軸を刻んでいった。
******
《……結論から言って、100点満点中10点。敵補給拠点を潰した以外に見るべき点は無い》
「いえ、違うんですパウラ主任その。敵を撃退したのはそこの赤い人で…」
《無意味な弁明で10点減点。もう減らすべき点数すら無いけれど》
「……」
イルダの部隊と共同戦線を張って10分余り。護衛を終えて合流し、周辺の状況を見たパウラからかけられた開口一番の言葉がそれであった。
弁明の余地は無い。イルダとの共同戦線で撃墜した敵機は、6機中4機。そのいずれもがイルダの部隊によるものだったが、レフも手を貸した以上共犯も同然であった。
そもそも、今回の作戦は囮として『ウロボロス』の目を引くことが主眼だが、あまり注目を集めすぎてはその後の作戦を遂行する上で逆効果なのである。こちらが少数戦力なのに変わりは無いにも関わらず、敵が防御態勢を整えてしまっては補給路への奇襲攻撃も覚束ない。
その意味では、今回の戦果は『ウロボロス』を徒に警戒させる結果となってしまったと言ってもいいであろう。それならばいっそ全滅させてしまった方がまだ良かったが、2機も逃してしまったとなれば目も当てられなかった。
《とにかく、残る小言はルーメンで。早急にこの空域を離脱する》
《あれ、もう行っちまうの?積もる話もあったのに》
「そ、そうだぜパウラ主任!イルダにはせめて情報を…!」
《もう減らす点数は無いと言った!》
「…ああくそ!」
ぷい、と頭を向けるように、パウラのJ-10XD2が北西へと舵を切っていく。抗弁を返すことすらままならず、レフもやむを得ずに機体を同じ方向へと向けていった。日は既に西へと陰り、夕焼けの赤色を帯び始めている。
今の自分がNEUにいない理由。この機体を駆る訳。これまでの経緯。イルダが預かっていた『オーキャス6』の行方。今のサピン領内NEUの状況。話したいことも聞きたいことも積もり積もるほどにあったのだが、迫る刻限と戦況は、そんな余裕すら許してはくれない。
だが、せめて一言だけでも。
クルスやアレックスと誓い、胸に滾るこの熱だけでも。
理論でも理性でもなく、ただただ感情だけを以て、レフは振り返り叫んだ。
「イルダ、いいか!俺達は『ウロボロス』をぶっ潰す為に戦ってる!お前にその気があるなら、クルスに…グラン・ルギドのクルス・コンテスティに力を貸してやってくれ!」
《何だって!?クルス、って、あいつは…》
「見てりゃ分かる。…またな!」
呆気に取られたイルダの声。それを背に、レフはスロットルを開いてパウラの『ファイアバード』に追従した。燃料残量は心もとないが、余計な機動を取らなければルーメンへは何とか到達できる。
《マイナス、10点。まったく、そういう所まで…》
「え?」
《……何でもない。今日は帰ってからこってりと絞る。覚悟するように》
「へへ、結構ですよ。学校じゃ万年赤点だったんでね」
紅色を帯びた陽光が、『スターファイター』の翼を赤く染め上げる。
既に距離数千を隔てた、彼方のサピンの空。
その色は、思わぬ縁を結んだあの翼の色にもよく似ていた。