Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere - 作:びわ之樹
高速で走行する輸送中と異なり、停車中ならば積載物資ごと一網打尽にできる。キャンサー隊は爆装して出撃し、ルオナ・ニエス駅に停車するゼネラルの輸送列車を破壊せよ》
朝を迎えた明るい空に、1羽の鳥が円弧を描き舞っています。
内蔵カメラ、倍率向上。解像度補正、エレクトロスフィアを介したデータベースより画像照合。
茶褐色の羽毛にこげ茶の翼端、短く黄色い嘴と、瞳が明瞭に判別できる丸い目。学名、ミルヴァス・ミグランス――データベースより応答された『鳶』という存在をメモリに記録しながら、表面のカメラは緩い円弧を追っていきます。
ぴぃよろ、ぴぃよろろろろろ。
空から降ってくる横笛のような鳶の声に、メモリから出力されるのは『挨拶』の単語。彼から見えているかどうかは分かりませんが、私――オーキャス14はそれに応えるように、内蔵ジャイロシステムを駆動させてぴょん、と高く跳ねました。
ここル・トルゥーアに私が赴いてから早10日。エレクトロスフィアから入手できる他地域の戦況とは異なり、サピンの南の果てとも言うべきこの地は、スタッフの警戒程度も低いレベルに抑えられているようです。事前ミーティングによれば今日は定例巡回以外の久しぶりの任務があるはずなのですが、それにしては基地の様子は普段と何ら変わらず、人員配置も騒音係数も通常と変わらない数値を指していました。ミーティングの際に『キャンサー』――レフは多くを語りませんでしたが、大きな準備を要するほど重要な任務ではないということなのでしょうか。
ころ、ころころころ。
ようやく鳶から目を外して、目指す場所へ向け地を転がりながら、私はふと記憶容量の中にある未解釈の矛盾領域に突き当りました。いうまでもなく、先の想起――メモリ再生時に録画したレフの姿です。
爆装した戦闘機3機による、軍事輸送列車の爆撃。任務の内容を考えれば、確かに戦況を左右する重要な任務と評するほどではありません。僻地ゆえか肝心のゼネラルリソース側の対応も鈍く、対空兵器の配備が無い点や、迎撃機の性能差からも、任務達成の障害は少ないと言っていいでしょう。技量で見てもNEU評価基準の並の域を上回るレフならば、本作戦に対し困難を覚えるとは判断できません。
しかし。
そのような私の状況判断とは裏腹に、ミーティングにおけるレフの表情は予想と異なるものでした。
頑なに組んだ両腕、表示された地図を睨みつけるような目、そして固く結んだ唇。熱心にメモを取るカールとは対照的に、レフは固く強張った表情を崩さないまま、始終無言でミーティングを終えたのです。
私の搭載AIによる判断からは、その状況と態度は矛盾しています。人間が固く表情を崩さない場合というのは、状況が困難であったり、命題が重要であったり、譲歩や妥協を肯んじない態度を示すものであったりといくつもの類例がありますが、今回のレフはそのいずれにも符号しません。
『人間とは不合理と矛盾の塊だ。それらの矛盾に対し、お前たちが何を考え、どう行動するのか。その結果は、確実に『後』へと繋がっていく』
メモリに不意に再生されるのは、私たちの生みの親たる男性の声。
考える――仮題に対し、経験と価値観と信念によって、時として類例に当てはまらない答えを見出す人間ならではの行動。人間が簡単に行うそれの、なんと難しいことでしょう。
エラー、エラー、エラー。錯綜する電子頭脳に本体温度が上昇し、いくつかの思考ルートが強制終了されていきます。
…こればかりは、まだ時間を要するようです。ひとまず本件は保留し、ともかくも
「あっれー、こんなところでどうしたっスか?スフィアちゃん。地べたコロコロしてると危ないっスよ」
「オイ、放っとけよそんな球コロ。本人…本………本球の自由だろうが」
「カール。レフ」
くるりと回転し、カバーを開いて外を確認すると、すぐ間近には顔を近づけたカールの姿が、その奥には眉をひそめた表情のレフの姿が見て取ることができます。彼我の位置を踏まえると、どうやらカールによって後ろから持ち上げられ、今はその腕に抱えられている状態のようです。人間ならば確実にセクハラです。
「作戦前に機体とのリンク確認のため、格納庫へ向かう所でした。実験機でもあり、私の『ヴェパール』は依然不安定な機体ですので」
「お!そうなんっスね。さすがスフィアちゃん、熱心で真面目っス。どっかの
「バカ言え。俺らだって今から格納庫行きだろうが」
「お二人も機体の点検ですか?」
「…たはは、まあ何というか」
「球コロにゃ関係の無い話だ」
断ち切るような口調で断じるレフ。その傍らで、カールは笑うような困惑するような、複雑な表情でこちらを見下ろしています。さりげなく両方の掌で私の側面をころころと弄んだり数㎜刻みで顔を近づけていますが、セクハラです。
「まあまあ、折角行き先が同じなんスから!…ところでスフィアちゃん、楽曲とかグラビアって興味ないっスかね?実は俺趣味で合成音声ソフト向けの楽曲を作ってて…あ、もちろん専用の可愛い衣装グラフィックも作成済みっスよ!歌って踊れるスフィアちゃん、これもうニューコムはおろかゼネラル圏内でも大流行待ったなし――」
セクハラです。
そう答える代わりに、私はジャイロシステムと底部衝撃吸収素材を活かして――人間でいえば脚に力を込めて、カールの腕の中からハイジャンプを繰り出します。
ごつ、という重い音の後、地に落ちてから振り返ると、顎を押さえたカールが悶絶している姿が見て取れました。
******
「おお、来たか。待っとったぞお前さ………何しとるんじゃ、お前ら」
「いや、このバカが球コロにシメられただけだ。ほっといてやってくれ」
空気中の微粒子密度が急激に高まり、格納庫の中へ到達したことをセンサーが伝えます。人間の感覚で言えば、埃っぽい空気というべき所でしょうか。こちらへ後ろ手に指を差すレフと、その向こうには作業着姿の『おやっさん』の姿。こちらはといえば引き続きカールの手に携えられたままですが、当のカールは腕を目いっぱい伸ばして顔面をジャンプの射程外に置いている上、顎を赤く腫らせた涙目の姿です。『おやっさん』はその姿を見て、今はわたしキャリアーと化したカールの現状を見て取ったようでした。
『おやっさん』は、変わった人です。数日前の初対面の際にも、『ワシはこの基地で一番どうでもいい立場の人間だからな。階級もいらん、気軽に『おやっさん』と呼んでくれ』と言い、そのまま呼び方として通ってしまいました。TACネームやコールサインのようなものと解釈し、今では私もおやっさん、と呼んでいます。実際の所では、整備主任という肩書とは裏腹に実務は他の整備士が主となって行っており、彼はもっぱら他整備士への助言や廃材からの部品再生、ならびに民間業者に向けた仕入れの仲介を担うなど、いわゆる名誉職ないし閑職というべき立ち位置にいる人間のようです。ただ、その豪放にして目端の利く性格から、レフをはじめスタッフには慕われている人のようでした。
「おやっさん、いつものあるか?」
「おう、冷蔵庫に補充してある。お代は冷蔵庫の上に置いといてくれ。カールは何か飲むかね?」
「…いえ、今は湿布があるとありがたいっス…」
「えーと湿布、湿布な…。確か工具箱の隣の棚に在庫があった筈だが。ま、適当に出して使ってくれ。お代は今回くらいまけてやるわ」
格納庫奥のつぎはぎだらけのソファへ私を置き、カールは機体脇に積まれた雑貨の山へと向かっていきます。段ボール、金属、スプレー缶など、多様な品々が雑多に積まれたガラクタの山のような有様ですが、どうやらそこから湿布を探し出す積りのようでした。レフはといえばヴンヴンとファンの音を響かせる小さな冷蔵庫を開け、緑色の蓋つきカップを取り出してから、向かいのソファに腰掛けます。側面のストローを取り、上部に差して、吸い上げること数秒。
「あー。やっぱリラックスする時はチョコミントに限る。清涼感が堪らんね」
「信じられねえっス…。あんな歯磨き粉の塊みたいなモンを…」
「スフィアは何かいるかね。飲み物は無理だろうが……オイル?」
「いいえ。私は飲料もオイルの類も必要としません。ありがとうございます」
山の中から湿布を探し出したらしく、大きく顎に張り付けたカールもこちらへ向かってきます。私の隣へと座りかけ、一瞬止まってからレフの隣へ。どうやら隣の位置は私のジャンプの射程範囲だと気づいた様子でした。
ずず、ずぞぞ。レフのストローを介した音が空気を含んだそれへと変わった所で、レフはストローから唇を離しておやっさんの方へと顔を向けます。微かに空気中に、ミントの香気成分が増加しました。
「ところでおやっさん。『いつもの』頼みたいんだが」
「かはは、やっぱりな。今回はそう来ると思ったわ。エンジンの方でいいかね?」
「いや、今回はエンジンだとごまかしが効かない。投弾装置の方にしてくれ。入力回数でロックが解除できるヤツで」
「よしきた。お代は手数料込みで80ってトコかね」
「ポーカーの勝ち分相殺で50で」
「70」
「55」
相変わらず顎をさすり続けるカールの頭を飛び越して、レフとおやっさんの会話は続きます。その意味をうかがい知ることができない言葉と数字の応酬は、一体何を意味しているのでしょう。
待つこと数秒。飛び交う数字のやり取りは、二人の声が『62.5』で一致したことで終わりを告げました。
「承った!ちょっと時間もらうぞ、レフ」
「おう、頼んだおやっさん。帰ったらまたポーカーするぞポーカー。勝ち分チャラになっちまったしな」
「お二人とも、何のお話をしているのですか?」
「あー…いや、スフィアちゃんは気にしなくっていいっスよ。単なるレフの拘りなんで」
「…球コロには関係ない話だ。いいからその辺コロコロしてろ」
カールの歯切れの悪い様子、質問を受け付けようともしない頑ななレフの姿。メモリが再びミーティング時のレフの姿を再生させ、何か常とは違うその想いを微かに感じさせます。
仮説、仮説。照合不能。その矛盾に答えを得るには、やはりまだデータも類例も足りません。再び本体が過熱するのを感じて、私は全ての仮説にシャットダウンを下すことにしました。
体内時計では、出撃時刻まであと3時間。壁掛け時計へと目を向けると、そちらは2分ほど遅れています。
庇から注ぐ太陽の光、空から落ちる鳶の声、そしてそれらを浴びる『ヴェパール』の青い尾。
その翼が再び空へと上がる時は、もうすぐそばまで迫っていました。
******
《ラティオ国境通過、目標到達まで現巡航速度でおよそ12分。予定通り、輸送列車停車中に目標地点に到達できるっスね》
「了解。現状速度を維持する。各機警戒を厳にせよ」
昼前から増え始めた雲が太陽を遮り、薄曇りを介した光が淡く地表を照らしている。
眼下には広がる平原、目を地平線へと向ければ彼方に見える村落や街の遠景。数日前に実施した偵察の際そのままに、ラティオの大地は変わらぬ新緑と生命の色を大地から空へと照り返している。
時に2039年5月26日、旧ラティオ共和国国境付近上空。ニューコムの識別コードを持つ3つの機影が、薄雲に紛れるようにゼネラルリソースの領空圏へと侵入した。
「今回は偵察ではなく攻撃任務…攻撃を完遂するまでは帰れない訳か。とはいえ、目標は駅の中で身動きの取れない列車だ。レフ君には楽勝な目標だろう?」
「…何が起こるか分からないのが実戦だ。奇襲、待ち伏せ、不慮の故障。今回で3機が全滅することだってありうる」
「………。…ま、またまたそんな…」
「とにかく。進退は隊長の俺が判断する。あんたは大事なAI様を監視してて下さいな」
楽観した声音から一転、ごくり、と鳴らした喉の音とともに、後席のフォルカーが絶句する。
レフの言葉は半ば脅しだが、まるっきり過剰な言葉という訳では無い。いくら最新鋭機とはいえミサイルが当たれば撃墜はされ、機銃でさえ当たりどころが悪ければ致命傷になりうるのだ。まして、故障はどのような状況にあっても起こりうる。
…そう。例えば万全に点検をしたはずの出撃直後であろうと、あるいは目標を前にして投弾する直前のタイミングであろうと。
胸中に思いを秘めながら、レフは
今回は爆撃任務ということもあり、6つあるR-101FRの装備ステーションのうち4か所が
ともあれ、レフとカールの機体を合わせれば、装備したUGBの総数はゆうに実に30発。非装甲の、それも停車中の輸送列車が目標であることを踏まえれば、過剰とすら言っていい火力と言えるだろう。直截に言えば、楽勝な任務とでも言うべき評価に入る。
だが。任務を命ぜられた時から――否、その前段である偵察を指示された時から、レフの心には
距離、6000。レフが苦虫を噛み締めるのと、彼方に目標の駅が映り始めたのはほぼ同時だった。
《『センチネル』より『キャンサー』、『オーキャス14』。目標視認。ルオナ・ニエス駅と、停車中の輸送列車っス。周囲に敵影なし》
「よ、よかった…。敵は隙だらけだ。これなら速やかに破壊して離脱できそうだな、レフ君」
「……」
安堵したようなフォルカーの声を意識の外に、レフは拡大した駅の画像を多目的ディスプレイへ投影する。
小都市に隣接し、いくつかの道路が連結するその様は、典型的な生活駅である。ゼネラルリソースのエンブレムが施された輸送列車こそその雰囲気から外れたものではあるが、それを除けばいたって普通の平凡な鉄道というのが、その外観からの感想だった。
行き交う車、線路を挟んだ田園に向けて農道を走るトラクター。駅周囲に見えるケシ粒のような微小な点は、生活の脚として電車を使う人々なのだろう。ミーティングの情報を省みるに、おそらくは輸送列車と行き違う民間の電車を利用する人々に違いなかった。
舌打ち、一つ。
迫る死に能天気なほどに無頓着なその姿に、レフは苛立ちを隠さない。輸送列車ごと、輸送物資ごと駅を爆撃する以上、駅に集うあの人々は数分後には犠牲となる存在である。
そもそも、この作戦は民間人の犠牲を想定の内にして立案された節がある。民間の輸送列車と行き違うタイミングで、民間の駅を空爆する以上、犠牲が生じない筈は無いのだ。批判の矛先は当然ニューコムに向くが、防備を疎かにして犠牲を生み出したゼネラルにも同等、ないしそれ以上の批判が向かうことになる。『ゼネラルは恃むに及ばず』――そんな空気がラティオに醸成されれば、ニューコム経済圏を広げる一手として機能する、という訳であった。国土や国民という概念を持たず、経済圏下の人々を顧客と見なすニューコムの、もとい多国籍複合企業ならではの発想である。
「『キャンサー』先行する。各機高度下げ、攻撃用意」
コフィンシステム、解除。せり上がる背もたれ、握る操縦桿の感覚を確かめて、レフは右の操縦桿を引いて緩降下に入った。表示変更、火器管制対地攻撃モード。照準は大きめの円形に代わり、着弾範囲を示す円の中に哀れな駅を収めてゆく。
哀れな、駅。レフの蟠りとは、すなわち感情に基づいたその点にある。
大量の輸送物資を破壊し、かつゼネラル経済圏に揺さぶりを与える。その戦果に対し、ここで生じる犠牲は果たして釣り合うものか。あのケシ粒のように小さく、平和ボケした無抵抗な命を、一方的に奪うに足りるものなのか。その結果を、自分自身は肯定できるのか。
距離3000。2000。人々が顔を上げ、こちらを呑気に見上げている。
そんなもの、迷うものでもない。出撃する前から、
俺自身の納得、俺自身への肯定。この作戦には、決定的にそれらが欠けている。だからこそ、おやっさんにいつも通り『あれ』をお願いしたのだ。
安全装置、解除。同時にけたたましく鳴り響いた警告音を確かめて、レフは力を込めて操縦桿を引きあげた。
「『キャンサー』より各機、攻撃中止。我投弾装置に異常発生。UGBの投下不能」
「な…何だって!?こんな絶好のチャンスで…!」
《わー、なんてこった。大変なことになったっスね『キャンサー』》
《………?》
機首上げ、上昇、次いで右旋回。ディスプレイ脇に表示された『安全装置解除エラー』のメッセージを消し、レフは下方を見下ろした。すれ違う予定の民間列車は既に付近に姿を見せ、人々は目を白黒させながらこちらを見上げている。物陰に隠れる訳でもなく手にした携帯をこちらに向ける辺り、能天気と言うべきかたくましいと言うべきか。
「やっぱダメだ。気分じゃねえ」
「…え?」
「何でもない、技術屋さん。『センチネル』、そっちはどうだ。投弾装置は無事か?」
《あー…うん、さっきの旋回でどうもアレっス、ちょっとダメになったようなならなかったような。こりゃ攻撃できるか微妙っスねー》
芝居の下手な奴め。
わざとらしさも極まったカールの声音に頭を抱えながら、レフはしばし脳裏を巡らせる。このまま帰ってもいいが、帰ってすぐに営倉行きは面倒くさい。納得できない任務を無視するにも、それを補うだけの戦果くらいは欲しいものである。と、なれば。
「さて困ったな。どうする『センチネル』。適当に線路でもパラパラ撃って帰るかね?」
《そうっスねー。いやー爆弾が落とせないんじゃどうしようもないっス》
「…いや待て、レフ君カール君。そうだ!機銃やミサイルで電車を攻撃すればいいんじゃないか!?もうあと数分しかチャンスがないのだし、急げばまだ…!」
「…チッ。技術屋さんはちょっと口を閉じて下さい。今から急旋回するんで舌を…」
《警告。『オーキャス14』より各機、レーダーに敵性反応を確認。数は2、高速で接近中》
横合いから無粋な言葉を差し込むフォルカーに、思わず舌打ちを返すレフ。シザース機動で強制的に口を閉ざすべく操縦桿を握りかけた手は、直後のスフィアの声で打ち消された。
レーダー、全域へ拡大。反応は確かにふたつ、北東より接近しつつあるのが見て取れる。先日の『スターファイター』より遅いものの、その矛先は間違いなくこちらを向いていた。
《各機へデータリンクを開始。敵機データを送ります》
「上出来だ球コロ。『センチネル』、詳細は分かるか」
《ちょっと待ってっス。照合、…終了っと。えーっとっスね…。………!レフ!スフィアちゃん!すぐに引き返して!逃げるっスよ!!》
「ハァ?おい、カール落ち着け。敵は何だ」
《GRDFラティオ方面分遣隊第129戦闘飛行隊『ロンディーネ』…!NEUのデータベースにも照合、間違いないっス!れっきとした
焦りを帯びて早口となったカールの声。脳裏にさっと冷たいものが奔るのを感じ、レフもまたデータリンク上方を表示した多目的ディスプレイへと目を向けた。
NEUでは過去の偵察や交戦によって収集したデータを基に、電脳空間であるエレクトロスフィア上に敵性部隊データベースとでもいうべきものを構築している。『タグ付き』というのは、データベースに登録された敵部隊の中でも、特にNEUに対して脅威度が大きいものに便宜的に付けられた俗称であった。言うなれば、ゼネラルのエースパイロット部隊というところである。
レーダー上で、迫る2機は既に音速を超え、瞬く間に距離を詰めつつある。彼我の距離を鑑みても、こちらの事情を省みても、ここは一戦を避けられるものではない。
「球コロ!周囲に他に機影はあるか!?」
《『オーキャス14』です。現在、周辺空域に『ロンディーネ隊』を除く機影なし》
「よし、増援の反応があり次第すぐに知らせろ。こっちは適当な空き地にUGBを捨ててから迎撃戦闘に入る。連中の首ひっさげて帰れば多少は心証もマシになるだろ」
《ええ!?本当にやるんスか!?エース相手に!》
「つべこべ言わず付いてこい。帰還後に営倉行きになりたくなけりゃな!」
素早く地表を見渡し、レフは手ごろな空き地を探る。
見出すは、駅の西側の田園地帯の中で、ぽっかりと空いた空白。収穫期には作業機械の留め場になるらしいその広場は、今は駐車する農機ひとつ無く、だだっ広い土色の空き地となっている。
安全装置、解除。回数は4回。
あらかじめおやっさんと示し合わせた回数だけボタンを押すと、直後に主翼の下から小さな機械が外れ落ちる。同時に耳に届くのは、エラー解除を示す高めの電子音。
後方にカール機を引き連れて、下げた高度はUGBが散らない500付近。
ボタンを押し込むと同時に放たれたそれらは、間髪入れず地面に吸い込まれ、数多の爆炎を地上に咲かせた。
「な…!?れ…レフ君、どういうことなんだ!爆弾は投下できない筈じゃ…!」
「何のことやら。故障も日常茶飯事なら、それがふとした拍子に直るのも日常茶飯事だ」
「………まさか…君は細工をしてわざと…!」
「今は黙ってろ!本当に舌を噛み切るぞ!」
足を踏み込んで力を籠め、左右の操縦桿を同時に手前へ引き付ける。
UGBを捨て、身軽になった『デルフィナスE』の機動は偵察機と思えないほどに鋭い。垂直旋回から身を翻し、後方にスフィアの『ヴェパール』と合流して、レフは接近する敵機へ正面から向き直った。
既に目視できる距離、敵は確かに2機。高度1300を取るこちらに対し敵は約1000ほど高所を位置取り、翼を翻して緩降下に入りつつある。相対距離2200、それぞれ左翼と右翼を白黒2色のツートンで染めた、つがいの鷹の姿。
対峙すること、数瞬。開戦の火蓋は、鳴り響くミサイルアラートによって落とされた。
《敵機ミサイル発射!》
「各機、各個に回避運動!」
頭上より撃ち落とされる形のミサイルは、合計8発。序盤から大盤振る舞いと言うべき圧倒的な弾数である。
右操縦桿を前、左操縦桿を手前へ。機体を左下方へと傾け、レフは8発のうち自らへ向かう3発を横にいなすべく舵を切る。
「く、くううう…!だ、だ、だ大丈夫だ…!この前と同じだ、当たる訳がない…!」
後席から洩れる震えた声すら振り切るように、旋回した続けざまに逆方向へと旋回をかける。
後方、依然3発。振り切れていない。予想よりミサイルの誘導がいい。
わずかに上昇。横旋回。ミサイルアラート変わらず。
くっ。
口端から空気が漏れる。
後方には鏃が迫る。いくら身を捩ろうとも、ミサイルはこちらに紐づけられたように狙いを逸らさない。
ならば。
「しつこいっつうの…!ストーカーが!」
瞳をHMD上部のメニューバーへ向け、センサーがその操作を拾う。
緊急時、防御兵装。
マニュアル選択、フレアディスペンサー。
決定を示す瞬きののち、レフの機体後部から放たれるのは弧を描く複数の火球。速度を失いゆらゆらと落ちてゆくそれらに引き付けられるように、後方のミサイルは火球を追って矛先を逸らしていった。
手には滲む汗。
目にはフレアの残数。
そして、耳には――ミサイルアラート。
「何っ!?」
馬鹿な。
叫ぶ暇すらなく、レフは緩めかけた操縦桿を再び握り直す。
後方警戒センサー、反応は確かに1。フレアで矛先を逸らした筈が、1発だけ変わらない位置でこちらを追尾してきている。着弾まで、もはや数秒の猶予も無い。
慌ただしく瞬きを重ね、HMD上から選択するはチャフの散布。
放たれた銀色の細片は、しかしあまりに近づき過ぎた矛先を逸らしきることは叶わず。わずかに逸れたミサイルは近接信管を作動させ、炸裂とともに『デルフィナスE』へと破片を刻んだ。
「く…そ。何とか躱し…」
《『キャンサー』、上方より敵機2》
「――っ!?ちぃっ!!」
吸い込みかけた息は、危急を告げるスフィアの声で吐き出される。
上方斜め、2。
接近警報。
見上げた先には、こちらを指して猛スピードで突っ込んでくる2機の『イーグル』。
距離――既に600。
反射的に操縦桿を切り返す。
フットペダル押し込み、増速。同時に機体を横へ倒し、投影面積減少。
咄嗟に取ったそれらの回避も、接近を許した油断を補うことは叶わず。
2機のF-15CXが擦過した一瞬後、レフは機銃の被弾音と炸裂する爆炎の奔流に苛まれた。
「うわああああっ!!」
「くそ…!『イーグル』如きが舐めた真似を…!」
《『キャンサー』!…まずいっスね。あいつら、赤外線誘導式と電波誘導式を同時に撃って来てるっス。おまけに、回避運動でばらけたところを一撃離脱で狙い撃ち…。『デルフィナス』得意の格闘戦に持ち込むにも、これじゃ隙がてんで無いっスよ》
同様に苦戦しつつも回避しおおせたらしく、見渡せば同高度にはカールの姿。そのさらに向こうにはスフィアの『ヴェパール』も健在な姿を見せるが、あの鈍重そうな機体でどうやったのか、その機体には傷一つ付いていない。
しかしともかくも、カールの分析にはレフも頷けるものがあった。
整理すると、敵の戦術は一撃離脱戦法とアウトレンジ戦法を組み合わせたもののようである。すなわち、初撃には長射程の電波誘導式ミサイルを、次いで赤外線誘導式ミサイルを放ち、回避行動を強制。目標が散開した所を狙って急速接近し、機銃と短距離AAMで致命傷を狙うという戦術と見ていいだろう。
元よりF-15CXは、搭載量に優れる大型戦闘機F-15『イーグル』をベースに、ミサイルキャリアーとして特化させた戦闘機である。ミサイル数にして実に最大22発を搭載可能という圧倒的な手数の多さはまさに脅威であり、今回のような複数種類のミサイルによる同時攻撃というのもまさにF-15CXならではの戦法と言っていいだろう。近距離格闘戦を禁じ、長距離攻撃と奇襲に重点を置くその戦術は、結果として格闘戦に長ける『デルフィナス』の長所を完全に封じることにも繋がっている。
物事には、相性がある。いかに軽騎兵のような敏捷さを誇る『デルフィナス』といえども、長槍を携えた投槍兵の前には些か分が悪かった。
《敵機反転!…やばい、また来るっスよ!》
《『オーキャス14』より『キャンサー』、北北西に新たに機影6。視界内到達まであと5分》
焦燥したカールの声、重なるスフィアの報告。目下の状況を考えれば、もはや猶予は一分も無い。
正面遠くに翼を翻した2機を前に、レフはしばし逡巡する。
幸い、先ほどの一航過で敵の手の内は見て取れた。要は、敵に見せる隙を最小限に抑えて、その隙に接近戦を仕掛ければいいのである。敵機2に対しこちらは3。2機が攻撃を引きつければ、残る1機は自由に動ける計算になる。
「分かってる!もう向こうの手は割れたんだ。…俺が先行してミサイルを引き付ける!その隙にお前らは…」
「待った!」
「!?…くそ、今緊急なんだ。黙っててくれ技術屋!」
「い、いいや!君が回避しそこねたら私も死ぬんだぞ!?――聞こえるか『オーキャス14』!セキュリティコードレベル2まで解除を許可する。お前が先頭に立って私たちを護れ!」
「技術屋!何を勝手に…!」
「さあ、お前の力を見せる時だ…『オーキャス』!!」
恐慌したフォルカーの声が、通信を介してレフの神経を逆立てる。こんな時に、こいつは一体何を言っているのか。
苛立ちと怒りに任せ、後席へ向けて通信を開きかけたその刹那。接近警報を一瞬で振り切って、こちらの眼前に位置する機体が視界を奔った。いうまでも無く、スフィアの『ヴェパール』である。
《――コード解除、承認しました。『ヴェパール』、先行します》
《スフィアちゃん…!?な、なんだか雰囲気が…》
「待て球コロ!まだ指示は出して無いだろうが!」
《警告。敵機迎撃に際し近接防御システムを起動します。本機に対し距離450以上を保って下さい》
「ち…!」
取りつくシマの無い、機械的な――元々機械だが――口調に、レフは舌打ちを返しつつ減速する。指示を受け付けない今となっては、もうスフィアのやりたいように任せる他ない。
敵機正面、距離2200。やや上方。遠目にも見て取れる主翼下の焔は、それらがミサイルを発射したことの証左だろう。レーダー上では、その数は8発。こちらでミサイルアラートが鳴っていないことから察するに、目標は全てスフィアの『ヴェパール』が引き付けたのに違いない。
距離1800、1400。音速を優に超える速度で近づくそれらを前に、『ヴェパール』は微塵も動かない。こちらが不気味さを覚えるほどに、その翼は不動のまま無感情に飛んでいる。
「球コロ!正面、8発だ!聞こえてるのか!オイ!!」
《スフィアちゃん!早く回避運動とフレアを!もう間に合わないっスよ!》
二人の声にもなんら反応を示さぬまま、『ヴェパール』は直進する。
距離1000。800。600。ヘッドオンの位置取りを考えれば、普通ならば回避すらままならない致命の距離。
間に合わない。
その予断は、ミサイルと『ヴェパール』の距離が450に達した瞬間、唐突に爆ぜた雷光によって打ち消された。
「な…!?」
あるいは、それは錯覚だったのか。
一瞬光が奔ったと感じるや、8発のミサイルは『ヴェパール』に命中することないまま爆発。近接信管が作動するより遥かに遠い距離で、それらは1発残らず炸裂したのだった。
馬鹿な。一体、何が。
生じるそんな疑問に答えを得る暇すらなく、続けざまに響くのは接近警報。爆炎で位置は定かではないが、おそらくは正面から迫っていた2機のF-15CXに違いない。
「カール!驚くのは後だ。右側、集中砲火!」
《りょ…了解っス!!》
照準すらろくに定めぬ当てずっぽうのまま、狙うは『ヴェパール』の右側の空間。こちらから2発、カール機から4発放たれたAAMは煙の中へと吸い込まれ、次いで曳光弾の筋が薄色の幕を切り裂いてゆく。
衝撃音、次いで爆発。轟、と高速で入れ違う風の音がそれに重なり、鼓膜が一時的に飽和する。
濛々と漂う煙の幕を抜け、振り返った先。
そこには、左翼を白と黒に染めたF-15CXが1機、炎を吐いて墜ちていく姿が映っていた。コクピットは既に装甲キャノピーが弾け飛び、落下傘が舞っている様も見て取れる。残る1機は健在ながら、左右に奇妙に揺れる不安定な機動を見せていた。
《……今のは…》
「アクティブ電磁パルス防御システム。旧オーシアの『アーセナルバード』を参考に開発された、高出力の電磁波を瞬間的に放出して電子機器を狂わせるシステムさ。範囲内のミサイルであれば誘爆し、戦闘機であれば一時的に制御を失う。『ヴェパール』に搭載された、切り札
「……とにかく離脱するぞ。言いたいことは山ほどあるが、それは後だ。技術屋さん」
「奇遇だね。私も、君に言いたいことは積もっているんだ。レフ君」
制御を失うF-15CXを眼下に、レフは左の操縦桿を引いて機体を旋回させる。レーダー上の増援はまだ遠く、速度を踏まえれば追撃を受けることなく振り切れる距離だった。
コフィンシステムを起動し、レフはゆっくりと背もたれに体を預ける。気に入らない任務の始末書、スフィアの駆る『ヴェパール』の秘密、そしてフォルカーに質すべきこと。今日起きたこと、これから起こるであろうことを想えば、今は少しでも頭を休めておきたい。
遥か後方の地平の先へ、ルオナ・ニエス駅の姿が消えていく。
乗客を乗せた赤い列車が走り出すのを背に見送りながら、レフの『デルフィナスE』は西の空へと飛んでいった。
《レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフ航空技官へ通達。基地帰還後、ただちに司令室へ出頭せよ。列機のカール・グラッツェル航空技師は指示あるまで詰所にて待機のこと》