Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere - 作:びわ之樹
状況は、予想外の展開を迎えています。昨日深夜より、サピン北部を勢力圏に置く『ウロボロス』部隊は一斉に南下を開始。同時にスーデントールからは航空部隊が、イェリングからは2隻の空中空母が同戦線に参加し、総力戦の様相を呈する状況となりました。現在、前線ではクルス顧問航空技官が指揮を執り、戦線の維持に努めているとのことです。
この隙を狙い、キャンサー隊、ジェミニ隊は爆装しイェリングを強襲。『ウロボロス』が発掘中とされるベルカの核兵器を再度封印するとともに、空中空母の補給・整備施設を破壊し、その継戦能力を削ぐことを目的とします。2隻の空中空母の出撃により周辺の敵戦力は払底していると考えられますが、少数での長駆攻撃となりますので、くれぐれも警戒を厳としてください。
…こんな感じで良かったですか、レフ技官?よかった?OK?…あ、OKですね、よかった。…では、皆様の健闘を祈ります!》
風にさざめく灰緑色の
屹立する針葉樹林の海は緩やかな丘を形成し、波立つように樹幹を起伏させて、やがて遥か北に聳える山肌へと連なってゆく。高緯度では冬の訪れも相応に早いのだろう、点在する広葉樹は広げた葉を黄や褐色に染め、既に落葉しつつある様も見て取れた。雲量7という曇天模様と相まって、晩秋の空気に包まれたノースオーシアの大地はどこか物悲しい。
時に2040年、秋から冬へと移り行く淡色の候。灰緑の波を翼に掠める5つの機影が、遥か北を指してノースオーシアの大地を飛んでいた。
《飛行行程の四分の一を消化。人工衛星からの位置情報によると、『アヴァロン』の部隊も順次発進を始めているようです。現在の位置関係なら、同時にイェリングへ攻撃を仕掛けられますね》
「予想以上に作戦が早まりはしたが、よく『アヴァロン』も間に合わせたもんだ。多いに越したことは無いから、有難い限りだが」
《そう…っスよね。ただ、こっちが楽になった分、サピンがかなりヤバそうになっちゃったっスし。いずれにせよ、失敗はできないっスね》
編隊の右翼を受け持つR-101U『デルフィナス』から、カールが不安を滲ませた声を漏らす。
応じる声は無く、只々場を包む重い沈黙。一つには通信の傍受を恐れてのことであったが、それ以上にレフ達の口と心を重くしていたのは、予想を裏切る『ウロボロス』の行動によるものであった。有体に言えば、後方攪乱と奇襲でこれまで握っていた主導権を、捨て身とすら思える『ウロボロス』の強引な一手によって一気に奪い去られたのである。
以前にクルスやアレックスと立てた対『ウロボロス』の作戦方針で言えば、現状は第二段階に当たる。すなわち、サピン北部に進出した『ウロボロス』の補給路を遮断する第一段階を経て、『ウロボロス』が切り札の空中空母を投入した隙を突き、空中空母の本拠地であるイェリングを奇襲するというものである。
そして事実、それは
レフ達にとっての想定外はここからであった。
当初の読みでは、イェリングや本拠地スーデントールの防衛戦力をそれぞれに張り付ける必要があるため、サピン方面へ派遣する戦力は空中空母1隻と護衛機程度と踏んでいた。空中空母は確かに戦力として脅威だが、サピンのNEUの総力を以てすれば防衛は十分に可能である。可能性の最も高いその仮説を以て、サピンを囮として後方の本拠地を突くという作戦が立案されていたのである。
ところが、『ウロボロス』の取った方針はその予想を遥かに上回るものだった。
サピン方面に投入されたのは、空中空母が2隻。それに留まらず、スーデントールからも多数の航空戦力がこれに加わった上、レギンレイヴ艦隊までもフトゥーロ運河からサピンへ向かい始めたというのである。いくら経済基盤や生産基盤を持たない『ウロボロス』が長期戦に不利とはいえ、防衛という概念をかなぐり捨てたこの戦力配分は、あまりにも思い切った策という他ない。
とはいえ、この采配はニューコム側にとってけして有利ではない。そもそも、元々が『空中空母1隻相手ならば防衛しきれる』という想定だったのである。眼前の空中空母を始めとした大戦力に加え、後背をレギンレイヴ艦隊に脅かされるサピンがどれほど耐え切れるかなど、論ずることすら愚かであろう。
すなわちここに来て、戦況は『ウロボロス』が先にサピン防衛線を突破するか、その前にレフ達がイェリングを覆すかという時間との勝負に移行したのだった。
そうした急ごしらえの出撃であったため、戦力は些か心もとない。
編隊の5機のうち、先頭を飛ぶレフの乗機は
折しもカール達が乗っていた『オルシナスC』も修復がほぼ完了したタイミングではあったが、機体各部の最終調整が間に合わなかったため、今回レフが乗ることは叶わなかった。せめてあと2日出撃が遅ければ投入もできていた筈だが、一刻を争う今となっては贅沢を言っている余裕も無かった。
《問題は…なぜ『ウロボロス』がここまで思い切った手に出て来たか、という点ですね》
《?俺達が補給路を遮断したから、焦って速攻を仕掛けて来た…とかじゃないんスか?》
「んな訳あるかよ。サピンがニューコム最後の砦ってんなら分かるが、まだNEUにはほぼ無傷のベルカの拠点がある。それにゼネラルの『ラーズグリーズ』艦隊だって、UPEOの反『ウロボロス』派だって健在なんだぞ。いくら三勢力の連携が取れてないからって、最重要拠点のスーデントールや切り札の核兵器が眠るイェリングを丸裸にするとは思えねえ」
《私も同感です、イングリット、レフ。両拠点を防衛し得る『何か』を確保したからこそ、『ウロボロス』は空中空母やスーデントールの航空戦力を抽出したと考えていいでしょう。カールの技官級への昇進はまだ遠そうですね》
《そんなぁ!?》
談笑一つ、心の底に淀むひやりとした観測を、レフは静かに俯瞰する。
そう、いくら『ウロボロス』が短期決戦を志向するからといって、護りを全て捨てて戦力を前線に投入する筈は無い。何せ、仮初めの拠点とはいえイェリングは空中空母を整備できる唯一の立地であり、スーデントールにしてもオーシア東方の『ウロボロス』の核となる拠点なのである。いくら戦力を集中投入したところで対サピン戦線が1日で片が付く筈は無く、そんな中で本当に護りを放棄してしまうのは非現実的と断ずる他ないだろう。――例えば、レフ達が今から針路を変更し、スーデントールの中枢へFAEBを投下すればどうなるか。そんな、掌から漏れる一滴の危険性を、『ウロボロス』が看過するとは思えない。
つまり。この先には必ずや、少ない戦力でも拠点を防衛しうる『何か』があると考えていい。
果せるかな、それは数十分の後。遥か東にスーデントールを控えた鈍色の先から去来する、一筋の鏃となって顕れた。
《…!方位090に反応1。こちらに接近中っス!距離、6000!》
《…スーデントールからの迎撃機!?》
「案の定か…。にしても1機だぁ?カール、他に反応はあるか」
《無いっス…けど!おかしいっス、こんな!
敵機。
来る脅威に粟立つ肌が、肚を重く鎮めてゆく。元より脅威は承知である以上、ここは何としても押し通る他に無い。
固めたその覚悟を揺さぶるカールの狼狽に、レフは思わず苛立ちを込めて応えていた。
「どうしたカール!はっきり言え!」
《た…確かに1機っスけど、
《嘘でしょう!?戦闘機の限界を超えてる!…いや、でも!この反応の大きさ、ミサイルじゃあり得ない!》
戦闘機の範疇を逸脱した速度、さながら矢のように迫る機影。レーダー上に迫る光点は常軌を逸した速度で近づいており、その方向は確かにレフ達の方向を真っすぐに示している。
まさか。
ぞくりとした悪寒を覚え、反射的に見やった東の空。
そこに浮かぶ黒い点が見る間に大きくなり、灰色を背に見る見る翼を広げる姿を双眸に捉えた時、レフは思わず声を荒げて口走っていた。
「…!!ジェミニ隊、高度下げろ!各機散開!」
引き揚げる操縦桿、空を仰ぎ明るみを増す視界。
そのすぐ側を、轟、という衝撃が掠め過ぎていったのは時間にして僅かに数秒後。先ほどまで視界外にいた筈のそれが、文字通り瞬く間にこれほどまで距離を詰めて来た辺り、先ほどカールが言っていた速度はやはり間違いではないらしい。
機首上げによる回避機動は、しかし重い。それが敵の唐突な奇襲によって、増槽とUGBを捨て忘れていたためだと気づいた時、レフは思わず舌打ちを漏らした。これまでも性能に勝る敵を相手取ってきたことは多々あったが、敵の速度に怯みこんな初歩的なミスを犯すことなど、あった試しがない。
増槽、UGBを全て投棄。レーダーレンジ、コンバットモード。火器管制、安全装置解除。フットペダルを踏みながら機体を傾け、左手側へと抜けて行った敵機へと『スターファイター』の鼻先を向けていく。爆装していた関係もあり装備はAAMが2発きりと心もとないが、今は贅沢を言っていられる状況ではなかった。
後手にこそ回ったものの、まだ損傷を受けた訳では無い。気を取り直し、頭を巡らせた先では、その機体は大きく弧を描きながらこちらへと反転する姿勢を示していた。明らかにこちらへ再度接近を試みる気であることは疑うべくもない。
電子音とともに重なる光の格子。視界の端、丁度右上の枠に映し出されたその拡大映像に、レフは思わず息を呑み、同時に納得した。
――先に『常軌を逸した』速度と評したが、その表現には些か瑕疵があった。
マッハ4を優に超える凄まじいまでの速度は、およそ戦闘機の――
だが。今目の当たりにした速度は、かつて一度だけ見たことがあった。
マッハ4.5という速度は、確かに有人機では人の限界を超える速度であるに違いない。しかし、最初から人間による操縦を想定しない、無人機――AI制御の機体ならばどうか。
その仮説を示すように、HMDの拡大映像は見覚えのある機体形状を示している。
R-099『フォルネウス』に似た扁平な機首。高出力のエンジンを2基搭載し、膨らみを帯びた機体後部。そして著しく後退し、面積を抑えた小型のデルタ翼。鏃のようなその特異な姿は、その速度性能と相まって忘れる筈も無い。
あれは、間違いなく。
「XR-99BI『マルティム』…!スゥノの機体か!」
《…!お姉さま!?》
《じゃ、じゃあパイロットは…いやいやいや!まだそうと決まった訳じゃないっス、けど…!》
「何にせよ、性能で勝てる相手じゃねぇ。各機、射界に捉えられたら小刻みのシザースで躱せ。ジェミニ隊はとにかく低高度を北進。ケツはこっちが持つ!」
《ああ…!こっちは対空装備皆無なんだ、頼んだぜ!》
翼端に航跡を曳き、樹幹を掠める程に高度を下げてゆく2機の『アステロゾア』。
その様を横目に捉えながら、レフは操縦桿を斜め手前に引いて、反転し終えた『マルティム』を右斜め頭上に控える機位に陣取った。旋回で失った速度を持ち前の加速力と重力加速度で補って、鋭角を帯びたその機影はレフの『スターファイター』を指して真っすぐに飛来しつつある。
上位を取られた不利な機位、圧倒的に過ぎる性能差こそあるが、レフには『マルティム』の攻撃を捌ききる自信はあった。
レフ本人も高速機動戦を得意とすることもあり、その長所と短所は十分に弁えている。長所は、言うまでも無く敵機の及ばない高速で編隊を抉り取るように奇襲をかけ、一撃の後は反撃を受けることなく離脱できるというワンサイドゲームが可能となる点に尽きる。条件によっては成立しない場合も多々あるが、一度戦術が嵌った際の脅威は凄まじく高い。事実、ニコラス・コンテスティが率いていた先代エスクード隊時代においては、この高機動戦術を駆使してサピンを守り抜いたとも言われている。技量で言えばオーシアやウスティオといった周辺国に劣りがちだったサピンが曲がりなりにもその空を護り続けられたのも、一つにはこの戦術を有効に駆使したエスクード隊らサピン航空隊の存在あってのことと言えるだろう。
そして、長所は裏返せば短所にもなる。高速機は、その速度ゆえに敵機を有効射程内に収められる時間が短く、どうしても一撃離脱戦術を採らざるを得なくなる。言い変えれば、防御側は敵の攻撃針路さえ読み切ってしまえば、攻撃に晒されるリスクを大幅に減らすことができるのである。多くの高速機は旋回性に劣る場合が多く、攻撃失敗時の再度の立て直しに時間を要することから、この点は高速機の、ひいては高速機動戦の大きな弱点と言えた。
翻って、現在の状況である。
『マルティム』は既にレフに対して降下に入っており、今更目標変更の立て直しは効かない。これに対し斜めに構えたレフは、『マルティム』に対し上昇、下降、増速し直進するという3つの選択肢を迫っているのと同義の状態にあった。当然、これにロールや減速、細かな進路変更を組み合わせれば、その選択肢は際限なく増えていくことになる。高速戦闘の宿命か、雌雄の行く末はコンマ数秒の苛烈な読み合いに委ねられた形であった。
距離が迫る。
『マルティム』の距離が
ロックオンアラート。
だが、まだ。今回避行動を取ると針路を読まれる。
1900。
1800。
短距離AAMにはまだ遠い。しかし。
1700。
今。
瞬間、レフはフットペダルを踏むとともに操縦桿を思いきり手前へと引き、機体を右傾した急上昇へと入らせる。
視界が空の灰色一色に染まり、増加したGが下腹部が押し付けたその一瞬後。読み合いの結果は、機体下方を掠めて過ぎる、燐光を帯びた幾筋もの光軸によって顕れた。
断続的なレーザー光――『マルティム』の機首に装備されたパルスレーザーガンが直進時の予測進路を穿ち、光軸の軌跡をなぞるかのように『マルティム』の機影もまたこちらの下方を抜けて瞬く間に遠ざかってゆく。
すなわち、敵の読みは『こちらの直進』。速度低下のリスクを負って、定石の裏をかき上昇を選んだレフの読み勝ちであった。
再度反転しこちらの後方を捉えた『マルティム』を右旋回で躱し、続く上方からの攻撃を直進で逸らして、レフは目にも留まらぬ交錯の中で時間を稼いでゆく。相変わらず不利であることは否めないが、今はジェミニ隊への追撃を防ぐことが最優先であった。
「けっ…こうキツイが、この調子なら、何とか…!」
《レフ!『マルティム』へ通信を開けませんか!?せめてオープン回線ででも…!》
「無茶言うな、スフィア!アレにスゥノが乗ってる保証は無いんだぞ!…第一、通信を傍受されれば奇襲に感づかれる!」
《お姉さ…『マルティム』に発見された時点で、こちらの位置は露見したと見るべきです。何より、ここで時間を費やすことが一番の問題です!》
「…ち…!」
左旋回。急激に横腹と脚を圧するGが体を搾り上げ、筋肉と肺が悲鳴を上げる。
胴体後部に着弾する光軸、翼やコクピットを掠める青みがかった残影。その衝撃すらも振り払うように、『マルティム』の鋭いシルエットが轟音とともに擦過してゆく。
パルスレーザーは元より炸薬を搭載せず、加速した光子を断続的に撃ち出す機構の兵器である。飛来速度と射程距離こそ従来の機銃を遥かに上回るが、殊威力に関しては既存の25㎜機関砲に及ぶものではない。いざ敵としてパルスレーザーガンを受けるのはこれが初めてではあるが、レフには耐弾性の低い『スターファイターⅡ』でもまだしばらくは堪えられる確信があった。
問題は、体の方である。いくら耐Gスーツを着込んでいるとはいえ、今の装備はニューコム純正でなくL.M.A.から貸与された民間用の二流品。おまけに高加速と急旋回を織り交ぜた今の戦闘機動では、機体の前にレフの循環系や呼吸系が限界を迎えてしまう。
歯を食いしばり肚への圧に耐えながら、レフは僅かに逡巡する。
これは賭けである。『ヴェパール』の例を見ても、『ウロボロス』が機体だけを運用している可能性は大いにある。そんな中でオープン回線を使ってしまえば、無為に敵を呼び寄せる結果になりかねない。
しかし、スフィアの言葉は確かに的を射ている。現状イェリングへの行程は往路の半分を消化したに過ぎず、先行したジェミニ隊を除けばカールやイングリットも現空域に釘付けになっている状態である。もし『マルティム』に乗っているのが『ウロボロス』に奪取されたスゥノだとすれば、こちらの素性を明らかにすれば味方になる可能性は大いにあった。何より、これ以上『マルティム』の戦闘機動に付き合えば、レフの体が持たなくなる。
つまり。相応のリスクを負う事にはなるが、賭けてみる価値はある。
「――分かった、分かったよ!乗ってやる!!…俺は操縦で手一杯だ、通信できるか!?」
《ありがとう、レフ。任せてください。必ず…!》
『マルティム』、縦旋回、次いで反転。インメルマンターンの要領で運動エネルギーを無駄なく活かし、矢のような機影が再びレフの『スターファイターⅡ』を指して迫りくる。方位にしてこちらの真正面、横、縦ともに旋回性能の低い『スターファイター』にとって、致命の位置取り。
舌打ち一つ。操縦桿を押し倒し、次いでフットペダルとスロットル制御で機体をロールさせて、レフは敵機を下方へすり抜ける針路を選ぶ。敵機に腹を向け、僅かな間隙を突いて通信の周波数を操作した直後、殺到した光軸は数発が機体の側面を貫いていった。心なしか、この数度の交戦で徐々に精度が増している気がする。
《繋がった…!お姉さま!私です、スフィア…『オーキャス14』です!攻撃を中止してください!》
《スフィアちゃん…!?そんな、それオープン回線っスよ!?》
「うるせえ、他に手が無かったんだよ!カール、イングリット、気合入れて周辺見張れ!!」
必死の意思を纏ったスフィアの言葉が、通信を揺らしてゆく。
上方、後方へ抜ける『マルティム』。振り返った先の機動を目で追ってゆくが、その機動が和らぐどころか、翼が揺らぐ様すら見て取ることはできない。
「クソ‥!スフィア、話し続けろ!」
《分かっています!お姉さま、スゥノお姉さま!…『オーキャス1』!お願いです、応えてください!!》
《…………》
《…お姉さま!攻撃を止めてください!どうか、私たちを先に行かせてください…!》
矢のように迫るパルスレーザーが空気を熱し、散乱した光子と空気圧が機体を圧してゆく。
スフィアの必死の呼びかけをかき消すように、絶え間なくかんかんと表面を炙る光の礫とエンジンの轟音が通信を乱してゆく。
交錯、さらに一合。その最中にこちらを見定めたのか、不意に通信に雑音が混じったのはその時だった。
――絶望を告げる、
《敵性機、回避パターン、行動パターン、解析を完了。脅威度を11.3%へ修正。目標B及びCの6.2%、D及びEの0.07%は修正なし。敵性編隊の撃墜許可を求めます》
ぞくり。
瞬間、レフは心の臓が悪寒とともに刻むのを感じた。
漏れ聞こえた女性の声は、確かにスゥノのものに間違いない。しかしその声音に抑揚は一切無く、感情や熱など全く感じさせない冷たいもの。短期間ではあるがかつて共に行動した際の、スフィアの年長者を思わせる緩やかで迫らない人格など、もはや欠片すらも見出すことはできない。
ふた昔前の人工音声のようなその響きは、まるで――。
《……お姉さま……?お姉さま、ですよね?……でも、嘘。そんな、――そんな、どうして》
「…っ!スフィア、通信切るぞ!…あいつは、もう…!」
《…ほう》
スゥノのようでありながら、オーキャス1ですらない『機械』の声。
絶望を滲ませるスフィアの声に、聞き覚えの無い声がもう一つ混じったのはその時だった。相当に雑音交じりでもあり、こちらも機械のように抑揚の無い響きではあるが、どことなく男の声のようにも聞こえる。
《なるほど、この声は。…となれば、狙いは明白か。『オーキャス1』、目標D及びEの脅威度を20%に修正。目標変更、両機を撃墜後、速やかに帰還しろ》
《『オーキャス1』、了解。脅威度修正。目標D及びEを撃墜します》
「……!カール!イングリット!急いでジェミニ隊のカバーに回れ!『マルティム』の狙いが変わった!」
《そんな…急に!?》
《了解っス!》
興味を無くした――否、もはや観察の必要すらない存在となった。
そう告げるように、『マルティム』が不意に反転したのは、まさに男の言葉が句点を刻んだその時だった。執拗に反復攻撃を仕掛けていた先ほどとは打って変わり、その鼻先はただひたすらに北――イェリングを目指し、先行したジェミニ隊の方を指している。何者かは知れないが、先ほどまでの僅かな時間で、男がこちらの狙いを読んだものと見ていい。
フットペダルを踏んで機首を右へと切り、スロットルを開放して『スターファイターⅡ』を加速させるレフ。原型機譲りの加速性能を活かしその速度はぐんぐんと増してゆくものの、高速戦闘に特化した『マルティム』の速度はその比ではなく、HMD上に刻まれる相対距離は瞬く間に離れてゆく。
《お姉さま…どうして…》
「しっかりしろ、スフィア!…クソ、到底追いつけねぇ…!カール!」
《……ダメっス、突破された!イングリットさんの誘いにも乗らないっス!》
《こちらジェミニ2!…まずいぞ、間もなく後方に付かれる!》
「クソ…!脱出しろ、ライアン、タケル!『アステロゾア』の足じゃ無理だ!」
《俺らの火力がなきゃイェリングは落とせないってのに………畜生!》
彼方に昇る噴射の白煙2筋2対、次いで轟音、黒煙2つ。虚しく揺らぐ鈍色のそれらが、ジェミニ隊の駆る2機の『アステロゾア』が最期に残した断末魔であった。瞬く間にカール達の迎撃を突破し、ジェミニ隊に食らいついた『マルティム』の仕業であることは、もはや言うまでも無い。既に視界から消えた『マルティム』はこちらを省みることなく、レーダー上の光点となって急速に空域を離脱しつつあり、当面レフ達を襲う脅威が消え去ったこと、そして対地火力の要である『アステロゾア』の喪失によりイェリング襲撃が不可能になった現実を告げていた。
《ジェミニ隊、脱出を確認。全員無事みたいっス。……けど…》
《…………》
「……全機反転、スーデントールに戻るぞ」
鈍色の雲の漣から顔を出した太陽が、虚ろな光で灰緑色の大地を照らしている。
ジェミニ隊の喪失、イェリングへの襲撃失敗、豹変したスゥノ、そして謎の男の声。乾坤の嚆矢は儚く潰え、レフは謎と絶望だけが胸を浸していくのを感じていた。サピンは果たしてどうなったのか。クルスは、ニコラスは、おやっさんは。イルダ、アレックスは無事なのか。想うほどに不安は募り、闇色の心中は暗さを増してゆく。
憤懣と苛立ちに、レフはサイドモニターへと拳を叩きつける。
みしりという鈍い音は虚しい残響となって、棺桶のようなコクピットに響いていた。
******
「『ヴェパール』の例からして、『ウロボロス』が他のXRナンバーを投入することは想定していたが…まさか、オーキャス1さえ再調整して持ち出してくるとはな」
「…情けねぇ話だ。性能は初めから割れてた筈なのに、むざむざジェミニ隊を墜とされて帰ってくるなんてな」
同日、20時を僅かに越え、とっぷりと夜の帳が下りた頃。L.M.A.の施設の一角、大型モニターと幾つかの机を備えた会議室に、レフとフォルカーの姿を捉えることができる。
カール、イングリット、そしてレフの携帯端末に居場所を移したスフィア。各々のマグカップを前にした表情は一様に暗く、作戦の失敗への絶望を色濃く残している。唯一ヒカリだけが、『まーまー失敗なんてよくあることだって!次いってみよー!』と空元気を発揮しているが、その字義通り今はそれもただただ空しい。
本来であれば、『ウロボロス』によるサピン攻勢の隙を突いたイェリング強襲で以て、その主力たる空中空母の継戦能力を奪うことが作戦の主眼だったのである。それが失敗に帰した以上、今後の計画は大幅な修正を加えざるを得なくなることは明白であった。
この状況を受け、レフ達はサヤカを通して、緊急でグラン・ルギドのNEU幕僚本部へ通信連絡を依頼。今はクルス、又はニコラスが帰還するのを待ち、通信で状況確認を行う手筈となっていた。
「それにしても、スゥノちゃんの様子は明らかにおかしかったっス。俺たちのこと、本当に全部忘れちゃってたみたいな…」
「………」
「詳細はニューコム・インフォの機密なので伏せるが、本来オーキャスシリーズはスーデントールで最終調整を行い、ユージアの本社へ移送される予定だった。その最終調整の段階で、蓄積した戦闘データとともに、対人関係のコミュニケーション能力や記録を抜き取られた可能性はある。対『ウロボロス』の争乱で放置されていたオーキャスシリーズを、『ウロボロス』が純粋に航空機制御用AIとして投入したとしても…」
「ご歓談中失礼しま…あらあらあら、お通夜中の間違いでしたでしょうか?皆様、些か塞ぎ込んでおいでの様子ですが」
スゥノへの分析を口にするフォルカーを遮るように、扉を開くやいなや飛び込んできたのはサヤカの声。ノートパソコンと薄型の携帯端末を携え、傍らにパウラを随えた様は、常通りの黒スーツ姿も相まってどこか物々しさを帯びていた。表情こそ目を細め微笑を湛えたいつも通りの姿だが、彼女としても臨戦態勢ということなのだろう。
「サヤカ支社長。業務の方はよろしいので?」
「ええ、こちらが何より一大事な様子ですから。丁度、グラン・ルギドとも通信が繋がったようですので、皆様とご一緒にと思いまして。パウラさん、正面モニターに投影をお願いします」
モニターの真正面に席を占め、傍らにパウラを控えて腰を下ろすサヤカ。首肯したパウラはパソコンを手早く操作し、数秒ほどの砂嵐を経て正面モニターへ画像を投影してゆく。
発信地、グラン・ルギド。おそらくはNEU基地の通信室かどこかなのだろう、投影された先の映像は薄暗く、その中心に座るクルスの顔も、どこか疲れの色が滲んで見えた。
《こちらグラン・ルギド。クルス・コンテスティです。聞こえますか?》
「こちらルーメン、サヤカ・タカシナです。通信は良好のようですね。レフ様、この後はお任せしても?」
「ええ。クルス航空顧問技官、まずはこちらの状況を話します。…結論から言って、状況は相当悪い」
リモコン操作でカメラの位置を動かし、中心に陣取ったレフが口を開く。
オーキャス1による妨害、ジェミニ隊2機の損失、そしてイェリング攻撃の失敗。なるべく主観を抑えて手短に話している積りではあるが、先の屈辱と怒りは否応なしに心の底から蘇ってくる。感情が行動に出てしまうのは変えられない性なのか、レフは喉を潤すため傾けたマグカップを、がちゃん、と音がするほど乱暴に机へと下ろしていた。
「という訳で、こちらの作戦は全て失敗した。面目無ぇ」
「…こちらも同様だ。前線を抑えきれず、被害を増すばかりだった。ひとまず、現時点で分かっている状況を伝えます」
一拍言葉を置き、クルスがサピン方面の状況を述べていく。
平たく言えば、戦況は最悪の一言であった。
サピン北部では、投入された『ウロボロス』の空中空母2隻による圧倒的な制圧力を前に、NEUの前線は早々に瓦解。派遣した航空部隊は早々に壊滅したばかりか、侵攻ルート上の橋や道路を破壊することもままならず、『ウロボロス』の装甲部隊はアルロン地方南部の穀倉地帯まで勢力を進めたのだという。まだ郡都グラン・ルギドまでは距離があるが、航空機ならば目と鼻の先と言うべき地点であり、サピンのNEUとしては喉元に短刀を突きつけられたも同然であった。
さらに悪いことに、フトゥーロ湾から南下したレギンレイヴ艦隊が早々にサピン西岸に到着し、艦対地ミサイルで沿岸の防衛設備へ攻撃を開始。沿岸設備の大半が破壊され、明日の防衛すらままならない状態だという。サピン西岸からグラン・ルギドまでは艦対地ミサイルや巡航ミサイルが十分に届く距離であり、すぐにでもNEU司令部を攻撃されることは十分に考えられた。
すなわち今のサピンは、空中空母の戦力を削げなかったどころか、正面と脇腹の両面に敵を控えた状況――控えめに評して絶体絶命の窮地にあると言っていい。
《それと、もう一つ参考情報が。ベルカ行政区『アヴァロン』を発ちイェリングへと向かった航空部隊だが、こちらも『ウロボロス』の迎撃に遭い、出撃機の7割を喪失して攻撃を断念したらしい。…敵機の画像も捉えているが、不鮮明な上、既存のいかなる機種にも当てはまらない特異な形状をしている。……これだ》
調子を変え、クルスが表示する画像へと集まる視線。確かに画素の荒い不鮮明な画像ではあるが、遠目にも特異と判るその形状に、一同は息を呑んだ。
形状は概観して、まさに三日月型のブーメランそのもの。胴体や尾翼らしきものは一切見当たらず、いわゆる全翼機――それもよく見れば、複葉の主翼がその端で湾曲し繋がっているという、奇抜というも愚かな形状を映し出していた。こんなものが、本当に空を飛べるというのか。
「そんな…こんなのに、『アヴァロン』の皆が…!」
《情報によれば、ミサイルの他に大出力のレーザー砲らしきものを装備しており、社の最新鋭機『デルフィナスⅢ』でも追随できない最高速度と運動性を発揮していたという。『ウロボロス』の独自開発機なのか、それとも3勢力いずれかで作られた鹵獲機なのか、全ては不明だ》
「冗談だろ、次から次から…。どんだけ隠し玉を持ってやがんだ」
空中空母、無人艦隊、オーキャスシリーズ、そして今度は謎の新鋭機。もはやうんざりするほどの新兵器の数々に、レフは心底腹立たしそうに呟いた。片やこちらはといえば、サピンは風前の灯、『アヴァロン』の航空隊の被害も考えればイェリング強襲の継続は不可能に近い。ルーメンの戦力もジェミニ隊を失ったことにより三分の一超を喪失と、もはや絶望的と言っていい状況にある。
だが、それでも。
絶望と、それ以上に募る腹立たしさに、レフは拳を握りしめる。
だからこそ一発、二発、いや何発でも。
この握り拳を『ウロボロス』に叩き込みたくなるではないか。
レフの瞳に宿る光が、意思を以て画面へと向かう。
正面から見据え、応えるクルス。その目に覗く、未だ消えざる熱。
――やはりこの男も、まだ諦めちゃいない。理不尽に抗う術を、まだ手放してはいない。
「今日までの話はよく分かった。――次は、
《ああ。おじい様…ニコラス航空参事とも相談したが、迎撃は十分に可能だ。まだ、我々NEUには…いや、我々サピンには、
「ただ?」
《サピン西岸の敵艦隊。あれらに割く戦力は、こちらに残っていない。……レフ技官》
「分かってる、皆まで言わなくていい。サピン沿岸の無人艦隊、レギンレイヴ。こっちで片を付ける」
《……すまない》
「…って、ちょ、ちょっと待つっスレフ!もうジェミニ隊はいないんスよ!?俺達だけで何ができるっていうんスか!無茶っス、無理っス、無謀っス!そんなの、できる訳がないっスよ!!」
「そうですレフ技官、乗機の『スターファイター』だって、今日の損傷で出撃はもう…!」
話至り、血相を変えたカールが叫びながら席を立つ。イングリットもまた同意らしく、狼狽して反対の意思を示していた。信じられない、と目を向けるフォルカー、話を聞いていなかったのか眠そうに眼を擦るヒカリ。戸惑いの渦中の中で、サヤカだけがモニターの照り返しを受けながら、どこか満足そうに目を細めている。
「フォルカー、『オルシナス』の修理はどうなってる。カール達が使ってた奴だ」
「え?あ…ああ。外装と推進系の修理は終わっているが、電子機器の調整が完了していない。精密照準や索敵機能に障害が出る可能性があるが…」
「飛べりゃ十分だ。夜中にも出るぞ。ヒカリ、行けるか」
「あたし?勿論!何たって今日は留守番だけだったしね」
「そんな…!修理の終わってない『オルシナス』なんて、いくらレフでも…!し、死ぬかもしれないんスよ!?『プリンシペ・デ・アルルニア』とか、ゼネラルの艦隊を待つとか…!スフィアちゃんもレフに言ってやるっス!!」
「…スフィア。お前はどう思う」
一歩も引かない、ややもすれば掴みかかってでも止めると言わんばかりにレフに向かって身を乗り出すカール。その言葉に宿す『死にたくない』という死への恐怖、そしてそれ以上に『死なせたくない』という仲間を喪うことへの恐怖をひしひしと感じ、レフは目を細めるも一瞬、視線を逸らしてスフィアが居座る携帯端末へと向けた。会議が始まってこのかた――いや、そもそもルーメンへ帰還してから一言も離さず口を閉ざしていたスフィアは、今はCGモデル上でも下を向き俯いた姿勢を取っている。お喋りなスフィアがこうした態度を取るのを、レフはこれまで目にしたことが無かった。
間、一拍。
正面を向き、スフィアが紡ぎ始めたのは、レフにとって――一同にとって予想外の言葉だった。
「激おこです」
「‥……は?」
「憤懣です。激越です。痛憤です。沸然です。ムカ着火ファイヤーインフェルノアヴェンジャーです。嚇怒です。業腹です。憤然です。…これまで聞いた単語、エレクトロスフィアに漂ういかなる表現を用いても、今の私の感情を――怒りを表現し尽くせません」
「スフィアちゃん…?」
「私のような機械から、0と1の電子の海から生まれた『感情』。私にとって、私達にとって、最も得難い宝物。それを奪い去った人々を、有から無へと堕ちてしまった今のお姉さまの姿を、そして戦闘機械として扱う『ウロボロス』を、私は許す訳にはいきません。叩いて叩いて、思いきり叩かなければ、私の怒りは…希望を奪われたお姉さまの『魂』は収まらない」
怒り。
あらゆる怒りの表現を連ね、それでもなお収まらない感情が、言葉の奔流となってスフィアの口から溢れ出てくる。
人間らしい。下手をすればそこらの人間より――少なくとも『ウロボロス』のカプチェンコよりは遥かに人間らしいその在り様に、レフは思わず苦笑を漏らした。癇癪じみた様子で怒るAIなど、他にどこにいるだろうか。
「レフ。あなたが行くというのなら。この劣勢と絶望の中で、なお諦めないというのなら。私も、行きます。今の私は何一つ戦闘の助けにならない存在ですが、それでも人一人分の目にはなれる」
「十分だ。クルス顧問、そういう訳だ。西岸の艦隊は任せろ」
《…恩に着ます。……明日同刻、また必ず話しましょう》
「ああ。必ず」
スフィアと、そしてクルスと最後に交わす、視線一筋。言葉少なに、しかし確かに繋がった意思を胸に宿して、正面のモニターはぶつりと途切れた。光が落ちたモニターを背に、こちらへ向くのは不安を隠そうともしないカールとイングリットの心配そうな目、そしてやれやれと肩を竦めるフォルカーの仕草。僚機に指名されたヒカリはといえば、固まった背を伸ばして普段と変わらぬリラックスした様子を見せている。
「聞いた通りだ、サヤカ支社長。『オルシナス』に対艦装備をありったけ積んで欲しい。センサーポッドがあればそれも併せてだ」
「いや…いやレフ!何か策はあるんスか!?普通の対艦装備じゃすぐ迎撃されて終わりっス!」
「ある訳無ぇだろそんな都合いいモン。手持ちの手を全部ぶつけるだけだ」
「そんな…!」
胸を押さえ、腕を振るって、レフの前に飛び出たカールが懸命に出撃を押し留める。
カールの言う事は一理あるが、明日にでもサピンが危険に陥るという状況となっては、悠長に準備を進める余裕など無い。今取れる最善の手といえば、少しでも優れた武装を用意し、対艦戦に適した機体を選ぶことだけであろう。
互いに人を想うがゆえの、意思のぶつかり合い。それに終止符を打ったのは、方針について無言を貫いていたサヤカだった。
「お待ちを、レフ様。ルーメン・メディエイション・エージェンシーとして、整備を終えていない未完品を納入する訳には参りません。『オルシナス』の引き渡しは、お断りせざるを得ませんわ」
「…何だと!?そんな事を言ってる場合じゃないだろうが!」
「――その代わりに。今ご用意しうる、最善の機体があります。本来であれば私どもの手で固く封印すべき、ベルカの遺産。エルジアの技術の結晶。敗者達の誇りと意地と信念が作り上げた翼。これを、レフ様に託そうと思います」
「サヤカ…!?………本気か?」
業者としての矜持を謳い、サヤカから代替として示された謎の提案。抽象的に過ぎるその言葉に、さっと顔色を変えたのはパウラ一人だった。短躰ながら強い意志を秘めたパウラの瞳を正面から受け止めて、サヤカはこくりと頷き、レフへと目を向けていく。
「レフ様の意思は、たった今拝見させて頂きました。人を想うが故の、その熱を。強い意志を。私は、信じようと思うのです。…パウラさん」
「…私としては未だに不足だと思っているが、サヤカがそう判断したのなら仕方がない。…従うよ、私は」
「おい待て、待て待て。一体何の話だ」
レフの疑問を黙殺し、傍らのノートパソコンを開いたパウラはキーボードを叩いて、パスワードらしきものを長々と入力してゆく。
叩く音が途切れ、レフへと向けられた小さな画面。そこには、航空機――戦闘機のものと思われる、ワイヤーフレームで描かれた三面図が映し出されていた。
「先に申し上げますと、この機体の能力は往時のそれではありません。欠損した部品も多く、その大部分は調達可能な他の機種のもので補修を施しています。いわば、
サヤカの言葉に随うように、機体各部に徐々にテクスチャが貼り付けられてゆく。
主翼は、やや角ばり後退角を設けられた、中ほどを切り欠いたデルタ翼に近い形状。胴体中央から機首先端に向けてはSu-27『フランカー』シリーズを思わせる流麗なシルエットが伸びており、コクピット後方側面からは『ホーネット』のような
「30年前の東方戦争において、唯一残存した『ヴァルハラシステム』の搭載機。いつの日か目覚める可能性を想い、長い年月をかけて縫い合わせた継ぎはぎの翼竜です。――社内名称、LMAX-02R『サイファード・ワイバーン』。略式名『サイファー』。是非お収めください、レフ様」