Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第40話 Draw a hand

 闇の帳が下りた街に、男達の声が響き渡っている。

 

 旧サピン王国首都にして、現ニューコム経済圏サピン行政区郡都、グラン・ルギド。1週間ほど前から駐留するNEUにより灯火管制の指示が敷かれてこそいるものの、何せ元来が陽気で外交的な人間の多いサピンというお国柄である。それでもしおらしく指示に従っていた人々も5日目ごろを境に状況に倦みはじめ、今となっては通りも遠慮なく明かりを灯し、カフェや酒場が客をかき込んでいる有り様となっていた。

 

 旧王国首都の殷賑、ここになお健在なり。

 街を行くは、眼前に『ウロボロス』の侵攻と言う脅威を抱えてなお、常通りの賑わいを見せるグラン・ルギドの人々の姿。その光景にサピン人の精神の強さと一抹の腹立たしさを感じながら、NEUのエンブレムを施した茶褐色のロングコートを身に纏った中年の男――カルロス・グロバールは、NEUの公用車から通りへと降り立った。

 

 目の前には、煉瓦拵えの建物と明かりの灯った窓付きの木製扉、そしてそこから漏れ聞こえる騒がしい男の声。既に迎えに行く旨の連絡は店にも届いていたのだろう、到着に前後して開いた扉からは、カルロスと同じロングコートを着崩した足元も覚束ない中年が一人、店員と思しき若い女に支えられながら倒れるように出てくる所だった。

 

「ニコラス。こんな時に何をしているんだ、お前は。帰るぞ、幹部連も心配している」

「んぁ?……おーカルロス、どうした。丁度(ちょうろ)いい、もう一軒行こう、もう一軒。どうせ(ろぉせ)暇だろ、お前」

「この酔っぱらいめ。…手間をかけさせて悪かった、後は俺が引き受ける。マルセラの姐さんにもよろしく伝えておいてくれ。…ったく。車に乗れ、ニコラス。こんな非常時に酒飲んで出歩く指揮官があるか」

 

 女からひどく酔っぱらった中年男――ニコラス・コンテスティを預かり、肩を支えながら送迎の車へとよろめく身体を向かわせてゆく。千鳥足となったニコラスの姿は、傍から見れば相当に痛飲したものと容易に伺い知れるであろう。現在のグラン・ルギドの防衛を預かる指揮官がこの有様だと市民に知られれば、NEUの求心力の低下は避けられないと言っていい。自らのコートの端でニコラスの顔を隠しながら、カルロスの脚は自然と早まってゆく。

 

「あぁー!?バぁカ言ってんじゃねぇよお前。んななぁ、酒からも『ウロボロス』からも、んもぉー逃げねぇよ俺はぁ!知ってるだろカルロスぅ!」

「はいはい、ニコラス・コンテスティ元サピン王国空軍少将にして現NEU航空参事様。……すまん、基地まで頼む」

 

 後部座席のドアを開けた瞬間に、吹き抜ける風一陣。

 夕方にゼネラルリソース系の外信が出した号外だろう、『NEU、『ウロボロス』に大敗』『守備隊、サピン北部から撤退中』と記された一面に踊る見出しが足元に転がり、カルロスは腹立たし気にそれを踏み潰した。

 

 走り始めた車の外を、常通り営業している店や行き交う人々の姿が流れてゆく。状況を整理すれば、国土――もとい郡領の北部に見知らぬ武装組織が侵入し占拠していると言っていい状況ではあるのだが、人々の表情や街の様子を眺めるに、状況に相応するような悲壮感は感じられない。

 

 おそらくはこの姿も、人々が――サピンに限らず全世界の人間が、ゼネラルリソースとニューコムによる『経済戦争』という新たな形式に慣れてきた結果であるのだろう。

 旧来の国対国の戦争と違い、経済戦争はあくまでビジネスの範疇で行われる競争であり、有体に言ってしまえばサービス提供や行政システム運用に係る委託相手を決めるためのコンペティションの一環である。例えば昨年のゲベートがニューコム経済圏からゼネラル経済圏へ鞍替えした通り、そのサービスが自らに合わないと感じれば、委託先を別の企業へ変更する、というだけの話であった。

 つまり、こうした経済戦争においては、顧客である一般市民に命の危機が及ぶことはまずない。たとえ領土が増えようと『顧客』たる行政圏の人口が増えねば意味がないため、資源さえ絡まなければ領土への侵略戦争も起こりえないのである。

 ゼネラルリソース、ニューコムともに可能な限り市民への被害を避け、『管理された戦争』の中で互いの経済力を競い、相手の資源を削り、自らの経済圏に誘導する。最前線で命を削るNEUやGRDFの人間にとってはその限りではないだろうが、少なくとも一般市民にとって経済戦争は差し迫る命の脅威にはなりえず、それゆえにかつてのベルカ戦争の頃のような悲壮感が感じられないというのも当然の事ではあった。メディアの情報操作が効いているのか、それとも市民が『ウロボロス』の思想を理解していないのか、今回の対『ウロボロス』の争乱も従来の経済戦争の亜種として見られている節もある。

 

 サピンを護るNEUの苦悩も、まさにここにあった。

 『ウロボロス』は経済集団や企業ではなく、いわば『全人類の電脳化による世界の安定』を指向する思想集団というべき組織である。その思想上経済領土を必要としておらず、経済圏の市民を抱えることもまた必要としていない。言い換えれば、障害と判断すればたとえ市民であろうが都市であろうが攻撃の対象となりうるということである。

 

 その危険性を認識したからこそ、NEUは総力を挙げアルロン地方北部に侵入した『ウロボロス』の排除に動いた訳であるが、今朝からの戦闘でNEUは戦力の多くを失いアルロン地方から撤退せざるを得なくなったという現実はサピンのNEUを追い詰めた。

 NEUはサピン防衛のために徹底抗戦を貫いている。

 片や市民は、今回も経済戦争程度と認識している。

 この齟齬は睨み合いが長期化するにつれて肥大化し始め、今朝の大敗が広く知れ渡るに至って、ついに市民の間に厭戦気分として瀰漫(びまん)するに至った。すなわち、『NEUが抗戦を貫いているために、市民まで危険に晒されることになる』という言論が生じ始めたのである。『ウロボロス』による言論操作や扇動の一環の可能性もあるが、いずれにせよこのままではサピンの内部崩壊は目に見えていた。『ウロボロス』がエレクトロスフィアを介して今朝の戦果を喧伝し続けていることや、ベルカの遺産たる核兵器『V2』の保有をちらつかせていることも、この状況に拍車をかける結果となっていた。

 

 外に『ウロボロス』という外患を、内に世論という内憂を抱えたNEU。そのサピン方面軍総指揮官となったニコラスが、『アルロン地方撤退からの時間を稼げ』と各部隊に下したのを最後に忽然と姿を消したのはそんな時であった。最後に何やら指示を受けていたらしいニコラスの腹心の部下も、孫のクルスすらもその所在は知らぬ存ぜぬまま。慌てた幹部連中が監視カメラ等から消息を辿り、1時間ほどを要してようやくニコラスの所在を突き止めた時の空気を、『ニコラス付きの腹心の1人』として司令部に詰めていたカルロスは明瞭に覚えている。

 

 かのサピンの英雄、ニコラス・コンテスティが、グラン・ルギド市内の行きつけの酒場で飲み呆けている。

 圧倒的な敗北を前に指揮を放棄し、サピンを見捨てたかのようなニコラスのその行動は、NEUの面々を落胆させた。

 『この期にサピンを見捨てるなど、あれでもサピンの英雄か』。

 『大敗で頭がおかしくなったんだろうよ。何せ現場を引いて久しい、閑職の老いぼれだ』。

 『しかし、それならどうする。我々だけでこの状況を打開できるのか』。

 『――サピンは、もう駄目かもしれない』。

 

 口にはせずとも、一様に漂う諦念と落胆。見るにやまれず、やむを得ず――明らかに士気の落ちた幹部達を前にして、カルロスは自らがニコラスを迎えに行くと自薦し、こうしてニコラスが飲み耽る酒場へとやって来たという訳であった。ただでさえ人手不足の今余計に人員を割くのは現実的ではなく、ニコラスに失望した連中を向かわせれば最悪の事態も考えられる以上、ここは員数外であるカルロスを送迎に回すというのは合理的でもある。その提案が、一も二も無く受け入れられたのは言うまでもない。

 

 かくして、流れる街並みに内省を重ねた車は、郊外に位置するサン・モンテルロ特別区へと至り、基地が占有する一角へとその轍を踏み入れてゆく。

 カルロスに肩を支えられ、相も変わらずふらふらと足を絡ませながら、ひどく酩酊した様子で益体も無い言葉を垂れ流すニコラス。前と後ろに付いた護衛の士官にも目もくれず、倉庫や格納庫、司令部棟が連なる建物の廊下を千鳥足で歩く様は、まさに救いようのない前後不覚の中年の有り様と言っていいだろう。

 酔眼を漂わせたその目がとある扉の室名に触れ、興が乗ったように唐突に口走ったのはその時だった。

 

「おお!そうだカルロス、折角()。俺の『タイフーン』を眺めながら、二次会と洒落こもうじゃねえか」

「馬鹿を言うな、この状況だぞ。まだ飲む積りか」

「たりめーだろ、こんな時に飲まねえでどうする!な、いいじゃねえかカルロス、昔を思い出しながら一杯、一杯だけ。なぁなぁ」

「…………」

 

 落胆の溜め息一つ。『第4地下特別格納庫』と記された扉の前で立ち止まり管を巻くニコラスに、振り返った護衛の士官は困惑の目をカルロスへと向ける。その色に落胆と、一種の憐憫すら漂っているのを、カルロスは見逃さなかった。

 

「君たちは先に戻っていてくれ。どうせこうなっちゃ、こいつはしばらく役に立たん。しばらく二人にしてくれ」

「は…しかし…」

「酔っぱらいには、員数外の暇人が適任だ。後は任せてくれ、正気に戻ったら引きずってでも連れて行く」

「…了解しました。それでは、お願いします」

「おー!決まりだな!やぁれやれ、懐かしの我が愛機。眺めながら飲む酒もまた乙なもの、ってな」

 

 困惑の言葉もどこ吹く風、胸元からカードキーを取り出し、傍らのリーダーでロックを解除するニコラス。相当に深い地下倉庫なのだろう、開いた先からはひんやりと冷たい空気が漂い、息が瞬く間に白く染まってゆく。

 

 廊下へ繋がる扉を閉じる、その一瞬。

 『あれでもサピンの英雄かよ。見る影もない』。

 失望し、去ってゆく士官の呟きは、いやに明瞭に階段室へと残響を残していった。

 

 下ること、おおよそ二階層。酔眼で訳の分からないことを呟き続けるニコラスを肩で支えながら、カルロスはようやく地下格納庫の扉を開き、その正面に位置する機体の前へと身体を進めてゆく。

 三角翼に、大型のカナード翼。ヒレのようにぴんと立つ垂直尾翼と裏腹に、角ばった胴体下部のエアインテークやエンジンノズル周辺の形状はいかにも幾何学じみており、生物的なシルエットと機械的な武骨さが入り混じった姿が淡い照明の中に浮かんでいる。紅地の翼に黄金十字を染め抜いたその機体――かつての『エスクード隊』仕様に塗装された『タイフーンⅡ』は、展示用機材やデモンストレーション用の機体を収める予備的な格納庫の中にあって、一際鮮烈な印象を醸し出していた。

 

「おお、懐かしの我が愛機!久しいなぁオイ!いやぁ、やっぱ『タイフーン』はいい。最高だ。この鋭角のシルエットが堪らねぇ」

「………」

 

 『タイフーンⅡ』へふらふら歩み寄るニコラスを前に、カルロスは薄暗い照明に目を細めながら周囲を見渡して、やがて細長い杭上の物体が転がる一角へと目を留める。ニコラスの態度に覚えていた疑念は、人の身長を優に超える、見覚えのあるその杭――否、『剣』の姿を捉えて、ようやく合点に変わった。

 

「懐かしいなぁ。この翼で、東方戦争の空を駆けたもんだ。正しくは前身の『タイフーン』だが…」

「もういいぞ、ニコラス。今は他に人目は無い」

「…ま、そうだな。それじゃ本題に入るか」

「らしくないな。お前にしては、こんな回りくどい真似までして」

「馬鹿言え、俺が官界の魑魅魍魎どもの中で何年生きてきたと思ってる。これくらい警戒しといた方が丁度いいんだよ」

 

 すう、と息を吸う音一拍。

 よろめく脚に力を籠め、ニコラスは背筋を伸ばし、こちらを振り返る。しっかりと地を捉え、真っすぐに据えたその瞳には、最早酔いの色は見いだせない。――正確には、敢えて酩酊した風を装って衆目を欺いていたというのが、いつにないその無様な狂態の真実であった。勿論旧知の酒場の主人協力のもと、外観上はあたかも痛飲しているように見せかけておいて、実際には一滴たりとも酒を飲んでいないことは言うまでもない。

 

 『まずは、味方の目を騙す必要がある。協力しろカルロス』。

 前線の敗色が濃厚となった時点で、密かにそう切り出したニコラスの決断は早かった。撤退戦を下命し、その方針が前線部隊に渡った頃合いを見て密かに韜晦。腹心の部下に指示を下したのち、件のグラン・ルギドの酒場へ赴いて行方を晦ますという、平素のニコラスらしからぬ謀略の一手を取ったのだった。隠密裏に事を運んだらしく、事の真相を知るのはカルロスの他には孫のクルスや東方戦争の頃からの部下など、限られた人間のみという徹底ぷりであり、高級将校となり警戒心を身に着けたニコラスの成長と油断のならない官界の闇を思わずにはいられない。

 

 ニコラスの言う『警戒』に、カルロスもまた首肯し追認の意を示す。

 45年前のベルカ戦争における『国境なき世界』や、30年前の東方戦争でベルカ残党に掌握された第2航空師団のクーデター未遂を省みるまでもなく、一個の組織体である軍といえども、その構成員は個々の思惑を持っている以上、けして一枚岩ではない。事実今回の対『ウロボロス』争乱でも、一部のNEU部隊は自ら『ウロボロス』に合流し、スーデントールのNEU研究部門ですら残留した一部の研究チームは率先して『ウロボロス』に協力している節もある。当然、そうした旗幟を鮮明にしていない『隠れウロボロス派』もNEU内部に存在している可能性が高い以上、ニコラスが自らを犠牲にしてそうした連中の目を欺く手に出たのは、カルロスにも納得できることであった。

 

「お前の姿を見て、サピンの士気は大きく下がってる。リスクの高い賭けをしたもんだな」

「…へっ、でもねえさ。お前もクルスも、部下の皆も。予想以上の働きをしてくれた。お前らがいる限り、俺が手塩に育てた旧サピン第2航空師団の連中がいる限り。NEUに…サピンに負けは無ぇ。絶対にだ」

「…その成果が、()()か」

 

 照れ隠し半分、ニコラスの言葉が切れたのに合わせて、カルロスは先ほど捉えた『剣』の元へと歩を向ける。近づくにつれ徐々に明瞭になるその姿は、概観すれば先端へ向かうにつれ徐々に細くなってゆく、円柱と円錐の組み合わせに小さな補助翼を設けた、一般的なミサイルそのもの。しかしそのサイズはといえば一般的な空対空ミサイル(AAM)を優に超え、対艦用のそれに匹敵する圧倒的な威容を誇っている。

 些か苦い記憶を伴う、存在感を示す勇壮なその姿は、カルロスにも見覚えがあった。

 

「『アロンダイト』か。ベルカの遺産が、まさかサピンにこれだけ残っていたとは」

「ああ。東方戦争の時に『アークトゥルス』に搭載するために搬入されてたヤツの在庫分。第二師団の倉庫に死蔵されてた物を1個残さず運び込んで来た。こいつの存在は、第二師団長とグラン・ルギドの幹部級しかもう知る奴はいねぇ。正真正銘これで打ち止め、在庫一掃出血大サービスって訳だ。こいつも()()()()()()も、稼働には問題ないとさ」

「……皮肉な話だな。最新鋭の兵器で抑えきれなかった『ウロボロス』に、何十年前の…それもベルカの兵器で対抗するっていうのは」

「細かいことは気にすんな。ベルカの遺産だろうが何だろうが、サピンを護るために使えるもんは何だって使ってやるよ」

 

 姿を消す前に方々へと手を尽くし、人目には触れない苦労も山ほどあったのだろう。奥歯を噛み複雑な表情を見せるカルロスとは対照的に、ニコラスは鼻息荒く得意の笑みを浮かばせる。

 

 『アロンダイト』とは、旧ベルカ公国軍がベルカ戦争の折に開発した航空機搭載型の多用途炸裂弾頭ミサイル『ハイパーシン』を母体とし、構造の簡易化による生産性の向上を目指した量産検討モデルとされている。空中で炸裂することで周囲に小弾頭を飛散させる『広域制圧兵器』の一種であるが、小弾頭それぞれが炸裂し加害範囲を拡大する『ハイパーシン』に対し、『アロンダイト』では低コスト化と小型化の為に小弾頭の炸薬を省略して貫徹破壊を主眼にしているという点で異なっている。メカニズムこそ異なるが、自律飛行が可能となった現代版榴散弾とでも言えば運用実態としては近しいであろう。

 事実、ベルカ戦争後のクーデター軍『国境なき世界』蜂起の際には都市部攻撃に、東方戦争終盤では巨大対地攻撃機『アークトゥルス』に搭載されたものが航空機編隊の広域制圧に運用された実績があり、おしなべて少数で数に勝る目標を殲滅するために運用された経緯がある。今のサピンの状況を省みれば、確かにこれ以上に現状に即した兵器は無いと言っていいだろう。

 

「『ウロボロス』の連中がアルロン南部まで出張ってくれたのは、こっちとしては好都合だ。山間で起伏の多い北部と違って、南部は穀倉地帯の平原が多く遮蔽物が少ない。殺到する敵の地上部隊は『アロンダイト』で一掃できるって訳だ。『アロンダイト』の威力なら対装甲目標も申し分ない」

「それはいいが、作戦を統幕本部に伝えなくていいのか。今まではお前の独断だろうが、ここからは数も揃わなけりゃ話にならん」

「いや、今のところはこれでいい。…地位ってのはクソ面倒だが、いい所もあってな。地位とある程度納得できる理由付けさえあれば、ワンマンだろうが独断だろうが人ってのは動いてくれる。作戦が動き出すまでは、俺の息がかかってる元第二師団と、旧王国空軍時代の信頼できる連中だけで動いた方がいい。ここで切り札の情報が洩れれば、一発逆転の目が潰えちまう」

「連中が発掘した、ベルカの核の方はどうする」

「そっちも織り込み済みだ。世論や周辺の行政区は騒いでるが、発掘できたとしてもV2は複数個別誘導再突入体(MIRV)だ。弾頭だけ手に入れた所でどうしようも無ぇ。V1ともども、無理矢理爆撃機に積み込むのがせいぜいだろうさ。そうなれば、『もう一つ』の方で対処できる。どうだい、他に何かあるかねカルロス君」

「……いや、驚いたな。お前がここまで手際よく反撃の手筈を整えるとは。御見それしたよ、ニコラス元空軍少将殿」

 

 目をしばたかせ、感嘆の息一つ。打てば響くという表現そのままに滔々と述べるその様に、カルロスはニコラスの成長に驚きながらも、率直に称賛の意を示した。元少将にして現航空参事という地位、元エースの肩書とカリスマ、そしてこれまでに築き上げた人脈を全て活かした雄大な戦略は、今のサピンでは確かにニコラスしか描き得なかったであろう。

 

 なお、V2については幾らかの説明を要する。

 ベルカ戦争において旧ベルカ公国が完成させた核兵器は複数存在するが、そのうち実用段階にまで至った戦術級以上のものは、V1とV2の2種類が存在した。このうちV1は空中投下式の戦術型核爆弾であり、大型爆撃機に搭載し目標上空で投下するという、黎明期の核兵器と大差ない運用を想定されたものである。かつてのベルカ戦争末期において実施された、悪名高い『バルトライヒの核』で用いられたのは、一般的にはこのV1だとされている。

 一方のV2は、より広範囲への同時核攻撃を可能とした、戦略型核兵器に分類される。複数の核を搭載した弾頭を弾道ミサイルで大気圏外まで撃ち出したのち、目標上空へ再突入。高高度で炸裂した弾頭は複数の核小弾頭に分離し、複数目標を同時に核攻撃するというのが、その基本的な運用方法であった。これはあくまで一例であり、過去――例えば2010年の環太平洋戦争では、攻撃衛星『SOLG』を用いて大気圏外から直接V2を撃ち込む方法が検討された例もある。いずれにせよ、一度大気圏外に撃ち出した後、高高度で分離し広範囲へと核攻撃を行う、というのがその運用の要諦であった。

 

 先のニコラスの言葉は、このV2の特性を基にしたものである。

 すなわち、現時点で弾道ミサイル発射施設も、宇宙港も所有していない『ウロボロス』では、V2を本来の方法で運用する手段を持っていない。言い換えれば、現状V2は脅威となり得ないという事である。無論弾頭のみを無理矢理航空機へ搭載することも不可能ではないだろうが、複数の小弾頭を内蔵する構造上、V2は非常に大型であり、当然搭載可能な航空機も限られてくる。おまけに航空機が飛行できる上限高度では本来の分離再突入など不可能であり、どう見積もってもV2は本来の威力を発揮することは無いと言えた。

 唯一の不安点として、『ウロボロス』蜂起の震源地であるユージアでは一部の弾道ミサイル発射施設が『ウロボロス』に掌握されたという情報も入っている。もっとも、こちらについては現時点で核弾頭がイェリングからユージアへ搬出された様子は見受けられず、杞憂であろうと断じられていた。

 

 『ウロボロス』の核兵器の状況と、秘密裏に確保した『アロンダイト』等の切り札。そして彼我の戦力、位置、戦意。以上を省みれば、戦略は極めてシンプルになる。

 すなわち、明日にでも速戦を仕掛けてくる見込みの『ウロボロス』機甲部隊に対し、NEU側は元第2航空師団の部隊を中心に、『アロンダイト』を投入して迎撃。高高度から爆撃機部隊から侵入した際には、もう一つの隠し玉の方で敵編隊を()()()()。言うなれば、切り札を投入するタイミングと『ウロボロス』の出方が全てを左右する、絵に描いたような迎撃戦の様相であった。

 

 残るサピン沿岸のレギンレイヴ艦隊についても、カルロスは事前にニコラスから要諦を聞いている。

 余剰戦力がほとんど無い現状を鑑みて、ルーメンのレフ達を主力とし、前線から抽出したなけなしの部隊を合流させた上で、少数機で夜間の奇襲を敢行。艦隊の壊滅とはいかないまでも、レギンレイヴの戦力を削り一時的な撤退まで持ち込むというものである。あまりにも彼我の戦力差がある為、この戦局が最大の博打だとニコラスは言っていたが、彼らと長い時間を共にしたカルロスは、この点はさほど心配してはいなかった。

 

 比類ない技量を持つというヒカリがいる。精神面を支えるカールやイングリット、スフィアがいる。

 そして何より、中核たるレフがいる。信念を軸とし、しかしそれに拘泥しない――一見矛盾した合理を宿す青年。数多の心と戦場に触れ、この1年で大きく成長を見せた、カルロスにとって理想的なエースの精神を宿した『彼』がいるのだから。

 

 信頼と、後進の成長を喜ぶ年長者らしい笑み一つ。

 口元に浮かぶ微笑はしかし、直後にニコラスの口からまろび出た予想外の一言に脆くも消え去った。

 

「という訳で。戦略面で打てる手は打ち尽くしたが、あとは前線の戦術面の話だ。この辺は流石に、俺よりお前に一日の長がある。お前、明日ヒマだろ?」

「……おい、待て。俺も…いや、お前も前線に出る気か!?」

「当たり前だろ、こういう時に指揮官が出なけりゃ士気に関わる。機体は用意してやるから遠慮すんなって。何なら俺の後席でもいいぞ」

「呆れたな、全く。年寄りの冷や水も大概にしておけよ」

「レストア品の『フィッシュベッド』で前線突破して来た奴が言うセリフじゃねぇよな、そりゃ」

「…………」

 

 激戦の最中に前線に出るという、控えめに言って頭のおかしいニコラスの提案。呆れ交じりに窘めるも一瞬、ニコラスから返された正論に、カルロスは蓋をされたように閉口する羽目になった。それとこれとは状況が違うと言ってしまえばそれまでだが、何せ元が楽観的な気性の上に、今や指揮官として意気と調子に乗りに乗っている状態である。こうなってしまえば、今更言い出したことを止めるニコラスでないことは、カルロスも百も承知だった。

 

 だが不思議なことに、制止の言葉を口にしながらも、カルロスはその提案に内心乗り気であることにはたと気が付いた。理性的に考えれば指揮官が前線に出るなど狂気の沙汰ではあるが、今はそれより、数十年ぶりにニコラスと空に上がれるかもしれない、という期待が心の中で高まっている。互いの立場を考えれば、これが最後の機会であることは、おそらく間違いない。

 

「……考えておく」

 

 ――一度空に魅せられた者は、けして空を諦めることは無い。

 脳裏に浮かんだ紅色の肖像は、機械油の匂いの中にふわりと紛れ、仄暗い照明のような記憶の中へと溶けていった。

 

******

 

 深く。深く。もっと深く。

 身を預けるように両腕を広げ、『私』という境界で構成された思念躯体は、1と0の海の中を漂うように沈んでいきます。

 周囲に見えるのは、取り取りの淡い色彩を帯びた、泡のような無数の記録。あるいはシミュレートデータを、あるいは交戦映像を、あるいはパイロット自らの記録を、そして時には肉声までも。数多のエースパイロットが作り上げてきた戦術と言う名の『信念』は、泡が躰に触れる度に、弾けるように躰へ浸み込んでいきます。

 

 来るレギンレイヴ艦隊との決戦に備え、レフが駆ることとなったLMAX-02R『サイファード・ワイバーン』。その機体に搭載された、数多のエース達の機動を再現するという『ヴァルハラシステム』の記録領域の中に、私――スフィアがデータリンクを試みて1時間ほどが既に経過したでしょうか。まるで海のような膨大なデータの前に浸るのは、さながら波間に漂うクラゲになったかのような錯覚を覚えさせるほどでした。

 

 とはいえ、オリジナルの私ならばまだしも、只の対人コミュニケーション用AIでしかない今の私には、これほどの濃密な記録の量は正直手に余ります。実際、まだ全てのデータ量の半分にも到達しないうちに記憶容量は限界に達し、自らの人格が薄まるような息苦しささえ感じさせるほど。これほどまで膨大な記録を一つのシステムに詰め込んだところから察するに、このシステムの開発者は狂的に強い意志を持つ変人か、あるいは相当な偏執狂だったのでしょう。

 

《スフィアは相当かかってるみたいだが、本当に大丈夫なのか、このシステム》

《ある程度の経年劣化はあるだろうが、膨大な記録自体は本物だ。どれだけ古くなろうと記録映像の価値は不変なように、『ヴァルハラシステム』もその本質は失われていない。活かしきることができれば、きっと役に立つ筈だ》

《そういう事じゃねぇんだけどな…。第一、エースの機動を再現するシステムってのが、俺には合わねぇよ》

 

 途切れそうな意識の中で、朧に響くのはコフィンの中で作業をするレフとフォルカーの声。おそらくフォルカーが分析機器を機体に接続しているために、近くにいる二人の声を拾うことができているのでしょう。

 

 今でこそ落ち着いたようですが、数時間前――レギンレイヴ艦隊への攻撃手段を探る会議の中で、突然サヤカ支社長から『ヴァルハラシステム』搭載機の存在を知らされた皆の反応は凄まじいものでした。

 予想外の事態に卒倒しかけるフォルカー、そんな得体の知れないものはいいと突き返そうとするレフ、『スターファイターⅡ』よりはいいとばかりにそれを押し留めるカールとイングリット、ならば自分が乗りたいと名乗りを上げるヒカリ、そして一致団結してそれを止める一同。収まらぬ喧騒と、半ば呆れた顔でそれを傍観するパウラ氏の姿は、今でも記憶領域に焼き付いています。

 

 とりわけ、自らの誇りと信念のために『ヴァルハラシステム』を追い求めていたフォルカーにとって、この事態が衝撃であったのに違いありません。多くの人々を騙し、戦争を誘発し、数多の犠牲を出した上でなお回収には失敗し、あまつさえ職をも失ったのです。それがあろうことか、暗い海底ではなくオーレッド湾から目と鼻の先のルーメンに現存していたというのですから。その事実を突きつけられた時のフォルカーの心境には、想像を許してよいと思います。私はしませんけれど。

 

 しかし、そうなると。

 フォルカーが誤認した、他の『ワイバーン』と同時刻にオーレッド湾へ落ちたあの『8機目』は、一体何だったのでしょう。

 

《だが、機体とシステムを見ての所感だが…やはりと言うべきか、戦時の急造品だな。システム周りは見事だが、システムから得られた回答を機体へ出力する為の駆動系があまりにお粗末過ぎる》

《あー…と?もうちょい分かりやすく頼む》

《ああ、失礼。平たく言えば、システムと機体制御が完全にリンクしていないんだ。システムは最適な回答を示すだけで、その回答通りに機体を操縦するのはパイロットがしなければならない。矢継ぎ早にお題が出されるポーズ合わせゲーム、と言えば近いかな?》

《はぁ?何だよそりゃ、欠陥品じゃねぇか。こっちは機械の指示通りに延々操縦しろってか》

《無人機ならヴァルハラシステム、AI、操縦系と電子的制御が切れ目なく繋がるからそれで良かったんだろう。元のオーキャス14なら、システム稼働時だけ操縦を切り替えることも可能だったかもしれないが。いずれにせよ、どうにも兵器としての洗練さ…エレガントさには欠けた機体だよ、これは》

 

 益体も無い疑問は、二人のやり取りと、データ量に耐えかねた息苦しさを前にして霧散していきます。探れる限りデータを探りましたが、ここがそろそろ限界という所でしょう。

 

 目を閉じ、躰に少しずつ力を込めて、システム切断を入力した数秒の後。

 ゆっくりと瞳を開け、靄のような状態から少しずつ明瞭になってゆく視界。そこにはコフィンに座るレフと、後席でモニターを除くフォルカーの姿がありました。自らに紐づけたデータが健在であることを確かめて、私はディスプレイの中を泳ぐように、機体正面のモニターへと身を乗り上げます。気分としては、ダイビングを終えて水面からプールサイドへ上がるようなものと言っていいでしょう。プールに入ったことはありませんが。

 

「…ぷは」

「…何だその気の抜けた声は」

「プールサイドに上がったイメージです。深い深いデータの海から探し物を見つけた私を褒めてください、レフ」

「終わったか、オーキャス14。目的のデータは見つかったか?」

「はい。データ解析はほとんど終わっていませんが、対艦戦闘に特化していたという旧ベルカのエースの記録は発見しました。制御系や検索系に紐づければ、今夜の戦闘で運用することが可能です」

「…ま、『スターファイター』で出ることを考えりゃ無いよりマシか。あとはお前と、この『継ぎはぎ(サイファー)』の地力に賭けるしかないな」

 

 目当てのデータ――今夜のレギンレイヴ艦隊戦で有用と思しき対艦戦の記録を発見したことに、満足そうに首肯するフォルカーと、どこか懐疑的に斜に構えるレフ。二人のスタンスと信念の違いによるものではありますが、いずれにせよその軸にあるものは、二人とも変わりません。

 『今ある全ての手札を活かし、勝ちをもぎ取ること』。絶望的な状況を前にしながら、なお諦めず、もがき、足掻くその姿は。数字と理論だけでない、情念と熱を以て立ち向かう姿は、これまでにも見てきたような人間の意思だけが持つ眩い姿でした。それを今なお目にすることができる事だけは、私がオリジナルの『私』に優る、唯一の宝物だと思うのです。

 

「あとは…やりたく無ぇが、機体特性とシステム制御のお勉強か。悪いがスフィア、もうちょい付き合え」

「勿論です。付き合います、どこまでも」

 

 点検機材の低い駆動音に、心底面倒そうなレフの声が入り混じります。

 

 既に11時を越えた漆黒の空を、天頂に至った月が淡く照らしていました。

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