Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《ええと…今回の作戦は、オーレッド湾に遊弋する『ウロボロス』艦隊の排除になります。言うまでも無く、これらは先日の戦闘で『ウロボロス』に奪取されたレギンレイヴ艦隊を中核としており、巡洋艦クラスの指揮艦を除けばほぼ無人で管理されたもの…いわば()()()()になります。そのため、従来の有人艦では想定されないような行動を行う可能性もある点に留意してください。出撃機は、レフ技官の『サイファード・ワイバーン』、ヒカリさんの『グリペンJ』、そしてパウラ主任の『ファイアバードⅡD2』。私とカールは残り、ルーメンの防衛に当たります。
……この艦隊を排除できなければ、グラン・ルギドの陥落は避けられません。非常に困難な作戦ですが、どうか頼みます、レフ技官…!》


第41話 戦乙女(ワルキューレ)狩りⅢ ‐無人艦隊封殺‐

 西の空へと傾く月が、揺らめく水面に淡い光の道を描いている。

 月光の標の先には、闇に包まれたオーレッド湾、そして湾岸都市群の朧な遠影。陸も、海も、遍く命が眠りに落ちた夜半の帷の中で、闇に紛れた3つの機影だけが轟音を絞りながら南下してゆく。

 

 午前3時――すなわちサピン北部戦線において、NEUが『ウロボロス』の大部隊を前に潰走してから12時間あまり。出撃と検討を繰り返した慌ただしい1日の終着に至り、先頭を飛ぶ『サイファード・ワイバーン』に収まるレフは、肚の底から湧き上がる欠伸を噛み殺した。出撃前に1時間程度の仮眠は取ることができたが、積り溜まった疲労はどうにも抜けそうにない。

 

《レフ、大丈夫ですか?私が自動操縦をしますから、少し休んではどうでしょう》

「いや、いい。どうせもうじき接敵だ。意識は保っといた方がいい」

 

 疲労が重なった様子を見かねたのか、心配の言を漏らしたスフィアの言にも、レフは静かに頭を振る。出撃時刻と現在位置を加味すれば、今回目標とするレギンレイヴ艦隊の位置は最早目前に迫っている。エレクトロスフィア回線の混乱に伴い、衛星網に捕捉されて超長距離から艦対空ミサイル(SAM)に迎撃されるリスクは平時より落ちているとはいえ、油断は禁物だった。

 加えて、今は監視するように右後方に張り付いているパウラの目もある。もし一瞬でも自動操縦にすれば、その挙動を瞬時に見破られて咎められるのは必定だろう。聞けば、この『ワイバーン』にレフが乗ることに、パウラは最後まで反対したのだという。少しでもこの機体に相応しくないと判断されれば、パイロット交代の話が浮上する可能性は大いにあった。レフとしてはこの『ワイバーン』に特段思い入れがある訳では無いのだが、それにしても機体を自らの手足とするため、この短時間の内に必要な技術や知識を叩きこんで努力したのである。事ここに至れば、『ワイバーン』を惜しむ心情が芽生えるのも当然といえば当然であった。

 

 とはいえ、惜しむ一方で『ワイバーン』に対する不安は大いにあるのもまた事実である。

 まず、機体そのものの設計思想が古く、『ウロボロス』が擁する最新兵器に対抗できるかどうかというのが一つ。こればかりは元々の設計が2000年代であるがゆえの致し方ない事情もあるのだが、この『サイファード・ワイバーン』は原型機からさらに構造の簡素化を施したレストア品なのである。L.M.A.の整備班が試算した性能諸元を信ずるならば、確かに原型機と比べて軽量化され加速性能も向上しているが、それも可変翼機構のオミットや格闘性能とのトレードオフによって得られた結果であり、けして上位互換ではないという点で不安は否めない。

 

 それ以上に不安を催す点が、搭載された『ヴァルハラシステム』の信憑性である。

 かつてのベルカ公国が擁したエースパイロットの機動を再現するという触れ込み、そして実際にフォルカーが全てを賭してこれを求めたという事実。そうした証憑はありこそすれ、これらで以てシステムの有用性を示しおおせているかと言われれば、大いに首を傾げざるを得なかった。そもそもフォルカーは手段を綿密に練る反面、その大本たる目的については『思い込んだら一直線』に定めるきらいがあるため、フォルカーが入れ込んでいた事実とシステムの有効性が同義とは言い難い。加えて、ヴァルハラシステム自体が30年以上前の代物であり、そのシステムもフォルカー曰く『システムと機体制御がリンクしていない』――言い換えれば、『エースの機動を再現するにはこう動かせ』と指示するだけの機能でしかないのだという。言うなれば単なる高級なナビゲートシステムに過ぎず、その点からも『過信するのは危険』だとレフの直感は断じていた。

 

 とどのつまり、これまでと同じである。

 『ファルクラム』や『スターファイター』を宛がわれた時と同様、最後に頼れるのはスフィアと、自分自身の腕以外には無い。

 

《間もなく敵艦隊予測位置に至る。各機、警戒を厳に。無人艦の対応は早い》

(まっか)せてパウラ師匠!あたしと『グリペン』なら、ノロマな護衛艦くらい敵じゃないから!》

《…追加。私語も厳に慎むように》

 

 底抜けなヒカリの通信に、呆れたようなパウラの溜め息が入り混じる。後の無い戦況という閉塞感を払拭するため、殊更に明るく振る舞おうとしているのだと強引に解釈して、レフは両者へ沈黙を決め込んだ。――尤もヒカリの普段の性情からして、十中八九能天気な空元気というのが当たっているだろうが。

 

 先のヒカリの言葉通り、今回はヒカリが対艦戦闘の要である。

 ヒカリの乗機である『グリペンJ』は、その優れたペイロードを活かし、例によって単装レールガンを8基搭載。艦載のCIWSで迎撃され難い砲熕(ほうかん)兵器を以て艦体に直接打撃を加え、これを撃沈するのが役割である。当然ながら敵艦隊からもSAMや機銃による迎撃が予想されることから、パウラの『ファイアバード』は敵の迎撃を妨害するためのECMポッドを装備していた。

 一方、レフの『サイファード・ワイバーン』は万一に備え対艦用に単装レールガン、対空用に短距離AAM各4基を搭載しており、海上、空中いずれの脅威に対しても対応可能な装備を施している。更には精密攻撃のために胴体下部にはレーダーポッドも装備しており、純粋な攻撃機ではない『ワイバーン』の短所を補った格好としていた。これでもL.M.A.が保有する最大限の兵装を用意してきたものだが、レギンレイヴ艦隊がサテライト艦を含めて10隻前後であることを考えれば、艦隊の壊滅には1発のミスすらも許されない最低限度の火力水準であった。

 

《レフ、広域レーダーに敵艦隊の外縁を捉えました。警戒を》

「おう。向こうが第1射を撃つ前に何とか接近して…。……いや、待て。こりゃ何だ。海面にレーダー波が乱反射でもしてるのか?」

 

 レーダーレンジ、広域表示。方位及び目標数を探知。

 スフィアの声に応え、左手側のパネルで索敵系を操作したところで、レフの手が不意に止まった。

 

 おかしい。

 レフの目に留まったのは、レーダーに表示されたいくつもの光点であった。当初の情報ではせいぜい10隻ほどの艦隊と聞いていたのだが、今索敵範囲に映ったそれは、ざっと数えてもその倍はある。機器のエラーを疑い、方位を指定して精密走査をかけてもその表示は変わらないまま。むしろ、輪形陣を描く艦隊の中心部には大型の艦影すら見て取れるようになっていた。少なくとも昨日のサピン沿岸攻撃の時点では、せいぜい巡洋艦クラスの艦しか存在しなかったというのに。

 

 ――つまり。

 昨日から今までの時間経過を踏まえ、サピン沿岸から退避したレギンレイヴ艦隊の行動をも加味して省みたその時。

 得られた答えに、レフはさっと血の気が引くのを感じた。

 

「…ッ!ヒカリ!パウラ主任!急いでレーダーを確認してくれ!…この機体の故障を祈るぜ…!」

《?まあまあ待ちなさいレフ君、そんなに慌て………。………多くない?》

《二人の機体もそうだとすれば、私の『ファイアバード』の誤作動ではなかったか。ならば確実だ。……間違いなく、レギンレイヴに()()()()が合流している》

「……!冗談だろ、このタイミングで…!」

 

 裁定を下すようなパウラの声が、レフの心臓をどきりと跳ね上げる。

 つまり、沿岸攻撃を終えたレギンレイヴ艦隊がオーレッド湾方向へと退避したのは、沿岸からの反撃を警戒してのことだけでは無く、この艦隊と安全に合流する為だったのである。合流した艦隊の詳細は不明だが、この増強した戦力で以て夜明けとともに再度沿岸へと接近し、グラン・ルギドへ攻撃を加える積りであることは用意に想像できることだった。

 

《決断だ。レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフ。指揮官のお前はどう判断を下す。強行か、それとも断念か。選べ》

 

 余分な修飾を廃し、短刀を突きつけるように決断を促すパウラの声。短く、鋭いその切っ先は、試すような視線となってレフの元へと注がれている。

 

 額に浮かんだ汗が、筋となって頬を伝う。

 生じた『予想外』をゆっくりと腑に落とし、鼓動は熱を持ちながらもゆっくりと刻んでゆく。

 焦りは、確かにある。

 不安も、確かにある。

 しかし、そこに迷いは一筋たりとも無かった。そもそも今は崖っぷちなのだ。後ろに道は無い以上、進むのは前をおいて他には無いのだから。

 

「強行する」

《…ほう。勝算は》

「無い。けどな、1%でも勝率を上げるために工夫することはできる。…気は進まねぇが、『ヴァルハラシステム』を使って俺は先行、敵の迎撃を引き付ける。2人はその隙に低空から接近、敵指揮艦を狙ってくれ」

《囮ならあたしやるけど?》

「対艦戦の主力がいつまでも囮やってちゃ肝心の敵艦が減らないだろうが。機体の特性と装備を考えたら、不本意ながら『ワイバーン』が適任だ」

《なるほど。戦術論としては落第点だが…今は非常時だ、補習は免除してやる。――その機体を駆る以上、お前は責任を果たせ。…行け》

「…言われなくても!」

 

 いつも通りの辛辣で直截な言葉に、かすかに滲む温情一つ。

 背にわずかばかりの信頼を受けながら、レフはスロットルを開放し、『サイファード・ワイバーン』の速度を上げていった。ここからは速度の勝負、いかに素早く敵艦隊の懐まで入り込めるかが勝敗を分けることになる。

 

 パウラに言われるまでもなく、事この期に及んで、こちらの手札はそう多くはない。先述の通り只の囮役なら技量に優れるヒカリが適任だろうが、今回は対艦戦の主力である以上、囮に割く訳にはいかない。かといってパウラの『ファイアバード』は大した対艦装備を持っておらず、敵艦にとっての脅威とならない以上、囮としては力不足である。戦略と言い、囮役の選定といい、後がない状況ゆえの消去法ではあったが、少なくとも今のレフにとってはこれが最上の判断であった。あとは、不本意ながら切り札(ジョーカー)にのし上がった『ヴァルハラシステム』の効果を信じる他に無い。

 

 レーダーレンジ、広域から近接、精密走査へ。火器管制、安全装置解除。コンバットモード、並びにコフィンシステム起動。フットレストがせり上がると同時に背もたれが倒れ、神経が機体の隅々まで張り巡らされていく感覚が皮膚を通して伝わってくる。

 網膜に投影される外景。朧な月光、立体となって傍らに漂うスフィアの姿。

 目くばせ、一瞬。

 言葉を経ずして意図をくみ取ったスフィアは、こくりと頷いて僅かに両腕を広げた。

 

「ヴァルハラシステム、起動します」

 

 ふわりと波打つ、スフィアの横髪。システムの起動と同時にその周囲には小さな燐光がいくつも浮かび、まるで意思を持つかのようにふわふわと漂っている。遥か眼前に敵艦を控える状況でありながら、その神秘的な光景はさながら絵本で見たような、湖面に佇む水の妖精の姿を思わせた。

 

 間、一瞬。

 戦術選択を終えたのか、燐光のうちの1つが一際強く輝くや、スフィアの掌の中へと漂ってゆく。それが掌を抜けてスフィアの躰へと吸い込まれていくのと、当のスフィアが苦悶の声を漏らしたのは同時だった。

 

「…う…!」

「どうした?」

「……。………。――――。いえ。ヴァルハラシステム。正常に機動を確認しました。コード選択、『Mumie(ムーミエ)』。システムによる推奨行動、正面に投影します」

「誰だ?」

「旧ベルカ空軍第7航空師団第65戦闘飛行隊『ムーミエ隊』隊長、バート・エッサーの戦闘記録です。対サピン戦線における対艦戦のエースとのこと」

「因果な話だ、ったく!」

 

 苦悶の表情と数瞬の沈黙に怪訝なものを覚えるも一瞬、視界の正面に投影された三重Vの字状の矢印に、意識は眼前の戦場へと戻ってゆく。それらは蠢動して下方を指しており、おそらく高度を下げろという意味合いなのだと伺い知れた。

 

 過ぎるは、一抹の不安。

 『ウロボロス』所属時のラーズグリーズ艦隊戦においても内省した通り、衛星網や索敵装備の発達に伴い、対艦戦闘における超低空侵入戦術は既に過去のものとなって久しい。今は確かに衛星網が混乱している状況だが、現代では小型艦艇ですら広域警戒用の索敵ドローンを複数搭載していることも珍しくないため、いずれにせよ超低空はもはや艦艇にとっての死角ではないのである。

 まさかと言うべきか、案の定と言うべきか――このシステムは、所詮ベルカ戦争(1995年)当時の戦術にしか対応できていないのではないか。

 

 レフの不信に根差す躊躇を見透かしたかのように、モニターには《PULL DOWN(高度を下げろ)》という赤文字の警告が点滅する。

 致し方ない。対艦戦闘の経験に乏しい以上、結局今はこのシステムに頼らざるを得ないのである。溜め息一つに諦念と決意を預けて、レフは『サイファード・ワイバーン』の高度を下げ、海面との距離を図りながら徐々に水平へと移ってゆく。現高度にしておおよそ500、以前の対ラーズグリーズ艦隊戦とほぼ同じ位置取りとなる。

 

《PULL DOWN》

 

 現高度の維持がお気に召さなかったのか、ヴァルハラシステムはなおも下降を要求する。

 仕方がない。舌打ち一つ、レフはちらりと下方を見やってから、機首をわずかに海面へ寄せて高度を更に落としてやる。

 450、400、350。体感では海面が皮一枚下まで迫り、僅かでも操作を誤れば水面へ呑み込まれそうな錯覚まで覚えさせる。もはや手動での微調整はままならず、コフィンシステムでの直感的な操縦でようやく平衡を保っている状態であった。

 

 だが。

 

《PULL DOWN》

「ち…!ふざけんな、もっと下げろってか!?海面に腹擦るぞ!」

《PULL DOWN》

「くそったれ、ベルカ軍人は頭おかしい連中ばっかりか!?スフィア、この機械音声切れないのか」

「観念してくださいレフ。それより、敵艦隊がSAMを発射しました。第一波4射、第二波6射。高度350から高速接近中」

「…!」

 

 システムの機械音声に、スフィアの声が追い打ちをかける。

 高度の維持に全神経を集中させながら、ちらりと目を奔らせたレーダー表示には、確かにミサイルを示す細長い棒状が10。敵艦隊との相対距離は概ね5000ということを鑑みると、到達までは数秒とない。

 

《PULL DOWN》

 

 古のエースの意思が乗り移ったように、機械音声が決断を促す。

 

《PULL DOWN》

 

 正面、ゆらめく焔が複数。殺到するSAMの噴射炎。

 

《PULL DOWN》

 

 ちらりと眼下の海面を見やる。黒々と揺蕩う深淵の帳は、もはや手を伸ばせば触れてしまいそうなほどに近い。

 

『その機体を駆る以上、お前は責任を果たせ』

《PULL DOWN》

 

 先ほどのパウラの言葉が、機械音声に重なり鼓膜に蘇る。

 

《PULL DOWN》

 

 汗が滲む。唾を飲み込む。

 怯えが、じわりと込み上げる。

 

「レフ…!」

 

 ――スフィアの、声。

 

「クソッタレめ。――やってやる、やってやるよ!!今更これしきの無茶が、ミサイルの雨が…ベルカのエースが何だってんだ!!」

 

 背を押す言葉に、口を突くのは希望を灯した蛮勇の声。

 半ば自棄になりながら、レフはコフィンを介して『ワイバーン』の昇降舵を操作し、機体をなおも下降させてゆく。

 高度、300、200。

 ――100。

 もはや水面を掠めるという表現すら生ぬるい、さながら海面へ腹這いになったような感覚。海面との地面降下で浮揚する翼を懸命に抑えながら、『ワイバーン』の継ぎはぎの翼は文字通り波を割くように疾駆する。頭上を過ぎるSAMは『ワイバーン』を追って次々と海面へ突き刺さり、その度に弾けた波が礫となって、弾丸のように『ワイバーン』の躯体を呑み込むように洗っていった。

 

 拍動が収まらない。

 神経が落ち着かない。

 しかし、意識を凝らし、神経を研ぎ澄まし、そして覚悟を決めたがゆえに、目だけは冴え渡っている。

 十連の瀑布を越え、『ワイバーン』が再び波間から姿を現したその瞬間、レフの眼に映ったのは黒々とした水面に浮かぶいくつもの艦影。気づけば、ヴァルハラシステムの機械音声はいつの間にか鳴り止んでいた。

 

「……!『レギンレイヴ』!」

「敵艦隊輪形陣の外縁艦を捕捉しました。レギンレイヴ艦隊のサテライト艦と推定、距離2200」

「お誂え向きだ…!まずは一発かましてやる!」

 

 兵装選択、主翼内側ハードポイントの単装レールガン。機体下部からはレールガンポッドの砲口が展開する振動が響き、HMD上には弾頭の予測進路を示す淡い緑色の軌跡と、その弾着予測地点を刻む照準が映し出される。

 狙うは、比較的目標が大きい艦体中央。機体の軸線と照準、自らの目を一直線に結んだ弾道の軌跡を、艦橋構造物の無い奇妙なシルエットへと重ね合わせてゆく。

 

 正面から殺到する火線は複数。ちかちかと閃光を刻み付ける対空砲は照準に集中するレフの目を眩ませ、至近弾の衝撃は見据えた照準を絶えず揺動させる。いくら補助照準用のレーダーポッドを装備しているとはいえ、誘導能力を持たないレールガンでは、僅かな照準のズレでも着弾位置に大きな差が生じてしまう。この時ばかりは、航空機にすらレールガンを直撃させられるヒカリの技量が羨ましかった。

 

「頭上、敵機来ます!」

「んだと!?……いや、()ず!」

 

 弓を引き絞るがごとく致命の照準を重ねた刹那、拍動を乱したのはミサイルアラートに重なったスフィアの声。

 敵機。なぜ、どこから、何が。

 

 ――いや。焦るな。狙いを逸らすな。

 飽和する『なぜ』を片隅に追いやって、レフは引き金を押し込むや、即座に機首を引き上げた。こう、と空気が爆ぜる音、擦過するミサイルの破裂音、相変わらず『PULL DOWN』を叫ぶヴァルハラシステムの警告音が次々と機体を掠め、最後に幾つかの機影と衝撃音と行き違いながら、『ワイバーン』は敵艦隊上空へと高度を取ってゆく。

 

 轟音、振動、そして一瞬夜空を紅く染めた背後からの閃光。

 

 追い縋る対空砲の筋を振り切りながら、ちらりと海面を振り返った先。

 そこには右舷に炎を纏って傾斜するサテライト艦と、その照り返しに朧に浮かぶ、いくつもの艦影が映っていた。

 

「レールガン、喫水線下に着弾したようです。敵艦、傾斜増大中」

「それどころじゃねえ!…なんてこった…!こんなデカブツは想定してねぇぞ!」

 

 中破し傾きゆくサテライト艦を横目に、レフの目は艦隊中央へと釘付けになる。

 外周のサテライト艦を第一陣とするならば、中央付近に3隻ずつ平行に並ぶ護衛艦は第二陣。それらを左右に控えて、中央最前列には巡洋艦と思しき一際大きな艦影が、最後列にはサテライト艦の指揮艦と思しき多数のアンテナを屹立させた姿が見て取れた。

 そして、それらの中央。すなわち艦隊の中心に位置する、右舷側に偏って配置された艦橋と、構造物の無い平らな甲板を有するその姿は。

 

「…クソッタレ…!ヒカリ、パウラ主任!想定外だ!敵艦隊に空母が合流してやがる!」

《何!?……。所属、艦種は分かるか》

「今照会してる!…チッ、艦載機がもう反転して来やがった!」

《…了解した。ヒカリ、急ごう》

 

 対空砲の光軸が機体を掠め、SAMの爆炎が空を照らす。光と衝撃の奔流を掻き分けて振り返った後方からは、焔に照らされた黒い機影が4つ、こちらの後方を狙い接近する様が見て取れた。

 咄嗟に機体を左へ倒して斜め下方降下(スライスバック)、次いで増大した速度を活かして急上昇へ。旋回の最中にAAMは頭上を掠め、上昇の最中に4つの機影が傍らを過ぎてゆく。その一瞬視界に映った三角翼のシルエットに、レフは見覚えがあった。

 

 こいつら、まさか。

 胸に生じた仮説は、空母詳細の照会完了を示す表示を以て確信へと変わってゆく。

 デルタ翼に大型のカナード翼、双発のエンジンに丸みを帯びたエアインテークから見るに、艦載機はおそらく以前ル・トルゥーアを襲ったものと同じ『ラファールUM2』。

 そして空母の艦種は、元オーシア海軍所属ヒューバート改級空母。

 現所属――UPEO。

 

「やっぱりか…!合流した敵艦隊はUPEOの機動部隊だ!…まさかあの時、ル・トルゥーアを襲撃したのも…!」

《UPEOの!?…そうか、親『ウロボロス』派が掌握してた『マーリン』…!マズイよレフ君!『マーリン』の艦載機は確か『ラファール』…格闘戦能力はGRDFの『ホーネット』や『ライトニング』の比じゃない!》

「今まさにご対面してるよ!…チ、まだ発艦して来やがる…!」

「…!…レフ、ヴァルハラシステムを使いましょう。1対多数、空対空機動戦に適したモードも、おそらく記録されている筈です」

「バカ言え!対艦戦ならいざ知らず、対空戦でポーズ合わせゲームもどきなんざしてる暇があるか!」

 

 後方より、SAM2連。上昇から背面、次いで横旋回へと入ってそれらを躱しながらも、先の見えない戦況に思わず悪態が零れる。

 先にフォルカーが指摘した通り、今のヴァルハラシステムは『システムの指示に人間が寸分たがわず合わせることで』初めてエースの機動を再現できるだけの、いわばフライトナビゲートシステムに過ぎない。いくら直感的な操縦が可能なエアロコフィンとはいえ、コンマ1秒を差し合う空対空の戦場で、悠長にナビ指示を確認している暇などある筈も無かった。この点は先述のフォルカーとの会話でレフ自ら指摘した事であり、その点はスフィアも聞いて理解していた筈である。

 

 光軸を抜け、爆炎を掠めた先の、沈黙の数瞬。

 帰って来た答えは、どこか覚悟を感じさせる色を帯びたものだった。

 

「……オリジナルのように火器管制や電子機器の制御はできませんが、スーデントールからの脱出の時のように、私は機体の機動だけならばある程度制御ができます。私が、ヴァルハラシステムと機体制御をリンクさせることができれば…ヴァルハラシステムは、本来の力を発揮できるかもしれません」

「…できるのか?」

「分かりません。ですが、できるとすれば私の他にはありません。…私は全力で、レフの全てを活かします。ですから、レフも全力で…私の全てを活かしてください」

 

 どこか、妙だ。

 熱戦の最中に挿し込んだひやりとした違和感も、直後に飛来した機銃の光軸により霧散する。

 下方。新手の4機、いずれも『ラファールUM2』。左へ機体を捻って射線を躱すも一拍遅く、機銃弾数発が『ワイバーン』の胴体に着弾する。いずれにせよ、このまま不完全なシステムと機体のままで戦えば、3分と持たないことは明らかだった。

 

 全力で戦う。

 今更、それは言われるまでも無かった。納得できない、気の入らない任務ならばいくらでも手を抜いたことはあるが、今は自ら納得し、自らの意思で行動しているという自覚がある。

 全力を求めるならば、望む所ではないか。

 

「今更言うことかよ、相棒!……オーダー変更、空対空、少対多、持久戦!」

「オーダー了解。照合…確認。最適値反映。コード『Gelb(ゲルプ)』。推奨機動を機体レスポンスへ接続します」

「ああ。火器管制と咄嗟の判断は任せろ!」

「はい。――ああ、レフ。最後に」

「あん?」

「私は本来の任務を終え、機能のほとんどを失ったコピーデータとなってなお、レフ達と行動を共にして来ました。共に飛んだ、2年に満たない短い時間。…生きて未来を掴むという瑞々しいほどの生への執着。人を人たらしめる情動。それこそが人間の欠点でもあり最上の美点なのだという事を、学ぶことができたからです。――だから。この先、何が起ころうと。()()()()()()。『人間』たる情動と情熱を持って、あなたは未来(さき)へと進んでください」

「……お前、何を…」

 

 ふわり、とコフィンに浮かぶスフィアが耳元で静かに囁いたのは、まるで離別と覚悟を滲ませたような言葉の糸。違和感は得体の知れない寒々とした予感へと変わってゆき、その一歩先に取り返しのつかない『何か』が横たわっているような不安を感じさせた。

 

 待て。お前は、一体何をする気だ。

 紡ぐ言葉は喉に張り付いたまま、瞳を向けて結び合うのはスフィアの双眸。その掌には、まるで夕暮れの空を思わせる、赤みを帯びたまばゆい黄色の光球が浮かんでいる。

 気丈さと、一抹の寂しさを湛えた微笑を浮かべ、小首を傾げるスフィアの姿。感情豊かなその残影は、一際輝きを増した掌中の光球に呑まれ、一瞬後には忽然と消えていた。

 

「…スフィア?」

《大丈夫、私はここに。戦闘機動に入ります。舌を噛まないように、レフ》

「…何だよ、心配させやがって。――おう。存分にやれ、スフィア!」

 

 違和感も一瞬、スフィアの声に重なるのは、機械が駆動するかのような折り重なった重低音。コフィンシステムを通じて機体と繋がったレフには、さながら鉄の躯体の蠢動を思わせるその響きが機体の隅々まで伝導してゆく様を直感的に感じることができる。

 その蠢動が、エンジンの、翼の、駆動系のワイヤー一本に至るまでくまなく伝わりきった時。

 レフを含めた空中の人間は、『サイファード・ワイバーン』そのものが意思を持ったかのように、一瞬で機動の癖を変えたの感じ取った。

 

 後方、『ラファール』4機。左やや上と右斜め下方からもさらに2機ずつ。こちらの封殺を狙うべく、合して8つの機影が『ワイバーン』の3方向を塞いでゆく。追加で発艦する機影は見受けられない辺り、レフの装備と戦闘能力ならばこの程度で完封しおおせられると見積もられたものと見ていい。

 事実、愛機の『オルシナスC』ならばいざ知らず、『ワイバーン』でこの状況を無傷で切り抜けることはレフには至難であっただろう。速度を上げて包囲を突っ切れば、下方の左上の4機が予測進路上に火線をばら撒いて速度を殺しにかかる。対空砲火がある以上スライスバックで下方へ逃げるのは悪手であり、レフ得意の垂直方向への機動戦へ持ち込もうにも、速度が乗る前に下方の2機が食らいついて来るに違いない。格闘戦に強いヒカリならまだしも、今のレフにとって現在の機位は『詰み』であった。この点、『ウロボロス』編隊が採った戦術は間違ってはいなかったと言えるだろう。

 

 ただ一点、操縦を司る『ヴァルハラシステム』が、スフィアによって本来の力を取り戻したという点を除いて。

 

「ぐ、うっ…!」

 

 双腕で下腹を押されたかのような重圧、次いで横回転による平衡感覚の混乱に、レフの口から苦悶が漏れる。

 目まぐるしく回転する視界の中で、感じ取れたのは眼下に爆ぜたいくつもの光芒と炸裂の焔、鳴り響くことを止めない警報音の奔流。自らの意思に依らない予想外の機動を目の当たりにして、レフは数瞬、自らの機位を見失った。

 

 コフィンシステムを介してなお、パイロット自身が体勢を見失う機動。それほどまでに、『ワイバーン』が見せた戦闘機動は想像を超えた鋭いものだった。

 3方向からの攻撃が見舞われたその瞬間、『サイファード・ワイバーン』は一瞬機首を落とすや、エンジンの回転数を増して急上昇。同時に可動式カナードを互い違いに傾けて急速に左ロールを発生させ、下方から飛来するAAMを紙一重で回避して見せたのである。それも単純な回避行動に留まらず、近接信管により腹側の至近に生じた爆風までも活用して、『ワイバーン』は推力を落とし背面、次いで降下へと移行。包囲を縦方向に切り抜けると同時に攻撃態勢に移るという離れ業をやってのけたのだった。離れた位置から概観すれば、それはまるで天を指す螺旋のような機動に見えたことだろう。

 

 あまりにも鋭い、あまりにも有機的な機動。

 急激なGの増大と目まぐるしい機動で呆気に取られていたレフが我に返った時には、降下する自機の眼前を無防備に通過してゆく、4機の『ラファール』の背中があった。

 

「…!何は、とも、あれ…!喰らえ!」

 

 互いに高速の状況では、AAMのロックオンは間に合わない。

 咄嗟に判断したレフは、敵編隊が通過するその瞬間を狙い、編隊の先頭目掛けて単装レールガンを発射。次いで機銃を撃ち放ちながら敵編隊中央を縦に突破していった。

 

 馳せ違った瞬間にコフィンシステムを通じて捉えたのは、近傍に生じた爆炎と、ばらばらに千切れて砕け散る三角翼。省みるまでも無く、レーダー上からは敵を示す白い光点が二つ、敵編隊の先頭から消えていた。

 

「なん、て、G…!…なんつー出鱈目な機動だ!半世紀近くも前に、こんな飛び方してったってのかよ…!」

《レフ・ヤコヴレフ、生きているな。これより電子戦を行う。対艦戦はもういい、可能な限り敵機の目を引きつけろ。ヒカリ、敵艦は任せる》

《了解、だけど…!パウラ師匠!敵艦が多すぎて、レールガンの弾が足りないよ!?》

《敵の空母と指揮艦に狙いを絞れ!…とはいえ、サテライト艦を排除しなければ攻撃も覚束ん、か…!》

 

 敵編隊下方で機首を引き揚げ、サテライト艦からの対空砲火を切り抜けながら再び戦域へと高度を引き上げてゆく。右斜め上方から飛来する『ラファール』が放ったと思しきAAMも、パウラの通信と同時に稼働を始めたECMにより、わずかな右旋回のみで目標を見失い、彼方へと飛び去ってしまっていた。AAMの機能低下というデメリットはこちらにとっても同じだが、ただでさえ高速戦闘を続けねばならないこちらにとってはメリットの方が遥かに大きい。レーダーが不安定になる点は心配ではあるが、この点は甘んじて受け入れる他ない。

 

 頭を巡らせ、彼我の位置を確認する。

 こちらの引き揚げに合わせて攻撃を仕掛けた後方の2機は近距離を掠めて下方へと抜け、代わって最初に左上から仕掛けていた2機が右旋回からこちらの背を捉えようとしている様が見て取れる。レールガンで攻撃した側の残存2機は前方でインメルマンターンに入り、やや上方正面からこちらへ接近する様子も伺えた。今度は前後に高度差を設けた挟み撃ちで、こちらの機動を封殺しようと目論んでいるのは明らかである。

 

 だが、『ゲルプ(黄色)』を名乗るヴァルハラシステムの主は、敵の手に乗るほど寛容なパイロットではなかったらしかった。

 敵の挟撃態勢が整うその一瞬前に、『サイファード・ワイバーン』は急減速しながら右斜め下方へ鋭角を描くスライスバックに入り、旋回の下端で一気に増速したのである。狙いは前方の2機でも後方の敵機でもなく、その死角――すなわち、挟撃の直前に仕掛けて下方へと抜けた2機の『ラファール』。果せるかな、攻撃順序の最後へ移り油断していた『ラファール』は、横旋回の先で距離1000ほどを隔て、切り返しの為に速度を落としている。『ワイバーン』が照準を定める為に減速する様子は無く、『ゲルプ』は敵機を追い抜く瞬間に攻撃を見舞う意図と伺い知れた。

 

 距離は十分にあり、従って誘導性能の落ちたAAMでも致命を叩きこむだけの時間的余裕がある。距離が700を割り、500に達したところでようやく敵機の機動が揺らぐも、既に『ワイバーン』の電子の目はその片割れをAAMの射程へと捉えていた。

 

 ほぼ無意識のままボタンを押し、次いでガンレティクルの中央へと引き金を引き曳光弾を刻み込む。

 数瞬後、『ワイバーン』が宵闇を割いて抜き去っていったのは、先ほどまで『ラファールUM2』という識別名を有していた、爆炎に呑まれゆく2つの鉄屑であった。

 

《クロタラス5撃墜!畜生、クロタラス6も同時に墜ちた!》

《さっきまでと別人の機動じゃないか、これは!『マーリン』、増援を!》

「パウラ主任もヒカリの援護に入ってくれ!敵機は俺達で何とかなる!」

《…ああ、分かった、が…。何だ、今の機動は。まるで…》

「スフィアのお蔭でヴァルハラシステムが正常に使えている。これなら何とか持たせられる筈だ!」

《………まあ、いい。了解した。ヒカリ、後方は私が守る。まずは攻撃の妨げになるサテライト艦を狙え。2、3隻行動不能にできれば攻撃の機会も増える》

《よーし。了解、師匠!》

 

 言うが早いか、低空域から肉薄したヒカリの『グリペンJ』から放たれたレールガン2発がサテライト艦に突き刺さり、一際大きな爆炎となって闇に沈んだ海面を照らし上げる。最初にレフが行った攻撃と違い、双方ともに正確に艦体中央部を穿った完璧な直撃であり、小柄なその艦影は中央部からへし折れて瞬く間にオーレッド湾へと消えていった。

 

《4番艦轟沈!》

《くそ…!第2、第5小隊スクランブル!たった3機に何を翻弄されている!》

《…?巡洋艦『バーナ・シティ』より『マーリン』。方位170、距離8000より機影らしきものが…》

《眼前の脅威が優先だ!…上の1機は適当に相手していればいい!海面付近の『レールガン持ち(アーチャー)』を撃ち落とせ!》

「やべえ、また増援か…!あの空母を何とかしないとジリ貧だな」

 

 サテライト艦の撃沈に一喜も一瞬、空母の甲板上に生じた焔が、更なる艦載機の発艦を無言のうちに告げる。ECMの影響で不明瞭なレーダー上では判然としないが、噴射炎の数を探る限り機数は4。上空から俯瞰した限りでは他にも甲板上に光がぽつぽつと煌めいており、先の敵の通信を踏まえればさらなる増援が上がってくるのは明白だった。

 

 どうする。

 戦闘機動をヴァルハラシステムに任せ、レフは頭を巡らせる。

 当初の直掩機は4機まで減少したものの、今は1機ずつ4方向に分散し、こちらを包囲しながら遠巻きに牽制している様が見て取れる。発艦した4機はといえば、すぐさま旋回し高度を保ったまま反転。次の目標へと舵を切るヒカリとパウラの方向を指して向かっているように見受けられた。この様子では、発艦準備中の4機も続いて二人の方へと向かい、数で畳みかけて撃墜する積りなのだろう。

 

 ――ならば。

 今は、自分でやる他に無い。

 

「スフィア、後方の1機を引き付けて、優先的に狙う。攻撃を加えた時点でシステムを解除、優先権を俺に渡せ」

《了解しました。優先目標、後方の目標D。攻撃と同時に手動操縦へと切り替えます》

 

 操縦の切り替えに備え、左右アームレイカーの感触を確かめるように両掌を握り直す。常にない状況に緊張していたのか、手袋越しにもしっとりと濡れた感触が皮膚へと伝わった。

 

 左旋回。こちらを伺う敵機へと鼻先を向け、『ワイバーン』はそちらを狙うかのように偽装する。案の定と言うべきか、照準を定められた『ラファール』はすぐさま機首を引いて上昇に入り、代わって前方にいた1機と後方を追尾していた機体がこちらを牽制するように左右斜め後方へと割り混んでいた。どうやら積極的に仕掛けることは諦めたらしく、牽制でこちらを現高度に縫い留める戦法に舵を切ったらしい。そしてそれは、裏を返せば敵は一定の距離を保ってこちらに相対するため、必然的に空域の穴が生じやすいということでもある。狙うべきは、その一瞬の穴であった。

 

《サテライト艦、2隻目撃沈!…もう!この『ラファール』しつこい!》

《後方に気を取られるな!私が抑える!…く、とはいえこの機体では…!》

 

 眼下に爆ぜる爆炎と無数の光軸。佳境に入った戦況と彼我の位置を脳裏に結び、レフはタイミングを図る。

 『ワイバーン』が狙うのは、上方へと逃げる敵機。そう見せかけ、灰色の機首は空を仰ぐ。

 逃げる敵の背へ、向けるは近接炸裂による損傷が見込めるAAM。そう擬して、敵にロックオンアラートを鳴らさせるべく電子の目を向けてゆく。

 その間、当然後方は無防備となる。そう見誤らせ、『黄色(ゲルプ)』は速度を落とし、敢えて後方の2機に対し距離を詰めさせる。

 

 心中、感嘆の嘆息一つ。

 全くこの『黄色』とは、相当な喰わせ者だったらしい。

 減速した機体が上を向いたまま失速し、重量バランスの関係で機体後部を軸にしたまま反転し――上下反転したその一瞬、機体正面に後方の2機を捉えたその時。レフは心底から、その感慨を抱かずにはいられなかった。

 

「行くぞ!」

《ヴァルハラシステム解除。操縦権移行します》

 

 レールガン、2射。

 視界の端でその片割れが『ラファール』を貫いた様を見送りながら、レフは機体を加速させて垂直方向へと急降下に入った。レーダーこそ不明瞭だが、燃えるサテライト艦に照らされて、空母の巨大な艦影は薄墨色の海上に縫い付けられたかのようにくっきりと浮かんでいる。

 

 右ヨー、やや針路を修正。エンジンの回転数を緩ませ、引き上げのために機首を少しずつ上げてゆく。兵装はAAM。当然撃沈は見込めないが、甲板か艦橋にさえ当てられればその戦力を削ぐことは不可能ではない。

 距離、3000。2000。重力の虜となった飛竜の速度は、さながら天から舞い降りる戦乙女のように速い。

 

《指揮艦…見えた!このまま突っ込むよ、師匠!》

《行け!》

《敵1機、コントロール艦に接近!第5小隊、何をしている!》

《敵の旧式に邪魔を…。ええい、『バーナ・シティ』、対空砲火を止めろ!俺たちを殺す気か!》

《クロタラス2より『マーリン』!上空の1機が抜けた!そちらへ向かっている!》

《何!?敵影は『レールガン持ち(アーチャー)』以外には…》

《上、真上だ!》

「遅いんだよ、馬鹿野郎が!!」

 

 殺気。

 直後に飛来するSAMも、屹立した砲身から爆ぜる銃弾の雨も、風を孕んだ翼へと致命を与えること叶わない。

 擦過する光軸、炸裂の衝撃に揉まれながら、レフは照準を見定め、ボタンを押し込み――放たれたAAMは、甲板上の『ラファール』へと吸い込まれて炸裂。いくつもの人影と鉄の塊を呑み込んで、海上の台地を紅へと染め上げた。

 

 機体を引き上げ、立て直したその直後。背後に生じた爆発に紛れて、ぴゅう、という口笛のような風切り音が聞こえた気がした。

 

「…?何だ?」

《くそ…!くそ!甲板の艦載機が!》

《コントロール艦傾斜増大!指揮能力に障害が発生しています!》

《よっし!指揮艦に命中!…残弾2、止めにはギリギリかな》

 

 ほぼ同時に攻撃に成功したらしく、ヒカリとパウラが高度を上げて後方へと付随する。

 これで、敵のサテライト艦は行動不能。艦載機の誘爆も続いており、空母の甲板も当面は使用不能だろう。絶望的な戦力差ではあったが、あと一息でグラン・ルギドの脅威は取り除くことができる。

 

 だが、その一歩は実際上は果てしなく遠い。サテライト艦こそ無力化できたとはいえ、護衛の巡洋艦と残り7機の『ラファール』、空母の防空火器は健在なのである。片やこちらはといえば、機銃以外は弾切れの『ワイバーン』と満身創痍の『ファイアバード』、レールガン2発を残すのみの『グリペン』きりしかおらず、火力不足は誰の目にも明らかだった。

 

 ――どうする。

 勝負に勝ち、試合に負けた――戦略的敗北が間近に迫る、絶望的な現状。その虚が、『ラファール』4機がレフ達の背後を狙い急上昇しつつある事を失念させた。

 

 ロックオンアラート。

 次いで、焔4つ。

 殺気を帯びた悪寒が背に過ぎり、反射的に頭を後ろへ向けたレフは、しかし直後に別の驚きに襲われた。

 

 こちらの背を狙っていた筈の4機が、炎に包まれて墜ちてゆく。互いの機位からして、パウラやヒカリが撃った様子も無い。

 代わりに目に映ったのは、その遥か先――南の空に浮かぶいくつもの機影。レーダーに反応こそないが、間違いなく無数の航空機がこちらを指して飛来しつつある様が見て取れる。機数にして、20をやや越す程度だろうか。

 

《タリィホー!流石隊長!レールガンでの狙撃精度は艦隊一ですね!》

《それ程でもある。そんな訳だ、そこのお三方。俺達『ニョルズ』航空隊はツケを採用していないんでね。今助けた分のお代に、そこの食い残しは頂いてくぜ!》

 

 荒々しい下卑な口調に率いられ、黒衣の機影が次々と傍らを過ぎてゆく。

 角ばった主翼に丸みを帯びた機首と胴体、後方に覗く単発のエンジンは、GRDF海軍が主力とするF-35CR『アドバンスドライトニング』と見て間違いない。聞き覚えのある『ニョルズ』というのも、確か『ウロボロス』所属時に交戦し、唯一撤退に成功したGRDFの空母が確か『ニョルズⅡ』ではなかったか。

 つまり、この機体群は。

 

《ゼネラルリソース…!?》

「ラティオに撤退してた『ラーズグリーズ』の残存部隊か!」

《そういう訳だ、レディース&ジェントルメン。ラーズグリーズは再び現れる、ってな!――さて野郎ども!『ウロボロス』に寝返った戦乙女(ワルキューレ)様を、存分にファックし尽くしてやれ!今なら空母のおまけ付きだ!対空砲火にびびんなよ!》

《イエスボス!我ら天下の『ニョルズ』飛行隊!ションベン弾なぞ何するものぞ!》

 

 号令、一つ。放たれた猟犬のように、F-35は次々と敵艦隊へ向け襲い掛かり、『ラファール』を、巡洋艦を、半身不随の指揮艦を次々とその歯牙へとかけてゆく。航空機運用能力を失った空母もその例外でなく、4発のレールガンを瞬く間にその胴へと受け、誘爆の焔の中にその身を焼いて沈んでいった。

 

 絶望的な戦況から一転、GRDFの参戦と言う予想外の状況に、レフもヒカリも、パウラすらも呆気に取られて言葉を失う。よもや、クルスの檄文にGRDFが本当に応じたのか――あるいは、アレックスの働きかけが本当に功を奏したとでも言うのだろうか。それとも何か別の思惑があってのことか、その真意は未だ伺い知ることはできない。

 

 漂うようにオーレッド湾に浮かぶ『ワイバーン』の傍らを、どこかで見覚えのある『光の槍を携えた天使』のエンブレムの機体が掠めてゆく。

 鉄塊と、黒煙と、わずかな残り火がゆらめく、赤と黒に染まったオーレッド湾。

 圧倒的な戦力で敵のことごとくを沈め尽くし、天使の輪のような弧を描くGRDFの機影は、さながら戦士の魂を天へと召し上げる戦乙女(ワルキューレ)の軍勢そのものの姿だった。




《レフ技官!…ああ、良かった。皆さん無事だったんですね!『レギンレイブ』艦隊も殲滅して……え?空母?ゼネラルリソース?え?…え?……ええ!?と、とにかく皆さん、ルーメンに帰還してください!私は急いでグラン・ルギドに通信を入れて来ます!!》
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